リリカルハートR~群青色の紫苑~   作:不落閣下

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7 一年越しの分かり合い

 管理局が誇る海の航行艦の一つであるアースラには長時間の航行時間を無駄にせぬように、隊員たちがトレーニングを行なう部屋が存在する。内部の見学や計測ができるモニタールームを間に挟んで二重の箱のような構造をしており、その広さは二十五メートルプールよりも十メートル長い三十五メートル、これは一般的な魔導師が放つ直射弾の有効威力範囲距離の広さである。これにより、ロングレンジとミドルレンジの間の距離、戦闘を行なうには問題無い距離を取っている。

 向かい合うは白と黒。その色合いは二人の魔法少女の決闘を彷彿させるが、二人の性別は男、執務服の色違いと言う具合や纏う雰囲気は少女たちの持つそれとは更に濃密なものであった。アースラスタッフとデバイスの改修修繕作業の終了を待つなのはとフェイトによって見守られてシロノとクロノは対峙する。二人の距離は二十メートル。ロングレンジへ下がるも、距離を詰めてミドルレンジへ移行するにもどちらの戦法も取れる間合いである。

 

「クロノとの戦闘ならリーチの差を気にしなくても良いね」

「……ぐっ、僕より少し高いからと言って調子に乗るなよシロノ……っ!」

「いいや、言葉を間違えたかな。全力を出せる相手と言う意味さ」

 

 シロノはS2Uをカード状の待機状態へとリリースし、右ポケットに仕舞い込み、入れ替えるように左ポケットからその待機状態のカード型デバイスを取り出した。濃い青のデザインであるS2Uと対称であるかのような真紅のデザインに、銀色のラインの真逆の金色のラインが入り乱れている。クロノはそれを見て口元を引き攣らせつつも、不敵に笑みを浮かべた。その様子をモニタールームで見ていたエイミィは何かに納得するような表情を浮かべ、一年振りの再会をシロノは表情以上に楽しんでいる事を理解した。

 

「S2Uが送る歌ならば、これは、S4Uは――捧げる歌だ」

『Stand up』

 

 カードが二つに割れたかと思えば蒼い煌めきの炎に包まれ、本来の姿へと装甲を追加し換装される。シロノの両腕両脚に手甲と繋がる籠手と膝まで覆う脚甲が装着され、両腕を振るうのと同時に手の甲側の肘側に排出口らしき追加装甲が展開された。装着の際にふわりと浮いた身体が地に落ちた瞬間、脹脛の両端に排出口のような追加装甲が無骨な音を立てて展開される。身体中に魔力を巡らせるのと同時にそれに同調したS4Uに蒼い一筋のラインが浮かび上がった。心臓を護るために胸部にプレートが展開し、そこから腹部に掛けて第二次展開され騎士甲冑のようなバリアジャケットへと変貌する。

 それを見たクロノはS2Uを杖状に展開し、距離を取るかのように空中に躍り出て円状のミッド式魔法陣を足元に置いてシロノを見据える。其処から見える光景は彼にとって見慣れたものだ。士官教導センター時代にシロノと模擬戦をエイミィとタッグを組んで挑んだ際の一回だけ展開した彼本来のデバイスを用いた事に、クロノは試されていると悟った。あの時は孤独こそが征くべき道だと譲らない孤独理論を提唱したシロノを叩き潰すため、エイミィとタッグを組み、一人よりも二人、それ以上ならば更にもっと輝けると絆理論を展開したクロノは一人で立ち向かった訳ではなかった。

 そして、今は親友であるシロノにクロノは一人で――対等な存在として認められて対峙しているのだ。だからこそ、シロノは本気を出すために、彼の全力を費やすために普段鍛錬以外では用いないS4Uを取り出したのだろう。その気概を呑み込めぬクロノではない。その思いを、認めてくれた宿敵(ライバル)に全力を持って事を成す事を改めて決意した。

 

「……そして、これが伝えるべき奥の手だ」

 

 魔力の解放によって蒼い煌めきがシロノを中心に吹き荒れ、足元に彼の魔法陣が浮かび上がる。それは、クロノのミッド式魔法陣の真逆のデザインである――三角形のデザインをしたベルカ式魔法陣であった。ミッド式魔導師の血を受け継いだ母親とベルカ式魔導師の血を受け継いだ父によって産み出されたハイブリッド魔導師、それこそがシロノの本来の姿だった。

