鳴上悠と艦隊これくしょん   作:岳海

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なんとかシルバーウィーク終わる前に投稿できたZE。
あとちょっと書き方変えてみました。


第十四話 Parallel thinking

とんとんとんとんとん。

 

 

 

 掃除が行き届いている18畳ほどの広さの空間に、赤い絨毯、部屋の隅には何かの資料や分厚い本がぎっしりと並ぶ本棚に、その隣には何かの勲章や額が飾られたガラスケース。そして窓際に豪華にしつらえた椅子に座り、これまた上等そうな素材で作られた机の上で、●●鎮守府の提督海軍大佐『青木人志(あおきひとし)』は、所狭しに書類が重なっている机の上を、苛ただしげにモールス信号のように右の人差し指を小刻みに叩き、機嫌悪そうに執務室の赤い絨毯を眺めていた。

 40過ぎのやや脂肪のついた顔。そして悪い風に吊り上がった眼。更に苛立ちで顔を歪めて、はたから見ても整った顔とはいいがたいその風貌は、益々意地悪い印象を与えて、見ているものからすればあまりいい印象が持たれそうとは言い難かった。

 その傍に控えている本日の秘書艦は居心地悪そうに、自身の苛立つ提督の様子を伺っていた。が、隣にいる提督殿はそんな秘書艦の様子を歯牙にもかけない。いや、気にする心的余裕がないとでもいうべきなのだろうか、早急に仕上げなければならない書類が残っているというのに、それをやろうという気にもなれない。何とも落ち着かない。少しでもこの気持ちを紛らわせようと、机の上にある葉巻の入っている箱に手を伸ばして開き、一本も無くなっていることに舌打ちをして、葉巻の空き箱を少し乱暴に僅かに持ち上げ叩きつける。

 

「て、提督…もしよければ珈琲でもお持ちして…」

「黙れ」

「し、しかし先ほどから落ち着かないご様子で…」

「貴様の耳はどこについている?何度も言わせるな、黙れ」

 

 そんな提督の為に純粋な気持ちだったのか、はたまたこの居心地悪い空間から少しの間だけでもいなくなりたいと思ったからなのか、おずおずと申した秘書艦の提案を苛ただし気に一蹴する。提案を却下された秘書艦はまずいことを仕出かしたかのように申し訳なさそうに一礼して、萎縮してしまう。それきり顔をそらして銅像のように沈黙してしまう。その様子を、フンと軽く鼻を鳴らして軽く溜飲を下げる。

 無能な艦の化け物。彼が『艦娘』に抱く感想はまさにそれだった。お前たちは余計なことはせずに黙って人間のいう事を聞いていればいいのだ。一丁前に人間のように、仲間意識を持つことが全くもって気に入らない。たかだか古臭い重巡一人を回収するために、貴重な主力を寄こす羽目になってしまった…お陰で帰ってきた時には、『資源』をいくら消費してしまうのやら…。いや、それも気になるところだが、自分が気に入らないのはそこではない。重要なのは、自分が下した『任務』が完遂できるかどうかだ。

 自分が下した任務…あれは上層部へは秘密の…何としてでも内密に処理したい、自身のこれからの事にも繋がりかねない重要な事だ。本来ならば何もなければ放っておいてもよいことなのだろうが、先日から大本営が下したある大掛かりな重大任務のおかげで、こうして内心肝を冷やすことになるとは、ここにいる艦娘共は知るまい…。あんな大掛かりな『襲撃』があったのだ、生きている者などいるとは思えないが、もし『万が一』にもそういうようなことがあったら…自分の過去にある『汚点』が『今』の自分を殺してしまいかねない…。残された時間はもう極僅かだ。だからなんとしてでも、この『任務』すべてを賭けたかった…にもかかわらず深海棲艦共に後れを取って撤退する羽目になりおって…差し向けた救出部隊にあわよくば、その任務を引き継いでいくように指示もしたが、果たして…。

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコン。

 

 

 突如、執務室の扉が規則正しくノックする音が聞こえる。いつの間にか浮かんでいた脂汗をハンカチで拭き取ってから、「入れ」とぶっきらぼうに入室許可を与える。所属している艦娘共に、こんな無様は見せたくない。

 

「失礼します。提督」

「…何の用だ『明石』」

 

