俺、総二と愛香が大好きです。   作:L田深愚

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六巻編終了。


第四十話「愛の屈折率」

 フェニックスギルディが訪れたのは、何処かの世界に設けられた工房だった。

 主が居なくなってから何年も経つそこは、家探しを受けたきり放置され、壊れた実験器具などが骸を晒すのに任せ、遺跡同然に荒れ果てている。

「テイルレッドが男だって喋ったこと、いい方に働いてくれるといいんだけどな……」

 機械に弱いのが丸わかりな拙い指使いでコンピューターを操作し、されど迷いなく秘密のデータへたどり着き、パスワードを入力したフェニックスギルディは、データを全て閲覧し終えると、高揚する気持ちを抑えきれない様子で言葉を漏らす。

「なるほどな……お前があの鎧のお母さんだった、ってわけか!」

 床下に隠されていた小部屋から取り出された、一抱えほどあるケースから現れたのは、自ら光を放つ真紅のレリーフ。

 何かとの合体を見越してか、裏面に留め金が設けられた、ポニーテール属性のエンブレムを刻印されたそれは、年月に晒されても色褪せぬ、テイルギアに酷似した神々しい輝きを放っていた。

 

 フェニックスギルディは、この工房の主だったペガサスギルディに思いを馳せる。

 侵攻した世界で出会った少女、結翼唯乃(いわばねゆの)に恋をして、彼女のポニーテールを守るべく研究を進め、首領の怒りに触れて処刑されたアルティメギル歴代最高の科学者。

 ファフナーギルディの侵攻に同行し、そこで自らの技術を与えたツインテールの戦士に希望を見出した彼の、夢が叶ったような笑顔は何年経とうとも忘れられない。

 そしてそんな彼の恋に共感し、サンプルは多いに越したことはないだろう? と手伝いを買って出たもう一人の親友、ユニコーンギルディ。

 ペガサスギルディに続いて基地からツインテール属性の属性玉をちょろまかし、ドラグギルディ部隊の侵攻に便乗していった愛すべき馬鹿野郎。

 恋愛属性が大分混じっていたせいで、ポニーテール属性は中途半端だったものの、フェニックスギルディたちの処刑が決まってからも、往生際悪くあちこちの世界を逃げ回り、刺客相手に盛大な死に花を咲かせた漢。

 どちらの世界でもアルティメギルが勝利したため、彼らの夢は潰えたのかと思われていたが、技術は巡り巡ってダークグラスパーたちに受け継がれ、今ここにツインテイルズとして結実している。

 

「テイルレッドたちにテイルギアを託したのが、ペガサスギルディとユニコーンギルディが夢を託したツインテールの戦士たちだったはずだ……でなきゃ、いくら平行世界の同一人物でも、あそこまで同じ姿になるわけがねえ」

 フェニックスギルディが想いを寄せるテイルレッドは、件のファフナーギルディを討ち取っている。ならばドラグギルディの世界は惜しいが、行先は一つだ。

「俺様が見極めてやるぜ────あいつらが、ツインテイルズが、本当にアイツの遺志を託すのにふさわしい奴らなのかをな!!」

 最終闘態となったフェニックスギルディは、親友の遺産を手にその場を後にした。

 

□□□□

 

 トレーニングルームの片隅に設置された、酸素カプセルかコールドスリープ装置をイメージさせる、楕円形のカプセルの中で私は目を覚ました。

「さ、さすがトゥアールさん……あの地獄のような筋肉痛が、嘘みたいに……」

 数十分で全身の乳酸を消し飛ばし、疲労をリフレッシュするという触れ込みの、トゥアールヘルス略してトゥアヘルの威力はすさまじいものがある。

 私はこの家に来てからのことを思った。テイルミラージュ、長友結さんの家にご厄介になってから、初めて人間の友達が、二人も出来たのはいい。

 結さんのご飯がおいしかったのもいい。カレーが激辛だったのは困ったけど。

 友達三人でPCを囲んでエロゲーをやるなんて、夢みたいな時間だった。でもテイルサンダー、長友結維はヤバイ。

 ちょっとメールを大量に送っただけでメガ・ネにチクったうえ、過酷なトレーニングを課してくるのだ。

 苦しむ私を見るあの笑顔、絶対にあの女はドSだ。隣で同じようにしごかれてるのに、喜々として頑張る慧理那さんは絶対にドMだ。

 お願い、メガ・ネ……ちゃんと言うこと聞くから。エロゲーの箱、ちゃんと片付けるから。脱いだ下着、メガ・ネの中にしまうのやめるから。もうお股にシール、貼らないから……!

