イメージするのは常に最高の調理だ   作:すらららん

6 / 9
本当は二話連続でしたが、あまり間を空けすぎるとエタったとか思われそうなので突貫で仕上げました。
次話からの展開は後書きで書きますが、前回予告していたように今回は『最終話』です。


指摘があったのでバーサーカー戦と大聖杯破壊までの間に追記。




最終話 あの日の空を思う

 幸せとは何か。

 そう問われてハッキリとした答えを返せる人間は少ないだろう。

 

 幸せとは不定形であり不確実な物だ。

 確かにそこに存在する筈なのに、何処にあるのか分からない。いや、元より抽象的な価値観の中にしか存在しない架空の概念なのだろう。

 だから人は、それぞれ別の“幸せのカタチ”を胸に秘めている。

 

 では例え話をしよう。

 藤村大河。

 彼女にとって幸せとは何だろうか?

 やはり定義するのは難しいだろう、私人としての彼女、教師としての彼女、立場や環境によって幸せのカタチは如何ようにも変化してしまう。

 けれども今は、そう今だけは。

 彼女にとっての幸せのカタチを端的に表すことが可能である。

 それは何か?

 

 そりゃあ勿論ーーーー

 

「ガルルルルゥ(腹音)くぅ~これよこれ、お昼を少なめにしておいた甲斐があるってものよ!

士郎ー、お姉ちゃん限界だっZE☆」

 

 大盛り幕の内弁当とカップ麺3個に菓子類の山が少なめと言うのならそうなのだろう。

 大河の中では。

 

 グリグリと頭を撫で回してご機嫌取りをしてくる大河に苦笑しながらも火の番を疎かにはしない。

 炭を移動させて火力を調整しつつ、絶妙な焼き目を見逃さない様にトングの動きを止めることはしない。

 

「しーろーうー! うー! うー!」

 

 そのうーうー言うのを(ry

 

 しつこいぐらい絡んで来るのは慣れっことは言え、そろそろ鬱陶しいのも事実である。一応は今日の主賓であるので待たせ過ぎても良くないだろう。

 食べ頃を見計らい手渡そうとすると、分かり易いぐらい目を輝かせて掠め取った。

 

 はしたないものであるが、そもそも野生の虎に人間のマナーを理解しろと言うのが酷だろう。

 第一、今日はあまりマナーどうこうは関係ないメニューなので指摘するのは後日にする事にした。

 あくまでも後日。

 

「わあ! にく! お肉! ニクー! NIKUUUUー!」

 

 あまりに嬉しすぎて肉以外の言葉を発する事が出来ないらしい。

 特に最後のNIKUなど英語風の無駄にカッコ良い発音で誤魔化されそうだったが、そこはせめてmeatとかbeefと言うべきだろう。

 英語教師的に考えて。

 

「んぁ~~~~んむ……っ! んんんんんんんん!!」

 

 この料理の食し方に厳粛なマナーなど無い。

 童心に返ったように手掴みで喰らい付くべし! はしたなく口元を汚すべし!

 

 元より、食事に於いて『美味しく食べる』以外のマナーなど本来は不要なのだ!

 聞いてんのか、テメーの事だぞフランス料理!!

 

「むふ、んふ、んんんん~!」

 

 いわゆるBBQと呼ばれるスタイルの焼肉料理は、朝食を食べる事が出来なかった大河の怒りと哀しみを鎮める事を建前とし。

 聖杯戦争の終結を祝し開催された。

 

 流石に熱いのか普段の様な勢いが感じられない大河だが、もしかしたら野性の勘で肉の質の違いに気付いたのかも知れない。

 だとすれば鋭い。手配したのはイリヤなので何処の肉かは士郎も知らないのだが、触ってみればある程度の質は分かる。

 これは文句なしにA5ランク相当だろう。

 

 普段買っている百グラム百~数百円の肉とは値段も味も文字通り次元が違うスペックを誇るこの高級肉、それを何十kgも使って屋外BBQと洒落込んでいるのだから士郎的には堪らない。

 然るべき処で食せば一体どれほどの値段になるのやら……そんな肉を自分の様な料理人見習いが扱うなどとは、些か以上に荷が勝ち過ぎている。

 

 “くぅう~…”

 

 と、そんな風に悩んでいる隣で可愛らしい音が聴こえた。チラリと横目で見ると、そこに居るのは今日出会ったばかりの少女の姿。

 そして、今日別れる少女。

 

