二人の『ゼロ』   作:銀剣士

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アルビオンへの空の旅

身嗜みを整えたルイズ達は、昨日のアルビオン行きのフネに『渡し』の利く内の一人(後の三人は二日酔いで死んでいた)を連れて、ラ・ロシェールに聳える大樹、古代より育った『世界樹イグドラシル』に作られた階段を登っていく。

 

『屋久杉よりおっきい樹なんて始めて見た』

 

とは紗久弥。素直に驚いていた事に、ルイズは『アルビオンはもっと凄いわよ?』と、からかうように、何処か誇らしげに言う。

 

「貴族様方、あそこに見えるフネがあっしらのツテでさぁ」

 

微笑ましくルイズ達のやり取りを見ていた男達の一人が、桟橋に係留してある一隻の立派なフネを指して紹介する。

 

「商船『マリー・ガラント』号、今日アルビオンに飛ぶフネでさぁ、そのまま着いてきてくだせぇ、船長に紹介いたしますんで」

 

 

 

 

「船長居るかい?」

 

積み込み作業をしていた男に声をかけると、親しげに話し始め、船倉に居るんじゃないかと伝えられるが。

 

「お客様がお見えでな、済まねぇが呼んできてくれねぇか?」

 

「お客様……あの貴族様方か?」

 

首肯で返された答えに、船員は『すぐ連れて来る』と伝えてフネの中に姿を消して数分後、船員はキャプテンハットを被る男を連れて戻り、作業に戻っていった。

 

「ようディーブ、客連れてきたって聞いたがそちらの貴族様方で良いのかい?」

 

男の背後に立つルイズ達を見やり、ふとルイズと目が合う船長。

 

「訳あり、のようですが訊かない方が身のため……ですかな?」

 

「ええ、出来れば訊かないで頂ければ幸いですわ」

 

ふむ、と顎に手をやり少し考え、船員は『わかりました』と、受けてくれるものの。

 

「一等船室はご用意出来ますが、客船では御座いませんので、ご不便お掛け致しますが何卒御容赦願えますでしょうか?」

 

深々と下げられる頭に。

 

「乗せていただけるだけでも十二分、一等船室まで用意していただけるのですから、此方こそ頭を下げるべきですのに……」

 

と紗久弥も頭を下げる。

 

「ああいやいや、貴族様方にご利用頂けると存じていればもう少し支度も……」

 

 

 

 

紗久弥と船長の会話もそこそこに、ルイズ達が船室に向かった十数分後、いよいよ出航となったとき、ギーシュとワルドの二人が船員に乗船交渉をしていた。

 

「ふむ……一等船室は先に埋まってしまったか……では二等はあるか?」

 

「二等以下は乗組員との相部屋しか御座いませんぜ?」

 

「む、むう……困ったな……」

 

出来れば一人になれる空間が欲しいが……と頭を悩ましていると、ギーシュは『背に腹は変えられませんよ』とワルドに言う。

 

これを受け、流石にワルドも腹を括ったか、相部屋を了承しフネに乗り込んでいったーー

 

 

 

 

ーーマリー・ガラントは帆に風を、船体に風石の力を受けて空を行く。

 

「ほあー……この形の船が空飛ぶとか流石は魔法の世界……」

 

船室のベランダからの景色は空一色。

 

「アンタが前いたとこではこんなの無かったの?」

 

「空を飛ぶフネって言うのなら飛行船かな?こんな所謂フネって形じゃないんだけどね」

 

ベランダから室内に戻り、ペンとインクと紙を探しだして図にして説明する。

 

それはルイズ達が知らない『技術』の話し。紗久弥の居た世界の『魔法』とも言える物。そして、紗久弥は『戻ったら飛行船のミニチュア作る?』と提案し、ルイズ達三人はこれに同意した。

 

「でも、いつか人が乗れる飛行船も作ってみたいね」

 

と、紗久弥は笑みを浮かべ、外を見る。

 

 

 

ゆっくりと流れる時間は紗久弥達に微睡みを与え、ベッドで本を読んでいたタバサは眠りに落ちて、ルイズとキュルケもチェスに飽きたのか、うつらうつらと船を漕ぐ。

 

