弓塚さつきの奮闘記   作:第三帝国

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なんとか9月初めに投稿できました(汗)


第9話「それぞれの思惑Ⅲ」

「なんなんだよ!」

 

路地裏でもまだ明るい地域で少年は逃げる。

悪態を叫びながら大通りに向けて普段の怠けが嘘のように必死に走る。

 

どうしてこうなって?

どうしてこんな目に会わねばならないか?

逃走する赤毛の少年こと――――乾有彦は思った。

 

切っ掛けは偶然だった。

学校でも数少ない友人が行方不明になったことだ。

 

他人にあまり関わろうとしない自分の主義からして、

いつもなら気に留めなかったが彼女は中学からの付き合いがある人物だった。

だが、自分ではどうにもならない事は分かっているので、毎日ニュースで確認する程度の心配をした。

 

が、ある噂を聞いてしまった。

 

曰く、弓塚さんが○○通りあたりの路地の入り口で見かけた。

 

それからだ、その晩に殺人事件があるからあまり出歩くなと言う姉の言葉を聞き流し

別にそこまで遅くなければ大丈夫と思い、大通りを抜け変な猫に誘われて気がつけば、このありさまだ。

 

「くらえ!!」

 

通路横の重いゴミ箱を蹴り進路を妨害させる。

人一人がようやく通行できる路地裏なら少しは効果があるはずが、

ガシャン!!と派手に転んだが、すぐさま立ち上がり生気が抜けた表情で追い掛けてくる。

続けて蹴ったビール瓶のボックスも避けもせずに何事もないかのように直進し、弾き飛ばすありさまだ。

 

「――――――」

 

その人物、いやもう人ではなくなった生ける死人、

一見どこにもいるサラリーマンだが目に生気はなく、首は歪に曲がっている。

まさにホラー映画の題材を体現した物が逃げる彼の後ろを全く速度を緩めずに追いかける。

 

「おいおいマジかよ。あいつゾンビとかじゃねえよな」

 

こんな時も軽口を叩くが冷汗が絶え間なく流れる。

 

あの時、変な猫にふらふらと誘われ

眼が覚めた瞬間に男がキスしてきそうだったので自称自慢の右ストレートで撃ち抜き

当たりどころが悪すぎたのか相手が倒れ慌てて様子を見ようしたが、

 

白目をむいたまま噛みつこうとした。

 

その後はとっさの事でよく覚えてない。

ここは危険だと第六感が告げ、こうして現在の逃走劇に至るに違いないとしか言えない。

 

「お、人か!?」

 

前方から人影がゆらりと出現する。

文明の道具である照明も碌にないこの路地裏で出会う人間など、

大概碌でもない人間の類であるが、今は例えどんな道徳的観念を持ち合わせた人間であっても、

自分と同じ本当の人間に会えたことが何よりも安心させた。

 

「あ」

 

が、どうやら後ろから追いかけてくる仲間だったらしい。

まるでゾンビが歩いているような足取りで乾有彦に近づき、生気の虚ろな瞳で自分を見つめていた。

 

一瞬で希望が絶望へと堕落した瞬間だった。

刹那、前のゾンビは口を大きく開き、声にならぬ唸り声を挙げて乾有彦に襲いかかった。

 

突然のことだったので、乾有彦は動けなかった。

希望が絶望へと変わった動揺で対応することもままならず、

呆然と自分に襲いかかる人間を見届け内心でポツリと呟いた。

 

あぁ、死んだ。

 

頭で考えなくても体が分かってしまう。

お前はもうすぐこいつらと同類になるのだと。

何の意味もなく、無慈悲にここで短い生を終える。

 

そう、乾有彦の人生はここで終わる――――。

 

 

かと思われた。

 

 

「え――――?」

 

視点が変わっていた。

地面の香りが鼻を刺激する、どうやら地面に横になっているらしい。

しかも、ここで死ぬはずだった生がまだ存在している。

 

視線を彷徨わせると正面に誰かの背中を捉えた。

大きくもなく女性独特の小さな背中と垂れたツインテール。

まさか、と、乾有彦が考えた時女性は口を開いた。

 

「使い魔で誘い込むなんてなかったはずだけど……いや、ボクもそうして誘い込まれたし」

 

中学の頃からの友人、弓塚さつきの声が響く。

今の今までどこに行っていたか、なんでこんな所にいる。

等の疑問は山ほどあり、一度唾を飲み込み口を開けようとしたが、

 

「――――――――」

 

声が出ない、

襲いかかってきた2人に対して睨んでいる弓塚さつきから見えない殺意が出される。

空気がピリピリと痺れる程の明確な殺意が場を支配している。

 

「う…あ…。」

 

ありえない、と音声の代わりに心が訴える。

人のカテゴリーであれは存在してはならないはず。

あれは人の皮を被った正真正銘の化け物だと生物本能が警告を鳴らす。

 

「――――つぶれろ」

 

彼女のどこまでも冷えきった響きと共に腕が振り下ろされた。

襲撃者と弓塚との間の距離は大分離れていたはずなのに?

と乾有彦が疑問を一瞬浮かべたが、直後の光景が彼の予想を裏切った。

 

まずは血漿が噴出し肉が裂け。

次に鈍く骨が砕け、贓物が噴き出し。

最後に体がスライスチーズのごとく縦に細かく裂かれた。

 

この3つのシーンが音響効果と共に一瞬で為された。

遠距離からまるで薙ぎ払ったように壁に大きな爪痕を残し彼らは消滅した。

辛うじてここに居たという証は壁際まで大きく付着した血痕のみだった。

 

…何が起こった?

