4.23
イエローの台詞を修正しました。
ツインテイルズへの威力偵察を終え、母艦へと帰還したリヴァイアギルディとクラーケギルディの二人。
だが格納庫から一歩踏み出した途端、不意にリヴァイアギルディが膝を突き、胸を押さえて苦悶の表情を浮かべる。
「────グゥ」
「どうしたリヴァイアギルディ……まさか貴様!」
「なあに、久方ぶりに巨乳の戦士と手合わせが出来て、トキメキに胸が切なくなっただけよ……」
やせ我慢などしおって……とクラーケギルディはライバルの虚勢に眉をひそめた。
リヴァイアギルディは最後の一撃を跳ね返した際、“手加減はした”と言っていた。
つまり吸収した威力の何割かを吐き出さずに自らの身で引き受けたということ……
「この馬鹿者が……これだから巨乳は脳に栄養が行き渡っておらぬなどと言われるのだ」
「やせ我慢はこちらの台詞だ骨董品────そちらこそ、触手の傷は大丈夫なのか?」
「────むむっ!?」
気付かぬとでも思ったか。と口の端を釣り上げて不敵な笑みを浮かべるリヴァイアギルディに、触手を収納している穴へつい手をやってしまうクラーケギルディ。
防ぎ切ったとはいえ、何人ものエレメリアンを葬って来た必殺技は伊達ではない。流石に完全開放された一撃は堪えたようだ。
「「フフ……フハハハハハハハハハハハハ!」」
そんな互いの姿に、二人はどちらともなく笑い出すと、かつて幾人ものツインテール戦士たちと渡り合い、切磋琢磨していた若き日々を思い出した。
「楽しいな、クラーケギルディよ」
「貴様と同じ意見など虫唾が走ると言いたいところだが、今回ばかりは同感だ」
巨乳と貧乳という、対極に位置する嗜好の二人は、血沸き肉躍る強敵との戦いを経て初めての歩み寄りを見せた。
────それはアルティメギルにとっては小さな一歩だったが、彼らにとっては偉大なる一歩だった。
□□□□
「────おじいさん! 恋香さんを俺に下さい!!」
「落ち着け!」
『結くん! 良かった……』
『おにいちゃあん!』
唐突にそんなことを叫びながら結が息を吹き返し、心配していた恋香さんと結維ちゃんの声が、スピーカーモードに切り替えられたブレスの通信越しに響く。
「いやあ、向こうの花畑見るの去年ぶりだわ……今度は愛香の爺さんと会ったぞ」
「前もあったのかよ!?」
「ああ、前のは中三の愛香に窓から蹴落とされたときで、会ったのは俺のばあちゃんな」
『なによそれ! ものすごく聞き捨てならない単語が出たんだけど!?』
愛香はそれを聞いた途端視線を逸らし、結維ちゃんが食って掛かる。
ああ、あの時か……と思い至った俺はさもありなんとうなずいた。
中三の頃、愛香と教室の外に出かけた結が泣いて帰ってきたことがあった。それを訝しんだ俺が訊いてみたところ、結は愛香から貧乳の悩みを涙ながらに相談されたとのたまった直後に、タイミング悪く戻って来た阿修羅すら凌駕する怒りの形相の愛香による蹴撃を受け窓を突き破って校舎から転落したのだ。
何事もなく目を覚ましたからよかったようなものの、万が一親友の身に何かあったら今のような関係は望めなくなっていたのではないか? とこれまでは度々不安に駆られていたのだが……
チラリ、とトゥアールを思い浮かべる……うん。彼女が結と愛香の二人からそれ以上のダメージを受けている光景を日常的に見せられているせいか、こいつらに限って言えばもはや人が窓から落ちたぐらいじゃ動じなくなっている自分に、別な意味で不安になってしまう。
「……で、この状況で俺の腹にドライバーが無いってことは……やっぱり落としたか?」
結は自らの腹部と辺りを見回しておもむろに口を開く。
「ごめん! 俺たちが気付けていたら……」
「いや、仕方ないだろう。そもそも俺が焦って無理に攻撃したのが悪いんだし」
「でも……!」
「どっちが悪いとかじゃないでしょ!? それを言うなら触手にビビったあたしだって……」
────ピロリロリン!