だが。

 

『空賊だぁぁぁぁ!』

 

突然の声と掻き鳴らされる警鐘に微睡みは消し飛び、タバサはいつ起きたのか既に警戒体勢である。

 

ややあって船員がドアの向こうから声をかけてきた。『危険ですから、皆様は部屋から出ないで下さい』と。

 

勿論、そう言われて大人しく居られる一行でもなく、デルフリンガーを抜いてタバサが先頭を歩き、キュルケ、ルイズと続き殿を紗久弥が歩く。

 

「どうやら相手さんにゃメイジがいるみてぇだぜ、グリフォンとシルフィードの嬢ちゃんがぐっすり寝てやがらぁ」

 

甲板に向けて少し出された刃先だけでも、十分見えるようで、索敵はすっかりデルフリンガーの役目となった。

 

そのデルフリンガーから、足音二つとの報に警戒レベルを上げるタバサと紗久弥。

 

向こうも警戒しているのだろう、中々に寄っては来ない。

 

『一等船室の客か、貴族様ってのには間違いないだろうともよ』

 

そんな声が聞こえたのは直後の事。タバサはウインドを唱えて出合い頭に放つ。

 

男達の怯んだ隙に紗久弥とタバサが男達を捕縛する。

 

その際紗久弥が使ったのは『結束バンド』であるが、ルイズ達から見れば正に未知の物体であるだろう。

 

何故持っているか?本人曰く『こんなこともあろうかと』常に百均で買った物を懐に忍ばせているのだとか。

 

勿論使ったのは今日が始めてである。

 

さておき、後ろ手に捕縛した空賊に尋問をかけようとしたが。

 

「ん?ちょっとサクヤ、そっちの人の頭……おかしくない?」

 

そう指摘するのはルイズ。指摘のままに髪を注視すると、成る程確かに『作り物』である。

 

「あ、こら、止め」

 

良い笑顔で、可愛くえいっとかつらを剥ぎ取ると、出てきたのは手入れのされた髪の毛。

 

「ふうん、空賊にしては随分手入れのされた髪ねぇ?」

 

キュルケが髪を手で梳いていると、タバサがさらに追い打つ様にもう一つの事に気付く。即ち。

 

「付け髭」

 

べりっと一気に剥がされた付け髭。

 

「変装」

 

気が付けば、もう一人の男もルイズに剥がされていた。

 

 

 

 

「王党派どころか、まさか皇太子御自ら率いて海賊とはね」

 

キュルケの尋問を受けた皇太子付きの近衛兵二人は、何処か幸せそうで切なそうにしている。

 

「……とにかく、皇子殿下に接見しましょう、ともすればこのまま帰れるかも知れないしね」

 

「ま、待ってくれ!こ、この指の取ってくれ!」

 

「あ、ごめんなさい」

 

何処からか取り出した刃の小さな鋏のような物(樹脂用ニッパー)で、パチリとバンドを切断。

 

(あんなの持ってたんだ)

 

と言うか他にどんなものを持っているのか微妙に気になり、あとで絶対聞いてみよう、ルイズはそう心に決めて、近衛兵二人を連れ『海賊船』に向かう事にしたーー

 

 

 

 

ーーマリー・ガラント号は既に拿捕、曳航の準備も終わりさあ帰港と言うところで、海賊の親方こと、アルビオン王国皇太子ウェールズ・テューダー(変装中)の耳にその報が届く。

 

「おう船長、随分腕の良い貴族様方乗せてたみてぇだなぁ?」

 

ロープで縛り上げられているのはマリー・ガラント号の船員と半ば強引に乗り合わせた貴族二人、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドとギーシュ・ド・グラモン。

 

だが、一等船室に向かった部下が変装を解かれ、こちらに向かっていると言うではないか。少女四人に連れられて、だ。

 

「羽帽子の貴族様、アンタも風石の力を増幅させてなきゃさぞかしお強いんだろうがなぁ?」

 

そんな言葉にワルドは鼻を鳴らすにとどまる。

 

「まあいい、で?甲板に居た風竜は貴族様の使い魔かい?」

 

「風竜?いや、僕の相棒はグリフォンだが……」

 