 長い桃色の髪を束ねた工作艦娘『明石』が、規則正しい海軍式の敬礼をした後に事務的に報告をする。

 

「先ほど指令を受けた『建造』についての報告をしに参りました…」

「何だ?」

「…ついに、目的の『あの艦娘』が出来そうです」

「…!ほ、本当か!?」

 

 ドクンと、心臓が強く高鳴るのを感じた。興奮で目を見開かせて不機嫌そうに今まで組んでいた両腕を下ろし、口元を綻ばせる。感情を露わにしないどこまでも事務的な明石とは裏腹に…。

 

「おめでとうございます。そこで、『高速建造材』をご使用なさるどうかのご判断を仰ぎに参ったのですが…」

 

 言葉とは裏腹に、事務的を通り越して無機質ともとれる部下の質問を、当の本人は気にすることもなく欲していた物を手に入れたことによる有頂天に酔いしれていた。先程感じていた不安が一瞬でも、忘れてしまう程にだ。

 やった…やってやった!ついにあの『艦娘』を私はこの手中に収めてやった!これで我が艦隊の力が増すだけではなく、莫大な『成果』をもたらしてくれるであろう!そしてその『成果』は私の評価の向上にもつながり、散々私をこき下ろしてきた『上層部』や同期の奴等の鼻も明かしてくれるだろう…!考えるだけで笑いが止まらない。

 

「…提督?」

 

 明石の疑問を浮かべた言葉で一気に現実に引き戻される。そして軽く舌打ちする。

 無能者め、折角のいい気分に水を差しおって…少しは察することもできないのか?最高級のワインを飲み干したかのような心地よい酔いに、安物の調味料をぶちまけられたような不快な気分になる。

 

「ああ、そうだな…」

 

 水盆から溢れた水のように、不機嫌を滲ませながらその返答をしようと口を開きかけた時…。

 

 

「し、失礼します!!」

 

 一人の所属している艦娘が、ノックも敬礼もせずにいきなり入ってきた。全員の視線がその入室してきた艦娘に集中する中、舌打ちをして無作法なその艦娘を睨む。

 

「おい、ノックと敬礼はどうした!?」

「も、申し訳ありません!で、ですが、どうしても提督に緊急に申し上げることが…!!」

 

 咎める声すらも気にせずに、相変わらず慌てた様子の艦娘。再び舌打ちしそうになる所を、発言の許可も取らずに艦娘は告げる。

 

 

「先程、重巡『古鷹』の救出に向かっていた部隊が…先程……!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 夕陽が照らす海の上をただ一人私は立っていた。ウミネコが数羽、ワタシの周辺に集まって肩や帽子の上に集まる。海鳥達だけが、こうしてワタシを優しく迎えてくれる…。

 先ほどの激しい命のやり取りが嘘であったかのように、静かな波の音はただ静かに優しく響いていた。1/fの揺らぎというのはこういう事を言うのだろうか?そうでなくても、『私達』は全て海の底から生まれ変わり、そしてこの身に内包したやり場のない恨みを晴らすために、こうやって立っている。それならばこの目の前に広がる海は私達にとって『母』そのものなのではないだろうか?だとするならば、ワタシを生み出してくれたこの『母』近くにいるのだから安心できるのであろうか?そして私はここでこうやって、一人で佇んでいる間だけ、何もかも忘れて落ち着く……その筈だった。

 脳裏に浮かぶは、数時間前に行われた戦闘。手勢を率いて艦娘ドモを奇襲、そしてそのまま殲滅し、『アイツ』の命令を受けてアノあたりにあると言われている崩れかけの基地を偵察、そして『アイツ』に報告。それだけだ。何せこちらはeliteやflagshipの混成部隊、そしてワタシには『力』があった。それこそが元々強大な力を持つflagshipである自分を更に高みへと押し上げ、何よりもワタシをワタシ(・・・・・・・)たらしめている大事なもの…そんな自分にそこら辺の『艦娘』ドモなどモノの数ではなかった。任されたこの役割は欠伸が出るほどたやすい任務…その筈だった。

 

「ッ……!」

 

 ソレ(・・)を思い出す度に私の体に走る、痛み。今この真下にある海面を覗けば、体中傷だらけの私の姿が映るであろう。先ほど戦った、二人のうちの一人…いきなりやってきた『なりかけ』にも手痛い傷を負わされたが問題はその後…。

