リリカルハートR~群青色の紫苑~   作:不落閣下

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2 それはきっと偶然な出会いだった

 シロノ・ハーヴェイと言う少年執務官は管理局内でも難しい位置に立つ少年である。万年人手不足に喘ぐ管理局でも最たる場所である陸に抱え込まれた事で海からの反陸派からの目線は厳しく、同じく海に所属した執務官たちからの視線も芳しくは無い。それは、我らが管理局の本部のある陸は万全に決まっているだろう、と言う偏り過ぎている慢心めいた考えから生まれており、何故首都防衛隊が存在するのかすらも分かっていない短慮な考えがそれを助長し続けている。

 だからこそ、陸である管理局地上本部の防衛局長たるレジアスは彼の扱い方に難儀していた。ワーカーホリック気味の気質からかステップアップのための踏み台は既に粗方踏まれ尽くして躯と化しており、あまりにも低ランクな案件を回し続けてはシロノの不満を助長させてしまう。然しながら唯一と言ってもいい陸専属の執務官である彼を扱き使って壊してしまうのも当然の事ながら忌避するべきである。

 無類の親友たる同志ゼストから聞かされるシロノの成長報告と言うなの自慢から、Aランク、またはAAランクのベテラン執務官が担当するような案件に手を出させるべきかと思案してしまうぐらいに彼は迷っていた。せめて、彼に対し好意的でサポートができる人物が補佐に付いていたならば、と無い者強請りを考えてしまう程に考え込んでしまっていた。そんな彼を支えるのは実の娘たるオーリス。秘書という裏切りを許容できぬ立ち位置に置かれた信頼できる人物にして、将来の出世に十分過ぎる役を与えられた人物でもある。

 そんな彼女もまた、父を良い意味でも悪い意味でも困らせているゼスト及びシロノの二人に対し何かアイデアが出ないかと書類処理の合間を縫って考えに思いを馳せている。現在の陸の防衛ラインは親友たるゼストが率いる首都防衛隊の功績が主だっており、人手不足で泣き叫ぶ領域にまで達しかけている今シロノへと回せる人員は居ない。むしろ、足したいぐらいの心境である。父にチラつく怪しい影の正体の特定は兎も角、オーリス自身父から良くやったと褒められたい年頃でもある。

 

「……これは」

 

 考え方を変えてみれば、父はシロノに対し安全であり難易度も程ほどな仕事を与えたいのだろう。ならば、先程手に入ったこの案件ならばどうだろうか、とオーリスは現地局員からの通報により起きた騒動の案件資料を手に防衛局長室へと歩む。内容は近場な管理世界で起きた魔法生物襲撃事件で、テレポーターで乗り換えをせずに辿り着ける位置で起き、またミッドチルダへの襲撃の可能性を省みた場合海よりも陸に意味のある手頃な案件だった。襲撃者を捕縛するまでとは言わなくともその調査による行動までならば危険も少ないだろう。何せ、賊は魔法生物への襲撃のみで管理局員への傷害事件へと発展していない、管理局の威光に目が眩む相手なのだ、と安易に判断してしまった事から、シロノの運命は正しく引き寄せられたと言えよう。

 レジアス防衛局長よりもう一段高いステップアップのために、と回された案件の資料を自室で読み込むシロノは頭を抱えていた。今までの案件は傷害事件や誘拐事件と言った人が中心になって引き起こされる低ランク事件ばかりだった。そして、此度の案件はシロノとてあんまり詳しくない魔法生物を狙った犯行を行なう襲撃犯の調査であり、その犯人像を浮かばせるのにまだまだ未熟な執務官であるシロノは四苦八苦していた。

 魔法生物とはその名の通り内にリンカーコア、魔力を生成する機関を持つ人以外の生物を指す種別である。幼少時に動物図鑑を見て喜んだ子供が多いかもしれないが、シロノの両親はインドアな動物図鑑ではなく、アウトドアへの遠出を趣味としていたため触れる機会は無かった。

 

「……調べるかな。幸い頼る伝はあるし」

 

