リリカルハートR~群青色の紫苑~   作:不落閣下

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4 一年振りの再会

 哀れ。彼の内心を知る者が居ればそう内心で呟くであろう。白い執務服に身を包んでアースラに降り立ったシロノは、その原因であるリンディに出迎えられた。そう、シロノは次元時差と言う伏兵の他に、手回しを即座にしてくれた養父と言う要因により、予定していたリンディへの交渉の手札をフルオープンした状態であると知らずに気丈な表情で対面を果たしたのだった。そして、貫禄あるリンディの手腕を見事に披露される形で交渉が何時の間にかお願いに代わり、挙句懇願と言える形で参加を許されたのである。自分の交渉術の未熟さとイレギュラー過ぎる伏兵に絶句して、顔を抑えて膝を折った事により通信窓からフェードアウトしたのを見て当のリンディも遣り過ぎたと感じたらしく、こうして少々苦い笑みを浮かべて出迎えたのであった。尤も、その顔に罪悪感ではなく魅惑な笑みが張り付いているが。

 

「……地上本部首都防衛隊執務課所属のシロノ・ハーヴェイ執務官です。本日から本作戦に参加させて頂きます。宜しくお願いします、リンディ提督殿」

「ふふっ、本局から伺っているわ。期待してるわよ、陸の執務官さん?」

「随分と楽しそうですねリンディさん……」

「あら、ごめんなさいね」

 

 親戚の叔母さんに出会った孫のような雰囲気で遣り取りを行なう二人からは陸と海と言う深い確執は感じられない。それもその筈で、リンディはクロノからシロノが夫とその友人である彼の父が約束したそれを果たそうとしている事を知っている。海と陸と言う確執を取っ払い、手を取り合って先へ歩む掛け替えの無い架け橋になる、と。だからこそ、彼らは執務官になり、クロノは海へ、シロノは陸へと渡ったのだ。クロノは航行艦を保有する提督へ、シロノは特務執行権を保有する特務執務官へ成るために日々奮闘している事を知っているのだ。

 そんなシロノを陸であるからとぞんざいにするつもりは無く、むしろ頑張って欲しいと後押しする立場にありたいと思うリンディが彼の参加に頷いたのは渋々ながらも必然な事であった。尤も、心が折れる限界まで論破されて尚気丈に立ち向かったシロノからすれば、もっとすんなりと頷いて欲しかった、と思うのは言うまでも無かった。

 

「取り合えず、参加以前の資料データ閲覧の許可をくれますか?」

 

 降り立って早速執務に掛かろうとする辺り、仕事気質な父親の面影が垣間見えたリンディは一つ溜息を吐いてシロノにアースラのデータベースを閲覧するためのBランクセキュリティパスを手渡す際に、くれぐれも根詰めすぎないようにする事を条件に出した。夫に似ていると称されるドパルの息子だ。ワーカーホリックな夫を持っていたリンディからすれば懐かしい光景であるが、それでも駄目なものは駄目なのである。子供扱いされているなぁと思いながらもシロノはそれに縦に頷いて受け取り、ポケットへと仕舞いこんだ。 

 

「仕事熱心なのは良いけれどある程度は気を抜かなきゃ駄目よ?」

「……はい?」

「……やっぱり素なのね。どうして貴方たちは揃って父親に似ちゃったんだか……」

 

 息子であるクロノもまたワーカーホリックな気質が垣間見れるため、何処まで似たもの同士なのかしらとリンディは頭を押さえて少し臍を噛んだ。尤も、幼い内に父を亡くしたクロノと違い、シロノの父であるドパルは数年前まで生きていた。それにより父の背中を見続けて育った事であろうシロノの気質がクロノよりもワーカーホリックである事は何となく理解していたが、此処まで無意識であると彼に嫁いだ娘が大変そうだなと思ってしまった。無論、当時の自分を省みてである事は言うまでも無かった。

 

「さてと。それじゃ、クルーに紹介するのは追々にして、地上に降りましょうか」

「……地上に、ですか? 管理外世界ですよね」

 

 早速割り振られた自室を尋ねて資料閲覧作業に入ろうとしていたシロノはリンディの言葉に疑問を抱いた。航行艦アースラはその一つで他の次元世界での活動を後押しできる高性能な航行艦である。そのため、第九十七管理外世界に居る嘱託魔導師への襲撃を懸念し、監視体制に入るのであればアースラだけで事足りるだろう。そのような考えを浮かべたのであろうシロノにリンディは皆々に愛される要因である可愛らしい笑みを浮かべて言った。