 その時につけられた傷をさする。時が幾分か経っていても痛みは…消えない。『奴』につけられた痛みが消えない…。

 

『いいカ?途中で『艦娘』に遭ったらオマエの好きにしてもいいガ、もし男でありながら『艤装』を装着している男を見たら、接触は絶対に避けロ。マシテヤ戦う何ザトンでもネエ話ダ』

 

 いつもこちらを見下しているような、嘲りにも近い笑みを浮かべていた『アイツ』が、その時は珍しく真剣な表情で警告していた時は、珍しいこともあるものだなとしてくらいにしか認識していなかったが、今となっては、その理由が文字通り身をもって痛感していた。

 ソイツを見たとき、すぐにその男が『アイツ』の言っていた男だと直感した。その男は私の艦載機を全て叩き落し、連れてきた手勢を全て『轟沈』させた。恐ろしく強い…『アイツ』が接触を避けろと言ったのもなんとなく頷ける。そして、『アイツ』の言いつけを破って戦闘に及んだ結果が…これか。幾分か回復はしたものの、とてもではないけれど戦闘できる状態ではない…。そのせいか普段から慣れている被り物が若干重みが増しているような気がする。挙句の果てには愛用していたステッキまで落としてしまった…。いつも肌身離さず握りしめていた感触がなくなって、利き手が寂しくなってしまった。

 …だというのにあの時、ワタシはなぜ『アイツ』言いつけを破ってあの男と戦おうとしたのだろうか?止めを刺しかけていた艦娘など放っておいてどうして、素直に撤退しなかったのだろう…。どうして『奴』に、水底に沈んでいった無念を訴えかけてしまったんだろう…。存在している目的も分からずにただこうして穢土を彷徨うだけの深海棲艦(モノ)になり果ててもなお、今ではもう思い出せない『かつて』のワタシの残留が、今はもう分からない『提督』の面影を、頭のどこかで『奴』と重ねたのだろうか?

 …それとも、ワタシの『中』のモノが…っ!?

 

 

 

 

キィィィィィィィィィィ!!

 

 

「ガ……ァァァぁ!!!??

 

 

 突然、耳鳴りが響いたかと思えば頭が内側からこじ開けられるような、激しい痛みに襲われる!!集まってきたウミドリ達が何かを感じ取ったのか、それとも私が気づかないうちに振り払ってしまったのかバサバサと飛び立っていなくなっていく!

 あの時と一緒だ……!先ほど逃げ出した時と同じ…ワタシ達になりかけた時のあの『艦娘』にあの言葉を問いかけられた時の…!

 

 殺ス…?私ヲ…?ころす…?わたしを…?コロス…?ワタシヲ…?

 コロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシコロスワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシ。

 

 

 

 シズンデイク…!!

 

 

 

 チガウ!!ナンデコンナコトヲオモウンダ!!??

 ソウダ、オモイダシタ。キョウハタノシイブンカサイ!!ワタシハエラバレナカッタケレドモ、センパイトイッショニオマツリヲミニイカナキャ!!イヤチガウソウジャナクテ!!

 

「ワタシノケツイヒョウメイヲ、ウケトッテホシインデス、センパイニ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤッパリ、オ前ジャ無理ダッタカ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『これを、おまえにやろう』

『…マグカップ?』

 

 ポケットから、大きめのマグカップを取り出して俺に手渡す。

 

『俺と菜々子が使っているのと同じものだ。これはお前専用。後で名前書いといてやるからな、大事にしろよ?』

『…ありがとうございます』

『ございます…なんて他人行儀は今更無しだろ?やり直し』

『…ありがとう、叔父さん』

 

 嬉しそうなのか、照れくさいのか、下を向いて頭を掻く叔父さん。その笑顔は今までつっかえていた物が無くなったかのような、清々しいものだった。

 

『…俺たちは家族だ。だから、お前のカップも菜々子のカップも、いつでも俺が満タンにしてやる』

『家族…』

『…忘れるなよ、悠』

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

『あのね、お兄ちゃん!はいこれ!』

 