「……あぁ…」

 

 声が漏れている事に気付くことなく肉に悩ましい視線を送り続ける彼女とは、結局1日限りの付き合いとなってしまった。

 割とドライ、と言うか達観しているのか「ああ、やはり聖杯はダメでしたか」と語ったきり聖杯戦争の話をしようとはしなかった。

 

「ほら、セイバーも」

「感謝します、シロウ!」

 

 大河が食べている間じっっっと串を見つめながら涎を垂らし瞳を輝かせていたセイバーの姿は、士郎の目にはまるで犬がお預けされて我慢している姿に思えた。

 渡された串から肉を頬張り、もっきゅもっきゅと食する様など犬がパタパタと尻尾を振っている風にも見えて可愛らしい。

 

 しかし食欲自体は獅子のそれなのだ。

 

 今回用意した肉の量は大食漢の多いアメリカ人でも

『オイオイ、この量は多過ぎるだろう。もしかして俺らを太らせて次の肉にでもするつもりかい? HAHAHA!!』

と、下らないジョークを零す程の量の筈だが……。

 

「士郎ー! お代わりっ!!」

「シロウ、もう一本ください!」

 

 この猛獣2人が同時に暴れるとなると、些か以上に心配になる量だ。

 イリヤに頼めば幾らでも追加が来そうだが、そうなると流石に値段が気になって調理が上手く出来そうにない。

 

「はいはい、肉もいいけど野菜も食べろよ藤ねえ」

「? やさ……い……? んー、お姉ちゃん英語はあまり解らないナリー」

「それでいいのか英語教師!」

 

 予めグループ別に分けて食べるようにしたのは正解だったなと、ある意味一番大変な2人の世話を担当する事になった士郎は隠れて溜息を吐く。

 見る見るうちに網の上から減っていく肉の隙間に新たに肉を追加して頑として野菜を視界に入れようともしないバカの口に無理やり突っ込んだ。

 

 しかし意外だったなと思いながら凛達のグループをチラリと横目で覗く。

 そこで焼き担当をしている男の手際はこうして離れていても思わず魅入ってしまう程に洗練されていた。いったい彼は何者なのだろうかと、あと少しで訪れる別れの時を思いつつ意識を逸らした。

 

 

 

 

 

「一口にBBQと言っても各州や地域、家庭によってもスタイルは大きく変わる。竈を使って肉を吊るし豪快に焼いたり、各種調味料や香辛料でしっかりとした味付けをして香草で包みオーブンで焼いたり、フライパンで焼いてから細切れの野菜を溶かしたソースを絡めたりするものまで、どれもがBBQだ」

「へぇ……」

「そうなんだ! 私、アメリカはアメコミでしか知らなかったからドーナツばかり食べていると思ってたわ」

 

 手際よく網の上で食材の位置を整えながら語る男の言葉に耳を傾けながら、凛は手渡された串から丁寧に肉を取りながら適度に頷く。

 その隣で顔にタレが飛ぶ程勢い良く食べながら目を輝かせて話を聴いているイリヤ。

 

 男は普段の皮肉げな態度は鳴りを潜めており粛々と語り続けた。

 

「今回は非常に簡易的でオーソドックスなスタイルだな。いわゆる『ダディクール!』や『Fooooh!』と騒ぎながらビールや毒々しい見た目のジュースを呑みつつ、フライドポテトやソーセージなどを摘みに『知ってるかジョン、フライドポテトは野菜だからヘルシーなんだぜ?』とか『私が飲むのはこのダイエットコーク、カロリー半分なのに美味しいから何杯でもイケちゃうわ!』と言った会話を楽しみながら肉を頂くのが一般的だな。

言うまでもないがフライドポテトは分類としては揚げ物だ。カロリーが半分でも倍以上飲めば無意味だ。実にアメリカらしい大らかさが感じられるエピソードだな」

 

 それは大らかさと言うよりはテキトーさと言うんじゃないかしらと思いながら凛は揚げたてのフライドポテトを摘む。ザクっとしてフワッ。

 厚切りのポテトと荒塩のコンビネーションは抜群で、確かにこれはコーラが欲しくなる味だ。

 伊達に全世界のバーガー店で最もポピュラーなセットでは無いといった所か。

 

