放課後、いつものように部室に集まる俺たちの元へメイド服の体育教師、桜川尊先生がやって来た。
野球の授業ではメイド服のままバッターボックスに立ち、生徒たちに交じってホームランを連発していたのが印象的だ。しかしヘルメットの上にヘッドドレスを乗せるという前衛的な出で立ちはどうなんだろう?
「喜べ、今日は樽井先生から許可をもらってきたぞ」
許可って何の? と訊けば、ツインテール部の顧問だという。確かに顧問が居ないのは問題だが、この人会長の護衛だったよね?
「生徒会室に居なくていいんですか?」
「……頼む、仲間に入れてくれ……護衛なのにお嬢様の方が強くなってしまって、これまで以上に居場所が無いんだ……」
床に崩れ落ち、どんよりと落ち込む尊先生の姿に、総二は慌ててフォローに入る。
「強いのは変身した時だけで、普段はか弱い女の子なんですから! 先生が守ってあげなくてどうするんです!!」
先生が必要じゃなくなるなんてありえませんと手を差し出す総二。その様子を見て俺と愛香は無言でアイコンタクト。
「……優しいな、観束……嬉しうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
震える手をそっと重ねた先生は予想通り態度を豹変させ、総二の手を朱肉へ、自らの手は婚姻届へとそれぞれ伸ばし、拇印と捺印欄の禁断の接触を敢行しようとした。
「はい、先生アウトー」
発動なぞさせるものかー。
「おのれっ! 放せ津辺! 長友ぉ!!」
両腕を俺と愛香に押さえつけられ、目論見は阻止される。全く……油断も隙もありゃしない。いつの間にか俺たちの事も呼び捨てになってるし、馴染むにも程があるだろう。
「黙ってりゃ勝手に求婚しようとして! 部室出禁にしますよ!?」
トゥアールも怒り出すが、お前たちには若さという絶対的なアドバンテージがあるんだぞ! 十代の女は二十代の女に優しくする義務があるんだ!! と先生は喚きだした。
それを聞いて気圧されたのか一瞬硬直するトゥアールだったが、すぐに再起動し総二の盾となりギャーギャー噛みつきだす。
一方愛香は桜川先生の相手を俺たちに任せ、総二と一緒に部室のTVを眺めていた。
恋香さんのテイルイエロー1号の評判は賛否両論だったが、会長のテイルイエロー2号もなかなかに負けていない。
俺による
おまけにレッドとブルーのように、俺とイエローも出来ているのではないかと疑いの目を向けられている始末だ。
違うから! 俺が好きなのは1号の方だから!! と声を大にして叫びたかった。桜川先生からも、お嬢様の戦い方はもう少し何とかならんか? と溜息交じりに訊ねられるし。
「ところでお嬢様の事で君たちに相談があるんだ」
憂鬱そうな先生の口から語られたのは、会長の生活態度が問題になっていて奥様……学園の理事長がお怒りになられているということだった。
ツインテイルズとしての活動は公にはできないため、無断外出扱いの空白の時間が増えてゆく。神堂家は門限にも厳しいそうだし、確かにそれは問題だろう。
おまけに遅くまで起きているようになり、ツインテイルズの事で頭がいっぱいなようで、生徒会の仕事にも身が入らなくなってしまっているそうだ。
「でも……あたしたちと違って会長は慣れていないだけで、そのうち何とかなりますよ」
「いや、相談はそのことではないんだ」
愛香のフォローに先生は首を振り、ここから先は神堂家の問題だ、他言無用だぞ? すまんが観束、長友。この機密保持の書類にサインをくれないか? と言って二枚重ねの書類を差し出してきた。
めくってみれば案の定カムフラージュされた婚姻届だった。
「実は神堂家には代々、十八歳で結婚するという掟があるのだ」
「「「「えええええええええええええええええええええええええええええええ!?」」」」
俺たちは揃って驚愕の叫びをあげ、愛香とトゥアールは揃って身を乗り出した。
曰く、本来であれば十六歳で結婚相手を探し、十七歳までには見つけ、結婚まで共に過ごすというのが慣例だという。
