二人の『ゼロ』   作:銀剣士

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アルビオンにお別れを

「ミス・ヴァリエール」

 

「殿下、助かって良かった……」

 

兵士達数人に周囲を警護されながら、ウェールズはルイズ達に向かい合う。が、周囲の兵士は何処か警戒の色を強くしている。

 

無理もないだろう、彼らにとって『アギ』も『ブフ』も『ジオ』も見たことも聞いたことの無い魔法。

 

火と火のラインスペルに相当するであろう『発火』

 

水と風のラインスペルに相当するであろう『氷錐』

 

風のメイジであっても使うのが難しそうな『雷』

 

それをルーンを紡がずに発動させたのだ、それも、トリステインの貴族が、一人で。

 

『エルフ』

 

兵士達に忌むべき存在が思い起こされる。

 

だからこそ、兵士の一人がルイズに槍を向けるのにそう時間はかからなかった。

 

「止さないか!」

 

「しかし皇子!この娘はエルフの疑いが!」

 

「それは君の中での疑いだ!彼女は称えられこそすれ槍を向けられる事などしてはいないだろう!」

 

何より、トリステインと事を構える引き金に間違いなくなってしまう、愛する可愛い従妹と戦う等考えたくもない。ウェールズは兵士達にルイズに関して金輪際エルフ等と呼ばないよう、ましてや武器や杖を向けることの無いように命じる。

 

「それに、だ。彼女の怯えた目を見て何も思わぬのなら、人として失格だと思わないかね?」

 

紗久弥に庇われ、震える体を押し付けるようにしてしがみつくルイズに、兵士達は『もっといじめてみたい』と思ってしまう。

 

特にあの柔らかくふかふかしていそうな髪に顔を埋めてクンカクンカスーハースーハーしてみたい(中略)届けぇぇぇっっっ!

 

 

 

「お、おい、君達どうした?」

 

『ハッ!?』

 

辛うじて正気に戻った兵士達はルイズに向かって頭を下げ、処罰を望んだ。

 

だが、ルイズは未知の力が怖いのは、私も同じですと、手を差し伸べて微笑む。その微笑みに誰がその言葉を止められようか、気がつけば手を差し伸べられた兵士は『天使だ……とても可憐な、天使だ……』と。

 

「ええっ!?」

 

これにはルイズも顔を真っ赤にせざるを得ず、対処に困って紗久弥に訊いてみたが、返ってきたのは『可憐な天使』の間は、無駄に男が寄ってくるから鬱陶しかったなぁと、嫌そうな顔をした。

 

「頑張って女磨いて美しき悪魔になれば、こっちから手を出さない限り、言い寄ってくる男は少なくなるよ」

 

と、よく解らないフォローも入れてくれたが、どうすれば良いのか結局解らないルイズであった。

 

 

 

武闘会の混乱の後、ルイズは紗久弥と共にウェールズの私室に招待された、例の『手紙』を渡すからと言うのだ。

 

紗久弥は室内を呆けた顔で見渡し、溜め息を溢す。流石は皇子の私室である、と。

 

戦時中とあってか、立派な装飾品や、調度品等はないにしても、部屋の設えは立派なものなのだ。

 

「王城であるハヴィランド宮殿の僕の私室は、ここより派手でね、今ではここが気に入ってるよ……と、これだ」

 

そう言って見せてくれたのは宝石で装飾された部屋と比べると豪華な箱。

 

小さな鍵をさして、その箱を開く。中には一通の手紙。

 

ウェールズはその手紙を丁寧に取り出してルイズに渡す。

 

「宝物でね」

 

はにかむ皇子に、ルイズは同情を禁じ得ない。何故なら、この手紙は自分宛のものだったと言われてしまっているのだ。

 

何度も何度も読み返したのだろう、紙の折り目は擦れて傷んで、丁寧に扱わなければ破れてしまいそう。

 

「中を拝見しても?」

 

「ああ」

 

そしてルイズは、アンリエッタの手紙を読み出した。

 

 

『拝啓、愛しの貴方様』

 

そこからつらつらと綴られる恋心。

 

読んでいく内に恥ずかしさと頭痛がいっしょくたに襲ってくる。そして、最後にしたためられた一文こそ、この手紙の『棘』であった。

 

