リリカルハートR~群青色の紫苑~   作:不落閣下

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21 振り返って気付ける事

 朝と昼との間の時間帯にハラオウン家のテレポーターに火が灯ったかの様に輝き始める。スイッチの入っていない部屋は薄暗く、紫電めいた転送波の余波がチカリチカリと煌めく。数秒後にスタングレネードの如く閃光が全面に放たれると同時に執務官服姿のシロノが現れる。このテレポーターは旧式のものをリンディがコネで安く買い上げた物であり、一瞬灯ったかの様な近未来的な光が発生するだけの最新式は値段が三桁程違ったために手が出せなかったと言う理由もあって、機能的にも問題が無い旧式のテレポーターがこうして鎮座していたのであった。電気のついていない部屋の薄暗さと鮮明に明るい場所から移ったシロノの視界は一時的に黒く染まり、数秒もすれば閉じられたカーテンレースの色が見える程にまで回復した。

 

「……さてと、取り敢えず報告しようかな……」

 

 すずかとの約束もあるために白い執務官服から普段着の綿シャツと黒いインナーシャツ、ジーンズに転送機能の応用で一瞬で着替えたシロノは踵を返して扉へと歩いて行った。けれど、扉に近付く数歩で歩みに違和感を生じさせ、その場に留まった。

 

「…………んん? ……何か重いような……、ああ、重力に誤差があるのか。少し軽い場所に居たから気付かなかったけど、逆だと結構違和感あるな……」

 

 ミッドチルダと地球は同じ様な惑星である。次元と言う壁があるものの、その構造は殆ど似ているため魔法などの文化的差異はあるものの、概ね生活環境は似たようなものである。そして、シロノの生じた違和感からミッドチルダの重力は地球よりも少し軽いと言う事が分かったのだった。だからどうした、と斬り捨てるには勿体無い事だろう。無重力状態で数年を過ごせば筋肉に衰えが出るように、その逆に重力によって体が少しだけでも重くなっていると言う状況は筋肉に掛かる負荷の具合が違う。そのため、武人気質な身体をしているシロノは、ランニングなどの筋肉トレーニングを日課にしてみるのも悪くは無いな、と感じたのである。

 

「最近身体を動かすって事があんまり無かったし……、いやまぁ、怪我もあったから当たり前なんだけどもさ……」

 

 そう独り言ちながらも扉を開け、廊下に出たシロノはリビングへと向かった。時折腹部を、派手に怪我したであろう場所をなぞってしまうのは自身の体質の変化に未だ慣れていないからだった。居候先兼仕事の部屋で指先を切ると言う実験を行なったところ、血は確かに出るものの物の数分で元通りになり、態と傷口を離して見ても内側から肉が両側から絡み合う様にして塞がり、そのまま元のサイズに収まったことから人前で小さな外傷を作る事ができないな、と引き攣ったのは当然の事だろう。一応、忍に医療機関での検査を頼んでいるのだが不安が募るのは仕方が無い事に違いない。よっぽどで無い限りは管理局での健康検査を受けれないと分かっているからこその采配であった。不老不死の可能性を提示しかねない事であると流石に分からないシロノではない。

 義父であるレジアスに話さねばならない時が来る、そう考えた途端に胃が掴まれるかの様な痛みを感じたシロノであったが、将来の事を考えれば必要経費な痛みであるとも感じてしまう。最悪流れの医者を個人で用意して工面しなければならないと言う執務官として有るまじき情報隠蔽になりかねないが、すずかたちへ矛先が向かう事は防がなくてはならないと言う思いもある。

 

「……医療関係? そう言えば、グランさんがそうだったな。……いや、信用し過ぎか」

 

 先日のグランの名刺を思い出したが、一回会った程度の人物を信用すると言うのも無理がある、と脳裏で即座に棄却された案は片隅に放られる。テレポーター用の部屋からリビングまではクロノたちの部屋がある程度で数メートル程であった。リビングの扉に手を掛けた時の事だ。リビングから大きな音がして、クロノとエイミィの驚いた声が聞こえたのは。

 

「………………ラブコメじゃないんだからさ」

 

 シロノは何となく状況に察しが付いた様で、ドアノブへ向けた手を下ろしてそのまま玄関口へと歩いて行く。想像通り、リビングのソファの上で足を滑らせたエイミィが座っているクロノを押し倒す形で触れ合い、衝撃の痛みを口に出しながらもキス寸前の顔の近さに赤面している真っ最中であった。互いの息が掛かる様な至近距離。目と目が点で繋がるかの様に互いの物を見つめあい、身体の節々に当たる互いの柔らかさや硬さにそれぞれが内心でテンパりながらも感想を独り言ちてしまう。勿論ながら、その言葉は口からは出ない。しかし、頬が上気し、血が上ってゆく感覚で二人の体温が高まる事でお互いに緊張していると言う状況を理解してしまう。

