鳴上悠と艦隊これくしょん   作:岳海

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お久しぶりです。人によっては胸糞表現アリです、ご注意。


第十七話 Eye of the storm  後編

 …相変わらずどこの廊下も瓦礫だらけだな。足元にある砂利みたいな瓦礫の一つを踏んづけながら深めの息を吐く。じゃり…と、踏みつける音が静かな空間にやけに大きく響く。

 壁や地面に大小の穴凹が目立つ中で、かすかに残る壁紙の装飾や床板などから察するに、元々はそれなりに内装の良い建物だったに違いない。先程から通り過ぎているずらりと並ぶ部屋のドアと相まって、綺麗なままの頃はきっと、ホテルの客室のようだと感想を漏らしていたのかもしれない。やはり軍の基地ともなると、内装にはこだわるものなのかな?こんなところに取り残されるくらいだからむしろ、これくらい内装がよいことがせめてもの慰めになるのかもしれないが。

 

「電の部屋は…ここだな」

 

 『駆逐寮』とある階の一室、凹んだり傷ついたりしている木製のドアの前に立つ。元々はブラウンが効いた良い感じのドアだったんだろうに…勿体ないな。そう思って、右手を軽く握ってドアを2回ノックする。

 

「電。…私だ」

 

 わざと最後の方だけ、紳士風に声を掛けてみる…?返事が来ない。ただの屍じゃあるまいし…。

 もう一度ノックを2回する…寝ているのか?もしくはいないのか?流石に女の子の部屋に入るわけにはいかないし…。

 仕方ない。ノックしようとする手を引っ込めて踵を返し、ドアから背を向ける。

 

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「電なら、俺の包帯を取り換えていった後に、自主訓練してんぜ」

「自主……訓練?」

 

 ベッドの上の包帯だらけの天龍が出した答えに視線を向けず、床の物に視線を向けそして拾いながら応答する。

 俺にあてがわれた部屋に比べて、通路と同じような凹みや穴だらけの壁。床には本やら所々部品が無くなった機銃らしきもの、雑誌、ゴミ、空き瓶がゴロゴロ転がっていて衛生的とはとても言えず、壁際に設置された本棚(天龍、本なんて読むのか?)とベッドの間には、天龍の剣が鞘に納まった状態で無造作に置かれている。いくら砲撃戦がメインだからとはいえ、自分の相棒とも言うべき刀剣をこんな扱いするなんて、正直感心しないな。まぁ、そこまで几帳面な性格ではないんだけれど、それにしたってこれは…。溜息をつきながら、床の何かの空瓶を右手で拾い上げ、左手に持った手ごろな大きさのポリ袋、ではなく竹籠に入れていく。

 

「知らねえのか?2日前からこの基地の演習場で走り込みしたり、筋トレしたりしてるぜ?さすがに燃料とか弾薬とか限られているから、そういった訓練はできないみたいだけどよ」

「自主訓練…」

「心配しなくとも、アイツは俺程重傷を負っていなかったのはお前だって分かっているだろ?妖精達の診断でも『問題なし』のお墨付きが出たし、問題ないだろ。だからそんな複雑そうな顔すんなって」

「…まぁ、確かにそうなんだが」

 

 顔に出ていたのか…。しかしそれでも心配な物は心配だ。

 

「…というか、お前はさっきから何やってんだよ?」

「見てわかるだろ。お前の部屋掃除だ。はっきり言って汚いぞ」

「…っ!?」

 

 左手の竹籠を見せつけるかのように、天龍に突きつける。すでに半分程埋まって来た竹籠に辟易するかのように、天龍の目が揺らぐ。

 

「全くいい年して、部屋の一つも片づけられないなんて…いくらここ最近いろんな事があったり、今お前は怪我して満足に動けないからといって…本来お前は電を含む、駆逐艦の子達の見本ともなるべき立場だったんだろ?ゴミだらけで、だらしないったらありゃしない。クマじゃないんだから…菜々子だって自分の部屋を綺麗にしたりするのを怠らなかったし、大体本来なら異性の部屋を片付けるなんてマネをさせるなんて…」

 

 

 

 

17分後

 

 

 

「であるからして、整理整頓をすることによって物探しなど余計な工程を無くして、作業スピードを早めることにも繋がるし、ヒューマンエラーを…」

「だぁー!!!分かった、分かったから!!怪我直したらやるッつの!!お上品にお片付けやりゃあいいんだろ!?なんだよ作業スピードとかヒューンマエラーってッ!?」

 

 ヒューンマってなんだ。本当に分かっているのか?

