世間がお盆真っ盛りのシーズン。俺たちは晴天の下、要塞の如き巨大展示場が聳える埋め立て地に出現した、見渡す限りの人の海に圧倒されていた。
ちょっとした町の人口に匹敵するその集団は、日本各地からただ一つの目的のために朝早くから集結していたのだ。
日本最大の同人誌即売会、通称コミケである。
「憧れてはいたけれど、同人はショップ委託かダウンロード販売でしか買ったことなかったからなあ……やっぱ本物のイベントは凄いな」
「おい結、俺たちは観光に来たわけじゃないぞ?」
「わかってるさ。でもこれだけの数、巻き込まないよう戦うのは骨だぞ……」
俺たちがここに来ているのは、何を隠そうこの即売会が、エレメリアンのターゲットにされるからだ。
何故今回だけ予想できたか疑問に思った愛香が、大きなトートバッグを提げたトゥアールに訊くと、彼女の世界でも即売会が狙われたからだという答えが返って来る。
中身はサークル参加して潜入するための頒布物らしい。しまった! こうなると知っていたらWEBに投稿していた漫画のあれこれをコピー本にして持ってくるんだった!!
「うう……イエローのイラストが一枚も載ってませんわ……」
「仕方ないよ、慧理那ちゃん。イエローが出たのは五月で、差し替えの締め切りが四月の前半までだったんだから」
カタログをめくる会長が、イエローの姿が無いことにへこみ、結維に慰められている。
だがいざ入場という段になって、問題が発覚した。
トゥアールがとったスペースは合同サークルで2スペース分なのだが、サークルチケットに割り当てられた人数は、合わせても6人までなのだ。
俺たちは八人────誰か二人は、一般入場が開始されるまで待たなければならない。
厳正な話し合いの結果、総二と愛香が一般参加の列に入ることとなった。
トゥアールは代表だし、会長たちを炎天下に放り出しておくわけにもいかない。先生は護衛だし、恋香さんも言わずもがな。
まあ、たまには二人っきりにしてやりたいという親心も有ったりするのは否定しない。
しぶしぶ納得してくれたトゥアールへのフォローとして、会場を巡回する際に総二と二人で回れるように取り計らってやった。二人が一般参加で合流が遅れるのを考慮して、結維、会長、先生。俺、恋香さん。総二、トゥアール。総二、愛香の順だ。
チケットを受け取った俺たちは、桜川先生の先導で入場し、記載された場所を目指して進む。
何を頒布するのか訊いてみると、ツインテイルズの応援歌を同人CDとして作成してきたそうだ。会長が目を輝かせて聴きたい聴きたいとはしゃいでいるのが微笑ましい。
スペースに到着した俺たちは、トゥアールの指示で机をディスプレイしてゆくが、騒ぐ声が聞こえたので振り向くと、向かい側の机で桜川先生がスタッフの女の人ともめていた。
どうやら机の上のチラシに婚姻届を紛れ込ませていたらしい。
「イタズラじゃない! ちゃんと『私と結婚したら同人誌の印刷代99%OFFクーポン』を婚姻届にホチキス止めして配っていたんだぞ!!」
先生は捕獲された宇宙人のように、スタッフ二人掛かりで腕を掴まれ連行されていった。
ここでも騒ぎを起こすのか……あの人も少しくらい我慢すればいいのに。
「これが手作り!? お店で売ってる本物のCDみたい!!」
テーブルクロスやディスプレイスタンドのセッティングが終わり、取り出された頒布物のクオリティに俺たちは目を剥いた。
手作りの同人CDというと、市販品の録音用CDに一枚ずつ曲を焼き込んで家庭用プリンターでレーベル面を印刷。包装は無しか、口元の粘着面で封をするタイプなイメージがあったが、これはキャラメルフィルムで個装されている上に、フルカラーの印刷面も見事なものだ。業者に頼んだものとまるで区別がつかない。
「さて、これで準備は終わりました。後は連絡があるまで会場内を各自一時間交代で、見物やお買い物を楽しんでください」