「私もお菓子とジュースばかり食べてるから太ってしまうのかしら?」

「いや、その可能性は低いだろう。君の様に成長期の人間は多めに食べるべきだ、但しハーフとは言え日本人の血が入っている以上は食べ過ぎには注意だ。

日本人は割と太りやすいからな、特にジュースはデブと呼ばれたくなければ節制は必須だ」

 

「…………」

 

 男の言葉で太った自分の姿を連想してしまった凛は手を伸ばしかけていたジュースから距離を置いた。

 あまりに美味しいものだから普段の倍以上は既に食べてしまっている、デザートが出て来る事は確定事項なのでこの辺で抑えなければ明日の……いや、その先の未来の自分に皺寄せが来るだろう。

 そんな無様な真似は遠坂として許容できない、優雅(太ましい)なデブ坂凛にはなりたくない。

 

 デザートを食べないという選択肢からは優雅に目を背けた。だって今日は魔力いっぱい使ったんだもの、仕方ないじゃない!(言い訳) 

 

「そうそう、日本では脂身のサシが入った肉が好まれるがアメリカでは赤身が主流だ。それに質よりも量が尊ばれる、だからアメリカでBBQに誘われたからといって百グラム何千円単位の高級肉を僅かに持っていっても『アメリカ人よ、これが肉だ(ドヤ顔』『oh…気を使わせて悪かったね、犬用の肉を持って来てくれるなんてさ! 日本人は優しいな、HAHAHA!!』などと鼻で笑われてしまうぞ。

そもそも日本人が思うよりもアメリカの牛肉の質は高くて美味い。和牛の味が最高峰なのは否定しないが企業の偏向イメージに踊らされてアメリカ肉=靴の底、などと思っていては損だ」

 

 それは流石に一部の人間の偏見か、そういうネタ発言じゃないのかと推測しながら凛は自分のお腹が許容量を超え始めている事に気付いた。

 これは不味い、いや料理は美味しいけど不味い。

 デブ坂を登り始めた……いや、転がり始めた様な気分だ。おのれアーチャー、この聖杯戦争で最も警戒しなければならない相手が身近に居たとは……!

 

「……なーんてね」

 

 そんな風にバカみたいな事でも考えていないと、心にぽっかり空いた隙間から意地や矜持といったプライドの煮こごりが漏れてしまいそうだった。

 思わず頭を抑えて溜め息をつく。

 

「……どうした凛、頭痛かね? それとも胃もたれか?

そういう時はすだちを使うといい、適度な酸っぱさが気持ちを落ち着けるだけではなく脂っぽさを緩和してくれる。食前に牛乳やヨーグルトを飲んでおくのも手だったが……今更だな」

 

「ああ、うん。そういうのいいから」

 

 的外れな心配をしてくる己がサーヴァントに割増で込み上げてくる頭痛を抑えながら凛は、まぁ明日から頑張ればいいやと無理矢理に開き直り黙々と肉を食べ続けた。

 ああ美味しいやっぱり不必要な我慢は身体に悪いわそうよ絶対にそううんうん私天才ね知ってたけど。

 そんな風に、自分自身を騙しながら。

 

 そもそも。

 何がこのサーヴァントの琴線に触れたのかは知らないが、BBQが始まってから妙に気分良さげに肉焼きを担当しつつ蘊蓄を語り続けているのは何なのだろう。

 記憶喪失の割には博識と言うか、聖杯からの知識だとしても無駄な雑学が多すぎる。

 小話と言った方が正確か。

 

(アメリカ…………っぽさは無いわよね、ううん……)

 

 何なのだろうか、もしかして近代アメリカ出身の英雄なのかと疑問に思う。

 しかしそれは無いだろう、アメリカ人にしては彫りが深くないし皮肉は言うが発言自体は非常に理知的だ。

 別にアメリカ人は理知的でないという話ではない、勘違いしてはいけない。

 

(ま、今更どこのどいつか分かっても仕方ないか……聖杯戦争も終わっちゃったし)

 

 付けっぱなしのラジオから今も尚引っ切り無しに流れている『円蔵山謎の崩壊! その真実を追う』という番組のパーソナリティが得意気に「戦時下の不発弾が~」「ガス漏れが~」「某国の陰謀が~」「つまりノストラダムスの仕業だったんだよ!」など。

 1時間どころか五分おきに仮説の変わる有難い御高説を賜りながら、長いようで短かった今日の出来事を振り返った。

 

 