 『生き字引き』級の知識と『言霊使い』級の伝達力を駆使して語り続けるも、天龍が耐え切れずにやめろと言わんばかりに大声を張り上げる。『寛容さ』と『根性』が足りないな、まだ話したいことは1時間くらいはあると言うのに…。

 

「つーか、いつの間に床のゴミが全部なくなっているし…お前喋りながらもゴミ掃除していたのか?」

「当然です」

「ったくこういう時だけ無駄に完璧超人なんだからよまったく…そのくせ説教臭さは龍田みてぇだし…」

「…お説教の続きをご所望のようね~?天龍ちゃん?」

「ごめんなさい、分かりましたから勘弁して下さい」

 

 推測が若干入った妹の声マネをして半分脅迫っぽく言うと、何故か効果は覿面。若干顔色を青くさせながら、0・1秒の早さで頭を下げる。その顔色が悪いのは女のマネして気持ち悪いとかではない事を祈りたい。

 

 

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「で、体調の方はどうなんだ?」

「ボチボチってところだな。お前の『メディア』とかの謎の能力のお陰で、なんとなくよくなっている感じはするな」

 

 いろいろ逸れたけれど、ようやくここに来た本題を投げかける。まぁ、天龍を弄ってみるのも悪くないけどな。我ながらいい性格しているもんだ。ようやく顔色が良くなってきた彼女に問いかけながら、床のゴミを綺麗スッキリ無くし、古典的だがぼろい絨毯の上を箒で掃く。もし資源に余裕が出来たら以前から考えている『例の艤装案』と合わせて、掃除機を妖精達に作ってもらいたいな。ようやく天龍の許可ももらえた事だし。

 電力に関しても恐らく、『応用』出来るだろうしな。

 

「確か、eliteとの戦いでも俺に似たようなのかけてたよな。あっちの方が強力っぽいけれど」

「…お前に宿っている『コウリュウ』だったら、アレくらいの芸当は可能なはずだったんだけどな」

「マジでか!?」

「おい、こんな狭い中で出すなよ。唯でさえ数あるペルソナの中でも巨大な部類に入るんだから」

「お、おう…!?」

 

 俺がやるように、青白く光るカード型の召喚器を呼び出して握りつぶそうとする天龍を制する。母港内とかならともかく、こんな狭い部屋の中で出したら、部屋の風通しが良くなる程度じゃ済まないからな。呼び出したペルソナの体が現実に影響及ぼすかは分からないけれど、ここで呼び出すのはマズイ。

 

「イザナギを凌駕する雷を操る能力、そして回復などの補助能力、弱点のない優秀な耐性、突出した強みはないものの、チームを組むなら一人は欲しい安定した能力を兼ね備えた『ペルソナ』、それがコウリュウだ」

「へー…じゃあよ、お前みたいに多数の艦載機を『天龍サンダー』で薙ぎ払うとか出来るのかこいつ」

「ああ、更に能力を開花すれば、お前がチームの要になりうる素質がある。ただ、分かってると思うが、艦隊戦で雷は敵向けて撃つなよ?ただでさえ電気を通しやすい海水の上で戦っているんだから、電流が敵だけでなく、味方にも行くからな。普段は『対空』のみに専念した方がいい。イイネ?」

「アッハイ」

 

