イメージするのは常に最高の調理だ   作:すらららん

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色々とバックボーンとか、今作における細かい設定を交えつつの繋ぎのような回です。
毎回このぐらい書くので更新ペースは遅くなりますが、最後までお付き合い下さると幸いです。





第二話 護るべきモノ

 無数のホムンクルスの死骸。

 輪になるように折り重なるその死骸達の中央で、切嗣はコンテンダーにゆったりと銃弾を詰め直し床で血塗れになって倒れている老人へと向けた。

 既に粗方の魔力は使い果たし、更に魔術回路も半分以上が機能していない老人には最早この銃弾を防ぐ事は叶わないだろう。

 それでも全く油断出来ないところが、流石は千年続く一族の長といった所か。

 

「……ユーブスタクハイト。貴方にもう一度会ったら、どうしても訊きたい事があった。答えて貰えるか?」

 

 手負いの獣を前にして悠長に喋る事の愚かさを知らない切嗣ではない。それを理解していても尚、訊かねばならない事があった。

 確かめなければならない事が。

 

「……フンッ……裏切り者、風情が……今さら……何を訊きたいと……」

「貴方は聖杯が、その中身が……最初からあんなもの(・・・・・)だと知っていたのか?」

「……? ……く、くく」

 

 質問に答えるでもなく老人はくつくつと笑い出した。まるで、そんな事を訊かれるとは想像もしていなかったと言わんばかりに壊れたように笑った。

 その笑い声は、そこら中にある骸や城の残骸、肌を刺す寒波よりも尚寒々しさを感じさせる。

 

「当然であろう……知っていたとも……くは! アレこそが我らの悲願を叶えるのだ、知らぬ道理があろうものか」

「……知っていながら、それでも僕にアレを取れと言ったのか?」

「そうだとも、裏切り者よ……貴様の所為でせっかく降臨しかけた聖杯が吹き飛んだ……ふは……全く愚かしい事よ……貴様を選んだ事も……託すしか無かった我らもな……くはひははひは! ゲフッ! ゲフッ!」

 

 もう充分だ。

 理解していたつもりだった。

 魔術師の行動や思考を熟知しているからこそ、ソレを逆手に取る事で今まで何人もの魔術師を殺してきた。

 それがどうだ、正にユーブスタクハイトの言う通りだ。笑うしかない。

 愚かしい、衛宮切嗣は魔術師の事をまるで理解など出来ていなかった。これが魔術師、こんなものが魔術師。

 

「ありがとうーー」

 

 だから感謝を。

 一発の銃弾は正確に老人の頭部を粉砕した。

 千年の妄執の終焉。

 

「ーー魔術師でいてくれて、ありがとう」

 

 魔術師は人間ではない、その言葉の真の意味を理解した。目を伏せ今日までの生涯を振り返る。

 大勢の人間を殺してきた、大人、子ども、女、老人、母代わりの師、妻さえも。

 分け隔てなく殺し続けてきた。

 罪深い、もはや何をしても償えない罪を衛宮切嗣は背負っている。

 

 それでも魔術師を殺してきた事だけは間違いでは無かった。

 アインツベルンが聖杯を手にして何を行う気だったのか切嗣は知らないし興味もない。その“何か”の為に、汚染された聖杯を躊躇なく使用するという蛮行。

 願いの為なら世界が滅んでも構わないという歪んだ精神構造。

 それが魔術師。

 

「アイリの敵討ち……なんて言う気は無い。僕にお前達を責める資格は無いしな。

アイリを殺したのは僕だ、僕が彼女を殺した。僕の罪だ。お前達魔術師なんかにーーその罪はくれてやらない」

 

 この世で最も愚かしい男が世界平和という誇大妄想の為に殺したのがアイリスフィールだ。

 心から愛していた妻だ。

 衛宮切嗣の罪。

 断じて、聖杯になる為に死んだのでは無い。

 アインツベルンという魔術師一族の妄執の為に死んだのでは無いのだ。

 それだけは譲れない。

 

「……」

 

 踵を返す。

 短くない時を過ごした場所だが感慨はなかった、大事なものは此処には無い。おざなりに爆薬を配置しながら回収できるだけのモノを纏めて外に出る。

 

