弓塚さつきの奮闘記   作:第三帝国

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今晩はもう寝るので感想返しは明日からします。


ACT.3「闘争」

コンクリートの大地を蹴る。

距離が近いこともあって一息で銀髪の女性の懐へ飛び込めた。

女性、いや女性の姿を形どった吸血鬼が行動に移すよりも早く、より早く体を動かす。

さらに刹那の時間。

僅かばかり眼鏡をずらす。

そして視界にはあらゆる場所に線が不気味に蠢く世界が映し出される。

直死の魔眼。

かつて俺が死を理解したことで会得した異能。

「モノの死」を視界情報として捉え、それに触れることが出来るもの。

俺はこの「モノの死」を線と点という視界情報で取り組み、

その線や点に触れることで「存在の寿命」という概念を殺すことができる。

その対象となるのは生物だけに留まらず森羅万象あらゆる概念であり、

だから俺はかつて人間には対抗不可能な化け物であったアルクェイドを殺すことが出来た。

けど、俺は覚えている。

この力は良くないものだという事を先生から教えてもらったのを。

やがては俺自身の命を削り、破滅へと導くことは薄々気づいている。

が、今はこの力だけが頼りだ。

だから俺は一切の躊躇の欠片もなくナイフを振るう。

横薙ぎの一閃。

女性が咄嗟に腕で体を守ろうとするが遅い。

肘を切断、そのまま流れるように腹から斜め上に向けて一気に「線」に沿ってナイフを走らせた。

「こふ――――」

贓物が漏れ出すと同時に、銀髪の女性の口から血が漏れる。

致命傷を与えることに成功したが、これで終わりなんてしない。

相手に休む時間なんて与えるつもりはない。

ナイフを振り払いから、突く様に持ち替える。

狙うはただ一つ、奴の「点」である心臓のみ――――開幕早々終わりだ、吸血鬼!

「ふっ!」

直後。

ずぶり、と肉に刃物が突き立つ感触が手から伝わる。

そのままナイフを押し付け、女性を押し倒した。

 

今度も致命傷だ。

ナイフの刃が肉に全て埋まるほど突き刺したのだから。

女性の白いコートからは血がにじみ出ていた。

「あ、れ―――?」

ようやく自分の状況を理解できたのか、

女性が疑問の声を口にし、赤い瞳が驚愕の目で俺を見ていた。

「ようやく気づいたのか?ふん、役者として落第点だ」

シオンを苦しめた吸血鬼にしては実にあっけない終わり方だ。

これで、この町を騒がした吸血鬼は退治され、俺は元の日常へ戻るだけ―――。

「あは、」

「なっ」

そう思ったが、吸血鬼は嗤っていた。

死の「点」を突かれてもなお嗤っていた。

「あは、あははは、舞台役者である私を役者不足と言うのね、遠野志貴!

 いや、確かにそうね、唯の魔術師では貴方にとっては退屈極まりない相手でしょうね」

 

俺を見上げる形で吸血鬼を嗤い続ける。

死を前にしてどうして、こうも笑っていられるのか理解できない。

そして、理解できないから気持ち悪く、悪寒が体を支配する。

 

いや、落ち着け遠野志貴。

吸血鬼はどのみちここで死ぬ。

その事実だけには変わりようがない。

 

「はっ、笑っていろ吸血鬼。

 どの道、おまえはもう直ぐ死ぬのだからな」

 

「ええ、そうね。貴方のその異能は27祖であろうが殺すことが出来る最強の魔眼よ」

 

アルクェイドすら一度殺したこの眼だ。

どんな異能、異形の持ち主でも、この眼の前では無意味だ。

現に今殺した女性は指先から既に体が灰となって散りつつある。

 

「あーあ、でも残念。舞台は殿方よりも女性の方が映えるから態々この姿になったのに、本当に残念ね」

 

気になることを口にした。

そう、この姿は仮の姿であるという口ぶり。

殺したはずなのに嫌な予感が強まり、そして――――。

 

「では、第2幕と行きましょう」

 

刹那。

吸血鬼はテレビのノイズのように姿が乱れ、消えた。

血の跡を初めとして一切の痕跡を残さずにその場から消失した。

 

吸血鬼は倒されれば灰となり消えるもの。

ゆえに死体は残らないものであるが、これは違う。

これはネロにロアを倒した時とは違う。

 

まだ終わっていない――――!!