「……始祖への誓いの言葉……」

 

「そう、だからこそレコン・キスタは一気には我らを攻め落とそうとはしなかった。恐らくこの手紙の事を知っていたのだろうね」

 

そして、その実動員としてワルドが動いていたのでは無いだろうかとウェールズは続け。

 

「だが、彼の言うことが……レコン・キスタの崩壊、瓦解かな?が事実であるなら、手紙を狙う必要も無いだろうね。どうぞアンリエッタに無事届けて欲しい」

 

「はい、確かにお受けいたします」

 

ルイズの言葉を受け、中身の無くなった箱を何処か寂しそうに閉じて、ルイズ達に向き。

 

「夜にはマリー・ガラント号に風石の積込が終わると報告があったよ、出航は明日の早朝にするようだ。それに君達を乗せて貰えるよう手配は済ませてあるから、それで戻ると良い」

 

「何から何までありがとうございますウェールズ殿下」

 

畏まり、頭を下げるルイズに、ウェールズは微笑みを返す。

 

「さ、今日は色々ありすぎた、ゆっくりと休むと良いーー」

 

 

 

 

ーー紗久弥は夕食の後、ルイズ達と別れて一人、ニューカッスル城の中庭に居た。

 

空の大陸から更に見上げる夜空の星。

 

考えるのはルイズの事。

 

(ついに覚醒した……覚醒しちゃった……ペルソナの力に依存することが無いように、面倒見なきゃね)

 

アギ等の基礎の魔法でさえ、この世界の……いや、未覚醒者への威力はワルドに与えた通り。

 

あれが中級、そしてダイン級の威力となると、それこそこの世界では、最強の力となるだろう。

 

それだけに、力に溺れることの無いように、しっかりと。

 

そう決意する紗久弥に、ルイズはこっそりと近付いて……

 

『わっ!』

 

驚かせる筈が、見事に気付かれて、同時に声を出し、笑い会う。

 

アルビオン最後の夜は、楽しく過ごせそうだ。そう思う二人だったーー

 

 

 

 

ーー影時間。

 

ワルドはどうにかハヴィランド宮殿へとたどり着き、棺を尻目にレコン・キスタの指導者の元へと急ぐ。

 

だが。

 

チャリ……チャリ……

 

と、鎖の擦れる音がワルドの耳に届きーー

 

 

 

 

 

ーー遠ざかるアルビオン大陸を、マリー・ガラント号の甲板から眺めるのはギーシュ。

 

共に旅をし、励ましてくれた、そして、憧れだったワルドはもう居ない。

 

色々訊きたいことがあった、もっと稽古もつけて欲しかった。

 

だが、彼はトリステインを捨て、レコン・キスタに売ろうとしていた。

 

キュルケもろともウェールズを突き刺した事が、今でも信じられない。

 

(国を裏切ってまで……何を求めていたんですか……子爵……)

 

そして、あのルイズの魔法の事。

 

キュルケ達を生き返らせた、紗久弥の魔法の事。

 

(普通では、無いよな……でも……)

 

だからこそ、キュルケ達は生き返り、今もベランダで寛いでいる。

 

(……これ以上、考えても仕方がないか)

 

風を受け、心地良さそうに過ごすキュルケの姿をぼんやり眺めていると、不意に目があった。

 

「そんなとこでボーッとせずにこっちに来なさいよー!」

 

「良いのかーい?」

 

「退屈なのよー!」

 

「わかったよー!」

 

ギーシュが甲板を去った後、その場に居た船員の一部は。

 

『世の中クソだな』

 

と思ったとか思わなかったとか。

 

 

 

キュルケに誘われるままに一等船室に入り込むと、ベッドで本を読みふけるタバサと、チェスの講義を紗久弥から受けるルイズの姿。

 

「ルイズってば、サクヤに一局も勝てないの」

 

「へえ、あのヴァリエールがかい?」

 

意外と言えば意外である、とギーシュは思う。

 

 

一年の頃レクリエーションとして行われた教員含めたチェス大会。

 

その大会でルイズは、ロングビルの準優勝と言う成績を納め、冬期休校の期間に国主催のチェス大会にも出場し、ヴァリエール公爵の三位に納まり、国を湧かせたのは記憶に新しい。