 

あまりに非現実的な光景に乾有彦は言葉を失う。

彼女から発せられるただならぬ空気といい、思考が追い付かない。

 

「……うっぷ、やっぱキツイ」

 

ふっと、重苦しい空気が消えたと思えば彼女は片膝を地面につき口を抑えていた。

一方の助けられた乾有彦もやっと混乱気味な頭が冷め、話すだけの余裕も出た。

 

「おい!弓塚。あのヤロウは一体何だよ!!しかもお前何処に…!!」

 

立ち上がり、強い口調で問い詰めるが彼女は答えようとしない。

それどころか乾有彦が立ち上がった気配を感じた途端顔を振り向かず距離を取った。

 

「…ゴメン、今は説明できない」

「弓塚…」

 

乾有彦は頭では何らかの理由があって弓塚さつきがこんな態度をしている事は理解し、

そんな態度を取らざるを得ない弓塚さつきの現状と何もできない自分に苛立ちを覚えた。

 

――――説明するつもりはないってか?だったら強引にでも聞きだしてやる。

 

そう思い弓塚さつきに一歩踏み出した途端、場違いな風切り音を両耳は捉えた。

 

「っ……!!!」

 

弓塚さつきが振り返り、腕を振った瞬間火花が路地裏を照らす。

 

「うぉ!!」

 

一瞬の出来事で事態を把握するより前に、さらに連続して剣のような物体が飛来し続々と着弾する。

着弾するたびに土煙りが舞い上がり、アスファルトの地面を抉り破片が飛び散る。

 

「――――な!?」

 

驚きのあまり乾有彦は言うべき言葉が分らなかった。

先ほどのゾンビや弓塚さつきの超人的な能力と言いもはやこの一連の事態を理解することは不可能であったからだ。

やがて嵐のような攻撃がやみ、再び暗闇に眼が慣れてくると。

 

「いない?」

 

土煙りが晴れた先には誰もいなかった。

墓標のごとく十字の剣が突き刺さっているだけだ。

 

いや、正しくは一人いた。

その人物は乾有彦にとって以外過ぎる人物であった。

 

「逃げましたか……こんばんは、乾君。」

「シエル先輩?」

 

カソックに身を包んだ学校の先輩が人懐っこい笑みを浮かべて、ついさっきまで弓塚さつきがいた場所で振り返る。

いつもと同じ可愛くて頼れる先輩といった感じだが、彼女の青い瞳は笑っておらず不気味なほど冷静なものであった。

 

「まったく、いけませんよ。夜遅くまで出歩いては」

「いえ、シエル先輩、そりゃ、そうですけど……」

 

――――先輩はどうしてこんな事を?

 

そう口にしようとしたが、ふと気付く。

思ったがいいが、口が動かない。

それだけではない、全身がまるで金縛りにでもあったかのように動けないことに。

 

「乾君、帰りなさい。そして忘れなさい」

 

弓塚さつきと同じく人ならず気配を纏いつつ有無言わずの言葉に乾有彦はたじろぎ――――。

 

「あ、れ…?」

 

ぐらり、と体が傾き意識が朦朧としだす。

頭は、急速に解体されつつある理性は警告を発し続けるが、

それよりも先に脳の各種機能は停止し、やがて意識を失った。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

「彼女は完全に飲まれたわけではなさそうですね」

 

巻き込まれた学校の後輩がしっかり路地裏から出て行ったのを確認してから、

この身が不死身とはいえ、一度殺されるはめになった相手の様子を回想する。

 

本来一度でも吸血鬼として堕ちれば精神も肉体も吸血鬼らしくなる。

具体的には良心や人間らしい心の葛藤は無くなり、魔として暴虐の限りを尽くすはずだが彼女はやや違う。

わざわざ死者を倒すのは親であるロアを殺すための布石と解釈可能だが彼女は人間のころの友人を助けた。

自分を殺したのは自衛のためという要素が大きいことから、まだ人間らしい精神を保っていると言えるかもしれない。

 

――――何もかも滅茶苦茶にしてしまった自分と違い。

 

「……今はそうでも、かつての私のようにしないとは限らない」

 

シエルは探索を続けながら湧きあがった言葉に対し言い聞かす。

 

かつての自分はロアに抵抗しきれず罪を犯した。

片や彼女は時間の問題かもしれないが未だ自分以外の人を殺していない。

 

人を殺した人数で罪の重さは変わるとは言い難いが

その差がシエルの心に理由が分からない気持ちが沸く。

 

――――しかし、なぜ彼女は吸血鬼に成れたのでしょうか?

 

ふと湧いた疑問。

自分はロアという吸血鬼の特性のせいでグール、

リビングデッドといった過程を飛ばして吸血鬼に成れたが、

彼女、弓塚さつきは単に噛まれて成ったことを考慮すると凄まじいポテンシャルを秘めていたことになる。

さらにそれだけではない。

 

魔は魔を引き寄せる

 

そんな言葉があるように

この三咲町にはまるで図ったかのように異能の存在が集っている。

これが果たして偶然なのだろうか?

 

「そういえば、ここらは候補である混血の末裔が治めている土地ですね」

 

ロア転生候補としての事前知識が浮かぶ。

本来ならば調べる必要はなく先に門答無用に弓塚を処分し、

しかる後にじっくりとロアが姿を見せるまで街を探索すればいいのだが、

シエルは少しばかり気にかかり一度足を止める。

 

「危険ですが確かめる価値はあるかもしれませんね」

 

もしかするその場所は魔術的な要塞と化しており、

危険かもしれないが、一気に本拠地と予想される場所を突くのもたまにはいいだろう。

 

遥か彼方の丘にある屋敷、遠野邸を見つめ彼女は呟いた。

 

 

 


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