 後は特にする事も無い、この日の為に秘密裏に雇った傭兵達は金さえ渡せばキッチリ仕事をこなすプロばかりだ。魔術に造詣はなくとも、彼らに渡した武装と内部に仕掛けた爆薬の連鎖は確実にアインツベルンの存在をこの世から抹消するだろう。

 そんな事よりも切嗣にとって、これからの方がよほど重大な案件だった。

 

「やあ、お疲れ。後は手はず通りに頼む」

「ハッ!」

「……もう、起きたかい?」

 

 声を掛けられた男は黙って頭を振る。

 一際厳重な警備下に置かれている装甲車の中で眠りに就いている小さなお姫様と語り合うのは今暫く先になるだろう。

 それならそれで構わなかった、これから先はする事が山程ある。感動の再会とはいかなかったが現実はこんな物だろう。

 

「帰ったら家族を紹介するよ、イリヤ。キミはお姉ちゃんになるんだ。士郎っていう名の子でねーー」

 

 ぐっすりと眠る娘に語り掛けながら、衛宮切嗣はアインツベルンの本拠地を後にした。

 その生涯を終える約一年前の出来事。

 

 

 

 

 

 第二話 護るべきモノ

 

 

 

 

 

「行ってらっしゃいシロウ、今日も早く帰るのよ。大事な話があるわ。いいわね?」

「分かってるさイリヤ。それじゃ行ってきます、戸締り任せた」

「ん、任されたわ!」

 

 学校に向かった可愛い弟を見送り、姿が見えなくなると張り込み警護をしている藤村組若手(20代独身、非公式イリヤFC会員No.0047)の男に手を振ってからしっかり施錠して居間に戻る。

 男は悶えた。

 

 一時停止していたアニメを再生し乱雑に幾つものスナック菓子を開封し冷蔵庫からジュースを取り出す。少しだけ苛立たしげに着席してガリガリと菓子を食べ始める、こうしてヤケ食いしていないと取り乱しそうだった。

 尤も、普段も似たような食生活をしているのだが。

 

(サイアク……! シロウに令呪が現れるなんて思わなかった!)

 

 今朝の事だ。

 士郎が手に傷を負ったと聞き、珍しい事もあるものだと何の気なしにソレを見た。咄嗟に声を抑えられたのは奇跡だ。

 なるべく話を逸らすように誘導し、包帯を巻かせて送り出したは良い物の知識のある者には見抜かれてしまうだろう。この土地の管理者である遠坂は勿論のこと、間桐には“確実”に伝わっている。

 

 2度と聖杯戦争が行われないように切嗣が施した仕掛けは間に合わなかった。前回から僅か10年での再開に“聖杯としての機能を抑制した”イリヤは直前まで気付く事が出来なかった。

 生前の切嗣が話していた第四次聖杯戦争の顛末を思い起こす、結局士郎には伝えられないままだった悲劇の内容を。

 おぞましい聖杯の正体を。

 

(こうなったらリンに事情を話して協力して貰うしか無いわね。魔術師とは思えないぐらい甘いし、金を出せばチョロいわ)

 

 管理者としての遠坂は衛宮よりも上位だが、資産という点で文字通り天地ほどの差が存在する。

 大聖杯の現状を見せるだけでも充分に協力を仰げるだろうが、そこら辺を匂わせれば万が一の事態も無いだろう。

 その程度には今代の遠坂である遠坂凛という魔術師を信用し、同時に舐めていた。

 

 そもそも、令呪さえ現れなければ聖杯戦争は無視しても問題無かった。何故なら“失敗する”と理解っているのだから。

 聖杯の器を製造するアインツベルンは人知れず滅び、残された最後の聖杯の器たるイリヤは既にその機能を失って久しい。小聖杯なくては儀式は完成しない。

 聖杯起動のエネルギーである英霊の魂は、敗北した瞬間に座へと戻るだろう。

 間違っても“穴”が生まれる事は無い。

 

(問題は終わってからね……あのマキリが黙って大聖杯を解体する事に同意するとは思えないし)

 

 間桐の……いや、間桐臓硯ただ1人の執念はアインツベルンと互角、或いは凌駕している。

 聖杯の調整程度なら協力する事も吝かでないだろうが、解体や破壊などは論外だろう。邪魔をしてくるのは目に見えている。

 一応は切嗣の“切り札”を継承しているが、どこまで通じるか分からない。魔術師としてのスペックなら兎も角、実力で勝負をしようと考えるのは無謀だ。

 