 

「志貴、避けてください!」

 

シオンの警告。

同時にナイフで正面から飛来した物体を叩き落す。

が、衝撃で腕の感覚が完全に麻痺してしまう。

ナイフを握る感覚もあやふやだ。

 

「これは…!!」

 

飛来した物体は剣。

投擲用の割りに長い刃のため担い手を選ぶ代物だが、

これを愛用する人物には心当たりがある――――シエル先輩だ。

けど理解できない、これは先輩の話によれば吸血鬼用の武装だ、にもかかわらず吸血鬼が扱うなんて。

 

いや、今は余計な思考は不要だ。

ただ目の前の敵と戦うことだけに集中し、

 

「遅いぞ、遠野志貴」

「っ!!」

 

奴は目の前にいた。

信じられないことに俺が反応するよりも早く、飛び込んできた。

先の銀髪の女性とは違って身長が2メートル近くある長身の男がいた。

距離は1メートルもなく、男は縦に構えた拳を腰辺りに握りコンマ数秒後には拳が放たれる体勢であった。

 

そしてこの構えは八極拳だ。

時南の藪医者じじいの姿とそっくりだ。

しかしあれは、あくまで健康のためであるが、これはただ人間を破壊するだけの技。

拳が俺の胸に触れたとき、体の外ではなく中から肉と骨を破壊し口から贓物が噴出するだろう。

 

「――――――!!!」

 

シオンが何かを叫んでいる。

その内容を聞き取るには後1秒の時間が必要だが、

1秒後に俺が生存する未来の可能性は限りなく低い。

 

避けるにはしては近すぎる、時間が圧倒的に不足している。

灰色の脳みそは骨と肉を砕かれ、あの世へ旅立つ未来しか想像できないでいる。

 

いや、手はある。

文字通り手はまだある。

一か八かであるが、今の俺にはこれしかない!!

 

衝撃、そして体が飛ぶ。

地面に何度も叩きつけられ、転がる。

体中が痛い、肋骨が何本か折れてしまったみたいだ。

けど、生きている現にほら。

 

「志貴、志貴―――!!」

 

シオンの声が聞こえる。

そう、訪れた1秒後の未来は生存で賭けに勝った。

 

「………………」

 

対する男はまじまじと切り落とされた腕を見ていた。

たしかに、体全体を動かして避けることは出来ないが、

腕を動かし、奴の腕を切り落とすだけの猶予は辛うじてあった。

奴の拳が到達する前に、腕ごと直死の魔眼で切り落とす、それだけの結果が未来を掴んだ。

 

「――――ふむ、腕を取られたか良い、体術の再現は良好。

 まさかこの私が代行者の姿を借りるとは思わなかったが、これは良い。

 貴様のカラクリには驚いているが、遠野志貴は既に戦闘不能であるのだから、何も問題ない」

 

生存の代償として今の俺はもう動けない。

奴の拳が俺に触れる前に切断することは成功したが、

切断された腕が切り落ちるより前に拳は俺の胸に突き刺さった。

威力は低下したが、ポンコツの肉体に致命打を受けるには十分すぎるものであった。

 

現に視界は歪んでおり、思考が低下するばかり。

息をするだけでも苦しく、地面の冷たさで体温が奪われる感覚が進行している。

 

「では、止めをさそう」

 

男が俺に向かって歩む。

対する俺は立ち上がることすら出来ない有様だ。

 

「させません」

 

ぼやけた視界が紫色に染まる。

いや、シオンが男から庇うように立ちふさがった。

 

「ふむ、解せぬな。錬金術師としてこの場から逃走を図る。

 特に遠野志貴が狙われている間に逃げるのが最も合理的な選択ではないかね、シオン?」

 

「私は魔術師であると同時に貴方のせいで落ちぶれたとはいえ名誉を重んじる貴族なのですよ、タタリ」

 