 自室に篭っていても仕方が無い、そう判断してシロノは端末を取り出して無限書庫と呼ばれる大規模データベースへの入場許可を取る事にした。数分程度で処理がされ、他の使用許可を求める者が少なかった事から苦労せずに受け取る事ができた。勿論ながら執務官という高位に値する職位のお陰であり、承認の連帯人にレジアスの名があった事が容易に進んだ要因であるのは言うまでも無いだろう。

 地上本部内にあると言っても無限書庫はその複雑な環境から海の管轄である航行港側の施設に存在する。資料を求めるのは主に海が多いためであり、そして新たな資料を放り込むのも海が多い。その理由はロストロギアの収集もまた海の任務の一つであり、他の管理世界及び管理外世界へと赴きロストロギアを相手するには情報が不可欠である。そのため、使用頻度の多い海側の施設に築かれるのは当然の事だった。

 執務官の制服はフォーマルな制服タイプから色を選択して用いる事ができる。主に海側は濃紺や青色と言った海の色を彷彿させる色合いを用いるが、クロノとのアイデアで自身の名前に因んだ色を用いたために白い執務官服だ。それは何処か武装隊の航空戦技教導隊を彷彿させる色合いであるが、彼はAAA+陸戦魔導師であるため関わりは無い。むしろ、空を飛べる彼らを羨む限りであった。

 黒いインナーに白い執務服を纏ったシロノは、肩まで掛かる群青色の長髪を黄緑色の髪留め紐を用いてうなじで束ね、ウルフテールに纏めてから指で弾く。それは父親の髪型を真似ると言う男の子らしい考え。そして、今は亡き父の思いを受け継ぐと言う意志の表れでもあった。

 早朝のトレーニングから半日振りに外へ出たシロノは肌寒くなり始めた季節の移り変わりに思いを馳せる。夏服から冬服へと変わる一歩手前の時期であるからか暦とした衣替えの日が無いために服装は千差万別、短くもあれば長くもあると言った私服を用いる一般市民たちが歩く道路を遠目に見て、ふと思う。ああして笑い合う未来が自分にもあったのだろうか、と。シロノ・ハーヴェイは歳が近い友人と言えばクロノとエイミィが真っ先に上げられるが、それ以外の名前が出てこない。それもその筈で、ワーカーホリック始めましたと言わんばかりの仕事ッぷりから高嶺の花扱いされている節があり、言うなれば声を掛けづらい人種となってしまっているがためである。

 かと言ってシロノがそんな彼らを見下しているかと言えば違うと断言できた。そもそもシロノは自身に才能が無い者であると考えている節があり、地道且つ緻密な努力によって培った代物であると、才能ではなく無い故の努力の結果だと言い張るだろう。謙虚と言えば美徳であるが、修羅の弟子たる彼がそんな事を言えば防衛隊の面々は上に立てた掌を左右に振って「んな訳あるか」と否定するだろう。言うなれば彼はクロノと同じく努力の才能を持つ少年なのだろう。尤も、本人に自覚が無いので極限まで突っ走ってしまう辺り似た者同志である。

 遠目でストリートが見える施設同士を繋ぐ橋の上を歩み渡り、海関連の施設が集まる通称データベースと呼ばれる情報統括センターへと足を運んだシロノは白と言う目に留まり易い色合いの服装から数多くの視線を受けた。それは最年少執務官の片割れである事を知る者と優秀な彼が海ではなく陸へと渡った事による逆恨みめいた疎外感を含む視線が多々であり、彼が歓迎されているとは一概には言えなかった。時折急な軌道を持ってぶつかってやろうとする輩が居たが、透き通る蒼い瞳と瞬間目が合ってしまいふと足が止まり、その横を通られると言う肩透かしめいたあしらいを受けていた。

 

(……何がしたいんだか。喧嘩を売るならもっと度胸を付けなよ見っとも無い)

 

