リリカルハートR~群青色の紫苑~   作:不落閣下

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13 私の大切な親友

 それは清々しい朝の始まりを告げる幸せの福音であった。外から聞こえてくるは小鳥たちの軽やかな囀り声は、朝の彼らの楽しげな談笑に感じる。メイドが主人の眠りを心地良く目覚めさせるために開かれたワインレッド色のカーテンから、徐々に暗がりから顔を出した陽の光が爽やかな朝を祝福し始める。掛布団の中での確かな温もりは自身の発した熱と然程変わりは無いものの、其処に何かがある、と感じさせるには十分な熱量を持っていた。ふわりと意識が持ち上がり、濃密な色を感じさせる紫の艶やかな髪をさらりと揺らした少女の双眸が開かれる。蒼い瞳は爽快な空を彷彿させる透き通った色であり、それは彼がにこやかに褒めてくれる素晴らしい色だ。

 

「んっ……、あ、そっか、わたし……」

 

 少女は自身がどのような姿で寝ていたのかを思い出して恥じらいで頬を赤らめ、彼に強く愛された箇所である下腹部に細身の指でそっと撫でて微笑んだ。其処にはきっと昨夜の逢瀬の証拠が残っているだろう。本来であるならば掻き出しておくべきものであるが、彼の言ってくれた言葉を思い出した少女はふっと慈愛の笑みを浮かべてからサイドテーブルに乱雑に置かれた自身のショーツを手に取った。最低限の衣服、触り心地の良い下着を身に着けた少女は視界に入っていた彼に視線を落とす。少女の髪よりも少し硬い質であると知っている群青の髪を持つ青年は、安心できる場所で寝ている時と変わらぬ寝息を口元から溢していた。それは青年にとって少女の横が安心できる居場所である事を感じさせる。少女はそんな愛おしい青年の髪にさらりと指を通し、するりと優しい面持ちで撫でた。そんな仲睦まじい者たちが行なう行為を幾度か続けていると、眠りが浅瀬へと進んだのか青年は丁度耳元に来ていた少女の手を取って頬へ持って行く。少女は起きたのか、と驚いたが摺り寄せるようにしてまるで愛用するタオルケットのように頬と手に挟んだ事から未だに夢の世界のようだった。

 少年のような可愛らしい寝ぼけをした青年を見た少女は思わずくすくすと笑みが零れた。やがて、そんな和やかな空気が流れた後の事だ。薄っすらと青年の青い瞳が開かれ、ぼんやりとした後に何かを探すように視線を移した後に自身が握っていた愛しい少女の掌に気付いて苦笑した。

 

「おはよう――すずか」

「はい、おはようございます――シロノさん」

「……ええと、その、……大丈夫かい?」

「は、はい……。少し恥ずかしいですけど、その、気持ち、良かったですから……」

「……そっか」

 

 そんな初々しい会話を紡いだ二人はくすりと笑みを浮かべて視線を交えた。握っている手を引っ張り込んだ青年に少女は絡め取られ、ベッドに再び戻った。突然の事に、もう、といじらしく口を尖らせた少女に微笑み、そっと青年はその唇を己の唇で黙らせた。慣れないキスの息苦しさでくぐもった声が漏れたが、とろんと蕩けさせた少女の瞳を見るに愛しさで堪らないと言った具合で苦しさは感じなかった。むしろ青年と言う甘美な毒に侵されて行く様な感覚を覚える程に、少女は青年に対し愛に溺れているようだった。彼らにとっては長く、実際には数秒の逢瀬の後、青年はそっと悪戯をするように少女の顔を自身の肩身へと招くように抱き締めてから耳元に呟いた。

 

「もう一度、君に溺れたい気分なんだ」

 

 はい、と少女が返事をする隙すらも見せずに青年の回した手は少女の育ち盛りの胸を支える胸部下着の繋ぎ目に触れて――。

 

「はぅぅ……」

 