 どうか私を、助けて……………………!!

 

「あ、終わった? ────次は上半身行くね」

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」

 救いを求める声は届かない。待ち構えていた黄色い悪魔によって、トレーニング機器が林立する四角いジャングルへ引きずり込まれた私は、声なき悲鳴を上げるしかなかった。

 

 そ の ひ の ご は ん も お い し か っ た で す 。

 

□□□□

 

「ぬぁあにが“本当の私デビュー”だっ! 目の健康を損なってまで晒すのは素顔などではないと知れいっ!!」

 街角にスティラコギルディが出現し、コンタクトレンズのCMを撮影していたタレントやスタッフへ説教交じりに襲い掛かっている。

 単身駆けつけたテイルレッドの姿を見るや、幻惑迷彩を起動しながらすぐさま踵を返して、退却に転ずるスティラコギルディだったが、そうは問屋が卸さない。

 テイルレッドはプログレスバレッターを取り出すと、スラッシュモードで奴目掛けて投げ放ち、その身体を切り裂いてゆく。

「馬鹿な……っ!? 攻撃が当たるだと……!?」

『視覚情報があてにならないのなら、こちらで補正してしまえばいいだけなんですよ! ()()()()の観測精度と私の解析能力を舐めないでください!!』

 サポート担当、トゥアールの本領発揮だ。

 

「チェンジフォーラー! ────ウェイブセイバー!!」

 すかさず上空に転送されてきたテイルブルーがフォーラーチェインとなり、真っ逆さまに急降下しながら、分離したスタビライザーを攻撃端末として一斉にスティラコギルディへ(けしか)ける。

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 スティラコギルディの視界が蒼で塗りつぶされ、全身の迷彩がズタズタに切り裂かれて用をなさなくなってゆく。

「今だミラージュ!!」

「ミラージュ・バイパススリップ!!」

 ウェイブセイバーが離れるのと同時に飛び出し、奴の背中へしがみついた俺は、エレメントドライバーの転送装置を作動させた。

 行先は山奥の廃工場。周囲は山林と狸くらいしか通らない道路だけで、幹部エレメリアンと全力でやり合っても迷惑の掛からない場所だ。

 そのど真ん中へ現れた俺を出迎えるのは、()()()()()()()()()()()()()テイルイエローとテイルサンダー。

「────チェンジトライレゾナンス!!」

 俺はオーラピラーを放ち、奴もろとも自分を封じ込めながら、トドメとばかりに腰のエレメリーションキューブへ、眼鏡属性の属性玉を叩き込んだ。

 

『────属性玉三種装填(エレメーラオーブ・トリプルロード)────巨乳属性(ラージバスト)! 貧乳属性(スモールバスト)! 全身服属性(ボディスーツ)!!』

 

「ミラージュダイナマイトオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「「エレメントバズーカッ! ファイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」」

 

 四重の捕縛結界に包まれながら、俺は過熱するエレメントギアの装甲を一気に開放し、テイルミラージュ最後の切り札、三重共鳴のエネルギーを解き放った。

 視界を塗りつぶす白い闇、鼓膜と大地を揺るがす轟音……視界が回復するころには、しがみついているスティラコギルディの身体は欠片も残らないはずだった────だが。

 

『気をつけてください! まだスティラコギルディは生きています!!』

 

