俺、総二と愛香が大好きです。   作:L田深愚

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アニメ版だとビートルは黒、スタッグは青だったんですが、原作の口絵だとビートルが赤、スタッグが銀色に見えるんですよね。地の文でも赤銅って書いてあったし。
とりあえずこの作品では原作カラーで。


第二十六話「心繋ぐ愛」

 四頂軍の一角、美の四心(ビー・ティフル・ハート)。エレメリアンの中でも特に美しさを尊び、それを力に変える強者の集団だ。

 美の四心の隊長である、カブトムシをモチーフとした天を衝く巨大な一本角に、紅玉の輝きと金属の質感を併せ持つ甲殻。強者の風格を漂わせるビートルギルディの部屋でPCに灯が点り、今日もまた描画ソフトが立ち上がった。

 ビートルギルディは、手元のタブレットへペン先を奔らせると、達人が愛用の業物でもって据え物切りを行うかのような気迫でイラストを完成させてゆく。

 モニターの中の白キャンバスに、下描きなしで描き込まれる見事なツインテール。そして輪郭や目鼻などの各パーツが描き加えられる。

 仕上げである彩色は繊細に、かつ大胆に。目まぐるしく行われるカラーパレットとツールの切り替えが、モノクロの線画に色彩(いぶき)を吹き込んでゆく。

 ────完成だ。画面の中には(あか)と蒼のツインテールも鮮やかな、笑顔で寄り添い合うテイルレッドとテイルブルーの姿が描き出されていた。

「流石だね、兄さん。相変わらず素晴らしい出来だ」

 拍手と共に称賛を送るのは、白銀の甲殻に乱れ刃の二本角を頂くクワガタムシのエレメリアン、スタッグギルディだ。

「この世界には、ツインテール属性だけでなく恋愛属性までもが根強い広がりを見せている……今まで戦ったツインテールの戦士にも、これほどまで見事に恋を実らせた者は稀だった」

「そしてテイルミラージュ……画面越しでもわかる。彼女の恋愛属性は相当なものだよ」

「ああ……いつの日か、彼女と相対する時が待ち遠しいな……」

 ふと、スタッグギルディはビートルギルディが何かを悩んでいることに気付き、心配そうに声を掛ける。

「兄さん、何か悩み事でもあるのかい?」

「実はな、スタッグギルディよ……私は未だにツインテイルズを納得のいくまで描き切れておらんのだ」

 その答えは、先程の傑作を目にした後ではあまりにも予想だにしないものだった。

「なんだって!? それは本当かい!? こんなにも見事に描けているのに……」

 ビートルギルディは、未完成のまま放置されていたラフ画の束を取り出すと、ウォーミングアップならまだしも、本気で描こうとするとこのざまさ……と声色に悔しさを滲ませて、呟くように語る。

「彼女たちの活躍を思い浮かべ、構図を決める……だがどうしてもデッサンが狂うのだ。特に瞳がな……」

 ラフに目を通すスタッグギルディには、どれも見事なものとしか思えない。美の創造者と謳われ、数々の名画をものしてきたビートルギルディらしからぬ弱気な発言だ。

「彼女たちには、もう一つ別な顔があるとしか思えん」

「確かにこれだけ見事なツインテールだ、何か底知れないものがあるんだろうね……」

 スタッグギルディはそう自分を納得させ、ビートルギルディもまた、気持ちを切り替えて席を立つ。

「アラクネギルディとその徒弟たちが、他の世界へ旅立っているのだ。我々も隊員たちの強化を進めなければな……」

「僕も、兄さんの腕前に報いれるよう新型タブレットの開発を進めるよ」

「ああ……期待しているぞ弟よ」

 かつては嗜好の違いから対立したものの、今では契りを交わした義兄弟であり、裏方となって支えてくれる右腕でもあるスタッグギルディへ、励ましの言葉をかけるビートルギルディ。