「何今の、誰の携帯?」
「ああ、俺のだわ」
互いに自分が悪いと庇いあう俺たちだったが、いい加減きりが無いのでタイミングよく話の腰を折ってくれた結の着信を機に手打ちにした。
トゥアールから、エレメントドライバーは現在拾った誰かと共に移動中であること、所在が分かり次第、回収のための行動に移ることを伝えられた結は、そうかと頷くと腰をまさぐり、どこかテイルギアの生地にも似た、布とも樹脂ともつかない材質で出来たグレーのウエストポーチを取り出した。
どういうわけか、ファスナーの上部に有る緑色の飾りがまるで携帯の着信ランプのように点滅している。
どこかで見たことのあるそれが、ドライバーとは別にテイルミラージュの腰へ巻かれていた収納ポーチであることに気付いた俺は、思わず驚きの声を漏らす。
「そのポーチは無事だったのか」
そう言えば、ベルト通しの外にもう一本、細いベルトが取り巻いているのを見たな。
「まあな。こいつはシステム上独立してるから、変身が解除されても腹に巻かれたままさ」
「でも帰りはどうするのよ? そんな恰好の女子なんて目立つってレベルじゃないわよ?」
変身を解除した愛香が不安そうに尋ねた。確かに男子制服を着た女子は目立つ。
俺たちは最初から結が変身していると知っているから効き目は無かったが、テイルミラージュと同じツインテール、同じ眼鏡に同じ体型の美女が、戦闘の直後にそんな風変わりな格好でうろついていたら、認識攪乱をすり抜けて正体に思い至ってしまう人間も出るかもしれない。
「そこで久々のこいつの出番ってわけ」
そう言って結が取り出したのは、次元跳躍カタパルトのおかげで最近とんと使用頻度の下がった転送ペンだった。
「基地のカタパルトには負けるが、ここから家までなら使えるだろ?」
じゃあトゥアール、人目の確認よろしく。と警戒を任せたのち、俺たちは光に包まれて基地へ舞い戻った。
「────ドライバーの所在が判明しました」
基地へ着いてしばしの休息をとった後、トゥアールがエレメントドライバーの場所を掴んでくれた。
「えーと、ここは……輝見市至羽里区……って意外と近いな、それにかなりのお屋敷じゃないか……っておい!」
持ち主の住居が市外でないことに少し安心した俺だったが、続いて目に飛び込んできた住民の情報に目をむいた。
「神堂邸って、ここ会長の家か!?」
「うわー、お金持ちだってのは聞いてたけど、こんなすごいお屋敷に住んでるんだ……」
幸い知らない相手でもないし、場所が分かったところで、早速返してもらいに行こうとするが、意外にも当の結本人がそれに待ったをかける。
「……いや、もう少しこのままでもいいんじゃないか?」
「ちょっとあんたねえ……」
「いや、俺も同じ意見だ」
「そーじ!?」
「なんてもったいない! 合法的に幼女のお家へお邪魔できるチャンスなんですよ!?」
せっかくですから私もついていきましょう! と口走ったトゥアールが、愛香の拳でシーリングライトの新商品と化すのを尻目に、俺は結の意見に同意した理由を述べた。
「あんな見事なツインテールの会長が、拾ったドライバーを悪用なんてするわけないのもあるけど、俺たちは会長の部屋の場所なんて知らないだろ? うろついてるうちに家の人に見つかって、騒ぎになったら大変じゃないか」
「認識攪乱使ってても、見つかるときには見つかるしな。俺がトゥアールをフライパンで殴った時とか」
そう伝えると皆もようやく納得してくれたようで、愛香も落ちてきたトゥアールと共に席に着く。
「……じゃあいつ返してもらうの? また会長が襲われたとき?」
「まさか。放課後にでも部室に招いて、着ぐるみ着たアタ……俺が出迎えてやりゃあいい」
普段の演技故か身体につられてなのか、女言葉をつい漏らしてしまいそうになる結に苦笑しながら、ひとまず解散となった。
さすがにこの姿では学校には通えないし両親のいる家にも戻れないため、家には恋香さんが泊まりの連絡を、高等部には結維ちゃん経由で仮病による休みの連絡を入れてもらう。
だけど結維ちゃんまでもが津辺家に泊まると言い出した時は、友の冥福を祈らずにはいられなかった。
────恋香さんの笑顔と結維ちゃんのツインテールに、俺は獲物を前にした肉食獣の牙を幻視してしまったから。
□□□□
────攻撃を跳ね返されたテイルミラージュが倒れ伏し、おそらく変身が解除されそうになってテイルレッドとテイルブルーの二人に抱えられて去っていった時、思わずわたくしも後を追っていました。
ですが何かに躓いたわたくしはそのまま転んでしまい、ツインテイルズの姿を見失ってしまいます。何かと思ってみてみれば、それはテイルミラージュの腰についていた菱形のバックル……おそらく攻撃を受けて外れてしまった変身ベルトだったのでしょう。
すわ一大事と、慌てて彼女たちが駆け込みそうな近場の路地裏に目星をつけて覗き込みましたが、結局ツインテイルズは見つからず、ベルトを返すことはかないませんでした。
失意のまま車に乗せられて家路についたわたくしは、鞄に隠したベルトを見つからないよう自室へ持ち込むことに成功すると、やっと一息つくことができました。
「これから、どうやってこのベルトを届けたらいいのでしょう……?」