 

 

 

 柳洞寺は崩壊した、いや正確に表現するならば……円蔵山が崩壊していた。

 富士山や北岳を初めとする標高3000m級の山々に比べれば微々たるものだが、それでも冬木に於いては知らぬ者の居ない著名な山。

 空を見上げれば視界の隅に僅かに重なっていた山頂部は今や存在せず、夜の帳が落ちた始めた今ではハッキリとは見えないまでも立ち昇り続ける山火事の煙が、事件の大きさを物語っていた。

 

 この原因は全てバーサーカーである。

 分かり切った過程を書く必要はない、バーサーカーはキャスターを圧倒して勝利、大聖杯をその身を以て破壊し尽くしたのだ。

 聖杯戦争は終結した。

 その立役者たるイリヤと凛、この2名が人目に触れぬよう離れていく姿に気付ける者は皆無だった。

 

「……お疲れ様、衛宮さん。あなたの描いた通りの結末、って事かしら?」

「概ねその通りね~あ~~~、リンって意外といい匂いなのね~すはすは~~ぁ~」

「吸うなっ!」

 

 凛に背負われたイリヤは、大量の魔力消耗により身動き一つ取る事が出来ないでいる。

 バーサーカーは既に座へと戻っており、大聖杯が破壊された今となってはサーヴァントを維持しているのは凛とイリヤの2人だけ。

 それぞれアーチャーとセイバーの現界を何とか支えているに過ぎない。

 

「すまんね、マスター。私としては君の代わりにイリヤを背負っても構わんのだが、それでは私の魔力消費が嵩んでしまいかねないのだ。分かって欲しい、この忠実な従者の心の痛みを」

「ォオッケ~、ア~チャ~!! あんたは、絶対に、私が研究し尽くすまで、逃がさないんだからねッ!」

 

 聖杯戦争の終了は別に良い。

 元々聖杯なんぞに託す願いなど無く、ただ遠坂として聖杯を手にするのは義務だと思って始めたに過ぎない。

 その聖杯が穢れており、災厄を成す存在であるならば冬木の管理者としてこれを処断するのも務めだ。

 

 でも折角だから英霊を研究したい。

 そのぐらいの利益はあってもいい筈だ。

 だからこうして、現界に使う魔力を極限まで抑える為に霊体化させている従者がイリヤを抱えられないのは仕方が無いのだ。

 そしてイリヤを背負っているのも、これまた新たに借りを作れるからで。こんな事ぐらいで衛宮に借りを作れるなんて万々歳なぐらいだ。

 

 ここまでは良い。

 凛が自分で課した利益を得る為の相応の代価の内だ。この苦労が後に遠坂にとって素晴らしい利益を生むのだ。

 

「ん~すはすは~~~やっぱりリンも一緒にお風呂入りましょうよ~サクラといっしょに~~」

「…………(ビキ」

「大丈夫かね、マスター? なぁに、君なら造作もない事だ。鼻歌でも唄ったらどうかね、気が紛れるぞ」

「…………(ビキビキ」

「んぁ~もっと優しくしてよね~~揺れて気持ち悪いわ~~~うぷ」

「…………(ビキビキビキ」

 

 そうだ、確かにこの状況は自分で望んだ状況だ。

 それでも。

 それでもだ。

 

(……コイツら絶対にあとで殴ッ血KILL!!)

 

 キレる権利ぐらいはある筈だ。

 

 

 

「お、お帰り……遠坂、さん」

「ただいま、衛宮くん」

「シーローウ~! おぶってぇ~リンは飽きた~~~」

 

 とても爽やかな笑みでイリヤを背負い帰った来た凛を迎え、命の危機を感じた士郎は危険物を扱うかの如く丁重に凛を労いつつイリヤを受け取った。

 その笑みは本当に綺麗で、普段よりも輝いて見えると言うのに……寒気しか感じない。

 

「そっちはどうだった? 昼過ぎには学校の結界も解除されたと思うけど。何かあった?」

「いや……あ、いえ。何もありませんでした」

「ふぅん、そお……良かったわねぇ衛宮くんは。うふふふふふ」

 

 笑い続けながら、離れへと歩いていく凛。

 触らぬ神に祟りが無いように、触らぬ遠坂に祟りは無いと信じて黙ってお見送りする事だけが、士郎に出来る最善の選択肢だった。

 