 

「出し惜しみしていたのか……ッ!?」

「……あの頃はミッド式で十分だと思ってたんだよ。それに、あの頃の僕は手加減が出来無かったからね。こっちでやってたら――」

 

 シロノは掌を開いた右腕を胸元まで上げて、握り潰すようにして拳を作った。

 

潰して(・・・・)しまっていたかもしれない」

 

 奥の手を解禁したシロノから解き放たれる魔力圧によってクロノは押し潰されるような威圧を受けて冷や汗を一筋頬に垂らした。リンディからシロノの父親の事を聞いた時、彼女は彼をこう称した。鉄拳の覇者、と。杖を投げ捨ててから繰り出されたインファイトは凶悪な犯罪者たちの野望と共にその身を粉砕させたと物語られている。陸の英雄の一人として名高いドパル・ハーヴェイの残り短い人生を掛けて直伝されたその拳は、確かに息子に受け継がれているのだ、とドパルを知る者は理解した。

 シロノは既にゼストたちにはベルカ式を使える事を伝えている。それでも尚鍛錬や模擬戦の際にベルカ式ではなくミッド式を用いるのは、彼の父のバトルスタイルを真似ている、いや、受け継いでいるためだ。ミッド式の杖術によって敵を翻弄し、ベルカ式の武装格闘によって敵を叩き潰す。それこそが彼の目指す戦い方であり、どちらか一方に秀でるだけではそれを為す事ができないと自覚しているからこそ、既に完成し掛けているベルカ式ではなく、未だ未熟なミッド式を鍛えてもらっているのであった。

 

「――上等だ、その面もう一度殴り飛ばしてやる」

「――くくっ、アレは効いたよ。心にも、ね」

 

 好敵手の成長にお互いが不敵な笑みを浮かべ、シロノは左半身を前面にした右足を軸としたインファイトの構えを、クロノは杖を標的であるシロノへと向けるように前方へと構える。その場に居れば二人の無意識に剥き出しにした闘争心の魔力波に打ち据えられていただろう、そんな今にもぶつかり合う寸前の二人はエイミィの合図を待つ。二人の意思を汲み取ったエイミィは瞑目した後、真剣な表情で口を開いた。

 

「模擬戦――開始ッ!」

 

 その合図で二人は動き出す。インファイトの間合いへ近寄るため、脚部の排出口から炎を吐き出して速度をブーストしたシロノは踏み抜くような力強さで床を蹴り出した。対してロングレンジ寄りのミドルレンジを維持すると決めたクロノはもう一段回高く飛翔し、相棒であるS2Uでシロノを見据える。二人の視線が火花を散らすかのように交差する。

 

「スティンガーレイッ!」

 

 初手を取ったのは距離の利のあるクロノだった。直線射撃魔法であるスティンガーレイは高いバリア貫通性とその速度に利点を置く魔法である。一つ二つと威嚇射撃に似た予測射撃を行なうが、空中に小型の魔法陣を置いて踏み潰すように足場にして空中へと文字通り跳んで来たシロノのジグザグとした稲妻めいた機動によって、直線に飛ぶ魔力光弾は容易く避けられた。

 

「お前は陸戦魔導師だろうが!?」

「飛べはしないから、跳んでるだけだよっ!」

 

 前方に球体状の魔力を固定させ、右腕を引き絞った姿を見てクロノは歯噛みして回避運動を取った。シロノが拳を叩き込むと弾けるように魔力球が飛び散るように放たれた。バックショット弾の如く飛散した数十の魔力弾を避け切る事は難しい。だが、面を制圧するために小分けされたからか一つ一つの威力は低いようで、四発程直撃したが動きを制限する程では無かった。然し、慣性を別方向から叩き込まれた事で速度は落ちてしまった。

 

「くっ、厄介な!」

 