下手をすればテイルミラージュが二度と戦えなくなってしまうかもしれない恐怖に、わたくしはベルトをぎゅっと抱きしめて、押しつぶされそうな不安に耐えようとします。
彼女たちは世界的にも有名ですし、わたくしも何度も間近で言葉を交わしたことがあります。ですが彼女たちの正体はおろか、普段の居場所や連絡の取り様も知りません。
もっとも、身近に彼女らと何か関わりがあるのではないかと思しき生徒はいるのですが、ただの不確定な憶測にすぎません。
脳裏に浮かぶのは、いつも外出の度に襲われるわたくしを颯爽と助けてくれるツインテイルズ三人の勇姿。
そして告げられるたびに胸を刺す、テイルレッドのあの言葉────
その時、稲妻のように天啓が舞い降りました。
「────! そうですわ、わたくしが囮になってアルティメギルをおびき寄せ、駆けつけたツインテイルズへ直接渡せばいいのですわ!!」
そのことに気付いた途端、先程まで胸の内に垂れこめていた暗雲は太陽が顔を出したようにすっかり吹き払われていました。
現金なもので、不安が無くなるとたちまち本物の変身ベルトへの好奇心が湧きあがってきます。
普段は両側に突き出しているグリップは、戦闘時に使用したままなのか連結された二本とも右側に差し込まれており、テイルミラージュが特殊な能力を使用する際に見かける、キューブ状のアイテムが先端に取り付けられていました。
おそらくこれは、バイザーやラウザーといったカードリーダーのようなアイテムなのでしょう。レッドは使用したのを見た覚えがありませんし、ブルーは腕の装備に何かを装填していましたが、基本システムは同じでも13ライダーズのように、それぞれアイテムを使用する箇所が違うのでしょうか?
テイルミラージュと他の二人の装備の違いといい、気になることはいっぱいです。
「……んっ、意外と、固いですわ」
とりあえず元に戻しておこうと連結されたミラージュロッドを分離しようとしましたが、接続が思いのほか固く分離することが出来ません。
プラスチック製の玩具には無い本物の金属の手触りにドキドキしつつも、バックルと武装部分をじっくりと検分します。
うっかり引き金を引いて弾が出てしまっては大変なことになりますので、わたくしは念のために窓を開け、銃口を外へ向けて作業を行いました。
ひねるのか、押してから引くのか、はたまたトリガーを引きながら引き抜くのか。
試行錯誤の末、わたくしはグリップの付け根、銃として握れば親指が触れるであろう位置にボタンがあるのを発見いたしました。
もしやと思ってそのボタンを押しながらグリップを引き抜けば、やはりと言うか先程までの悪戦苦闘が嘘だったように引き抜くことができました。
そのまま反対側の穴へロッドを差し込んで曲げ、お馴染みの基本形態を組み上げると、先程のキューブを失くさないようにグリップの先端へ取り付けておきます。
「……これでもう一安心ですわ」
これで後はアルティメギルがやってくるだけですわ。
わたくしは一日千秋の思いでベルトを抱きしめ、その時が来るのを待ち続けようとし────ちょっとだけ、誘惑に負けて引き抜いたミラージュマグナムを構えてひとしきりポーズを決めているうちに、夕食の時間を告げに来た尊の声で現実へ引き戻されました。
□□□□
アルティメギル基地の一部として連結された、クラーケギルディ隊母艦。
その一角で、二人のエレメリアンが密かに話し合っていた。
一方は首元にカウベルをあしらった牛型のエレメリアン、もう一人はゴツゴツとした岩肌のような体表の、口元から髭を垂らしたエレメリアンだ。
どちらもクラーケギルディ隊所属であることを表すお揃いの白いマントを羽織っている。
「ブルギルディよ、次の出撃は俺も付き合わせてくれ」
「なんだと? どういうつもりだ?」
「クラーケギルディ様がテイルブルーにご執心なのは知っているな?」
「当たり前だ。隊長がテイルブルーを賭けて行った、テイルレッドとの決闘で引き分けたのも皆がよく知っているだろう」
「……クラーケギルディ様が、その戦いで手傷を負われたこともか?」
「なんだと!? それは本当か!?」
髭のエレメリアンは、威力偵察を終えて帰還した隊長を出迎えようと格納庫へ足を運んだものの、その際に隊長がその触手に傷を負っていたことを知ってしまったと語る。
「まさかクラーケギルディ様の
ツインテイルズの強さは耳にしていたが、長きにわたる戦いで一度も傷つかず破られたこともない、敬愛する隊長の誇る無敵の盾を傷つけられる戦士だったとは。
万全の状態ならともかく、傷ついた身体ではさしもの隊長も危ないやもしれん。せめて傷が癒えるまでご自愛くださればよいのだが……
ブルギルディは瞠目し、次いで同胞の意図を察した。
「……テイルレッドとの再戦を望む、クラーケギルディ様のご意向に背くやも知れんぞ?」
「リヴァイアギルディ様によって目障りなテイルミラージュが倒れた今がチャンスなのだ! 例えご意思に背こうとも、俺はクラーケギルディ様にあのツインテールを捧げたい!!」
「お前の気持ちはよくわかった。ならば共に、ツインテイルズを打倒しようぞ!」
「おお……! 受けてくれるかブルギルディ!!」
二人は固い握手を交わすと、出撃準備に入る。
────俺は中学生の貧乳が好きだがお前は高校生の貧乳が好き。そこになんの違いもありはしない!