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開場のアナウンスが流れた後、結維は慧理那、尊と共に特撮ジャンルで出品しているサークルの元へ向かっていた。
ツインテイルズのポスターが、戦国武将の旗差物のように林立する中を通り抜け、油断すれば潰されそうになってしまう人ごみの中を、結維と尊の二人で慧理那を庇いつつたどり着いた、先程居た場所とは反対側のホール。
慧理那はそこで思わぬ人物との再会を果たした。
「もしやあなたは……牧須豊美得先輩!?」
「はい、どうぞ見ていってくださ……どえええええええええええええええええええ!? 神堂さんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!?」
条件反射で接客しようとした彼女は、慧理那の姿に気付くや目に見えて狼狽え、椅子ごと仰け反る。
誰なのかと結維が問えば、卒業した先代生徒会長なのだと慧理那が答えた。
ウェイビーにパーマのかかったツインテールの彼女は、もはや他人の振りは出来ぬと悟り、当たり障りのない言い訳でこの場を逃れようとする。
「ま、まあちょっとした趣味でね。大学に行ってからはのびのびやってるっていうか……えっとね、神堂さんにはこの本の元ネタわからないと思うから……」
だが慧理那の、毎週見ていますわ。との言葉に豊美得は逃げ道を塞がれた。
「牧須先輩も特撮がお好きでしたのね! 在学中ももっとお話ししたかったですわ!!」
慧理那の特撮好きは隠しているわけではなかったが、積極的に喧伝しているわけでもないため、不幸にも豊美得は知らなかったらしい。
どう切り返してこの窮地を脱しようか。豊美得の顔にはだらだらと冷や汗が浮かぶ。
彼女の瞳が救いを求めるように隣に立つ結維へ向けられ、内容を説明して諦めさせてくれと縋った。
「うわあ……」
渡された同人誌に目を通した結維は、その内容に嘆息した。
題材にされているのは、結維自身、兄と一緒に見ている旋風戦隊ラセンジャーだ。
動物や自動車、恐竜や忍者モチーフの戦隊が数年おきにリバイバルするように、この戦隊も、メンバー間で三角関係が勃発するというトレンディードラマ系戦隊に分類される。
恋のさや当てだけでなく、対立するレッドとブルーに戦いの中で芽生える熱い友情も見どころの一つなのだが、この同人誌ではそこが怪人の巨大化レベルの拡大解釈をされており、開始2ページで二人が全裸になり、お子様には見せられないバトルが勃発してしまっていた。
ううむ、これは
「じゃあ一冊お願いします。五百円ですよね」
結維は本を読み終えると、ふうと息を吐き、笑って小銭を差し出した。豊美得は値札を隠すのも忘れて凍り付いた。
彼女が一縷の望みを賭けて縋り付いた蜘蛛の糸を吊るしていたのは、御仏ではなく悪魔だったのだ。
「さあ、ずっと立ち止まってると他の人の迷惑になるから他の所行こうね」
「はいですわ。牧須先輩もごきげんよう。次のイベントでも絶対買いに来ますわ!」
十八禁の同人誌だと止めることもできず、望みを絶たれた豊美得はFXで全財産溶かした顔になり、結維たちの姿が見えなくなった頃にようやく我に返ると、机に突っ伏して声にならない悲鳴を上げた。
周囲のサークルにもその恐怖は伝播し、長友結維の姿は“天使を引き連れた悪魔”“黄色いリボンの悪魔”として特撮サークル間で語り継がれることになる。
なお「おねえちゃん、牧須豊美得って人、知ってる?」と結維が心底楽しそうに恋香へ伝えたせいで、牧須豊美得は後輩だけでなく先輩とも再会を果たし、真っ白に燃え尽きたという。
この流れで妹が何をやらかしたのか察した結は、黄色い悪魔の誕生だと呟いた。
□□□□
結維たちが戻ってくるころ、総二たちも無事合流を果たした。炎天下の行軍で咽喉が渇いただろうと、俺はリュックから取り出した冷たいスポーツドリンクを渡してやる。
「サンキュー結」