 複数の世界で部隊長が連敗続きのために、四頂軍の一角を増援部隊として派遣する────アルティメギルでもそうそうない大事に際し、武力だけでなく指導力にも優れる副官アラクネギルディは、自らの属性でもある、周囲から理解されづらい男の娘属性(ガールズボーイ)の一派を率い、男の娘属性の名誉のため、その名を知らしめるためにも、もう一方の世界への増援部隊として名乗りを上げたのだ。

 本来ならばそういった場合他の四頂軍が出向くところだが、ビートルギルディは副官の気持ちを酌んで根回しをし、勝利を信じて彼らを送り出した。

 だが、四頂軍が出向いてまで立ち向かわねばならぬほどの強敵が、二つの世界で同時に組織の前に立ちはだかっているという状況を、彼は内心危惧していた。

 

□□□□

 

 TVの中で、善沙闇子と共に巨大なサメのゆるキャラが、その2m近い巨体をそうとは感じさせないほど軽やかに舞い踊る。

 名はメガネドン。眼鏡を掛けた間抜け面のサメといったデザインで、その正体がメガ・ネプチューンだと知るのは、ビーチで出くわした総二と、着ぐるみを脱ぐのを目撃した慧理那と尊、総二から伝えられた結の四人だけだ。

 メガネドンは、親しみのあるデザインと、アクション俳優顔負けの機敏な動きが受け、子供たちを中心に人気が爆発。今やその名は善沙闇子本人を凌ぐ程の知名度となっていた。

 ビーチでの戦いが終わったあと、TVでメガネドンの姿を見かけた総二から相談された結は、互いに口裏を合わせて先手を打ち、その場にいた総二が慧理那に連絡することで口止めをお願いした。

 二人で決めたシナリオはこうだ。“下手に騒いで善沙闇子に迷惑がかかったら結や大勢のファンが悲しむ。目的が分かるまで様子を見るべきだ。”

「何かあったら俺が絶対に何とかするから、メガ・ネプチューンのことは言いふらさないでくれ。特に愛香とトゥアールには……!」

『……わかりましたわ。わたくしも、先程ちょうどTVで見かけて連絡しようと思っておりましたの。でも観束君がそうおっしゃるなら、他の方には内緒にいたしますわ』

 あぶねえ……と胸をなでおろす二人。タイミングがあと少し遅かったら、計画が瓦解していたところだ。

 会長を騙すようで胸が痛むなあ……と二人は揃って辛い顔で、トゥアルフォン越しの会話に集中する。

 音声変換を防いで慧理那の声を聴きとれるよう、総二のトゥアルフォンはスピーカーモードだ。

 加えて尊の方も、今度結の従兄弟を紹介してあげますから内密にお願いしますと、電話越しに頭を下げて頼み込むことで、どうにか約束を取り付けることが出来た。

 ────だが、この誤魔化しがこれから先どういう結果をもたらすのか、神ならぬ二人には知る由もなかった。

 

□□□□

 