 まぁ妨害されても聖杯を破壊するだけなら幾らでも手はある、アインツベルンを滅ぼした信頼と実績の現代兵器による蹂躙などその最たるモノだ。

 この策の欠点を挙げるとするなら……冬木が滅んでしまう事だろうか。

 流石にそれはいただけない。

 

(……ダメね。こういうの日本の諺で何て言うのだったかしら……取らぬ……取らぬ鼠の誅伐……だったっけ?)

 

 それは某アーチボルトさん専用の諺です。

 正確には取らぬ狸の皮算用である、無事に聖杯戦争が終わると決まった訳では無いこの段階で戦後処理を考えるのは管理者である遠坂だけで充分だ。

 

 取り敢えずの方針は決まった。

 遠坂に打診して、適当に言いくるめて……或いは金で釣って聖杯戦争を早期に終わらせる約定を結ばせる。後の事は後で考えればいい。

 

「ふわぁ……」

 

 あくびをこぼし、だらりと仰向けになる。

 もぞもぞとポジションを調整し完璧な寝心地を見つけ出して頬杖をつく。これからバリバリとポテチを摘みジュースを飲みながら昨日届いたばかりのプリズマな魔法少女アニメを観賞する事に精を出すのだ。

 働かなくても生きていける一部の人間にのみ許された贅沢を満喫しながら、士郎が学校から帰るのを気長に待つ事にした。

 

 無いとは思うが、学校で何かあれば遠坂はその力を以て衛宮士郎を守護する。

 そういう条件で契約してあるので心配はしていない。あれ程に不参加を決め込んだ聖杯戦争に於ける令呪の発言で、何かしら文句を言われるだろうが……それはそれだ。

 金で済むなら安い話である。

 

 

 

「……ん」

 

 尿意を感じ、眠気まなこを擦りながらトイレへ向かい用をたす。

 ボーッとした頭でフラフラと歩きながら、ふと外を見ると太陽はもう上っていなかった。どうやら寝落ちしてしまったらしい。

 妙に小腹が空いている、作り置きの昼食を食べ損ねた事を思い出した。

 

「はふ……シーローウー、起こしてよねー」

 

 帰ったのなら声を掛けて起して欲しいのに、何時も起こしてくれない。

 幸せそうに寝てる所を起こすのは悪い気がする、とは士郎の談。

 

 本人が許可しているにも関わらずコレだ、思いやりも良いが行き過ぎた思いやりは迷惑である。そういう所が、可愛いのだが。

 

「シロウー?」

 

 居間には見当たらなかったので部屋に向かう、いない。ならば土蔵かと伺うもいない、道場にも姿は見えずよくよく思い出せば部屋の中に鞄やら着替えなどが置いていなかった。

 もしかしたらまだ帰るには早い時間なのかと時計を見るも、とっくに帰っていなければおかしい時間だ。

 

「……おかしい」

 

 夜の帳は既に降りている、それなのにまだ士郎は帰って来ていない。胸騒ぎがする。

 嫌な予感が止まらない、当たって欲しくない時にばかり働くこの感覚……こんな時は何時だってロクな事が無かった。

 母が死んだ時。

 父が死んだ夜。

 弟が死に掛けたあの日。

 大切モノが失われていく悪寒。

 

「ッ……! シロウ!!」

 

 心当たりは無いが、まずは学校へと向かう。

 外に停めてあるベンツ(改造済)に乗り込み一気にアクセルを踏み込む。

 それを呆然と見送った藤村組の男が慌てて後を追った。

 

 法定速度をぶっちぎりつつも、人影に注意しながら爆走を続ける車内で考える。

 気の所為なら良い、つい遅くなったと言うだけでも、道端で友人と呑気に話をしていても万々歳だ。

 そうはならないだろうと半ば確信しながら、白銀のベンツが夜の街を駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 逃げる。

 逃げなくてはならない。

 恥も外聞も無い、脇目も振らず我武者羅に走り続け少しでも離れなければ。躊躇したり気を抜けばそれだけで終わってしまう。

 

「はぁ……はぁっ……っ!!」

 

