『鳥の骨』ことマザリーニ枢機卿に誘われるまま部屋に入ると、もう一人誰かが居る……と言いたいが、部屋に二人居て『枢機卿が扉を開く』事をしなければならない人物と言えば、このトリステインには二人しか居ないだろう。
そして、ルイズのおかれたこの現状。
何より、その人物の行動力の高さ。
「やっぱり居ますか姫様」
「あら、当然でしょう?ところで……何だか雰囲気が変わっていませんか?なんと言うか、こう……神聖な感じと言うか」
いまいち言葉にし辛い様で、頭をひねるアンリエッタだが、すぐに切り替えて本題である密命報告を促す。
「先ずはこちらを……」
ルイズより渡された手紙は痛みが強く、折り跡も深い。何度も読み返したのだろうと思うと、心より申し訳なく思う。
(でも……嬉しい)
これ程にボロボロになるまで読み返してくれた、それが嬉しかった。
アンリエッタ・ド・トリステイン、仄かに感じる恋心を改めて実感した瞬間。次はきちんとウェールズ様にしたためよう、そう思いながらルイズからの報告を更に促す。
そして、ルイズはラ・ロシェールからの話をする。
宿が野盗に襲われた事、明くる朝の貨物便に乗せてもらっていたら空賊に襲われた事と、その空賊こそアルビオン皇太子ウェールズ・テューダーであった事。
ニューカッスルに於いて、何故か紗久弥を倒せたら千エキューの武闘会が行われ、そこで『何故か居た』魔法衛士隊グリフォン隊隊長、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドが国を裏切り、レコン・キスタの一員となっていた事を話すと、さしものマザリーニも驚きを禁じ得なかった。
思ってもみなかったのだ、あのワルドが間者であったなどと。
だが『紗久弥の活躍』で、特に誰かを傷付ける事もなく逃げ去ったと、ルイズは嘘をついた、つかざるを得なかった。
『ペルソナ』が覚醒し、あまつさえそのペルソナは自身を『ブリミル』と名のっていた。
あの場はウェールズが納めてくれた、感謝もあってか然程気にされることもなかった……が、ここトリステインでは果たしてどうか?
(ペルソナの覚醒に気が付いたのは恐らくサクヤだけ、だから私にワルドの足止めを言ってきた)
だが、結果は足止めどころか、基礎術で殺してしまいそうになっていた。
(……それでも、良かっ……)
ゾクリとした。紗久弥に癒してもらったはずなのに。
ただ、横たわっていただけなのだ、この『暗いモノ』は。
怖くなった、吹き上がってくる、認識した瞬間から。
「ルイズ?顔色が悪いですよ?」
「ふむ、流石に疲労が溜まっておるのだろう、報告の子細はまた明日にして貰うことにしよう。戻ってゆっくりと休むと良い、学院には私から連絡しておこう」
言うとマザリーニはアンリエッタに一礼し、部屋を後にし、それを見届けたアンリエッタは改めてルイズの手を取り。
「貴方の功に見あう褒章は与えられません……ですので、貴方に預けてある水のルビーを差し上げます。そんな物で済ませたくはないのですが……」
「い、いえ、十分すぎる褒美にございます、姫様」
始祖四宝が一つ、水のルビーを貰うことに不満の声などあげられようもない。
有り難く頂戴する事にして、ルイズは改めてアンリエッタの前に跪き。
「この未熟な私めで良ければ、また何時でも用命下さいませ」
「そう、それですルイズ!貴方への報酬が決まりましたわ!あ、水のルビーはそのまま貴方のものにしておいて下さいな。ウフフ……私も明日また参りますわ、ではこれにて」
何を思い付いたのか、アンリエッタは不穏な笑みを浮かべて部屋を後にした。
「では、私達も戻ることにしましょうーー」
ーー別邸に戻ったルイズだが、邸までの間に更に顔色は悪くなり、着いた頃にはひとりで立つこともままならなくなっていた。
この為、紗久弥はカリーヌからルイズを任され、部屋で看病にあたる。
「ルイズ……無理もないね、ペルソナの発現は精神力を消耗しちゃうから……ましてや初めてだもんね」
髪を梳く手は優しく動き、ルイズの眠りを深く深くに沈めていく。
それは、まるで母の腕で眠る赤子のようにーー
「ーーようこそベルベットルームへ」
群青色の部屋の中央にあるソファにイゴールは腰掛け、その左手のソファには見たことの無い女性の姿。
「私はマーガレット、貴方の旅路をサポートさせていただきます」
そう言って浮かべた微笑みはとても妖艶で、それだけで大抵の男は堕とされるのではと思えてしまう。
「さて、いよいよ貴方のペルソナが目覚めた、これより貴方の旅路が始まったのです、我らの役割について詳しく聞きますかな?」
