鳴上悠と艦隊これくしょん   作:岳海

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いやー、懲りずにまたた遅れちゃいました(てへぺろ)あと本編の説明がもし、変だったらすいません(^_^;)
あと活動報告にも書きましたが、10万UA突破しました!!ヤッタネ。


第十八話 Still, I'm ...

 

 

「はああっ!!!」

 

 

 リ級の砲撃を『アリ・ダンス』で躱し、雄叫びを上げながら『ヒートライザ』で強化した身で新幹線のごとく肉薄、薙刀を全身のバネを生かして両手で振るい、煌めく刃の光一閃。研ぎ澄まされた刃は『リ級』の体を通過し、やがて斜めにゆっくりとずれて、海の底にボチャンと落ちていく。仲間をやられて怒ったのであろうか、他の軽巡や重巡、雷巡などが一斉に、肉食獣が飛びかかるようにこちらに近づき…。

 

 

「…『イザナギ』!!」

 

 俺と背中合わせになるように、『イザナギ』を召喚。背中をくっつけながら武器を構える。奇しくも同じ構えで。

 迫りくる敵が、俺達の間合いに入った瞬間に、背中合わせでくるりと一回転するように俺が薙刀を、『イザナギ』が矛を、まるでフードプロセッサーのような回転の勢いで振るう。勢いに任せて突進してきた敵が俺達の刃によって、胡瓜のようにスライスされボチャンと、リ級の後を追うように海に落ちていく。海の中へ沈没していく深海棲艦を見ながら瞳を閉じ、祈るように片手を上げる。数多の深海棲艦を切り捨てておいて、何を今更かと思うが、それでも死者に対して祈ることが悪い事ではないと俺は思いたい。何かを憎むのはもう疲れただろう?ゆっくり休んで、今度はまっとうな命に生まれ変わってくれ…。

 

 

 

 

「「「「アアアァァァァァァ!!!!!!」」」」

 

 鼓膜を揺るがす雄叫びに、俯かせていた顔を上げる。四方から俺を囲むように、新手が四体。赤い瞳をぎらつかせた美しき異形達が、その外見とは似ても似つかない咆哮を上げながら襲い掛かってくる。

 …嫌な顔だ。憎しみでぎらついて、生きとし生けるものを呪う慟哭。その反面、どこか虚しくて悲しくも感じられる。鬼哭啾々という言葉が何故だか脳裏を感じた。

 

「やはり電達を連れてこなかったのは正解だったな…『イザナギ』ッッ!!!!」

 

 お前達深海棲艦に対して、何も思う事がないわけではないが、俺とてこんなところでやられてやるわけにはいかない。薙刀を構え直すと、イザナギが目の前の一体に向かっていき、矛を振るう。

 

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 2日前の夜

 

 

 

 

「2日後、『キス島沖』まで行ってみようと思う」

 

 10×2人ずつ向かい合って座れる、ボロボロの長テーブルとクッションから綿がはみ出ている椅子が、6セットで入るほどの大きな食堂。その中心部で電と天龍と雲龍、妖精3人が、夕食も終わろうとしているタイミングを見計らって、考えていた予定を発表する。各々がテーブルの上の食べ終わる寸前の山菜や、釣って来た魚の料理から目を離し、電と妖精達は僅かな驚きを、雲龍はよく解っていないかのように首を傾げ、天龍は不満そうなジト目を向けてくる。

 …まださっきの事を根に持っているのだろうか。だがあえてそれを無視して、再び皆の顔を見回す。

 

「キ、キス島って、この『モーレイ海』の隣の海域ですよね?」

「なんでまた、急にそんなところへ行こうというんですか?」

「よく解りませんが提督、食事の量がちょっと多いです…あと、魚類や肉類がちょっと苦手です。あと艦載機はしょうがないとして、イザナギください」

「雲龍さん、お願いだから空気読んでください」

「イザナギ以外は善処することにしよう。さて、話を戻すぞ」

 

 こういう会話のノリは嫌いじゃないけど、流石に真面目な話だからな。天龍以外騒ぎ出す皆を制してコホンと咳払いを一つ。皆が落ち着いたのを確認して話を切り出す。

 