「凄まじい、威力だ……私でなければ、間違いなくやられていただろう……」

「なん、だと……!?」

 傷だらけの全身を黒焦げにしながらも、スティラコギルディは生きていた。

「見て、あの頭……目玉模様が、動いてる!」

「本当ですわ!!」

 背中から飛び退き、組み上げたミラージュライフルを構えて警戒する。驚くサンダーたちの言う通り、見れば確かに、模様だと思っていた頭部の目玉が目蓋を開き、内側の本体がぎょろぎょろと忙しなく辺りを見回している。

 まるで寝ているのをごまかすために目蓋に描かれた、目玉の絵のようだった。

「あんた……いったいどうやってあの技に耐えた?」

 以前トゥアールに計算してもらったが、ミラージュダイナマイトのエネルギーは並みの戦略核以上。捕縛結界を使用した場合のエネルギー密度は、核兵器と違って装甲された目標でさえ容易く融解、蒸発させることが出来るのだ。

 いったいどんな手品を使えば耐えられるのか……?

 

「────“愛”だっ!!」

 

「愛ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

 予想外の、シンプルかつ力強い言葉に俺たちは絶叫、絶句、様々な反応を見せる。

 だが奴らエレメリアンは、何かを愛する心から生まれた生命体……愛の大きさ次第で理屈を覆すことくらいできるだろう。

 俺は驚きながらも、心のどこかで納得していた。

「テイルミラージュよ……先程受けた貴女の、眼鏡属性を叩き付ける技……確かに凄まじい威力だった。だが届かぬ! だが響かぬ! この胸に()()()()への想いが燃えている限りっ! 私はまだ倒れるわけにはいかぬのだ! 愛し求め続けた眼鏡属性の本質、そして私の真の能力……今こそお見せしよう、最終闘態!!」

 その叫びと共に、頭部の巨大な目玉が見開かれた。黒焦げの表皮を破り、脱ぎ捨てるように奴の身体が膨張し、内側から新しい皮膚が再生してゆく。

 放射状に伸びていた角がその太さを増し、歪曲して前方を向いた。

 角竜そのものの太く短い首と尻尾が伸び、その重さを支えるように前傾姿勢を取ったスティラコギルディは、ゴリラのように太く大きく肥大化した両腕を、地面につけるナックルウォークの体勢になる。

 奴が最終闘態への変化を終え、天地四方に咆吼が轟いた。この禍々しい姿……断じて恐竜なんかじゃない!!

 

「改めて名乗らせていただこう……我が名はカトブレパスギルディ! 眼鏡への愛に身命を捧げた者なり!!」

 

 草食恐竜から、邪眼で知られる怪物の名を冠したエレメリアンとなったスティラコギルディ……いや、カトブレパスギルディは、俺たちから目を逸らして明後日の方を向くと、巨大な目玉から眼鏡を思わせる光輪を発する。

『────総二様、愛香さん、避けて!!』

 その一瞬後、奴の変化を感じ取ったトゥアールの叫びと共に、カトブレパスギルディの目玉から、見るからに強力無比なレーザーが発射された。

 空からこちらへ向かっていた、芥子粒にしか見えない距離を隔てたレッドとブルーの二人を、奴のレーザーはあっさりと捉え撃墜した。

「……………………え?」

「うそ……………………」

「レッドたちが……?」

 こちらの最強戦力の、いともあっけない退場を理解できなかった俺は、間抜けな声を漏らすしかできなかった。

『二人は落ちただけで、命に別状はありません! ですが奴の周りの空間の歪みに気をつけてください、レーザーが曲がるかもしれません!!』

 無事だったとしても、仲間をやられて平気でいられるわけがない。俺は怒りを燃やしてカトブレパスギルディにトドメを刺そうと、イエローたちと飛び掛かる。

「みんな! 狙いを付けさせるな、あいつに同時攻撃だ!!」

「わかった!」「わかりましたわ!」

 言うが早いか、変化球のようにコースを変えるレーザーが俺たちへ襲い掛かった。

 だが俺たちは全力で躱し、避けられなければ巨乳属性の防護膜で弾き、何とかして懐へ飛び込もうと、奴との間合いを縮めてゆく。

 ライトニングチェインとなった二人が砂利の地面を爆走しながら、レーザーを弾幕で迎撃するが、前方や側面だけでなく後ろからも襲い掛かる攻撃に、どうにも攻めあぐねているようだ。

「オーラピラー!」

 俺は発射したオーラピラーを盾に、ロングロッドへ組み替えた武器へ兎耳属性を叩き込み、せめてもの賭けに出る。

 俺がやられても、あいつらが攻めるチャンスになってくれれば……!

