俺、総二と愛香が大好きです。   作:L田深愚

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七巻編スタート。今回おふざけ回です。


第四十一話「乙女の敵を校外へ飛ばせ」

 新学期を迎え始業式を終えた後、教室で久しく会っていなかった級友と、夏休み中何をやっていたか話に花を咲かせる生徒たち。

 ここⅡ-Cでもそれは例外ではなかった。

「久しぶりっ! 会いたかったよ慧理那ちゃーん!!」

「もう、みなさんくすぐったいですわ」

 学園のアイドル、生徒会長神堂慧理那の席へクラスメートの女子が殺到し、口々に再会を喜びハグしたり頬ずりしたりと、それぞれの方法で夏休み中彼女と会えなかったせいで不足していた慧理那分、ビタミンE(RINA)その他諸々の必須栄養素の摂取を存分におこなっている。

 男子には許されない、女子だけの特権だ。それでも彼女たちはペロペロという一線だけは越えまいと必死に自重している。

 だが、肺の中の空気を慧理那の制服越しの空気と全力で交換していたとある女子が、彼女の異変に気付いた。

「……うそ。慧理那ちゃんの首筋に、キスマークがある!!」

「……ま、またまたあ、どうせ虫刺されとかいうオチだろ?」

 ざわめく教室。だがそんなまさかと笑う男子が、見間違いとかいうオチだろ? とフォローしようとする。

「そうよね、神堂さんがそんなことになるわけ……」

 だが慧理那自身図星を突かれたのか、緊張と共に視線を逸らしたのを、視線を集中させていた周囲の女子は見逃さなかった。

『嘘だと言ってよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?』

 開け放たれていた窓から、晴れ渡った夏空へ木霊する悲鳴が教室から溢れかえる。

「一夏の経験しちゃったの!? 相手はいったい誰なの!?」

「あたしの慧理那ちゃんが大人の階段上っちゃったー! それはそれで妄想が捗るけど!!」

「あの……仲良しの初等部の子、という以外……内緒ですっ!」

「うおおおおおおおおお! 会長がああああああああああああああああああああ!!」

「おねショタは萌えるけど辛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 赤面し、はにかみながらのカミングアウトを受け、女子だけでなく遠巻きにしていた男子たちも絶望に打ちひしがれ、泣き叫び嗚咽し慟哭していた。

 

 この情報は燎原の火の如くたちどころに学園内を駆け巡り、下火となっていた神堂慧理那ファンクラブによる中世の魔女狩りにも似た異端審問が、再び活発化することになる。

 

□□□□

 

「最近学園の空気がきな臭い件について」

「確かに、見かけるツインテールも妙にピリピリしてる感じはするな」

 新学期に入って数日たったある日の休み時間、総二の周囲に固まって会話に興じる俺たちは、ここ最近学園の生徒たちがやけに警戒心を露わにしていることを話題に上らせた。

「聞いた話だけどね、会長が誰かと付き合い始めたって噂が広まっちゃったらしいのよ。流石に会長も、結維ちゃんの名前までは出さなかったみたいだけど」

 流石は顔の広い愛香だ。他クラスにまで及ぶ友人のネットワークが生きている。

 なるほど、嫉妬に狂った魑魅魍魎が、百鬼夜行で魔女裁判と言うわけか。

「ああ……夢見た学園ラブコメの嫉妬イベント……どうして主役が私じゃないんでしょうね……」

 対してトゥアールは、スタイル抜群な美貌の転校生というおいしいポジであるにもかかわらず、いつまでたっても学園のアイドルになれないのを寂しがり、ため息をつきながら机に指でのの字を書いている。

「いい加減お前は、自分が学園物のヒロインじゃないってことを自覚しろ」

「それでも私は諦めませんよ! とっくに総二様ルート入ってますけれど、キャッチーなイベントはまだまだ全然足りてないんですから!!」

 欲張りな奴めと思わんでもないが、総二との印象深い思い出をたくさん作りたいという姿勢は俺も応援してやろう。

 しかし愛香も男女問わない人気者だが、人気のベクトルが異なっているのはいいことだ。おかげで浅ましい嫉妬団のターゲットになることもなく、総二との嬉し恥ずかしなラブコメ空間を満喫出来ている。

