リリカルハートR~群青色の紫苑~   作:不落閣下

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3 昔、振り返って

 ユーノ・スクライアとの一件から数日が経った今、シロノは自室で此度の件のプロファイリングを行なっていた。本来であれば専門家に外部依頼を頼むのだろうが、執務官の任務は違う。それでは間に合わないのである。執務官の仕事は主に事務作業八割任務執行が二割であり、多忙に多忙を乗算したようなワークスケジュールである。そのため、専門家が行うような案件すらも纏めるデスクワークを身に付ける必要がある。言わば万能性を求められる職なのである。

 そのため、纏め上げられたプロファイリングは専門家から見れば及第点をギリギリ行くような拙いものであったが、中々良く纏められているという辛口な評価であった。その内容の要約は「犯人グループは何らかの目的への焦りを感じている様子であり、より高く純度の高い魔力を持つ魔法生物への襲撃回数が増えている事からより質の高い魔導師への襲撃も考えられる」と纏められており、シロノの手元には既に先日の嘱託魔導師襲撃事件の資料もある。それはユーノが慌てていた一件であり、シロノが危惧していた状況へと至ってしまった事を認めてしまう物的証拠の他ならない。第一次レポートと称したそれをレジアス局長へと送信したシロノは犯人グループと思われし四人の人物が取られたスクリーンショットを宙に浮かべる。

 

「刀剣型デバイスを持つ桃髪の女性、鎚型デバイスを持つ紅髪の少女、それを補佐する位置に動いていた使い魔と思われし藍色髪の男性。その三人を統括していると思われる黒い外套によって身を包んだ人物が持つこの本……、間違い無い、か」

 

 シロノの瞳には色が無く、ただ淡々とした無表情にくゆる憎悪の炎が垣間見れた。彼が亡くなった父と約束をしたそれを果たすべき相手。鎖に包まれた漆黒なる金十字架を表表紙に取り付けた禍々しき魔道書型デバイス。災害級指定ロストロギア、その名は闇の書。幾度もミッドチルダを恐怖の悲劇に叩き落した狂った魔道書であり、前回の事件は十一年前。クライド・ハラオウン提督とドパル・ハーヴェイ特務執務官によって追い詰められ、アルカンシェルによって消滅させられた経緯を持つが、此度現れたこの魔道書によって完全消滅できていなかった事を認識させられた事になる。だが、シロノにとっては、都合が良かった。

 

「闇の書が再び悲劇を起こすと言うのなら……、僕は手段を選ばない。父さんの無念を、遣り残した事を……果たすために」

 

 シロノは胸元から紅い宝石をチェーンで吊るしたネックレスを取り出して強く握り込む。それは父が最期の時に手渡した形見だった。彼にとってそれは唯一の繋がりであり、それは唯一の別れの手段。使い方はよく知っているし、間違う事は無い。

 もう、既に使用し先行投資と呼べるだけのものを失っているのだから。

 プロファイリングしたレポートに対する返信を待たずに、新たなメールを作成して既に用意していた文をレジアス局長へ送信していた。その内容に間髪入れずにレジアスからの通信が入り、シロノはその通信を受ける。何時もの飄々とする不動山の如き姿からは到底考えられない焦った表情で通信窓に映っていた。

 

『……お前は陸の執務官だろう。この内容は……』

「送った通りです。……認めてもらえないならば単独での行動も辞しません」

『ぐぬぬっ、わしの良心を逆手に取るかシロノ……』

「師父には多大な恩と感謝を感じておりますが、これとそれとは別です。初めての我が侭、此処で通させて頂きます!」

『それを今言うかっ!?』

 

 シロノはゼスト率いる修羅たちの弟子でもあるが、その馴れ初めのきっかけはレジアスである。実は息子が欲しかったレジアスは両親を亡くし行き場を失ったシロノを子同然に育てた経緯がある。両親を失った頃のシロノの壊れようは尋常ではなく、彼が仕事に生きた事で離婚した元妻へ助けを求めるメールを差し出しかけた程に難儀していたぐらいであった。今ではゼストの鉄拳教育とレジアスの熱血教育によって漸く立ち直し、士官教導センターに入学してクロノとエイミィと出会ってから人並みに落ち着いたのである。