 バウンドするロングロッドはあっさりと剛腕に弾き飛ばされ、俺自身も背後から襲い掛かるレーザーに打ち据えられた。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」

 ほぼ同時に響く二人の悲鳴。奴が攻撃をはじいた瞬間、俺を狙う単発の右目とは別に、左目から二発のレーザーが断続的に放たれていた。

 この悲鳴はそういうことなんだろう。

「くっそおおおおおおおおおおおお!!」

 賭けに負けた悔しさに拳を握り、倒れた地面へ叩き付けようとした時、不意に視界がおかしくなっているのに気が付いた。

「なんだこれ!?」

「お、おねえちゃん……わたしたちの顔に……」

「眼鏡が掛けられていますわ……!!」

 砂利に交じる砂の一粒一粒どころか、顕微鏡でもなければ見つけられない、スーツ表面の細かな傷までくっきりと見えている。

 いくらなんでも見えすぎだ。ギアで増幅された視界でもここまでの倍率じゃないぞ!?

「見えすぎて困るなら、外せば……!? 眼鏡が、外せない……!?」

 見えすぎるあまり、かえって見えない視界の中、カトブレパスギルディの笑い声が響く。

「これぞ我が奥義、屈折リーベ(リフラクション・ラブ)! すべての裸眼を眼鏡に変え、元から眼鏡の者は最適な度数に調整する眼鏡属性の精髄よ!!」

 見えすぎちゃって困るだろうが、慣れるまで暫し待たれよ。と宣う奴の言葉の、アホらしくも恐ろしい言葉に、全身から力が抜けてゆくのを感じていた。

 きっとやられたレッドとブルーも、今は眼鏡なんだろう。俺たちはイースナを守らなければいけないのに……二人、いやみんなの眼鏡姿を見たい欲求が、頭から離れないぜ……!!

 

□□□□

 

『愛香の綺麗なキューティクルが……こんなにくっきり見えるぅ……』

『見えすぎるうえに、そーじにまとわりつかれてまともに歩けない……引きはがすのも、無理ぃ……』

 基地のモニターに映し出されているのは、大惨事となった戦場の光景だ。見守っていた恋香は、まさかの大ピンチに口元を覆っている。

「くっ……こうなったら……!」

 歯噛みするトゥアールは、壁際のラックに置いてある仮面ツインテールのマスクへ視線を向ける。せめて囮にでもなれば退却して体勢を立て直す時間が稼げるだろうか……?

「────トゥアール、さん」

 掛けられた控えめな声に振り返れば、そこには未春に連れられたイースナとメガ・ネプチューンの姿。

 コンソールルームへ来てはだめだと言ったでしょうと、声を荒げるトゥアールだったが、自分が連れてきたとの未春の言葉には矛を収めるしかない。

 だがカトブレパスギルディは、イースナたちを追って来た刺客。それがツインテイルズを痛めつける光景を見せるのは酷ではないだろうか?

「今までも総ちゃんたちはいろんな目に遭わされてきたけど……あのエレメリアン、何か違う気がするわ」

 息子たちが眼鏡を掛けさせられてフラフラになっているという、ギャグにしか見えない大ピンチに、未春は冷静さを失わずに画面を凝視する。

「……好きな子が居るのに、アプローチの仕方がわからなくて空回ってる子供みたい」

 その言葉に、イースナはハッとした。

「きっと、私がダークグラスパーになったから……眼鏡属性を奪うのを、禁止したから……スティラコギルディは……」

 顔を上げ、瞳に決意を漲らせたイースナは、メガ・ネプチューンと共に次元転送カタパルトへ駆け出してゆく。

「トゥアールさん……総二さんたちと、お幸せに……」

「ほな、行ってきますわ」

「なに不吉な台詞残していくんですか! 戻ってきなさい、イースナ!!」

 

