リリカルハートR~群青色の紫苑~   作:不落閣下

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9 貴方に会いたくて

 その日、シロノは手元の資料を見ながらげんなりとしていた。それはヴォルケンリッターらの探索結果であり、また撤退記録と言って過言ではない失敗の数々を羅列したものである。すずかたちの来訪以降、ヴォルケンリッターの発見は難しいものとなっていた。それは彼らのフットワークの軽さと訪れるであろう次元世界の候補の多さがネックとなり、見つけたもののそれは既に撤収の姿だった、と言う最悪な後手に回っている現状だった。それにより、根を詰め過ぎるシロノとクロノは交互に休息日を強制的に取らされる事となり、今日はシロノが休暇の日であった。

 だが、趣味と言う趣味の無いシロノの休日はいつぞやのぐったりソファの図が真っ先に上がる程の具合であり、身体の休息は取れても精神的な休息になっていないのではないか、と言うフェイトの一言からリンディ直々に「趣味を作りなさい」と言い渡された次第であった。しかし、シロノが真っ先に思いつくのが資料整理であったために、何時の間にか仕事にのめり込んでいる姿がフェイトによって発見されてしまったのがつい先ほどの事だ。無言で手を差し出され、泣く泣くと言った様子で手元の資料を手渡すシロノは端から見ればとても残念な姿であったのは言うまでも無い。

「シロノさん……」

「いや、その、分かってる。分かってはいるんだ。でもね、その、やる事が……」

「……分かりました。なら、お散歩してみてはどうですか? リンディさんたちも今は買い物に出掛けてますし、夕方までに帰ってくれば問題無いでしょうから」

「……そうだね。取り合えず、外に出てみるよ。何か思いつくかもしれないし……」

 その言葉に頷いてフェイトは手元の資料をエイミィに手渡すためかその場を去った。勿論、死角となった瞬間に携帯を取り出してすずかに連絡を入れる。これはなのはと一緒に考えて決定された「すずかちゃんを応援しようの会」による徹底された援護射撃であった。これにより、瞬時にすずかが光の速さで着替えを行なったのは言うまでも無い事だろう。

 十一月下旬へと緩やかに進む日付を見ながら、寒さ対策に缶珈琲の懸賞で当たった革ジャンを着込んだシロノはポケットに両手を入れて、白い息を吐きながらフェイトに見送られて玄関から出て行った。シロノはハラオウン家地球別荘地に居候しているため、海鳴市の港区にあるフェイトの住んでいたマンションの近くにあるファミリーマンションの一室に身を置いている。立地的にもなのはの住む家と近場にあり、巡回バスの停留所も近くもある事からフェイトの通学に適した場所だろう。勿論リンディはそれを理由にこの場所を契約したのもあり、近場に見える景色はファミリーマンションのベージュ色の壁と景観を意識した草木のある小さな広場くらいだった。マンション地帯から離れると大通りにぶつかり、左に行けばシロノは知らないがなのはとユーノが出会った自然公園が見え、右に行けば商店街へと続く。買い物に出掛けているであろうリンディたちは商店街方面に足を向けているであろうから、鉢合わせするのもアレだと言う理由で自然公園へとシロノは爪先を向けて歩いて行く。ミッドでは見慣れない排気ガスを排出しながら進む自動車の煙さにうんざりしつつ、視界に入った緑の映える公園へと足を進めた。

 冬の片鱗を見せる肌寒い風が木々によって少々ながら遮られ穏やかなものとなったのを機に、シロノは公園の静けさに心を落ち着かせた。子供は風の子と言わんばかりに遊んでいる子供たちの姿は其処から少し離れた運動場に居るだろうから、このハイキングコースの一部である通路は鳥たちの囀りと木々の揺れた葉音しか聞こえやしない。進展の無い資料を読んでいたからか少し荒立っていたシロノの心が滑らかになってゆくようだった。少し丘になっている広場に出たシロノは其処にあったベンチを見つけて其れに座った。リビングのソファのように柔らかくは無いが、木製のベンチの心地はまた違って心地良いものがあった。ぼんやりと空を見上げて座っているシロノは知らぬ内に心内に溜まっていたストレスが煙のように抜けて行く気分だった。今思えば、執務官の執務生活は今の様な穏やかさは無く荒波のような忙しなさが彷彿する怒涛の勢いだったのだと理解できた。リンディとエイミィが苦笑し、フェイトが「休んでください!」と言い渡すのも何となく理解できてしまったシロノはふっと笑みを浮かべた。