 

「────そう言えば、長友って妹居たよな?」

 不意にクラスの男子がそんなことを口走った。

 その途端、一斉にこちらへ向けられる疑いの眼差し。

「確かに妹がいるがそれがどうかしたか?」

 だが俺は臆さず胸を張ってその視線を受け止める。

「弟は居ないのか?」

「歳はいくつだ? というかお前、会長に好きな人が居るって知ってたよな?」

「どこの誰なのか教えなさいよ」

 なんという圧迫感。奴らから放たれるオーラが、寄り集まって悪魔めいたシルエットを成しているのが見えるかのようだ。

 だがそんなものに屈する気はさらさら無い。俺は奴らの目をしっかりと見据え、腹の底から声を出して断言した。

 

「────絶対に、教えるわけにはいかん!!」

 

 言うが早いか席を蹴って飛び出した俺は、廊下へ躍り出ると一目散に教室を後にする。

「あ、待て!!」

 慌てて後を追う連中を尻目に、上手く誘導しながら二階の男子トイレへと駆け込むと、すかさず転送ペンを使い一階の人目につかない階段の影へ移動し、俺は悠々と元の教室へ戻って来た。

 嫉妬に駆られて俺を探し回っていた奴らは、全員次の授業に間に合わず、厳しいので有名な先生からお叱りを受ける羽目になった。ざまあみろ。

 

□□□□

 

 部室棟の片隅に、忘れ去られたかのようにひっそりと存在する空き部屋の中、性別も学年も様々な幾人もの生徒たちが、顔を隠すための覗き穴の開いた黒い三角頭巾を被り一堂に会していた。

 彼らこそが、生徒会長神堂慧理那ファンクラブの中でも一際煮詰まった過激派である。

「それでは諸君、我等の集会を始めよう」

 ギンギラ輝く黄金頭巾を被った会長の号令のもと、集会は進行してゆく。

「我らが慧理那ちゃんに恋人が居ることが発覚したのは皆もご存知の通りだろう。これは我々にとって由々しき事態だ」

「五月末に会長が、初等部の友人のための誕生日プレゼントを選ぶ相談を、兄か姉の高等部の生徒にしたという事件と、今回の事態は関係があるのでは?」

「こちらもそう思って調査しようとはしたのだが……変な噂が立つからやめろと妹に蹴りを入れられてな……あの視線は堪えるぞ」

 太った汗かきの男子が、初等部周辺を挙動不審にうろついたせいで、妹から道端のゴミを見る視線を向けられた辛さを噛み締める中、二年生の女子が手を上げて発言する。

「私は神堂さんがよく初等部の子と仲良く登校しているって情報は掴めたわ」

「でかしたぞ! してその詳細は?」

「あいにく聞き出せた仲のいい生徒は女子だけだったけど、もしかしたら初等部の生徒と言うのはブラフで、その兄とおぼしき高等部の生徒がターゲットの可能性もゼロじゃないわ」

「おのれ……いったい何者なのだその不届き者は……!?」

「あのう……」

 おずおずと挙げられた女子の手に、皆の視線が集中した。

「君は一年生だったか、発言を許可しよう」

「Ⅰ-Aの、ツインテール部の連中がやたら会長と仲が良いので怪しいと思います」

 その名前に、やれ噂には聞いたことがある。ツインテイルズのファンクラブではないのか? 何をする部活なのかさっぱりわからぬなどと、口々に漏れる声で部屋がざわついてゆく。