 

「ええ、日本の文化はとても素晴らしいの。だから対策本部を日本に設置して待機した方が効率的でしょう!」

「えっ」

 

 何だその暴論は、とシロノは突然日本押しをし始めたリンディに歳相応のきょとんとした表情を浮かべる。そして、脳裏で思い出していたのは父の言葉。リンディは策士的なお転婆娘だった、と哀愁漂う姿で愚痴るように漏らしていたそれを本当の意味でシロノは理解した。半ば引き摺られるように着いて行くしかできなくなったシロノは哀れみを込めた苦笑を浮かべたスタッフたちに見送られ、別のトランスポーターへと立たされリンディの合図により共に地上へと送られた。視界が一瞬途切れ、通り過ぎた次元の波の余波から車酔いの如く揺れを覚える。体感時間は数秒であるが、それは現実では一瞬の出来事だった。

 

「此処は?」

「ふふっ、ハラオウン家の地球支部ってところかしら」

「……私物化は拙いのでは?」

「冗談よ、まぁ、本局用のトランスポーターはイギリスって国にあるから私物当然なんだけどね」

 

 口元に手を置いた妖艶な色気を孕む笑みをシロノは素直に美しいものだとは思えなかった。一児の子を持つとは言えリンディの年齢は他の歴戦の者たちからすれば若い分類に入るだろう。それ即ち彼女の才覚は並みのモノではなく、その手腕を持ってあらゆるコネを構築し、それを財産として蓄えている事他なら無い。此度の件も同様である。リンディもまた闇の書事件の被害者であり、地位も高いハラオウン家は闇の書被害者の会の上部に食い込む発言力を持つ程だ。そのため、私情が入るから、と他の者がこの件を担当するであろうこの案件を手中に収める事がどれだけ異常な事かを理解できる者も居るだろう。上層に君臨する者たちがリンディを次世代を担うべき人物の一人であると認識している証拠だろう。

 そして、それを正しく理解できてしまっているからこそ、シロノはリンディに対し強く糾弾する事はできなかった。管理外世界にトランスポーターを保有できるだなんてどんな裏技を駆使すればできるんだ、とむしろ戦々恐々して戦慄を覚えてしまうのも仕方が無かった。

 シロノの視界に映るのはミッドチルダでもあまり珍しく無い白い壁紙の壁と木製の扉。視界を揺らせば物置部屋の片隅を改造したような形でトランスポーターの機材が積み込まれているのだと理解できた。目星は特に無く、本当にトラスポーターを置くだけの部屋なのだろう。

 

「それじゃ、此処からは探索行動以外は待機になるからバリアジャケット脱いでくれるかしら?」

「……お尋ねしますが、私服で待機しろ、と?」

「そうなるわね。……まさか」

「すみません、これ、普段着として使ってますので着替えられる私服が……」

 

 目を見開いてリンディが絶句するのも仕方が無かった。息子でさえ休日には普段着に黒っぽい衣服を用いるのだ。それ故に同じ年齢であるシロノがそれはもうどっぷりと仕事漬けの生活を行なっていた事に驚かない訳が無かった。困った顔で頬を搔くシロノにリンディは深く、それはもう深い溜息を吐いて頭を抱えた。

 

()はアースラで待機しますのでお構いなく」

 

 先程までの子供らしい雰囲気は何処へ行ったか、シロノは普段通りの執務官と言う仮面を被った状態へと戻ってしまった。目の前のお気楽で御節介焼きでお人好しな敏腕提督の気の抜けた姿を見た事により、意識が水平線まで一度沈んで冷静になったのだろう。その様子は及第点以上の社会性を持つ執務官であり、彼が見た事のある父親の仕事風景を投影して作り上げて固定された陸の執務官としての自覚を持った振る舞いを感じさせる。

 そして、リンディはその姿を見て心臓を押さえ付けられるかのような衝撃と共に深い悲しみを覚えた。自分たち大人の無力さが息子程度の年齢の少年にこんな振る舞いをさせてしまっているのだと。万年人材不足を嘆く管理局の上部に立つリンディであるからこそ、この思いはより悲痛に感じてしまう。リンディを見やるシロノの瞳は端から見れば普通に見えるだろう。けれど、幾多の修羅場を潜り抜けた者たちには違う様に見える筈だ。生きている心地さを覚えず、その様に在れ、と騙し騙しに自身すらも操っている人形のような、そんな無機質な瞳に見えてしまう。