 ────イースナだけじゃなく会長も、問題は山積みだなあ……

 観束家から帰宅した俺は、ベッドで寝転んで漫画を読みふける結維に、どうしたものかという視線を向ける。

 今までの態度から言って、会長が結維のことを好いているのは間違いない。だが肝心の結維は彼女のことを友人としか思っていないだろう。

 俺は同性愛を差別する気は無いが、相手がノンケでは茨の道だ。不用意に知られたら最後、二人の友人関係は粉みじんに砕け、修復不可能となるだろう。

 総二と愛香を結び合わせたより遥かに難易度の高い状況に、俺の胃はキリキリと軋む痛みに悲鳴を上げる。

「襲ってもいいのよ?」

 視線に気づいた結維が、勘違いしたのかスカートをひらひらさせて誘惑するのに、俺は尻への平手打ちで応えた。まったく、人の気も知らないでこいつは……

「きゃいん!」

 すぱーんという快音と共に、子犬じみた悲鳴が部屋に響く。

「……おにいちゃん、わたしと慧理那ちゃんのことで悩んでるんなら相談乗るよ?」

「馬鹿お前、当事者本人に相談してどうすん……はっ!?」

 聞き捨てならない発言に、思わず目を見開いて驚く俺。

「あのさあ……視線とか態度で慧理那ちゃんがそっちに目覚めちゃったの、丸わかりなんだけど」

 ですよねー。我が妹の至極冷静なツッコミに、俺はがっくりと膝を屈さざるを得なかった。流石は結維だ。俺のラブセンサーを受け継いでいやがる。

「で、結局会長の事どうすんだよ? 世話になった友達が失恋して泣くところなんて見たくないぞ俺は」

「ふっふっふ、むわーかせて。こんなこともあろうかと準備は進めてるわ!」

 自信満々に不敵な笑みを浮かべ、中指を上へ突き立てる結維に、俺はそのネタがやりたかったら眼鏡かけて出直して来いと、脳天へハリセンを叩き込んだ。

「大丈夫! 未春おばさん直伝の攻略法よ!!」

「何が大丈夫だよ不安しか感じねーよ。会長に何する気だ」

 今度伯父さんたちにも桜川先生の事紹介しなくちゃなんないし、頼むからこっちの気苦労だけは増やさんでくれよ?

 結維が女王様スタイルで犬耳と尻尾を付けた会長を鎖に繋ぎ、高笑いと共にその柔肌を鞭打つ最悪の未来が一瞬脳裏をよぎる。俺は頭を振ってそんなイメージを追い払うが、少しアリだと思ってしまった自分がなんか嫌だった。

 

□□□□

 

 ────放課後、エレメリアンが現れなかったのを幸いと、一足先に下校した慧理那はアドレシェンツァに立ち寄っていた。

「……いらっしゃい慧理那ちゃん。人に聞かれたくない悩みなら、店のではなく私個人のお客様としておもてなしするわよ?」

 いつもながら不可思議な客で賑わう店内の、空いていたカウンター席へ腰掛ける彼女へ、カップを磨いていた未春は何もかも見透かした表情で声を掛ける。

 はっと息を飲んで未春を見た慧理那は、その言葉にうなずいて共に店の奥へ足を進めた。行先は基地ではなく連絡通路を抜けた先にあるリビングだ。

 めいめいが好き勝手に自分に浸っていた客たちは、空気の変化にたちどころに感付くと、悩める少女の相談役となった店長を、戦場へ赴く勇者であるかのように心を一つにした無言の敬礼と共に見送った。

 

 来客用のカップに注がれた、いつものミルク砂糖入りコーヒーを一口飲んで人心地ついた慧理那は、意を決して胸中を未春へと吐露する。

「未春さん、わたくし……結維さんのことを思うと胸が締め付けられるように痛むのです。どちらも大切なお友達ですのに、長友君と結維さんが仲良くしているのがつらいのですわ……わたくし、いったいどうなってしまったのでしょう?」

 慧理那の言葉を黙って聞き終えた未春は、自分の分のカップへ口をつけるとおもむろに口を開いた。

「慧理那ちゃん、それはきっと恋ね。貴女は結維ちゃんが一人の女性として好きなのよ……きっかけとか、何か思い当たることって無かったかしら?」

 その言葉を聞いて、慧理那はカオシックインフィニットで見せられた幻影の中、結維の犬として辱められ、あられもない姿で連れ歩かされたのを、そして自身がテイルイエローとして戦う迷いを吹っ切った、彼女の平手打ちと叩き付けられた激情の奔流を思い出す。

「その顔だと、心当たりはあるみたいね」

「で、でも……結維さんもわたくしも女の方で……!」

「人が人を好きになる気持ちに、男も女も年齢も関係ないわ。おばさんだって、高校時代は懐いてた後輩の女の子を散々可愛がったものよ? 首輪をつけて犬扱いしたり、裸に剥いて連れ歩いたり……」

