モンモランシーは焦っていた、解毒剤を作ろうと思っていたが、本来余る筈の材料が無いのだ。
「やっぱ調合間違えてたか……どうしよう、水の精霊の涙何て使う分買うので精一杯だったし……」
買いに行こうにも、お金も『物』も無い。
と言うのも、秘薬屋からの情報で、このところ水の精霊の涙が何処にも流通していないと言うのだ。
全くしてないと言うなら厳密には違うが、モンモランシーのように『一般の貴族』には出回っていないと言うのが妥当か。
「にしても当代の交渉役は何やってんのかしら……」
「何やってんのかしら、はこっちの台詞よモンモン」
「モンモン言うな!ってキュルケじゃな……ギーシュ!?」
ふわふわ浮かぶギーシュの姿に驚くと同時に、冷や汗を流すモンモランシー。
どっさりとギーシュをモンモランシーの前に落とし、シエスタをベッドに横にして、モンモランシーに詰め寄るのはタバサ。
「な、なによ!?」
「どんな薬を使ったの?」
有無を言わさぬ抑揚の欠ける問い掛けに、うすら寒さを覚えたモンモランシーは、惚れ薬を作り、ギーシュに飲ませた事を白状した。
「惚れ薬にしては奇妙だわ、そのメイドのシエスタにも効果出てたみたいだし?」
お互い引かれ会う様子を見せた二人だが、いまいち接点の無い筈の二人である。
「まあ、メイドだし色々と頼む事もありもしたでしょうけど、微熱を自負する私でも熱くなるキスを」
「したの!?」
「する前に引き剥がしてそうしたのよ」
後ろ手に縛り上げた二人を顎で指して、キュルケは更に問い掛ける。何故、惚れ薬何かを作り使ったのかを。
だが、モンモランシーは俯いて語ろうとしない。
キュルケが肩を竦めると、タバサが次にモンモランシーに問い掛ける。
「何故、心を『壊した』?」
その問いかけには、一つの感情のみが重ねられていた。
「こ、壊したって……幾らなんでも大袈裟な……」
「無理矢理人の心を動かす事が大袈裟ではないと?」
膨れ上がるのは憎悪。
「そ、それは……」
キュルケはタバサに何を言うことも出来ずに、言えることも無く、ただ黙って見守っている。
「答えて」
「う……」
『惚れ薬』のように、人の心や人格を侵害するような『薬や毒物』は、ハルケギニアでは国家共通で『禁止薬物』に指定されている物が殆どで、モンモランシーが作ってギーシュに飲ませた『水精霊の惚れ薬』は、勿論禁止薬物指定されている物である。
モンモランシーがそのような物をギーシュに使ったのには、自分へのギーシュからの思いに自信がなかったから、自分に今のギーシュに相応しいと言う自信を持てなくなったのだ。
春の召喚の儀の後に起きた決闘騒ぎ。
あの日以降、そしてアルビオン行きを経て、エレオノールを師と仰ぐようになってから、ギーシュは女子にモテる。去年に比べて三割増しでモテている気がする。
その中に容姿、家柄の良い女子だって少なくない。
そんな中でギーシュが目移りするのは当然とも言えるだろう。
そんな様子を何度も目撃、色々と不安になったモンモランシーは『出来心』で、惚れ薬を作ってしまった。
「治すことは?」
「出来る…_けど、今はその材料が、水の精霊の涙が無いのよ」
解毒が可能であるとの言葉を受けて、タバサはモンモランシーへの『睨み』を解く。
「買いに行けば良いじゃない」
呆れたように言い放つキュルケだが、タバサから思いもよらない言葉が出てきた。それはモンモランシーが秘薬屋から伝えられた情報。
「出回ってないって……トリステインの交渉役は何やってるのよ?」
「わからない……私のお父様が交渉役やってた頃はこんな事無かったし……と言うか今までこんな事無かったわ」
ラグドリアン湖に何か起きているのか、今の交渉役が何かしているのかは解らない、ならば。
「ラグドリアン湖に行ってみましょう」
キュルケの言葉に、モンモランシー、タバサは頷いて応える。
「そうと決まったら、早速馬車の手配ね」
「この子の風竜じゃダメなの?」
モンモランシーの問いに答えたのはタバサ。ルイズに貸しているからダメだと言う。
報酬は牛一頭。
とは言え、これ以上の報酬を用意されようと、ルイズと紗久弥、キュルケ以外に貸すつもりは一切無いタバサである。
キュルケ達は馬車に揺られて、ラグドリアンへの道の上。
ギーシュとシエスタも縛り上げたまま、スリープクラウドをかけ直して、馬車に転がしてある。
「ルイズ達は今頃お城かしらねぇ」
「恐らく」
今、この馬車内にモンモランシーの姿はない。
『ねえ、ちょっと!外見て、何かおかしい!』
この一件の罰として行者をさせているのだが、いきなり声を張り上げるモンモランシー。
言われるままに外を見ると、キュルケはクエスチョンマークを浮かべたが、タバサはモンモランシーの言う異変の確証に気付く。
「水位が上がっている」
タバサの指先には、屋根が僅かに見える家が幾つもある。
「どう言うこと……?」
「水の精霊の仕業としか言えない、原因は不明」
『急ぐわ、ギーシュ達よろしく』