 河川敷で叔父さんを見送った後に家に戻ると、菜々子がポケットから何かを取り出して俺に手渡す。見てみるとそれは、叔父さんと菜々子と、菜々子にどこか似たきれいな女性が三人で笑いあっている一枚の写真だった。

 

『これは…写真?』

『お父さんがね、やきまわし?してくれた。お兄ちゃんも、かぞくだから、かぞくのしゃしん、あげる』

『…………』

『今度、お父さんとお兄ちゃんと菜々子で、しゃしんとろうね!』

『…ああ!今度一緒に撮ろう!』

『うん!』

 

 

 

 

 

………………………………………………。

 

 

 

「…ん………ううん……」

 

 ゆっくりと目を開いき、気怠さを感じる体を起こして周囲を見渡す。…俺の仮の部屋?

 …ああ、そういえばまた気絶しちゃったんだっけ。ボロボロの体に鞭打って少しばかり無茶をして、で、天龍が助かったと同時に気が緩んでそのまま倒れちゃって…天龍か電が、ここまで運んできてくれたのか?しかも体には剥がれた爪の先まで、至る所に包帯も巻かれているし、腕部分の包帯の内側には、湿布のような感触がある。

 ……なんか最近、戦いと気絶が定番化しはじめたのは気のせいだろうか?

 

「う~ん……むにゃ」

 

 寝息のような声が聞こえてきて、そこでようやく毛布がかぶさっている腹部あたりから、妙な重みがかかっていることに気が付く。視線を向けてみると、組んだ腕を枕にしてすやすやと寝息を立てている電がそこにいた。

 

「電……」

 

 まさか、ずっと俺の看病をしてくれてたのだろうか?俺をここに担ぎ込んでから、ずっと?

 

「う~ん…天龍……さん……お兄…さん…」

 

 いったいどんな夢を見ているのか、寝言で俺と天龍の名を呼ぶ電。

 今回は流石に相当堪えたんだろうな。一歩間違えれば、天龍がいなくなってしまったかもしれないから…電もほっとしたに違いない。…結局、俺は何もできなかったけれど…まだまだだな俺も。相変わらず寝息を立てている電を起こさないように頭をそっと撫でる。

 それにしても随分懐かしい夢を見たな。菜々子と叔父さんから、『家族』だって言われた時の事…。二人がお互いをようやく理解しあえたあの時の事。 

 あの時はただ、目を逸らしていた二人が向き合えるように、時には陽介達の世話になりながらも自分なりにただただ、我武者羅にやってみて…二人が幸せそうに、手を繋いで同じ方向を見ていくのを俺は後ろから見守っていければそれでよかった…。それがいつの間にか、その小さな輪の中に俺も入っていて『家族』と呼ばれた。少し戸惑いながらも、それ以上に俺は、家庭と触れ合う機会が少なかった俺にとってはその言葉と実感を噛み締め、口元を綻ばせながら夜食のサラダを作っていたっけ。あの街でできた自称特別捜査隊(仲間)とは別の意味の暖かいもの、空になったカップに、並々と注がれていく感触。ああ、これが家族なのだと本当の意味で知った瞬間だった。

 基地が壊滅して絶望に身をやつしながらも、『それでも』って生きていくそして天龍と電。年も、おかれている境遇も全く違うはずなのに俺は、いつの間にかこの二人の姿を、手を繋ぎあい前へと進んでいく叔父さんと菜々子と重ねていた。

 紆余曲折あったけれども、あの二人のように手を繋いで前を向けるはずだ…。例え、その輪の中にもう一人増えることがなくてもだ。その二人の背を、今度こそ後ろから見ているだけで俺は…っ?

 そう思っていたら、寝ているはずの電が俺の包帯だらけの手に腕を伸ばす。まさか、気づかない間に起こしてしまったのだろうか…?

 

「天龍さん…今日も討伐…お疲れ様なのです…。」

「……………」

 

 …まだ寝ていたらしい。きっと天龍が活躍する夢でも見ていて…。

 

「お兄さんも、執務お疲れ様なのです…。」

「!」

「今日も誰も轟沈せずに済んだのは、お兄さ…司令官さんのお陰なのです……司令官さん、天龍さん、本当にありがとうございます……えへへ…」

「………………」

 

 …恐らく天龍が主力の部隊で…俺がここの提督になっている夢でも見ているのだろうか?すごい幸せそうな笑顔で涎まで垂らしちゃって…。

 司令官……俺が?