 そんな気の抜いた時だったからかシロノは気付くのが遅れてしまった。

「こ、こんにちは!」

「……ん?」

 見上げていた視界を下ろしてみれば右方に藍色のセーターに白いマフラーを合わせたすずかが頬を上気させて立っていたのに気付く。頬が赤いのは単純に寒さのせいだろうと無意識的に処理したシロノは、自分が予想以上に気を抜いていた事に気付いて内心苦笑した。そんな姿を師匠ズが見たら何やらお小言を言われるに違いは無かった。何たる堕落、と。

「こんにちは。お久し振り、かな」

「はい! シロノさん()お散歩ですか?」

「うん、そうだよ。家に居たらフェイトさんに追い出されちゃってね、出不精が過ぎたみたいで」

「あはは、そうだったんですか。お隣良いですか?」

「ああ、構わないよ」

 勿論ながらすずかが此処に居るのはフェイトが出したサーチャーによって場所を特定されたためであり、散歩と言うのは建前でシロノに会いに来たのであった。恋する乙女は最強と言わんばかりに、迅速に行動した結果、連絡して十数分での邂逅である。因みに、すずかの家は此処から三十分程は歩く場所であるからして、何気にその身体的ポテンシャルを活用している辺り抜け目無い。其れほどまでにシロノとの触れ合いに飢えていたのだろう。

 シロノはすずかが座るであろう場所にハンカチを引いて紳士的に笑みを浮かべた。これは士官センター時代にエイミィによる女の子への気遣いレクチャーによるものであり、外で女性に座らせる時にはそっとハンカチを置いておくのが良い、と言うのを思い出して実行したものだ。すずかはその自然な気遣いに嬉しさから胸前で小さな手をきゅっと押さえて喜びの笑みを魅せる。そっと上品にそのハンカチの上に座ったすずかは頭一つ程の背丈の差があるからか上目遣いでシロノを見上げる形となった。彼にロリコンの気があったならばその幼い容姿に欲情の意思を見せただろうが、至ってノーマルな精神性を持つシロノは特段思う事も無かった。尤も、内心であざといと思いつつも思い人に向かって悩殺ポーズ(対ロリコン)を取ったすずかの心情はとても寂しいものだった。然し、仮にも思い人であるシロノが幼い自分に欲情するような人物でなかった事に安堵の息を吐いても居た。

「シロノさんはいつもお家で何をしてるんですか?」

「そうだね……、お仕事の資料の整理とかをしているよ。その数が途方も無くてね、中々休みが無いんだ」

「お仕事、ですか? シロノさんはお幾つなんですか?」

「ん、ああ、そうか。此方では疑問にも思うか……。十四だよ、仕事は父のアテがあってね。勉強する事もあまり必要性を感じなかったから叩き上げな職場で勤労に勤しんでるわけさ」

「そ、そうだったんですか。どんなお仕事を?」

「あー……、こう振り返って自分の職場を説明するのは意外と難しいもんだね。公式なバックのある探偵のようなものさ。まぁ、内容は簡単なものばかりだがね」

(Cランク魔導師だなんて徒手格闘で潰せるし……)

 そう一部言葉を濁すように異世界の特殊部隊系お巡りさんをしている事を誤魔化して伝えたシロノの表情は苦笑めいた遠目顔であり、憂いめいた雰囲気はシロノの爽やかな風貌に相まって何処か惹きつけられるものがあった。ましてや彼に惚れていると自覚しているすずかはその笑みに惚けて頬を赤らめてしまう。

「そう言えば、この時間帯は学校の時間じゃないのかい?」

「……へ? あ、えと」

「ん?」

 惚けていたすずかはシロノの問いに咄嗟に答えられず、少々パニクりながらも理由を探す。勿論ながら正当な理由があるのだが、シロノに夢中だったためか頭の中がシロノ一色に染まっていたために思考が色惚けていたのである。もしも、この場が家の中であったならだらしなく頬が緩んで恍惚な表情でシロノを見ていたに違いないだろう。