「あー! 生き返るー!!」
500mlのペットボトルを一気に飲み干した愛香は、恋香さんから差し出されたハンドタオルで額に流れる汗をぬぐう。
「あの人数を見ただけで甘く見てた。実際並ぶと恐ろしい行列だったぞ……」
「日差しだけじゃなく、周りの体温も加わるから暑いのなんの……」
「二人とも、お疲れさん。しばらく休んでていいぞ」
「じゃあ行こうか恋香さん」
「愛香、総くん。行って来るわね」
俺たちは、トゥアールの取り出した発明品、冷風の吹き出すハンディ扇風機で絶賛冷却中の二人を後にして、川の流れのように移動してゆく行列へ身を躍らせた。
恋香さんの盾になりつつ、人垣を掻き分けてテイルブルー推しやテイルレッドとのカップリング本を出しているサークルを中心に回ってゆくと、ものすごい行列を成しているサークルが目に入る。
売れっ子のサークルは外周部、いわゆる「壁」に配置されるものだが、このサークルはホールの中程、「島」であるにも関わらず客が殺到し、スタッフが苦労して列整理に奔走していた。
「すごい人気のサークルさんね。有名な漫画家さんなのかな?」
「いや、そういうのは壁際に来るから、違うと思うけど……あ、テイルレッドとテイルブルーが居る」
最後尾の札が掲げられる列を目で追ってゆくと、サークルスペースに見慣れた赤と青の二人組が居るのが見える。
コスプレかと思いきや、どうやら売り子さんの着ている着ぐるみらしい。遠目に見ても判るほどのクオリティーに、並んで本を見てみたい衝動に駆られるが、この行列では時間に間に合わなくなる恐れがあったため、泣く泣く諦めることにした。
「悔しいけど、あそこの本は総二たちに頼んでおこう」
「じゃあ結維ちゃんたちに聞いた、牧須さんのところに寄ってもらっていいかな?」
「ええ、意外なところで知り合いに会えるのって、嬉しいですもんね」
十数分後。件の彼女のサークルにたどり着いたが、牧須先輩は腐ってる方だったので、当然のように悲劇が起きた。
理解のある恋香さんの慈母のような暖かいまなざしが、かえって痛かった。
自分たちのスペースへ戻って来ると、待ってましたとばかりにトゥアールが総二の手を曳いて、めぼしいレッドたんブルーたん本は手あたり次第買いあさりますよー!! と意気揚々と出撃していった。もちろん着ぐるみの売り子が居る、あの人気サークルのことを伝えるのは忘れない。
恋香さんと二人で椅子に座り、水分を補給しながら売り子を担当する俺は、会長に道中で見かけたコピー本を手渡す。
「長友君……これって、テイルイエローとテイルサンダーの!」
「カタログに載ってなかったのに、売ってたんだ!」
「回ってる最中に見かけたんで、買っておきました。サークルカットは間に合わなくても、本を出してくれていたファンは居たみたいですよ」
テイルサンダーの登場は七月半ばという夏休み直前のシーズンで、とてもサークルカットに記載できる時期ではない。
印刷所も作画のスケジュールもギリギリなため、このような突発的なコピー本ぐらいでしか出せなかったのだろう。
「長友君、ありがとうございます!」
「おにいちゃんありがとう!」
「お嬢様も長友妹も、良かったですね」
お礼を言ってくれた会長たちへ鷹揚に返すと、俺は愛香の目を盗んで恋香さんに耳打ちし、釘を刺しておく。
「じゃあ恋香さん。例の本は愛香に見つからないようにお願いしますね」
「わかってるわ、結くん。ちゃんと大事にしまっておくから」
ちなみに、テイルイエロー1号とテイルブルーのカップリング本も奇跡的に発見することが出来たので、恋香さんのために購入しておいた。
レッド以外のカプなのがチクリと胸を刺したが、恋香さんのためだし漫画の中でくらいいいだろうと飲み込んで、プレゼントすることになったのだ。
そうこうするうちに、館内スピーカーからチャイムが響く。少し前に、不審物の警戒を促す放送があったが、またそれだろうか?