「目的はざっと3つだ。まずは、妖精さんの言っていた『鋼材』の安定した収集が1つだ」

「…効率は少し悪いですが、この『モーレイ海』でも取れない事はないですよ?わざわざちょっと離れた所まで行く必要はあるんですか?」

「俺はこの3日間、この海域の『鋼材』を回収し続けて思ったんだが、日を追うごとに採れる『鋼材』の量がだんだん減って来た。今日に限っては、初日に採って来た量の3分の1にも満たなくなってきた。明らかに取りすぎて量が減っていっている始末だ。運よく…といっていいのか分からないが、深海棲艦の隊を強襲して『資源』を手に入れたが、所詮棚から出た牡丹餅だ。軍の本部から補給も受けられず、『遠征』に行く人員も手段も無い苦しい台所の中、籠城しながら採り尽した場所を探し回った所で、いずれ採れる量も心許なくなっていき、貯蓄の『資源』は減る一方だ。だから多少リスクを冒しても、ここよりも安定した採集場所を求めて『キス島』に行ってみたいというのが1つ」

 

 右手を上げて、人差し指をピンと立てる。最初に反論した妖精さんも、何か言いたげに口をもごもごしているも、結局は俺と同じ考えなのだろう。というよりこういう事は誰だって思いつく筈なんだ。いつまでもここでじっとしていたところで、何も変わらない事は。

 反論する者がいないことを確認して、中指をゆっくりと立てる。

 

「2つ目は、『鋼材』の収集地点も含めた『キス島』の調査」

「調…査…なのですか?」

「ああ」

 

 今度は電が、きょとんとしながら尋ねてくるのを頷き返した。

 

「きっかけは1つ目の目的にも言ったが、偶然発見した深海棲艦の艦隊だ。奴らのやって来た方向と、向かっていた方向。その時はあまり気にもしていなかったけれど、基地に帰島して休んでいる時ふと、俺の中で疑問に思ったことがあったんだ」

「疑問?」

「最近、この世界の海図を見せてもらって大体の地理は把握しているつもりなんだが、手に入れていた『資源』と方向から推測して、俺の勘違いでなければ『東部オリョール海域』からやって来たと思うんだ」

「東部オリョール海?、燃料と弾薬が取れることで有名なあそこですか?確かに今日手に入れた『資源』は『弾薬』と燃料がありましたけれど…」

 

 正解、と言わんばかりにこくりと頷く。妖精から聞いた話では何でも、『潜水艦』を使ったオリョージングによって、燃料や弾薬を効率的に手に入れるやり方があると聞く。この基地の場合は潜水艦も無かったし、深海棲艦に囲まれた孤立無援のこの状態では遠征ですら満足にできない程だったので、したくても出来ないだろうけれど。

 

「しかしこの場合、奴らは『何処から』来たというのも大切だが、もっと重要なのは『何処へ』向かっていたのかという事実なんだ。それもわざわざ戦闘力が劣る『補給艦』を3体も連れて何処へ輸送していたのか。。奴らの燃料の搭載量がどのくらいかは知らないけれど、この『モーレイ海』から『キス島沖』までだって、それなりの距離があるというのに、ましてや『南西諸島』からこの『北方海域』だとしたらすごい距離だ。燃料を馬鹿喰いの『戦艦』や『重巡』を護衛役に連れて『オリョール』から遠くまで運ぶにしては、割には合わないだろう。ここからは俺の想像だが、元々持っていた『燃料』の量と、妖精達に聞いた戦艦や重巡の燃料消費量から推測して、あの地点から一番近いキス島沖まで行くのが、ギリギリ利益になる位が関の山というのが俺の予想だ」

「…つまり、何が言いたいの?」

「…『キス島沖』に深海棲艦の前線拠点か何かがあると、俺は思っている。それも高い確率で」

「っ!?」

「そして俺のこの仮説が当たっているのだとしたら、過去にこの基地を幾度となく襲撃した敵艦隊はここから来たとも俺は思っている」

「…んだと?」

 

 

