書類整理はすぐに終わって、出された紅茶とお菓子を平らげると、ルイズと紗久弥はトリスタニアを後にした。
シルフィードにお土産の豚のブロックをあげてラグドリアン湖に向かうようにお願いすると、きゅいっと鳴いて羽ばたいた。
航行中のトラブル等はなく、ラグドリアン湖上空に差し掛かった時である。
「何……なのよこれ……」
変異に気付いたのはルイズとシルフィード。
穏やかな湖面の筈のラグドリアンは大きく波打ち、ルイズ達が地上に降りた時には、その波は最早湖その物が立っているように見えた。
だが、それは凝縮されて行き、ゆっくりと人の形となる。
『ああ……大いなる意志よ……「死の母」よ……いつの日か参られると信じておりました……』
紗久弥に差し出される水の手にルイズは驚くしか出来なかった。
「私の事……ニュクスの事が解るの……?」
『ああ……母よ……死なる我らの母よ……その檻から解き放ちましょう……』
紗久弥の言葉に耳を傾けるどころか、差し出した手から水の塊を撃つ湖の精霊。
「サクヤ!?」
「来ちゃダメ!」
『檻よ、檻なる人よ、その魂を解き放たん、母の為に死を捧げよ』
ルイズと紗久弥を引き離すように、水の壁が聳え立つ。
「このっ!」
杖を抜き、水の壁に『ロック』で爆発を起こすが、ほんの僅かに揺らいだだけで元に戻ってしまう。
何度か繰り返したが、破れない壁を睨み付けていると、声がかけられた。
「ルイズ!」
「キュルケ!?」
ルイズの元にキュルケとタバサが姿を現し、瞬間キュルケに思いっきり肩を掴まれて揺さぶられる。
「何が起きてるのよこれは!?」
「わわわわわからぁぁぁななないぃのよよよぉぉぉ」
解放された時にはすっかりぐったりしてしまったルイズに、キュルケはさすがに謝るが、タバサにやり過ぎと注意された。
『よもや……我が水が通じぬとは……』
「効いてない訳じゃないけど……」
致命傷は避け、メディラマで回復しているだけである。
「で、そろそろ落ち着いてほしいんだけど?」
『貴様と言う檻を壊せば我も落ち着く』
水の槍が壁から無数に飛んでくるが、紗久弥はこれをマハブフダインで迎撃。氷の塔に水の槍はぶつかり、悉く飛沫に変わる。
「そう言わずに落ち着いてってば、チェンジキュベレ、メシアライザー!」
対象は自分ではなく、水の精霊。
『ぬ……これは……』
攻撃の手を止めた水の精霊、すると作った水の壁が元の湖に戻っていく。
その様子に紗久弥も警戒を解いて、岸に泳いでいく事にしたが、水の精霊が詫びとばかりに岸に運んでくれた。
『檻よ、人ならざる人よ、貴様はなんだと言うのだ?』
「私は……」
「サクヤ!」
駆け寄ってくるルイズの姿に笑みを浮かべ、紗久弥は答える。
「彼女の使い魔よ」
いつもの穏やかな湖に戻ったラグドリアン湖畔に、集うルイズ達に相対するのは水の精霊。
『我はウンディーネ、檻に囚われ眠っておられる母に、命の秘術「アンドバリ」を授かった水の集合思念体、単なる者は精霊と呼ぶ。この湖を依り代とする思念体は今は我の一つ』
ルイズは唖然としているが、事前にモンモランシーに聞いていたキュルケとタバサはどうにか平静で居たのだが。
「秘術アンドバリ?」
食い付いたのはやはりタバサ。
『死を司る秘術、宿る命を思うがままに操る秘中の秘』
ウンディーネは唖然とするルイズ達に気もくれず、更に言葉を重ねていく。
『その秘術を永き時をかけ封じた石を、あろうことか単なる者に奪われた。母の時に触れれば秘術の効果は無に帰すが、単なる者にはそれでも過ぎた物。檻よ、ガンダールヴよ、リーヴスラシルよ、人ならざる人よ、そなたの名を教えよ。我はそなたにアンドバリの秘宝奪還を願う』
「紗久弥、越端紗久弥よ」
ラグドリアン湖は静かに波打ち、満天の星の煌めきを映す。
「綺麗……」
「夜のラグドリアン湖はね、ハルケギニア一美しいと言われてるの」
月光、星光、僅かな光の筈だと言うのに、湖面その物が輝いているように思える。
「アンドバリの秘宝かぁ……」
「興味あるんだ?」
「少しはね、でも……」
ウンディーネ曰く、紗久弥の血と肉があれば秘宝はいくらでも精製出来ると言う。
他の人間ではダメなのかと訊くと、単なる者と紗久弥とでは存在その物が違うと言われてしまった。
『檻』
『人ならざる人』
『ガンダールヴ』
『リーヴスラシル』
ウンディーネは紗久弥の事を確かにそう言った。
ガンダールヴは解る、ルイズが刻んだルーンの事だ。
人ならざる人と言うのも解る、紗久弥の肉体は人のものではない。
檻、これは紗久弥の魂の事だろう。
ではリーヴスラシルとは?
「ルイズ、これを見て」
そんなことを言われて紗久弥に顔を向けると、上半身を露にした姿。湖の光に映された紗久弥の姿は幻想的で、この世ならざる美しさがある。
だが、胸に目を向けるとそこには見たこともないルーンがあった。
「たぶん、リーヴスラシルってこれの事だと思う」
ずっと黙っていた、言う必要は無いと思っていた。
ルイズとの二度の契約で刻まれた二つのルーン。
「サクヤ……」