「────一体どういうことだい!?」
アルティメギル基地の一室。スタッグギルディの部屋に、普段穏やかなスタッグギルディらしからぬ怒声が響く。
帰還したスティラコギルディは、
「この世界は、ダークグラスパー様の指揮の下、僕ら美の四心が筆頭を任されているのは知っているだろう!? 君たち
合流どころか勝手に侵攻し、ツインテイルズと交戦したのだ。侵攻を任された部隊長としては看過できるものではない。
今回の出撃はあくまで独断によるものであり、死の二菱の者はビートルギルディの居る世界へ向かったプテラギルディ以外、誰一人動いていないとの言葉に、スタッグギルディは目を見開いた。
さらに、ダークグラスパーが二人とも反逆者として任を解かれ、スティラコギルディとプテラギルディが首領直々に討伐を命じられたことを知らされ、スタッグギルディは愕然とする。
ダークグラスパー様は理由なくそんなことをする方じゃない、一体何が有ったのかと尋ねるものの、おいそれと話せるわけもなく、拒絶されてしまう。
確かに美の四心一同、一人の例外を除いて、彼女からアドレスを教えられていながら一度も返事をしたことが無い。
その不満が積もり積もって爆発してしまったのか────?
「なあスタッグギルディよ、貴様は自らの属性にちゃんと向き合えているか?」
「……突然何を言うんだい?」
不意に場違いな問いを投げかけられ、スタッグギルディはスティラコギルディを訝しむ。
「我が属性は
スティラコギルディは、その声にわずかな悲しみの色を滲ませてぽつぽつと語り出す。
「普通なら……これでやっと属性力を奪う機会がやって来たと、喜ぶところなのだろう……だが、彼女の処罰を命じられ、相棒を傷つけられた彼女の悲しみを目の当たりにしたとき、私の胸に去来したのは張り裂けんばかりの痛みだった」
その姿に、スタッグギルディはハッとした。
「長年手にすることも許されずに、見せつけるように眼前にぶら下げられていた高純度の属性力を────奪いたくないと、いつまでも眺めていたいなどと、エレメリアンにあるまじきことを思ってしまったのだ!!」
膝から崩れ落ち、床へ拳を叩き付けるスティラコギルディは、そのまま堰を切ったように胸の内を吐露してゆく。
「情けないだろう……? 友として競い合ったファイアフライギルディが、同じことを言った時には堕落したかと思った私が、奴と同じ気持ちになっているのだからな……」
「君は……まさか」
今まで抱えていたものを吐き出したスティラコギルディは、先程とは一転した力強い声色で、スタッグギルディへ懇願した。
「スタッグギルディよ……頼む! 今しばらく部隊の出撃を控えてはくれまいか……?」
修行を終えて士気が高まっている中、そうするのは得策ではない……だが。
「わかったよ。でもダークグラスパー様が謀反されたことは、部下には伏せておくからね」
こちらとて、徒に他部隊の士気を下げるつもりはない。と言い残し、去ってゆくスティラコギルディの背中を見送るスタッグギルディは、誰に聞かせるでもなく呟いた。
「絵画を極めたあの兄さんですら、エロ漫画は描けなかった……僕らエレメリアンが、どんなに恋い焦がれても……人間にはなれないんだよ……?」
□□□□
「あのスティラコギルディが、イースナに差し向けられた刺客なんだな……」
エレメリアンを取り逃がした夜。秘密基地アイノスのコンソールルームで、総二と愛香、トゥアールは結経由で知らされた情報を基に対策を練っていた。
あいつ自身も言っていたが、初めから属性力を奪うつもりが無さそうだったのは、逃げたダークグラスパーを探し出すことが任務だったからだろう。
「ですがイースナを炙り出すにしても、やることが中途半端すぎます。他の目的があるのかもしれません……」
「結局、わかったのは新しい部隊の名前だけ、ってことね……」
「メガ・ネプチューンの修理が終わり次第、スティラコギルディの能力への対策も考えておきます」
「ああ、でも無理はしないでくれ」
「ご心配なく。終わったらその分甘えさせてもらいますから」
「じゃあ今晩は久しぶりに二人っきりで過ごさせてもらうわね」
そんなやり取りの後、愛香は総二と連れ立ってトゥアールと別れた。
「────これで、よし。終わりましたよ、メガ・ネ」
「おお! 前より調子よくなった気がするで!! おおきにな、トゥアールはん」
切れた回路を繋ぎ、構造材の罅を補修し……
よみがえった彼女もご機嫌な調子で、繋ぎ直された左腕をぐりんぐりん回している。
「ふああ……少し横になりますので、一時間くらいしたら起こしてもらえます?」