『コスプレスペースに、エレメリアンが出現したようです。イベント参加者の皆さまは、慌てず騒がず速やかに避難なさってください』
ついにこの時がやって来てしまったか。
「……トゥアールの予想が大当たりね」
「行こう、慧理那ちゃん!」
「はいですわ!」
「恋香さん、先生、ここは任せます!」
「ええ、わかったわ!」
「お嬢様たちを頼むぞ、長友たち!!」
俺たちは現場へ向かって駆け出すと、人目につかない外階段の影へ潜り込み
「「「テイル・オン!」」」
「ドライブ・オン!!」
□□□□
「ツインテイルズが来てくれたぞ!」
アニメやゲームのコスプレをしている人々が屋外の広場にひしめく中、安全圏のようにぽっかりと空いた円形のスペースの中心には、一体の虫型エレメリアンが地面に手をついて、力無くがっくりと崩れ落ちていた。
それにしても、なんという哀愁漂う姿なのだろう。ギザギザの鎌状に湾曲した両腕や、逆三角形の頭部といい、奴の外見は以前桜川尊を狙ったマンティスギルディを思わせる姿だが、色は茶色や黄土色が入り混じり、枯れ葉のような萎れたパーツが、ひょろひょろの細い体の各部を鎧のように覆っている。仕草だけでなく外見までもが、悲しい程しょぼくれていた。
「なによ、随分しょぼくれたエレメリアンね……」
「なあイエロー、あれって……カレハカマキリかな?」
「恐らくそうだと思いますわ」
カレハカマキリは、その名の通り枯れ葉に擬態して獲物を襲うカマキリだ。おそらくこいつも擬態して会場に紛れ込んだはいいものの、テンションが上がったせいで何かハプニングを起こし、正体がばれてしまったのだろう。
あの手のは近づいた獲物が油断した隙に、正体を現して襲い掛かるのがお約束だからな。とテイルミラージュは考察した。
「作戦は失敗だ……! 俺は皆の頑張りとスタッグギルディ様の面目を潰した大罪人! もはや生きて基地へ帰ろうとは思わぬ! ならばせめて、貴様らの属性力を奪い汚名を
「わかった────で、おまえの
テイルミラージュの言葉に、あ、ズルい! というイエローからの視線が向く。
「
イエローとミラージュがその名を聞いて、ライダーにも怪人モチーフとして登場したパラドキサハガクレカマキリに思い至る。
ほほう、いいモチーフだな! と東南アジアの某将軍のように悪役感たっぷりに返し、構えを取った三人。そして置いてきぼりになるブルーの元へ、合流の遅れていたテイルレッドが駆けつけた。
「遅れてすまない!」
「五人揃ったか……ならばこちらもゆくぞ! 者ども、いでよ!!」
テイルレッドへの歓声をバックに、いつも通りのアルティロイド襲来に警戒するツインテイルズだったが、モケーモケーと言いながら群衆を掻き分けて現れたその姿に困惑する。
「げっ!? テイルレッドと……」
「テイルブルー!?」
「テイルミラージュの格好のアルティロイド!?」
「……これって、あのサークルにいた着ぐるみか!? あの本売ってた奴らはアルティメギルだったのか!」
着ぐるみだ。アルティロイドは一人の例外もなく、ツインテイルズの着ぐるみを着ていたのだ。その外見にテイルミラージュとテイルレッドは、結が並ぶのを諦めるほどの行列が出来ていた例の人気サークルを思い出す。
数十体規模の戦闘員に取り囲まれ、背中合わせになる五人。
ハイクオリティーなツインテイルズ軍団の出現にギャラリーは沸き立ち、カメラのフラッシュがこれでもかと瞬く。
「これぞツインテイルズ着ぐるみ
アルティロイドをコスプレさせる意味はあるのかと疑問を抱くツインテイルズだったが、一部のメンバー、とりわけレッドには効果てきめんだった。
着ぐるみ部隊を盾のように整列させ、勝ち誇るパラドキサギルディ。
当然テイルレッドはツインテールを攻撃できない。ブルーは心を鬼にしてレッドの偽物へ拳を向けようとしたが、それを制したものが居た。
────テイルミラージュだ。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
やにわに絶叫したテイルミラージュは、猛然とアルティロイドたちに襲い掛かるとその土手っ腹に掌底を叩き込んだ。
内部に衝撃を伝播させ、着ぐるみを傷つけることなく本体のみを撃破してゆくその技に、テイルブルーや拳法を齧っていると思しき観客が歓声を上げる。
着ていたアルティロイドが属性力の粒子となって四散し、中身を失って抜け殻となった着ぐるみが、次々に力無く地面に崩れ落ちてゆく。
「な……なんということだ……!!」
自分の似姿はどうでもよかったが、偽物とは言え最愛の親友たちへ拳を向けざるをえなかった苦痛が、彼の心を棘のように苛んでいた。
テイルレッドへ縋り付く彼の眼からはとめどなく涙が溢れ、口からは言葉にならない嗚咽が漏れている。
「つらかったな。よく頑張ったな。よしよし」
そんな親友を、テイルレッドは泣きじゃくる幼子をあやすようにツインテールをさすり、宥めすかした。
「レッドたんのバブみが、とどまるところを知らない……!」