 ま、それも耐性次第で話は変わっていくんだろうけど。地上で戦ったり、もしくは仲間が雷耐性ばっかだったらその辺に乱射して無双することも可能…かもしれない。いや、雷の有効射程は雷鳴が聞こえる範囲だから、遠くにいる見えない場所の艦娘にも当たる可能性があるな。やはり空中放電位に留めた方がいいのかな。特にこの子、こうやって釘を刺しておかないと、なんか後先考えないでばら撒いちゃう可能性があるからな。

 

「…なんかお前今、俺を馬鹿にするような事考えなかったか?」

「気のせいだ」

「…ふ~ん」

 

 嘘だけどな。言葉とは裏腹に、かなり胡散臭そうな目で俺の事見てるし、信じてないな。意外に鋭い。

 

「というかさ、どうして急に俺にこんな力流れ込んだんだ?いや、そのせいで助かったのはいいけど、よくわかんねーんだよな。お前の話だと、この『ペルソナ』の発現する条件となんか違うみたいだしよ」

「………」

「レ級も言ってたよな。なんか本来お前の能力だって…しかも悔しいことに、本来の能力出せてないみたいだし…おい、怖い顔になってんぞ」

「…ああ、すまない」

 

 いかんな、レ級の名前を聞いたらついしかめっ面になってしまう。レ級の名前を聞いただけで、あの嘲笑するような顔が脳裏に浮かんで、嫌な感じになってしまう。久保とか生田目みたいに、他の人に嫌悪感や憎悪を抱くことはあったけれど、あのレ級に関してはそれ以上だな。

 それに突然、(一部は蘇ったとはいえ)ペルソナチェンジが消えたことに関しても、どうして天龍に俺のペルソナであるはずの『コウリュウ』が流れ込んだことに関しても、霧にかかったみたいでその先の事がまるで見通せてない。そもそも天龍は『影』に向き合っているという事だってしていない。シャドウワーカーの人達の例があるから断定はできないけど…。しかも『コウリュウ』が弱体化しているだと…?発現したてでも、『ジオダイン』や『ディアラハン』、『サマリカーム』くらいは使えるはずなのに、『ジオンガ』のみというのもおかしい。ペルソナ発現による身体能力上昇はあるみたいだけれど…。

 分かっているのは唯一つ、俺の周りを取り巻く異変に、あのレ級が関わっている事…それだけだ。

 

「にしても他に驚いたのはよ、あのレ級が言うにはお前が『別の世界』の人間って事だよな」

「『リセット』を拒んだら『向こう側』の自分と同化したとか、もしくは楽園を取り巻く4つの世界から石と召喚術で喚ばれてとか、ファンタジーな方法で来たわけじゃないと思うけど」

「何の話してんの?お前」

「そっとしておけ」

 

 なんか変な電波が飛んできたが気のせいだろ。あの時のレ級との会話のことはここにいる天龍は勿論、電や雲龍、そして妖精さん達にもすでに伝えてある。まぁ事情を呑み込めていない雲龍はちんぷんかんぷんだろうけれど。勿論、俺が違う世界からやって来た事もだ。…それもあくまで、アイツの言葉を鵜呑みにすればという話だがな。

 色々分からない事はたくさんある。どうしてこの『世界』にあるはずのないペルソナ能力を知っているのか、どうして俺を知り、呼び出したのか。すべてのカギはあのレ級が握っている、それは間違いない。またアイツとは会う必要がある。いや、そうでなくともあのレ級は必ずやって来るだろう。アイツは明らかに俺を狙っている。少なくとも、俺の中にあった『絆』…というより『ペルソナ能力』を欲しがっている。その為に俺を呼び出したと…。

 いかなる理由があろうと、俺の絆を滅茶苦茶にしたことは絶対に許さない…!すべてを明らかにした後には、必ずそのツケを…!