 校庭に居た赤い男と青い男。

 現実とは思えないその光景、赤い槍と双剣で殺し合いをしていた男達。

 

(人間じゃない、アレは……理解を超えた何かだ)

 

 放課後イリヤの忠告に従い急いで下駄箱まで向かった士郎であったが、そこで待ち構えて居た美綴に捕まってしまった。赤いあくまと友人になる程の女に、か弱い男では逃げられないのだ。

 一射ほどだけ済ませ放課後になるまで生徒会長の一成と備品の修理に精を出し、全員が帰ってから1人道場の掃除を始めた。

 美綴は勿論、士郎だけを残す気は無かったが女の子は暗くなる前に帰るべきだと義父譲りの紳士的精神を発揮した士郎に言いくるめられ帰らされた。

 

 心中でイリヤに遅くなる事に謝罪をしながら、手は一切抜かず丁寧に掃除を終えた。

 帰ろうと身支度を終えたその時、聴こえてきた金属音。その音の正体がどうしても気になり、校庭で殺し合いをしている男達と……誰かもう1人を見付けた。

 息をするのも忘れる程に見入ってしまい、膨れ上がった殺気に無意識に身体が後ずさり木の枝を踏み折ってしまった。

 気付かれた。

 

 それから何分経っただろうか、1分だろうか、5分だろうか……もしかしたらまだ10秒も経っていないかも知れない。

 息が乱れ足がもつれる、今更ながらに校舎の中へ逃げてしまったのは悪手だったと気付いた。

 三階まで一気に駆け上がり、ひたすら奥へ奥へと脇目も振らず逃げていたものだから出入口からかなり遠ざかってしまった。

 

「はぁ……来ない、のか」

 

 窓が見えたから近付いた、さっき行われていたのが夢であれば良いのにと思って校庭を見下ろしーーー

 

「よう、よく逃げたじゃねーか」

 

 ーーー窓をブチ破り青い男が現れた。

 

「はーーー!?」

 

 目の前の男は容易く追い掛けてきていた、階下から跳躍力だけで三階まで登って来たのだ。

 何てデタラメな身体能力か。

 

「そらっ」

 

 赤い槍が振るわれる、そう認識し咄嗟に身体が動きーーまるで間に合わず脇腹に当たった。校庭で見せていた速度から見れば話にならない様な遅さと力、それなのに簡単に吹き飛ばされた。

 

 防ぐ事は出来ない、速すぎる、強すぎる。

 ただの人間には到底この超常の存在に抗う事など出来るハズがない。

 

「ーーっは!」

 

 壁に叩き付けられる、その衝撃だけで肺から直接酸素を搾り取られたと錯覚する。上手く呼吸が出来ない、腹部に違和感がある。

 痛みは何故か感じない、いや感じている余裕が無い。

 闘いの素人の士郎でも理解できる。

 今の一撃は此方の出方を見る為のものだ、牽制のつもりの一撃……それでこの威力だ。

 

 間違っていた。

 ひたすら背を向けて逃げていた先程までの行為は、目の前の男が全力で殺しに来なかったから成り立っていただけ。

 どうして気付かなかった、一瞬でも目を離してはならなかったのだ。

 離してしまえばーーー

 

「悪ぃな坊主、死んでくれや」

 

 ーーー死ぬ。

 そう、死ぬのだ。

 

 こんな所で衛宮士郎は死んでしまう。何も出来ないまま、目の前の男に殺されてしまう。

 当然だ、蟻が人間に挑むようなものーーいや、それよりも無謀だ。

 死ぬ。

 切嗣から受け継いだ夢を叶えられずに、イリヤを残して死んでしまうのだ。

 

 あの少女にまた、涙を流させてしまう。

 

 

 

(ーーふざけるな)

 

 一瞬、目の前の光景が消え過去の光景が幾つも映し出されては消えていった。

 

『さ、2人とも初めましての挨拶だ。僕達はこれから、3人で家族になるんだ』

『……イリヤスフィールよ、イリヤで良いわ。し、しろ、シロウ?』

『うん……よろしく、イリヤ』

 

 初めて会った頃は、お互い邪険にする事は無かったが積極的に歩み寄る事はしなかった。

 切嗣という存在を挟んで一緒に暮らしているだけの存在。誰よりも近い他人。

 どこまでも家族ごっこでしか無かった。

 