 彼とレジアスが出会った頃に掛けられた言葉を用いた辺り、今回のシロノの要求は彼にとっての本気であるとレジアスは理解していた。それは、レジアスの部下であり、飲み仲間であったドパルの猪突ながら冷静な振る舞いを彷彿させる親譲りの気迫からして、シロノの折れる気が無いと言う意思を感じさせる。正直に言ってレジアスとしては、養父として彼の意思を尊重させてやりたい。だが、此度の件はシロノの両親を殺したと言っても過言では無い闇の書が関与している。と言うよりも主犯そのものである。既にそれを隠すには遅過ぎるし、誤魔化せもしない。

 

『……折れる気は、無いのだな?』

 

 その雰囲気は厳粛なる立場の重さを保有しており、対面するシロノの瞳を歴戦の戦士たるレジアスは研ぎ澄まされた刃の如く瞳を持ってして貫く。画面越しでも分かる、年齢からではなく幾戦の舌戦及び修羅場を繰り広げては勝利した者の風格がシロノに威圧を掛ける。養父でありながら師父、そんなレジアスの視線に握り拳を強めながらも気圧される事無く食らい付く。若さ故の無謀なる特権、男の子の意地を行使しながら瞑目した後にシロノは頷いた。

 大人であれ顔に汗を滲ませる威圧を受けて尚縦に首を振ったシロノにレジアスは感慨深い気分と数年前の彼の子供らしい様子を思い出しながら、通信窓に映らぬ手元を動かした。軽快な電子音と共に送られたのは此度の騒動への本格的介入を示唆する新たなる任務内容の電子書類。件名は闇の書封印処理計画、闇の書の動向を追い封印処理を行なう事、場合により破壊処理を行う事も検討に入れると言う破格な内容であった。一介の新入り執務官に任される筈の無い任務であるが、これを乗り越えればシロノの格は上がり相応しい地位、彼の父が居た特務執務官への道もまた夢ではない経験が積めるだろう。

 

「ありがとうございます……師父。必ずやこの案件を果たして見せます」

『ああ……、お前にはまだ早い試練だ。良いか、どんな失態も許す。生きて帰って来い。それだけがわしからの命令だ。何があろうと此処はお前の居場所なのだからな……』

「……はい」

 

 レジアスを父と呼ぶにはまだシロノは開き直っていない。未だにシロノの中で両親の存在が色濃く残っていた。目の前の暖かさを失う事を知っているからこそ、新たなる自分を生み出してはいけない、そうシロノは決意を瞳に燃やし、通信を切った。そうと決まれば行かねばならぬ場所がある。そう、それは彼の親友が乗る次元航行艦アースラ、この事件を請け負ったリンディ提督が搭乗している艦である。

 

「と、言ってもリンディさんが同行を許可しなかったら詰むんだけどね……」

 

 リンディは八年前の闇の書事件で夫であるクライドを失っている。そのため、この件から若輩であるシロノを外すかもしれない。クロノは常時一緒に居るため心理状態を把握している事だろう。養子にならないかと差し出されたあの手を払ったのはシロノだ、気まずい事極まり無い。内容的にも当時の事を思い出すには十分過ぎるシチュエーションだった。

 

「搦め手、かな」

 

 戦力として陸戦AAA+の肩書きは伊達ではない、アースラが保有する最大戦力はクロノの空戦AAA+。むしろ、喉から手が出る程に欲しがる逸材である。問題なのは彼の年齢が十四歳という少年の、子供の域である事だ。此度の事件は確実に闇の書が関与しており、そしてこれを打倒せねばならない案件である。当然ながら死に至る可能性もあるだろう。けれど、シロノはこれに参加せざるを得ない理由と闘志があった。確実に同行するためにシロノは一年振りに連絡を取る親友へ通信を送った。然し、数秒数分と経ってもそれが相手側で受理される事は無かった。

 そう、クロノが今現在居るのは航行艦アースラではなく、第九十七管理外世界地球である。次元による時差があったのである。シロノの今の時刻は夜九時頃だが、クロノの今の時刻は深夜二時頃。既に就寝しているクロノが通信に気付く事は無く、シロノからすれば出鼻を挫かれた気分で待ちぼうけを食らったのであった。

 

 

△▽

 

 