 と、そんな大人な官能小説の様な妄想をしていたすずかがはっと正気に戻る。あまりにも暇過ぎてぼんやりとしてしまった塾の中間テストの最中であった事を思い出したために、悩ましげな吐息が漏れてしまったようだった。その何処か色っぽさを感じる声に近くに座っていた数人の男子生徒が前屈み気味になったのは言うまでも無いだろう。そんな一コマがあったものの、塾の冬季テスト期間最後の科目が終わりのチャイムを告げられた事で終了した。すずかの居た教室は他の三人とは違う教室だったために、塾のエントランス近くにある談話スペースでアリサたちと合流する手筈になっていた。すずかの居た教室が一番早く解放されたらしく、一番乗りで談話スペースの椅子の一つに座り込んだ。ふと頭に浮かぶのはテストの内容ではなく、先程まで悩ましい程に浮かべていた妄想の事だった。

 それは、あるかもしれない未来の話。結ばれたシロノとの初めての日、と言うものだった。何故そんな場面を思い浮かべたのだろうか、そうすずかが思い出すのは最後の科目である国語の例文の一つにそんな情景を思い浮かべるに十分な羅列が並んでいたからだろう。その艶かしい場面を彷彿させる文を見直しの時点で軽い気持ちで読み込んだために起きた出来事だった。そして、自分の初夜の場面の妄想を思い出してしまったすずかは、テーブルに置いた可愛らしい鞄に顔を押し付けるようにして赤面した。何処か悶絶とした声を小さく漏らしながらすずかはぐるぐると目を回すような気分で恥ずかしさを自覚していた。何で、選りによって、こんな、あぅぅ、と言った様に声に成らない声で恥ずかしさに対して対抗しようとしていたが、幾度も妄想した艶かしい場面が思い浮かんでしまって轟沈する、そんな繰り返しをしていた。

 尤も、そんな事をしている親友を見つけて声を掛けようとしたアリサたちの心境は何処か困惑めいていたが。

 最近になってすずかの新たな一面が解放されたのは成長と呼ぶべきか困る所であるが、何処か楽しそうなので「本人が良いなら、まぁいいか」と言う落とし所になったが、こうして負の面である奇行の一面を見るには忍びなかったのは正直な話である。アリサは顔に掌を当てて溜息を吐いているし、フェイトとなのはは苦笑いせざるを得なかった。優しさが痛い、そんな光景である。

 

「すずか、あんたいつまでそうしてるつもりよ? テストが終わったし、一緒に帰ろうって言ってたじゃないの」

「うん、待たせてごめんねすずか」

「待たせちゃってごめんね。ほら、ここじゃゆっくりできないし、行こうよすずかちゃん」

「……はぅぅ、そ、そうだね。それじゃ、行こっか」

 

 三人の言葉に冷静を取り戻せたのかすずかは可憐な笑顔を持って、先程の緩みっ放しだった表情を何とか固めてなのはたちに引っ張られて行った。何処か手馴れている三人の行動に近くに居た塾生たちは「微笑ましいなぁ」「姦しい……」「ビューティフォー」などと思い思いの言葉を発しながら彼女たち四人の背を見送った。外へ出ると暖房の効いていた室内と真逆な冷たい風が、四人の頬やお洒落のために露出した肌を撫でてぶるりと身を震わせていた。冬の真骨頂を味うが良いと言わんばかりの冬将軍の高笑いが聞こえてくるような寒空であり、夕方頃であっても何処か夜空めいた肌寒さを感じていた。アリサとすずかが前に、なのはとフェイトが後ろに、と言う二列になって談笑しながら歩く姿は手馴れたものだった。其れほどまでにフェイトは三人と馴染み、時には恐ろしく天然めいた発言と取れる冗談を言えるようになっていた程に彼女らの親交は深まっていたのである。フェイトと言う新たな友人の立ち位置が出来た事で、アリサとすずかは自身の立ち居地を再認識し、なのははなのはでフェイトを二人と繋げるために画策したりと成長の一途を見せていた。

 なのはが時折新製品を売り出す売り場に行きたくなる電気屋のショーケースのテレビからは、クリスマスムードへと移行する都心の様子を映し出すクリスマス特集が流れていた。それをちら見した四人はそろそろクリスマスなんだなと思いを馳せる。アリサはその日は午前には彼女たちと遊び、夜には両親とクリスマスディナーへ足を運ぶ事を。なのはとフェイトは翠屋で四人で小さなパーティをする事を。そして、すずかは緩んだ表情でシロノを誘ってクリスマスを過ごすと言う計画の事を。各々の表情からクリスマスと言う年間行事に楽しみを感じているのが見て取れた。