あくびをし、研究室のリクライニングシートを倒して仮眠をとるトゥアールの頼みを快諾したメガ・ネプチューンは、毛布を掛けてやろうと腹の引き出しをまさぐり、間違えて一枚のバスタオルを手に取った。
「あ、このタオル……返すの忘れとったわ。後でミラージュはんに届けたろ」
それはかつて、戦いの果てに全裸になったダークグラスパーへ渡されたバスタオル。洗濯しなおしたものの、借りたまますっかり返す機会を逃していたそれに気づいた彼女は、引き出しにしまい直すと改めて毛布を出し、ひと眠りするトゥアールへ掛けてやる。
「イースナちゃんも、向こうで楽しくしとるみたいやしな……」
聞くところによればイースナも、友達が出来たらしい。
今までずっとひとりぼっちだった彼女の人生に
□□□□
翌朝、基地へ集まった俺たちとイースナの前に、修理を完了したメガ・ネプチューンが姿を現した。
左腕がちょいとギクシャクするわけでもなく、完全に元通りだ。
「よかったね、イースナちゃん」
「はい……ありがとう、トゥアールさん」
涙を滲ませて再会を果たした二人に、俺たちは口々に祝福の言葉を浴びせる。
「あ、そうそう、結くん。……いつぞやのバスタオル。ちゃんと洗っといたで」
「あ、これはどうも」
メガ・ネプチューンは、そう言って腹の引き出しから一枚のバスタオルを取り出し、俺に手渡した。初めての戦いの時、変身解除されたダークグラスパーに貸してやったものだ。
そんな中、結維がちょっとちょっとという手つきでメガ・ネプチューンに声を掛ける。
「メガ・ネさんメガ・ネさん。お宅のイースナちゃんについて、ちょっと言いたいことが有るんですが」
「どうしたん結維ちゃん?」
「あの子、メール送ってくる度に何十通、下手したら100通とか、バカみたいな数送信してくるんですけど、どうにかできません?」
「うん。困ったことしたら遠慮なく、ガツンといったってええんよ?」
「だって。お母さんからお墨付きが出たわよ」
「ヒッ!」
にっこりと笑う結維は、怯えるイースナの肩をポンと叩くと、根性を鍛え直してやると言い、会長を連れて廊下へと出ていった。
「あ、トレーニングルームに行ったようですよ?」
「トレーニングルームかー……イースナちゃん、引きこもりやから少しくらいは体力付けんとな……」
俺も合間を見て使わせてもらっているトレーニングルームは、トレーニング機器だけじゃなくプールやスパも完備されている。
エレメリアンとの激闘だけでなく、夏休みによって時間が増えた日々のトレーニングの甲斐あって、入学当初に比べて贅肉も随分落ちたものだ。
力士から太めのプロレスラーに、といったところか。
……変身したあとの胸と尻は全然減らないけど。
普段引きこもりだというイースナの有様が気になって覗いてみると、彼女はチーンという効果音を鳴らしたくなるほど見事に死んでいた。イースナ、死亡確認と言う奴である。
「わたしより体力無い慧理那ちゃんでももっとやれるわよ……?」
隊長気取りで松葉杖を持って監督していた結維も、あまりの惨状に呆れ顔だ。
会長は、ルームランナーでひーひー言いながらも、明日の朝日がこのわたくしテイルイエローですわー! と元気に叫んでいる。
その後も、出現したスティラコギルディと、ツインテイルズのもぐら叩きじみた追撃戦は幾度となく続いた。
ある時は夜にアサリの密漁を目撃してしまった眼鏡の少女を、密猟者の毒牙から守るために駆け付け。またある時はショーウインドーのトランペットを眺める少年のようなまなざしで、ショーケースに飾られた善沙闇子仕様の眼鏡を眺める少女に眼鏡を買ってやるなど、その行動は常人の理解が及ばないところがある。
しかしあの密猟者に襲われてた中学生くらいの子、姉妹揃って眼鏡だったのはポイント高かったな。あのお姉さんの同級生っぽかった男の子にホの字だったのも、一夏の恋って感じでときめくぜ。
まあ男の子のほうは、別に好きな人居るっぽかったのがかわいそうだったけど。
「イースナを追って来たくせに、コンタクトや伊達眼鏡を駆逐しようとしたり、眼鏡を守ろうとしたり、一体あいつは何がしたいんだ……?」
「もしかしたら、だけど……あいつ、ファイアフライギルディと同じなんじゃないか?」
その一言に、みんなの視線が俺に集中する。
「あのエレメリアンも、ダークグラスパーや善沙闇子のファンだっての!?」
「例えば……刺客に任命されたけどそれは不本意で、ダークグラスパーに嫌われたくないから眼鏡を後押ししてるとか、眼鏡を奪うのはダークグラスパーだけにとどめたいとか?」
「あながち、結さんの言うことも外れてないかもしれません」
自分なりの考えを例に出す。愛香が素っ頓狂な声を上げるも、トゥアールは俺の考えに賛同した。