 ツインテイルズは戦闘不能。あとはダークグラスパーを探し出すのみ……そう結論付けたカトブレパスギルディは、不意に風向きが変わったのを感じ取り、顔を廃工場から伸びる砂利道の向こうへと向けた。

 天地に爆音轟かせ、砂塵を蹴立てて突き進んでくるそれは、漆黒のマントに風を孕ませて、爆走機メガネストライカーに跨ったダークグラスパーの姿。

「────おおっ!!」

 その勇姿に奮い立ち、小手調べとばかりにレーザーを撃ち掛けるカトブレパスギルディだったが、その攻撃のことごとくは先読みと巧みな蛇行運転によって回避され、二度、三度と空しく爆風を巻き上げるのみ。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 勇ましい雄叫びと共にスロットルを全開にし、爆発を背に大地を蹴って跳び上がった二人は、テイルイエローたちとカトブレパスギルディの中間点に降り立った。

「無事か? テイルイエロー……テイルサンダーは、良いざまじゃのう! わらわをイジメた(バチ)が当たったのじゃ」

「イースナさん、変身……出来たのですわね」

「何ですって……! 眼鏡の度数が合ってたら、キングアラジンみたいになるまで関節ひん曲げて転がしてやるのに……!!」

 イースナがトゥアールから、いつの間にか神眼鏡を返されていたことにテイルイエローが目を丸くし、変形したメガ・ネプチューンが、指先の銃口を突き付けて敵前に立ちはだかる中、ダークグラスパーは自分を筋肉痛になるまで苛め抜いていたテイルサンダーへ、ここぞとばかりに反撃する。

「────さて、わらわの活躍、とくと目に焼き付けておくがよい」

「だから見えすぎて見えないのよ!!」

 テイルサンダーのツッコミを他所に、ダークグラスパーは早撃ちガンマンのようにスマホを取り出すと、送信ボタンをタップした。送信先は当然、眼前のカトブレパスギルディ────全軍団の中でも数少ない、彼女のアドレスを知るエレメリアンだ。

「むむっ!?」

 カトブレパスギルディは、肥大化した手で器用にスマホを取り出すと、メールの着信を確認した。

「スティラコギルディ……否、カトブレパスギルディよ、任務遂行ご苦労じゃった。褒美としてこのダークグラスパー最後のメールを受け取る栄誉をやろう!!」

 スマホの画面に視線を落としたままのカトブレパスギルディへ向けて、ダークグラスパーは高らかに宣言する。

「────ここから先は、テイルブラックが相手じゃ!!」

 だがカトブレパスギルディは、俯いたまま肩を震わせて笑う。

「……正直オワコンのダークグラスパー様から今更メールなぞ頂いても、もはや何の栄誉にもなりはしませんな」

「なんじゃとぉ!?」

「────ですがっ! テイルブラックと言う、全世界最高最新の、ツインテールの戦士からの初めてのメールとあらばっ! 散っていった戦友(とも)にも誇れる最高の名誉でございますっ!!」

 カトブレパスギルディは、二対の瞳から滂沱の涙を溢れさせながら晴れやかな、心からの笑みを浮かべていた。

「頼みましたわ! ()()()()!!」

「もし負けたりしたら、関節技フルコースだからねテイルブラックー!!」

 イースナでもダークグラスパーでもなく、テイルブラック。ツインテイルズの一員として彼女を認めたイエローとサンダー二人の声援が、初めての友を得た彼女に果てしない力をくれる。