「この写真をご覧ください」

 写真データを添付したメールを、メンバー全員に送信する一年生。

「部員は男子が二人、女子が二人の計四人。顧問はあの桜川先生で、連中はたまに部室で生徒会長とお昼を一緒に食べているそうです」

「なんだと!? 女子ならまだしも男子が慧理那たんとお昼とはド許せぬ!!」

 憤慨するメンバーを他所に、会長は自身のスマホに表示された津辺愛香の顔写真と、名前に目を止めた。

「……この部員たちの他の情報は無いのか?」

「部長の観束総二は、副部長の津辺愛香、部員の観束トゥアール両名と交際中。津辺愛香は幼馴染、観束トゥアールは親戚だそうです」

 それを聞いたメンバーが何人か、二股野郎めが! こんなのと一緒にいたら慧理那ちゃんが穢れる! と吐き捨てる。

「そして長友結ですが、大学部に居る津辺愛香の姉、津辺恋香と交際しているそうで……」

 会長がそれを聞いた途端、音を立てて立ち上がり、ざわついていたメンバーに驚きとそれに伴う沈黙をもたらした。

「……すまない、続けてくれ」

「はい……学年は不明ですが、長友結には妹がいるそうです」

「長友……? 待って、神堂さんと仲のいい小学生にも、長友って子が居たわ。まさか……あなた、その妹の顔は判る?」

 初等部の調査をした二年女子が、共通点を見出して自身のスマホに写真を表示する。

 だがあいにくと彼女が知っているのは、クラスメート越しに聞いた妹が居るという情報だけで、名前や学年、顔まではわからなかった。

「よろしい、では次の集会までに長友結の妹の調査を命じる。本日はこれにて解散!」

 ぞろぞろと部室を後にしてゆくメンバーたち。最後に一人残ったファンクラブ会長は、津辺愛香と長友結の写真を眺めながら、誰に聞かせるでもなく寂しげに、途切れ途切れな言葉を漏らす。

 

「津辺先輩……彼氏、出来たんですね……二年も経ってるんだ。先輩ならいつか出来るとは思ってましたが、相手が高一の生徒だったのは意外だな……」

 彼の胸に、かつて高等部へ入学したばかりの初々しい思い出が去来する。

 当時の津辺恋香は三年生。男女問わず虜にする、現在の慧理那ほど絶大な人気ではなかったが、美貌といい柔らかな物腰といい、男子の大半が憧れるマドンナだった。

 文芸部に入部した彼は、一年だけとはいえ恋香と同じ部活が出来ることに舞い上がっていた。だが他の三年生、恋香の親友三人組によるイジリと言う名の地獄の責め苦を受け、果ては憧れの女性の前での官能小説の朗読会という精神崩壊の危機に晒され、かと言って幽霊部員になることさえ許されず、放課後は迎えに来た先輩方によって強制的に連行され続けたのだ。

 そんな地獄の底からやって来たスリーアネーゴスとは大違いの、まともに優しく接してくれる恋香の存在は地獄に仏。彼にとっての女神ですらあった。

 そんな彼女を前にして、ウノコーだのザッパゴーだの、ムツキカゲローだのと飛び交うスリーアネーゴスからの文体模写の指示。

 並みの神経で耐えられるわけがない。並みのエレメリアンなら即死物の苦行だ。

 そんなこんなで時は流れ、恋香に想いを伝えることも出来ぬまま、スリーアネーゴスによって文芸部とは名ばかりの、魔窟と化してしまった場所からようやく解放された彼は、新入生としてやって来た神堂慧理那と出会うこととなる。

 小さな体で果敢に生徒会の仕事を頑張る彼女の姿は、ガラスのハートを罅だらけにされ、心の荒んだ彼にとっての新たな癒し。文芸部復活の活力源だった。

 そんな希望の象徴に、魔の手が迫っている……誤解から点った憎悪の火は、いつしか事実と仮定の境界線を曖昧にし、現実と妄想を一緒くたに燃やしてゆく。

 

「長友結……お前が津辺先輩を本気で愛しているならいい。だがもしも、妹をダシにして慧理那ちゃんにまで手出ししているようだったら……」

 その声色が、胸中に燃える炎に煽られるように、息荒く憎々し気なものに変わってゆく。

「この俺が、慧理那ちゃんファンクラブ会長にして、文芸部部長火浦弾児がっ! どんな手を使ってもお前を叩き潰してやる……!!」

 湧きあがる怒りのままに頭巾を脱ぎ捨てた火浦は、汗まみれの顔をぬぐい、ペットボトルのドリンクを飲み乾すと一息ついた。

「……あー、暑かった」

 なんとも締まらない男である。

 