 

(……クロノは持ち直したって言っていたけど、これは、この()は、違うわ……)

 

 幾多の任務の果てに見てきたリンディは理解できた、できてしまったのだ。彼が未だに燻る憎悪によって精神を焼かれ続けているのだと、決して消える事の無い火傷の痛みを感じ続けて生きているのだと、分かってしまった。何せ、鏡を見ればふと時折にその痛みを思い出せる程に、理解しているのだ。自分も同じだから。

 物心付く前に失った痛みが、全てを理解して失った痛みと同等である筈が無い。

 痛々しい程に鮮烈に、苦々しい程に辛辣に、その痛みに抗い続ける心を隠し続けるために被った仮面はどれ程苦痛に滲んで狂気を孕んでいるのだろうか。発狂やテロ思考などの悪と呼べる道に走っていないだけマシであるが、これはもはや病人の域だとリンディは思う。けれど、それを自身よりも年上である養父や師父と言う存在が見逃している筈は無い。今、シロノは抗うべき時なのだろう、そう理解した。何故、陸の執務官と称されるシロノをこの案件に送り出したのかを察したリンディは気合を入れ直した。

 

(この子を、彼女の息子を信じるべき、よね。でも……)

 

 自問自答めいた議論はマルチタスクにより瞬間的に終了し、微塵も顔に出す事無くリンディは決意した。そして、真一文字に唇を閉じてから子供に言い聞かせるように目線を合わせてシロノへ言葉をぶつける。

 

「上官命令で却下するわ! シロノ君にはお洒落とお休みが必要のようね。今はクロノの予備の服を貸すから早速お買い物に行くわよ!」

 

 上手く取り繕う事もできずに文字通り面食らったシロノは、スリッパに履き直すように言われ靴を仕舞い込む。そして、履き替えるのを見届けられた後に腕を掴まれ、ずんずんと前へ進むリンディの歩幅に慌てて合わせる。擬音が出てしまいそうな程に強く開けられた扉が悲鳴を上げるが、そんな事はお構いなしとばかりにリンディはシロノに笑みを浮かべて言う。

 

「我が家へようこそシロノ君! 今日から此処が貴方の家だと思ってくれて良いわ!」

「お、お邪魔します?」

 

 そんな遣り取りの勢いのままリビングへと辿り着いた二人を迎えたのは、バタバタとする廊下の音に疑問を抱いていたクロノたちであった。白い執務服を着たままで自身の母親に引き摺られるように引っ張られてきた親友の姿に「母さんがすまん」と一言紡いで瞑目したのはクロノだった。その楽しげな様子に再会を喜ぶ表情を浮かべたのはエイミィ。そして、義兄と見た目そっくりな顔をしている人物を引っ張ってきた義母に目をパチクリさせて驚いているフェイトと口をあんぐりと開けたアルフ。

 

「彼が今日からメンバーに加わるシロノ・ハーヴェイ君。宜しくしてあげてね」

「いや、あの、リンディさん? あんまりにもフレンドリー過ぎやしませんかね……。ああ、もう此処はハラオウン家で仕事は関係無い、と。はぁ……。宜しくされるシロノ・ハーヴェイです。宜しくお願いします」

「く、クロノが増えた!?」

「そ、そっくりさん、なのかな?」

「また宜しくねシロノ♪」

 

 姦しい女性陣とは一風変わって、ソファで右掌で顔を覆うように抱えたクロノは哀れな姿を晒す親友に対し、大変申し訳無い気持ちで再会の言葉を掛けようとした。

 

「……すまんな」

「……ああ、うん、もう諦めた」

「本当にすまん……」

 

 だが、リンディに腕を掴まれてぐったりと項垂れたシロノに憐憫な眼差しを向けたクロノは同じ男として、女世帯とも呼べる人数差のある環境に放り込まれた仲間として、シロノを同情せざるを得なかった事からそんな謝罪の言葉が口から出ていた。シロノは溜息を一つ吐き、掴まれる腕を離して貰い体勢を立て直してから初対面であるフェイトとアルフの方へ説明するために顔を向けた。

 