「そうかい、あのグリフォン野生種だったな、随分躾が行き届いてる、ホントアンタが消耗してくれて助かったぜ」

 

グリフォン等の大型幻獣は実力を見せつけ従えて、調教するものだが、その中でもあのグリフォンは実に躾が行き届いている様に思う。

 

ウェールズは思う、彼の調教技術を学びたいと。

 

こう思えるのは現状の停滞、否、僅かながらの好転にあるだろう。あの夜中に起こる緑色の闇の世界、あの世界になる度にレコン・キスタの軍勢に死者が増えるのだ、爆発的と言える程に。

 

その死者の中に、元アルビオン王立空軍艦隊指令の姿もあったと報告を受けてすぐ、ヘンリー・ボーウッドが自身の首を代償に、恥と知りながらも王家への部下達の帰順と『王権』の返上を申し出てきた事もあり、一時期彼我戦力が二十倍近くに開いていたものが、十倍近くに埋まっているのだ。

 

尤も、十倍近くの戦力差と言えども『王権』こと、ロイヤルソヴリン号を旗艦とする空軍艦隊が戻ってきたのは大きいだろう。

 

「まあいいや、おめぇさんさえよけりゃグリフォンの飼育についてでも聞かせてくれや、ありゃあ良いグリフォンだ」

 

心よりそう思う。

 

「ふん、ならばさっさと縄をほどくんだな、そうすれば」

 

『敵しゅぐえっ』

 

ワルドの言葉を遮り飛び込んできたのは、警告を止められた声。

 

「あ?なんでぇ?」

 

ウェールズがドアを開くと、変装を解かれて組み敷かれるボーウッドの姿。組み敷くのは見目も麗しい女性。

 

「紗久弥、こっちも終わったわ」

 

「こっちも良いわよ」

 

「ん」

 

タバサは紗久弥に剥ぎ取ったかつらと髭を見せ、胸を張る。

 

「お疲れさま、後は……」

 

紗久弥とウェールズ(変装中)の目がバッチリ合い、ウェールズはそっとドアを閉じた。

 

「ちょま!?」

 

ウェールズは妙な汗をかく、彼女に関わるなと。だが、現実は残酷である。

 

ドアノブがゆっくりと回る感触、ギギギと軋む蝶番。

 

「見ぃつけた」

 

夜中なら絶叫間違いなしである。

 

「確保ぉぉぉぉぉぉ!」

 

戦くウェールズを取り押さえた紗久弥の合図で、かつらと髭を剥ぐのはルイズ。

 

だが、ルイズは剥ぎ取ったかつらと髭をその場に落とし。

 

「サクヤ!退いて!その方から退いて!」

 

紗久弥に即座解放を命じると、飛ぶようにDO・GE・ZAし、つられて正座する紗久弥の頭をルイズは同じく下げさせる。

 

「申し訳御座いませんウェールズ殿下!どうか、どうか非礼を詫びますゆえ何卒御容赦を!」

 

あまりにも唐突な出来事に、ウェールズの思考は完全に停止していたが、どうにか働いた思考は、何を思ったか。

 

「あ、いや、なんと言うか、ありがとう」

 

紗久弥の胸と太ももの感触は、なんとも素晴らしいもので、鈍った思考の出した言葉はそれだった。

 

(だってしょうがないじゃないか、女日照り何だもの、ごめんよアン)

 

鼻腔に残る紗久弥の香りは尚ウェールズの『男』を苛む。

 

「う、ウェールズ殿下……?」

 

「え、ああ、いや、はは、参ったな……その、いつから『空賊(僕ら)』が変装していると?」

 

辛うじてひねり出した言葉。

 

それに答えるのはルイズだが、同室内に見覚えのある顔を見つけて、声を上げる。

 

「ギーシュ!?それに……えっと……」

 

どうにも思い出せない。誰だっけ……?と頭を捻っていると。

 

「ぼ、僕だよ、小さなルイズ。君の婚約者の、ジャン・ジャックだよ」

 

『はぁぁぁぁぁぁ!?』

 

紗久弥・キュルケ・ギーシュ・ウェールズそして当のルイズも驚愕の声をあげてしまう衝撃だった。


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