「その……、ふ、冬休みに一昨日から入ったんです。だから、その、悪い事はしてませんよ?」

「そっか、なら安心だ。悪い子にはお仕置きしなきゃいけないからね」

 そう悪戯っ気のある笑みを魅せたシロノの表情にすずかは「あ、それ良いな」と思ってしまった。一体お仕置き(ナ ニ)されてしまうのだろう、そんな淫靡な妄想を刹那めいた合間に考えてしまうすずかは良い具合に夜の一族としての血に毒されているのだろう。夜の一族の一角たる月村家を継いだ忍への刺客によってすずかは誘拐された事があった。その時は一人の修羅と化した恭也によって救出されたが、その際に誘拐犯から脅しとして女性を辱める内容を朗々と言われたために生々しい性知識と言うものが付いてしまった。尤も、その内容を朗々と自身の性癖を交えて演説していた最中を不意打ちされてあっさりと撃墜されてしまったため、その内容は中途半端なものとなってしまった。流石に姉である忍にその事の続きを尋ねるのは恥ずかしさと気まずさがあった。故に、こっそりとノエルの力を借りて恭也と忍の諸事を見学するなどの行為から性知識と言う物を理解したのである。そして、発情期なるものを体験したからかすずかは性の欲求に少し飢えている状態であった。そのため、思い人の前でそんな妄想をしてしまった自身に対して恥ずかしさを感じ、シロノから目線を外して遠くを見てしまった。無い筈の後ろめたさのように見えてしまったからか、はたまた一人の少女からそっぽを向かれてしまったからか、シロノは気まずさを感じて話題を変えようと口を続けて開く。

「そう言えば、すずかさんには趣味はあるかい?」

「趣味、ですか。あ、すずかで良いですよ。シロノさんの方が年上ですし、何となくむず痒いです」

「そうかい? まぁ、ならそう呼ばせて貰うね。いやなに、丁度フェイトさんに追い出された理由がそれでね。僕にはこれと言って趣味が無くてね。休日にも資料の整理に足が向いてしまうくらいに仕事一色になってしまったようで、それは宜しく無いと皆から言われてしまってね……。何か無いかと散歩に出た訳なんだ」

「そうだったんですか……。わたしの趣味は読書、ですね。色んな物語を読むのが楽しくて、学校の図書室の本じゃ足りなくなっちゃって、今は近くの図書館に足を運んでたりします」

「へぇ、読書か。活字を読むのに僕もそこまで忌避感は無いからね。文字を覚えてからそうしてみようかな」

「文字を覚える、ですか?」

「あー……、日本語にはまだ慣れていなくてね。最近になってかな文字とカタカナは読み書きできるようになったんだけど、いまいち漢字が難解でね……」

「そうだったんですか……。な、なら! わたしと一緒にお勉強しませんか!」

「へ?」

 すずかはきょとんと目を瞬いたシロノの右腕にしがみ付くように寄り添い、念押しとばかりに言葉をまくし立てる。十四歳であるシロノが自分よりも五歳は年下であろうすずかに漢字を教えて貰うのは気が引ける内容であり、正直に言って拒否したいものだ。だからこそ、そんな内心を抱えているであろうシロノがすずかの言葉に対し驚いている今がチャンスなのだ。

「わ、わたしも漢字は難しいのは分かりません。小学三年生の内容なら漢字初心者のシロノさんも手を出し易いと思います! それに、わたしの七歳上のシロノさんが漢字を学ぶためのテキストを買いに行くのは少し、恥ずかしく感じませんか?」

「うぐっ」

「だったら! わたしと一緒にお勉強すればお手伝いできますし、テキストだって持ってます! わたしの通う小学校のテキストは他の学校よりもレベルが高いですし、塾で配布されたテキストやプリントもご提供できます!」