 自らのひときわ輝く青春時代を思い返す未春は当時を懐かしみ、後輩がいつも一緒に居る夫に嫉妬して噛みつき、三角関係の様相を呈していたことなどを面白おかしく語った。

 慧理那は未春の隠されたご主人様っぷりに嘆息し、感心することしきりだ。

 ちなみにこの間、未春は後輩をえむぴーとこそ呼んだものの、“神魔超越神”や“真なる闇の女王(オプスキュリィ=レイヌ)”、“ケルベロス”といった単語は、奇跡のように彼女の口に上ることは無かった。

 この場を事情を知るものが見ていれば、まるで地雷原をスキップして進むかのようだと恐れ慄いたことだろう。

「……そのえむぴーさんという方、なんだかうらやましいですわ。未春さんだけでなく、観束君のお父様とも仲良しだったんですもの」

「そりゃあ自慢の夫に大事な親友だもの! ……まあえむぴーは卒業してすぐ結婚して、今じゃあすっかり疎遠になっちゃったんだけどね」

 未春はその言葉に笑顔で胸を張り、ふと少しばかりの寂しさを浮かべて言葉を漏らす。

「知られたら結維ちゃんとの関係が壊れちゃいそうで怖いのもわかるわ。でも安心して、きっと悪いようにはならないから。おばさんの観察眼を信じなさい!」

「ありがとうございます、未春さん! わたくし頑張ってみますわ!!」

 経験豊富な人生の先達からの激励を受け、勇気を貰った神堂慧理那はすっかり冷めてしまったコーヒーを一息に飲み乾すと、未春に礼を言って晴れ晴れとした顔で店を後にする。

「いやあ~命短し恋せよ乙女。慧理那ちゃんも青春してるわね~」

 日頃事あるごとに桃色の空気を振りまく可愛い息子たちに続いて、また一人恋の花が咲いたことを未春は嬉しそうにひとりごちた。

 無論その片割れが兄と近親相姦しかけていることや、既に自らの薫陶を受けている……言わば仕込み済みなこと。そもそも同性愛だという事実は意図して忘却の彼方である。

 

 日曜日、遂に決戦の時は来た。風穏やかにして天気は晴朗。絶好のデート日和である。

「じゃあ俺は先生を伯父さんのところに案内するから、会長のことはよろしく頼んだぞ」

「まかせて! この日のために考え抜いたデートプランが火を噴くわ!!」

 結はブラコン通り越してキモウトの領域へ足を突っ込んでいる妹が、あっさり他の相手とデートする気になったのを、あらためておかしなものを見る目で何度も頭から足まで見返した。

「あ、おにいちゃん妬いてる? 可愛い妹が他所の相手とデート行くとか言い出して気が気じゃなかったりしちゃったりしてる? でも安心して! わたしの男はおにいちゃんだけだから……あうち!!」

「いいからとっとと行け!」

「じゃあ結維ちゃん、お互い頑張ろうね」

 兄の反応に調子に乗った結維の脳天にチョップをズビシ! とかまして、結は恋香と共に尊の乗る車へ向かう。

 結維は頭を押さえつつ、自らも慧理那との待ち合わせ場所へ歩を進めた。

 

 二人が待ち合わせ場所の駅前で落ち合い、共に改札へ向かったのを見届けると、付近の電柱の陰から顔を出す三人の影。

「行きましたね」「行ったわね」「行ったな」

 尊の代わりに慧理那の護衛を頼まれた総二、愛香、トゥアールだ。彼らは結維がやって来る前からこうして慧理那に張り付いていた。

 伯父の家に向かうには結の案内が不可欠なため、戦闘力充分なこの三人が陰ながら、デートがてら彼女たちに付いて回ることとなったのだ。

 その顔には一応変装用として用意されたメガネが乗っていた。バレバレだが無いよりはマシである。

 ────さあ、スニーキングミッションの始まりだ!

