俺、総二と愛香が大好きです。   作:L田深愚

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四巻編クライマックス前編。


第二十七話「愛が止まらない」

「わ、わたくしっ! 結維さんとお付き合いすることになりましたの!!」

 休み明けの放課後。エレメリアンの出現も無かったため、恋香さんも含めて地下基地へ集合した俺たちは、会長と結維からの重大発表を聴いた。

 陰で見守っていた総二たちも、自信満々な結維を送り出した俺も、当然こうなることは知っていたわけだが、皆が拍手で祝福する一応めでたい雰囲気とは裏腹に、コンソールルームの一角と俺の気持ちはどんよりと曇っている。

「はぁ……空はこんなにも青いのに、お嬢様はあんなにも喜んでおられるのに、どうして私の心は曇っているのだろうなあ……?」

 原因が、本当に周囲が暗く見えそうな雰囲気を纏いながら呟きを漏らす。あとここは地下ですから空は見えませんからね? 外の天気は晴れでしたが。

 ほんと、状況、ガス! とでも言いたくなりそうなほどに空気が重い。

「さ、桜川先生……元気出してください。いつも婚姻届け受け取ってもらえなくても、へこたれずに次のチャンス狙ってたじゃないですか!」

「そうですよ! いつもの前向きな先生はどこに行ったんですか!!」

 昔の熱血教師ドラマのように、沈む先生を励まそうとする総二と愛香。しかし先生は肺の空気を根こそぎ絞りつくさんばかりに深いため息をつくと、マッチの燃えさしを捨てるようにぽろっと言葉を漏らした。

「………………………………希望が目の前で砕けるのは、堪えるんだぞ?」

 これには皆、絶句するしかない。結論を一言でいうなら、桜川先生は婚活に失敗した。玉と砕ける文字通り玉砕と言っていい。

 

 ────日曜日、アポを取っていた伯父さんの家へ先生を案内した俺たちは、前もって計画していた通りに、段階を踏んで従兄弟たちと交流させようとした。

 普段のような出会い頭に婚姻届を取り出すのはご法度。メイド服も第一印象を考えて私服に着替えさせ、俺たちの先生であることを前面に押し出すようプロデュースする。

 のどかな田園風景に、アラサーのミニスカメイドがやって来るなんて場違い以外の何物でもないからだ。

「へえ! この人が婿探しに来た先生か……別嬪だな」

「ええ……どうにも巡り合わせが悪く、アプローチした男性には軒並み相手がおりまして、どうしたものかと思っていたところ長友君が……」

「そうなんだよ伯父さん、世話になってる先生だから何とかしてやりたくてさ……あんちゃんたち、まだ彼女いなかったもんな?」

「私からも、お願いしますおじさま」

「そうかそうか……うちの連中みんな、浮いた話は無かったはずだからきっとなんとかなんだろ。美人で家事もバッチリなら文句はあるめえ」

 …………………………なんて考えていたのが甘かったんだ。

 

「悪い結! 俺昨日彼女出来たばっかりで……」

「俺もこの間告白されて……」

「え? なにその絶妙なタイミング」

 あんちゃん二人の首には既に売約済みの札が掛かってしまった。後に残る男は小学生のチビしかいない。

「結婚を約束してくれるなら、小学生でも私は……」

 ほら先生、後ろで伯父さんがドン引きしてるからやめなさい。

「ボク、クラスのさっちゃんとけっこんするからおばちゃんとなんてやだ!」

 おーっとここで追い打ちだー! 桜川先生に痛恨のボディブローが決まったー!!

「おばちゃん……まだ二十八なのに……おばちゃん……ガクリ」

「先生えええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」

 なんということだ。本来喜ぶべきカップル成立ラッシュが、嫁き遅れの婚活なぞ無駄無駄無駄無駄とばかりに先生を無慈悲にも滅多打ちにしてゆく。

「先生しっかり! 傷は深いです、がっかりしてください!!」

「恋香さんそれ励ます言葉じゃないよ逆だよ逆!」

 

 ……………………とまあ、そんなこんなで失意の桜川先生は俺たちと帰ってきたわけで、今日になっても部屋の隅で罅だらけになりそうなほど絶望しきっていた。

 お願いだから、誰かこの人に希望の指輪(エンゲージリング)を嵌めてやってくれ。

「尊、元気を出してくださいまし」

「そうよ。友達のお兄さんに良さげな人がいないか訊いてあげるから……」

「お嬢様……長友妹……! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 会長と結維の励ましでどうにか持ち直した先生は、嗚咽交じりに二人を抱きしめる。