そんな二十一世紀の日本にあるまじき異世界のしきたりに頭を抱えたくなる俺たちだったが、会長は生徒会の活動を頑張る代わりに婿探しを引き延ばしてもらっていたそうだ。
理事長は自身の経験も踏まえ、娘を掟で縛ることはないと元々通っていたお嬢様学校からこの陽月学園へ転入させたそうなのだが……
「奥様は今、次々に見合い話を取り付けている」
余りにも住む世界の違う出来事過ぎて混乱した俺たちは、揃って絶句した。
「本来メイドは中立の立場を貫かなければならないのだが、お嬢様の悲しむ姿は見たくない……君たちも、協力してはくれないか?」
「俺たちが原因みたいなものですし、喜んで協力しますよ!」
そういうことになった。
□□□□
アルティメギル基地の大ホールには、ダークグラスパーの命によりすべての戦士が集められていた。
先日刃向かったことか、はたまた侵攻が遅々として進まぬことを叱責されるのかと恐れ、緊張を隠せないエレメリアンたちであったが、テーブルに置かれたネームプレートと色とりどりの箱の存在。そして高らかに告げられた彼女の言葉に緊張を解かれる。
「皆の者、わらわの着任に思うところあろう。よって腹を割って分かり合うためにも結団式を用意した」
「なんと! 我等のためにそのような……」
置かれた箱は全てエロゲーだ。ダークグラスパーのコレクションから一人一個ずつ、各人の好みに合わせて選び抜かれ振る舞われたのだ。
情報の出どころは不明だが、首領直属の戦士という雲上人がこれほど我々を気にかけてくれている……と心打たれた一同は、すっかり不信感を雲散霧消せしめ、彼女へ心からの忠誠を捧げようと決意した……テーブルから一斉にノートパソコンが迫り上がってくるまでは。
人数分のPCも用意した。存分に
「おうクマ、折角わらわの前におるのじゃ、先陣を切ってみせい」
今ここでやるのでございますか!? と絶叫する鎧武者姿のエレメリアン。三日月のあしらわれた兜といい、武士の宴には相応しい出で立ちだがこのような魔界の宴にはいかほども似つかわしくはない。
貴様の好みは結ばれるその時まで決してデレることのない病的なまでに加虐嗜好なヒロインであろう? と衆人環視の中フェイバリットシチュエーションを公開されるという地獄の責め苦にのたうち回りそうになりながらインストール作業を強要され、少女の目の前でエロゲーをプレイするという苦行を強いられたベアギルディは、たまらずスキップしようとするも鞭が振り下ろされお叱りを受ける。
「たわけ! 日常シーンをおろそかにして結果を急ぐなど畜生の所業よ!!」
「申し訳ありません!」
針の筵に座らされ、
おまけに股間のモザイクもQRコードにすり替えられており、笑顔の上司はあの手この手で登録を強いてくる。
「お、おわあ! 足が滑りましたああああああああああああああああああああああ!!」
ついに限界を迎えたベアギルディは、体ごと倒れこんでPCをテーブルごと粉砕し命からがら地獄の責め苦から逃れた。
「――――たわけ!」
そんな彼が怒るダークグラスパーによって天井まで吹き飛ばされ、意識を刈り取られたのはせめてもの救いだったのに違いない。
「もう知らん! 勝手にやっておれ!!」
ベアギルディの尊い犠牲によって、地獄から逃れることができた幸運な生贄たちを放置し、プリプリと廊下を歩くダークグラスパーのもとへ、一人のエレメリアンが歩み寄る。
「不肖このスワンギルディが、首領補佐様のアドレスを拝領いたしたく」
ひたむきに鍛錬を続ける彼の顔つきは精悍さを増し、身体にも傷跡が目立ち始めている。その様は亡き心の師への憧憬が形となっているかのようでもあった。
「ふっ、面白い。あの有象無象共とは違うようじゃな――――わらわ自らアドレスを打ち込む栄誉を与えよう!」
――――その瞬間、白鳥の騎士は暗黒の深淵へと堕とされた。
廊下に響き渡る悲鳴とともに、闇の処刑人ダークグラスパーの恐ろしさは改めて全員の心に刻まれるのだった。
□□□□