 

「落ち着け」

 

 力強く、そして凛として馴染み深い口癖で我に返り、思わず顔を上げる。

 

「大方、またあのレ級の事考えてんだろ。そういう時のお前、龍田とは別の意味でおっかない顔してんぜ?無理もねえけどよ」

「天龍…」

 

 天龍がこちらを静かに見つめている。力強く、それでいてなお静水のような矛盾なく二つを兼ね備えている強い目だった。こちらの心の内を見透かすような金色がこちらを見据えている。その天龍が、使い慣れた俺の口癖を俺に向ける。

 

「あのレ級がまた来るっていうんならその時はその時だろ。いざとなりゃ迎え撃つまでさ。なんだったら俺だって力貸すぜ?お前ほど力はねえし、却って足手纏いかもしれないけどよ、折角手に入れた『ペルソナ』とかいう力だってあるんだしな」

 

 一転、しししと歯を出して自信満々に笑いながら、自分の腕を見せつけパンっ!と叩く。ほんの数日前では考えられない、明るく、自信にあふれた朗らかな声。しかしその天龍の自信とは裏腹に、俺には一つ不安があった。

 

「天龍、本当に今更でこんなことを言うと怒るかもしれないけどな…正直」

「?」

「お前が手に入れたペルソナ能力だけど俺は、必要以上に使うのは賛成できない…」

「っ、何言ってるんだよ!?」

 

 静水の瞳が、揺れる。まぁ当然だろう、こんな反応をするのは。けれどそれにはちゃんと理由がある。

 

「お前の持っているペルソナは本来『俺自身』の物で『お前自身』の物じゃない。つまりそのコウリュウは俺の中の無意識に潜む人格そのものだ。本来他の人のペルソナが入ってしまってどのような影響を及ぼすのかは俺にも分からない。」

 

 分かったような、分からないような眉目を潜め、複雑な表情を浮かべる天龍。本来とは異なった方法…ある意味邪道な方法でペルソナを獲得した今回の場合、『ベルベットルーム』を利用できない今、どんな影響を及ぼしいざという時どんな対処をすればいいのか分からない。何より3日前のあのレ級の錯乱そしてペルソナ能力、もし俺の想像する『最悪のケース』であってその結果なのだとしたら、目の前にいる天龍だって、そうならない保証はどこにもない。むしろその可能性はものすごく高いといっていいだろう…。かつてテレビの世界において『シャドウ』が、自分を否定した『本体』を殺して取って代わろうとしたようにもし、まさかと思うがもし、天龍の中にいる『コウリュウ』が宿している()の本体の人格を…その先の言葉を考えただけでも、ぞっとする。震えが止まらない…。

 

「何しろ今回の事は俺にとって初めてのケースだから。『もしも』の事が起こってからじゃあ遅いんだ天龍。せっかく手に入れたペルソナだけれど不用意に使うのは控えて欲しい。これは本来俺の問題なんだ。だから…「このアホウ!!」

 

 俺の言葉を最後まで言わせず罵声と共に、無造作に傍らの枕を掴み俺に向かって乱暴に投げつけ、顔面に当たる。枕だから衝撃はともかく痛みはなかったが。 

 顔面に当たった枕がボトリと落ちて、その下から怒気を放っている天龍にごくりと息を呑む。

 

「それで何だ、面倒事を全部テメェに押し付け、俺らはその後ろでビクビク守られていろって、てめえはそういいてえのか?」

「そういうわけじゃあ…」

「てめえが言ってんのはそういう事だろうが!?ああぁ!?」

 

 ベッドから起き上がって、俺の襟首をつかむ天龍。しかし包帯の下の傷が痛むのか、すぐさま痛みで顔をしかめるも、すぐさま力を籠め直す。天龍に怒鳴られるのはこれで何回目だろう?と場違いな考えが浮かぶ。呆気に捕らわれていても、案外余裕が残っているらしい。

 

「確かに俺達は弱いさ!お前みたいに60体の深海棲艦を殲滅したり、あのレ級と真っ向から渡り合うなんて力なんてものはねぇ!!…だけど…だけどよぉ…」

「て…」

「『仲間』が悩んで苦しんでいるって時に、何もできない気持ちが…お前に分かるか?」

 

 天龍…と呼ぼうとした声が喉に止まってそのまま、胃へと向かって消えていく…。

 風船の中の空気がしぼんでいくように、喋っていくにつれて怒りが薄れていき、段々弱々しくなる。まるで…泣いているように。

 