 電の息を呑む音が聞こえ、テーブルで頬杖ついている天龍の目が、僅かに見開く。妖精も同じような反応だ。話についていけない雲龍は突然の反応にクエスチョンマークを浮かべながら、交互に彼女達の顔を見て、最後に俺の顔を見つめている。

 かつて大規模な深海棲艦が連日のようにこの基地を襲撃してきたと、この基地の電や天龍達から話を聞いたが、短時間でキス島のさらに遠くから往復してやって来るにしてはタイミング、兵糧(この場合は燃料や弾薬)、効率等の面から考えても現実的とは言い難い。単なる意思のない化け物とかならともかく、奴らだって指揮官を立て、中にはレ級のように人間と変わらない頭脳を持つ奴だっているのだ。『知恵』を持つものならば、俺が今想像していることは考えて当然の事なのだ。

 

「勿論、これは俺の単なる予想の一つなんだが…君たちはどう思う?」

「…どうって言われましても…う~ん」

「そもそも私は新入りだから、以前のこの基地の状況はよく解らないですし」

 

 …そういえば雲龍にはこの基地の以前の事説明して無かった。いきなりこんな話されても、全力空転スラッガーのあの人よろしく、『お手上げ侍!!』と首を傾げるしかないだろう。…案外本人は今、くしゃみをしているのかもしれない。

 

「可能性は…ないとは言い切れないです。今はこんなんだけれど元々、この周辺の深海棲艦を一掃して安全圏を確保してからこの基地は作られたわけですから、以前の襲撃スピードやらタイミングやらを考えれば、他に一番近くで拠点を作るのだとすれば確かに『キス島沖』辺りが一番だと思います…。しかもこちらには偵察に出すための偵察隊はおろか、艦載機だって満足にないわけですから、あの周辺は今は未知の海域。私達が知らないうちに、敵が集まっている可能性も無きにあらずですからね…」

 

 俺の話を、青髪の妖精が補強する。しかし安全圏を確保したとか言っているけれど、結局その基準については疑問を浮かべざるを得ない。ここにどれ程の戦力を置いていたかは知らないけれど、元々本部から孤立しているような補給の受けにくい場所に拠点を置くなんて、杜撰にもほどがある。敵がたくさんいるところに基地を置くのならばせめて援軍なり、補給線なりちゃんと確保しておくべきだったろうに。しかもこの海域全体の事を把握もしていないのに、どうして戦いを有利に運べると思ったんだろうか?この基地が壊滅した不祥事は、ここにいたという提督だけじゃなく、その上層部の見通しの甘さが招いたんじゃないのか?深海棲艦を脅威とみなしている一方、どこか油断もあったんじゃないだろうか?

 

 

 

「それで?」

 

 

 話を否応なく叩き切る声に、全員の目が向く。

 

 

「ご丁寧なご説明もいいけどよ、結局お前は何がいいたい?」

「…て、天龍さん?」

「要するに、キス島沖にはもしかしたら敵の拠点があるかもしれない。それが言いてえのは分かった。それじゃあお前はどうしたいんだ?」

 

 天龍の突き刺すような視線。まるで最初出会った時のような、敵対ような視線。いや、敵対するかのようというのは少し違う。もっと厳密にいえば、状況が違うといった所だろうか。周りで様子を見ている電や妖精は、改善に向かっていた俺たち二人の仲が以前のように、険悪の空気になっている事に、戸惑いと動揺を隠せないでいる。雲龍は相変わらず変わらない表情で?マークを頭上に浮かべているが。

 コイツの事だ、俺の言わんとしていること位分かっているのだろう。何故だかなんとなくわかる。分かっていながら、あえて質問を投げかけてくるのはきっと…。 

 …下手に誤魔化したり、回りくどく行っても、恐らく天龍は納得しないだろうな。俺もそういうのはあまり好きじゃない。それが例え、本人にとって受け入れがたい事実だったとしても。

 

 

「…本当にキス島に奴らの拠点があるのだとしたら、すぐ隣の近所の家にデカいスズメバチの巣があるのを、いつまでも放置しているようなものだ。とりあえず偵察を前提に行動するが、状況によっては拠点を殲滅する。勿論そこには……俺が行く」