 

 

「はは…ないわー…」

 

 口で否定しながらも、ちょっと口元がくすぐったい自分がいるのに我ながら呆れる。

 裾で電の涎を拭いた後に、起こさないようにゆっくりと、ギシギシ音を鳴らしているベッドから這い出るように出て、相変わらず起きる気配のない電を代わりにベッドに寝かせる。

 

『…俺たちは家族だ。だから、お前のカップも菜々子のカップも、いつでも俺が満タンにしてやる』

『今度、お父さんとお兄ちゃんと菜々子で、しゃしんとろうね!』

 

「………家族……か」

 

 イザナギ以外のペルソナを…いや、他の人との絆を失ってしまった今の俺でも、『家族』はいるんだろうか…。

 そもそも俺は、元の場所へと帰れるのだろうか…?皆は…今どうしているのだろうか?

 ………………………………………………。

 

「…そういえば今、何日なのだろう?」

 

 

 

 

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「昨日のことですよ」

「昨日か……」

「昨日です。ちなみに現在の時刻はマルロクマルマルです」

 

 俺のベッドで眠り続けている電をそっとしておいて部屋を後にし、母港にて青髪の妖精達から、告げられた経過日数を確認していた。どうやら前みたいに3日経っていましたよ、なんてことはなかったようだ。

 

「天龍は今、どうなんだ?大丈夫なのか?」

「今の所、目立った異常はないですね。大半の設備が半壊していて簡単な検査しかできませんでしたけれども、少なくとも戦闘後の後遺症等の影響もありませんよ。…精神面でも、今は安定しているみたいですけれども…」

「…というと?」

「…帰還した後の天龍さんや電ちゃんから事のあらましは大体聞きました。天龍さんに…その…『何が』あったのか、他の鎮守府の艦娘さん達との事も…」

 

 最後のほうだけ、声を潜めるように小さく目をそらしながら言う妖精達。けれど俺には他に、懸念材料があったのだ。

 

「……実際の所、俺はマズイことを仕出かしたのかもしれない」

「え?」

「仕方なかったとはいえ、俺は立場上仲間であるはずの『艦娘』に、攻撃をしてしまったということだ…」

 

 よくよく考えてみれば昨日の艦娘との邂逅は、この基地の状態を伝える絶好の好機だったんだ。しかも襲われて死にかけている艦娘の命を助けた事で、あの邪○眼ちゃんの所属している鎮守府からは『同胞の命を救ってくれた恩人』という認識を持ってくれた事で、益々話がしやすかったはずだ。しかし天龍が『深海棲艦』になってしまって、そんなタイミングの悪い所に、邪○眼ちゃんの救出部隊がその現場をばっちり見てしまった。お陰で天龍を助けるために、彼女たちに明らかな敵対行動をとってしまった。その結果彼女達がこちらに対してどういう認識を持ったのかは、もはや言うまでもない。特にあの胴着コンビのツインテールと、俺が艤装を叩ききった女の子からの印象は最悪だ。救助どころか、今頃俺をどうやってぎゃふんと言わせるか考えている最中なのかもしれない。勿論助けてくれた邪○眼ちゃんや、他のメンバーの一部例外はあるだろうけれども………少なくともこちらの求める結果に至るのは、難しいと考えたほうがいいだろうな。最悪の場合、この基地の場所を割り出して俺たちを連行するための部隊を差し向けて来ることも考えられる。その時はその時で、納得できる説明をできればいいのだけれども、どう考えても最悪の結果になる可能性のほうが高いだろうな…。状況は明らかに、振出しになるどころか最悪のほうへと歩を進ませている…。

 ま、今更悔いてもしょうがないし、自分のやった事に後悔もないけれど。第一天龍があんなことになったのも俺にも責任があるから偉そうな事は言えないしな。そんな勝手な行動で、巻き込んだこの基地の人達には申し訳ないことをしたけれど…。

 

「まぁ確かに、まずい状況になったのには確かですけれども…」

「貴方が来るまでは元々、野垂れ死にを覚悟していた私たちです。そう考えれば今更、どんな結果になろうとも構いやしませんよ」

「連行されたとしても、こんなところで当てもなく居座っているよかはずっとましでしょうしね」 

 