「仲間が大勢死んで、提督にすら見捨てられてただ死を待つだけだった俺達に、お前は『希望』をくれた…文字通り体を張って助けてくれた。立ち向かう勇気も、力も。今迄突っかかって来た俺が言うのもなんだけれど、お前は凄い奴だよ。あんなクソヤロウ(提督)なんかとは比べること自体おこがましい位に…雲龍が思っているのと同じように、電や妖精も俺も、お前が提督だったなら喜んで命かけられると思うくらいに…」

「………」

「お前は前ばっか見ているから、後ろで守られている俺達がどんな顔で、お前の背中を見ているか気づかないだろ?お願いだから…少しでもいいから後ろを振り向いて、こっちを見てくれよ…」

 

 天龍が俯き、俺の胸元に静かにこつんと拳を当てる。大した力が籠っていないはずなのに、胸が締められる思いだ。

 

 

 

 

 

 

『あいつらにも内緒にしておくし、足立の事も、今は聞かねー。けどさ、俺らをもっと信用しろよな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、陽介の言葉を思い出した。テレビの中に逃げ込んだ足立さんに、一人で会いに行った時。帰ってきた時、陽介に言われた言葉。

 俺はいつだって仲間を頼って来た。だからこそ去年の事件を解決にまで導けたし、『今』の俺はここにこうやって立っている。一人では立ち向かえない困難も、皆がいれば立ち向かえる。未だってそう思う、分かっている筈…なのに。

 でもそれとは別に、俺は思うんだ。『仲間』が大事だからこそ、『仲間』が危険な目に遭うのが嫌なんだと。この一年間で大事な物がいっぱい増えたから、その思いは強くなっていく。天龍は俺の事を強いと評したけれど、俺は強くなんかない。目の前の物を失うのが怖くて嫌だから、弱いなりに我武者羅に強くなって、掌に握りこんだものを取り零さないように…。そんな姿が、目の前の天龍は辛いだって?

 俺が皆を…見ていないっていうのか?

 

「天龍…」

 

 胸元に突き立てた拳を優しく両手で包み込み、俯く天龍の額に持っていく。

 

「出会って間もない関係だけれど、お前も、電も、妖精も雲龍も大事な『仲間』だ。俺の『大事な絆』の一つだ。だから…」

 

 そんな辛い顔、しないでくれよ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコン

 

 規則正しい2回のノックの音が響く。机の上の書類から顔の向きはそのままに、視線だけを上にあげて提督――青木仁志は出入り口の扉を軽く睨む。

 

「…入れ」

「失礼いたします…」

 

 素っ気ないを通り越して、不機嫌さすら感じさせる声で入室許可を出し、入室してきた艦娘——黒い長髪をなびかせ、眼鏡をかけた艦娘——『大淀』が機械のように無感情な表情と声で、見事なまでに真っ赤な絨毯が敷かれている執務室へ入室する。大淀のその態度が面白くないかのように青木が、小さく目を細めて鼻を鳴らす。

 …よりによって一番見たくもない面がやって来やがった。

 

「近々行われる作戦に向けて、沖ノ島で経験を積ませていた艦隊が帰還いたしましたとの連絡が入りました。加えて、新しい『戦艦』を2隻『ドロップ』したとのことです」

 

 規則正しく海軍式敬礼をして、淡々と報告をする大淀の『ドロップ』という言葉に、ようやく顔を上げ、右手に持っていた万年筆を近くのペン立てに置く。その瞳には若干の期待の意思が籠りながら。

 

「…何だ?」

「扶桑型2隻との事です」

「…はぁ」

 

 青木の瞳から期待という感情が火の消えた薪のように『ぷすん』と音を立てて無くなっていく。わざとらしく大きな舌打ちを隠そうともせず鳴らす。レアな駆逐艦や金剛型とか、もしくは正規空母でも拾ってくればよかったのに…どうしてこうロクでもない物ばかり拾ってくるのだ?この数日間で着いた溜息の回数が、ますます増しているようにも思えてくる。

 