 だが、報告をしに入れる雰囲気で無くなってしまったシロノを待ち惚けにさせた事は知る由も無かった。肩を竦めて玄関を開けて出て行ったシロノの発してしまった音で正気に戻った二人は、慌ててソファの両端に座り込み、逞しかったやら柔らかかったなどと内心でぐるぐると思春期を爆発させている光景が其処にはあった。

 

(あらら、気を使ったつもりだろうけど詰めが甘いなぁ……)

 

 と、子犬形態でソファの後ろに居たアルフが苦笑するまでがワンセット。ハラオウン家地球支部と化しているこのマンションの一室で度々起こるハッピーイベントをリンディとアルフはニヤニヤと、フェイトはフェイトで仲良しさんだなぁと天然っぷりを炸裂させていたりとほのぼのとしていた。

 

「え、ええと、その、なんだ……」

「あ、いや、ご、ごめんね? 受け止めさせちゃって……」

「あ、ああ、怪我はしてない、か?」

「う、うん……。ありがと、ね」

「…………ああ」

(青春だなぁ……)

 

 お互いに顔を背けつつ赤面を隠しながらもぽつりぽつりと言葉を交わすその姿は正しく歳相応の初々しい男女のそれである。そんな様子を口の中が甘ーいと見ていたアルフはふと思う。そう言えばシロノはそこんところはどうなんだろう、と。シロノはハラオウン家地球支部に来た時には既にフェイトとアルフは若干ながらも馴染んでおり、フェイトが少なからずの内面に潜めた感情に戸惑ってはいるもののその仲は概ね良好であった。其処に付け加える形で参入したシロノの第一印象は「色々と反転したクロノ」と言うそっくりさん認定であった。そして、何処か冷たい印象を受けるシロノに対し、一番警戒したのは勿論ながらアルフであった。クロノたちは顔見知りであるためすんなりと打ち解けたし、フェイトに至っては生来の天然が効果を成して打ち解けてしまっていたからだ。けれど、そんなアルフの警戒も段々とシロノを知る事で無意味なものに成り始めていた。

 自室兼寝室として宛がわれたのは元物置部屋。たまにではあるが、こっそりと中を覗くと真剣な表情で空中投影したモニターと淡々と向かい合っている仕事の姿が見れ、フェイトたちの頑張りにより外出の趣味を作った頃には最初の時と比べて丸くなった印象になり、最初の頃の冷たい印象が薄れて来たのが最近の事だった。

 

「……あれ、でも確か変わったきっかけって……」

 

 そう、フェイトの友人の一人である月村すずかである。それはフェイトからの相談で何度も恋愛相談めいた談義に発展しては右往左往していた話題であるためよく覚えていた。フェイトと同年代であるすずかの年齢は小学三年生の九歳、対してクロノと同年代であると言うシロノの年齢は十四歳。五歳の差と言うものは昨今厳しい目で見られかねないものであるのは間違いない。けれど、ハラオウン家に居る時のシロノは対してその様な様子は見られない。明らかに近所のませた女の子を相手にするお兄さんと言った感じである。フェイトからの報告……めいた雑談でシロノとすずかとの話題はよく出てくる。と、言うのも大好きな兄の事を語りたいと言う感じの様子でフェイトが言うのだ。アルフは、それって恋心なんじゃ、と薄々ながら疑問を感じてはいたが、まるで自分の事の様に二人の進捗を話す様子からは嫉妬などの様子は全く見られない。自慢な兄さんです、と言った様子で満足しているらしいフェイトだが、クロノとエイミィの何気無い恋人っぽい遣り取りに感化され始めている節があり、偶にシロノの着ていた服を羽織って「包まれてる感じがする……」とブラコンの域を脱し始めているのもアルフの悩みの種の一つであった。

 最愛のプレシアとの別れによって、フェイトは近しい人が居なくなる事に恐怖を感じていた。それに伴い、自分が見捨てられる事もまた比例して怖がってもいたのだ。それを解消、いや、和らげたのはシロノの言葉であった。それから、時折外から帰って来たお土産に、とシロノがたい焼きを買って来てソファで一緒に食べる事が時々あり、その時の二人の様子は本当に仲の良い兄妹の様に感じられた。そう、プレシアとリニスによって育てられた経験のあるフェイトは、シロノに対し父性と言う形での家族的な愛情を感じていたのだった。案外物見が良く、フォローも確りしているシロノはフェイトの中でリンディと並ぶ程に大人であると感じられており、本当なら外へ散歩しに行くのを付いて行きたいと言う淡い感情すらもあったりする程に懐いていた。地味にクロノの立ち位置が転落した瞬間でもあった。

