俺、総二と愛香が大好きです。   作:L田深愚

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この作品では死の二菱本隊は来ません。


第四十八話「トップは誰だ!? ツインテールの体育祭」

『────トゥルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥエンダァァァァァァァァァァァァァ!!』

 

 大ホールのスピーカーから、裂帛の叫びが響き渡る。

 大音声と共に剣を振り降ろしたのは、宿敵ツインテイルズの一人テイルミラージュの新たな力、キングミラージュ。

 斬り伏せられたのはアルティメギル四頂軍の一角、美の四心(ビー・ティフル・ハート)の隊長代理にして、この世界を攻略する混成部隊を束ねていたスタッグギルディの最終闘態、タイタンギルディ。

 支えとして振り仰ぐべき隊長が、奮闘空しく白亜の巨神キングミラージュに一刀両断され、富士の裾野で盛大に討ち死にする映像を目にし、混成部隊の隊員たちは通夜のような沈痛な面持ちで皆一様に押し黙った。

 そんな静寂を打ち破るように、大ホールで進行役を務めるスパロウギルディのもとへ通信兵からの艦内電話が入る。

「……一体なんだ?」

『スパロウギルディ殿、ビートルギルディ様が向かわれた世界からの緊急電にござる! 受信した映像をそちらへ転送いたしますのでしばしお待ちを!!』

「なに、ビートルギルディ様の!? よし分かった」

 程なくしてモニターの映像が切り替わり、再生されたビデオメールが隊員たちの目を驚愕に見開かせた。

 

『────コズミックッ! ジャッジメントオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 そこに映し出されていたのは、要塞の如き進化を果たした向こうの世界のテイルイエロー・アブソリュートチェインが、こちらの脱衣イエロー以上の肌色全開な姿となり、黄金に輝く巨大な最終闘態、ヘラクレスギルディと化して立ちはだかるビートルギルディを、地上から天へ逆さまに迸る雷光のように、遥か大気圏外へと蹴り上げる姿だった。

 数十秒後に確認された爆発から、もはや彼の最期は確実と言える。

 

 つい先ほどまで心の片隅で、彼らは思っていた。

 スタッグギルディ様が倒されても、ビートルギルディ様がいる。

 向こうの世界のツインテイルズを打ち負かし、凱旋してきたあのお方が必ずやスタッグギルディ様の仇を取ってくださる、と。

 だが冷たい現実は、そんなささやかな夢想すら許してはくれない。

 美の四心、完全壊滅。アルティメギルが誇る四頂軍の一角が、完膚なきまでに崩れ去るという衝撃映像が、スタッグギルディを失ったばかりで傷の癒えぬ彼らの心に非情な追い打ちをかけてゆく。

 長年連れ添ったドラグギルディを始めとして、タイガギルディ、リヴァイアギルディ、クラーケギルディ……そしてスタッグギルディという、もう会うことさえ出来ぬ名だたる猛将たち。

 そして戦場で勇敢に戦い散っていった、数々の戦士たちの最期の背中を見送って来た老参謀スパロウギルディは、苦楽を共にしてきた同胞たちを前に苦渋の決断を迫られた。

 

「────この世界から、撤退する」

 

 努めて感情を押し殺し、冷徹に放たれたその言葉に気圧され、隊員たちは座してなお後ずさりしかけながらも反論する。

 ツインテイルズのツインテールを奪えぬまま撤退するくらいなら、最後の一兵まで戦い抜きましょうぞ! と気炎を上げる隊員へ、スパロウギルディは厳しく言い返した。

「幹部の御方どころか、四頂軍ですら止められぬほど戦力を増したツインテイルズが、今や6人……いや、7人だぞ!? スタッグギルディ様も、ビートルギルディ様でさえ真っ向から敗れた今、誰がどうやって彼女たちを止められるというのだ!?」

 その言葉に何も言い返せず、意気消沈してゆく隊員たち。

 反論するだけなら簡単だ。しかしスパロウギルディにそんな決断をさせてしまったという後ろめたさが、急速にその思いを萎えさせてゆく。

「全ての責は私が負う。どうか……ツインテイルズは諦めてくれぬか……!!」

 侵略価値が失われて退却するならまだしも、究極の組織(アルティメットギルド)としてその名を轟かせるアルティメギルが、世界の守護者を前におめおめと尻尾を巻いて敗走するとは前代未聞の醜聞。