 そんな2人の関係性が変わったのは、その間を取り持っていた切嗣の死だった。

 切嗣に縋って泣きじゃくるイリヤ、それをただ見ている幼い自分。

 暫くそうしていて、不意に涙と鼻水で歪んだ顔で振り向いたイリヤから告げられた言葉。

 

『シロウはーーーーーー』

 

 それを聞いて、気付けば強く抱き締めていた。

 何故そうしたのか、その時は漠然としていて分からなかった。

 後から冷静に考えてやっと気付いた。

 

 それは、とても単純な事だった。

 

 士郎にとって切嗣が家族であるように、イリヤにとって切嗣が家族であるように。

 

 士郎にとってのイリヤもまたーーー

 

 

 

(そうだ……俺は死なない、死ねないッ!)

 

 切嗣から受け継いだ夢、誰かを幸せにする事の出来る料理人になるという誓い。その為に先ずしなければならない事。

 そう、切嗣は最初から教えてくれていた。

 何度も何度も教えてくれていた。

 気付かなかったのは士郎の責任で、気付かせてくれたのはイリヤのお陰だった。

 切嗣が生きている時に気が付けば良かった、聞かせてあげればよかった。

 

「死んで……たまるかァア!」

 

 此処で衛宮士郎が死ねばイリヤにまた失わせる事になる、泣かせてしまう。

 それは出来ない。

 

 許せない。

 

 何故なら衛宮士郎にとってイリヤは“大切な家族”なのだから。

 

(投影ーー開始!)

 

 赤い槍は既に目の前に迫っている。

 強化した服程度では防ぐ事など出来はしない、避ける事などこの怪我では叶わない。

 ならばーーー防ぐ事の出来る物を造り出せば良い。

 

 激鉄が落ちる。

 魔術回路へ魔力を流す、イメージするのは先ほど見た双剣。最初に見た時から妙に心を捉えて離さないあの双剣。

 コレならば、あの赤い男がそうしていたように確実に防ぐ事が出来る。

 

 だがーーー

 

(……無理……だ……!)

 

 無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ!!

 

 衛宮士郎ではあの剣を造る事は出来ない。

 想像理念も、基本骨子も、構成材質も、製作技術も、成長経験も、蓄積年月も、何もかもが今まで造り出してきた全てを凌駕している。

 コレに比べれば今までの投影は児戯に等しく、例え造れたとしても決定的に破綻するだろう。

 投影した双剣も、魔術回路も、衛宮士郎という存在も。

 

(出来……な……)

 

 昨日まで行ってきた努力は無駄だったのか?

 コレは自らの本質から目を逸らした事に対する報いなのか、誰かを……家族を幸せにするという夢を見てしまったからなのか?

 自分が生き残る為に沢山の人達を見捨ててきた浅ましい衛宮士郎には最初から無理な話だったのか。

 

 

 

   シロウは死なないよね?

 

 

 

(……何を、余計な事を、考えているーー!)

 

 凌駕する。

 

 そう、昨日までの衛宮士郎には出来なかった。それは事実だ、ならば凌駕すれば良い。

 昨日までの自分を……1分前の……一瞬前の……明日の自分すらも! 今までの全てを凌駕し尽くし、造り出せばいいだけの話だ。

 

 眠っている全ての魔術回路を叩き起す。

 ショートし始めた回路を無視して双剣の設計図を構築する。

 

 想像する、創造する。

 

 そうだ、出来る筈だ。

 

 難しい筈はない。

 

 不可能な事でもない。

 

 もとよりこの身は、ただそれだけに特化した魔術回路ーーーー!

 

 

 

「っらぁぁぁあ!!」

 

 ガキィン!

 

 甲高い音と共に赤い槍は弾かれ“双剣”は砕け散った。

 酷い出来だった、今まで投影した中でも下から数えた方が早い程の失敗作。

 満足に打ち合う事も出来ず呆気なく破綻しーーーそれだけで充分だった。

 

 僅かに浮かんだ男の驚愕、有り得ないモノを見た時に感じる思考の空白。虚。

 本来ならばこんな事は起こり得なかった。男にとって士郎が敵はおろか獲物にすら足りなかったから起こり得たまさかの事態。

 窮鼠が猫を噛むよりも有り得ない事態に生まれた一瞬の、それでも一瞬でしかない隙。

 

(こ、こ、だーーー!)