 

余談ではあるが、その大会にゲストとして呼ばれていたガリア国王ジョゼフは、ルイズを一度チェスの席に誘おうかと考えているそうな。曰く『若く強いチェスは余の刺激になるや

もしれん』とのこと。

 

この事は広く知られ、招待を待ちわびる者も少なくない。

 

 

 

「あのチェス愛好家のガリア国王に目をかけられているルイズに指導出来るとは、とんでもないね、サクヤは」

 

「私も一度指したけど、ぜーんぜんだったわ」

 

言ってタバサの隣に座ると、そのまま仰向けに横たわる。たわわな胸が重力に引かれつつも、存在感は変わらない。

 

「意外だねミス・ツェルプストー、君はもっとできると思ったけど」

 

「まあ、サクヤ以外とはそこそこよ?あの子がとんでもないの」

 

ギーシュの視線は悲しいかな、キュルケも胸に釘付けとなっている。

 

キュルケもその視線に気付いているのか、胸を強調するかのようにベッドで様々に動く。

 

「誘っているのかい?」

 

「さあ?そう思うなら来てみる?」

 

妖艶に浮かぶ笑み。

 

「遠慮しておくよ、君に触れたら火傷じゃ済まなくなりそうだ」

 

「あら、つれないわね?」

 

楽しそうに笑うキュルケに、呆れるギーシュ。

 

タバサはそんな二人をちらりと見た後、本を再び読み始める。

 

この間にもルイズと紗久弥のチェスは続いていたーー

 

 

 

ーーアルビオン王立空軍艦隊旗艦ロイヤル・ソヴリン号ブリッジ、ウェールズはその艦長席に腰を沈める。その姿をボーウッドは感慨深く見つめていた。

 

「どうした?」

 

「いえ、やはりその席には殿下こそ座るべきだと思いましてな」

 

「はは、実際に私がここに座った回数等、一度だぞ?」

 

「それでも、ですよ」

 

「そうか」

 

「ええ」

 

ボーウッドは改めてブリッジ内へと目をやる。

 

皆もウェールズが居るからか、気合いの乗りが良い様だ。

 

「見えました、ロンディニウ……え……?」

 

そこに、栄えある王都の姿はなく、巨大なクレーターが幾つも出来ていた。

 

そのクレーター郡の中心に、辛うじて建物だった物の姿がある。

 

「あれが……ハヴィランド宮殿……?」

 

ロイヤル・ソヴリン号に、沈黙の帳が降りるーー

 

 

 

 

ーートリステイン王都トリスタニア。

 

ラ・ロシェールからタバサのシルフィードで戻ってきたが、既に夕方。

 

ルイズの案内で、ヴァリエール別邸にやって来たのだが……

 

「お、お母様なぜこちらに!?」

 

「まあ、所用がありましてね、それでルイズ、なぜここに?任務報告は済ませてあるのですか?」

 

勿論まだである。夜も迫る時間、流石に報告には難しいと思い、明日向かおうかと思っていると、ルイズが素直にその旨を伝えると、カリーヌは一つ溜め息をつき。

 

「機密任務の報告に正面から行ってどうするのです……本来ならばすぐ報告出来るように手を回しておいて貰うものです、今回は私が渡りを付けましょう、ですが、次からは渡りを用意してもらうように」

 

「はい……」

 

少し落ち込んでしまったルイズの頭に手を乗せて。

 

「ですが、よくぞ無事に帰って来ました、お帰りなさい、ルイズ」

 

微笑むカリーヌに、ルイズは抱き付いて。

 

「ただいま戻りました、お母様ーー」

 

 

 

 

ーー夜の帳が降りた頃、ルイズを連れてカリーヌはチクトンネ街にある一軒の店を訪ねた。

 

『魅惑の妖精亭』

 

中々に際どい衣装に身を包んだ、うら若き女性達の働く店である。

 

活気に満ちた店内を奥へと進み、くねくね動く筋肉モリモリマッチョマンと挨拶を交わして、奥の階段を登り、突き当たりの部屋の扉をノックするカリーヌ。

 

それに応じ、ゆっくりと開いた扉からは『鳥の骨』と揶揄される男が姿を現した。


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