 染み渡るような肌寒さは冬の到来を感じさせる。十月下旬の季節へ経て寒さを帯びた風に頬を撫でられたクロノはぼんやりとする眼を瞬かせて上体をベッドの上で起こした。時間を見やれば七時半に差し掛かる頃、少し遅めの起床になってしまったのを理解し、枕元に置いておいた黒いTシャツとジーパンにもそもそと着替え、エイミィから寒くなるからとプレゼントされた紺色のセーターを着込む。

 

『着信が一件あります』

 

 ポケットへ待機状態のS2Uを仕舞い込む際に、通信の着信があった事を告げられ、口頭操作により履歴を呼び出す。シロノ・ハーヴェイと言う通信先のアドレス主の名を見て一瞬で眠気が吹っ飛んだクロノは目を見開いた。珍しい事もあるものだ、と。

 着信の時刻を見やれば深夜帯、普段よりも重い重力のある生活にまだ不慣れであるからか疲れが溜まっていて気付けなかったのだろう。と、言うよりもシロノが次元時差があると知っているかどうかに疑問を抱いたクロノは一つ溜息を吐いてから、朝食後に連絡を返そうと頭の隅へ放り投げた。

 クロノにとってシロノは、エイミィの次に親友と呼べる人物だ。二人の出会いは父親の付き合いによる家族包みの場だ。だが、物心付く前の頃であったが故に憶えは無く、それから数週間後に闇の書事件によって彼らの環境が変わってしまった。よって、彼らにとっての邂逅は士官教導センターの自室が同じになった瞬間である。

 

「……君は先に行け、僕が合わせる、だったか」

 

 遠い目でクロノは、寡黙と呼ぶには目が死んでいて、コミュ障と呼ぶには口調がはっきりしている、孤独道を突っ走る気満々だったシロノの台詞を思い出す。部屋割りが最初の仮ペアだった事からクロノはシロノと組んだ。訓練の際、会話すらも億劫そうにするシロノからの初台詞がそれだった。やってられるかと置いていくつもりで先へ行ったクロノが見たのは、先を行く自分に完璧にタイミングを合わせて並走するシロノの姿だった。片方が足場になる際もあっさりとクロノを放り上げ、自身は壁の僅かな取っ掛かりを用いて隣に着地する始末。完璧超人か、と内心で突っ込みを入れたクロノは、後にしれっと身体の内部を魔力で強化していたと暴露されてげんなりするところまでを思い出すが、頭を振って記憶を霧散させた。

 

「はぁ、あのシロノが社会的に陸で執務官をしている姿が思い浮かばんな……」

 

 そう、幾つかの出来事によりクロノはシロノが両親を亡くしたショックから孤独を求め続けていた事を知り、知り合った先輩であるエイミィと共に奔走し、彼を孤独から掬い上げた事から改めて友人となった。そして、一年間シロノ、クロノ、エイミィの三人で小隊を組み、親友と豪語できる程の友情を育んだのだった。

 そんな回想に苦笑しつつ、ベッド傍に置いてあった緑のスリッパを履いて廊下へと出る。ひんやりとした空気で頭が冷えたようにクリアになった事で辺りの様子が手に取るように理解できた。ぱたぱたとスリッパの鳴る音から自分以外が皆リビングに居るようだった。

 

「おはよう」

「あ、おはようクロノ」

 

 クロノを最初に出迎えたのは中央に座する長机にお皿を並べているフェイトだった。友人に貰った桃色のリボンでツインテールに纏め、白いワンピースに黒いジャケットを合わせたお出掛けスタイル。常時外へ出れる準備をしているのはこの地に住む友人の助けになるため、そう、友人を護る、その一心で気張っているのだろう。そんなやる気満々な義妹に内心クロノは微笑ましい笑みを浮かべる。

 

「おはよー! もう少しで準備できるから座ってていいよ」

「ああ、おはようエイミィ」

 

 キッチンからひょっこりと顔を出したのは彼がプレゼントした白いエプロンを付けたエイミィ・リミエッタ。黒いインナーに暖色のシャツを合わせ、白いスカートを組み合わせた姿は活発さを彷彿させる。裏方の事務が主であるが、買い物に付いていったりとするためだろう、彼女も外出できる格好だった。