────いや、それは違うだろうがそもそも隊長からして幼女の貧乳は認めない派だから別に人それぞれでいがみ合う必要はないだろう。
それぞれの思いを胸に抱いて、貧乳に剣を捧げた双騎士は征く。
どちらがテイルブルーと当たろうとも、全身全霊を賭してそのツインテールを手に入れんとの誓いを立てて。
□□□□
決闘の翌日、基地で待機していた俺と恋香さんは、HRが終わった頃合いを見計らって部室へ転移しようとした。
だがそこへ鳴り渡るエレメリアン襲来のアラーム。トゥアールから教わっていた手順でキーボードを操作すると、モニターに出現地点が二つ表示される。
「同時に二か所……片方は学園の高等部じゃないか!!」
くそったれ! 俺が変身できないタイミングを狙ってきやがって!!
奴らがそのことを知っているはずはないだろうが、それでも込み上げる怒りに机を叩く。
「総くんたちに連絡を!」「わかってます!」
『エレメリアンが二か所に出やがった、片方はそっちの高等部。もう片方は市内の中学校だ!!』
トゥアルフォンの音声変換機能により、女性にセクハラを仕掛けるねちっこい中年オヤジの如き台詞に吹き替えられた通話がコンソールルームに響き渡った。
未春さんと恋香さんがアイコンタクトし、二人の顔に意味深な笑みが浮かぶ。
事情を知る身内しかいないから通話しているが、こんな会話を他人に聞かせることなど出来るはずはないため、普段はメールで済ませている。
なお通話相手はトゥアールだ。教室のど真ん中で二人に恥をかかせられるか。
ちなみに恋香さんが試したらヤンキー口調になっていた。新鮮でちょっとキュンときた。
程なくしてカタパルトからトゥアールと総二が顔を出し、席に着いたトゥアールによって流れるようにモニターに映像表示、空間跳躍カタパルトへの座標入力などの出撃準備が完了する。
マント付きの牛型エレメリアンが現れた中学校の方にはテイルレッドが、高等部の方には直接向かったテイルブルーがそれぞれ駆けつけた。
学園に現れたエレメリアンは、髭を生やし岩肌のようにゴツゴツした身体の、一見何の生き物がモチーフか判らない奴だ。
牛と同じく白いマントを羽織っているので、おそらく同じ部隊の仲間なのだろう。
「現れたかテイルレッド! 我が名はブルギルディ! 首領様、そしてクラーケギルディ隊長の栄光のためこの命燃え尽きるまで戦おう!!」
女子中学生こそ至高、走って揺れる醜い乳に存在価値などない! と暴言を撒き散らしていた角無しの牛が名乗りを上げ、テイルレッドもブレイザーブレイドを抜いて臨戦態勢をとる。
属性力の強さから言って幹部級には及ばないため、いつものように消化試合が始まるかと思いきや、奴はとんでもない爆弾を投下した。
「貴様が我が相手とは、天は我らを見捨ててはいなかった────我が盟友オクトパギルディの邪魔だけは決してさせんぞ!!」
「オクトパギルディだって!?」
その名を聞いた俺たちはハッとして学園を移すスクリーンへ視線を向ける。
そこに映し出されていたのは、黒ずんだ岩のような肌を茹でたような真っ赤に染め、ゴツゴツの体表をブヨブヨな丸みを帯びたものに変じさせ、せり出した吸盤付きの太い触手を放射状に広げるエレメリアンのおぞましい姿があった。
「いやああああああああああああああああああああああああああああ触手ううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!」
「擬態だ……奴はタコのエレメリアンだったんだ!!」
イカはカメレオンのように体色を変えるだけだが、タコは柔軟な体を生かして体表まで形を変え、岩肌などに完全に溶け込み獲物や外敵の目を欺くことが出来るのだ。
まさか愛香の相手にまたしても頭足類が当たろうとはツイてないにも程があるぞ……
「まずいわ……愛香は触手が嫌いだけど、タコが輪をかけて特に苦手なの!!」
「なんだって!? でも普通にあいつ、タコ焼きとか平然と食べてましたよ?」
