陽月学園の学園祭、陽月祭が開催された。
寄り添いあうテイルレッドとテイルブルー、二人を抱えるテイルミラージュのツインテールを模したアーチを抜ければ、校舎の屋上から吊るされたツインテイルズ全員を描いた壁画が来場者たちを出迎える。
もっとも、レッド、ブルー、ミラージュとメガ・ネプチューンが面積の大半を占め、イエロー、サンダー、ブラックは端の方に追いやられているし、存在が周知されているはずの仮面ツインテール1号2号は描かれてすらいないのだが。
そんな扱いに若干へこむトゥアールを憐れみつつ、総二たちはスケジュール確認を行う。
慧理那と尊たちは校内の見回り、総二たちは午前中1-Aの占いの館とツインテール部の展示を順番に担当しつつ、交代でフリーになる午後はペアで出し物を見て回り、三時からは体育館で全校生徒が集まるメインイベントに参加するという流れだ。
校庭に居並ぶ屋台の全制覇を狙う愛香、学園祭って初めてですと総二にしなだれかかるトゥアール、来賓として来てくれるであろう恋香や結維とどのように校内を回ろうか思案する結。
それぞれの想いを胸に、陽月祭が始まる。
「女子は全員コスプレだよ!」
「二人はうちのクラスの二枚看板だから、しっかりよろしくね!!」
準備中のクラスメイトに着替えさせられた愛香とトゥアールは、揃いのウェイトレス姿で客寄せを任される。
普段ツインテイルズツインテイルズとやかましい男子たちも、美少女クラスメイトの新鮮な装いに歓声を上げ視線を釘付けにされていた。
「お邪魔しますわ皆さん。とても盛況のようですわね!」
開場から一時間ほど過ぎた頃、生徒会の見回りで尊を伴ってやってきた慧理那は、盛況な様子の占いの館に顔をほころばせる。
タロットや水晶などの定番の物だけでなく、ツインテイルズ占いや乾電池占いに美少女フィギュア占いなど様々な個性的な占いに目を丸くする慧理那。
意を決して、名前を伏せて結維との相性を占ってもらおうとしたその時、入り口からぞろぞろと神堂慧夢理事長、観束未春に津辺恋香、当の長友結維に尊の新たな家族である穂村時雄、あけみの親子がやってきたのだった。
「観束の母ちゃんすげえ美人じゃねえか!!」
「津辺の姉さんも……つーか長友の彼女だったわクッソうらやましいぞ!!」
「長友の妹カ゛ワ゛イ゛イ゛~~~~!! うちのと交換してくれええええ!!」
「桜川先生の旦那さん!? 娘さん可愛い~~~~!!」
それを見たクラスメイトたちは、口々にツインテール部の家族の容姿を羨むやら歓声を上げるやら、尊の夫と義理の娘にも温かい視線を向ける。
高校生のお姉さんたちにキャーキャー言われて囲まれるという慣れない状況に、内気なあけみはタジタジとなって結維の背中に隠れてしまう。
『あら~~~~』
その姿を見て、女子たちは揃って顔を緩ませた。
「尊や結維さんからあなたのことは常々聞いておりますが、直接会うのは初めてでしたわねあけみさん、わたくし神堂慧理那と申します」
「はい! 穂村あけみです慧理那おじょうさま!!」
「まあ、そんなに緊張なさらないでくださいまし」
義母の仕える相手を前に、ガチガチに硬くなってしまったあけみの手を握り、慧理那は優しく落ち着かせる。
「尊の娘ならわたくしの妹も同然、お姉さんだと思ってくださってよろしいのですよ?」
「わたくしのことも、祖母だと思って構いませんのよ?」
慧理那お嬢様をお姉さんはまだしも、さすがに理事長先生をおばあちゃんだなんて呼べない。
ひょっこりと現れた慧夢の言葉に恐れをなしたあけみは、セレブのオーラを避けるように再び結維の背中へ身を隠す。
「大丈夫だよあけみちゃん――――お手、お代わり、三回回ってワン! よ~しよしよし……ほ~ら怖くない怖くない」
当たり前のように住む世界が違うはずのセレブ母子を犬扱いする友人と、言われるがままにノリノリで芸をする理事長たちの姿に、あけみとクラスの生徒たちは目を見開いて視線を結維と神堂親子の間で往復させた。
「会長と理事長があんなことを!?」
「まさか会長の好きな人って……」
「母娘丼……だと……!?」
「長友妹ォー! このような場所で奥様とお嬢様になんて真似をー!!」
「尊さんステイ! ステイ!!」
結維に襲い掛かろうとする尊とそれを止めようとしがみつく時雄、このことを知っていたのかと結に群がり問い詰めるクラスメイトたちによって占いの館は混沌と化した。
保護者達はそれを微笑ましく見守り、あけみは現実から目を背けた。
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「ひどい目にあった……」