 翠屋近くのいつもの別れ場所に近付くも彼女たちの談笑は止まらない。クリスマスと言う楽しい話題を見つけたのが拍車を掛けたのだろう。午前中は皆でクリスマスパーティを開いて、夕方からは個々の時間、そういう段取りを組んだ頃には既に別れ場所を通り過ぎてしまい、翠屋の近くまで来てしまっていた。

 

「あ、行き過ぎちゃった」

「へ? あら、本当ね。ちょっと夢中に成り過ぎちゃったわ」

「あはは、そうみたいだね」

「楽しかったからね、仕方が無いよ」

「それもそうね、仕方が無いわね!」

 

 笑顔の花を開かせる彼女たちに気が付いたのは何も翠屋の常連たちだけではない。気配で誰よりも早く感じ取っていた恭也は肩を竦めて苦笑気味、忍は微笑ましいと言った様子でくすくす笑っていた。キッチンの奥で「何かあったのかなー?」と首を傾げる美由希の姿もあったが、直ぐに隣で教鞭を振るう母にして師匠である桃子の指導によって強制的に生クリームの造り方を学ぶ事へ意識を戻した。目を離すと何時の間にか御神の剣士すらも昏倒させる甘味型暗黒物質(ダークマター)をクッキングする愛娘に対し、日頃頭を悩ませた桃子は徹底的に基礎から学ばせる道を選んだらしく、有名ホテルでパテシィエをしていた頃の研鑽の日々を思い出して教育をしていたのである。その根本が「この娘をお嫁に行かせたら相手が死にかねない」と言う強迫観念的なものであり、飯が不味いレベルではない美由希を何とかして正常に戻そうと頑張っているのだ。最近は漸くゆで卵を作れるようになった事でほろりと涙を溢していたのをなのはは知っていた。

 水と火と生卵だけでできる筈なのに目を離すと何故かやばいナニカになっていた姉を見て、自分は料理を確り出来る様にしておこうと考える程に反面教師めいた効果を発揮させていた。今では忍に連れられて桃子に料理を教わっているすずかと一緒に休日の翠屋のキッチンに立つようになり、日常的に何処か溝を感じていた家族の繋がりは強まっているように感じる。魔法には自身の思いを全面的に出す必要さがある故に、なのはも自身の思いを相手へ訴えかける事の大切さに気付いたようで、フェイトの一件からそれは顕著なものとなっていた。前までは会話を邪魔してはならないと感じていた場面であっても、お醤油を取って、と横から口に出せる程に強かな一面を見せるようになっている。

 更に、シロノと言う魔法に関する先輩からは意識して思考をすると言う事を学んでおり、今までは感覚的に操っていたそれらを理路めいた感性で持ってして操り、その無駄な部分を端折る事により質の向上も目に見える形として成長の一途を見せていた。その顕著な例はアクセルシューターだろう。思考誘導型と言う分類から複雑な動きをさせる際は足を止めるか直線気味な飛行の状態でしか動かせなかったそれが、得意である機械分野のプログラムのように点と点を繋ぐような思考操作に変えた事で、近接戦闘を回避しながらでも動かせるようになった。それをモロに食らったフェイト曰く「なのはが杖で受けたり避けたりしてて接近戦に追い詰めたと思ったら、突然シューターが脇腹へ抉る様に背後から飛んで来て、そのまま一発KOされた時は数日間何故か背後が気になってしまう程に怖かった」との事である。曲線を描くように緩やかな変化だったそれが突然直角に曲がって最短距離で背後に回ったり、目の前に張った障壁に沿う様にしてすれすれで避けて回りこんで来たり、ディバインバスターを放っている最中だと言うのにシューターによって逃げ場を塞がれたり、と多数の魔導師にトラウマめいたナニカを植えつける程の戦果を齎す程に成長していた。何せ、素早い取捨選択によって利の場を構築するクロノでさえ、えげつないと称するシロノに教わっているのだ。厄介だから絶対に敵に回したくないと模擬戦を行なった相手に言われた事のあるシロノの教育は、なのはとフェイトをより魔導師らしい思考へ導くには十分なものだったのだろう。