 

「……シロノも罪作りな男だねぇ……。しっかし、最近平和だけども……嵐前の静けさ、って奴じゃないのを祈るばかりだね。近々クリスマスって言う七面鳥が食べれるイベントってのもあるみたいだしさ……」

 

 そうアルフは独り言ちて真上で聞こえている初々しい遣り取りに若干飽きつつも、フェイトのためになるかもと盗み聞きを続けるのであった。腹這いの姿ではなく、尻尾を内側に丸め込む様にして丸くなり、さもお昼寝してますと言った感じで知らん振り。その姿は日々常に行なっているからか様になっており、リンディに後日「もう本当に家犬って感じねぇ」と言われるまでは使い魔の矜持を投げ捨ててごろごろとしているのであった。

 そんな事がリビングで起きていると大体察して出てきたシロノは、日が出ていると言うのに肌寒い冬の空気に少し眉を顰めながらも歩いて行く。行き先は既に決まっていて、当然ながら月村邸だった。彼の父ドパルは約束を守る事を大切にする信条を持っていたのもあり、そんな背中を見て育ったシロノもまた約束には五月蝿い性質の類であった。

 

(……そろそろ寒さがピークになってきたな。防寒対策が必要かな……?)

 

 黒いインナーシャツを着ているとは言え、上着が若干薄く感じる程に寒さが強まってきた海鳴の気候に戸惑いと若干の焦りを感じてながらシロノは淡々と歩いて行く。別に魔法で対策を練っても良いのだが、段々と魔法ありきの生活から離れつつある海鳴での生活に慣れ始めているシロノにはその案が浮かぶ事は無かった。仮に浮かんだとしても執務官の矜持から、そんな事に使ってられるか、と棄却するに違いないが、真っ先に上がらなかった事こそがその証拠となるのだろう。

 次第に、そう段々とであるがシロノは今の生活が少し楽しかった。柔らかな日差しによって朝に起きて、クロノたちと挨拶をして朝食を食べ、仕事をし始めようとするとフェイトたちに止められて外に追い出され、手持ち無沙汰に商店街や路地裏を歩いて、結局辿り着く海鳴自然公園でいつものベンチに座り、日によって様々な表情を魅せる空を眺め、何時の間にか隣に居たすずかと会話を楽しみ、すずかを家へ送ってから帰宅途中で見かけたたい焼きやでフェイトとアルフの分のも買って行き、夕飯ができる数時間の間をリビングのソファでフェイトたちと過ごし、全員で卓を囲んでの夕飯を食べて……。

 そんな、回想めいた事を考えていたシロノはふと自分の口元が緩んでいる事に気付いた。端から見れば微笑んでいるようにも見えた事だろう。執務官として自他共に厳しい生活で己を律していた頃の自分が見れば、その違いに目を見開いて驚きの表情を浮かべるに違いなかった。

 

「此処までの道順も慣れちゃったなぁ……」

 

 足を止めた先にある物は豪邸と断言できるレベルの屋敷の玄関口。車を出入りさせる側のではなく、その隣に備え付けられた壁と同化する様にして閉まっている鋼鉄の扉の前に立っていた。その徹底された防衛管理はマッドめいた思い付きと何となくで構成された忍お手製の代物であり、一見ただの硬そうな扉ではあるがその実戦車の砲弾すらも弾く装甲扉だったりもする。そして、外観を彩る様にして高い塀の壁に添えられた観葉植物めいた草花に巧妙に隠された監視カメラや即座に反応して地中より飛び出してくるゴム弾が装填されたチェーンガン搭載の対人防衛システムがあったりとかなり物騒な事になっている。勿論ながら夜の一族関連でのいざこざに対応するためのものが殆どではあるが、金持ちと判断するであろう外観のせいもあって色々と使用される機会もあるらしい。

 まぁ、そんな過剰防衛レベルな設備を自慢気に説明されれば誰だって警戒するに決まっていた。指紋認証と見せかけた血液中のDNA構造を感知する次世代レベルの最新鋭機能が搭載されたインターホンを押すと、一つ二つと数えた時にはもう相手側と繋がった電子音が聞こえた。

 

『シロノ様でございましたか。すずかお嬢様がお待ちになって居られますので、どうぞお入りくださいませ』

「ん、そうさせて貰うよ。ありがとう、ノエルさん」

『……ふふっ、いえいえ、これが私のお仕事ですから』

 