「…一人で…か?」

「…ああ」

 

 これほど感情を出さないように気を付けて発言したことは、これまでで一度でもあっただろうか。こんなに切なく、胸が少しチクリと痛んだことが一度でもあっただろうか。他の皆はきっと、俺の言葉に驚いたり様々な反応を示しているのだろうけれど、俺の視線には、天龍の浮かべた表情だけが鮮やかに色付きで捉えられたように感じられた。

 いつものように大声で反応するでもなく、俺の発現にただただ、静かに唇を噛みしめていた。爆発しそうな感情を無理やり抑え込むように。料理が乗せられているテーブルに乗せていた拳が、無力さで震わせる唇のように、僅かにぶるぶると震えていた。

 先程の天龍との会話が脳裏に去来する。本当に勝手な男だろうと、彼女は思っているのだろうか?だとしたら無理はない。

 これでいい。仕方ないんだ。今この状況で動けるのは俺だけなのだから。お前は戦闘に支障が出るほど負傷している。雲龍は艤装がないから、海には出られない。電だって、いくら自主練を積んでいるったって…。高校に入る前に口癖のように使っていた『仕方ない』が、いつもと違う苦い重たさがあった。

 

 

「そして最後に3つ目の理由だが、それは…」

 

 そんな考えを振り払うかのように、薬指を入れた3本の指を立ててみんなに見せる。

 

-----------------

 

 

「天龍さーん、いつまでもそこに座られると片づけできないんですけど…」

「………」

「聞いてます?」

 

 皆が解散していなくなった食堂内でただ一人、無表情の天龍さんが頬杖をつきながら壁の一点をただただじっと見つめている。こちらの呼びかけにも全く反応なしだ、せっかく鳴上さんが作ってくれた料理も半分ほど残してるし…まぁ、何を考えているのかなんとなく予想はつくし、気持ちも分からなくはないけれど…。

 さっきの夕食の時だって、いつもだったら和気あいあいと食事している筈だったのに、今日に限ってはなんだか重い鉛でも背負わされているみたいに、空気が重かったし。おそらくそれは鳴上さんの話をした内容だけじゃない、この二人の間に何かあったんじゃないかと、あの場にいた二人を除いた全員が、そう理解している。折角わだかまりも無くなって仲良くなったと言うのに…。

 

 

「天龍さん!!私の話聞いています!?いい加減に…」

 

 

 

 

「『悠の奴、また『俺達』に黙って危ないことしてやがる…』」

 

「どい……???」

 

「『見てらんねえよ…無茶ばかりして心配する俺達の身にもなれってんだ…。『菜々子』だって、俺だってそんな事望んじゃいねえのに…』」

 

 声を掛けようとした私の口が、天龍さんの独り言で引っ込んでいく。相変わらずその視線は、前方の壁に向かって話しているような、独り言の愚痴。そういわれればそれまでの事なんだけれども、問題は今の天龍さんの様子だ。変に思うかもしれないが一瞬、天龍さんが姿はそのままで、20年くらい風格が増したような錯覚を覚えた。

 いつもの天龍さんの声と、口調なのにこの雰囲気…何か違和感が…。それに気のせいか天龍さんの金色の目の色がいつもより濃くなっているような…。

『悠』だとか『俺達』だとか…それに『菜々子』?

 

「『俺達は家族だ…。だからこそ力になってやりたいと…』」

「あ、あの、天龍さん!?」

「……っ!?」

 

 つい強めに声を掛ける。するとハッとなった表情を見せこちらに向き替える。

 

「お、おうなんだよ!?どうかしたか?」

「いや、どうかしたというか…天龍さんこそ、どうかしました?」

「どうかしたって…ちとぼーっとしてたけど、何かあったか?」

「…いや貴方、ぼーっとしてたって…???」

 

 

 なんかいつもと様子が違ってたような…。首を傾げてこちらを見ている天龍さんは、私たちの知っている天龍さんのように見える。目の色も、さっきより薄くなっているような…。さっきのは何なんだ?私の気のせいか?いやでも…。

 

「あの、天龍さん一体…」

 

 