死の二菱(ダー・イノ・ランヴァス)────“元”右牙の副将(ライトファング)・カトブレパスギルディ! いざ勝負!!」

「よかろう! 存分に来い! わらわの友を痛めつけてくれた報いを、たっぷりと受けさせてやろう!!」

 二人の間に閃光が奔り、小爆発が起こる。カトブレパスギルディのレーザーが、テイルブラックが眼鏡から放った光線に迎撃されたのだ。

 それをゴングに駆け出したテイルブラックは、闇の大鎌ダークネスグレイブを手に斬りかかってゆく。

 斬撃を剛腕で迎撃するカトブレパスギルディだったが、横合いからミサイルを浴びせられ体勢を崩す。

「ウチのことも、忘れたらアカンでー!」

 上空を旋回するメガネウインガーが、隙あらばテイルブラックへ航空支援を行おうと、虎視眈々と付け狙っていた。

 テイルブラックに集中すればメガ・ネプチューンが、メガ・ネプチューンに注意を払えばテイルブラックがここぞとばかりに攻め込んでくる、表裏一体の連携戦術だ。

「卑怯などと言ってくれるなよ?」

「ふははははは! お二人は正に比翼の鳥、連理の枝! 右のレンズと左のレンズが如き素晴らしき連携に、かえってこちらの闘志が燃え上っておりますぞ!!」

 

「すごい……」

「テイルブラックって、あんなに強かったんだ……」

 テイルイエローは出会い頭にカオシックインフィニットの幻影に飲まれ、テイルサンダーも映像越しにしか彼女と対峙したことは無いため、直接刃を交わした経験は無い。

 だが見えすぎるあまり距離感が狂った視界の中でも、強敵相手に一歩も退かない彼女の強さは充分に感じ取れる。

 

「────メガ・ネ!」

「ほいきた!」

 激戦の中、地に伏した仲間たちに視線を巡らせたテイルブラックは、阿吽の呼吸で変形したメガネストライカーへ飛び乗ると、アクセルを最大に吹かしてカトブレパスギルディへ突き進む。

 走行速度が一瞬でMAXスピードに達する中、身を屈めて車体と一体になった彼女を包み込むように、最大展開されたフォトンアブソーバーが可視化する。

「「ブロウクン・メガネ!!」」

 テイルブラックのエネルギーも加えた最大威力のブロウクン・メガネが土手っ腹に炸裂し、重量級のはずのカトブレパスギルディはもろともに廃工場へと激突。金属の建材が崩れ落ちる轟音と、粉砕されたコンクリートの粉塵を上げて沈黙した。

 巨大要塞と超高速要塞の激突は、メガネストライカー側に軍配が上がったようだ。

 

 固唾を飲んで見守るイエローたちは、不自由な視界を必死に凝らして彼女らが突っ込んだ廃工場を見つめる。

 土煙の向こうが見えるならいいものを、舞い上がる粉塵の一粒まではっきり見えてしまうのがなんとも煩わしい。

 

「メ、ガ、ネエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」

「「のわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」

 

 どちらも「やったか!?」とは口に出していないし、内心思ってすらいないにもかかわらず、カトブレパスギルディは二人を押しのけて咆哮し、その姿を見せる。

「うそ……まだ生きてるなんて」

「なんてしぶといのよ……」

 だが奴も無傷ではない。胴体には轍の痕がくっきりと刻まれ、角もへし折れ、頭部の目玉は衝撃で潰れており、満身創痍な全身から所々スパークが奔っている。

 どう見ても事切れる寸前、燃え尽きる寸前の蝋燭の様相だが、解析を続けていたトゥアールはテイルブラックへと通信を繋げた。

『イースナ、私の声が聞こえますか?』

「聞こえるぞ! わらわにも、トゥアールの通信が聞こえるぞ!!」

 嬉しそうにはしゃぐテイルブラックへ、トゥアールは神眼鏡を預かった際に通信機能を組み込んだのだと語る。

 だがグラスギアへ組み込まれたのはそれだけではない。テイルギアを模倣する際、イースナが解析しきれずに放り投げたブラックボックスに、トゥアールはあるシステムを組み込んでいた。

『その名はインフィニットシステム。あなたとメガ・ネプチューンの力を合わせた、グラスギア最強の切り札となるはずです』

 その起動プログラムは既に入力済み。後はぶっつけ本番だがやってみるだけだ。

『今のカトブレパスギルディは、眼鏡属性を求めるあまり、飢えた獣のように暴走しています。分析しましたが、眼鏡属性のみを吸い込むブラックホールみたいなものです。他の属性で戦えるものが居ない今、もはやこの場にある眼鏡属性を食い尽くすまで、止まることは無いでしょう。それこそあなたの完全開放(ブレイクレリーズ)をもってしても』