 尤も、負傷する前の頃にではあるが、そんな発展途上の二人の攻撃を難無く打ち破り、時に作戦を逆手に取って絶望に叩きのめすシロノの姿があったりするため、まだまだ成長の余地があると頑張る精神の二人は燃えていたりもする。なのはにとって、魔法の教師とはユーノであり、打ち砕く壁こそがシロノである。フェイトにとって、魔法の教師とはリニスであり、乗り越える壁こそシロノである。そろそろランクSに届くんじゃなかろうかとクロノたちに思わせる程の熱意が其処にあった。後にそれは高町式不屈論と呼ばれる教導論の一つとなるのだが、今は割愛しておくとする。

 

「じゃ、また明日ね。時間守りなさいよ?」

「そうだね。それじゃ、わたしたちはこっちだから」

「うん、またねアリサちゃん、すずかちゃん!」

「またね、アリサ、すずか」

「ばいばい、なのはちゃん、フェイトちゃん」

「気をつけるのよ? じゃあね、なのは、フェイト」

 

 そう手を振って二手に分かれた仲良し四人組は各々の帰路へ足を向かわせた。なのはは翠屋へ一度立ち寄り、フェイトは少し戻って分かれ場所である道を曲がる。そんな二人を見送ったすずかとアリサは会話を弾ませながら大通りを面した帰り道を歩いて行く。やがて、すずかとアリサは高級街と言う呼び名のある有権者が集まる立地の方へ近付いた所でとある人物の姿を見た。手元に野菜が数個入ったレジ袋を持って信号待ちをする群青色の髪の少年、すずかの想い人であるシロノであった。彼はリンディから足りなかった具材を買うために近場のスーパーへと赴き、目当ての玉葱とじゃがいもを買い終えた帰路であったようだった。喜色の表情に染まったすずかの様子にやれやれと言わんばかりの肩竦めをしたアリサは、これから親友は彼に会いに行くのだろうと当たりを付けて自身の行動を考えた。二人きりにするのは当然な事ではあるが、それだと彼にすずかを取られた様な気分になり何処か癪だった。すずかの手をきゅっと握り締め、目を点にして驚いたのをしてやったりと言った様子で笑う。けれど、少し大人に近付いているすずかにはそれが寂しそうにしているようにしか見えず、逆に笑ってしまった。

 

「うふふ、アリサちゃんは甘えんぼさんだねぇ?」

「なっ!? そ、そんな訳じゃ……」

「ない、って?」

「うっ……、そうよ、寂しかったのよ、悪かったわねぇ!」

「あはは! 大丈夫だよアリサちゃん。例えアリサちゃんが高嶺の花過ぎて貰い損なってもわたしは一生の友人であり続けるから、ね?」

「一言余計なお世話よ!? ……あ、別にすずかと友達じゃないって意味じゃ無いからね」

「……アリサちゃんって気を抜く時と慌てた時に限って素直になって可愛くなるよねぇ」

「へ?」

「ううん、何でも無いよ。シロノさんにもアリサちゃんの可愛い所見せなきゃね」

「え? ちょ、ちょっとすずか? 私は別にシロノさんには何とも思ってないわよ?」

「うん、分かってるよ」

「あ、うん……」

 

 即答で返されたすずかの瞳には何処か光を失っているように見え、深淵を覗いてしまったかのような錯覚を得てしまったアリサは何故かダイスを振りたくなったがどうにかして冷静を保つ。シロノ関係の事はすずかにとって逆鱗にも成り得る事を、本能めいた実感で持ってして知ってしまったアリサは今後話しの振り方に気を付けようと頬を引き攣らせた。

 

「シロノさーん!」

 

 空いていた左手を振りながら元気な声を張り上げたすずかに気が付いたのか、交差点の反対側に居たシロノは微笑みを交えて手を振り返した。その爽やかな返しにアイドルに出会ったかのような喜びようですずかは満面の笑みを浮かべて強く手を振る。その様子を間近で見てしまったアリサはその惚れ具合の深さに少々呆れを表情に漏らしながらもそれに続く。薄い青色のパーカーにジーパンとランニングシューズと言う出で立ちで二人と出会ったシロノは微笑を浮かべて声を掛けた。

 