 そんな事を思いながらシロノは目当ての場所である無限書庫へと辿り着く。管理局のデータの全てが置いてあると言って過言ではない情報量を誇るこの場所ならば有意義な情報を得れるだろう、そう考えシロノは電子許可証を見せる事で硬く閉じられた扉を通過した。古臭い埃めいた蔵書の香りに鼻腔をアッパーされたシロノは、初めて来た無限書庫の実態を見て唖然とした。数万だなんて数ではない膨大な資料があちらこちらに仕舞われていて尚溢れる程に詰め込まれている杜撰な状態にシロノは新入りの司書ではないが眩暈を覚える。

 

(この中から数匹の魔法生物の情報を探せだって? いったい何時になるやら……)

 

 途方も無い作業になる事を覚悟したシロノは一応検索魔法を行使するが膨大な量のヒットに呻きを上げ、手身近にあった本から自動翻訳魔法と速読処理魔法を同時行使して片っ端から読み進める作業へと没頭した。無限書庫と言う極力保存状態を良くするために無重力状態にされている状況下での発掘作業は骨が折れるもので、一部重力を戻した休憩スペースで自室にある珈琲メイカーよりも上品な機材で黒珈琲を入れたシロノは同じくこの場に入ってきた淡い栗色の髪をした特徴的な民族衣装を纏った少年が視界に入った。それは相手も同じだったようで、どちらも喉に小骨が刺さったかのような既視感を覚えて、見詰め合ってしまった。そして、先に思い出したのはシロノの方だった。思い出すのは遺跡見学ツアー。母の趣味で家族で行った覚えがあった。

 

「君は……。もしや、スクライア一族の子かな? 会った覚えがあるならば遺跡見学ツアーだろうね」

「ああ! そうだ! 確かにツアーで会ってたね。まぁ、どちらも子供だったからあんまり接点は無かったし、そこまで会話してなかったよ」

 

 お互いに出会いの場を思い出したようで、知り合い一歩手前の状態だった事から名を交換し合う。少年の名はユーノ・スクライア。遺跡発掘の一族として名高い研究一族の一人であり、優れた嗅覚感と数多くの文献に触れる仕事柄知能が高いとされるスクライアの出であるからか、そこらの子供よりもよっぽど大人びている印象がある。尤も、彼は短慮な行動から一人の魔法少女を生み出し、戦いの因果へと誘ってしまうキーマンであったりするが、シロノにとっては関係の無い内容である。親友のクロノがそれに対し頭を抱えていた事を知っているぐらいだろう。

 

「君も此処で資料を?」

「いや、前に此処で資料を閲覧した時に見つけた文献の続きが気になってね。恥ずかしいながら朝からずっと読んでて、今さっき終わった所なんだ」

「へぇ、どんなタイトルかな?」

 

 ユーノは手に持っていた文献の表表紙をシロノに向けて「聖王物語さ」とタイトルを告げた。聖王物語はこの世界がまだベルカとミッドとで戦いを繰り広げていた頃のベルカ王朝の話を纏めた歴史文献である。これを簡易翻訳した物が聖王教会から出版された聖王の導きと言う一種のバイブルである。第九十七管理外世界で言う聖書のようなものであった。年下の少年であろうユーノがそんな難しい内容の文献を読んでいたと言うのはシロノにとって驚きを齎すものだった。

 

「将来考古学者になれそうだね」

「うん、ぼくの夢だから。スクライア一族としての誇りもあるけど、古き時代のモノに触れるのが好きだからいつかは、って思うよ。シロノも何か夢はある?」

「そう、だね……」

 

 夢、そう尋ねられてシロノは即答する事が出来なかった。今の自分が出来る事は一刻も早く立派な執務官になる事だけだと考えていたからだ。では、逆にこの事を紐解けばその原動力たる切望、即ち夢を特定できるのではないか。そう思考に没したシロノはパズルのピースが嵌るように納得した理由を口にした。

 

「父が管理局の執務官だった」

 

 だった、という過去形の言葉を用いた事で聡いユーノは察してしまう。彼の父が既に亡くなっており、それを憧れにしているのだ、と。続く言葉を聞く前に悟るユーノは表情に出ていてまだまだ未熟であるらしい。自分よりよっぽど子供らしい、と思いながらシロノは続けた。

