弓塚さつきの奮闘記   作:第三帝国

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最近忙しいせいでSSの更新が遅れ気味です


ACT.6「シオン」

 

 

弓塚さつきがタタリと交戦を始めた頃。

アルクェイドと秋葉に散々絞られた遠野志貴は再度眠りについた。

いつもなら無理をしてでもタタリの捜索に行って行くところであったが、

シエル先輩の安静するようにとのお願いに従い、眠りについていた。

 

アルクェイドと秋葉はそれぞれタタリの捜索に出ており、

ゆえに今部屋にいるのは志貴のみ、寝息だけが部屋の中で小さく音を立てていた。

 

そんな中、静かにドアが開かれる。

するりと忍び寄るように人影が部屋に入る。

人影はゆっくりとベットで眠る志貴の元へ近寄る。

やがて、枕元まで来た人影は何もせずじっと眠れる王子を見た。

 

直ぐそばに人が立っているにも関わらず志貴は相変わらず寝息を立てて寝ている。

これだけなら、何ともない事実であるがしばらくその姿を見ていた人影は、ふと違和感を覚えた。

人影は人より遥かに優れた頭脳を回転させ、その違和感について考える。

 

解答は直ぐに出た、そうあまりに静かなのだ。

魔術で自己暗示による精神洗浄をしているならともかく自然の眠りにしては生気がない。

 

志貴の眠りはまるで、

 

「まるで死体のようですね、貴方の眠りは」

 

そうシオン・エルトナム・アトラシアが感想を呟いた。

 

そして、そっと手を志貴の頬を撫で、エーテライトを接続し志貴の体調を見る。

傷は回復傾向にあるが体温は平均より低く、心拍数も少ない。という解が直ぐに頭脳にはじき出された。

 

「よかった」

 

その結果にシオンは思わずそんな言葉を発し、

刹那、自分の口から出た言葉の内容に動きを止めた。

 

何故ならシオン・エルトナム・アトラシアが、

他人を気遣ったような経験は、今は亡き友人であるリーズバイフェ以来だ。

 

アトラス院にいたころは他人に対して全て無関心で、

ここ最近は教会とアトラス院から逃げる日々であったためそうした余裕は一切なく、

加えて言えば、タタリを追うことのみで他人に興味関心を持つという発想自体まったくなかった。

 

それがどうだ?

たった今他人を気遣った。

それも初対面は殺しあった人間だ、おまけに異性だ。

何がシオン・エルトナム・アトラシアにこのような行動に移させたのか?

 

遠野志貴の異能の希少価値?

たしかに研究材料として魅力的であるが解に合わない。

何故ならその眼だけを奪う隙はあったはずだがしなかった理由が見つからない。

 

タタリ打倒のための協力者であるから?

それはあるかも知れないが、何故遠野志貴なのか?

協力者ならば真祖に代行者、吸血鬼と選択肢は複数あったはずだ。

 

しかも彼とはタタリが襲来する直前まで殺しあっていた関係だ。

彼が単独でタタリを迎撃しただけで、協力者という関係には至っていない。

 

「……くっ」

 

高速思考を展開し、思考を深めるシオン。

だがそれでも解は得られず、謎が深まるばかりである。

 

「私は」

 

私は一体どうなってしまったのか?

そんな疑問と不安がシオンの内心を蝕む。

 

じっと志貴の顔を見るが、答えは当然出ることはない。

だが、ふとシオンは思いついた、もしかすると彼なら答えを知っているかもしれない、と。

 

そう思い志貴を起こすため手を伸ばし――――。

 

「悪いけど、志貴を起こさないでくれるかしら?」

 

手を伸ばした所で第三者の声が介入してきた。

声の主に聞き覚えがあったシオンは主がいるであろう方角に振り返る。

 

「真祖の姫君……」

「こんばんわ、錬金術師。もう体調は大丈夫みたいね」

 

声の主はいつの間にか開いていた窓に座っていた金髪の女性。

真祖の姫であるアルクェイド・ブリュンスタッドであった。

 

「…昨晩は姫君のご好意、深く感謝致します」

 

「まー、屋敷に置いてくれないか妹に頼んだのは私だけど、

 最終的に決断したのは妹だから明日にでもそっちの方にお礼を言っておいてね」

 

「はっ」

 

アルクェイドであることが確認できたシオンは即座に姿勢を正し礼を述べる。

そして、改めて己の名と願いを続けて口にした。

 

「改めて 私の名はシオン、シオン・エルトナム・アトラシア。

 この街に来訪したのはタタリの打倒と共に姫に願いたいことがございます」

 

「ふぅん、その年で穴倉の院長補佐?すごいわねー。

 そして外部との接触を一切絶つアトラスの人間が私に願い、いいわ、聞いてあげる」

 