 

□□□□

 

 俺たちはさっそく結維ちゃんたちの後をつけることにした。

 トゥアールが用意してくれた電子マネーカードを使い、二人が乗った車両の隣から乗車。連結部の窓から怪しまれない程度に時折り覗き見る。

 始終視界に収める必要はない。たとえ視界に入らなくとも、ツインテールの気配を感じ取れば電車一両程度の広さくらいなら、二人の居場所は難なく把握できるのだ。

 

「わたくし、電車に乗ったのなんて初めてですわ!」

「慧理那ちゃん、いつも車だもんね」

 

「あ、慧理那さんたち降りるみたいですよ総二様」

 早いな、一駅分しか移動していない。となると目的地はあそこだろうか?

 他の乗客に紛れて俺たちも降りるが、そこは隣町にある大型ショッピングモールの最寄り駅だ。

「まあこの近辺の子の遊び場としては定番かしらね」

 映画館ならマクシーム宙果に併設されているが、ショッピングを満喫するために、店舗が充実しているここまで足を延ばす地元の学生たちは数多い。

 俺たちも何度か世話になったものだ。ゲーセンで愛香が叩きだしたパンチングマシーンの記録はいまだ更新されていないのか、今度行く際には久しぶりに確かめてみよう。

 談笑しながら真っ直ぐショッピングモールへ向かう二人に、チャラチャラした男が歩み寄るとなれなれしく声を掛ける。

 二人とも見事なツインテールだからな。日頃防波堤になっている桜川先生が居ないと、こういうこともあるのか……

 

「キミたちかわいいね……」

 俺が動くより、結維ちゃんが振りむくより先に、一陣の風が吹いて男の姿が消えた。

「どういたしましたの?」

「わかんない。声掛けられた気がしたんだけど……なんかちらっと黒い棒というか、太い線みたいなものが飛んでくのが見えた」

「まあ! きっとスカイフィッシュですわ! こんな街中にUMAが現れるなんて!!」

「た……多分違うんじゃないかな?」

 

「ただいま。ビルの隙間に放り込んでやったわ」

 愛香が二人の視界の死角を縫って帰って来た。あれだけの速度でもツインテールが乱れていないのは流石だ。

 結はこういう時、気配を消して近づき静かに事を終えて撤収するが、愛香は速度を武器に目的を果たし、目標の視線を巧みに避けて撤収する。

 現代のコンクリートジャングルを駆け抜ける忍者の技に、俺は感嘆を禁じ得ない。

「ぷっ……! 愛香さんUMA扱いですよw でもスカイフィッシュというよりは、どっちかというとヒバゴンかビッグフット……もが!?」

 トゥアルフォンを利用して会話を盗み聞きしていたトゥアールが黙らされる。

 久々のトゥアールによる嘲笑に、愛香のカラテが炸裂した。前を行く二人に気付かれないよう、口元を押さえて悲鳴を封じ背後から肝臓への一撃。そのワザマエにトゥアール=サンはたちまちオブツダンとなったのだ。

 本当、この二人は見ていて飽きないなあ。

 

 店内に入った二人は、エスカレーターで上階へ。俺たちもなるべく視界に入らないよう、他の客を盾にして後をついてゆく。

「どうやらペットショップへ入るようですね」

 犬か猫でも飼い始めるのかな? と思ったのもつかの間、結維ちゃんは犬用のリードだけを手に会計を済ませ、店を出た。

「リードだけで、首輪は買わなかったみたいね」

 リードだけということは、他のものはすでに用意されているのだろうか? と訝しみながら後を追った俺たちは、服やCDショップなどを冷やかしながら店内を巡り、ウインドウショッピングを楽しむ彼女たちを見守る。

 それにしても、今日は二人ともツインテールが喜びに満ちている。会長なんて特に、こういっては何だが、散歩に連れていってもらった犬が尻尾を振り回してはしゃぐかのように興奮していた。