 

 その隙に右足へ魔力を流し込み跳躍する。

 勢い良く窓ガラスをブチ破り空中へと飛び出した。強化失敗、折れているーーー知った事ではない、あのままでは殺されていた。

 

 下を見る……高い、高すぎる。

 

 このままでは落下して死ぬ、良くても更に他の骨が骨折して動けなくなる。

 

 ならば、動けるようにすればいい。

 

「同調、開始!」

 

 肉体を魔力で強化するのは、柔らかな風船の入れ物に角張った石を幾つも詰め込むようなモノだ。

 上手く入れなければ形は歪み、多くても歪み、遂には破裂してしまう。

 

 ああ、なら簡単な事だった。

 

 風船に入れるから耐えられず、歪み、壊れるのだ。

 ならば、剣にすれば良い。

 

 剣で作った入れ物に石を幾ら入れたとしても、壊れる道理など存在しない。

 

 そうだ、身体が剣で出来ていれば良い。

 

 ギシギシギシギシ……。

 士郎の肉体、その内部で金属が擦れるような音がした。脇腹の傷や足の中を見ている者が居れば気付いただろう……いくつもの剣が折り重なって生えていく事に。

 

「ッハァ!! いっ、……」

 

 今までに無い会心の強化の手応えのお陰で、無様に地面に叩き付けられた身体を何とか保護してくれた。

 即座に双剣を投影し直し後ろを振り向き身構える。

 蹲っている暇は無い、まだ何一つ状況は好転していない。

 

 しかし、追い討ちを掛けてくると思っていた男は士郎に追い縋ってはいなかった。

 それもその筈、運よく攻撃を躱わせただけの存在よりも、己の首に届き得る力を持った相手に意識を向けるのが自然の道理だ。

 

「チィッ! もう追い付いたかアーチャー!」

 

 士郎が不出来な双剣で赤い槍を吹き飛ばした瞬間、その男もまた一瞬の隙を突いて斬り掛かっていた。

 肩への傷、深くは無いが決して浅くも無い。

 

「マスターの命令でね、アレを貴様に殺させる訳にはいかないのだよランサー」

 

 先程まで青い男ーーランサーと闘っていた赤い男ーーアーチャーが争い始めた。

 何度か切り結び、一方的に大きく間合いを広げたランサーは溜め息を吐き諦めの意思を見せる。

 

「ケッ! 戻って来い、だとさ。つーワケだ小僧! 命拾いしたなオイ」

「逃がすと思うのかね?」

「ああ、見逃してやるって言ってんだよアーチャー。お前とあの小僧の命預けておいてやる。次はその命、必ず貰い受ける」

 

 去っていくランサーとその姿を油断なく見送るアーチャーの背中、完全に姿が見えなくなった所で士郎は構えを下げ膝から地面に崩れ落ちた。

 

 生きている。

 

 それを認識しーー完全に緊張が解ける。

 脳が焼けるような痛みを今更ながら感じる、全身に広がっているこの痛みと脱力感に抗えず気絶してしまいそうになる。

 が、既のところで堪えた。

 

「イリ……ヤ、心配……してる、か、な……」

 

 早く帰るという約束を破ったばかりにこんな目に合ってしまった。

 死んでいないだけマシだが、こんな状態を見られたら何て言われるか分かったものではない。

 結局は泣かせてしまう。

 

 投影したままの双剣を杖代わりに立とうとするが、足元が覚束無い。

 足が折れていた事を思い出し殊更ゆっくり、ゆっくりと立ち上がりーー赤い少女が目の前に居た。

 

 

 

「衛宮くん……」

「……遠…さ…か?」

 

 見間違いでは無かった。

 アーチャーとランサーの戦闘、その傍らに見た事のある少女が居た気がして。

 そしてそれは、見間違いではなく遠坂凛という同級生の少女にしてーーーこの地の管理者だった。

 

「はぁ。一般生徒が襲われてると思ったから助けたのに、まさか衛宮くんだったなんてね」

 