 すずかに熱弁に押される形でシロノが左手を着いて後ろへ仰け反る。ここが正念場だ、と言わんばかりにすずかの闘志に火が着き、その瞳に勇気が灯る。後一押し、何か押せるものを突き付ければシロノは陥落するだろう。そう考えてすずかは「これだ!」と内心恥ずかしさを覚えつつも得れるであろう会う口実(メリット)のために実行へ移した。勇気を持って口に出すだけだ。そう、分かっているが内容が内容なだけに想いを理解しているすずかは恥ずかしさから口が上手く開かない。けれど、ダメ押しするタイミングは今だろう。自分よりも年上であるシロノが立て直す時間を与えてはならないと、すずかは震えるのを自覚しながらもその小さな口を開いた。

「それに……、わたし、シロノさんと一緒にお勉強したいです……」

 きゅっと二の腕辺りの服を握りながら上目遣い且つ上気した頬と若干涙目な表情。それは一部の性癖の者にクリティカルしてオーバーキルを叩き出すには十分過ぎる一撃だった。それはノーマルであるシロノとて、自分よりも小さなすずかを泣かしてまで意地を張るべきかと思案させるには十分な一手であった。

(……これ、断ったら泣かせちゃう、かな? けど、僕が此処(うみなり)に居るのは任務の期間だけだし……)

 そう、シロノが海鳴市に足を留めるのは闇の書封印計画のためであり、任務であるからに過ぎない。もしかしたらヴォルケンリッターの潜む場所は違う次元世界かもしれない。この次元の近くであろう、と言う推測は出来ているが、それは憶測でしか無い。それだけの理由でアースラは地球の近くに留まっている。勿論ながら艦長であるリンディの意向が八割程の理由であるのは言うまでも無いが、この場に留まる期間は短いだろうと、そろそろ大きな何かが起きるだろうと、考えていた。

 自身の右腕を掴んでいるすずかを見やる。若干ながら震えており、年上である自分に言うには勇気が必要だったのだろう、そう考えるには十分過ぎる様子だった。そして、断ったら泣いてしまいそうな切なそうな表情でシロノを見ていた。

「……僕はこの地に居るのはお仕事の関係上で、此方で活動しているからなんだ。それに、仕事が優先だから不定期になってしまう。更に、多分だけれども僕は後数ヶ月程でこの地を離れなきゃならない。……それでも良いのかい?」

「……はい、それでも、わたしはシロノさんと一緒に居たい、です」

「そっか。……なら、一応親御さんに連絡してから、かな。フェイトさんの義兄の友人、ってだけで然程接点がある訳じゃないからね。心配させてしまうだろうから」

「……ッ! はい!!」

 結局の所、シロノはすずかの提案を蹴る事はできなかった。すずかがフェイトの友人である、と言う情報が無ければ恐らくこの話は断っていただろう。シロノから見てフェイトは危うい所で踏み止まっている印象があり、同じ任務の仲間にして親友であるクロノの義妹である人物だ。其れ相応のフォローはするべきであろう、そう考えるとこれからもフェイトと仲良くしていくであろうすずかとの接点は必要になる機会があるかもしれない。それに、フェイトの学校での生活具合や印象はすずかやアリサ、なのはぐらいしか得れる相手は居ないだろう。こうして、仲良し四人組と称される内の一人とコンタクトが取れるのは有益ではないか、そう考えるには十分なメリットだ。それに、漢字の勉強は正直シロノも諦めていたので渡りに船と言うべきだった。かな文字やカタカナは先に渡って勉強をしていたクロノからミッド語と照らし合わせただけの一覧表を譲り受けただけであり、クロノとて日常的にニュースを見る過程で覚えた漢字などで事足りた事から専用のテキストを持っている訳でも無かった。

 シロノは未だに右腕を掴むすずかの頭を左手で優しく撫でてやり、安心させるような気持ちを込めて荒くならないように気をつける。それを猫の催促のように気持ちよさげに喜ぶすずかは束の間の安息と幸福感を得て、内心では大勝利の三文字を掲げて走り回る程の狂喜乱舞具合であった。そう、忍と恭也の惚気ばかりの逢瀬を近くで見ていた際に得た駆け引きや甘え方は十分な程に学んでいる。嬉しさ余ってと言う(てい)でシロノの右腕へ抱き付いたすずかは視界に映らない方向で口元に笑みを浮かべた。