「今日の会長のツインテール……なんだかすごく輝いてるなあ……」

「ええ。態度から何から、慧理那さんがとても喜んでいるのはわかります。というか慧理那さん、雌の顔になってませんか……?」

「ま、まさか会長が好きな人って……」

 そう考えるとデート以外の何物にも見えなくなる。そうか、あれは愛香が喜んでいる時のツインテールと同じ輝きだったんだ。まだまだ俺も研鑽が足りないな。

 会長の「ここにしましょう!」の一言で、セットにヒーローの玩具が付いて来るバーガーショップをランチに選んだ二人を、死角から覗いていた俺たちの耳に、エレメリアン出現を知らせるアラートが飛び込んだ。

「こんな時に……会長にも、結にも知らせられない。俺たちだけで行くぞ!」

「監視は私に任せてください。基地にはお義母様が居ますから、転送作業くらいは何とかなります。どうやら一般のエレメリアンのようですが、お二人とも油断はなさらないでください」

「デートの邪魔なんて、出来ないもんね」

「頼りになる母親をもって幸せだなあ!」

 基地の機能をすっかり把握してしまった母親に感心するやら呆れるやら。

 端末で属性力の反応を確認したトゥアールに送り出され、俺と愛香は転送ペンを手にその場を後にした。

 

□□□□

 