 前方に複数の魔力光弾を展開し、誘導性能を持つスティンガースナイプを即座に放ったクロノは距離を稼ぐために飛翔魔法へ込める魔力を高めた。四つの誘導弾が時間差でシロノへ襲い掛かり、ストレージデバイスの強みである処理速度の速さを生かした対応の早さに今度はシロノが歯噛みする。螺旋を描きながら迫る魔力光弾の厄介さは身を持って知っている。一発で十分なそれを四発も撃つあたり、クロノはシロノのインファイト距離に絶対に入りたくないようだった。思考操作によって操られた魔力光弾が軌跡を描き、縦横無尽に複雑な機動によってシロノを翻弄する。対するシロノは手刀の形に指先を伸ばし、魔力光弾の側面を打ち払うように切り裂く。手刀には青い魔力光が帯びていた。本来ならば込められた魔力が尽きるまで誘導し続ける特性を持つスティンガースナイプは弾かれて尚思考誘導によってシロノに襲い掛かっていただろう。だが、実際にクロノが弾丸加速のキーワードを紡ぐ前に、逆に前に出て迎撃した事から青い手刀を構築するその魔法は対魔力光弾用自衛手段なのだろうと理解できた。此処で舌打ちしない当たり、クロノにも思考の余裕が無いのだろう。弾丸加速のキーワードを紡いでもシロノなら斬り捨てるだろう、そんな展開が見て取れたクロノは戦法を練り直す。二人の距離は十メートルまで縮まっており、下手するとシロノの間合いに一気に入られる距離だった。お互いに得意とする距離を目指し、思惑に沿うように同時に魔法を展開した。

 

「「ブレイズキャノンッ!!」」

 

 奇しくも二人が放ったのは同じ魔法だった。それは、士官教導センター時代に一緒に考えた砲撃魔法、彼らが用いる魔法の中でも最高位の威力を誇るものだ。既に展開されている状態でS2Uを魔杖召喚魔法によって手に取り即座に構えたシロノと、此処で一度勢いを殺すためにお互いに直撃が免れない距離でこの魔法を選んだクロノのブレイズキャノンが衝突する。砲撃魔法の特徴として発動した後に魔力を込める事で威力を高める事ができる追加魔力特性がある。彼らの魔力量は成長した今で尚ほぼ互角であり、対消滅するように二つの本流は打ち消されて二人して仰け反る形で距離を取らざるを得なかった。

 クロノは何時の間にかS2Uを構えていたシロノの戦術の奇策さに戦々恐々しつつ、シロノはクロノの勘の良さに裏付けされた展開速度の速さに舌を巻いた。本来ならシロノは懐に詰めるであろう仕草をしてからS2Uを召喚してブレイズキャノンをぶっ放す予定だった。然し、即座に放てるであろうスティンガーレイでの射撃ではなく、確実に落としに来ているタイミングと距離で即座に放たれたクロノのブレイズキャノンによって奇策を潰されてしまった。

 奇策を用いて正面から相手を叩き潰すゲリラ戦法めいたスタイルのシロノ。

 上策を用いて正面から相手を絡め取る正規軍戦法めいたスタイルのクロノ。

 二人のバトルスタイルはお互いの一長一短。彼らがタッグを組めば鬼神の神風と化す相性の良さは、反発するとお互いの長所を喰らい合う戦いになっていまうようだった。奇策を上策に潰され、上策を奇策に潰される。そんなお互いを潰し合う泥沼と化した瞬間だった。だからこそ、お互いに相手を上手く嵌めなければ千日手となり何れ魔力の枯渇から共倒れするだろう。それを悟った二人は同時のタイミングで距離を離した。お互いにS2Uを構えている事から戦いの間合いがミドルレンジへと移行され、クロノは接近戦の可能性がある事を、シロノは速度が格段に上がっている事を警戒せざるを得なかった。砲撃が鍔競り合った際の光量から手元が見えていなかったクロノは、その手に確りとS2Uを握っているシロノを見て苦い顔を浮かべた。ベルカ式デバイスとミッド式デバイスを同時操作しているその姿は、戦闘スタイルを逐一変更できると言う事他なら無い。

 

「さて、お互いに札を一枚切った訳だけど……、一年もあったんだ。もう使い切ったって事は無いだろう?」

 

 S2Uをクロノへ突き付けたシロノは好戦的な笑みを浮かべていた。それは一年前に別れた彼の面影とは全く重ならない獰猛的な雰囲気であり、クロノはシロノを良く知るが故に半端無い衝撃を受けていた。

 

(陸でどんな揉まれ方をしたんだ……ッ!? 冷静沈着に相手を叩き潰す機械のようだったシロノが生き生きと戦闘に高じているだなんて……。あの頃の面影が一切見当たらないんだが!?)