「…少しでも強力な戦力が欲しいという時に。どうしてこううまくいかない事ばかり起こっているのだ?」

「…このような状況下の中、あの『戦艦』を建造できたことは不幸中の幸いかと…」

「それとこれとは話が別物だ。馬鹿者ッ!」

 

 思わず机をバンと大きく叩く。大淀はその様子にも、能面のような表情を崩さない。全くどいつもこいつも、明石といい大淀といい、どうしてそんな辛気臭い面を自分に向けてくるというのだ?その事が不愉快という名の燻ぶっている炎に、油を注いでいるようなものだ。

 それもこれも、先日の任務で貴重な主力が轟沈しなければこう頭を痛める事にならない物を…先日の重巡の救出作戦にまさか予想外の損害が出るとは思わなかった。

 正規空母の『翔鶴』及び『瑞鶴』。並びに重巡の『青葉』、『加古』、そして救出対象の『古鷹』の轟沈…並びに『大井』が初出撃の『木曾』を庇い、致命的な重傷を受けて再起不能の状態…唯一の五体満足の木曾も、その時の出来事が原因で大きな精神的ショックで、未だに戦線復帰できない状態…せっかくあの『戦艦』を建造して戦力の増強に喜んだのも束の間、救出部隊の壊滅の報告。正直重巡共や木曾などはどうでもよかったが、手塩にかけ育てた正規空母や大井を失ったのは、突然ハンマーで殴られたかのような衝撃を覚えた。泣きっ面に蜂と言わんばかりに、基地に逃げ帰った救出部隊の生き残りの発言には、耳を疑った。

 戦艦『レ級』…それもeliteが北方海域に出ただと…?サーモン海域北方にしか出没しないはずの奴が、随伴艦を連れて、鎮守府に帰還するはずの救出部隊を壊滅まで追いやったと…救出対象であった筈の古鷹がただ一人囮になり、命辛々虫の息だった大井を連れて逃げ帰ったと…頭から流血して気を失っている大井を抱えて泣きじゃくりながら木曾がそう言っていた。それが事実だとすれば恐らくは古鷹も生きてはいまい…そして予想以上にあの海域はマズイことになっているという事だ。

 

「それもこれも提督である私に黙って、勝手に古鷹の救出命令を出したお前の責任だ大淀!あんな旧型の重巡一匹など放っておけばよかったのだっ……!」

「しかし…救出部隊がもたらした情報によって、現在のあの海域の現状を…「やかましいっッッ!!!」「ッッ!?」」

 

 大淀の言葉を乱暴に遮り、近くに飾ってあった皿を乱暴に掴んで罵声を浴びせながら、大淀の顔に向けてブン!と思いきり投げる。皿の底の部分が大淀の眼鏡の部分に当たり、床に落ちて砕けた皿の音と重なってパリンと、軽い音を立ててレンズが砕け、フレームが歪んだ眼鏡が床に落ちる。諸に顔面に皿が当たった大淀は右手で顔を覆い、片膝を着いて顔を俯かせる。ずんずんと怒りの籠った足取りで大淀に近づき、髪を掴んで顔を近くに寄せる。

 

「『任務娘』だからといって調子に乗るなよッ!!この鎮守府の一艦娘の分際で私情に駆られ、私の鎮守府の主力艦娘を勝手に動かし、あまつさえロストさせるなど…!!あの旧型重巡を助けようと勝手に行動した結果が今の現状だッ!お前のくだらない偽善行為が、取り返しのつかない結果になったんだッ!!!この責任をどうとるつもりだ!?聞いておるのか貴様ぁぁッッ!!」

「………ッ!!」

 

 長い前髪で目元を隠したままの大淀を絨毯の上に乱暴に押しのける。それだけに留まらず、うつ伏せに肘をつける大淀の腹部に思いきり蹴りを入れる。ハバッ…と口から淡が出るのにも構わずに何度も蹴りを入れる。

 