「だから理事長の説得、手伝ってね」

 ……ちゃっかりしてやがるなあ結維の奴。

「なんでしょう、尊さんの婚活ってただの嫁き遅れのそれにしては、無駄に鬼気迫ってる気がするんですが……何か事情がおありで?」

 トゥアールの素朴な疑問。目を合わせた俺たちも同じ意見だったので、失礼は承知だが便乗して訊ねてみた。

「ああ、そのことか……以前、神堂家の女は十八歳までに結婚しなければならないという掟は話したな?」

「ええ、俺たちが見合いの阻止と護衛を手伝ったあれですよね?」

「実は私は神堂家の養女でな。神堂の名こそ名乗ってはいないが、慧理那お嬢様とは義理の姉妹という間柄になるのだ」

 皆が予想外の答えに息を飲み、総二がおずおずと口を開く。

「じゃあ桜川先生が婚活に励んでいるのは……掟を破ってしまったから……?」

「何を言う観束、そんなわけないだろう婚姻届に判を捺させるぞ」

 違ったらしい。

 気を取り直した桜川先生は椅子に座り直すと、改めてその理由を語り出す。

 

 両親を亡くして神堂家に引き取られた先生がメイドとなり、それに伴ってツインテールを結び始めた高校生当時から、理事長は結婚の掟を取りやめ、余程のことが無い限り娘に強いるつもりは無かったらしい。

 だが先生は、自身が三十歳になるまでに結婚すれば、会長を掟から解き放ってあげられると考えたそうだ。

 何故三十歳なのかというと、その年こそ会長が十八歳の誕生日を迎える年であり、長女(あね)より先に次女(いもうと)が結婚してしまえば、その時こそ掟を終わらせるのにふさわしいのではないかと、結婚して退職する先代に代わって、メイド長に任命された日の夜に理事長に告げた。

「……すいません、もしかして聞き間違いですか? まるで先生が会長の妹みたいに聞こえたんですけど」

「すでに長女が居る家に、後から私が入ったのだ、ある意味次女でも間違いはないだろう?」

 俺の疑問に答える先生。なるほど……そういう考えもありなのか。

 それはさておき、先生の言葉を痛快だと称え、それならば神堂家先祖代々の御霊も笑って許してくれるでしょうと背中を押してくれた理事長の期待に応えるべく、結婚などいつでも出来るので後回しにし、会長の護衛として青春を捧げ今日に至るというわけだ。

「あの頃は結婚なんて、冷めたフライドポテトを温めるより簡単に出来るのだと信じていたんだがなあ……私では先代メイド長のようにはいかなかったか……」

 そう言って遠い目をした先生に、会長と結維が歩み寄る。

「そうだったのですね……わたくしのためにそこまで……ありがとう尊……」

「お嬢様……いえ、お姉ちゃん………………!」

「尊先生……! わたし応援する! 先生の事本気で応援するからね……!」

 瞳に涙を滲ませ、ひっしと抱き合う三人の姿に、俺の目にも熱いものがこみ上げてきた。

「なによ……そんなまともな理由なんて、反則じゃない」

「先生のツインテールにも……そんな歴史があったんだなあ……」

「尊さん……ただの嫁き遅れじゃなかったんですね。今までの行動が全部慧理那さんのためだったなんて……」

 総二たちも、思うところはあったらしく、もらい泣きこそしていなかったがうんうんと頷き、先生の覚悟を口々に称えていた。

 なお、先代メイド長がどんな人だったか尋ねてみたところ、天を衝くドリルのような頭をしたインパクトのある人で、結婚なんて冷めたフライドポテトを温めるより簡単だと、死闘を繰り広げた末に満身創痍となったかのような佇まいで語っていたらしい。

 ………………先生が妖怪婚姻届受け取れになった戦犯って、もしかしなくてもこの人じゃないか?

 

□□□□

 

 ビートルギルディの指導のもと、絵筆をとったエレメリアンたちが一丸となってツインテイルズのイラストを描くという特訓に勤しんでいるころ、一人我関せずと自室に籠るエレメリアンがいた。

 日々心身ともに満身創痍で特訓に励むスワンギルディではない。美の四心の隊員である昆虫型エレメリアンだ。

 先ほどまで噛り付いていたモニターを消すと、赤と黒二色のその丸い体を億劫そうに揺らして立ち上がった“彼ら”は、出撃の報告をするためにスパロウギルディのもとへ足を進める。

 堂々とした歩みの、赤い二つ星を背負う黒い個体を先頭にして、黒い七星の赤い個体がおどおどと後ろをついてゆく彼らの名はレディーバグギルディ。

 テントウムシをモチーフとした活性体(シルエット)を持ち、美の四心に所属していながら、その属性ゆえなのかいまいち溶け込めていない孤独属性(ソリチュード)の戦士だ。

 ぼっちでも寂しくない、引きこもって一人遊びに興じていられればそれで満足と臆面もなく言い切る彼らが、何故世間にその姿を晒したのか?