ルイズの首肯を受けて、イゴールは自身の役割、即ち『ペルソナ合体』について説明、ひとしきり説明をした後、マーガレットに次を促す。
「では、私の役割を説明するわ」
マーガレットの役割はルイズの作ったペルソナの保存と管理である。
引き出す際はペルソナ能力に合わせて料金がかかるとのこと。
(お金取るのね……)
最上級のペルソナ一体呼び出すのにエキュー金貨換算推定二十五枚ないし五十枚(エキュー金貨一枚一~二万円と推定した場合)かかる。
「さて、少々長く引き留めてしまったようだ。最後に、以前お渡しした鍵を使い、貴方が必要だと思うときに訪ねてくだされば結構、さあおゆきなさい」
「貴方の旅路が幸多き事を願っているわーー」
ーー目を覚ますと少し見慣れた天井と、満面の笑みを浮かべる父の顔。
「ルイズ!ああ、私の可愛い小さなルイズ!」
覆われるように父に抱き締められる。
「お……父様……?」
「ああ、ああ、私だよ」
「重……いで……す」
その言葉に慌てて飛び退き、済まないと言いつつ、やはり嬉しさは隠しきれていない。
そんな父を尻目に、母カリーヌに似た雰囲気の金髪の女性、ヴァリエール家長女エレオノールが唐突にルイズの頬を引っ張る。
「ひ……ひひゃいれふ……」
「おチビ!あんたって子は!心配かけて……!バカ……ほんとバカ……!」
ルイズは驚くしか無かった、あの厳しすぎるくらいに厳しく接してきていたあの姉が、こうも泣き崩れるまで心配してくれていた事に。
「姉さま……」
ルイズは抱き締められた体に伝わる温もりを愛しいままに、心に刻んでいく。
エレオノールの抱擁が終わるとカトレアに抱き締められた、エレオノールに同じく、かなり心配してくれていた様で、時折鼻を啜る音が聞こえる。
しかし……少し倒れただけでこうも心配するものだろうかと思ったとき、カトレアから衝撃的なことを言われた。
「あなた、もう一週間も眠っていたのよ?」
「……はい?」
一週間!?と驚いたが、声に出そうとしたらむせてしまった。
「落ち着いた?」
背中を擦ってくれながら、カトレアに問われるルイズはゆっくりと呼吸を調えて。
「な、なんとか……ですけど、どうして一週間も……」
「それに関してはサクヤが教えてくれました」
声に向くと、カリーヌと紗久弥が並んで立っている。
「サクヤ、聞かせてくれる?」
頷いた紗久弥の話によると、ペルソナの召喚は精神力の消耗が激しく、紗久弥でも通常時に召喚するのはかなり負担が掛かるらしい。
何より、初めての召喚は特に精神負担が大きく、紗久弥もまた長く眠った。
皆が皆そうではないが、やはり初召喚となると通常より負担は掛かるものらしい。
尤も、このペルソナの発現は『本来』の契約に基づくものであれば、差して負担の大きなものではないと言うのは、二人には分からないことであるが。
「後、やっぱり影時間で、召喚器使うともっと楽になるんだけどねー」
「召喚器って?」
こんなの、とスカートをめくって太ももの辺りから一丁の銃を取り出す。
その際ヴァリエール公爵の目線が紗久弥の脚線に突き刺さる。
当然カリーヌの視線が公爵に突き刺さる。
「待てカリン、今のは」
「お気持ちは解りますよ、彼女は本当に美しい」
「うむ、お前よりスタいぶっ!!」
スの時点で杖を抜き、タでエアハンマーを放つ、正に神速である。
「邪なる者は滅しました」
「流石お母様、あれ程の早打ち中々出来るものではありませんわ」
エレオノールはすっかり乙女の瞳を向けていた。
「それにしても……こんなものがペルソナを召喚するのに必要なの?」
ルイズはそれらの様子を気にも止めずに続きを聞いていた。
「うん、ちょっと待ってね、予備があるから……」
スカートのポケットをまさぐって、紗久弥はもう一つ召喚器を取り出し、ついでにホルスターも出す。
(どうやって入れてるんだろう……)
深く訊かない方がいい気もした。
因みに、召喚器やホルスターはルイズが眠っている間に真宵堂で見つけた物である。なお『まだ在庫はあるから、必要なら取りにおいで』と言われているのはありがたい。
「この銃口を自分の頭に向けて……」
「サクヤ!?」
「引き金を引く、と」
パァンッと乾いた音がして、紗久弥の周囲に蒼白い光の幕が出来て、その少し上に現れるアリスの姿。
「な、なな、ななあなな!?」
「姉さま、落ち着いてください」
アリスは驚くエレオノールに一礼して姿を消した。
「ああやって召喚するんだよ」
ホルスターに召喚器を戻して、紗久弥の簡単な召喚講座は終った。のだが、エレオノールがとことんまでに問い詰める。
そして、召喚器を渡していた事から、ルイズも同じ力があるのかと、エレオノールは複雑な表情で訊いてきた。
その問いに、紗久弥は首を一つ、縦に振る。