 俺の思惑を他所に、気にしなくてもいいという態度をとってくれる妖精達。それが本意なのか、それともこちらを気遣ってそう言ってくれたのかは分からないけれど、そう言ってくれるだけでも少し心が楽になる。

 けれども、だからと言って状況は相変わらず最悪なのは変わらない。多少の対策はあるものの、今のままでは付け焼刃にもなりやしない。やはり、何か決め手となる方法を考えなれば。…昨日の艦娘の所属している鎮守府の『本隊』が来たときの、『最悪』の事態も…な。直斗がいてくれたら、もっといい案を思いついてくれたのだろうけどな…。

 

「それよりもそのお陰で誰一人失わずにいられたのは、またしても貴方のおかげです。お礼が遅れましたけれど本当にありがとうございます」

「「ありがとうございます」」

「気にするな。第一、俺も結局何もできなかったし…。」

 

 何があったのかは分からないけれど結局、天龍自身が何とかしちゃったみたいだし、どうしていいかわからずにとりあえず食べてみ…いや、殴ってみただけだし、あとは他所の艦娘からサンドバッグになっただけだし。まあいいけど。

 

「けどまぁ確かに、誰もが無事で終わってよかった……」

「どの口がそれを言いやがりますか貴方わ!!」

「ホゥ!?」

 

 思わず変な声が喉から出てしまった。隣で聞いていた緑髪の妖精が突然、立ち上がり俺を指さしながら鋭い声を放つ。どうでもいいけど最後の『は』が変なことになっていないか?

 

「他の鎮守府の艦娘を助けるために、他の深海棲艦を倒したのはいいとしましょう!でもね、その後とんでもない無茶やらかしたみたいですね!?ネタは上がってんだよ!」

「いや、あの…」

「『ペルソナ』とかいう謎の能力で身体能力上がっているとはいえ、『ツ級』の対空砲火を諸に食らったり、あのゴッツイ手で、ダブルスレッジハンマーを脳天に食らったり、挙句の果てに鶴姉妹の爆撃+『ハイパーズ』の片割れの雷撃食らったりと、むしろこうやって生きているのが不思議なくらいなんですよ!?」

「………ハイカラだろ?」

「ハイカラってそういう意味じゃないでしょぉぉ!!!」

 

 知っていたのか、こ奴できるな。

 いつもニコニコ笑顔を浮かべている妖精さんが、青筋を作りながら乗っている木箱を、握りこぶしを作って叩きながら猛烈な突っ込みを入れるその姿は、シュール通り越して、見てはいけないものを見た気分だ。なんとなく、もうカンストしているはずの〝勇気”が上がったような気がした。

 しかし懐かしいな、去年も似たような無茶して皆に怒られたことがあったっけ。まだまだ未熟だった頃、興味本位で鎖の音がする宝箱を開けて、初めて『刈り取るもの』に遭遇した時、皆を逃がして一人で時間稼ぎしていたことがあった。何とか一命はとりとめたものの、特捜隊の皆から心配かけた罰として袋叩きにされたっけ。それも回復していない状態で。火炎耐性も、見切りもまだなかった〝ジャックフロスト”から『ペルソナチェンジ』をしていない時に、雪子の『アギラオ』がやって来そうなときは、2回目の覚悟を決めなきゃと腹を括ったが…。その時盾にしてごめんな、クマ。

 

「…あの場は、ああでもしなければ場を切り抜けられそうもなかったし、天龍を救う手立ても思いつかなかったんだ。まあ結局徒労に終わってしまったけれどな…」

「…あなたがどんな過去を送っていたのかわかりませんけれど、いつもこんな風に傷ついて戦っていたんですか?」

「俺の『イザナギ』は強化に強化を重ねた特別製でな、俺だって大なり小なりその影響を受けている。多少の無理は……」

「艦娘なら間違いなく、『轟沈』寸前の『大破』だった状態で、『多少の無理』というんですか?」

 

 桃色の髪の妖精が、声色を低くして問いかける。残る二人の妖精さんも同じように、眉尻を吊り上げてこちらを睨んでいる。冗談抜きで怒っている様子だ。

 