「最近はエレメリアンが攻めてきませんわね……」
生徒会の仕事が早めに終わり、いつもより早めに全員が揃ったツインテール部部室。窓の外を眺めながらの会長のつぶやきに、愛香はいいことじゃないと返す。
「……では、今日はお先にお暇してもよろしくて?」
「うん、用事だってあるだろうしいいさ」
「エレメリアンが来たときはちゃんと駆けつけますので……では皆さんごきげんよう」
メールの着信のあった黄色とオレンジのトゥアルフォンを握りしめ、どこかそわそわした様子で会長は先生を連れて俺たちに別れを告げた。
ちなみに恋香さんのは黄色と白、結維のは黄色と黒だ。音声変換機能の被害を抑えるため、人前では極力メールを使うようしっかりと周知徹底している。
「……何でしょうあれ、まるで男でも出来たような態度なんですが……」
「え!? 会長に――――!?」
邪推するトゥアールと色めき立つ愛香だったが、相手を知っている俺は善沙闇子の映るTVから視線を逸らすことなく反論する。
「相手は結維だよ。最近休みの日とか、時間のある時は遊びに来るんだ」
なーんだ。と安心半分がっかり半分で元の席に戻る愛香。はじめは秘密基地で話してたけど、仲良くなったもんだよな。ひょっとすると……会長は人気者だけど、互いの家を行き来するような親友はあまり居ないのかもしれない。
それにしても闇子ちゃんはかわいい。デビュー以来、歌番組やバラエティーで見ない日は無いほどの人気だ。
「ああ……ツインテールもひときわ輝いているな」
俺が久しぶりに総二とツインテール眼鏡の相性の良さについて熱く語ったり、愛香がまた伊達眼鏡を出してこようかとはにかみながら訊ねてトゥアールにからかわれたりしつつ、部活の時間は平和に過ぎていった。
日が傾き、帰宅した俺を待っていたのは、たまたま休みで結維たちの相手をしてくれていた母さんだった。
「結、あの神堂慧理那って子、理事長の娘なんだって?」
「それがどうかしたのかよ?」
「前に未春さんが後輩に首輪付けてたって言ったわよね? ……その後輩ってのが今の理事長なのよ!」
あの髪型と名前聞いて思い出したわ……何かしでかさないか注意しておきなさい。と苦虫を噛み潰した顔で母さんは呻く。
知りたくなかった……本当に知りたくなかった驚愕の真実に俺は目の前が真っ暗になる。
だが闇の中の灯火のように、この封印すべき過去を総二の耳にだけは入れてはならないという使命感が胸の奥で燃え上がった。
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「テスト明けの連休どうする?」
「ツインテイルズオンリーイベント行くわ」
「どうすっかなー、ネットでメンバー募集してっけど、レッドたんに斬られ隊にすべきかブルーたんに刺され隊にするべきか……ミラージュさんに撃たれ隊も捨てがたい! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
中間テストが迫っている中でも陽月学園は平常運転、平和そのものだ。
Ⅱ-Cの教室でも、放課後物思いにふける慧理那をクラスメイトたちが愛玩動物を見るような目で温かく見守っている。廊下の窓にもギャラリーがびっしりだ。
「神堂さん、ため息なんてついて悩み事?」
一人の女子が慧理那に声をかけ、歩み寄る。
「ええ、最近初等部の子とお友達になりまして……来月がお誕生日なのですがプレゼントをどうしようかと」
それを耳にしたクラスメイト達は、小学生と仲良く戯れる会長……イエスだね! と妄想たくましくハアハアしていたが、次に放たれた言葉で冷や水を浴びせられたようにその表情を一変させた。
「その子のお兄さんが高等部にいらっしゃるので、よく妹さんとのお付き合いのコツなどもアドバイスを頂いているのですが、プレゼントが決まらなくて……」
教室中の生徒たちの心が一つとなり、Ⅱ-Cを中心に学園中をある噂が駆け巡る。
────妹をダシにして会長とお近づきになろうとしている不届き者が居る!