 以前客であるからして礼は要らないと念押しされたのに関わらず律儀に礼を述べられ、応対したノエルは何処か苦笑気味な笑みを浮かべて言葉を返した。それは呆れた口調ではなく、仕方が無いなと言う何処か親しみのあるものだった。月村邸でのシロノのスタンスがそろそろ客人扱いではなく、身内対応になりつつあるのだろう、そう見て取れる会話の一面であった。物騒過ぎる玄関口を通り、屋敷の方の玄関へと続く道を歩いて行く。遠いなぁ、と思いつつも口には出さず黙々と歩いて行くと、玄関の扉が少し開いておりこっそりと此方を窺う小さな視線に気付けた。シロノが遠目で視認したすずかの姿であった。夜の一族の濃い血がml単位で混ざっている今のシロノの視力は本来の五倍はある距離も鮮明に見える様になっており、三十メートル程であれば少しの労力も無くピントが合わせられる。シロノが近付いて行くとすずかがハッとした様子でこっそりと扉を閉じた。それに訝しみながらもドアノブに手を掛けた途端、内側から開かれて少しつんのめったシロノは数歩程前に蹈鞴を踏んだ。

 

「お、お帰りなさいシロノさん!」

「た、ただいま?」

 

 恥ずかしさで少し頬を上気させたすずかに言葉を返したシロノは、横目で扉を開けたのがノエルだと分かると少し苦笑めいた表情を浮かべた。この人の事だろうから茶目っけを出したのだろう、そう思えたのだった。一見クールな佇まいと振る舞いをするノエルであるが、この様な些細且つ然程困り様の無い小さな悪戯をする時もあった。尤も、恭也に対してはもはや身内であるためがっつりやるのだが、半ば身内と言ったシロノにはささやかなものをチョイスするのであった。

 すずかの衣服は家の中だと言うのにお出掛けする様なコーディネイトであり、シロノが来る事を意識した装いとなっている。胸元にワンポイントで群青色のリボンが結ばれているのは忍の入れ知恵に違いなく、所々に紫のフリルの付いた長袖長裾なタイプのワンピースを着たすずかのほっぺたには料理中に飛んだのか赤く染色された米がくっついており、急いで来ましたと言うのが丸分かりな様子であった。シロノはそんな可愛らしいすずかに微笑を浮かべ、そっと頬の米を親指で拭ってやり、ぱくっと口にした。

 

「ん、ケチャップライスかな?」

「え、あ、ぅぅ……。……はい」

 

 ノエルからシロノが来た事を知らされたすずかは即座に玄関に行き、お出迎えするためにスタンバッて居たのである。それ故に、頬に付いていた事も知らずに迎えた自分に恥じているのと、シロノに頬を拭われた挙句自分の頬に付いていたのを食べられた事で二度恥ずかしさに悶えたのであった。触れられた頬に小さな手を置いてあぅぅと呻いていたすずかは、冷静を少し取り戻したのか俯くのを止めて顔を上げた。

 

「えと、その、お昼ご飯作ってみたんですけど……」

 

 その声は何処か上擦った様な不安げな物言いであり、もしかしたら既に食事を終えているのではないか、と言う考えが浮かんだためのものだ。シロノはすずかの言葉に笑みを浮かべると、膝を曲げて目線を合わせた。

 

「ご相伴に預かっても良いのなら、お願いしようかな」

「……ッ! は、はい! 楽しみにしててください! ノエル、シロノさんをダイニングに!」

「ふふっ、承知致しました。では、シロノ様、此方へどうぞ」

 

 杞憂だったと分かった途端に曇り顔が晴れ渡る様な満面の笑みへと移り変わり、子供らしい溌剌とした雰囲気で近くの階段の手すりに掛けていた可愛らしいエプロンを手に取ると、すずかは一族の血を発揮するかの様な速度でキッチンへと走って行った。それを見送ったシロノは口元を緩ませてくすりと笑う。先日の告白やキスの成果があったのか、自分を想ってくれているのだとすんなりと理解が及んだためか、何処かむず痒い様な衝動に駆られる。温かなホームドラマを見てほっこりした時の様な感覚が胸の奥でじわりと生じ、随分とすずかに気を許している自分に軽い驚きも感じていた。自分を大切にできない人が誰かを大切にする事はできない、そんな言葉が脳裏に浮かんでしまうのだ。栄養面や肉体面では無駄の無い生活をしていただろう。けれど、そこには精神的な潤いがあるとは言えぬ生活を経験していたのは確かな事だった。

 

「……僕も、変わってきている、と言う事なのかな」

 

 独り言ちたシロノはふっと力を抜くようにして微笑みを浮かべてノエルの背を追いかけた。


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