「よくも手塩にかけ育てた私の艦隊を……!!本来なら貴様一人の『解体』でも足りぬ位だッッ!!!貴様はゴミだ、いやゴミ以下だ!!!この役立たずの疫病神がッ!!貴様の面を見るだけで虫唾が走るっっ!!いっその事貴様が海の藻屑になればよかったんだ!!死ね!死んじまえクソ女が!!」

 

 芋虫のように丸まっている大淀に容赦なく、何度も何度も蹴りを入れる。どうして自分の艦娘はどいつもこいつも役立たずばかりなんだ?それに飽き足らずどうしてこうも足を引っ張る無能ばかりが自分の周りに集まるのだ?『あの時』からそうだ、駒は駒らしく犬のように黙って自分の命令を聞いていればいいのに、どうして勝手な事ばかり仕出かすんだ。あの艦娘共も、そして自分の足元に転がっている大淀も。畜生、畜生めがッ!

 

 

 コンコン。

 

 五分ほど経ったであろうか。執務室の扉がノックされる音が響き、蹴ろうとしていた足が寸前で止まる。ちぃっと舌打ちをして視線を扉に向ける。

 いくらなんでも、この状態はマズイ。相手が入ろうとする前に慌てて命令を出す。

 

「誰だ!?要件はそのままで話せ!」 

「明石です、『北方海域』の偵察に出ていた潜水艦からのご報告をお知らせに参りました。…救出部隊の木曾が話していた、例の『艤装を着けた男』についてです」

「っ!」

 

 ごくり…と唾を思わず唾を呑む。沸騰寸前だった頭が急速に冷えて、しかし鼓動はドクドクと先程とは別の興奮で動機が早まってくる。

 

「今朝、『モーレイ海』のとある海域で資源を採取している所を、潜水艦娘がその姿をとらえた模様。また、その直後に深海棲艦の6体のeliteと単騎で交戦。持っていた『龍田』の薙刀に酷似したものと、島風もしくは天津風タイプと恐らく同タイプの独立型艤装を用いて『ワ級』三体を残して殲滅。『ワ級』は大破まで追い込んだ後、そのままロープで曳航した模様です。」

「っ、elite艦隊をたった一人で殲滅!?間違いないのか!?」

「はい、間違いなくその場面を目撃したとの事です。身体的特徴や戦闘方法、独立型艤装の特徴からも木曾が話していた間違いないとみていいでしょう」

「………」

「また、3日前轟沈認定された古鷹が所属していた艦隊も、多数の深海棲艦の残骸を発見したとの報告も受けています。その件についての関連性があると見ています」

「…深海棲艦と戦っていたという事は、そいつは『敵』ではないというのか?」

「それについては断言はできませんが…3日前救出部隊と遭遇した時、大井の艤装を破壊したり、五航戦の艦載機を迎撃するなどの行動はしてきたものの、基本は防衛に徹して必要以上に攻撃はしてこなかった模様です。深海棲艦と結託している可能性も低いとは思われますが…これまでの情報を統合して分析すれば、単体の戦闘能力は相当なものになるかと…。また…」

 

 その後の明石の話の内容は、隣の席の赤の他人の話のように私の耳に入ってこなかった。命からがら逃げ帰った木曾からもたらされた情報…この海域に突然現れたというレ級と、そして人間の男でありながら艤装を纏ったという人物。…五航戦や大井達を纏めて相手取った存在…。

 

「ともすれば…提督?」

 

 扉の向こうの明石が、いつまでも反応しない私に不審を抱き、会話を止める。恐らく今明石は困惑の表情を浮かべているであろうが、それとは対照的に私の顔は自然と口角が上がるのを止めることが出来なかった。

 

「明石、余計な混乱を避けるために上層部への報告は保留にしておけ。それから伊58達にはそのまま監視を続けるようにと連絡を入れておけ…」

「あの…提督?」

「それと、沖ノ島から帰還した艦娘達に、入渠後でいいから執務室へ来るようにと連絡を入れろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次の指令を…与えることにする」

 

 

 

 




大淀「外伝の私だったら間違いなく、顔面蹴り返して『椿落とし』で両手を叩き斬っていますけどね」

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