 転送ポイントから飛び出した俺は、髪紐属性(リボン)を使用したテイルブルーと共に、空を飛んでエレメリアンの元へ向かう。今回の現場は随分と遠かった。

 俺たちは基地の次元跳躍カタパルトから、各所に設定されている転送ポイントへ跳び、そこからエレメリアンの元へ向かうのが基本だ。

 しかし今回のように、転送位置から現場まで遠い場合もままある。そういう時に、フォースリヴォンから翼を生やして空を飛べる髪紐属性は重宝する。

 襲われていたのは猫と触れ合うアミューズメント施設のようだ。エントランスへ駆け出すと、エレメリアンに迫られて困惑する猫耳の従業員たちが見える。

「にゃーん」

 酒に焼けた、おっさんのような野太い声を上げてごろにゃんとアスファルトへ転がるのは、でっぷりと太った猫のようなエレメリアン。

 その仰向けに転がる仕草が、何か見覚え有るのだがよく思い出せない。

 だが今は注意を引き付けるのが先だ。俺たちは名乗りを上げて戦いを挑む。

「そこまでだエレメリアン!」

「ほっほほお! 猫耳の似合いそうな幼女!!」

 エレメリアンは俺たちの姿を認めるや、飛び跳ねて喜びを表現する。

「名乗らせてもらおう、俺は猫耳属性(キャット)のキャットギルディだ!」

 それ以外の名前だったら逆にびっくりだよ。

「さあさあツインテイルズ、可愛い猫耳を授けようぞ」

 巨大な招き猫と化して俺たちを手招きするキャットギルディのシュールな姿。

「きゃー見たい見たい! 着けて着けて!!」

 なんてこった。避難させるつもりのお姉さんたちがヒートアップしてしまい、現場に居座ってしまった。

「エレメリアンはあたしが相手するから、レッドはお店の人をお願い」

「任せたぞ! ……お願いですからここから離れて~!!」

 テイルブルーがウェイブランスを取り出すと、キャットギルディもまた戦闘態勢をとる。

「タイガギルディ様の仇であるテイルブルー……相手にとって不足は無い!」

「タイガギルディ……? そんな奴いたっけ?」

「お前が倒したスク水の奴だよ!」

 首をかしげるブルーに、振り向きざまツッコミを入れる。

 思い出した、あいつと動きが似ていたんだ。こいつはタイガギルディ部隊の生き残りというわけか。

「ああ! あれ地面も泳げて結構便利よね」

 倒した相手を、名前じゃなく能力で記憶してやがる……! いくら隊長と名乗っておきながら瞬殺された相手だからと言って、これはいくらなんでも非情に過ぎるぞ……

「ふっふっふ……テイルブルーよ、所詮は貴様も女。本能には抗えまいて」

「な、何する気よ……!?」

 不敵な笑みを浮かべにじり寄るキャットギルディに、ブルーが怯えを見せた。

 俺はどうにかお姉さんたちを敷地外へ避難させると、舞い戻ってブルーに加勢する。

「────ごろにゃあん!」

 俊敏な動きで間合いを詰めたキャットギルディが、姿勢を低くしてしゃがみ込む姿に俺は既視感(デジャビュ)を覚え、咄嗟にオーラピラーを放っていた。

「にゃにゃん!?」

 捕縛結界に拘束されたキャットギルディが、野太い悲鳴を上げる。かつてタイガギルディは腹で泳いでもらうために仰向けで突っ込んできた。こいつもおそらく愛でてもらうつもりで転がろうとしたのだろう。

 同じネコ科のモチーフだけでなく、こういうところも隊長譲りだったか……

 すかさず、打てば響くようにスムーズな流れでウェイブランスを取り出したブルーのエグゼキュートウェイブが真上からエレメリアンを貫いた。

「そのリボン……工夫すれば必ずや猫耳に出来るはず! ……きっとだ!!」

 キャットギルディが断末魔を残して爆散し、属性玉が転がる。

「そーじ、ありがと」

「ああ……怖がらせて、ごめんな」

 俺は帰り際、エントランスに設置されたケージの中で、怯えたようにガラスをひっかく猫たちに声をかけると、ブルーと連れ立って帰路に就いた。

 

□□□□

 

「────様子はどうだトゥアール?」

 基地を経由して再びショッピングモールへ舞い戻った俺たちは、トゥアールと合流して監視を再開する。

「なんだかおもしろいことになってますよ、総二様愛香さん」

 二人が居るのはバックヤード近くの、あまり人目につかない通路が入り組んだ場所だ。

 流石に入り込めない俺たちは、入り口付近で壁を背にして通行人に目を配りつつ、トゥアールが持つトゥアルフォンに映し出された映像を見るしかない。

「どこから撮ってるのよこれ?」

「こんなこともあろうかと、小型の無人偵察機を放しておきました。光学迷彩で不可視化されているので、愛香さんくらいにしか見つかりません!」

 わーい、なんて頼もしいんだろう愛香は。

 俺はたとえ不可視化されていようとも、超科学の盗撮犯を迎撃できる最強の警備員に、心の中で拍手を送る。

 

「結維さん……ここでいたしますの? 誰かが来たら……」

「すっごく、ドキドキするでしょ?」

 壁へ押し付けられた結維ちゃんの右手が、会長の行く手を阻む。いわゆる壁ドンに愛香たちは色めき立つ。さらには顎に添えられた左手が、視線を逸らすことを許さない。

 

「きゃあ! 結維ちゃん……いったいどこであんなの覚えたの?」

「慧理那さん相手に壁ドンで顎クイ……キモウトかと思ったらとんだレズビッチです! 女子校に通ったら綺麗どころを食い散らかして、お姉様呼ばわりされるタイプですよ! おまけに結維ちゃんの事ですから結さんを咥え込んだ口で、しれっと他の女とキスしちゃうに違いありません!!」

 なんだろう、親友の妹がものすごい勢いで遠い世界へ向かっている気がする。

 左手はそのままに、結維ちゃんの右手が肩から下げていた鞄に伸び、輪っか状の物を取り出した。

 革製の赤い首輪だった。先程のリードと合わせて、ものすごく嫌なピースが次々に嵌まってゆく。

 