その光景にギャラリーも心打たれ、オギャりたいだのあれは俺を妊娠しているだの、好き放題言いながらシャッターを切る。
「ほら! いつまでも泣いてないでシャキッとしなさいよ!!」
戦いの最中だとミラージュを叱咤するブルーの姿に、またしても母性を感じたギャラリーは火に油を注がれて萌えあがった。
「俺もメってされたいですうううううううううううううううううううううううう!!」
「……もうわたしたちだけで、やっちゃおっか」
「ですわね」
もうレッドたちを放っておいて、自分たちでエレメリアンを倒してしまおうかと相談するテイルサンダーとテイルイエローだったが、上空から高速で飛来した何者かに驚いて、慌ててその場を飛び退く。
「パラドキサギルディ、遅れてすまない! 企業ブースでお宝を探すのに夢中で、騒ぎに気付くのが遅れてしまった。ツインテイルズ抱き枕は無事に買えたぞ!!」
「おおドラゴンフライギルディ! いいところへ増援に来てくれた!!」
急降下してきた蒼いトンボのエレメリアンが、散らばる着ぐるみから状況を察し、頭の半分以上を占める複眼に、闘志を燃やして閃光を放った。
「おのれツインテイルズ! 着ぐるみの仇、受けて見よ!!」
大きな目から放たれた波状光線が、レッド、ブルー、ミラージュの三人を包み込む。
「ああ! しまった! おねえちゃん!!」
だが次の瞬間ギャラリーの目に飛び込んできたのは、体操服を着せられた三人の姿だった。ご丁寧に、胸元の名札はひらがなで書かれている。
他の二人はまだしも、テイルミラージュなんてもう、かつて倒したタトルギルディが化けて出そうなほどぱっつんぱっつんである。
男性陣はマシンガンの勢いでシャッターを切り、女性陣は同性だからと遠慮の欠片もなくべたべたむにむにとボディタッチの嵐だ。
「どうなってるんだこれ!?」
「着せ替えられてるわけじゃない……ギアはちゃんとここにある!」
手から伝わる特殊繊維やアーマーの感触はそのまま。どうやら見た目だけが変化しているらしい。
「
「おねえちゃんのブルマ……うへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ……」
リードを離されたイエローは、慌てて飼い主を追いかけてゆく
「お次はこれだ!」
再びコスプレ光波がツインテイルズを襲う。どうやらターゲット以外には効果を及ぼさないようで、まとわりつくギャラリーやテイルサンダーには、当たってもすり抜けるだけで何の影響もない。
三人は婦警さんにされた。
「逮捕してくださいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「パンストペロペロ! ペロペロ!!」
ギャラリーが這いずりながら迫って来る。
テイルサンダーはいち早くミラージュのタイトスカートへ頭を突っ込み、パンストに包まれた太ももへ舌を這わせている。もう手遅れだった。
テイルミラージュとテイルイエローは流石に引きはがそうとしているが、テイルサンダーは梃子でも動かない。
「極めつけは、これだあああああああああああああああああああああああああああ!!」
三度コスプレ光波が照射されたとき、三人を純白のウエディングドレスが彩っていた。
「ぶち殺すぞ虫けらがああああああああああああ! 私はファッション感覚でウエディングドレスを着る女がたまらなく許せんのだあああああああああああああああああ!!」
連続するフラッシュが太陽の輝きに並んだのと同時に、ギャラリーに交じってアラサーの怨嗟に満ちた叫びが青空に響き渡る。
「わーっはっはっは! 最高の素材、最高の衣装!!」
「人間たちよ、コスプレの素晴らしさを知り、コスプレを愛するがよい!!」
その時、エレメリアンたちの高笑いを蹴散らすように、拡声器で拡大された音声がコスプレスペースに響き渡った。
「はっはっはっはっはっはっは……まさに虫けらの命のように儚い信念ですね」
「ぬう、何奴だ!?」
「どこにいる!?」
熱狂する人波を、海を渡るモーゼのように割り、悠然と歩みを進めてきた白と黒と対照的な二人の人影────
「私は! 世界を渡る復讐者、仮面ツインテール!」
「元テイルイエロー1号、仮面ツインテール2号!!」
銀色の仮面をかぶったトゥアールだ。遂に公の場に仮面ツインテールが姿を現してしまった。おまけに隣にいるのは、お揃いのデザインだが黄金の仮面をかぶったボンテージ姿の恋香だ。
トゥアールの方はともかく、何処からどう見ても悪の女幹部にしか見えない恋香の姿と名乗りに、ギャラリーはざわめいた。
「なんだあの怪しげなマスクを被った女たちは!?」
「ボンテージの方はテイルイエロー1号だって!? いったい何しに来たんだ!?」
仮面ツインテール1号は、パラドキサギルディとドラゴンフライギルディに指を突き付け糾弾する。
「あなたたちアルティメギルがこの世界にやって来たのは四月! とっくの昔に夏コミの申し込み受け付けは終了している時期です! どんな卑怯な手段を使ってサークル参加したんですか!!」