 

 クロノはシロノからの熱い視線を頬を引き攣らせながらも受け止め、覚悟を決めたかのようにS2Uを構えて相対する。ここからは一つの油断すらも致命傷に成り得る、そんな雰囲気が二人の間に嵐の如く吹き荒れていた。

 

「蒼穹を駆ける白銀の翼――」

「覇軍を轟かす巨人の拳――」

 

 二人同時に詠唱に入り、お互いの得意とする間合いに注意を払う。同じ師を持たずとも詠唱行為による魔法の遅延発動の起動は可能だ。そのため、逆転の軌跡を、蹂躙の一手を、掴めるような代物を二人はセットしておく。それは、目の前に相対している友人を高く買っているために、一つの悔いを残さずに戦い抜くための布石。ロングレンジへと跳躍して距離を離したシロノは、同じくロングレンジへと移行したクロノを見据えた。

 

「スピニングショットッ!」

 

 当たって炸裂するのを主とする一般的な魔力光弾とは違い、穿つために特化されたその砲弾は一直線に、それもスティンガーレイよりも数段早い速度でクロノへと放たれた。その速度は目に一瞬追える程度の速さであり、咄嗟にシールドを張った事で直撃を免れた。だが、スピニングショットの真骨頂は此処からである。シールドの表面に突き刺さったかと思えば凄まじい螺旋を描いて回転を始めたのだ。シールド破りの螺旋矢、それこそがスピニングショットの役割である。一撃で沈める威力を放てるシロノは接近戦寄りの陸戦魔導師であり、篭城した城の如く硬いシールドは壊せるが手間が掛かる。そのために、堅牢なシールドを叩き割るための楔としてこれは開発されたのだ。その開発のきっかけとなったのはメガーヌの多重防護障壁。彼女が大人気無くその障壁の数を増やしまくったせいで急遽追加された螺旋(ドリル)によってその真価を更に発揮する事となった魔法である。

 

『Accel Power』

 

 クロノはS4Uから発せられたその一言により、更に度肝を抜かれる事となる。突破される訳には行かないシールドへ魔力を送り込んだのに関わらず、目の前で未だに食い破りつつあるスピニングショットのその先――足場にする魔法陣を力強く踏み込んで跳躍したシロノの速度に驚愕をせざるを得なかった。先ほどの慣性染みた緩急は何処へ行ったのか、まるで背中にスラスターでも付いているのではないかと疑問を抱いてしまう程にその速度は増していた。

 

(アクセルパワー……? まさか、S4Uはアームドデバイスではなく――)

 

 シールドを迂闊にも展開し続けてしまったクロノは加速(ブースト)されたシロノの間合いに入ってしまっていた。そう、シロノはS4Uを捧げる歌と称したが、そのデバイスのタイプがアームドデバイスであるとは口言していなかった。ベルカ式のブーストデバイス、それがS4Uの正体である。そもそもベルカ式デバイスである時点で察するべきだった。加えてそのデザインに疑問に思うべきだったのだ。かつて、ベルカ人はデバイスを戦う武器として認識していた。そんな武器が例え補助型であったとして柔な耐久度を持っているだろうか。断じて否である。防具としても用いられる籠手脚具であったのも加え、徒手格闘が得意であると知っていたからこそ生まれた油断だろう。きっとアレは徒手格闘に適したアームドデバイスなのだ、と。無意識のうちに考えを捨ててそう決め付けてしまったクロノの誤算である。

 三人の修羅によって鍛え上げられ続けている未だ発展途上の鋼鉄の肉体に、肉体の強化魔法によるブーストがされたらどうなるか。それは、青いシールド越しにシロノを見るクロノが思い知るに違いなかった。

 

「――破撃の豪腕ッ!」

『Demolition break』

 