 ――――それは今の地球を取り巻く属性力とは相反する自らの属性が、強い光が影を際立たせるようにその色を濃くしたため彼らは出撃を決意したのだ。

 

「何? レディーバグギルディが出撃を? ……そうか、奴も遂に相応しい戦場を見つけたか」

 特訓の合間に報告を受けたビートルギルディは、そう言って感慨深そうに目を細めた。

「兄さん、レディーバグギルディってあの引きこもりだろう? 僕は全く交流が無かったから知らないけれど、彼は強いのかい?」

「いや……正直に言って奴は弱い」

「じゃあどうしてそんなに嬉しそうなのさ?」

 勇んで出撃した旗下の隊員をばっさりと切って捨てるビートルギルディの発言に、真意を測れず困惑を隠せないスタッグギルディ。

「確かに奴個人は弱い。弱いが……その弱さが奴の最大の強み(・・・・・・・・・・・・)なのだ」

 その力はある意味ではアラクネギルディにも匹敵すると語られた、レディーバグギルディの真価を知ったスタッグギルディは、その能力に心から戦慄した。

 

□□□□

 

 朝、登校しようと店内を抜けた総二たちは、アドレシェンツァの軒先で干涸びながら呻き声を上げてたむろす集団に出くわして悲鳴を上げた。

 不審者じゃないんだ、ただ開店を待っていただけなんだと弁明する人が居たものの、これを不審者と言わずして何を不審者と言えばいいのやら。

 個人店なんであまり早くに来られても……と注意する愛香を他所に、結はポーチから紙コップと、2リットルペットボトルのスポーツドリンクを取り出すと、トゥアールに配らせたその後を追って注いで回る。

「あんまりサービスしてエスカレートされるのもなあ……」

「脱水症状で倒れられても困るだろ」

 ゴミはしっかりゴミ箱へ。と紙コップの扱いを注意する結に、客たちは先程のゾンビぶりが消えうせたような元気さで手を上げて答える。

「しかし総二君、家から一緒に出てくるとか本当に愛香ちゃんトゥアールちゃんと仲いいよね。近所でも噂になってるよ」

「名前覚えられてるー!?」

「噂ってどんな噂だー!?」

 君たちのラブコメ空間を見られるだけで、夏の暑さなんか辛くもなんともないさ! と豪語する客たちを尻目に、総二たち一行は後のことを母親に任せて、学園を目指して足早に走り去った。

 ────最近あちこちでカップルが成立しているのを見かけるが、この温かく見守ってくれるお客さんといい、恋愛属性もだいぶ広まっているんじゃなかろうか? と結は誰に聞かせるでもなく呟いた。

 

□□□□

 

 陽月学園初等部6年1組の教室で、結維はいつものように午前中の授業を終えて給食を食べ、昼休みに友人たちと談笑に興じる。

「この間の戦いにレッドちゃんとブルーちゃんしか来なかったけど、テイルミラージュどうしたんだろうね?」

「あー、デート……だったりするんじゃない? あんな美人だし、彼氏彼女くらいいるよ」

「えー? まさか来てなかったイエローと? なんかやだなあ……」

 息を吸って吐くような自然さでイエローをディスる友人に苦笑いの結維は、武士の情けじゃ、フォローしてやろう。と風向きを変える意見を隣のリサへ振ってみる。

「ほら、イエローって二人いるじゃない、最初に出た鞭持ってる方とか……」

「シスコンの変態じゃない。M臭い脱ぎ魔と同レベルでしょ」

 やはりイエローへの世間の風向きは冷たい。結維は愛犬(かのじょ)と義姉の扱いが未だよろしくないことに嘆息し、窓の外を見やった。

 眼下の校庭では、男子たちが元気にサッカーやドッジボールに興じている。この暑いのにご苦労なことだ。

 結維はふと、図書室は冷房が効いていたなと思い至ると、涼を取るために足を運ぶ。

 