「会長に妹をけしかけたのはお前か!?」
「し、知らない!」「お 前 だ な ?」
「その日……俺は学校帰りに寄ったシシリ屋でスパゲティを食べていたんだ……!」
「嘘をつけ!」
その日を境に、現代の異端審問官と化した慧理那ファンクラブの面々が、校内のそこかしこを徘徊する姿が目立つようになったという……
□□□□
善沙闇子の人気はとどまることを知らず、TVでの露出がますます上がってゆく。
部室でもTVの中の彼女を眺めながら昼休みを過ごすことが日課となりつつあった。
「やっぱ眼鏡ツインテールはいいよなぁ……」
彼女の影響だろう、以前はたまにしか掛けてくれなかった赤いフレームの伊達眼鏡を、愛香がまた掛けてくれるようになったのは。
愛香の眼鏡で飯がうまい。ときめく総二でさらにうまい。
「……あ、オカズより先に飯が消えた」
テイルミラージュの活躍もあって、世間でも眼鏡流行の兆しはチラホラ見受けられたものの、善沙闇子の登場によってそれは爆発的に拡大した。
全国の眼鏡好きにとっては我が世の春である。
エレメリアンが攻めてこなくなったので、また総二たちと道場で手合わせをする余裕が出来たのも嬉しい変化だ。やっぱり実戦で磨かれているせいか、総二の腕もだいぶ上達してたなあ……
6月、衣替えの季節がやって来た。
隠してくれていたブレザーの加護が無くなり、もはやエレメントドライバーを普段から腰に巻くことは出来ない。認識攪乱があっても仰々しい変身ベルトを剥き出しにして日常生活を送るのは流石に辛いものがあるのだ。
シャツをズボンの外へ出していれば一応は隠せるが、普段着じゃあるまいし制服でそんな恰好はしたくはない。
ノート、教科書、弁当箱に加えて変身ベルトまで鞄に詰め込むのは少々手間取るなあ……と咄嗟に取り出すのが面倒になったとぼやきながら通学路を歩く俺は、総二たちを眺めて少しでも元気を補充しようと努める。
温度調節機能が付いてるから夏冬関係なく快適ですと豪語し、ブレザーを脱いでもかたくなに白衣スタイルを崩さないトゥアールと、初夏のさわやかな風にツインテールを靡かせる愛香に挟まれた総二の姿が本当に眩しかった。
「おはようございます観束君、津辺さん、長友君、トゥアールさん」
校門へたどり着いたあたりで、会長に声を掛けられた俺たちは挨拶を返そうと向き直る────その瞬間、夏風が黄金色に染まった。
「か……会長のツインテールが……」
「後ろ結びになってる……」
普段見慣れた下結びのツインテールが、テイルミラージュやうちの結維と同じスタイルに変わっているという光景を見せつけられた俺たちは、新鮮な驚きと共に彼女の一味違った魅力に打ちのめされた。
「あのう……気分を変えてみたのですが、おかしくないでしょうか?」
「おかしくないよ! これはこれで見事なツインテールだ!!」
「うん、上の方で結んだ会長も新鮮で可愛いじゃない」
「はにかむ慧理那さんもかわい……ぎゃぽ!」
「ふむ……結維とお揃いですか……これはこれは」
いつものように発情したトゥアールを拳で黙らせ、俺たちは口々にイメチェンした会長を褒め称える。普通に褒めただけじゃないですかー! と痴女が抗議しているが、何かされてからじゃ遅いのだ。聞く耳は持たん。
だが不意に、怨念のこもった視線を感じて振り返った俺は、道行く生徒たちがこちらへ向けてぼそぼそと怨嗟の声を漏らしているのを見て季節外れの寒気を感じた。
「あいつら……やけに会長と親しそうだけど何者だ?」
「どっちが慧理那ちゃんを家に連れ込んだ犬っころなのよ……?」
これは……あれか、学園のアイドルに悪い虫が付いてジェラシーがファイアーという、学園ラブコメお約束のやつか。
俺たち秘密は共有してるけど、会長とは本当にただの友達なんだけどなあ……会長ファンクラブの妬み嫉みが爆発して炸裂ファイアーしてしまったらどうなることやら……
俺は近頃結維がらみで会長が家によく来るという事実がコイツらにバレやしないか不安になった。
昼休みに桜川先生から、見合いの妨害工作をしなければいけないため鉄砲玉として津辺を借りていく。と言われ愛香は先生と出かけることとなった。
なので俺たちは先生に代わり、一人で結維に会いに来る会長の護衛を命じられてしまったというわけだ。
────なので。
「なんで女にならなきゃいけないんだよぉ!」
「馬鹿お前、この状況で男子が会長と一緒に帰ったらみんなの嫉妬が火に油だぜ?」
会長が生徒会の仕事をしている間に一度帰宅して私服に着替えた俺たちは、学園近くで彼女と落ちあい俺の家までエスコートする。
それにしても女の子になった総二は相変わらず可愛い。さっきから道行く人々がチラチラと視線を向け、口々に褒めそやすくらいだ。
ちなみに俺は下着以外普段着のジーンズとTシャツのままだが、総二は以前デート中に購入したらしい女物を着ているため、ツインテールの魅力が存分に発揮されている。
自慢するわけではないが、爆乳美女となったこの俺も加えた三人が並んで歩けば、注目の的になるのも無理はないだろう。
「あらソーラちゃんにミライちゃん、いらっしゃい」
その後、無事に会長を送り届けた俺たちはアドレシェンツァへ客として赴き、ノリノリで察してくれた未春さんに案内されるままカウンター席へ座った。ごまかすためにみんなで考えた偽名は未春さんも当然覚えている。
ブレンドを頼むや流れるように目の前を滑るコーヒーカップの妙技に目を奪われ、笑顔で気前よく二人分を奢ってくれた常連さんにお礼の言葉とウインクを飛ばす。
「……友達が女になり切り過ぎてて怖い」
頭を抱える総二に笑いが止まらない。お前もいつかこうなるんだぞ? 早く慣れろと耳元でささやき、ブラックコーヒーを口内へ流し込んでその香りと落ち着いた深い苦み、微かな甘みを堪能する。いや~美人は本当に得だな!