「ですが、眼鏡属性を盛り上げるだけ盛り上げておいて、イースナだけでなく他の眼鏡属性の持ち主を一網打尽に狙って来るということも考えられます」
首領は血も涙も無いそうだからな。ダークグラスパーと違って部下に嫌われるような命令でも、平気でしてくる可能性はある。結局、戦って確かめるしかないってわけか。
俺たちはTVに映し出される、スティラコギルディの奇行に困惑するコメンテーターと、未だ話題になっているコミケで執り行われたレッドとブルーの結婚式の映像を眺めながら眉をひそめた。
徒労感を覚えながらも今日の戦いを終え、メガ・ネプチューンを伴って転送装置で帰宅した俺たちは、ここ最近の通りミラージュ、イエロー組全員で食卓を囲む。
今日は冷たい麺料理。といっても素麺や冷や麦なんていう芸の無いありきたりな料理ではない。
焼きそばの麺をレンジで蒸して冷水で締め、サラダ用の茹で鶏と千切り胡瓜を盛りつけたお手軽バンバンジーを喰らうがいい。
「胡麻ドレッシングがおすすめだけど、辛いのが平気な人は豆板醤入りの味噌だれもおいしいぞ」
暑いときに手軽に食べるだけなら蕎麦や素麺も悪くは無いんだが、運動で疲れてるときはやっぱり肉だろう。
ちなみに市販の茹で鶏を使ったメニューだが、塩もみして水気を絞った千切り胡瓜や玉ねぎを、バジル味のチキンと合わせて、冷水で締めたパスタとオリーブオイルで和えた冷製パスタもおいしいぞ。
「あの……おかわり、お願いします」
普段以上に身体を動かしてお腹が減っていたのだろう。イースナの手でおずおずと差し出された器に、俺の表情がほころんだ。
やはりきれいに食べてもらうと、料理を作った側としては嬉しいものだ。
「よし来た。多めに用意してあるから他のみんなも遠慮しないでね」
「ああ……イースナちゃんがこんな元気に……」
はーい! という元気な声と、我が子の成長に感極まってバイザー状の目元を押さえるメガ・ネを背に、俺は台所で新しい麺と具材を盛りつけた。
□□□□
深夜を回った観束家。俺はカーテンの隙間から月明かりが差し込むベッドの上で、初めてトゥアールと二人きりで床に就いていた。
「もうすっかり三人に慣れちゃってるから、なんか落ち着かないな」
「そうですね、総二様」
身を寄せる彼女の豊かな胸の感触が、俺の胸板に圧し掛かる。
何度手で触れたかわからない、ツインテールと並ぶほど愛した彼女の柔らかさだ。
「なあトゥアール……」
「何ですか?」
こういう時に、他の女の子の話題を出すのはマナー違反だっていうのはわかっているんだが、伝えないわけにはいかない。
「俺、イースナを救いたい。そりゃあ俺からしたら、トゥアールにしがみ付いてるライバルみたいなもんだけど、あの子はまだ子供なんだ。今よりずっと小さい頃にトゥアールに救われて、ツインテールに憧れて……」
世界から全ての属性力が奪われるのを目の当たりにして、たった一人眼鏡を守るためにアルティメギルへ身を投じた彼女の苦悩を、俺は想像で推し量ることしかできない。
たった一つでも、愛する物を全身全霊で守ろうとするのは素晴らしいことだ。だが侵略者の側からそれを行おうとするのは間違っている。
俺は右手のテイルブレスを可視化し、胸に当てた。
「彼女は、トゥアールが最後まで守り抜くことが出来たただ一つのツインテールなんだ。俺は……このトゥアールのツインテールに誓って、彼女のツインテールを守りたいんだ」
「総二様……!」
銀髪を美しく輝かせる薄明りの中、俺とトゥアールの唇が近づいてゆく。彼女を抱き寄せる中、不意に髪の長い女の影が、窓の外で夜風に揺れているのが見えた。
「そ~~~~~~~~~~~~~~~~じぃ~~~~~~~~~~~~~~~~」
一瞬呪いのビデオの悪霊かと思ったが、愛香だった。
「おわあっ!? あ、愛香!?」
「せっかくいいところだったのに……なんで邪魔しに来るんですか愛香さん!!」
窓を開け、部屋へ入って来た愛香は、泣いているのだろうかすんすん鼻をすすり、パジャマの裾で目元をこすりながらベッドへ歩み寄る。
どうやら俺たちが落ち着かなかったように、一人寝が予想以上に堪えたらしい。
意外な子供っぽさに、俺たちは揃って苦笑した。
「もう……しょうがないですねえ愛香さんは。甘えん坊さんなんですから」
「ほら……おいで」
持ち上げたシーツの中へ手招きするが早いか、愛香はするりとベッドへ潜り込み、俺の腕の中へ納まった。
やっぱり
あるべきところに収まったせいなのか、急速に睡魔が襲って来る。
夜空に浮かんでこちらを見下ろしている、すっかり欠けて歪になってしまっている月が、どこか微笑んでいるような気がした。
イースナフラグはへし折りましたけど、イースナ=トゥアールが最後に守れたツインテール。は何としても使いたかった。