 扉を開ければ流れ出る、程よい冷気に頬が緩む。だがそのままではいけない。室温を維持するため速やかに後ろ手に扉を閉めると、結維は手頃な本を物色しながら軽やかにエアコン近くの座席へ歩み寄る。

 冷風を浴びながら一息ついた結維は、目の前にクラスメイトの少女が座っていることに遅まきながら気が付いた。

 席が離れているせいであまり話したことは無いが、去年転校してきた穂村さんだ。

 物静かな性質(たち)で、いつも休み時間は自分の席で本を読んでいるか、図書室に籠っている典型的な本の虫だ。

 特に仲のいい友達というのも聞いたことは無いし、流行りにも興味は無いのか、綺麗な長い髪をしているにもかかわらずツインテールにはしていない。

 ふと顔を上げた彼女と視線が合う。笑顔で手を振る結維に、穂村さんは会釈で返すのみだ。再び二人は互いの本に目を落とす時間が続く。

 

 昼休みの終了を告げる予鈴が鳴った。穂村さんは貸出カウンターへ向かい、結維は読んでいた本を元の場所へ戻しに行く。

「あの……好きなんですか? 乱歩」

「ん? ああ、おにいちゃんがたまに読んでるからわたしもちょくちょくね」

 教室へ戻る道すがら、言葉を交わす二人は先程読んだ本の話で盛り上がる。

「普段は漫画かラノベばっかりだけど、おにいちゃんもわたしも、SFもミステリもいろいろ読むよ? レンズマンとかホームズとか」

 口では「屋根裏の散歩者」が好きだなどと無難に答えたものの、結維の本音は乱歩では人間椅子がお気に入りで、かつては主人公に感情移入して、自分も兄の椅子に潜り込みたいと考えていたなどこんなところで言えるわけがない。

 もっとも、屋根裏の散歩者にしたところで、天井から睡眠薬を垂らせば兄への夜這いに成功するのではないかと思っていたので、結局本音はどれも変態を育てる肥しでしかなかったのだが。

(……長友さん、積極的に話しかけてこないから居心地いいなあ)

 穂村さんは、パーソナルスペースを不用意に侵犯してこない、結維の絶妙な距離の取り方に安心を覚えた。

 しかし、結維が少年探偵団シリーズの名前を挙げないのはまだしも、それに一かけらの疑問も覚えない穂村さんの、文学少女としての将来は極めて有望である。

 

 今日も一日を締めくくるホームルームが終わり、結維はアドレシェンツァへ向かおうと足早に昇降口へ歩を進める。

 先生に叱られないように決して走らず、されど急いで脚を動かすという、どこから見ても立派な競歩だ。

 だが上履きをしまおうとした途端、自身のトゥアルフォンに着信が入る。

 表示は普段のメールではなくトゥアールからの電話だ。結維は素早く周囲の人目を確認すると通話をタップし、小声で応答した。

「ここがあの女のハウスね?(もしもしトゥアールさん?)」

『結維ちゃん早くそこから逃げてください! エレメリアンの大群が、初等部に向かいました!!』

 その声にハッとする結維の視界、ガラス扉の向こうの校庭に、黒い身体の丸いエレメリアンが二体、三体、十数体と次々と降り立った。

 悲鳴を上げて逃げ惑う下校中の生徒たち。世間では困った変態扱いのエレメリアンでも、これだけの数が大挙して押し寄せればその恐怖は計り知れない。

「我々は孤独属性(ソリチュード)のレディーバグギルディ! 群れずに孤高を貫く、誇り高き一匹狼を愛すもの!!」

「群れずに……って大勢いるじゃない! 大嘘ぶっこいてるんじゃないわよ!!」

 高らかに名乗りを上げた、黒い甲殻に赤い二つ星のテントウムシエレメリアンへツッコミを入れる結維。

『そちらに結さんと慧理那さんが向かっています。結維さんも避難をお願いします!』

 通話を繋いだままのトゥアルフォンから、トゥアールの指示が飛ぶのと同時に校庭へ雷鳴が轟き、生徒へ向かおうとしたエレメリアンを吹き飛ばす。

 我らがスーパーヒロイン。テイルミラージュ、テイルイエローの登場だ。

「さあみんな! 危ないから今のうちに逃げて!!」

 子供たちから上がる歓声。敵の大半が砕け散った隙に、避難指示を出すミラージュ。

 素直に従ってその場を離れる子供たちだったが、校舎の中にもまだ生徒は残っている。油断せずにヴォルティックブラスターの銃口を、生き残った三体ほどのエレメリアンへ向けるイエローだったが、彼らは不敵な笑みを漏らすと拳法の構えの如きポーズをとった。