次の日の放課後、俺が帰宅するとスーツケースを抱えた桜川先生と、不機嫌丸出しな会長が我が家の門を叩いていた。
「どうしたんです会長、そんな恰好で」
「長友君────わたくし、しばらくの間お宅にご厄介になりますわ!」
彼女の口から飛び出したのは驚きの答えだった。
「お母さんと……理事長と喧嘩した!?」
聞けば近場のお見合いは潰すことが出来たものの、会長が頻繁に会っている結維に兄、つまり俺が居ることを知った理事長がイメチェンの件もあって関係を邪推。俺に恋人がいるとの反論にも聞く耳を持たず、妾なら何人いても構わないから紹介しろと強要してきたらしい。
俺と恋香さんのことを思って腹を立ててくれた会長は、桜川先生と連れ立ってこうして長友家にやって来たというわけだ。
「おにいちゃんと無理矢理結婚だなんて……ゆるせないわね。大丈夫よ慧理那ちゃん、わたしの目の黒いうちは絶対そんなことさせないんだから!」
「結維さん……ありがとうございます」
理事長の仕打ちに怒りを覚えた結維は、もはや親友となった会長とひしっと抱き合い心を通じ合わせている。
「長友……急な話ですまないが、どうかお嬢様を置いてやってくれないか?」
そのためなら結婚すら辞さない覚悟だ。と差し出された婚姻届をきっぱりと拒否し、俺たちは両親の帰りを待ってから話を進めることにした。
「え? 慧理那ちゃんがしばらく泊まる? しょうがないわね、いいわよ」
「ありがとうお母さん!」
「ちょ、ちょっと待てよ麗子。神堂のお嬢さんだろ!? 何かあったらどうするんだ!!」
「ここに保護者のメイドさんだっているんだから言い訳は付くでしょう? まったく
最悪、断られたらここには一泊だけで、あとは秘密基地に泊まってもらうしかないかと考えていたが、無事に許してもらえて一安心だ。
でも父さんがビビるのも無理ないよなあ……雇い主の雲の上の人の娘さんが結維の友達なんだから。正直母さんの胆の座りようが改めて驚きだ。
「────結、もし話がこじれて理事長がちょっかい掛けてきたら未春さんを頼りなさい。きっと酷いことになるだろうけど、あんたたちだけはきっと助かるから」
学生時代未春さんたち観束夫妻から散々な目に遭わされていたという母親から、元級友への妙な信頼のこもった全く安心できない力強い言葉を託された俺は、ただそれに頷いて先生と共に台所へ向かう彼女の後姿を見送ることしかできなかった。
□□□□
中間テストを来週に控え、全校集会が開かれた。桜川先生による列車事故並みに脱線したスピーチが行われかけるというアクシデントもあったが、無事に会長の出番となり、登壇する彼女の
つつがなく会長の演説は終了し、聴衆の大半が魅了される中発せられた圧倒的なツインテールの気配に、俺は身をこわばらせた。
────俺は知っているぞ……この高貴なる天上のツインテールを……!!
かつての会長と同じ、下結びのツインテールを結んだ和服の美女。陽月学園理事長、神堂慧夢の登壇にざわめく一年生たちは、彼女の姿を知らなかったせいか、ツインテイルズの影響でツインテールにしているのか? などとめいめい見当違いな感想を抱いている。
なにを馬鹿な……俺には判る。あれは例えるならば悠久の時を経たピラミッド。愛香のように長い年月を共に歩み続けてきた人生の伴侶たるツインテールだ。昨日今日結んだような付け焼刃のツインテールであるはずがない!