それはお前も同じだろうと、エレメリアンを非難するトゥアールへ、ツインテイルズからもツッコミの視線が飛ぶ。
「それはそうと、ツインテイルズをコスプレさせることでコスプレ属性が拡散すると本気で思っているんですか!? だとすればそれはサッカリンより乙女の恋より甘い考えです!!」
「何おう!?」
「我らの信念に、外野が口を挟むか!」
エレメリアンへ説教する仮面ツインテールは、舌鋒鋭く反論を封じてゆく。
「テイルレッドやテイルブルーのようなかわいい子なら、何を着ても似合ってしまう! どんな場違いな格好をさせても、モノにしてしまう……! もはやそれは仮装ではなく正装……コスプレではありません。もはやそれは────お着換えです!!」
「なんと……仮装を正装に……!?」
「お着換え、だと……!?」
エレメリアン二人は信念を砕かれたはずなのに、沸き上がるときめきに胸を押さえ、ギャラリーは熱狂して、ツインテイルズのお着換えセットを販売するよう、盆休みだというのにも構わず玩具メーカーへ電話攻勢をかけていた。
エレメリアンも人間も、行動に大差がない……テイルレッドとテイルブルーは、頭を抱えるしかない。
ギャラリーの狂乱を押し流すように、テイルミラージュがトランペットを取り出してメンデルスゾーンの結婚行進曲の冒頭部を高らかに奏でた。
その場にいた全員がざわつきながらも狂乱を治める中、テイルミラージュはドレス映像の下に隠されたポーチから幾枚かの段ボールと、テープやホッチキスなどを取り出すや地面に広げ、手早く工作を開始した。
段ボールを大型ホッチキスで留め、テープで裏側を補強し、カラースプレーで彩色しマジックペンで線を書き込んでゆく。
その鬼気迫る描画速度に、ギャラリーはテイルミラージュへと、ベレー帽被った丸眼鏡で団子鼻の神が降りてくるのを幻視したという。
果たして、完成したのは教会の内部を描いた一枚看板。結婚式場の書き割りだ。
カットした段ボールを折って切れ込みを入れ、スタンドに仕立てたミラージュは、書き割りをセットすると声を張り上げてギャラリーへ問うた。
「皆さんの中に! 僧侶か神官のコスプレをしている方はいらっしゃいませんかー!?」
その言葉で、雷に撃たれたかのように我に返った群衆は、慌てて周囲を確認し、やがて一人の中年男性コスプレイヤーが前に出る。
その衣装は、とある吸血鬼漫画に登場する銃剣神父だ。
「ご協力に、感謝します」
彼の登場を笑顔で歓迎したテイルミラージュは、テイルレッドと共に書き割りの中央に立たせると小箱を手渡し、テイルブルーの脇に、仮面ツインテール2号を招き入れる。
花嫁と腕を組んでバージンロードを歩く、保護者の役だ。
「テ、テイルミラージュ……!」
仮面ツインテール2号とテイルブルーへ、無言で笑顔を向けたテイルミラージュは再びトランペットを咥えると、ワーグナーの結婚行進曲で二人を送り出した。
親友の心遣いに胸が熱くなったブルーは、溢れ出そうになる熱いものを必死に堪えながら、姉と腕を組んでゆっくりと、しかし確実な足取りで愛する男の元へ向かう。
「新郎、テイルレッド。貴女は新婦テイルブルーを妻とし、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、愛する者と共にあることを誓いますか?」
「誓います」
ついに二人が並び立ち、結婚の誓いが唱和される。歴史の1ページに立ち会っている牧師役の彼は、責任重大な仕事に緊張しきりだ。
「新婦テイルブルー。貴女は新郎テイルレッドを夫とし、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、愛する者と共にあることを誓いますか?」
緊張に息が詰まる。だが勇気を振り絞ってテイルブルーは誓いの言葉を絞り出した。
「────誓いますっ!」
指輪の交換が始まった。レッドがテイルミラージュから渡されていた小箱を開けると、そこにはテイルブレスを模したシルバーのリングが一対納まっている。
よく見れば造形はどこか歪だし、サイズもぶかぶか。はめ込まれた宝石もイミテーションだったが、親友の想いが込められているのは痛いほど実感できた。
青い宝石の指輪をテイルレッドが嵌め、赤い宝石の指輪をテイルブルーの指へ嵌める。
「
感極まって、誓いの口づけを促される前に泣き出してしまったテイルブルーの目元を、優しく指で拭ったテイルレッドは、情熱的に唇を奪い、二度と離すまいとばかりに堅く抱擁した。
唇に一瞬遅れて、赤青二色のツインテールが触れあった。
────歓声が、爆発した。
瞬くフラッシュが超新星の輝きに至り、打ち鳴らされた万雷の拍手と祝福の言葉が有明の空を埋め尽くした。
「さあ締めは……ウエディングケーキへの入刀だああああああああああああああ!!」
その言葉にやるべきことを理解したテイルイエローとテイルサンダーは、属性玉変換機構へ
そのまま二人掛かりで空高く放り投げ、オーラピラーを叩き込んだ!