ぼやけた感覚のせいで、当事者にも関わらずまるで第三者として聞いているように思えてしまう。

だから思わず名誉を重んじる貴族かぁ、シオンって秋葉のようなお嬢様なんだな、なんて考えてしまう。

 

「いいや、違うな。君は名誉を口にしたが本当は違う。

 そう、君が己自身に感じている違和感同様己を誤魔化している。

 もはや後戻りできぬ肉体、決して打倒できない敵、君は既に諦め死に場所を探しているのではないかね」

 

「何を言っているタタリ!その良く回る口を閉じなさい!!」

 

いくつか重要な言葉が聞き取れた。

タタリ、どうやらそれがこの吸血鬼の名前らしい。

そしてタタリとシオンとの関係は随分と根が深いものであることが分かった。

 

「高速思考――――っああ!?」

「悪性情報を送り込まれただけで、このザマか」

 

エーテライトを展開したシオンだが、

タタリから何らかの攻撃を受けたらしく膝を地面に着け荒い息を吐く。

 

恐らく戦えまい。

どうやら、ここで本当に―――。

 

「ここで積みだ。

 期待はずれだよ、シオン。

 あれから数年、君が私を追い求めたのだから、

 どんな手段を私を打倒するのか、心を躍らせたのだが、本当に残念だよ」

 

失望を隠さないタタリ。

その物言いに何時もなら切りかかっている所だが、動けない。

 

「さらばだ、遠野志貴。

 そして、残念だよ我が子孫、シオンよ。

 私の第六法実現のためにここで仲良く死んでくれ」

 

黒鍵を俺とシオンに向けて吸血鬼は宣言した。

こんな所で俺は死ねない、秋葉に先生に救ってもらった命をここで絶やすことなんて出来ない。

 

そう頭はそう理解しているけど、体は指一本たりとも動かすことが出来ない。

対するシオンは俺を守るように手を広げ、震える足を無理やり立たせ、俺の前に立っている。

 

無意味な行為だ。

黒鍵がシオンごと俺を殺す未来が見える。

今の彼女にこの状況を打開する策なんてないのは分かる。

そしてシオンが俺を庇っても2人でここで死ぬことには代わりがない。

 

「では、幕引だ」

 

シエル先輩と同じように吸血鬼は黒鍵を投擲した。

言わなくても分かるが、数秒後に訪れる未来の姿は、串刺しにされる俺とシオンに姿だ。

今の俺にはその未来を変える力はなく、黙って受け入れるだけしかなかった。

 

――――何て、無様。

 

直後、激しい金属音が周囲を響かせた。

俺たちを狙っていた黒鍵は全て横から飛来してきた別の黒鍵に阻まれた。

 

「間一髪だな、遠野志貴、シオン・エルトナム・アトラシア」

 

一瞬、先輩の名前が浮かんだが違う。

それどころか、対峙していた吸血鬼とよく似た声が聞こえた。

 

「ふむ……まさか己自身と戦うことになるとは、な」

「いや、だがこうしたイベントは好みであろう、言峰綺礼?」

「……ふっ、全てを知っているのか、吸血鬼」

 

歪む視界の中で会話が聞こえる。

どうやら吸血鬼とは同一人物のようだが、敵ではないようだ。

 

だって、ほら。

 

「遠野君!」

「志貴!志貴!」

 

シエル先輩とさつきと一緒にいた人物だから。

2人には心配させて、申し訳ない気持ちで一杯で、謝罪の言葉を綴りたいけど口が動かない。

 

それに2人だけじゃない。

妹の秋葉、琥珀さんに翡翠さん、そしてアルクェイド。

みんなきっと心配するはずだ――――本当に、何て無様だろう。

 

「よしっ……応急処置でカバーできます!弓塚さん、治癒を私はタタリに対応します!」

「分かりました、まずは止血、それに骨を…」

 

けど、生き残った。

だから後で面一杯謝ろう。

秋葉やアルクェイドは怒ると怖いけど、

今回は俺の不注意なのだから彼女達の怒りを受け止めよう。

 

タタリのことは悪いけど2人に任せよう。

今の俺は、少し、眠い。

 

 

 

 


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