 高潔な意思を感じさせる瞳を持つ、イリヤ曰く“最も魔術師らしくない完璧な魔術師”の少女。

 そうと知らなければ士郎は全く気付かなかっただろう。優等生を演じる少女の猫を。

 切嗣が存命の頃に初めて会ってから今日まで、特別な交流は無かったが知らない仲では無い少女が目の前に居る。

 あんな殺し合いの場に、居た。

 

「何で……遠坂、こん……な……ところに」

「……アナタではなくお姉さんの方だとばかり思っていたけど、そう。そう言う事ね……でも何でアーチャーの……サーヴァント…………」

「……? おーい、遠坂……?」

 

 考え込むと周りの声が耳に入らない悪癖を持つ少女ーーー凛はブツブツと、士郎を無視してひたすら思考に没頭し続ける。

 その間も震えながら何とか立ち上がった士郎は、手にしていた双剣を思い出し急いで破棄した。

 あれ程切嗣に“他人には見せるな”と言われていたのをすっかり忘れてしまっていた。

 

「……ん。オッケー、いいわ。それで衛宮くん? 参加者であるアナタに言うのも何だけど、今回の事は貸しにしておいてあげるわ」

「貸し……って?」

「ああ、誤解しないでよね。安心なさい、手を抜く必要は無いわ。戦争(コレ)はコレ、貸しは貸しで別問題だし。

うん、衛宮に貸しを作るって事は私にとって損ではないもの。ふふ、ふふふふふ」

 

 にっこりと微笑む凛の顔はとても可愛らしい筈なのだが……猫の奥に潜むあくまを知っている士郎にとっては、先ほどのランサーという男よりもある種の恐怖を感じさせる。

 

「いいのかね、追わなくて」

 

 何時の間にか傍らにアーチャーと呼ばれた男が居た、咄嗟に身構えようとしてーー尻餅を着いた。

 そんな士郎の姿を見て凛はより一層の笑顔を見せる。そのまま口を開こうとしとしたその時、甲高い音が迫って来ているのをこの場の誰もが耳にした。

 

 誰よりも早く、その音の正体に気付いた士郎が校門の方を振り返ると「シロウーーーー!!」ベンツが空中を飛んでいた。

 

「なーー?」

「凛、下がれ!」

「ちょ、待ちなさーーキャッ!?」

 

 放物線を描くように閉鎖されている門を飛び越えて着地したベンツは、そのまま流れるように慣性ドリフトをしながら士郎達の元に迫って来た。

 妙に渋い劇画調な顔をしながらハンドルを巧海に……いや巧みに操り、動けないで呆然としていた士郎の直前でピタリと停止した。

 

「ジロヴぅーー!」

「イリ、ヤ……ぁあぁっ?!」

 

 扉を開け勢い良く飛び出してきたイリヤに抱き着かれ、それを優しく受け止めようとした士郎の全身に激痛が駆け巡り痺れた。

 あまりの激痛に身を悶える士郎に気付く事も無く、グイグイと締め付けるイリヤの抱擁は一切弱まること無く血で汚れていたシャツの上に涙の跡を残した。

 

「バカ! あれ程早く帰りなさいって、言ったじゃない!」

「……ゴメン」

「バカ、バカ……ううぅううぅうぅ!!」

 

 バシバシと胸を叩かれとても痛い……体では無く心が痛む。されるがままにイリヤからの愛情表現を受けながら、頭を優しく撫でる。

 生きていて良かった。

 こうして生きているから、イリヤを慰める事が出来る。あの日のように。

 

「……ゴホン。ゴホン、あーごほんっ」

 

 わざとらしい、本当にわざとらしく咳き込む声が響く。

 いっそ清々しい迄にわざとらしいその咳き込む声は、感動の再会を始めて2人だけの世界を作り出していた士郎とイリヤが気付くには少し弱かった。

 ビキビキ。

 まるで血管が何本か切れたような変な音がした。

 

「あー……いいかしら、そこのお2人?! ねぇ、聞いてるの…………ちょっと! 何か言いなさいよね衛宮姉弟!!」

 

 ガーっ! と叫び出した凛の声に、士郎の胸の中で顔を埋めていたイリヤは渋々と言った感じで立ち上がり凛へと顔を向け恭しく挨拶をした。

 その表情は、先程までの家族を思う暖かさは微塵も感じさせない。

 笑みを浮かべてはいるものの冷たい魔術師然とした顔だった。

 