 

 

 

「あ、あの!!!」

 

 

 先ほどの事を追求しようとすると、横からあどけない声に阻まれる。私と天龍さんが振り返ると、食堂の入り口の方で電ちゃんが、息を切らしてこちらを見ていた。

 

 

「電、部屋に戻ったんじゃないのか?」

「ハァ…ハァ…よ、妖精さんと天龍さんにお話ししたいことがあって…いてもたってもいられず」

「「?」」

 

 入り口付近で息を整えてから、私と天龍さんの座っている椅子に向かってつかつかと歩いてくる。よく解らないけれどそこまで急ぐものなのかな?お陰で天龍さんから話を聞くタイミングを逃してしまった。

 それに私たち二人に相談とは?鳴上さんがいる前じゃダメなのかな?しかよく解らないが、電ちゃんが浮かべているなぜか何かを決意したような顔を見ると、なんとなく真剣な話題と言うのが伺えるけれど…。

 

 

「あ、あのですね…さっき部屋で考えていたんですけれども…」

「「?」」

「い、電は…」

 

 

 

-----------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は戻って2日後。

 

「…はぁ」

 

 偶然見つけた小さな無人の小島の砂浜の上で、足を延ばして休憩しながら、溜息1つ。目の前には広大な広い海。普段であれば去年皆で行った海岸なんかとは比べ物にならないほどの、感慨深い光景であったかもしれないが、今の状況からすれば、青い塩水でできた砂漠みたいなものだ。出来る事なら、コンセかけた『マハラギダイン』でこの視界に映る海を干からびさせてやりたい。そしてその塩の上をスキップでもしながら歩きたい…。

 これならまだ、多数の深海棲艦に囲まれていた方が気分的に楽だったかもしれないな…。

 

 基地を出てから数時間をかけて、ようやく目標のキス島沖のラインに到着。去年のテレビの中のダンジョンとは違って、入り口とか分かりやすい物はなく解りにくい事この上なかったが、妖精から貰った海図を参考に、これまで進んだ距離と、浮いている小島などからの見当を頼りに、なんとか目的の海域だったことを判断することが出来た。数字的計算も必要だったから、もし陽介とか、完二とかクマだったら、かなり苦労してたかもしれない。そう考えていると、三人の顔が脳裏に浮かんで懐かしい感情に浸りそうになる。が、今はそんな場合じゃない。

 名残惜しくも、彼らの顔を頭を振るってどうにか振り払い、基地を出る前に妖精から貰った海図と羅針盤を手に、『よし!』と気を引き締め直して、羅針盤の示すまま、この海域を駆け?回った。

 手当たり次第に進んでみて、1,2回程敵の艦隊に襲われながらもこれを何とか撃破。本当にイザナギを鍛えておいてよかった、もし初期だったら阿鼻叫喚ものだ。下手すりゃ天龍にも勝てなかっただろう。しかし敵を順調に返り討ちにしていったのはよかったものの、早速問題が発生。

 結論から言うと、まず最初の目標である『鋼材』の採取地点は確保することが出来た。確かにモーレイ海で漁るよりかは効率的に取れただろう。そこまではよかった。しかしそこからだ、俺が頭を悩ませている問題は。

 進めないのだ、先に。何を言っているのかわからないと思うが、俺も何をされたのかわからなかった。頭がどうにかなりそうだったとか…某フランス人の台詞をリアルに言う日が来るとは、思ってもみなかった。

 海図と羅針盤を頼りにいくら進んでいっても、最初の地点に戻るか、もしくは例の『鋼材』の採れる地点に、なぜか再び戻ってしまうのだ。他の指針を差さずに、羅針盤はさっきから同じ方向を示してばかりだ。こうなったらとやけくそで羅針盤を無視して進んでみたら、何も目印のない所に迷い込んでしまうわ、挙句の果てには渦潮に巻き込まれそうになったりで、さんざんだったりとか、(しかも何故か艤装内の燃料がいくらか減ってしまった。何故だ)その間にも深海棲艦が襲ってくるわで、耐え切れずに無視し続けてきた羅針盤の針が示す場所に従い、そうして最初の地点に戻ってきてしまった。そうやって、時間と燃料の減りがどんどん進んでいき、溜まっていくのは肉体と精神的な疲労。疲労で考えられなくなった状態のまま当てもなく彷徨っていると、今寛いでいるこの小島に辿り着き、こうやって何をするでもなくぼーっとしている。これは必要な休憩だと、都合のいい解釈を、頭の中で考えながら。