「“この俺”を討ち漏らしたのは失敗だったなテイルイエローよ……」

「なんですって!?」

「見るがいい! これぞ我らが奥義────ジーブン・ヒ・ローインだ!!」

 その叫びと共にレディーバグギルディの二つ星が輝くと、切ったカードをずらりと並べるように同じ姿のエレメリアンが倒した数より増して現れる。

「ただの分身ではないぞ? 我々はすべてが同じ人格、統一された意志の下に一糸乱れず行動する……全にして一、一にして全の完全なる群体なのだ!!」

 いや、まったく同じではない。分身体は背中の星の数がそれぞれ違っていた。

『二つ星から三ツ星、五つ星……奴の背中の星の数、全部素数です』

「は? 素数? なんでそんな増え方を……」

「ふふふふ……素数は1と自分の数でしか割り切れない孤独な数字……我々に勇気を与えてくれる」

「それがどうした? アルティロイドよりましなくらいの雑魚を何匹そろえたって、増える前に倒せば済むじゃない!」

「ならば試してみるか? 我々の命が尽きるのが早いか、貴様らのエネルギーが尽きるのが早いか……いざ尋常に、勝負!!」

「テイルミラージュ、おそらくあの二つ星のエレメリアンが本体ですわ! アイツさえ倒せば初等部のエレメリアン(・・・・・・・・・・)は増えないかもしれません!!」

 言うが早いかテイルイエローの陽電子砲が火を噴いて二つ星を狙う。

 だが敵もそのことは先刻承知。周囲の分身体が盾となって攻撃を防ぎ、新たな分身体が欠けた穴を補充する。

「狙いは見事だテイルイエロー……だがこの俺を倒したとしても我々は減らぬ! テイルレッドたちが戦っている本体を倒さぬ限りはなあ!!」

 やはり高等部にいた赤いテントウムシが真の本体か……! テイルミラージュは臍を噛み、テイルレッドたちの勝利を信じながらこいつらを全滅させるべく闘志を燃やした。

 

 その光景を見守りながら、昇降口で立ち尽くしていた結維は、ふと穂村さんの下駄箱を確認しハッとする。

「群れずに孤高……ひとりぼっち……まさか穂村さん、狙われるんじゃ……!?」

 級友を心配した結維は、慌てて図書室へ向かって階段を駆け上がってゆく────穂村さんはまだ、校内に居た。

 

□□□□

 

「────穂村さん!!」

 廊下を全力疾走し、階段を二段飛ばしで駆け上がり、息せき切って図書室へ駆け込んだわたしは、郊外で戦闘が起こっていようと我関せずと、何ら危機感を感じずに、読書を満喫する穂村さんを無事に発見することが出来た。

「な、長友さん……どうしたの?」

「早くここから逃げて! 外のエレメリアンは危ないの!! もしかしたら穂村さんが……きゃあ!!」

 逃がす間もなく窓の外に顔を出すレディーバグギルディに、私は穂村さん共々悲鳴を上げる。見れば沢山のテントウムシが肩車で繋がり、まるでムカデのようになっていた。

「これは見事なぼっち少女! 是非とも我らの下で歓待してくれん……むむ? そこなツインテールの少女よ、それほど見事なツインテールでありながら何故ツインテール属性が感じられないのか……?」

「知らないわよバーカ! 変態はあっち行きなさい!!」

 窓に顔を押し付けていたレディーバグギルディは、飛んできたテイルイエローに蹴飛ばされて繋がったまま倒れていく。慧理那ちゃんありがとう!!

「テイルイエロー!!」

「お怪我はありませんか? 今のうちにここから離れてください……」

「────イエロー危ない後ろ!!」

「────阿 修 羅 無 限 太 陽 剣 !!」

 倒れたはずのテントウムシタワーが、再び起き上がりこちら目掛けて突っ込んできた。

 いや、違う。あれは自分の足元に分身を出して伸びてきたんだ!