 偉大なる首領がこのことを知れば、扇動した兵は如何なる重く厳しき処罰を受けることか……

 

「私は、断固反対です……!!」

 

「ス、スワンギルディ……!!」

 悲痛な沈黙を破ったのは傷だらけの若き戦士。スパロウギルディもよく知るドラグギルディ部隊の俊英、スワンギルディだ。

 恩師ドラグギルディの仇を討つため、修行の末にテイルレッド、テイルブルーとの決闘に出たがレッド一人に敗北し、いざ介錯と言う段になって、横槍を入れてきた無粋な他組織ナイチンゲイルのせいで死に時を逃し、今日まで更なる厳しい修行を積み重ねてきた男。

 スパロウギルディは、ドラグギルディが目を掛けていた若者が死地へ赴くのを良しとせず、考え直すよう説得しようとしたが、彼の意思は頑として変わらなかった

「スパロウギルディ殿……私はドラグギルディ様たちの仇を討つために、ツインテイルズへ自身の看護服属性(ナース)の全てを叩き付けてやるために今日まで修練を積んできました。それなのにこの世界から逃げ出してしまっては、全てが無駄になってしまう……! 私だけなどと図々しいことは申しません。お願いします、どうか彼女たちとの戦いを本気で望んでいる者だけでも出撃させてください! でなければこの艦を離れ、独自の勢力を立ち上げてでもツインテイルズを討ちに行く所存です!!」

「スワンギルディよ……お前はそこまで……!!」

 息子か孫のように思っていた若武者の悲壮な決意に、老参謀の心は千々に乱れ張り裂けんばかりである。

 

 ────パチ、パチ、パチ。

 

 不意に、大ホールに拍手が木霊した。

 席に着く隊員たちか? と見渡せば、あろうことか先程まで姿かたちも無かったはずの、漆黒のフードを被り同色のマントで全身を覆い隠した集団が壇上に忽然と現れていた。

「白鳥の騎士よ、君のその気持ちは我ら全員、痛い程理解できるぞ」

「な────何奴!?」

「馬鹿なッ! 我等に気配すら感じさせずに現れただと!?」

 誰もが目を疑う異常事態に、警戒心もあらわにスワンギルディが剣を抜く。

「まあまあ、そのように警戒しないでくれ。我々は敵ではないよ、アルティメギルの同胞たちよ……」

「ど、同胞……? いったいどこの部隊の者か?」

 まさか新たな四頂軍が増援として来てくれたのか? とざわめく隊員たちを他所に、黒フードの集団は高らかに名乗りを上げた────

 

「我らは無限の円環(アイン・ソフ・オール)! かつて闇の処刑人ダークグラスパーによって、日陰へと追いやられた至高の属性、眼鏡属性(グラス)の軍団なり!!」

 

 四頂軍でも侵攻軍でもない(ゼロ)の部隊────神秘のヴェールに隠されたその闘志、文字通り無限大────!!

 

□□□□

 

 陽月学園高等部の体育祭。登壇台の上で小さな身体をうんと伸ばして行われる、スポーツマンシップ溢れる神堂慧理那会長の選手宣誓に聞き入る生徒たちは、グラウンドで整列しつつその内に活力を燃やしている。

 かく言う俺たち、ツインテール部メンバーもその一角を成していた。

 総二と愛香は昔から体育祭に燃えるタイプだし、俺も道場に通い、身体を鍛えるようになってからは競い合う楽しさを充分満喫している。

 登壇した神堂慧夢理事長による生徒たちへの激励。そして入れ替わりに登った桜川尊先生が、全校生徒へ高らかに宣言した。

「────私は昨日、二九歳になると共にプロポーズを受け、婚姻届へ念願のサインをしてもらった。明日の朝、役所が開き次第相手の男性と二人で提出に行く予定だ」

 スピーカーから流れるその言葉を、今まで彼女の婚姻届から逃げ惑っていた生徒たちは理解できないでいたようだったが、しばらくしてようやく脳が理解するや、爆発的な歓声が青空へ響き渡った。