「やぁ、こんにちは、いや、こんばんは、かな?」

「夕暮れ近いですし、こんばんは、ですね。こんばんはシロノさん、お買い物ですか?」

「ああ、食材が足りなかったみたいでね。少し暇を持て余していた僕が放り出されたって訳さ。二人は……、ああ、塾の帰りかな? お疲れ様」

「あはは……、ありがとうございます。今さっき塾の冬季テストが終わったんですよ」

「ふむ……、それでも君たちなら簡単なものだったんじゃないかい?」

「はい! 今回は頑張ったので出来は良いと思います」

「それもそうよね、何せ余った時間で誰かさんを思いながらトリップしちゃう程だったみたいだしねぇ」

「なっ、なんでアリサちゃんが知ってるの!?」

「……ふっ、今よ(・・)

 

 鎌を掛けたわ、としてやったり顔で笑みを向けたアリサの表情は活き活きとしていた。どうやらすずかがシロノへ向けるラブラブ熱線の余波で若干ストレスが溜まっていたようで、シロノの前で少し恥を搔かせてあげるかと画策していたようだった。まんまとアリサの策に嵌ったすずかはきょとんと言葉が聞こえなかったかのような静寂を見せてから頬を赤らめて詰め寄った。わーきゃーと姦しくも楽しげに言い争う二人の様子にシロノは微笑む。右わき腹を怪我しているためヴォルケンリッターへの牽制に出撃ができないためか、はたまた家でハラオウン家総出で仕事を禁止されているからか、最近専ら外へ出るようになったシロノは翠屋で過ごしたり、公園で昼寝していたり、こうしてすずかと話をする事でストレスを発散していた。偶になのはとフェイトに教導を強請られて考察を述べたり助言する程度であり、家以外であれば直ぐに会える位置にある筈の二人よりもすずかとのエンカウント数の方が上回っている具合であった。だからだろうか、最初の時と比べてすずかは素を見せるようになり、シロノもまた気兼ねなく話せるような柔らかさになっているのは。それは時折言葉を横入れるアリサであっても分かってしまう。二人の間に自分たちとは違う線引きをして触れ合っている、そう感じてしまうのだ。

 アリサとすずかの出会いは数年前、だが、数年と言う月日は友情を深めるには十分な時間だろう。今思えば何でしたんだろうと思える黒歴史と化している一件で知り合ってから、薄っすらとアリサは感じていた。すずかは線引きをしている、と。自分に、なのはにすら話せないナニカを抱えているように感じた。けれど、目の前の男はどうだろうか。何故かすずかはその線引きを何度も引き直してでも近付こうとしているような節を感じる。と、言うよりもその秘密すらもシロノを絡め取るための策に用いそうな勢いでラブアタックしている程に感じる。

 どうして自分には言ってくれないの、と言いたくなるのを自制できるアリサは賢いのだろう。常識が、これまでの関係が、これからの関係が、雁字搦めにアリサの口を閉じていると言って過言では無かった。今の関係を壊す、それはアリサにとって忌避したいものである。何せ、すずかとなのはも一人ぼっちだったからこそ今の仲良し三人組が構成できているのだ。すずかへの踏み込んだ質問によってその輪が壊れたならば、また再び一人ぼっちになってしまう。いや、もしかしたらなのはがすずかに付いて自分だけが孤独になってしまうんじゃないか。そんな考えもしたくない事がぐるぐると回ってしまって勝手にグロッキーになる程にアリサの心は繊細なのだ。

 

「仲が良いんだね、二人は」

「「勿論! 親友ですから!」」

 

 そう、こうして胸を張って言えるだけで良い、と妥協してしまうのも無理は無いのだ。アリサとてまだ九歳の女の子、他人の心に機敏に取り扱っている事事態がそもそも歳相応のそれではない。だからこそ、思うのだ。どうかこの娘(ともだち)の憂いを払ってあげて欲しい、と。

 

(私には多分、まだ、無理だと思う。すずかならきっと、いつかは話してくれるとは思う。けど、それは今じゃない。だから。そう、だから……、とっても癪で凄く遺憾ながらもだけどアンタに任せるわ、私の素敵で最高の親友を、ね)

 

 そう年上の想い人に無垢な笑顔を向ける親友の嬉しそうな横顔を見ながら、アリサは独り言ちるのであった。


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