「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 先頭で二本の剣を持ったレディーバグギルディが分身たちの後押しを受けて、イエローを切りつけながら窓を割って室内への侵入を成功させてしまう。

 イエローが反撃のバルカン砲であいつらを押し戻した隙に、わたしは咄嗟にポケットの認識攪乱装置(イマジンチャフ)を穂村さんのポケットへ滑り込ませると、図書室の外へ送り出した。

「どうしたことだ!? 先程まで感じられていた孤独属性の気配が、突然消えうせてしまったぞ!?」

 これで穂村さんは狙われない。わたしはガラスの散乱する中に倒れたイエローへ駆け寄ると、肩をゆすって無事を確かめる。

「慧理那ちゃん! 慧理那ちゃんしっかりして!!」

「結維、さん……」

 意識はある。でもダメージのせいなのか弾切れで脱いだのか、あちこちの装甲が剥がれ落ちてしまっていた。

『結維ちゃん、慧理那さんのダメージはまだ許容範囲内です。ですがテイルギアのエネルギーが持ちそうにありません』

 慧理那ちゃんの現状を知らせるトゥアールさんの通信。外からはおにいちゃんの撃つライフルの銃声や、リフレクションビームの光が見える。

「トゥアールさん……慧理那ちゃんの代わりに、私がイエローになったらエネルギーまだ保つよね?」

『いけません結維さん! 素人がいきなりこの激戦に飛び込むなんて!!』

「じゃあおにいちゃんがやられるの黙って見てろっていうの!? もう嫌なのよ! おにいちゃんが危ない目に遭ってるのに、何も出来ないで見てるだけなのは! 慧理那ちゃんだってもう戦えないんでしょ!? ならわたしが戦うしかないじゃない!!」

 叫ぶ私の腕に、慧理那ちゃんの手が添えられる。

「結維さん、わたくしはまだ大丈夫ですわ」

「慧理那ちゃん!」

「昆虫軍団の猛攻なんて特撮的にお約束な燃えるシチュエーション、わたくしの真価が試されているようなものですわ……それに、ご主人様を守るのは、いつだって番犬(イヌ)の役目でしてよ?」

 

 こんなにもわたしを想ってくれる慧理那ちゃんが嬉しかった。困難にも挫けない彼女の笑顔が眩しかった。けれどそれ以上に、何の力にもなれない自分自身の弱さが、この笑顔を自分の手でぐちゃぐちゃに出来ないことが何よりも悔しい。

 

 ────せめて慧理那ちゃんに届け、わたしのツインテール!

 

 そう願いを込めて、わたしは彼女へ口づけした。あんな奴らの手で、この笑顔を曇らせてなるものか。

 

 たっぷり三秒ののち、唇を離した彼女の顔はたちまちテイルレッドのように赤く染まる。

「ゆっ、ゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆ結維さん!?」

「帰って来たら、続きだから。ご主人様の命令よ、絶対無事に帰ってきなさいよね……オルトロス!!」

「────わかりましたわ! ご主人様!!」

 わたしが顔を熱くしながら命令を言い放ち、慧理那ちゃんが応えた瞬間、彼女の胸元から光が溢れ、光に包まれた首輪が浮かび上がる。

「これは……ご主人様から頂いた首輪……」

 どういうことだろう? 変身中は衣服や持ち物は分解されて、テイルギアに吸収されていると聞いたことがあるが、変身後にまた出てくるようなことがあるのだろうか?

 背中のランドセルからも何かが飛び出した。首輪と同じように光に包まれているそれは、日曜日のデートの時に二人で選んだ犬用のグリップ付きリードだ。

 生唾を飲み込んだわたしは、何かに突き動かされるかのようにその首輪をテイルイエローの首へ巻き、自分の持つリードの紐を繋ぐ。

 その途端、首輪とリードが姿を変える。革製だったそれはどこかテイルギアのような機械的なオレンジ色の首輪に、プラスチック製のグリップも首輪と同じ質感の、銃器にも似た形に変わった。

『────って、総二様たちだけじゃなく、結維さんたちまで何が起きてるんですか!?』

 驚きを隠せないトゥアールさんの叫びをどこか遠くに聞きながら、わたしたちは光に包まれた。

 

□□□□

 

「────テ イ ル オ ン !!」

 何度叫ばれたかもわからない、戦士の決意を表す言葉が結維の口から紡がれる。

 リードを伝わって彼女の身体へ流れ込んだテイルイエローのツインテール属性が、長友結維のツインテール属性と共鳴し、少女の身体を戦士に変える。

 だがその姿はテイルイエローではない。重装備のイエローとは対照的な軽装の姿は、見る者に嗜虐的な印象を強く植え付ける、ボンテージにも似た黄橙色のテイルギアだ。

 その腰にエクセリオンブーストは無く、変化のない黒髪流れる頭部を飾るのもフォースリヴォンではない。普段使いの細い黄色のリボンが、硬質化してブレードアンテナのように屹立しており、前頭部にはアイマスクじみたバイザーが乗っている。