「あれは忘れもしない、愛香が熊を倒した次の年の夏だったわ……」
思い出を回想する恋香さんの口から語られたのは、家族で海に行った際、波に流されてやって来たタコが泳ぐ彼女に絡みついた事件だった。
聞いた話が確かなら、幼稚園の頃から総二の為にツインテールを結び、髪のケアなども積極的に学んできた愛香だ。
そんな彼女が自慢の髪にヌトヌトの触手が、しかも墨まで吐くタコがまとわりついて来たらどうなるか……
恋香さん曰く、当時の愛香はそーじのためのツインテールがだめになっちゃう!! と火が付いたように泣き出してパニックになり、危うく溺れるところだったという。
幸いタコはツインテールから無事に引き剥がされ、助け出された愛香も中等部に上がり随分豊かになっていたであろう恋香さんの胸でどうにか泣き止んだものの、結構なトラウマを刻まれてしまったそうな。
「切られて食材になった、動いてないタコなら平気なんだけど……生きているタコは、今も苦手みたいで……」
総二は他の現場に釘づけにされ、俺も今はドライバーを失い変身できない……愛香のツインテールが絶体絶命の危機に晒されたその時、格納棚の黄色いテイルブレスが視界に飛び込んだ。
□□□□
『総二様! 愛香さんが大ピンチです!!』
『タコ!? タコはいやああああああああああああああああああああああああああああ!!』
中継された愛香の悲鳴が冷静な判断と剣筋を狂わせ、加えて眼前のブルギルディの執念がブレイザーブレイドと互角に切り結ぶという奇跡を起こしていた。
奴の尻尾に備わったダガーナイフは、幾度とない剣戟に晒され既にその刀身を見るも無残な状態にしている。
だがそんな蟷螂の斧同然の戦力差でも奴は紙一重で致命傷を避け、一般エレメリアンにしては破格のしぶとさと言っていい、10分近い時間が経過してもなお倒れない。
「とっととやられろよ! なんでこんなしぶといんだ!!」
「ぐぬぬ……我が敬愛する隊長と友の為にも、ここで倒れるわけにはいかんのだ!!」
「俺だって! こんな! ところで! 足止め食ってるわけにはいかないんだよ!!」
────結は今戦えない。愛香が戦っているエレメリアンは触手だ。早く行ってやらないと愛香が手遅れになる!!
愛香のツインテールが奪われる恐怖を始めて自覚した俺は、怒りに任せた全力の一撃で遂に奴のダガーナイフを打ち砕くことに成功する。
「ぬおおおお!?」
返す刀で火球を叩き込み、オーラピラーがブルギルディを捕縛した。
そこへ間髪入れずに完全開放された斬撃が、奴を逆袈裟に切り裂いてトドメを刺す。
「うおおおおおおおおおお! クラーケギルディ隊、バンザアアアアアアアアアイ!!」
『総二様────』
燃え盛る炎の結界の中で爆散するエレメリアンを一顧だにせず、俺は転送ポイントへ駆け出してゆく。
タイミング悪く響いた爆発音でトゥアールの通信が聞き取りづらかったが、今は愛香の元へ駆けつけること以外考えられなかった。
□□□□
「いやああああああああああああああ! タ、タコ!? タコナンデエエエエエエ!?」
対峙するエレメリアンの突然の豹変、そして忌むべき触手の存在を目にしたテイルブルーは、その名に恥じぬほど顔面を蒼白にし、陽月学園全域へ届けとばかりにタコ・リアリティ・ショックに伴う盛大な悲鳴を響かせた。
「ブ、ブルーたんいったいどうしたんだ!?」
「馬鹿お前、夕べのニュース観てないのかよ。ブルーたん触手が怖いらしいぞ」
「レッドたんと互角に戦ったイカ怪人にも悲鳴あげてたからな……」
レッドたんはどうしたんだ? 今TV見たら別な学校で戦ってるってよ! マジか! じゃあミラージュさんは……
観客たちの、ブルーたちツインテイルズを心配する声がざわざわと広がってゆく。
特に昨日初の敗北を衆目に晒し、今もなお姿を現さないテイルミラージュに関する声が大きいようだ。
「テイルブルーよ、やはり触手が苦手なようだな。このオクトパギルディが、レッドたちの邪魔が入らぬうちにそのツインテールを頂かせてもらう!」
────モケー!!