 生半可な眼鏡属性は通じない。通用する他のツインテイルズは戦闘不能。

「止められるのは、わらわたちのインフィニットシステムだけ、と言うことじゃな?」

「ほな、いっちょやったるか!」

 

「メエエエエエエエエガネエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」

 

 もはや知性すらも失って、本能のまま眼鏡を求める獣と化したカトブレパスギルディを前に、テイルブラックは探り当てたシステムを起動させる。

「ゆくぞメガ・ネ────!!」

「「インフィニットコンバイン!!」」

 二本の指を揃えて左右のアンダーリムをなぞり、二人の叫びが唱和した。

 敵へ向けて駆け出すテイルブラックを追うメガ・ネプチューンが、関節各部から光条を噴き出すと数十ものパーツへ分割される。

 テイルブラックの黒いオーラに負けずに輝くその光は、まるで地上に降りた大銀河だ。

 拳や爪先が収納され、次々にその姿を変えてゆくパーツは、我が子を抱く母親のように彼女を取り巻いてゆく。

 グラスギアの黒い装甲が、上から白銀の装甲に覆われた。組み変わり、折りたたまれ、寸法を調整されたメガ・ネプチューンの腕はテイルブラックの腕に、メガ・ネプチューンの脚がテイルブラックの脚に────

 胴体部を構成していたパーツ群がバックパックを組み上げ、片翼だった彼女に両方揃った翼を与える。

 メガ・ネプチューンの頭部が胸元へドッキングし、仕上げとばかりにグラスギア頭部の悪魔めいた角飾りが、ツインテールめいたブレードアンテナに新生し、メガ・ネ自身のツインテールと合体した。

 

「テイルブラック────インフィニティチェイン!!」

 

 二つの眼鏡────二つの∞が一つになって、真なる無限をここに描く。

 イースナと、グラスギアと、メガ・ネプチューンの三位一体。トゥアールの手による、眼鏡属性三重共鳴がここに爆現した。

 

「成功してくれましたか……エレメントギアを解析していなかったら、とてもここまでは仕上げられなかったかもしれませんね」

 トゥアールは基地で彼女たちの活躍を見守りながら、安堵の声を漏らした。

 周囲の被害はともかく、三重共鳴を余裕で耐えられるエレメントギアのデータが無ければ、この合体はきっと成功率が極めて低いものになっていただろう。

 彼女たちの絆の強さなら、成功率など単なる目安だとばかりに、それでも成功させていただろうが、危ない橋を渡らないに越したことはない。

 ────向こうの私なら、どんな答えを出すんでしょうね?

 トゥアールは、自身と同じくイースナたちを助けただろう、世界を隔てたもう一人の自分へと思いを馳せた。

 

「メ、メガネェ……」

 膨れ上がった凄まじい属性力に気圧され、カトブレパスギルディは、思わず後ずさった。

「ほほう、獣に成り下がっても力の差を理解する頭は残っておったか」

 漆黒と白銀、光と闇の両翼を得たテイルブラックインフィニティチェインは、その隙を逃さず猛然と懐へ飛び込んでゆく。

「メガネッ!?」

天空(そら)へのランデブーじゃ! わらわ直々のエスコート、光栄に思うがよい!!」

 重量級のカトブレパスギルディを軽々持ち上げて、上空へと一直線に急上昇するテイルブラックは、音速突破に伴って発生したショックコーンで雲を吹き散らし急制動。

 慣性の法則に従って、空中へ放り出されたカトブレパスギルディへ向けて、必殺技の体勢を取る。

 ダークネスグレイブが完全開放され、漆黒の弓に。さらに分離された背中の両翼が組み合わさって、十文字を描く壮麗な剛弓に。

 