□□□□

 

 結維から近頃初等部に、高等部の生徒が顔を出していたり、家の近所をジャージの生徒が走り回っているのが気になると言われたものの、特に何があるでもなく、新学期最初の週末を迎えようとする金曜日の放課後。

 ホームルームが終わった俺たちツインテール部は、いつものように部室へ集合しようとする。

「────長友結だな? 我々と一緒に来てもらおうか」

 だが突然現れた頭巾姿の異端審問官が、その行く手を阻んだ。

「おい結……」

「なによあんたたち……?」

「この人たち、慧理那さんのファンクラブらしいですよ」

「これが!? 怪しげな秘密結社か何かじゃないのか?」

「大丈夫だ、この人たちもきちんと話せば、誤解なんだとわかってくれるだろうさ」

 俺は目を細め警戒心を露わにする愛香を制すると、手を振って総二たちと別れ、頭巾の集団についてゆくことにした。

 なるほどな。会長と結維の関係がばれたか、相手が俺だと誤解されたと言うわけか。

 初等部をうろついていたり、近所を走り回っていた高校生は、このための情報収集だったか。おのれ機関車仮面。

 

 連れていかれた先は、お約束の校舎裏。制服だったりジャージだったり道着だったりと、黒い三角頭巾を被っている以外共通点の無い集団が、逃げ場なぞ与えぬとばかりに俺を取り囲んでいる。

「被告、長友結! 貴様は津辺恋香先輩と交際していながら、我らがアイドル神堂慧理那を、妹を餌に自宅へ招き、手料理を振る舞うなどという大罪を犯した!!」

「アイドル独占禁止法違反だ!!」

「よって我ら神堂慧理那ファンクラブが、ここに鉄槌を下すものである!!」

 黄金頭巾の、頭目と思しき男の宣言と共に、周囲のメンバーがめいめい得物を手にして戦闘態勢を取った。

 高等部の生徒なのに恋香さんの名前が出てくるということは、この頭目は年齢から考えて三年生なのだろう。

「待ってくれ、俺は会長とは妹の友達と言うだけで、決してそんな関係じゃない!!」

「それが本当だったとしても、どうせ慧理那ちゃんの好きな人っていうのも、お前の身内なんだろうが! 連帯責任で殴られろ!」

「慧理那たんを家に招いたというだけで充分だッ! 死ねぇ!!」

 全員とも完全に頭に血が上っている。言葉で説得するのは無理だと判断した俺は、やむなく交戦することにした。

「イヤーッ!!」

 空手部の正拳突きを躱しざま、首筋に手刀を叩き込んで昏倒させる。

 掴みかかって来る柔道部員を合気道の要領で投げ飛ばし、剣道部員の振り下ろした竹刀を白刃取りで受けとめる。

「グロロ~~~~! 今のうちにコイツをやるがいい~~~~!!」

 俺よりも図体がデカいだけあって、この剣道部員はかなりのパワーだ。気を抜けば押し切られる!

 そして俺の背後から、料理研究会と思しきフライパンを握った女生徒と、トランペットを構えた吹奏楽部員が迫った。

 押して駄目なら引いてみろ。俺は咄嗟に竹刀を左手で握ると引き下ろしながら懐へ飛び込み、その腕を取る。そして奴の力を逆に利用して一本背負いを決める。

「グロラッ!?」

 そのまま背後から迫っていた二人を巻き添えにして、剣道部員は沈黙した。

「こいつ……強いぞ!」

「怯むな! 数で圧し潰すんだ!!」

 マジック研究会のトランプ手裏剣が、新体操部のフラフープが迫り、陸上部員が棒高跳びからの急降下キックを繰り出してくる。

 倒しても倒しても、新たな連中が奇想天外な方法で追撃してくるという、いつ終わるとも知れない猛攻の中、俺は嫉妬に狂った人間たちの恐ろしさを、今更ながら実感していた……