遠野志貴とその周囲の人間以外にあまり興味がないアルクェイドであるが、

錬金術師が提示した変わったお願いにその内容を話すことを許した。

 

「私の研究課題は吸血鬼の完全な治療。

 すなわち吸血鬼から元の人間に戻すことです、姫」

 

「…続けなさい」

 

アルクェイドが催促する。

 

「吸血鬼を生んだのは星の精霊である真祖の血。

 ならば、その血を解析することで吸血鬼から人間に戻すことも可能なはず。

 無礼を承知ですが、どうか姫の血を提供して頂けないでしょうか?」

 

懇願する言葉に徐々に熱が入るシオン。

そして最後に、再度頭を下げた。

 

その姿を黙ってみていたアルクェイドは、

シオンの願いに即答せずしばらくの間沈黙を保つ。

数十秒ほどの静寂な時間が流れたが、ゆっくりと口を開いた。

 

「…死徒になりたがる魔術師はごまんといるけどその逆とは、ね。

 もしも私の眷属になりたいなんて言い出したらこの場で殺していたわ。

 でもね、死徒から人間に戻るなんて――――無理よそれは」

 

「なっ!?」

 

それは否定。

その内容にシオンが絶句した。

 

「な、何故です!!大本である真祖の血を解析すれば吸血鬼化に治療に…」

 

「無理なものは無理なのよ」

 

必死に問うシオンにアルクェイドが顔を横に振り否定を重ねる。

 

「貴女は知っているはずよ、

 人間が吸血鬼になることは肉体的な変化だけでなく魂そのものが改変されること。

 もしも人間に戻るならそれこそ魔法、それも時間を戻す魔法を使わなければならない、と」

 

「黙りなさい!!」

 

考えていたがあえて見ぬふりをしていた事実の羅列にシオンが感情を爆発させる。

何時もなら感情を露にすることすら稀であったが、吸血鬼化治療の中でも最後の希望が消滅してことで感情のタガが外れた。

 

「だいたい、元はと言えば貴女達真祖が撒き散らした病魔ではないですか!

 それを治療できないと言うのはあまりにも身勝手すぎます!」

 

「怒りで我を忘れているようだけど、大昔から神様や魔物。

 それに貴女達魔術師という人種が生きる世界はそうしたものでしょ?」

 

「そ、それは……」

 

アルクェイドの正論に頭が冷やされたシオンがたじろぐ。

「理不尽な魔が人間を襲う」この図式は遥か神話の時代から続いた現象だ。

そして英雄と呼ばれる人種を除けば人間の大半はこの魔に対してまったくの無力だ。

たとえそれが科学技術が発達し、神秘が薄れた今日でもその図式に変化はない。

 

「それに、教会の受け売りになるけど、魔さえ神の創造物らしいわよ。

 よかったわね、錬金術師。貴女の肉体が半分魔であっても嘆くことはないわ。

 貴女の存在を何せカミサマが保障してくれているのだから、何がいけないのかしら?」

 

「――――っっっ!!!」

 

吸血鬼の存在を良しとするアルクェイドの言葉にシオンに衝撃が走る。

朱色の瞳を細め人を皮肉する姿はまだに人ならざる魔の傲慢さを具現化させていた。

 

「――――志貴の情報から実りのある会話を期待していましたが、どうやら私の思い違いのようでしたね」

 

「あら悪いけど、自分の事すら分かっていない人間と仲良くしようなんてこれっぽちも思っていないから」

 

「…自分のあり方がわかっていない?何を一体、」

 

自分の事すら分かっていない人間。

そんあ評価にシオンは疑問を覚えアルクェイドに尋ねる。

 

「貴女のあり方と吸血鬼になりたくない、

 という願望に矛盾が生じているのが分かってないのよ」

 

「何を馬鹿な……」

 

アルクェイドの言葉を即座に否定する。

吸血鬼にならない、それはあの蒸し熱い夏に友人を失って以来誓ったもの。

 

そこに矛盾など一切入る余地はない。

シオンは続けて語ろうとしたが言葉が出なかった。

 

ほんの少し。

ほんの少しだけ違和感を覚える。

アルクェイドの言葉を即座に否定することができなかった。

 

「やっぱり答えはでない、か。

 じゃあね、錬金術師。私これでも忙しい身だから」

 

「あ……」

 

己に迷っているシオンを見て興味を失ったアルクェイドが窓から飛び降り、颯爽とその場を後にした。

部屋に残されたのは眠りを続けている志貴、そして答えを言い出せなかったシオンだけとなった。

 

「…………」

 

開けっ放しの窓を黙って見るシオン。

しばらくの間アルクェイドがいた場所を見ていたが、思いを口にする。

 

「貴女の言うとおり、私は私のあり方が分からない」

 

顔を俯かせシオンは彼女の言葉を肯定するしかなかった。

 

 

 

 


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