 徐に腰のベルトについているポーチに手を伸ばし、その中から丁寧にくるまれている包みを取り出して、布を解いて中から出てきた乾パンを取り出し、一つ掴んで口の中に放り込む。戦前を彷彿させるレーションだなと思いながら、これまた戦前を彷彿とさせるデザインの水筒を取り出して、口元に運び中の飲料をごくり。ハチミツに近いようなよく解らない甘い味がした。悪くはないけど、やはりシトロンの方が好みかな。少し暑いくらいだから、なおおいしく頂けただろうに。まぁ、やそぜんざい出されるよりかはマシだが。

 やはり直接戦えば疲れも来るし、スキルを使えば体力や精神力的にも疲労が来る。少しでも体力を回復できそうなものを持ってきたわけだが、どうやら正解だったらしい。

 乾パンを包み直してポーチに戻し、水筒はポーチとは反対のホルダーに収めて一息つく。糖分を取ったことで、頭と体が少し楽になってきた。士気の話となると、話は別だが。

 

「壊れてるんじゃないだろうな、この羅針盤…」

 

 さっきから俺の進む道を、手伝っているのか、それとも阻害しているのかわからない羅針盤を、顔の高さまで持ち上げながら、その中心部分を睨みつけるようにして眺める。つい力を入れすぎて、『ミシリ…』と僅かに音をたてたのを聞いて、慌てて砂の上に放り投げると、やけを起こしたように俺の体も砂浜の上に仰向けに倒れこむ。テンション的な問題の所為か、さっきから照り付けてくる陽射しが、やけに熱く感じる。さしずめ、フライパンで焼かれる目玉焼きといった気分だろうか。

 …こういう時に、『りせ』や『クマ』がいてくれたらなぁ…。特にりせなら、こんな羅針盤になんか頼らなくても、『コウゼオン』による的確なナビゲートで、すいすい行けただろうに…いくら深海棲艦とは見飽きたくらいに遭遇するといっても、情報収集どころじゃないだろう、これじゃあ。鋼材が取れる場所を見つけたからといって、これじゃあ何のために来たんだか。もしここに他に誰か、意見をくれるような仲間がいてくれたら…もし基地にいる皆がいればどう言っているんだろうかな?雲龍や電は、フォローでも入れてくれるんだろうか。天龍なら、情けねえなとか笑うのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前は前ばっか見ているから、後ろで守られている俺達がどんな顔で、お前の背中を見ているか気づかないだろ?お願いだから…少しでもいいから後ろを振り向いて、こっちを見てくれよ』

 

 

「……………」

 

 

 …俺の選択したあの判断は、今でも間違っていないと思っている。俺が頑張んなきゃ…いけないんだって。なのになぜ、先日の天龍の言葉がこんなにも引っかかって離れないんだろう…。どうして、こんなに切ない気持ちになるんだろう。

 

 

「転勤が決まった時の俺の親も、こんな気持ちだったのかな…」

 

 どうしてこんな事を思ったのか、俺にもわからない。少なくとも、今この場では…。

 ………。

 

 

 

 

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 気が付くと、俺の両足はあの初めの地点に戻っていた。たっぷり休憩をとっていた筈なのに疲れた、そんな気分だった。

 ふと、進んできた道を振り返る。相変わらずうんざりする位の青い海が広がっていた。吹き付ける微風も、風に乗って運ばれてくる潮の匂いも、今の自分には慰めなのか、忌々しいのかよく解らなかった。…はっきりと忌々しいのはこの海域だが。ナビゲート役もいない、なぜか羅針盤がまともに仕事をしてくれない。冗談抜きでお手上げ侍だ。この水平線の向こうに何があるのかはっきりしたいのに、まともに先に進めない。

 …いったん引き返すか?いや、あまり時間をかけるのもこちらにとっても都合が悪い。何より偵察の目的がまだしっかりと果たしていない。

 

「…もう一度、進んでみるか」

 

 折れそうになる心を何とか奮い立たせ、再び『キス島沖』に向かって艤装を進ませようと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ソンなんじゃ、いつまでたっても進めナイわヨ?」

「ッ!?」

 

 

 

 

 進もうとした体を咄嗟に振り返らせ、片言っぽい声の主の姿を確認する…!?