「ああ……見える! イースナちゃんの姿が、はっきりと見える!!」

「わたくしにも見えますわ! 新たな姿で大空を舞う、テイルブラックの姿が!!」

 今になって眼鏡が馴染んだのか、遠く距離を隔てたのが功を奏したのかは定かではない。

 だが今この瞬間、地上から空を見上げる彼女たちの目には、友の一世一代の晴れ姿が、先立っての宣言通りしかと焼き付いていたのは確かだった。

 

「わらわの眼鏡は────無限じゃ!!」

 眼鏡とツインテールから具現化された光の矢をつがえられ、限界まで引き絞られた弓が遂に解き放たれる。

「インフィニットバニッシャ──────────────────────ッ!!」

 放たれた光の矢は、∞の文様を描きながら螺旋の飛行機雲を曳いて飛び、カトブレパスギルディの胴体へ見事に着弾した。

 瞬間、その身体を巨大な∞が包み込み、雲を抜けた先の染み一つ無い大空のキャンバスに爆炎の花が咲く。

 

「テ……テイルブラック……素晴らしき……眼鏡でありましたっ!!」

「今更意識を取り戻しても遅いわ、たわけ……」

 最終闘態が解除され、カトブレパスギルディは落下しながら、みるみるうちにスティラコギルディへと戻ってゆく。

「これで私も……ファイアフライギルディのもとへ……戦友に、良き土産話が出来ますことを感謝します!!」

 一片の悔いも無い晴れやかな笑顔でスティラコギルディが爆散し、飛んできた属性玉を受け止めながら、テイルブラックは友の待つ地上へと舞い降りた。

 

□□□□

 

 激闘の続いた夏休みが終わり、遂に新学期がやって来た。思えば苦しいだけでなく、かけがえのない出会いにも満ちた充実した日々だった。

「そう言えばイースナって、マンションに引っ越したんだって?」

「ああ、あの日の夜に俺の両親帰って来たから、前もって目星付けておいた所に引っ越して、防護体制だけでも固めるんだって」

 でもイースナははっきりとツインテイルズの一員として宣戦布告したわけだし、こちらの居場所を探ろうとしない奴らの方針から言えば、かえって安全かもしれない。

「それにしてもあの戦いじゃ、俺たちみんないいとこなしだったよなー」

「ああ……まさか愛香のツインテールに夢中になって戦えなくなるなんて……」

「戦いじゃなければ大歓迎なんだけど……ゲフン、すぐに眼鏡が消えてくれたからよかったけど、もしあのままだったらと思うとぞっとするわー」

 俺は総二、愛香、トゥアールらと通学路を歩きながら、途中会長たちと合流しつつスティラコギルディとの戦いを振り返る。

 道中、愛香がトゥアールを、グラスギアのパワーアップをネタにからかっていたが、やはりなんだかんだ言って大切に思っているんだろう。

 桜川先生は泊りの時に護衛を止められていたのが堪えていたようで、職務を果たせないことにため息をついていた。

 話は変わるが、今日の八月二十五日は俺の十六歳の誕生日で、結維たちは合同で何かプレゼントを用意してくれている。

 恋香さんたちも祝いに来てくれる予定だが、イースナ────俺のお気に入りのアイドル、善沙闇子が仲間になってくれたのが、一足早い誕生日プレゼントだと思うことにした。

 

『────誕生日、おめでとう!!』

 

 放課後、基地の一室へ呼ばれた俺が目にしたのは、夏休みの間にイースナ自身から正体を知らされた、結維と会長が用意した善沙闇子のバースデーライブだった。

 腰が抜けそうなほど驚いたし、思わず「結維愛してる!」と叫んでしまったほど嬉しかったものだが、善沙闇子とメガネドンの正体がイースナとメガ・ネプチューンだったということがみんなに知れ渡り、そのことを初めから知っていた総二と俺は、ライブが終わった後にこぞって詰問されることとなった。




原作のインフィニットコンバインのシーンって、あれ絶対ジェイデッカーが元ネタだと思うんですがどう思います?
ファイヤージェイデッカー初合体の成功確率は五万分の一、失敗すると合体、戦闘は出来てもどちらかの超AIのデータが吹き飛ぶ的な。
あまりにそう思えてならないのでメガ・ネにグレート・ダッシュさせておきました。

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