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」」
愛し合う二人の目と目が合う。もはや二人に言葉は要らなかった。
フォースリヴォンが叩かれ、ブレイザーブレイドが出現する。
二人の手に握られたブレイドが
「ご覧ください皆さん! 今ここに、二人の愛の炎が燃え上っております!!」
テイルミラージュの叫びとみんなの歓声をバックに、二人はエクセリオンブーストを全開に噴かし、上空へと飛翔してゆく。
「「ブライダルッ! ブレイザアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」」
二人分の属性力を込められたブレイザーブレイドの放つ、超ド級の炎刃が、エレメリアンを二体まとめて一刀両断する。
「ふふ……最期にいいものを見せてもらえて、感謝するぞツインテイルズ……!」
「仮装が正装へ……そして真実の愛に結実するとは、このドラゴンフライギルディの目をもってしても見抜けなんだわ……!!」
「「二人の未来に……万歳の幸あれ!!」」
祝福の言葉と共に、仮装属性の戦士たちは門出を飾る花火と化して散り、それと同時に能力によって着せられていた花嫁衣装も霧散する。
「それじゃあ皆、残りのイベントも楽しんでいってね! 残った着ぐるみは、喧嘩しないで公平に分けること。約束だぞ! ────ツインテイルズ、撤収!!」
書き割りをポーチへにゅるりと収納し、仮面ツインテール2号をお姫様抱っこにしたテイルミラージュは、手を取り合うレッドとブルー。サンダーとイエロー、仮面ツインテール1号らと共に脱兎のごとく駆け出し、髪紐属性で空へと飛び去った。
□□□□
途中でトゥアール、恋香さんと別れ、変身解除に手頃な場所を探して辺りを見回していた俺たちは、不意に巨大な力に引き寄せられ、会場近くのビル屋上へと着地した。
何が起きたのか警戒する俺たちのもとに現れたのは、身に覚えのある深い闇を纏い、屋上入り口にたたずむダークグラスパー!
「久しぶりじゃな、テイルレッド……」
だが目の前の彼女は、マントは千切れ、漆黒の装甲もあちこちに罅が入っている。
隣のメガ・ネプチューンも同じで、傷だらけの満身創痍と言っても過言ではない姿だ。
話に聞いた、フェニックスギルディとの戦いのダメージだろうか……?
「ここなら、人目を気にすることも無かろう?」
その言葉に、また部下と戦わせて消耗したところを狙うのかとブルーが糾弾するが、初めて戦った時のような殺気を放ちながら彼女が漏らした言葉は、予想外な物だった。
「……変身を解除せよ、テイルレッド」
────貴様の正体が本当に男なのか……満天下に晒してもらうぞ!!
ダークグラスパーに、テイルレッドの正体が男だと知られてしまった……!!
レッドとブルーのコミケッコン。これがやりたかった!!
豊美得「鬼か」
結維「鬼だよ?」エレキギターギュワーン!
ちなみに同人界隈では、イエロー1号はスト魔女のバルクホルンとか艦これのながもん(長門ではない)、ガルパンのまほみたいな扱い。