「それじゃ、番号を交換しておこうか」

「是非!」

 青色の型落ち二つ折り携帯を取り出したのを見てすずかは意外そうな表情で手元にある紫色のスマートフォンを取り出した。この地に長い間留まるつもりが無かったために、公な場面で連絡のできると言う実用性だけを見て一番安いものを選んだので深い理由は無い。勿論ながら付き添いに居たリンディが苦笑していたのは言うまでも無かった。どうせ、念話で繋がる範囲に居るだろうと言うのが本音であり、正直使う機会があるのかどうか分からないが一応の必需品としてエイミィに常に持ち歩く様に言われていたのである。不慣れな様子で自身のプロフィールを出したシロノはそっと自分よりも手馴れているであろうすずかに手渡す。それを「ああ、やっぱり」と言った表情ですずかは丁寧に受け取って現代っ娘らしい速度で一通りの打ち込み終えて返却した。

「えっと、もしかしてシロノさん携帯を持ったのは最近ですか?」

「ああ、実はそうなんだ。必要性を感じていなかったからね、けれど日本での必需品とクロノが言うもんだから買わざるを得なくてね……」

「そうだったんですか。では、基本的な操作を教えましょうか?」

「……すまない、宜しく頼むよ」

「はい、宜しく頼まれました」

 そうすずかは愛しむような笑みを浮かべてそっと不器用な夫を支える嫁の如く甲斐甲斐しくシロノに携帯の使い方をレクチャーし始めた。元々頭の良いシロノは時折質問を挟みながら数分で携帯の使い方を一通り学び終え、初めてのメールをすずかに送る事となった。可愛らしい着信音がすずかの携帯から鳴り響いたのと同時にそれを展開して見やる。其処には定例文めいた内容ではあるが、すずかにとって意味のある物であった。

(シロノさんの初メールゲット……♪)

 嬉しそうな表情のすずかを見てシロノは柔らかな笑みを浮かべていた。その表情は子供の微笑ましい様子に対して見せる慈愛めいた保護者のそれであり、すずかが求めているものとは懸け離れていた。シロノの性癖は幼い少女に対して欲情するそれではない。であるからして、近所のお兄さんめいた立場にあるシロノは幼い乙女心を理解する事はできず、上気した頬は年上の異性と一緒だから恥ずかしがっているのだろう程度にしか考えていなかった。そもそも、シロノは独りで頑張る気質があるため誰かを頼る事をしなかったが故に、支え合う間柄になるであろう彼女を作ると言う事を考えた事すらも無かった。それ故に恋愛に興味が出ないと言うよりも、恋愛と言う言葉に無縁と言った具合になってしまったのだろう。姿形が優れるシロノに彼女が出来ないのもそれが理由だった。更に言えば、陸の長たるレジアスの養子である事も影響し、シロノに手を出せる勇気のある者が居なかったと言う背景もあった。

 だからこそ、異世界であるこの場で恋をしたすずかは他の誰よりも有利な立場にあった。尤も、年齢の差と言うかなり巨大な壁の存在もあったりするが、彼女は諦めた様子は無い。それは彼女の姉である忍の発した「恋に年齢は関係無いわ。男と女であれば、愛したいと思う心があれば、それは恋愛を経て、唯一無二の愛となるのよ」と言う言葉に支えられているからでもある。そして、何よりも異種間の恋愛に成功している忍の言葉と言うのが肝であり、自身にもチャンスはあると純粋無垢な恋心は信じて疑わない。

「シロノさん」

「ん、なんだい?」

 だから、こんな日常めいた遣り取りが嬉しい。幼くも早熟な心は何気無い事すらにもときめいてしまう。一挙一動に目線が向いて、自分の知らないシロノの一面を見てみたい、そして、自分をもっと見て欲しい。自分の事を知って、愛して欲しい。両親の居ないすずかが忍から受けた愛情では足りない何かを満たして欲しい。そう恋焦がれてしまう。

 ――自身が夜の一族(ばけもの)であると忘れる事ができる瞬間だったから。


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