「慧理那、話があります。この後すぐに理事長室へ来なさい」
「……わかりましたわ」
不承不承うなずいて、理事長の後についてゆく会長を見た俺たちは互いに目配せし合うと、次の授業が体育なのをこれ幸いに、桜川先生と共謀して理事長室へ向かうことにした。
「……結はどこへ消えたんだ?」
「知らないわよもう!」
「……総二様、愛香さん、こういうときに結さんが姿をくらますって、絶対に何か企んでるんじゃありませんか?」
そうだな、きっとあいつが消えたのは何か考えがあってのことなんだろう。
分厚い扉越しにも漏れ聞こえるほどの口論を耳にし、これは一刻の猶予もないと感じた俺は、刃向かうのは俺だけでいいと愛香たちを外に待たせ、勢いよく扉を開ける。
あれだけ素晴らしい会長のツインテールを……未熟だなんて言わせない!
「何者です!? ノックもせずに騒々しい!!」
「一年の観束総二です! 娘さんのツインテールのことで話しがあります!!」
そう叫んだ瞬間、どこからか勇ましいトランペットの音色が高らかに響き渡った。
「こ……このメロディーは!?」
「誰だよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
いったい誰でどこにいるんだと見渡せば、窓の外にトランペットを構えたテイルミラージュが居た。
俺が猛烈な眩暈に襲われ足元から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えている中、彼女はガラリと窓を開けて理事長室へ侵入。トランペットをポーチへしまうと堂々とした名乗りを上げる。
「悪のあるところ必ず現れ、悪の行われるところ必ず征く!
「な……何故ここにテイルミラージュが……? ですがわたくしが悪とはどういうことです? たとえツインテイルズと言えど、他人の家庭の事情に口を挟むのは許しませんよ!?」
突然のスーパーヒロインの登場に会長は歓喜し、理事長は狼狽えつつも毅然とした態度で問いかけた。
「望まぬ結婚を強いるのはそれだけで悪だ! ましてや恋人がいる相手を無理矢理一緒にしようなどと……たとえお天道様が許してもアタシが許さないよ!!」
確かに、結はそういうのが大嫌いだった。変身までしてくるのはやり過ぎかとも思ったが、こと説得力に関していえばこれ以上ない。
なおも反論する理事長だったが、テイルミラージュの一言が彼女を絶句させた。
「────娘の成長に気付きもしないでそこまで言うとは……偉くなったもんだねえ“ケルベロス”」
その言葉を耳にした理事長の動揺がツインテールにまで伝播し、先程までの毅然とした態度はもはや見る影もない有様だ。
「何故その名を……貴女はまさか、あのお方と関わりが……?」
あのお方って誰だ?
「この
「ああっ……お許しを! どうかお許しをおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
くずおれた理事長は両手で顔を覆い、泣き崩れるように俯いて身悶える。だが絨毯の上に天の川のように広がった黄金のツインテールに、どこか期待と歓喜の色が見えるのは気のせいだろうか?
というかそもそも真なる闇の女王ってなんなんだ? 事態を全く把握できない俺は、目の前で繰り広げられるこの寸劇をただただ眺めていることしかできない。
「……これに懲りたら安易に上辺だけを見て娘を縛ろうとするんじゃないよ? 慧理那ちゃんは今、本当に大きなことを成し遂げようとしているんだ。それだけは……絶対に否定させない」
そう言ってテイルミラージュは会長を俺に託し、風のように窓から去っていった。
ケルベロスやら真なる闇の女王といった大いなる謎を残して……
「愛香、トゥアール……終わったよ」
扉の隙間から様子をうかがっていた愛香たちに、どうにか事態が集束したことを告げる。だが彼女たちも予想外の展開に付いていけず、ぽかーんとした表情で固まってしまっていた。
結は理事長の何を知っていたというのだろう? 俺は去り際に理事長が呟いた「観束……まさか、いえそんな……あの方は子供が生まれたら
ケルベロスとの大激突(嘘は言ってない)
ミラージュ「外道照身霊波光線! 汝の正体見たり、前世魔人ケルベロス!!」
慧夢「ぶぁーれぇーたぁーかぁー!!」
なおこの世界のファンクラブには、他にも小規模ながらイエローさんに打たれ隊も存在する模様。
長友麗子
結と結維の母。未春たちのクラスメイトだった。元中二病。主に神魔超越神(観束父)と真なる闇の女王(未春)による激戦の被害者。
(胃壁的な意味で。中二を卒業したてでアレを日常的に見せられたらきっと死にたくなる)
なお津辺夫妻への悪感情は無い模様。
長友結一
父親。陽月出身ではないが、夫婦そろって神堂系列の企業で働いている。麗子とは従姉弟同士。米くれる農家の親戚は姉夫婦。