オクトパギルディが触手をうねうね蠢かせつつ号令をかけると、逃げ道を塞ぐようにアルティロイドたちがブルーを取り囲む。
「いやああああああああああ! 来ないでえええええええええええええええええ!!」
技も何もあったものではない、がむしゃらに振り回された拳が迫りくるアルティロイドを次々に弾き飛ばすが、数には敵わず遂にテイルブルーは取り押さえられてしまう……かに見えたが、その膂力に身体ごと振り回されたアルティロイドはそのまま仲間に衝突して弾け飛んだ。
「うぬぬぬぬ……幼女ながらなんという剛力! 流石はツインテイルズだ。だが俺の触手は一筋縄ではいかぬぞ────
その幼い肢体を余すところなく蹂躙せんと、吸盤を口のように開閉しながら、おぞましい触手がテイルブルーへ迫る。
その時、一発の銃声が侵攻を止めた。
「なんだと!?」
「……え?」
視線の先には小学生と見紛う矮躯に、燦然と輝く下結びのツインテールをしゃなりと垂らした可憐な少女が、この世界の誰もが見慣れた拳銃────ミラージュマグナムを手に毅然とエレメリアンを見据える姿があった。
「今すぐに、テイルブルーから離れなさい! でなければ痛い目を見ますわよ!!」
「……会、長……? だ、だめよ! 危ないから早く逃げて!!」
「逃げませんわ! いつもわたくしを助けてくれたツインテイルズが危ない目に遭っているのです……勝てないまでも、テイルレッドが来るまでの時間稼ぎくらいはさせていただきます!!」
生徒会長神堂慧理那のまさかの参戦に、アルティメギルはおろか生徒たちにもざわめきが広まってゆく。
「あれってミラージュさんの銃だよな……なんで会長が持ってるんだ?」
「ええい、そこな合法ロリ! 歯向かう気ならまずはお主のツインテールから奪い取ってくれる!!」
オクトパギルディの号令一過、慧理那へと矛先を変えたアルティロイドが迫る。だがその魔の手が彼女へ届くことは無い。
「お嬢様に指一本触れさせるものか!」
「モケー!?」
割って入ったメイド長、桜川尊が殺到したアルティロイドたちをまとめて打ち据える。
「……ひょろひょろなくせに随分しぶといが、私でも倒せずとも転ばせるくらいはできるようだな」
強烈な拳打を受けてのけぞるアルティロイドへすかさず足払いを掛ける尊の脳裏に、かつてクラブギルディに歯が立たなかった苦い思い出が蘇る。
────確かにこいつらの力は驚異的だが、要は捕まらなければいいだけだ。
あの日からリベンジの機会を求めて鍛錬を続けてきた尊は、遂に只人がエレメリアンに一矢報いる端緒を掴んだのだった。
ある者は転がり、またある者はもんどりうって地面へ叩き付けられる。しかし属性力の加護の無い尊では、連中を転ばせたり怯ませることは出来ても、その身体に傷一つ付けることも叶わない。
だがそれだけで十分だった。
体勢を崩し致命的な隙を見せた雑兵へ、慧理那が一発ずつ確実に銃弾を撃ち込みトドメを刺してゆく。
「か……会長すごいぞ! ようし、俺たちも会長に続け!!」
「ブルーたんから離れろタコ野郎!!」
「慧理那たんとブルーたんを守るんだ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
生徒たちはめいめいが、エレメリアンをブルーから引き離さんと手持ちのペットボトルや空き缶、その辺の石などを投げつけてオクトパギルディを怯ませる。
「よせ! よさぬか! ええい、こうなれば……」
度重なる妨害についにしびれを切らしたか、アルティロイドに邪魔な生徒たちを押さえつけさせようと命令を下す────が。
────ピシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!