 

 

 

「この海域ハ、『駆逐艦』がいなケレば奥に進むことが出来ナい。見た所『軽巡』のお前ガ一人進んだ所デ、いつまデモこノ海域ヲ彷徨い続ケルだけダ。そンナ事も知らなかッたノ?」

「…駆逐艦がいないと突破できない?どういう理屈だ?」

「サア?私にハどうでもイイ事だし」

 

 ご親切に教えてくれた目の前のポニーテールの女性は、『さあ?』と言わんばかりに両手を広げる。駆逐艦がいないと進めない?妖精達や天龍はこの事を知っていたのか?もし知っていたのなら、帰ったら問い詰めてやらないと。だがその前にもっと気にするべきなのは…。

 目の前の女性を睨みつけながら、背中に背負っている薙刀を右手で抜き、目の前の人物に突きつける。

 

 

「教えてアゲた恩をそのブッソウナ薙刀突きつけて返すナンて、義理堅い御仁ダ事」

「ただの女性ならこんな風に薙刀突きつけないで、教えてくれたお礼にビフテキか肉丼ご馳走して、電話番号の交換をしてたんだが。ついでに写メ取って陽介に送ってやりたかった」

「アラ怖い…フフ」

 

 言葉とは裏腹に、どこか楽しそうにニヤニヤと笑みをこちらに向けてくる。楽しんでいるというよりも、どこか嘲るような笑みに近いように俺には見えた。

 姿形こそ全裸の女性の人間に酷似しているが、死人のような白い肌、そして『アイツ』のようにギラギラとした紅い瞳。そして何よりも奇怪なのは、足があるべきその下半身には、巨大化した『イ級』みたいなものに空母とかによく設置されている『甲板』のような物が乗っかったような姿の、見るからにごつくて禍々しい雰囲気の物と合体していた。その姿から連想される正体はつまり…。

 

 

「お前…喋っているが『深海棲艦』だな?少なくとも艦娘よりはそっちに近い姿してるしな」

「…深海棲艦でも上位ニアる『姫』の一人、『装甲空母姫』コンゴトモヨロシク…」

「『装甲空母姫』?…『姫』だと?」

 

 妖精から聞いたことがある。深海棲艦の上位には、『鬼』や『姫』、そして『水鬼』といった存在がいると。それが俺の目の前でおどけた様子を見せている痴女っぽいのが、その『姫』だというのか?

 …確かに今まで戦った深海棲艦の中でも、ただ物じゃなさそうな雰囲気を纏っているが。

 

「貴方ネ?あの『レ級』が喚び出しタトイう『艤装の男』ハ?」

「っ!!」

「マァ、怖い顔。折角ノ美形ガ台無しヨ?フフフ…」

 

 レ級の名を聞いた瞬間、思わず眉と薙刀を握る手に力が籠るのを見て、装甲空母姫と名乗る女性が益々、愉快そうに笑う。危うく『黙れ』と言いそうになるのを、何とか引っ込める。

 …落ち着け。相手の目的が何かは知らないが、同じ深海棲艦である以上レ級のこと知っているのは当然の事。ここで頭に血を昇らせて、冷静さを失っては相手の思う壺だ。

 周りには供らしきものはいない。見たところ一人のようだ。それに『姫』クラスという事はつまり、敵側の幹部クラスだと考えてもいいんだよな?俺が当初考えていた仮説に、信憑性が増したという事だ。この海域は深海棲艦の拠点だという可能性がますます高まった。

 