 まあ、泣いていた所為で頬が赤いので雰囲気は台無しだったが。

 

「ーーあら、居たのリン?」

「えぇ居ましたわ衛宮さん」

「そう、居ただけみたいね。使えないわ、この土地の管理者は庇護者を満足に護れないようね?」

「……お言葉ですが、私と私のサーヴァントが居なければ衛宮くんは死んでいましたわ。貸し1つ、という事ではありませんか?」

「は……? 本気で言っているのかしらリン、貸しならコチラの方が遥かに多いわ。そちらへの貸しは、何時になったら返してくれるのかしら?」

「ーーーー!」

「ーーーーーー!」

 

 

 

「はぁ……」

 

 互いに笑みを浮かべながらニコやかに話しているのに、周囲の温度が下がった様な気さえする。

 そんな2人を士郎は、少しだけボヤッとした頭で眺めていた。抱き締めながらさり気なく施された治療魔術と魔術回路への干渉で全身の痛みは気にならないレベルにまで収まった。

 相変わらずの実力に感心するばかりだ。

 

「…………」

「……?」

 

 凛とイリヤ、互いに冷静に振る舞えていたのは最初だけで今や激しい舌戦へと変貌した“話し合い”を士郎以外に眺めている男が居た。

 アーチャーと呼ばれた男、殺し合いをしていた片割れ。あの双剣ーー干将・莫耶ーーの持ち主。

 最初は気付かなかったが、この男を見ていると妙な感じがする事に気付く。

 

(遠坂の話だと……俺を助けてくれた、んだよな?)

 

 それは別に“イヤな感覚”では無かったが、まるで何処かで出会った事がある様な……知らない筈なのに知っている、そんな妙な感覚。知人のような他人の様な。

 そう、誰かに似ているのだ。

 

 まだ上手く動かない足を引き摺りながら、アーチャーの傍へと歩いた。

 アーチャーは2人をずっと眺めていて気付かない、いや気付いていて反応していないのか。士郎には判断が付かなかった。

 

「なぁ、あんたーーーアーチャー、でいいんだよな?」

「……ああ」

 

 士郎の方を一切向く事なく、返事と溜め息とも判然としない反応。ムッとするーーー事もなく、士郎は深々と頭を下げた。

 

「ありがとう、アーチャー。あんたのお陰で助かった」

「…………」

 

 その言葉がよほど意外だったのか。

 弾かれるように士郎の方を振り返ったアーチャーの顔に浮かんだのは、見間違いでなければーーー失望。

 それは士郎に対しての感情ではなく、己の内へと向けられた感情。

 そんな風に見えた。

 

「ーー気にするな。凛はああ言ったが、お前が生き残ったのはお前自身の力だ。私は間に合ってはいなかった」

「……? そう、か。それでもだ、ありがとう。イリヤを悲しませずに済んだ」

「イリヤ……か」

 

 それっきり目と口を瞑ったアーチャーの体からは、何処か他人を拒絶するような雰囲気がした。

 間違いない、と思える。

 他人の機微をこんなにも明確に確信できるのは初めての経験だった。

 

 

 

「シロウ!」

 

 何時の間にか話が着いていたようだ、難しい顔をした凛と少し勝ち誇ったような顔のイリヤ。

 勝敗は明らかだった。

 

 と思ったものの、どうやら少し様子が違った。

 ブツブツと、またしても考え込む凛。その顔に浮かぶ表情は複雑過ぎて読み取れない。

 その点イリヤの感情は明確だ、小走りで士郎に近付き思いっきり抱き着く。

 やはり、まだ少し痛い。

 

「シロウ、突然だけどリンを家に招待したわ。帰ったら何か作りなさい、いいわね? 答えは聞いてないわ!」

「……なんでさ?」

 

 綻ぶような笑みで、イリヤは決定事項を通達した。

 

 

 




シリアスさんお疲れ様でした、次回からは出番ないですー。にぱー。

ダラダラと書いても仕方が無いのでキュッとコンパクトに戦闘回とシリアスとか諸々を纏めました。
さぁて次回からは士郎くんの料理による戦闘(?)の始まりです。

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