「先生おめでとう! お幸せにー!!」

「やっと婚姻届の恐怖から解放されたぞー!!」

 その祝福ムードたるや、教師の中にはハンカチで目元を押さえている者も居るくらいだ。

「祝福の言葉、ありがとう。絶対に先生は幸せになるぞー!!」

「なんてめでたい日なんだ! こうなったら今日の体育祭は、俺たちの頑張りを先生に捧げようぜ!!」

 拳を天高く振り上げての雄々しき結婚宣言と共に降壇した桜川先生。その背中に生徒たちの言葉がいつまでも投げかけられていた。

 

『放送席~放送席~マイクチェックで~す』

 グラウンド全域をカバーするスピーカーから、校舎側のテントに陣取った体育祭実行委員のどこか聞き覚えのある声が響く。

『体育祭の放送席からは私、前生徒会長の妹の牧須都波がお届けしまーす』

 コミケで会ったあの前生徒会長の妹さんか……先日は、うちの妹と恋香さんがお姉さんにご迷惑をおかけしました。

 体育教師だから実行委員としても参加しているのだろう。テントの中に待機する桜川先生の姿を尻目に、俺と総二は第一種目の徒競走へ参加するべくトラックに脚を進める。

 陽月学園の体育祭は、数種類の必須種目を除けば参加自由。先着順の規定人数へ潜り込めれば、このように同クラスの対決も可能なのだ。

「あんたたち、どっちも頑張りなよ? そーじが本気になったらすごいって、あたしが一番よく分かってるんだから」

 移動中に愛香から声を掛けられ、俺たちは互いに笑みを浮かべる。

「んなの俺だって知ってらあ……そう簡単には負けてやらないからな」

「それはこっちの台詞だ、お互い全力で行くぞ」

 軽口の後に拳を打ち付け合い、位置に着く。

『第一種目はシンプルな徒競走ですが……なんといっても注目は、公認で両手に花を実現している校内でも有名なツインテール好きの観束総二君! そして入学当初は太っていたのに、夏休み明けにはすっかり痩せてムキムキになっていた長友結君! 彼はいったいどんな一夏の経験をしてしまったというのか!? 先程のやり取りといい、親友同士の対決によだれが……もとい興奮が収まりません!!』

 陽気なアナウンスが、秋のさわやかな風と共に対極的な腐敗臭を運んでくる。

 おまえもかブルータス。

 スタートと同時に、俺たちは互いの存在以外を意識の外へ追いやると、一陣の風となってトラックを駆け抜けた。

 抜きつ抜かれつのデッドヒートの末、ゴールテープを切ったのは────

『同着、引き分けでしょうか……いえ、今写真判定が来ました! 結果は僅差で観束総二君が一着です!!』

 いい勝負だったな、総二……! たまに組手をするくらいで、なかなか競い合う機会なんて巡ってこないから、真剣勝負は本当に貴重だ。

 総二の勝利を称える愛香と、トゥアールの姿も眼福だしのう。

『続いて二組目、注目選手は銀髪巨乳の観束トゥアールさん! 先程の観束総二君とは親戚で、彼女の一人だそうです! 今スタート位置に着きました、体操服の上から白衣を羽織っています!!』

 トゥアールはめっちゃ乳を揺らしながら一着のフラッグを勝ち取った。

 嬉しそうに計算されつくした乳揺れを自慢しながら、トゥアールが総二へ駆け寄った。クーパー靭帯にもダメージは無いらしい。

 なんだかエレメントギアの胸部に仕込まれた、クーパー靭帯を保護しつつ計算されつくした乳揺れを誘発させる繊維状フレーム、ブレストスウェイアーを思い出す。

 競技は男女交互のため、三組目の男子が終わった後に、満を持して四組目の愛香の出番がやって来た。

『先程の銀髪巨乳さんを肉体言語で制裁している姿が目立つ、観束総二君の本妻、津辺愛香さん! 身体能力は折り紙付きでしょう。いやー、それにしてもびっくりするくらい胸無いですね!!』

 愛香は惚れ惚れするように綺麗なフォームでトラックを駆け、ツインテールを風になびかせながら、後続にトラック半周分と言う圧倒的な大差をつけて一位をもぎ取ると、そのままノーブレーキで直角に曲がり(ビッグベンエッジを決め)、放送席のテントへ突っ込んだ。

『わー! 愛香冗談! うそうそ! お助け────!!』

 どうやらクラスは違っていても愛香の友人だったようだ。他の人はトゥアールと違ってか弱いんだ。ちゃんと手加減してやれよ?