 

□□□□

 

 知らせを受けた慧理那と、彼女を連れた総二たちツインテール部員が現場へ駆けつけたとき、そこに広がっていたのは多勢に無勢、力及ばず敗れた結が数人の生き残りによる袋叩きに遭っている光景だった。

「大丈夫か結!」

「あなたたちっ! いったい何をなさっていますの!?」

「あたしの友達に手出しして、ただで済むと思わないでよね!」

「え……? か、会長!?」

「慧理那たん、これは、その……」

 それを成した下手人を叱責する慧理那に気付いた面々は、我に返って狼狽える。

「……おい、長友が居ないぞ」

「あ、本当だ!!」

「……総二様、愛香さん。これ、例のパターンじゃないですかね?」

 ふと気づけば、寄ってたかって袋叩きにされていた結の姿がどこにも見当たらない。予想がついたらしきトゥアールを他所に、いったいどこへ消えたのだと探し回る一同の耳に、奇妙な音が飛び込んできた。

 

 ────キュイーン、キュイーン、フラーイトスイーッチオーン!

 

 そんな謎の音声と共に校舎の屋上に現れた影は、一思いに飛び降りて軽やかに大地へと降り立った。

「な……なんだお前は!?」

 それは、熊だった。目元をスモークグラスのバイザーで隠し、首に巻いた白い正義マフラーを風にたなびかせ、胸に赤字で「Z」の染め抜かれた黒い前掛けを下げた茶色い熊の着ぐるみ……

「フハハハハハ……ズバッと参上ズバッと解決、人呼んでさすらいのヒーロー! 快~傑~クマァット!!」

 L字に組んだ両腕を右へ左へ組み替え、勢いよく斜めに開いたポーズで高らかに名乗りを上げた怪人物に、慧理那だけでなく総二たちや、暴徒と化していたファンクラブの面々も呆気に取られて沈黙していた。

「────横恋慕と嫉妬で関係ないものを巻き込み、あまつさえ少女の恋を踏みにじろうとする嫉妬団! 許さん、覚悟しろ!!」

 その口上を耳にするや、慧理那の瞳が星を散らしたように輝き、その顔に花が咲いたような笑みが浮かんだ。

 虚を突かれたファンクラブの面々は、火浦会長を残してあっさりと無力化され、最後に残された火浦会長は恐怖に慄く。

 その首元にクマットの手がかかる。いよいよ最後。

「────二月二日、飛鳥五郎を殺したのはお前か?」

 意味が解らない。飛鳥五郎とは誰なんだ? 火浦会長の恐怖がいや増した。

「お・ま・え・だ・な?」

 否定するや、首元がギリギリと締まってゆく。

「知らない! 飛鳥五郎なんて知らない! その日俺は蛙石鏡子の新刊を買いに本屋へ行っていたんだ!!」

「嘘をつけぇ!!」

 悪ノリが過ぎるとは思うが、散々脅しをかけたクマットは、そろそろ潮時かと彼から手を離すと、必殺技の体勢を取る。

「────クマットアッタァァァァァァァック!!」

 クマットの飛び蹴りが火浦会長の土手っ腹に決まり、吹き飛ばされた火浦会長は転がりながら、倒されて山となっていた他の面々にぶつかって気を失った。

 

 いずこかへと去ってゆくクマットを見送った慧理那は、大事な仕上げが忘れられていることに気付き、ポケットからメモ帳とペンを取り出す。

「もう……これが無くては満点はあげられませんわよ? “この者集団暴行犯”っと」

 慧理那はメモ用紙に、赤い薔薇とZが組み合わされた絵柄を書き込むと、犯人の罪状を添えて切り取り、倒れる火浦会長の胸ポケットへ差し込んだ。

 全滅した犯人たちだったが、頭巾はそのままで正体は暴かれていない。その程度は見逃す情けが彼女には有った。

 昔日のヒーローそのままな再現を目にすることが出来た慧理那は、良いものを見たという満足感たっぷりに、軽やかな足取りで帰ってゆくのだった。

 