()とクロノは顔が似ているだけで、血は繋がっていないさ。他人の空似、と言う奴だよ。同じ顔をした奴が四人居る、という奴さ」

「それは何処の次元世界出身者だ。三人だろう」

「ま、シロノ君の母親は夫の妹だからある意味血は繋がってるんだけどね」

「「……はぁ!?」」

 

 しれっと実は従兄弟である事を暴露したリンディに同じタイミングでシロノとクロノは驚愕の声を漏らす。その息ぴったりな具合にフェイトたちは「そっくりな訳だね」と笑みを零した。もしも、闇の書事件が無ければ二人は正しく従兄弟としてお互いを認識し、家族包みの生活を送っていたに違いなかった。けれど、それはIFの話でしかない、だからこそリンディは深く説明する事は無く、手を二拍打って注目を集めた。

 

「と、言う事で親睦会の前哨戦としてシロノ君の生活品を買うためにお買い物に出かけます。クロノ、彼に幾つか服を貸してあげて。私服持ってないみたいなのよ、彼」

「……深く追及するべきだとは思うが、仕方が無い。シロノ、幾つか見繕ってやるから僕の部屋に来い」

「……本当はアースラで警戒待機しとくつもりだったんだけどね、どうしてこうなったんだか……」

「諦めろ」

 

 何処か項垂れているシロノを連れてクロノが自室へ行ったのを見届けてから、リンディは真剣な顔で三人に振り返った。

 

「フェイトさん、アルフさん、あの子もまた心に傷を負っているわ。だから、少しでも良いの。彼はクロノの容姿に似ているけども性格は違う、フェイトさんにとっては少し難しいかも知れないけども……、仲良くしてあげてね」

 

 リンディの目から見てもフェイトは人見知りに似た軽度な対人恐怖症を患っており、それが母親から言われた言葉によるショックからのものであると理解している。彼女がもしも誰かに支えられる事無く過ごしていたならばトラウマと化していたであろう程に大きなショックだったのだ。彼女の初めての友人であるなのはの言葉と行動が無ければこうしてハラオウン家の一員として影の無い笑みを浮かべる事は無かっただろう。親身に対するアースラスタッフとの交流は段々とぎこちないものから自然な受け答えができているが、裁判当初の頃に本局の廊下を歩いた際、過呼吸により体調を崩し掛けた事があって未だ立ち直れていないのが発覚したのである。そのため、リンディが養子として迎えるのと同時に保護監視員としてフェイトを預かり、療養も兼ねてなのはの居る小学校への転入や海鳴市での生活を送る手筈を整えた。それにより、時を経て裁判も終盤に差し掛かった頃には症状もかなり鳴りを潜めた状態へと移行し、完治も目前の状態であると言えた。それにより、家族以外の人物とのコミュニケーションを取る事で、今度は対人関係に対する恐怖感を無くして新たな一歩を踏むためにリンディはシロノを紹介する事にした。息子の友人だからと言う理由もあるが、何しろ初見の際に見間違える程に彼らは似ているのでリハビリには丁度良い相手である事には間違い無いだろうと言う判断である。

 

「えっと、クロノと同じ顔の人でびっくりしましたけど……、確かに、何処か悲しい瞳をしてました。……わたし、彼とお友達になります! 本当の笑みで笑い合える、そんな関係になるために頑張ってみます」

「あらあら、フェイトさんはすっかりなのはさんに染められちゃったみたいね」

「えへへ、そうかもしれません。……でも、少し心配ですけどね。大丈夫かな、なのは……」

「だ、大丈夫だよフェイト! そのためにあたしたちが居るんじゃないか!」

「そうだね……、うん、そうだよねアルフ! 一緒に頑張ろうね!」

「うんうん、それでこそあたしのご主人様だよ!」

 

 成長期からか栄養のある食事で確かに成長している小振りの胸の前でガッツポーズを作って頑張る宣言をしたフェイトを従者であり姉であると認識しているアルフは「成長したねぇ」と感慨深い様子で応援している。なのはとフェイトが一度目の襲撃の際にリンカーコアから直接魔力を抽出された事により受けた被害も今では自宅療養の段階まで落ち着いており、更には急激な魔法減少から若いリンカーコアが急激な成長を果たしている事からリベンジの日は近いだろう。彼女たちのデバイスは修繕とCVK792パーツ組み込み作業からなる強化作業が行なわれており、残り数日で完成すると言う報告が来ている事から二人の気合の入れようは高い。