「まったくね……」
どうにかクラスの当番をやり遂げた俺と愛香は部室を結たちに任せ、屋台の完全制覇帰りにベンチに腰掛けて一息ついていた。
愛香の指の間に挟まれていたフランクフルトやアメリカンドッグをはじめとする串ものも今や無く、たこ焼きなどのパックものも風前の灯火だ。
俺も愛香ほどではないが、祭りの空気にあてられて買い込んだ品々で腹を満たしている。
傍らの屑籠へゴミを放り込み、立ち上がった愛香のツインテールが物欲しそうに揺れ、陽光を反射して蠱惑的な光を放った。
頬を染め手を握り指を絡める愛香の視線は恥ずかし気に反らされているが、ツインテールはとても正直にこちらへと気持ちを伝えてくる。
「じゃ、行こうか……」「……うん」
これからのことを想像し、顔から火が出そうになるのを必死に抑え、俺たちは校舎内の人気がない場所を目指して歩みを進めた。
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「それじゃあ愛香」「行ってきますね♥」
部室で待っていると順番が来たので、総二とトゥアールを送り出したあと、俺は苛立ちを隠そうともしない愛香に渡すものを渡し、受け取るものを受け取る。
そして愛香が担当するはずだった受付当番の代理を快く引き受け、勇んで二人の後を追ってゆく彼女を見送った。
我らがツインテール部の展示は手前味噌ながらなかなかの力作ぞろいだ。
来訪した生徒や外部からの来場者も、タイプも様々な美少女たちの生き生きとした姿に目を剥き、帰り際に提示したブロマイドを次々と買ってゆく。
中でも人気だったのが、会長とソーラのツートップだ。
中には、一度何も買わずに立ち去った男子小学生がこっそり戻ってきて結維のを購入する微笑ましくも申し訳ない光景も。
「……あいつも罪な女だねえ」
結維が居た時には言い訳がましく立ち去り、不在時を狙って戻ってきたということは初等部のクラスメイトか同級生辺りなのだろう。
散ることが確定している幼い恋へ、十字を切って追悼の意を捧ぐ。
なお、いつぞやの文芸部部長火浦弾児先輩も、挙動不審にやって来て恋香さんと会長の二枚を買っていったことは胸にしまっておくことにする。
しばらくしてスッキリした顔の愛香と申し訳無さそうに目を伏せる総二、泣きべそをかいたトゥアールが帰ってきたが、俺は何も見なかったことにした。
三時になり、体育館でのメインイベントが開幕する。
軽音楽部が、演劇部が集大成を披露し、観客を大いに盛り上がらせた。
そして満を持して現れたサプライズゲストを、スポットライトが照らし出す――――
「陽月学園高等部のみんなー! スペシャルゲストの善沙闇子で~す!!」
世界的眼鏡アイドルの登場と、彼女の相棒メガネドンがヒレで掻き鳴らすエレキギターの生演奏に、爆発したように沸く観客。
イースナは、お便りをもらってこの文化祭へやって来たそうだ。
そういえば彼女がレギュラー枠で出ているバラエティー番組に、サプライズで学校を訪れるコーナーがあったな。
なるほどこれはそういうことか……
そして突然のサプライズに準備の出来なかった生徒が、自らの備えの甘さを悔やむ声がそこかしこから聞こえる。
「くそお……サイリウムも何も持ってねえ……!」
「レッドたんの剣型とブルーたんの槍型、ミラージュさんモデルはいつも持ち歩いてるから不足はねえぜ……!!」
そんな彼らを他所に、熱く盛り上がる会場に鳴り響く善沙闇子の最新ナンバーに、俺は完全武装で立ち向かう――――!!
「おいあれ見ろ……」「長友パネェ……!!」
「ハイ!ハイ!! ――――フーフー!!」
腰の四次元ポーチから取り出した法被を羽織り、すべての指に色違いのサイリウムを挟んだ俺は先陣を切って舞い、コール&レスポンスに声を張る。
間奏の間ドラムを叩き、シンバルへ蹴りを入れ、所狭しとステージを跳び回るメガネドン。そしてヒレと手をつなぎ、フィギュアスケートのようにくるくると回る二人の姿に俺は胸を熱くした。
メガネドン登場以来、今まで披露されたことのなかった母子のように仲睦まじいダンスパフォーマンス。
眼鏡への愛を遍く広め、世界に轟かさんとした彼女たちに沸いた観客が、初秋の体育館を真夏の熱気に包み込み、僅か三曲のミニライブは大成功で幕を下ろした。
フェードアウトした彼女たちへ、俺たちは万雷の拍手と歓声を止むことなく送り続けた――――
この輝きを、俺たちツインテイルズは決して奪わせたりしないぞ!!
来るなら来い、
短めですがこの辺で。