「しー、ろー、うーーー」

「大丈夫かイリヤ? 医者を呼ぼうか?」

「だいーじょぶー、魔力がー足りないだけぇ、ちょっと寝るねー」

 

 部屋の手前まで背負って行くと、しゃかしゃかと素早い動きで布団へと潜り込んでいった。

 よほどキツいのだろう、普段は一緒に寝ようと駄々を捏ねると言うのに今日はモゾモゾと収まりの良い格好を探っては布団を巻き込んでいく。

 

「……お疲れ様、イリヤ。おやすみ」

「ん~~…………おやすみぃ、夕飯には起こしてねぇ…………んぅ……」

 

 完璧に寝たのだろう。

 静かな吐息しか聴こえなくなったイリヤの身体は、所々が布団からはみ出ている。冷やさない様に布団を弄ってから戸締りを確かめ、静かに部屋から退出する。

 

 さて、今から夕飯の仕込みに入らねばならないのだ。

 その前に、もう一度だけイリヤを見やり溜め息をついた。

 

「その布団、俺の何だけどなぁ……どうしようかな」

 

 

 

 アーチャーは思考していた。

 それしか許されていないという事もあるが、今は奇しくもイリヤと同じ様に部屋で寝転けている主が起きるまではこの退屈をどうにかして潰す必要がある。

 召喚された“目的が果たせない”上に、消える事を許されていないこの身は何十年かは判らないが“休暇”を与えられてしまったのだから。

 

(いや、つくづく惜しいな……この世界は)

 

 待ちに待った時が来たのだと、そう思っていた。

 しかし何の因果か、この世界では自分の目的が果たせない事を早々に思い知らされた。そうなると、次々に蘇る記憶とその残滓が……堪らなく胸を打った。

 特に、あの少女の幸せそうな笑顔を見てしまっては……もはやアーチャーに自主的に果たすべき事柄は皆無となった。

 

 今一つ思い出せない、何かーー〇〇〇〇〇〇ーーにとっての心残りが有った筈なのだが。

 思い出せない以上は仕方が無い。

 

「うおっ! アーチャー、あんたか」

「……衛宮士郎、か」

 

 昨日までは姿を消すか、屋上で警戒をしていたアーチャーだったが、今は中庭に面した縁側で空を見上げていた。

 自然とここに、足が向いたのだ。

 

 らしくもなく物思いに耽っていたアーチャーは士郎の接近にまるで気付けなかった事に内心で驚愕し、やはり不快感を感じる事がないという現実を突き付けられ嘆息した。

 

「ちょうどよかった、あんたもさ……今日は食べないか? もう聖杯戦争は終わったんだから、見張りとかしなくていいんだろう?」

「…………」

 

 無視しても良かったが、場所が悪かった。

 自らの“原点の1つ”であるこの場所に無意識とはいえ来てしまっていた事といい、どうにも気が緩んでしまっているらしい。

 構わない、と。もう少しで口にしてしまうところだった。

 

 流石にそれは、出来ない。

 この家で、この場所で、彼女らと共に食事をする権利など自分は“とっくの昔に捨てて”しまったのだから。

 それに何より、ここには“衛宮士郎”が居る。

 だから。

 

「……1つ、訊かせてくれ」

「? あ、ああ。いいけど」

「ああ、お前はーーーーーー」

 

 だから断らねばならぬと言うのに、どうしてか口は勝手に言葉を紡いでいた。

 どんな質問をしたか、頭にすら残らない気の迷いのようなそれに返された答えにーーーー酷く、納得してしまった。

 

「ーーそれが、お前の答えか」

「答えっていうか、そう思ってるだけだけど」

「……良いだろう、顔ぐらいは出してやる」

 

 そう言い残し、消えること無く凛が寝ている離れの部屋へと向かうアーチャー。

 その後ろ姿を眺めていた士郎は、先程の質問が何を意味していて、自分の答えがどう思われたのかを考えようとし……台所へ向かう途中だった事に思い至る。

 

「やっべ! まだ何も仕込んでないぞ、早くしなきゃ藤ねえ帰って来ちまう」

 

 その時、彼と交わした言葉を士郎は覚えていない。

 ただ、いざ夕食が始まる前にフラッと現れたアーチャーの表情が妙に澄んでいた事だけは……何時までも心に残った。

 

 

 

 

 

     それからの事

 

 

 

 

 