「…それで?俺に何の用だ。教えてやったお礼に、デートでも申し込みに来たか?おすすめのスポットは見た所なさそうだけど」

「だとシタら、どウスる?」

「光栄だが、女性関係のトラブルはもうこりごりなんで。知らない人とデートしたと稲羽の女友達にばれたら、どういうわけか機嫌悪くされるからな。千枝や雪子から『ドーン』されたり、燃やされたりするのは陽介やクマの役目だ」

 

 

 どんな攻撃をするかは知らないが、こっちには『イザナギ』がある。変な素振り見せたらすぐに『ブレイブ・ザッパー』を叩き込んで、俺が追撃を掛ける。艦載機は『マハジオダインで』叩き落とす。

 

「マァ、それは残念…」

 

 やれやれといった感じで首を振る装甲空母姫。どんな動きにも対応できるように、油断せず一挙一動を見逃さず…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダッタラ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゴォォォォォぉぉぉぉォォ!!!!!!!!!

 

 

 

「ッッぅ!!!???」

 

 

 

 

キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 突然背中を襲う爆撃音と衝撃と痛み。そして響く甲高い不快な笑い声。俺の体がふっ飛ばされて、海の上をバシャァァァァァァァぁ!!!!と転がりまわる。

 

 

 

 

 

 

「力ずクデもオマエを連れてイク」

「っっ!?」

 

 背中の激痛に耐えながらも、慌ててイザナギを召喚。それと同時に、周りを取り囲むように何かが海中からザバァァァァァぁン!!!!と音をたてて飛び出る。それも一つや二つではない!

 

「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 先程と同じ不快な笑い声を上げながら『ソレ』は、三人一組でミサイルのようなものを装備しながら俺を取り囲む。その数はざっと、30以上!!!なんだ、これは!?

 

 

 

 

 

 

 

「お前はモウ逃げらレナい。この『装甲空母姫』ト、『PT小鬼群』カラハ!!!!」 

 

 得体のしれない玉のような物を次々と出しながら装甲空母姫は、勝ち誇った様子で俺に宣言した。







「…提督」

 灯りをつけてない暗い部屋の中でベッドの上に寝転がりながら、ぼそりと呟く。下ではまだ、天龍とかがわいわい話し合っているのだろうか?生憎私はまだ彼女達からどこか信頼されていないせいもあって、中々輪に入れもしないが。まぁ、どうでもいいけど。
 結局夕食の後、提督と話をしようと一人で彼の部屋に行くももう寝ているのか、鍵がかかっていて入れなかった。一目、彼の顔を見たかったのに…。まぁよく考えれば、一人で『資源』を探し回ったり、敵の迎撃を行ったり、その他の雑事のいくつかまでこなしているのだ。私達や妖精が出来る限りの事を手伝っているとはいえ、疲れが溜まるのも当然か。…本当なら前線に立って戦うのが私達『艦娘』なのに、司令官であるはずの『提督』が前線に立って『艦娘』を守っているなんて、これじゃあ私達の立つ瀬がない…まぁ怪我人とか艤装無しばかりじゃあしょうがないんだけど…それでも、もやもやが心のうちに溜まったままだ。そして明後日には、たった一人で隣の海域を目指して行ってしまう。たった一人で…。
 彼にあの場所で保護されてから3日経ち、可能な限りあの人を見てきたけれど、未だに彼のことが分からない。
 あのペルソナの事とか、どうして艤装を装備できるのかとか、気になることもあるけれど何より疑問に思うのは、唯一つ。どうしてあの人はいつも、自分を犠牲にしながら一人で頑張っているのだろう。私以外のここの艦娘達は、その事についてどう思っているのだろうか?
 


「提督…」

 耐え切れずに手近にあった枕をぎゅっと抱きしめる。
 私にも艤装があれば、艦載機があれば、もしくはあのペルソナがあれば、あの人の代わりに戦えただろうに…。 私は死ぬことを恐れていない。所詮三日前以前の『過去』のない存在だから。 
 もし……もしあの人が…考えるだけでも恐ろしいけれど、もし…いなくなってしまったら…それはきっと、死ぬ事よりも恐ろしい事。
 『過去』のない私にとって、あの人だけが、唯一の支えだから…。






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