 だが、闇の書は一度蒐集した者に対しては再び蒐集行為を行なう事はできない。そのため、休暇を満喫しているリンディへの襲撃が懸念されている。数日の間緊張を張り続けていたクロノを半ば強制的にシロノ加入のこの日を狙って休ませたのは、もしもの時に万全な活動ができるように身体に休息を取らせるためである。

 

「……クロノ、目の下に隈が出来ているが体調は万全なのか?」

 

 そして、リンディは予測していなかった事態ではあるが、効率の鬼と後に呼ばれるシロノの参戦はクロノの休息に対し効果は抜群であった。シロノは仕事熱心過ぎる没頭癖のあるためか、師匠ズから「そんなに仕事がしたいのであれば自身の体調管理を万全にした上で行なえ」と言う呆れ半分の妥協案から睡眠時間や栄養管理などはきちんとしている。仕事で執務室に篭る際も弁当を購入するが野菜や栄養の取れるものを選択しているため、ジャンクフードやカップ麺と言った代物には手を出していない。

 そんなシロノが仕事に没頭して睡眠時間を削ってしまったクロノを見ればどうなるかは一目瞭然であった。先程の、フェイトとアルフたちへ話しかける声色とは違う、素の声は無機質めいた雰囲気を纏うものであった。それは機械的な様子を思わせるも何処か熱意のあるモノであり、彼と言う人間の性格が冷静にして熱烈的な感性を持っている事を感じさせる。静かなる怒りを体言するかのようにクロノから体格の差、と言うよりも成長差から伸び縮みする黒いジャージの上下を借りたシロノは睨み付けるような鋭い瞳で見やる。それにぎくりと身体を竦ませたクロノは言い訳を考えるが、戦略の点で勝てた事の無いシロノに対しそれが通用すると思わないと考えたのか一息吐いてから口を開いた。

 

「……母さんが狙われる可能性があるんだ。それに休暇中でもある。僕が、やらなきゃいけないんだ」

「今の自分が七割程度しか動けない事を理解しているかい。……まぁ、その様子なら大丈夫か。今日はちゃんと睡眠を取るんだぞ」

「分かってるさ。僕だってあれから成長したんだ」

「そうかい。実は()も成長したんだよ」

 

 お互いに顔を見やり、一年越しの再会に拳を付き合わせた。二ッと笑みを浮かべた二人は満足げな表情を浮かべて笑い合う。心地良い連帯感は強い絆が為すものだろう。そして、男の子と言う点から二人のテンションの上がりようは著しい。言うなれば両手の籠手が揃ったかのような、そんな安心感と心地良さがあった。

 

「ふっ、白黒コンビの復活だな」

「くくっ、そうだね。君とならこの悲しみの鎖を断ち切れると信じているさ」

「……ああ、今回で終わりにしてやろう。第二第三の僕たちを生み出してはならないからな」

「……クロノ、後で君にだけに僕の切り札を伝えておく事にする。僕は、正直に言って闇の書を許せない。……だが、此度の主に対しての怒りを持つ気にはならない。僕らの父さんを殺したのは十一年前の、前の闇の書の主であるガハルド・マクティーンだ。矛先を間違えるなよ、クロノ」

「……分かってるさ。君の切り札とやら、期待させて貰うぞ」

「勿論だ。何せ、父さんが残りの人生を費やして完成させてくれた物なんだ。既に使い方もスペックもメリットデメリットも網羅して使いこなせる域まで達してある」

 

 左掌で作った握り拳をきつく締め上げて、胸元に下げた真紅の宝石のある上に置いた。指で強く弾いたコインの音のような機械音がクロノの部屋に響き、其処に存在しているのだと強く主張していた。未だ燻る父への思いを胸に潜め、シロノはふっと力を抜いてクロノへと向き合った。そして、力無く諦めた表情で言った。

 

「……じゃ、そろそろ行こうか。これ以上は何を言われるか分からないからね」

「それもそうだな。……士官教導センターで女子たちが売り買いしていたアレのような展開にならん事を祈るばかりだ」

「あー……、それは大丈夫だと思うよ、僕は」

「む?」

 

 色恋に鈍いクロノを見やるシロノは苦笑した様子で肩を竦めた。下手な事を言ってエイミィにキレられるのは勘弁だと微かに口元を上部へ曲げて、肩越しにクロノを催促して部屋から出て行く。そんなシロノの仕方が無いなぁと子供を見るような様子に首を傾げながらクロノは着いて行くのだった。


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