 何時の間にか巻き込まれていた聖杯戦争が何時の間にか終わりを告げ、士郎はそれまでと殆ど変わらない日常を送る事になった。

 けれども2つだけ。

 確かに変わった事がある。

 

 頻繁に凛が衛宮邸に訪れるようになった事。

 

 イリヤがあまり外を出歩かなくなった事。

 

 そんな風に日常がほんの少し変わったとしても士郎の目指す目的に変わりは無い。懸命に、自分なりに料理人になる道を歩き続けた。

 そんな彼の姿をイリヤは黙って見守り続けた。

 慈しむような微笑みで。

 溶けて消えてしまいそうな、雪のような儚さで。

 

 

 

 それから幾つもの季節が過ぎ。

 

 冬の厳しさが和らぎ春へと移り変わろうとしていたある日。

 

 海外に活動の場を移していた士郎の元に、イリヤから唐突に家に戻るようにと連絡があった。

 昨年から体調を大きく崩していた彼女は、喋ることすら億劫な筈で……しかし、そんな事は無かったかのように彼女が電話越しに話す声は朗らかで。

 

 それで。

 

 分かってしまった。

 

 

 

 

 

ーーーただいま イリヤ

 

 

 おかえりなさい シロウ

 

 

ーーー何か 食べるか?

 

 

 ううん

 

 

ーーーそっか

 

 

 うん

 

 

 

 衛宮邸の中庭に面した縁側に腰掛けたイリヤは、士郎の方を見る事なくじっと空を見上げていた。

 その隣に腰掛けた士郎も、黙って空を見上げる。

 

 そのまま互いに喋ることなく空を見上げ続け、月を隠していた雲が晴れた頃。

 

 ぽつぽつと。

 

 イリヤは語り出した。

 

 

 シロウ

 

 

ーーーどうした?

 

 

 シロウはね とっても素敵な料理人になれると思うよ

 

 

ーーー……そうかな

 

 

 そうよ だって 私が保証するんだもの

 

 

ーーーそっか それじゃ間違いないな

 

 

 うん

 

 

ーーーうん

 

 

 私ね

 

 

ーーーうん

 

 

 どうしてあの時 あんな風に笑ってたのか分からなかったの

 

 

ーーーうん

 

 

 でもね 今は何となく分かるかな だってね

 

 

ーーーうん

 

 

 シロウはわたしの……

 

 

ーーーうん

 

 

 …………

 

 

 

ーーーイリヤ?

 

 

 ………………

 

 

 

 ことん、と肩にもたれ掛かって来たイリヤの身体を優しく受け止める。年齢の割に随分と小さく、細くなってしまったイリヤの身体はとても冷たかった。

 

 

ーーー風邪引くぞ イリヤ

 

 

 まだ寒い季節だと言うのにこんなに薄着で居るものだから、すっかり冷え切ってしまっている。

 上着を脱ぎイリヤに被せた。

 上背の高い士郎の服は小さな彼女の身体には大きく全身を包んでしまえた。

 これで冷える事はないだろう。

 そう確信して胸元に抱きかかえる。

 

 

ーーーおやすみ イリヤ

 

 

 幸せそうな顔で眠っているイリヤを優しく、しかし強く抱き締めながら士郎は一度だけ目元を拭った。

 何時の間にか降り始めていた雪が彼女の顔にかからない様に強く。

 強く強く抱きしめながら。

 

 空を見上げる。

 

 あの日と変わらない空を。

 

 

ーーーおやすみ

 

 

 今頃は夢の中で会えているのだろうか。

 

 父親と。

 

 母親と。

 

 冷たい冬の城ではなく。

 

 この、温かな衛宮邸で。

 

 そう思いながら。

 

 そう願いながら。

 

 陽が明けるまで抱き締め続けた。

 

 

 

 

 

 この先も続いていく物語

 

 

 その結末は

 

 

 きっと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【Ending of “E”】

 

 エンディングNo.1

 

 難易度:イージー

 

 士郎生存度:95(100)

 

・ルート突入条件 美綴に見付かって弓道場に残る

         戦闘音に気づいて近寄る

 

      特徴 士郎の魔術鍛錬レベルに応じてランサーに殺害されるbadendへと派生(極少)

 

 

    ヒロイン 衛宮イリヤスフィール

 

 

・備考

 