晴天の中、前触れもなく降り注いだ雷光がアルティメギルの軍勢を打ち据えた。
落雷の周辺に居たアルティロイドは跡形もなく消滅し、空気の焼ける臭いと白煙が辺りにたちこめる。
「この強大なツインテール属性……な、何奴だ!」
煙の中に人影を見たオクトパギルディが誰何の声を発した。
風が気まぐれを起こし、白煙が吹き散らされるとそこに立っていたのは、メカニカルな黄色の装甲に身を包んだ金髪の美女と着ぐるみのクマだった。
「き、貴様ら……その鎧と着ぐるみはもしや!?」
その姿に生徒たちもまた驚きの声を上げる。
「────私は、ツインテイルズ四人目の戦士! テイルイエローよ!!」
────話は数分前に遡る。
モニターに映し出されるブルーのピンチに、変身できない己の無力を噛み締める結。
そんな彼の目に、造られたはいいが所有者の居ないまま格納棚へしまい込まれていた三個目のテイルブレスが飛び込んできた。
「こうなったら俺がテイルギアを使うしか……」
だが伸ばされた手がテイルブレスを掴むことは無かった。
寸前で割り込んだ恋香が、結より先にブレスを掴み取っていたのだ。
「恋香さん!?」
「お願い、結くん……私にやらせてちょうだい」
「で、でも……」
「心配してくれてるのはわかってるの! だけど……愛香が、可愛い妹が泣いてるのに黙ってなんて居られないの!!」
「…………わかったよ、そこまで言われちゃ仕方ない。出来る限りフォローするから、思う存分やっちゃってよ」
「────ありがとう」
渡すまいと黄色いブレスを掻き抱く恋香の心からの言葉に折れた結は、彼女の愛香を思う気持ちを信じ、その右手にテイルブレスを嵌めた。
そして恋香がポケットから取り出した黒いリボンを手に、流れるような滑らかさでその艶やかな黒髪をツインテールに結い上げてゆく。
愛香と同じくスタンダードな中結びだが、彼女の柔らかな物腰や成熟した女性らしい体つきと相まって活発な愛香とはまた違った魅力が放たれている。
「すごい、恋香さんの属性力……愛香さん並みです!」
恋香のツインテール属性を計測したトゥアールが、その強大さに嘆息した。
だが自分のツインテールを心から信じていたのだろう。その言葉を聞くよりも早く、恋香は変身起動略語を高らかに叫んでいた。
「────テイルオン!」
その身を包むのは闇を裂く稲妻の如き黄色のフォトンコクーン。
恋香の黒髪は電光と共にその色を眩き黄金色に染め、分解された衣服は極軟性金属フォトンヴェイル製のボディスーツや武器を生成するフォースリヴォンに置き換わる。
さらにその上から、幾多の火器を内蔵した重厚な装甲が装着されることでテイルギアへの変身は完了する。
その姿はレッドやブルーのような幼いものではなく、普段通りの恋香そのままなメリハリのある体つきだ。
「これで……愛香を守れる」
「テイルイエローの、誕生ですね」
無事変身出来たことに安堵し、その頼もしい装甲に指を這わせる恋香を祝福するようにトゥアールが声をかけた。
「よし、さっそく学園に出撃だ!」
熊の着ぐるみを着込み、ポーチを上から腰へ巻いた結が先頭に立ち、テイルイエローとなった恋香の手を引いて空間跳躍カタパルトへ飛び込んでゆく。
初陣のリザドギルディ戦で攻撃を受け焼失した初代に変わり、トゥアールの手でリニューアルされた着ぐるみは、テイルギアと同じくフォトンヴェイル製の防護服となっている。
倍力機構やバリアなどといった特別な機能こそないものの、高所から飛び降りたくらいではビクともしない衝撃吸収能力は折り紙付きだ。
極彩色のトンネルを抜けた先に待ち構えているのは、皆のヒロインを守るために勇気を振り絞って怪人たちに立ち向かう生徒たちの姿。
────さあ、俺たちの
勇ましく名乗りを上げたテイルイエローは、へたり込み呆然とするテイルブルーに歩み寄ると耳元で優しく囁いた。
「────もう大丈夫だからね、愛香」
「────え?」
顔を上げ、オクトパギルディを見据えた彼女の顔はもはや優しい姉の顔ではない。
「ここに来てもう一人のツインテイルズが現れようとは……しかもこれ見よがしに駄肉をぶら下げよって!」
「だ、駄肉ですって!? 実は密かな自慢だったのに、うちの妹を泣かせただけじゃ飽き足らず……許せない!!」
べそをかいていたブルーがそれを聞き、何とも言えない微妙な顔になるのをよそに、イエローは右腕の装甲からガトリング砲を迫り出させ、眼前のエレメリアンへ銃弾の嵐をお見舞いする。
「ぬわあああああああああああああああああああああああああああああ!?」
すべてを粉砕する鉄火のミキサーに蹂躙され、オクトパギルディが触手の欠片を撒き散らしてのたうち回った。
「じゃあ戦闘員はアタシに任せて、イエローはソイツをよろしくね」
この様子なら大丈夫だろうとミラージュクマはマグナムを手にする慧理那の元へ歩を進め、視線を合わせるためにしゃがみ込むと用件を切り出した。
「アタシの落とし物、君が守ってくれたんだろう?」
「あ……はい! 申し訳ありません、勝手にミラージュマグナムを使ってしまって……」
「いいんだよ、勇気を出してブルーを助けてくれたんだから……ありがとうね」