 幸いと言っていいのか、時計塔の鐘が惨事をお知らせすることは無かった。

 そうこうするうちに徒競走が二年の組に移り、一際大きな歓声が上がる。会長の順番がやって来たのだ。

 体格のせいもあり、走り始めは他の生徒たちに大きく離されていた彼女だったが、突然目に見えてスピードが上昇した。

 何事かとその先を見てみれば、ゴールの向こう側に並ぶ植林歩道の木陰に首輪を持ったサメの着ぐるみが。

 メガネドンではない。もっと小さい別の何かだ────中身が結維だということだけは着ぐるみを脱がせなくてもはっきりとわかる。

 ビリからの見事なごぼう抜きで一着を勝ち取った会長は、主人を見つけた犬のように木陰の子サメに飛びこんでゆく。

 

 お次の種目は障害物競走だが、俺たちの順番は結構後の方だったので、謎のミニメガネドンが何なのか訊きに行くことにした。

「あ、結、さん……」

 木陰には案の定、紺ジャージを纏うイースナの姿もある。

「これ……メガネドンの派生キャラの、コメガネドン……本当はロボットを製作する予定でしたが、最近は工房が立て込んでいるので中の人代理として、結維さんにテストを頼みました……痛い!」

 すぱん! と小気味よい音を立ててイースナの頭がヒレで叩かれた。着ぐるみの頭を外して現れたのは、汗を滲ませて眉間にしわを寄せる結維だ。

「ちょっとイースナちゃん? これ、めっちゃ暑くなってきたんだけど。ほんとにちゃんと人が着れるように作ってあるんでしょうね?」

 昔ならいざ知らず、最近の着ぐるみは目立たないところに通気口が開いているはずだが、コメガネドンのどこにもそんなものは見当たらない。

「…………てへ❤」

 てへぺろこつーん♪ とウインクしながら自分の頭を叩き、可愛く舌を出してごまかすイースナを、我が家の悪魔は許さなかった。

「お前もコメガネドンにしてやろうかああああああああ!?」

 着ぐるみを脱ぎ捨てTシャツハーフパンツ姿になった結維に捕えられ、イースナは汗の熱気が残留するコメガネドンへと強制的に騎獣合身させられる。

「ああー! 暑いです、ムシムシします! 眼鏡が曇ります、結維さんの汗の匂いでむせ返りそうです……!!」

「何が汗の匂いよ! 引きこもりのあんたよりはよっぽどいい匂いでしょうが!!」

 体育祭の場外で開催されたJS同士のキャットファイトが、他の生徒に見つからないか冷や冷やもんだぜ……! 俺は後方を絶えず気にしながら、自らの身体で少しでも二人を隠そうと踏ん張りつつ、周囲を見回しておかんに回収を依頼した。

 二人分詰まってパンパンな子サメ着ぐるみは、駆けつけた大きな母サメに抱えられてえっちらおっちら退場してゆく。

 

 等身大フィギュアやら絵柄がプリントされた目の細かいネットやら、ツインテイルズ尽くしの障害物競走で、他の生徒たちがトラップへあえて飛び込んだり気後れして立ち止まってしまうなか、俺も総二もそれぞれの組で難なく一位を勝ち取った。

 愛香だけは、障害物として乱入してきたメガネドンの相手に夢中でビリになってしまったが、久々に歯ごたえのある相手とやれて満足しているようだ。

 

□□□□

 

 ────さて、今大会目玉の男女対抗大綱引きが始まった。

 毎年の体育祭でやる綱引きは、必ず愛香が居る側の勝利で終わっていたが、今年はそうはいかない。

 男女混合のクラス対抗だった今までと変わり、男女対抗となった高等部では愛香に勝利するべく、総二と結は心のツインテールに気合を入れて真っ直ぐ彼女を見据える。

 開始を告げる合図と共に、綱を引く手に全力を込めて踏ん張りを掛けた。

 どうにか男子側が瞬殺されることなく踏みとどまったが、少しでも気を緩めれば確実に持っていかれることは言うまでもない。

 そんな男子の必死な形相とは対照的に、愛香は涼しい顔で綱を握っている。

「……ツインッ! テェェェェェェェェェェェェェル!!」

 均衡が破られそうになった時、結が神仏へ祈りを捧げるかのように叫んだ。

 ────南無、ツインテール大菩薩!