「……一体なんなんだよこれえええええええええええええええええええええええ!?」

 地軸が転換したかの如き足元のあやふやさ。引きずり込まれたトンチキ空間を前に、突っ込むのも忘れて唖然、呆然とし、一部始終を見送ることしか出来なかった総二たちは、全てが終わってからようやく全力のツッコミを空へと響かせた。

 

□□□□

 

 それからというもの、度を越した会長関係の騒ぎはすっかり影を潜め、俺たちツインテール部は、多少嫉妬でやっかまれることはあっても、吊し上げを受けるようなことは無くなった。

 平和な学園生活が、戻って来たのだ。

「よっ、ツインテール部! 部活頑張れよ、何してるのか知らないけど!!」

「グロロロロ……文化部なのが実に惜しい。我が剣道部にぜひとも欲しい人材だ」

「いやここは我が柔道部に……」

「いやいや空手部が……」

「いい身体してるね、サッカーチームに入らないかい?」

 なんだか最近、先輩方に声を掛けられることが増えている気がする。

 まさかあの事件の関係者じゃあるまいな? と思ったものの、悪感情を抱かれているわけではないようなので、ありがたく好意を受け取っておく。

 

「そう言えばさ、この間おねえちゃんと買い物に行ったら文芸部の部長に会ったのよ」

「え? 文芸部……っていうと恋香さんの後輩か?」

 昼休み、部室に集った俺たちは、料理研究会から貰ったカップケーキ(念のためトゥアルフォンで成分分析済み)をデザートにパクつきながら、他愛のない話に花を咲かせる。

「なんか妙にすっきりした顔しててさ、彼氏さんとのこと応援してますって」

 いったい何だったのかしらねー。と首をかしげる愛香にトゥアールが答えた。

「あれじゃないですか? 昔恋香さんが好きだったけど、告白できないまま卒業しちゃって、風の噂で彼氏が出来たのを知って……って奴。いやあほろ苦い青春の一ページですねえ」

 文芸部部長、まさかあの連中の中に……? いや、憶測で決めつけるのはよしておこう。

 ふと気が付くと、総二がケーキを食べる手を止めて神妙な顔つきになっていた。

「どうした総二?」

「いや……さっきの話聞いたらさ、結が居なくて何かが間違ってたら、俺たちもそんな風になってたかも知れないのかな? って考えちゃってさ」

「そーじ?」

 俺は脳天へチョップをかまし、愛香も奴の頬を引っ張った。

「そんな無駄なこと考えるな」

「そうよ。ここにいるのはそーじが好きで、そーじを好きなあたしたちでしょ?」

「そうです、総二様にはもう完全無欠のハッピーエンドが待っているんです! ハッピーエンドルートに入ってるのに急転直下のバッドエンドになるようなクソゲーなんて、この私が絶版にしてやりますから!!」

「そうだよな。変なこと考えてごめんなみんな」

 総二たちならたとえ運命が邪魔してきても、胸にツインテールがある限りそれをねじ伏せて幸せを掴み取るだろう。

 それにしても……仕方ないとはいえ、恋香さんも罪な女だよな……その部長さんは吹っ切れてるみたいだが、かつて彼女に恋した人たちもみんな、新たな恋を見つけて幸せを掴んでほしいもんだ。

 俺は眼前の親友たちと、この手で打倒した嫉妬団という、青春の光と影に思いを馳せた。




結がズバットやっても快傑のーてんきにしかならんよなあ……と思う今日この頃。
みなさんいかがお過ごしでしょうか?
危険ですので、よい子のみんなはクマットの真似は絶対にしないように。

恋香さんが文芸部と言うのは独自設定です。
恋香さん大学二年だから、今の高三には知ってる人いるだろうなあと今まで考えておりました。
愛香曰くめちゃくちゃモテてたそうですし、当時の学園のアイドルだったのかな? とか。

ちなみに火浦弾児の由来は、火浦→フューラー=総統で、弾児=イニシャルがDなので、ズバットの敵ボス、総統Dが元ネタです。

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