 通称イリヤお姉ちゃん過保護ルート。ルート1。

 並行世界に於いて最多の可能性を誇る、士郎がランサーとセイバーとしか闘わず聖杯戦争に殆ど絡む事なく終結するのが最大の特徴。

 

 代わりにイリヤの寿命が減ってしまうが、士郎に看取られながら眠る(逝く)事は彼女にとっての幸福なのである。

 心残りは士郎が夢を叶える姿を見る事が出来ない事だが、信じている。

 

 しかし。

 このルートの士郎は残念ながら料理人として大成はしない。

 衛宮士郎にそんな才能は無いからだ。

 士郎の持つ才能は■■■■・■■■■■だけであり、料理人となる事は己の本質からあまりに外れている。

 

 それでも。

 

 彼の選んだ道は……。

 

 

 

・勝者 衛宮イリヤスフィール

    遠坂凛

 

    衛宮士郎

 

 

・犠牲:被害 円蔵山、及び柳洞寺

      セイバーの華麗な活躍

      メディアさんの素敵な生活

      食費

      シリアス←New!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ

 

 【badルート】

 

「お、おぉおおおお!」

 

 数年ぶりに全身の魔術回路へと魔力を流し込む。

 しかし長年使われずにいた回路は錆び付いた機械の如くその機能を著しく損ねていた。

 足りない、このままではーーーあの剣を創る事は不可能だ。

 

(くっそ、が、ぁぁぁああああっ!)

 

 不意に、内側から剣が飛び出る感覚を“思い起こし”た。

 内深く……より深く。

 奥深くで眠っている“何か”が士郎の意思に応える様に動き出す感覚と共に、一面の荒野と剣の墓標を幻視する。

 

 塞き止められていた回路に魔力が溢れ出す。

 激流となって体内を循環する魔力は、未熟な魔術回路を半ば破壊するかの様に荒々しく目覚めさせ本来の機能を取り戻していく。

 自らの魔力で自壊しながら、破格の速度で開かれ続けていく魔術回路は“剣の創造”という己の本分を果たせる事に歓喜するかの様に、主により定められた設計図から双振りの剣を構築していく。

 それらの工程は現実時間にして僅か1秒も掛からず行われ、遂にその両手に陰陽の双剣が握られる。

 

「ぁ……!」

 

 それと同じくして、士郎の胸部を朱槍が貫いた。

 

「ワリぃな坊主、死んでくれや」

 

 遅すぎた。

 全身から力が抜ける、手から双剣が零れ落ち廊下に突き刺さる……事も無く罅割れ幻想へと還っていく。

 不出来だ。

 あまりにも。

 投影も、何より……自分自身が。

 

(イリ……ヤ……ごめ…………)

 

 胸部に刺さっていた槍が引き抜かれ、ゆっくりと消失していく意識と共に身体が倒れて行く。

 元より生存を度外視して行われた投影の余波で死にかけていた身体は、心臓を破壊された事により完全な致命傷となった。

 

 感じない。

 

 何も。

 

 思考すら。

 

 目も。

 

 鼻も。

 

 耳も。

 

 何も感じなくーーー

 

 

 

  シロウは死なないよね?

 

 

 

 ーーー何かが聴こえた。

 

 大切な何か。

 

 大切な。

 

 きっとそれは。

 

 こうして命が尽きるよりも。

 

 重要な事の筈だ。

 

「………………ぃ……」

 

 最後の力で指を動かす。

 

 ほんの少し。

 

 僅かに。

 

 何かを握り締めようと。

 

 抱きしめようと。

 

 慰めようと。

 

 動いた。

 

 それが……衛宮士郎の最期だった。

 

 

 

 

 




はい、これにて『ルート1』の最終話と相成りました!

そうです、ルート1。
つまり、次話からは“選択肢”によって派生していく世界線での物語がスタートします!
これは当初から決めていた事でして、やっとここ迄書けたかと自分を褒めています。展開がぶっ飛んだように感じた貴方、正解です、ぶっ飛ばしました。
何故ならその部分は今作において絶対に必要な部分ではないからです。



派生する世界線によって活躍するサーヴァントも変わります。

つまりこのルート1では全く活躍の無い飯食って帰ったアル〇リアさんも活躍する世界線がある可能性が出てきたという事です!!

何の描写もなく破れてしまった葛木さんの奥さんが活躍する世界線も、兄貴が活躍するというFate的に考えて有り得ない可能性も!



次回の更新次期は分かんねーです。


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