「ツインッ! テエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエル!!」

 負けじと総二も叫ぶ。愛香が呆れたような、可哀想な物を見るような目になった。

「負けていられるか! 俺たちもツインテイルズへの想いを込めて叫ぶぞ!!」

「ツインッ! テール! ツインッ! テール!! ………………!!」

 二人から始まったツインテールの唱和が男子たちへ次第に伝播していき、昔ながらのオーエスは駆逐された。綱を握る愛香が初めて動揺した。

 

「ツ イ ン ッ ! テ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ェル ! !」

 

 ひときわ大きな絶叫と共に、結の纏う全身の筋肉がメキメキと盛り上がり、そのすぐ後方にいた総二は彼の背中に奇跡を見る。

 

 ────結の背中に……ツインテールが浮かび上がっている!!

 

 総二の頬を流れる熱いものが、汗なのか涙なのかも定かでない戦況の中、均衡は遂に破られた。

 結の足が半ばグラウンドへめり込む中、ツインテールの叫びで一心同体となった男子たち渾身の一引きが、無敵無敗の愛香を前方へとつんのめらせたのだ。

 勝利を告げるホイッスルが、秋空へ高らかに響き渡る。

『大綱引きは男子が勝利! ……しましたが何と言えばいいのでしょうか、女子側先頭に居た津辺愛香選手、負けたのに嬉しそうと言うか、雌の面になってます』

「……やっぱりそーじに本気出されたら、敵わないなぁ……❤ えへへ……❤」

 全身から噴き出した大量の汗で体操服をしとどに濡らし、荒い呼吸と共に膝を着いたグラウンドに汗染みを作っている結と、くねくねしている愛香を交互に見やり、総二は「いや、頑張ったのはどちらかというと俺じゃなくて、結の方だろ……?」と届かない突っ込みを漏らしていた。

 空気を読まずにそのことに触れたトゥアールは、地面へ突っ込んだ。

 

□□□□

 

 どうにか弁当は詰め込んだが、予想以上に消耗が酷い。

 体育祭が終盤に突入し、リレーを除けばラス1の借り物競争が始まる中、燃え尽きた俺の体力は目に見えて低下していた。

 だが棄権するわけにはいかない。たとえ結果が振るわなくとも、最後まであきらめずにスポーツマンシップを尽くしてやる。

 総二の番がやって来た。快調な滑り出しと共に、最短距離の左端の紙を拾うとまっしぐらにこちらへ駆け寄って来る。

 俺たちに関係のある何かか? 勇んだ愛香が名乗り出るも、お題はトゥアール関係だったようで、総二は彼女の手を取って駆け出してゆく────ここで予想外のハプニングが起きた。

 総二がトゥアールをお姫様抱っこで抱きかかえ、一目散にゴールを目指したのだ。

 いつもの痴女い振る舞いとは打って変わって動揺し、赤面してなすがままに運ばれてゆくトゥアールの姿に、俺の全身の筋肉が歓喜の雄たけびを上げた。

 回復した体力に望みを賭けて、順番が回って来た俺は真っ先に左端のお題へ飛びつく。

 ────貧乳。

 一瞬の硬直の後、心を無にして自陣へ駆け戻った俺は、愛香の手を引いて見事一着を勝ち取った。

 だが精神的な負担のせいで、せっかく回復した体力が再びどん底へ急降下した気がする。

 そうこうするうちに最後の大勝負、クラス対抗リレーが始まってしまった。

 疲れた心身に鞭打って、バトンを受け取った俺は全力で味方へと繋ぎ、アンカーを務めた総二が見事勝利をもたらした。

 ────総合優勝、観束総二。壇上で表彰とヒーローインタビューを受ける親友の姿が、我がことのように誇らしいぜ。

 

 桜川先生による全校生徒への感謝の言葉と、理事長からの祝福の言葉が乱れ飛ぶ表彰式が恙無く終了した直後、トゥアールからエレメリアン襲来の報せを受け、俺たちは汗を流す間もなく現場へ向かった。

 

□□□□

 