 忙しなくも楽しそうに朝食の準備をしている少女二人と奥に居るであろう母親であるリンディの姦しい声に、唯一の男であるクロノは何処か疎外感を感じながら自分の席へと座る。すると、そんなクロノの足元を橙色の何かが右往左往している。ちらりと見てみれば朝食が入るであろう餌皿の前で尻尾を振っている狼の姿があった。それは魔法生物に分類されるフェイトの使い魔、アルフと言う女性の尻尾が丁度クロノの視界に入る位置で振られているらしかった。

 

「おはようアルフ。そろそろできるだろうからもう少し待つと良い」

「ごーはーん! あ、クロノ居たんだ。おはよー」

「相変わらずだな君は……」

 

 能天気なアルフの言葉に呆れを含ませた苦笑を浮かべたクロノは、ふと先程脳裏に浮かんだシロノがこんな性格になっていたらと思い浮かべて口元を押さえて腹を抱えた。在り得ない、そんなキャラじゃないだろう、そんな言葉が脳裏を通り過ぎる。尤も、クロノのそんな珍しい姿を見たフェイトはどうかしたのかと首を傾げてしまったが。そんな平和な光景を見たエイミィは腰に手を当ててくすりと笑う。

 

「どうしたの? 何か楽しそうだけど」

「ああ、いや。珍しい人物から通信が来てね。それから空想が進んでね。あのシロノの事だ、次元時差がある事を知らずに連絡したんだろうが」

 

 シロノ、その名を聞いて首を傾げたのはフェイトとアルフ。勿論ながら初耳なのだろう。そして、「へぇ!」と懐かしそうな表情を浮かべたのはエイミィ。それはその筈、彼女もまたクロノと同等にシロノの事を知っている。

 

「……そう、シロノ君が、ね」

 

 だが、一番顔色を変えたのはリンディだった。リンディはこの件、闇の書が関与するであろうこの案件に対する情報を一番得ている人物である。そのため、シロノがこの件に対して送られるであろう本局からの援軍であると脳裏で繋がったのだ。クロノたちにはまだ言っていないが、昨夜本局経由でリンディに新たな命令が下されている。それは此度の事件の危険性を顧みて協力者を派遣すると言う内容だった。そして、この件に対し送り出せるであろう戦力を持つシロノからの連絡は、作戦参加への助力を口添えして貰うための布石だったのだろう、とリンディは看破した。哀れシロノである。せめて次元時差を知っていたらこうはならなかったに違いなかっただろう。

 正直に言えばリンディ個人としてはシロノを本作戦に加える事はしたくない。したくないと言うよりもしてはならないと感じていた。勿論ながら、愛しい息子であるクロノも、だ。だが、こうしてクロノが参加しているように、一つの航行艦を預かる提督としては喉から手が出る程に欲しい人材である。彼女とて、海でありながらも陸の情報を得る手段は多岐に渡って持っている。そして、クロノに問うたようにシロノもまたこの件に関わる資格を持っていると感じているのもあった。

 

「……母さん?」

「ふふっ、少し昔を思い出してただけよ。冷めちゃうから食べましょう」

 

 その笑みは何時も見る母親の慈愛を感じられる表情だったが、何処か雰囲気がそれに伴っていない気がした。けれど、下手な質問をしてしまうのもこの空気を壊してしまいそうで謀れる。クロノは何か言いたげな表情をしたがすぐに表情を変える。フェイトとエイミィはきょとんとしながらも朝食の配膳に戻った。

 朝食の内容はベーコンエッグにプチトマトとレタスを添え、こんがりと焼けたトーストとコンソメスープと洋食に固まった。ミッドチルダの食環境はどちらかと言えば洋食に近い、そのため意図せずに朝食は洋食寄りになってしまうのである。

 

「いただきます」

 

 そして、日本文化である食への感謝の意を示す言葉を用いて食べ始めるのがハラオウン家の日課になりつつあった。日本文化にドハマりしたリンディはこの地に降り立ってから徹底的に日本文化を調べ上げ、本来は日本の民間協力者である高町なのはに好感触を得るために用いた日本風なのだが、調べれば調べる程のめり込む姿は正しく日本好きの外国人であった。最近は日本食にも手を付けようとしているようで、時折レシピサイトを眺めている姿が度々見られている。尤も、その発見者は主に暇しているアルフであるので、この面々の中で一番食にがっつく彼女はむしろもっとやれと言わんばかりに笑みを浮かべて去って行く。そんな姿を主であるフェイトが満面の笑みで見ていると知らずに。

 


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