「おばさんに教わって、専門のお店で買ってきたの。だから犬用と違って、慧理那ちゃんが着けても安心よ」

「結維さん……」

 ────トゥンク。まるで胸がときめいたかのように会長のツインテールが跳ねる。

 だから何教えてんだよ母さん結維ちゃんはまだ小学生だぞ。

 愛香は乙女憧れのシチュエーションからの急転直下な状況に、その表情をたちまちこわばらせていた。

 あれは確か高等部に上がる前だったか。愛香を喜ばせるために、そういった仕草の練習を結としていたら、うっかり愛香に目撃されてあらぬ誤解を招いたのをよく覚えている。

 あのとき愛香は「結の馬鹿っ! 淫乱テディベア!!」と泣きながら叫んでいたが、いったい何のことだろう? いわゆるエロガッパのような、スケベな人に対する悪口の一種なんだろうか? 結はクマ好きでクマっぽいし。

 とまあ、そんな現実逃避じみた回想を他所に、二人の行為は進行していった。

 結維ちゃんの細い指が首輪の留め金をはずし、会長の細い首へ巻いてゆく。

「……はい、慧理那ちゃん。これで出来上がりよ」

 首輪がきつ過ぎない適切な位置で留められると、結維ちゃんは笑顔で会長から手を放す。

「ああ……結維さん……いえ、ご主人様ぁ……❤」

「いい子ね、慧理那ちゃん……いいえ、今日からあなたはオルトロスよ!」

「はい! 今日からわたくし、オルトロスですわ❤」

 ふにゃふにゃに蕩けた会長は、飼い主にじゃれつく犬のように結維ちゃんの胸に縋り付いてその温もりを堪能した。それを慈母の眼差しで見下ろす結維ちゃんだったが、彼女のツインテールはいつぞやの恋香さんのように邪悪なオーラを立ち昇らせていた。

 この光景から目を逸らしたいと思うのは、小学生に妙な名前を付けられてはしゃぐ高校生という悪夢じみた状況のせいではなく、恋が実った会長のツインテールが眩しすぎるからだと思いたい。思いたかった。思わせてくれ。

 愛香も両手で顔を覆い、見た目の年齢が逆転した友人たちが禁断の道へ突き進む姿を直視できずにいる。

 この後二人はきっと、さっき買ったリードを首輪に付けて散歩へ出かけたりするのだろう。母さんに影響されて、会長もコスプレしたりするのだろう。

 ────そこで俺は、はたと気付いてしまった。

 結は理事長をケルベロスと呼んでいた。結維ちゃんは会長をオルトロスと呼んだ。

 ケルベロスは三つ首の犬、オルトロスは確か首が二つの犬だった。

 理事長が“あのお方”と呼んだ真なる闇の女王(オプスキュリィ=レイヌ)なる存在。口に上った観束の名前……命天男や有帝滅人というキラキラネームに、そんな名前を息子に付けようと思っていたと語る、重度の中二病な母親。

 

 全ての糸が繋がり、最後のピースが嫌な音を立てて嵌まった。

 ガソリンを満載したタンクローリーのギアがトップに入り、絶望というゴール目掛けてまっしぐらに爆走し始めた気分だ。

 

 ────理事長……結たちのご両親……大事な娘さんたちをこんな風にしてしまって申し訳ありません!!

 

 俺は、彼女たちがこうなった原因の一つを自らの母親が生み出したことを察し、その場に崩れ落ちて心の中理事長たちへ詫びた。




はい、男の娘組が影も形も出てこないのは他の世界へ派遣されていたからでした。
そして埋まった地雷にピタゴラスイッチばりのブービートラップを追加していくスタイル。
これが起爆するのはいつの日でしょうね?(ワクワク)

転送ポイント:多分目印が物理的に埋まってるんじゃなく、アドレス帳みたいにあらかじめ位置情報が記録されてる場所という解釈で本作では進めさせていただきます。
きっと時間かければトゥアールも狙ったところにゲートは開けるんじゃないかなあ。

キャットギルディ:特典小説最後の一般エレメリアン。
特典キャラは後一体ボスキャラが控えていますが、この作品では出さないし出せないです。

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