 ショッピングモール一階の、通りに面した喫茶店でスイーツを突きながら、買い物帰りの女子大生四人が歓談に興じている。

「今日の体育祭、撮影頼んでるから帰ったら見せてもらうんだ」

「あー、そういや今日か。あたしらの時はそこまで熱心にやんなかったね」

「そうそう。賞品にアイスかロールケーキでも出てれば違ったけどさ」

「早い者勝ちで貪り食われそー」

 愛香の姉、恋香と詠子美子詩子というゆかいな仲間たちである。

 誰もが謳歌する休日の午後の、どこにでもある日常の安らぎ。だがそれを無残にも打ち砕く者が有った。

 買い物客の中から誰ともなく悲鳴が上がる。

「者ども! 俺の眼鏡にかなうターゲットを必ずや探し出し、その全てにショルダーバッグを掛けさせるのだー!!」

「モケー!!」

「モケケー!!」

 黒づくめの集団、アルティロイドを引き連れた異形の怪物、エレメリアンの襲来だ。

 店内から避難しようとする恋香たちだったが、それを嗅ぎ付けて入口へやって来たアルティロイドに捕えられてしまう。

 必死にもがく詠子たちだったが、ただの人間が力で振りほどけるはずもなく、悔し気に声を張り上げるしかできない。

 そんな中で上空に、極彩色の光が弾ける。

 ただ一人、暴れるそぶりも見せず静観する恋香は、救いの手が差し伸べられたことを誰より早く悟った。

 

「ツインテイルズ参上! エレメリアン、覚悟しなさい!!」

「わらわたちの目が黒いうちは、好き勝手な真似はさせんのじゃ!!」

 この世の悪へ警鐘を鳴らす、黄色と黒の危険信号が今ここに舞い降りる。

 

「うわー! テイルサンダーだー! 逃げろ! 調教されるぞー!!」

「マッチョ使いもいるぞ! 助けてくれー!!」

「テイルシルバーよ! テイルシルバーが来てくれたわ!!」

 さんざんな言い草であるが、文句を言いたいのをぐっとこらえ、サンダーたちはアルティロイドから恋香たちを救出する。

「テイルサンダー! ありがとうございます!!」

 テイルサンダーへ感謝の言葉を送った恋香を、逃げる群衆は脚を止めて二度見した。

 そうこうするうちに他のメンバーも駆けつけ、ツインテイルズが揃い踏みを果たす。

「うぬぬ……現れたなツインテイルズ! リヴァイアギルディ様の仇、同じ巨乳属性の戦士たるこの俺、メガノマギルディが討ってくれるわ!!」

 節のある身体にいくつも生えた足と言う、節足動物じみたフォルム、しいて言えばアノマロカリスに似たエレメリアンの言葉に、一同は首をかしげる。

「……え? こいつ死の二菱(ダー・イノ・ランヴァス)じゃないのか?」

「わかりましたわ! あのエレメリアンはメガノマロカリス・ギガンテウス……カンブリア紀に生息していたとされる巨大節足動物……ですが絶滅などしていません! 1944年のカナダで生存が確認されておりますの!!」

「な、なんだって!?」

『成長した個体は全長数十mに及び、一匹で重戦車と互角なほど強力な生物だったと記録には残っています。強さがそのまま反映されているとは限りませんが、皆さん注意してください』

 同じリヴァイアギルディ隊に所属するシーラカンスギルディと同類の、生きた化石と言うわけか。一同はトゥアールからの補足説明を聞きながら、武器を抜いて臨戦態勢を取った。

「俺からパイスラを奪った報い、テイルミラージュに受けてもらうおわあああああああああああ!?」

 メガノマギルディが台詞を言い終わるより先に、テイルサンダーの細剣プラズマフェンサーが奴の身体に突き立ち、高圧電流をお見舞いする。

「おねえちゃんのおっぱいは、あんたらの誘蛾灯じゃないのよ! イエロー! ガルバニックチャージ!!」

「はいですわ!!」

 イエロー首元のロイヤルカラーに、プラズマグリップから伸びたリードの先端が接続され一瞬でエネルギーを蓄積する。

 これが単体では属性玉との共鳴効果を持たないテイルサンダーが、数分だけテイルギアと同じ力を発揮することが出来るガルバニックチャージだ。

 次いで武装がパージされ、その全てがサンダーへと移譲された。

 背部のエクセリオンブーストが噴かされ、テイルサンダーは弾丸となって飛んだ。

「歯ぁくいしばれ!!」

 膝にスタンガンの備わった脚部装甲を、腕に嵌めての電光パンチがメガノマギルディの顔面へ突き刺さる。

「ぐふぅ……! 舐めるなっ……受けて見ろ我が天地開闢の転輪(リング・オブ・ジェネシス)!!」

 当たればパイスラ必至のリング弾が、突き出された腕から放たれる。

「甘いのよ!!」

 だが振るわれたプラズマスナッパー(電磁鞭)がその全てを迎撃し、返す刀でプラズマグリップ・ガンモード、プラズマシューター(ビームショット=ガン)が追い打ちをかけてゆく。