「いくら普通の人や、艦娘より身体能力があるからと言って、こんなことを続けていたらいつ命を落とすかわからないんですよ?」

「そうでなくても傷というのは体に蓄積していくものなんです。ましてやこんな重傷を続けているような事をしていては、いつか軽視できない後遺症が残る可能性だって…もっと体を労わってもらわないと…」

「電ちゃんだって、気絶している貴方を本気を心配していましたよ?天龍さんも、あの時に何があったかわからないけれども、すごく心配しているような…なぜか申し訳なさそうな…まあとにかく様子でした。勿論我々だって…」

 

 厳しい言葉を投げかける妖精達。しかしその内容や話し方からして、俺のことを本気で心配してくれていることが分かる。ああ、やっぱりそうか。

 やはりここの人達はいい人ばかりだ。過去にあった事件のおかげで人間に対して不信感が拭い去っていないだろうに…ましてや知り合って間もない俺のことを本気で心配してくれている。まるで、八十稲羽のように…。

 

「だからこそ覚えておいて欲しいです。散々我々を助けてもらって、恩も返せないままいなくなるなんて、嫌ですから…」

「その事を、覚えておいてください」

 

 そう言うと三人とも、一斉に小さな体を曲げて俺に一礼する。その行動に照れくさい感情もある一方、別の意味で申し訳なさも感じていた。

 心配してもらっておいて申し訳ないけれども、おそらく俺は昨日みたいなやり方をまた繰り返すだろう…自分の身の可愛さに他人を犠牲にする人もいるように、他人のために自分を犠牲にする人だっている。後者みたいに端から見れば聖人のように、心の綺麗な人間だとは言わないけれどもそれが、俺の『性』だから。理屈とかそんなんじゃない、なぜか自分だけ助かろうという気持ちが湧いてこない…。たとえ偽善の自己満足とか、エゴだとか言われようが、それが『鳴上悠』という人間だから…。

 そんな屈折した気持ちを隠して、妖精たちに「わかったよ、これからそうすると」表面だけ取り繕った事実に、わずかに心がチクリとした。

 

 

 

 

 

--------------------

 

 

 

 

 

 妖精たちと別れてから、あてもなく瓦礫だらけの基地の中を歩き回る。歩くたびに包帯の内側にある傷がズキズキとするけれど、まあしょうがない。

 さて、これからどうするべきか。考えなくちゃいけないことはたくさん有る。捜査の真似事なら経験はあるけれど、こういったことに関してはあまり経験がない。なんとか方法を考えなくちゃな…あ。

 そういえば、他にまだ気になることがあったんだけれど、さっきの会話に夢中でそれを聞くのを忘れてたな。う~ん、いったん戻って妖精さん達に聞いたほうがいいのかな…?

 

「…あれ」

 

 天井を向きながら考えていると、通路の向こうから声がかかる。視線をそちらに向けると、昨日と全く変わらない五体満足の天龍の姿があった。

 

「…お前か」

「私だ」

「……相変わらず訳のわからねえ奴だ」

 

 なぜかため息をつかれた。俺だって傷つくことがあるんです。

 

「天龍は体は大丈夫なのか?」

「その状態をみりゃあ、どちらかといやぁ、それは俺の台詞なんだが…まぁ、ボチボチだな……」

「そうか、よかった」

「…そりゃあどーも」

 

 そう返すと、なぜか罰が悪そうにそっぽを向いて頬を掻く天龍。妖精達の言う通り、容体はすこぶる好調のようだ。なんだか張りつめ纏わせてた空気も、すっかり落ち着いているし…。外面だけをみれば案外、前より良くなっているのかもな。

 思えばこんな風に世間話したのはこれが初めてだな。前の天龍だったら「五月蠅い」だの「てめえに関係ない」とか言って突っぱねられていたの筈なんだけど…。

 

「…何笑ってんだよ」

 

 と、ジト目でこちらを見てくる天龍。気づかないうちに口元を綻ばせていたらしい。慌てて「すまない」と謝罪する。

 

「…なぁ、今時間あるかよ?」

「お互い、腐るほどあるだろ?」

「まぁ…な。だったらよ」

 

 

 

 

 

「少し、話がしてぇんだけどよ……」

 

 照れたような、言い淀んでいる姿はちょっと可愛かった。意外な一面もあるんだな。




食べる…というネタに気づいた貴方は、余程のP4通か、直斗ファン。

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