 引き絞られた弩弓の如くテイクバックしていた右腕が解き放たれ、暴虐の限りを尽くすであろう一撃にダメ押しとばかりにブーストがされた鉄拳がシールドを薄い氷を割るかのように容易く突き抜けた。瞬間、ギャラリーに居た面々が青褪めてしまう程の鈍痛な打撃音が響き渡る。振り抜いたシロノはその場に留まり、撃ち抜かれたクロノはトレーニングルームの壁に叩き付けられた。

 そして――苦い顔を表情に浮かべたのは驚くべき事に決定打を与えたであろうシロノだった。

 

「……やられた。ブーストを無理矢理引き千切られた上に威力が半分持ってかれた」

 

 そう刹那の如く一瞬の出来事の結果を呟いたシロノは壁に叩き付けられたクロノではなく、自身の腰に巻き付いた環状の鎖を見ていた。詠唱遅延によって発生したクロノのバインドにより、インパクト前に腰を止められた事で威力が半減、更にはブーストされた力の漲りを水を打ったかのように消え失せた際の違和感によりズレが生じて振り抜きが疎かになってしまった。

 

「ふぅ、途中で詠唱を変えて正解だった……っ」

「ストラグルバインド……、よくもまぁマイナーで実用性のあるものを覚えたものだね……」

「お前のS4Uがアームド型ではなくブースト型だと察してな。急激な変動は武術家にとって致命的だろう?」

「お陰様で仕留めれなかったよ。流石クロノだね、その勘の良さには脱帽するよ」

「……ふん、お前とアレだけやりあったんだ。考察するだけの情報が手元にあっただけさ」

 

 本来であればクロノは前にフェイトを絡め取ったようにディレイドバインドによってシロノを拘束し、ブレイズキャノンを叩き込む予定だった。然し、己の戦略性の幅を広げるために一応覚えておいたストラグルバインド――強化魔法を強制解除し捕縛する無効化系拘束魔法を用いたのは、S4Uがブーストデバイスであると見抜いた考察眼がアースラ勤務の一年で培っていたからだ。

 

「――お前、手を抜いたな?」

 

 そして、クロノの観察眼は他なるものも見抜いていた。S4Uがブーストデバイスである事をシロノは頷いて肯定している。ならば、先の戦闘で彼が一度だけ使った高速移動は常にできるものであるのは間違いなく、それならばフェイト並みの速度で近接する事も可能だった筈だった。然し、シロノはそれをせず、跳躍を用いて移動を常としていた。クロノから見れば不意を打つために態と隠していた線もあるが、何となく違うと感じた。それはシロノの友人としての勘と言えよう。シロノはクロノのその一言を聞いて、肩を落とすようにして脱力し溜息を吐いた。

 

「手を抜いた、ってつもりは無いよ。クロノとは正々堂々と真正面から戦いたかったんだ。だから、此処ぞと言う時に使うために残しておいた、ってのが正しいかな。それに――まだ勝負は付いてないよ?」

「本当にお前はシロノか? 何時からそんな武人気質な奴になったんだ……?」

「……え?」

「……気が付いてなかったのか」

「えっと、その……、本当に? もしかして思考かなり師匠寄りになってたりする? あー……、ごめん、クロノ。前言撤回するかも。無意識に戦い方を押さえてた可能性があるかも知れない……」

「本当に何があったんだお前に……」

 

 慌てて考えれば考える程シロノは己の思考が好戦的な師匠ズの思考に汚染されていたのではないかと自覚を持って理解してしまう。正に修羅の弟子、だったのだろう。それは戦力的にもであり、思考的にもそれは適応されていたに違いない。ぐるぐると目を回すかのように云々と唸り始めたシロノにクロノは頬を搔いて溜息を吐いた。完全にやる気を削がれた二人の模擬戦は此処で終了し、見学に来ていたなのはとフェイトはクロノを圧倒した益荒男の如くシロノの一面と、危機的一面でさえ考えを止めないクロノの凄さを改めて理解し、自分たちがまだまだ未熟なのだと思い当たって一念発起するように握り拳を作っていた。そんな二人の若い魔導師を見てリンディはふっと笑ってエイミィを見やり、視線に気付いたエイミィが苦笑めいた表情で肩を竦めていた。


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