「やるわねサンダー……よし! こいつを使いなさい!!」

 妹の勇姿に気を良くしたテイルミラージュが、自らのロングロッドを投げ渡した。

 以心伝心当意即妙。中心へエレメリーションキューブが挟み込まれたそれを見て、即座に何をすべきか悟ったテイルサンダーは、迷わず武器の射程を伸ばす項後属性(ネープ)を選択し起動させる。

 垂直にしたロングロッドを、如意棒のように伸ばした勢いで宙へ跳び上がり、空中で縮小。そのまま敵へ狙いを定め、ロングロッドを勢いよく伸ばした。

 テイルサンダーの属性力が込められた電子棒(ウルトラスティック)を鳩尾に喰らい、メガノマギルディは苦悶の声を上げる。

 ロッドを縮ませて間合いを詰めてきたテイルサンダーが、行きがけの駄賃とばかりにその顔面へ蹴りを入れて離脱した。

 煌めく電光を纏い、ひらりひらりと宙を舞う射干玉のツインテールに、テイルイエローとテイルレッドは目を離せない。

「おのれっ……! Cカップにこうもしてやられるとは……不覚!!」

「それがあんたの敗因よ! オーラピラー!!」

 悔しさに臍を噛むメガノマギルディへ向け、両脇に抱えられた二門の砲身から捕縛結界が射出される。

 それを聞いたテイルブルーの奥歯がギリリと軋む。

 電光の捕縛結界に捕らわれたメガノマギルディの首へ、死神の鎌が掛かった。

 ショートサイズに縮められたロッドが、プラズマシューターの銃口へ直角に接続される。その姿、まるでボウガンの如し。

 だが素のシューターより重いボウガンを、片手持ちでは狙いがぶれる。されど両手持ちにしては胸のミサイルが使えない。ならばこうだ。

 胸部装甲が外れ、右腕にシールドのように再装着されるのと同時に、展開された全身の火器が正面を向く。

属性玉変換機構(エレメリーション)────日焼け属性(サンバーン)!」

 属性玉がその能力を発揮するとともに、全砲門に太陽の輝きが燈る。

「わたしはもう少しで“D”になるの! エレメリアンのくせに、そんなことも見抜けないで巨乳を語るな!! ────サンダリングフルブラスト!!」

 右腕のミサイルアーマー、そして右拳で支えられたボウガンを皮切りに始まる鉄風雷火の一斉砲撃。されど周辺には一切被害をもたらすことはなく、レンズで集束された太陽光の如く、すべての火線がメガノマギルディへ吸い込まれていった。

「ふっ……未来の巨乳か……ならば貴様の胸にパイスラの黎明が輝く日を、あの世から気長に待ちわびさせてもらうとしよう……! だが同じ黄色なら、せめてお前にやられたかったぞ、テイルイエロー!!」

 メガノマギルディはそう言い残して爆散し、巨乳属性の属性玉がテイルイエローのもとへ飛んだが、寸前でサンダーにキャッチされた。




拳銃、電磁鞭、電子棒、ボウガン。わかるかな?

メガノマロカリス・ギガンテウス:西川魯介「強襲 ミドガルド蛇」という読み切りギャグ漫画(1995年 少年キャプテン掲載。2001年出版の単行本、SFフェチスナッチャー2に収録)に登場。
捕虜奪還のためにナチスドイツが誇る連結ドリル戦車、ミドガルド蛇を駆ってカナダへ向かった主人公たちを襲い、そのままカナダまで付いて行って奪還作戦を失敗させた。
ミドガルド蛇白兵戦モード(ロボ形態)の毒ガス攻撃、キックと体当たり(アタック)、電光パンチと頭部ドリルで粉砕される。

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