 黒いラインが各部にあしらわれたそのボディは、まさに女王蜂、いやスズメバチの如き危険信号を周囲に発信していた。

 重装と軽装、被虐(マゾ)嗜虐(サド)。金髪と黒髪と、あらゆる意味で正反対のギアを纏う新たなる戦士が、その相棒と手を取り合って戦場へ飛び出してゆく。

 

「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああ……!!」

 奮戦むなしくテイルミラージュは、レディーバグギルディの圧倒的な物量に文字通り圧し潰されようとしていた。

 黒山と化した敵に覆い尽くされ、もはや彼女の姿を見ることは叶わない。

 あれほど青かった空も、戦いの影響か、はたまたツインテイルズの苦境を表しているのか、黒雲が押し寄せそこかしこで雷鳴が轟いている。

 そこへ狙いすましたかのように打ち下ろされた特大の雷撃。偶然の自然現象か、はたまた天の助けか……?

 答えは否! 山と積み重なる悪鬼の群れを、一撃のもとに打ち砕いたのは二人の戦士。

 一人はよく知るテイルイエロー。もう一人は見知らぬ、黒髪に橙の鎧を着こんだ少女……天地遍くご照覧あれと、高らかに名乗りを上げたその名は!!

 

「なっ……! 貴様何奴だ!?」

「テイルサンダーここに参上! エレメリアン! あんたたちの悪事もこれまでよ!!」

「テイルサンダー!? 五人目のツインテイルズだと!?」

 

「テイル……サンダー……? ……あのツインテール! 結維なのか……!?」

 身体に残るダメージに呻きながら、よろよろと立ち上がったテイルミラージュは、新戦士が妹であることに気付き瞠目する。

 戦隊ヒーローにレッドがもう一人現れればファイヤーと呼ばれるならば、イエローならサンダーだろう。と当然のように名乗った結維は、イエローの首元に巻かれた首輪、ロイヤルカラーに繋がったプラズマグリップのトリガーを引き、分離(パージ)された武装を再装着する。

 だがそれを纏ったのはイエローではなくテイルサンダー。彼女は半身とも呼ぶべきテイルイエローと、武装を共有できるのだ。

 テイルサンダーが、イエローのフォースリヴォンに触れもう一丁のヴォルティックブラスターを生成する。すでにイエローの手には一丁握られていたが、テイルレッドがブレイザーブレイドを二刀流で振るえるのだ、イエローが二丁拳銃に出来ないはずがない。

 開いている左手に黄色の拳銃を握ると、テイルサンダーはテイルイエローへ戦闘開始の号令を下す。

「いくわよイエロー!」「はい! サンダー!!」

 右半身に武装を残したテイルイエローと、胸と左半身に武装を得たテイルサンダーが敵の群れを前に並び立ち、一斉砲撃を開始した。

 バルカン砲が、レーザーが、ミサイルが、砲弾や荷電粒子が雨霰と襲い掛かり、雲霞の如く群れを成す敵の数を、黒板消しを使う様に減らしてゆく。

 とても先程まで消耗していたとは思えない猛反撃。砲手(ガンナー)が二人になったことで射角が広がり、それぞれが扇状に斉射を続けることで劇的にその撃墜数を増やしてゆく。

「くふう……」

「ほら勝手に脱ぐな! 手数が減るでしょうがこの駄犬!!」

 すぱーん! と響き渡る快音。

「きゃいーん! わんわん! ですわ……!!」

 武装を撃ち尽くし、恍惚の表情で脱ぎ捨てるイエロー。しかしその直後に、ご主人様からの愛の鞭(ケツキック)が飛ぶ。

 再装着され再開された射撃は、威力が増していた。

 消耗していないわけではない。首輪とリードを通じて循環する互いの属性力が、共鳴し増幅し合い、消耗する側から互いを補充し合っているのだ。

 まさにSとMの永久機関。テイルギア自体の破損以外にこれを止める術はない。

 そして校庭を埋め尽くさんばかりに犇めいていたレディーバグギルディの軍勢は、遂に二つ星の隊長格を残すのみとなった。

 しぶとく生き延びてきたとはいえ、その身体は幾度となく爆発に煽られてボロボロだ。

「まだだ……我々はまだ終わりではない……!」

「ここで終わりよ! オーラピラー!!」

 往生際悪く分身を始めようとする二つ星を、テイルイエローの砲口から放たれた電光の捕縛結界が包み込む。

 そのトリガーを引いたのは、尖ったヒールでイエローの臀部を踏みにじりながらリードを引くテイルサンダーだ。

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

「テイルサンダー! あれを使いますわ!!」

「わかったわ!!」

「属性玉変換機構────騎乗属性(ライディング)!!」

 イエローが全ての武装を再装着し、属性玉を装填すると一部の武装に変化が起きた。

 両肩の連装バルカン、胸のミサイル内蔵装甲、背部陽電子砲、両脚の徹甲弾ランチャーのみがパージされ、連装バルカンは両手の間、ランチャーは腹部に回った陽電子砲の間に重なり合って移動する。