優しい声色で頭を着ぐるみ越しに撫でる熊に、感激に頬を染めた慧理那は鞄の中にしまっていたものを取り出すと、手に持っていたマグナムとともに差し出した。
「これをどうぞ、テイルミラージュ」
「これは……説明書もなしによくここまで元の形に戻せたものね」
連結されていたロッドもきちんと分割され、エレメリーションキューブもちゃんと定位置へ取り付けられていることに舌を巻く。
「ヒーローの玩具には一家言ありますもの! ……本物のスーパーヒロイン相手でこれは失礼でしたわね」
「いやいやとっても頼もしいよ。お礼に変身を間近で見せてあげよう」
目を見開き、息を飲む慧理那の前でエレメントドライバーを腰に巻いたミラージュクマは、空いていた左側にマグナムを差し込むと、前々からひそかに考えていた変身ポーズの構えをとる。
右手を天に、左手を地に伸ばしたポジションから、両腕を水平になるまで回転。
すかさず左手を右上へ、右手を左下へ勢いよく伸ばしながら、右手の親指で左グリップのトリガーを引いた。
「────ドライブオン!!」
閃光、煌めく白銀のリフレクトスフィアが全身を包み、熊の着ぐるみは一瞬で三色の戦闘スーツ、エレメントギアへ置き換わる。
「これが本邦初公開、テイルミラージュの変身だ!」
爆発する歓声と、マシンガンのように連射される携帯カメラの撮影音が辺りを埋め尽くすのをBGMに、テイルミラージュは周囲に残るアルティロイドたちへ躍りかかった。
テイルミラージュがアルティロイドの群れを蹴散らすのと時を同じくして、テイルイエローもオクトパギルディに己の怒りをぶつけていた。
「これは駄肉呼ばわりされた私の分!」
腰の連装小型ミサイルが火を噴いた。
「これは平和を乱された生徒たちの分!」
両足の徹甲弾がエレメリアンを打ち据える。
「そしてこれが────」
背中の陽電子砲が、左腕のビーム砲が、全身のあらゆる火器が目標へロックオンされる。
「あなたに可愛い妹を泣かされた私の怒りよ! ────オーラピラー!!」
爆音とともにぎえー、ぬわーと悲鳴を上げながら散々吹き飛ばされ続けていたオクトパギルディが、テイルギアの各部に設けられた砲門から一斉に放射された光条に打ち据えられ、電光迸る捕縛結界に捕らわれた。
すかさずイエローは黒いフォースリヴォンへ手をやると、その右手に一振りの黄色い鞭を出現させる。
「ヴォルティックスナッパー! ────
その叫びと共に振り上げられた鞭に紫電が奔ったかと思うと、眩さを増した電光はあたかも天へと昇る龍の様相を呈し、右手の振りに合わせて電光の龍は稲妻と化して敵へと襲い掛かる。
「────ヴォルティックジャッジメント!!」
「申し訳ございません、クラーケギルディ様あああああああああああああああああ!!」
電撃鞭が振り抜かれるのと同時に、巨大な龍の
「おねえ、ちゃん……? おねえちゃあああああああああああああん!!」
「また約束破っちゃって、ごめんね……ツインテールにしないって、言ったのに……嘘つきなお姉ちゃんで本当にごめんね」
「いいの! もう大丈夫だから!! 大好きなお姉ちゃんのツインテールなら、もう平気だから!!」
「────どうなってるんだこれ」
息せき切って学園へ駆けつけたレッドが見たのは、全てが終わったあとにわーわー泣きじゃくる最愛の恋人を、見慣れない黄色いツインテイルズが口元から涎を垂らした蕩けるように邪悪な笑顔で愛おしそうに抱きしめている光景だった。
はい、話の都合上エレメリアンの出現タイミングずらしましたごめんなさい。
(原作では帰宅して、慧理那が初変身してから出現)
愛香の触手嫌いの理由もそれっぽく捏造させていただきました。
そして書いて(描いて)やったぜアナザーイエロー。
【挿絵表示】
恋香さんの目を開いたカラーイラストが無かったので愛香と同じ赤い目に、フォースリヴォンの髪を通す穴の位置から考えてリボンをこの向きにしました。あと原作で尊さんのアナザーブルーの頭にヘッドドレスではないパーツが付いていたので、ヘアバンドもギアの一部に置換。
あとこのイラスト、実は初出じゃないです。詳しくは活動報告にて。
神堂家の住所はアニメ版で映った婚姻届に書いてありました。区の続きは向地一番地。
妄想ですが、観束家とは同じ市内でしょうが区が違う程度には離れてると思います。同じ区だと将軍とドM様がもっと交流があってもおかしくないですし。
……ここでふと、将軍の実家は喫茶店でドM様は彼女のコーヒーがお気に入りだった。
なのにアドレシェンツァに来たとき何も反応しなかった……じゃああの店は神魔超越神さんの家を改装したものか? 流石に夫婦の実家が揃って喫茶店とか無いだろうし。
あれか、ヒーローの根城は喫茶店かスナック! とばかりにノリノリでリフォームしたのか? まあ民家を一から店にする金(アニメ版だと店含めて三階建てでした)がどこから出てきたのかと言う疑問もあるので、父方の実家が喫茶店ではない別の店を営んでいた、または常連客のような無駄に豊富な才能の持ち主が友人に居て、格安で引き受けてくれたという可能性もゼロではありませんが。
あと会長は変身するけど初回で変身するとは一言も言ってない。