 

「だから、と言うのは投槍過ぎているかもしれないが、父が語る世界はとても魅力的だったんだ。どう言う場所で、どんな経緯から悪事に手を染めた奴と出会って、どうやってそれを解決したのか。そんな武勇伝染みた事を聞き続けたからかな、ふと自分もやってみたいと思ったんだ。言うなれば憧れ、かな。こうして執務官服を着ていると父の背中を時折見るんだ。どうした、もっと気張れよ、さぁ次だ、ってね。察しているかも知れないが父は後遺症で四年前に亡くなってね。だからかな、まだ父の背中を探し続けてるのかもしれない」

「えっと……」

「いいよ。夢ってのは前を向くためにある導だから。君がどんな事を思ってくれたのかは君自身が知ってくれていれば良い。だから、口に出さなくても構わないよ」

「その、カッコいいです! 夢、きっと叶いますよ!!」

「へ?」

 

 誰かが死んだと言う経験を他人に分かって貰おうとは思わない。だから、そんな経験が無いだろうと感じたユーノが言葉に詰まった事からシロノは宥める言葉を選んだ。しかし、ユーノから返って来た言葉に逆にシロノは詰まってしまった。ユーノも目の前の少年の大人びた考え方や接し方から年上であると察し、言葉を少し改めていた。そんな新鮮な会話をしたシロノはふと思った。そう言えば、クロノたち以外の同じ年頃の子と話したのってこれが初めてかも知れない、と。いつも語り合うのは防衛隊の面々で大人ばかりであったので、子供らしい発想の辿り着きに次の言葉が詰まってしまって困惑してしまった。シロノは自分もまた未だ子供の域から出れていない事を悟って、軽く羞恥心を覚えながらも肯定してくれたユーノの真っ直ぐな瞳に苦笑を漏らすしか出来なかった。

 

「そう言えばシロノ、さんは何しに此処へ?」

「くくっ、呼び捨てで構わないよ。タメで話して貰って構わないさ。とある任務で魔法生物についての資料が欲しくてね。此処に来たんだがてんてこ舞いってところさ」

「魔法生物の本……、そしたらBの十三番とAJの八番、それとZRの四番に詳しい資料があるよ」

 

 そう言うと早速ユーノは検索魔法をピンポイントで行使し、引っ掛かった図鑑をまるで釣りのように引っ張り上げて回収した。はい、と手渡されたそれを閲覧してみると確かに自分が欲しかった情報の乗る説明などが掲載されていた魔法生物図鑑であった。その情報収集力の高さに幾人の司書の目が光ったが、これはまた別のお話。兎も角、求めていた資料があっさりと見つかった事の徒労感に溜息を吐いてしまったシロノはユーノに感謝の意を発するのと同時に、これから調べ物をする際は彼に頼もう、と親友と同じ発想に行き当たるのであった。

 

「すまないな。大分助かった。任務の内容は詳しく言えないが此れがあるだけで進展を見せてくれるだろう」

「あはは、それなら良かったよ」

 

 お互いに端末のアドレスを交換し合った所で丁度良い切れ目となり、二人は別れる事となった。端末のアドレス整理をしているのだろうユーノが一言漏らし、「大変だ!」と慌て始めた事で去り際のシロノはつい尋ねてしまった。友人が襲撃を受けているらしい、そんな通信を受け取ったユーノは慌てた様子で無限書庫から出て行く準備を始めた。場所を尋ねれば第九十七管理外世界だと告げられたシロノは歯噛みした。せざるを得なかった。

 

「……すまないが、管理外世界への渡航は許可が必要なんだ。今それを僕は持っていない。事の報告を後で送ってくれれば力に成れるかもしれない」

 

 ユーノは一度シロノに視線を向けたが尤もな理由と共に首を振られてしまったために、少し残念そうな表情で一礼してから出て行った。まだ、管理世界の範疇であったならシロノも掛け付ける事が出来ただろう。陸の執務官である事が裏目に出てしまった此度の件にシロノもまた苦々しく冷えた珈琲を口にした。


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