 テイルイエローが手足を伸ばして腹這いになると、両手と砲身の間につながったバルカンとランチャーはそれぞれ回転しながらタイヤへと変化し、ブレストアーマーはフロントカウルとなって彼女の顔面を覆い隠す。

 その背に飛び乗ったテイルサンダーが、プラズマグリップのリードを収納して完全に首輪と連結すると、テイルイエローのツインテールは硬質化し、アメリカンバイクのチョッパーハンドルの如き形状で、先端のカールを手首に絡ませつつ乗り手の掌へ収まった。

 

「「人狗一体! テイルイエローライトニングチェイン!!」」

 

 心を繋ぐ、ツインテールが意志を伝える。排気音(エグゾーストノート)の咆吼を上げ、獲物を目掛け一直線に。

 タイヤの回転は天井知らずに上がり、主を背に乗せる電光の猟犬は、その名の通り稲妻の速さで大地を疾駆する。

 ────これが二人の完全開放(ブレイクレリーズ)

「「ライトニングッ! ジャッジメントオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」

 抵抗など出来たものではない。黒のレディーバグギルディは、全身に電光を纏うライトニングチェイン渾身の体当たりによって木っ端微塵に粉砕され、属性力の塵と化して霧消した。

 校庭の地面へ炎燻るタイヤ痕を残して停車したテイルイエローたちは、高等部の方角に天高く描かれた赤青二色のツインテールと、ひときわ大きな爆炎が上がったのを見て戦いの終結を知った。

「あ……空が晴れていく……」

「レッドたちが、やったんだな……! テイルイエロー、テイルサンダー。二人もよくやったわね!!」

「うん! ありがとうおねえちゃん!!」

 空覆う黒雲はいつの間にか消え去り、茜色の夕焼けが顔を出す。初陣を勝利で飾ったテイルサンダーは、勝利を祝福してくれたテイルミラージュに飛びついて喜びを表現した。

「あ……」

 ご主人様が降りたことでエネルギーの供給源を失ったテイルイエローは、糸が切れたようにたちまち全身の武装が剥がれ落ち、今までの戦いぶりが嘘だったように崩れ落ちる。

 無理もない。今まで体力が限界だったのに、無理やり外部からエネルギーを注ぎ込んで戦い続けていたようなものだったのだ。

「えへへ……もうわたくし……ご主人様と離れられませんわぁ……❤」

 抱き起こされ、しなだれかかるイエローに、照れ交じりの笑顔を向けるサンダー。ミラージュは、そんな二人を微笑ましく見守った。

「わたしだって、慧理那ちゃんを離す気ないわよ? そんな風にした責任は、取るつもりあるんだから」

「小学生が生意気言うなっつーの」

「あーん、やめてよー」

 (あに)とのじゃれあい。頬を引っ張られイヤイヤするサンダーは、イエローを抱きかかえて凱旋する。

「さてと、それじゃあみんなのところに戻ろっか」

「ひゃいっ……!? ………………………………………………………………はふぅ❤」

 戦う前にはファーストキスを奪われ、首輪に繋がれ手を取り合って共に戦い、今また愛しい少女にお姫様抱っこされたテイルイエロー神堂慧理那は、喜びの絶頂にあった。

 夕日が皆の顔を照らし、赤面をカムフラージュしてくれる中、背筋をゾクゾクと震わせて熱っぽく吐息を漏らす彼女のエクセリオンショウツは、本来の役目を果たしてフル稼働していた。




はい、メンバー増えました。というか乗った(乗られた)状態がイエローの強化形態。
バイクになるのは犯罪捜査ロボですが、電人Mってのもいましたよね。
変形パターンはテルイリューに近いですが。
この後レッドたち視点を描いて四巻編は終了となります。

特典で語られた、頭に巨大な一本ドリルが乗った先代メイド長……原作に再登場しないかなあ……

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