二人の『ゼロ』   作:銀剣士

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仮面

タバサは夢を見ていた、大好きな父と母と過ごすラグドリアン湖畔での一幕。

 

ベルスランにわがままを言って困らせて、従姉のイザベラと一緒に水浸しになったり、森の中で蒼い蝶々を追い掛けたり。

 

(そんなこと……していた……?)

 

疑問を残したまま、夢は進む。

 

場所はトリステインはヴァリエール領、ヴァリエール領主城。

 

(幼い頃、確かに一度訪れたことがあった……)

 

眼前には若い母と杖を向け会うカリーヌの姿。

 

美しい二人の苛烈な戦い、何故そうなったのかは覚えていない。だが、幼いシャルロットの胸には、確かに刻み込まれた想い。

 

(そうだ、私は強くなりたいと願った)

 

母のように、カリーヌのように。

 

復讐の為ではなく、ただ、憧れたから。

 

(でも、何故今?)

 

ふと気が付くと、また蒼い蝶々が舞っている。

 

そして場面がまた変わり……今度は自分を眺めていた。

 

 

 

複眼は広範囲を捉え、見えなかったものも見える。

 

何かがおかしい。

 

そうだ、これは、私は、今蝶になっている。

 

或いは、蝶が私と言う夢を見ているのだろうか?

 

 

 

曖昧になっていく記憶と世界の中で、一匹の蝶が寄り添ってきた。

 

自分を守るように、労るように。母とは違う温もりで接してくるのは誰だった?そんなのは一人だけ、キュルケ。

 

この蝶はキュルケだ。

 

そして私はタバサ、否、シャルロット・エレーヌ・オルレアン。

 

 

『合格だ』

 

 

気が付けば、そこには仮面を被った男が一人。

 

そして、隣には何時ものようにキュルケも居る、居てくれる。

 

『ようこそ少女達よ、私はフィレモンこの意識と無意識の狭間、普遍的無意識の世界に住まう者、君達二人は私が与えた試練を無事に越える事が出来た』

 

「フフン、タバサが居たから当然ね」

 

キュルケも同じく、蝶の夢に溶け始めた頃に隣に並ぶように舞う蝶を感じ、意識を向けた。

 

その蝶から感じたのは無愛想、けれど愛らしい。キュルケはそれをタバサだと確信、気が付くとこの場所に居た。

 

「キュルケ……」

 

タバサは、自分の心は冷えきっていると、凍えていると思っていた、だが、この温もりは確かに心の底から感じるものだ。

 

『うむ、心地のいい二人だ。さて、君達はこうしてこの場所で自我を確立出来ている、それはこれから渡す鍵を使いながらも己を失わない事を示す。鍵とは何か、これが見えるかね?』

 

キュルケ、タバサの目の前には光が二つ。

 

その光はスッと二人に溶け込んだ。

 

『さあ、君達の旅の始まりだーー』

 

 

 

 

ーー目が覚めると、そこにはタバサの寝顔。

 

ぼんやりする頭をどうにか回転させて、現状を思い出す。

 

「そう言えば、タバサの実家に来たんだっけ」

 

湖畔でイチャつくルイズと紗久弥を、タバサのスリープクラウドで眠りに落とした事を確認して、脱ぎ散らかしていた服を着せて馬車へと運んだ。

 

「で……タバサの案で、このオルレアン公邸に来たと……よし」

 

伸びをして、簡単に体を動かして解していく。

 

頭をよりクリアにするのと寝汗も流したいと思い立ち、タバサの頭を一撫でして部屋を出るキュルケ。

 

ぱたりと静かに閉じられた部屋に残る、タバサの寝息と武器二つ。

 

 

 

 

「おはよ、サクヤ」

 

「おはよ、キュルケ。ベルスランさんがお風呂用意してくれるって、タバサも起きてたら一緒にどうぞ」

 

「貴女はどうするの?」

 

「私はお手伝い」

 

笑顔で抱えた洗濯物の入った籠を見せる紗久弥に、キュルケは笑顔と呆れをない交ぜにした。

 

「そ、まあ、ガンバんなさい。私は折角だからお風呂頂くことにするわ」

 

「うん、あ、それとお風呂に着替えはもうこの家のメイドさんが置いてくれてるから、それを使ってね」

 

その言葉を受けて、キュルケは紗久弥に軽く挨拶をして風呂の場所を聞き、向かっていった。

 

それを見送って紗久弥は洗濯物を干しに向かい、その途中にモンモランシーに出会う。

 

「……お早う」

 

「お早う御座いますミス・モンモランシ、ミス・ツェルプストーが現在入浴なさっておられます。ミス・モンモランシも如何でしょう?」

 

「そうね、そうさせて貰うわ……で、聞かないの?私達がここにいる理由」

 

「ルイズ様がお訊きになられると申しておりましたので、同席を許されましたら伺うかと」

 

「そ、じゃあ行くわ」

 

「ごゆるりと」

 

深くお辞儀をして見送ると、改めて洗濯籠を持ち上げた。

 

 

 

 

「……ん……サクヤぁ……?」

 

目を覚まし、違和感。

 

「……どこ?」

 

紗久弥が側に居ない事もあって、不安が込み上げてくる。

 

「サクヤ……どこ……?」

 

頭の回転が鈍っているからだろうか、ルイズの様子はどこか幼くなっている気がする。

 

キョロキョロと周囲を見渡していると、ドアが開き捜していた人物が水差しと洗面器を持って姿を見せた。

 

「あ、ルイズ起きてたの?」

 

のほほんとそんなことを言われて、ルイズは少しイラッとしてしまう。自分はこんなに不安になったと言うのに、と。

 

知らない場所でいつもと変わらない紗久弥の様子。

 

「サクヤ、ちょっとそこに座りなさい」

 

苛立ちのままに命令してしまう。

 

「ん、ここでいい?」

 

正面に正座で座る紗久弥に、ルイズの頭は急速に冷えて、少し違う熱を帯びていく。


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