リリカルハートR~群青色の紫苑~   作:不落閣下

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12 もしかしたら、の可能性

 右脇腹を抉るようにして貫いた殺傷設定の魔法弾を受けたシロノはアースラの医療室に搬送されていた。取り乱したフェイトによって急遽治癒魔法にも長けるユーノが呼び出された事で医療スタッフの質が上がり、数ヶ月レベルの症状が数週間程で完治と言う具合まで回復していた。大事を取ってアースラ医療室に居るべきではあるが、近くに仕事をする場があると言う事でハラオウン家地球別荘、居候先のマンションの一室へと移される事となった。その経緯は一同賛同の形でシロノへの嫌な信用があったが故の事であるのは言うまでも無かった。

 ハラオウン家で若干項垂れるようにしてソファでぐったりしているシロノは、仕事があるのに仕事をさせてくれないと言う環境でストレスが溜まっている様だった。致命傷から外れている事から、時折走る痛みによって普段の生活が不便である程度の支障が出る程度だった。だが、シロノからすれば其方は如何だって良い。問題は今後のヴォルケンリッターとの戦闘に参加できないと言う点であった。闇の書を護る守護騎士が両親の仇と言って良いシロノの内心を考えると、一部の人間の胃に間接的なダメージを与えているが、その中でも一番心配をしているのはフェイトだった。シグナムとの戦闘の際にシロノの激情の吐露を聞いているが故に尚更に心配をしていた。元々性格が優しいのもあって甲斐甲斐しく動いていたフェイトであるが、現在のストレスの原因が仇討ちに向かえない事ではなく、仕事ができない事に対する事だったために若干苦笑気味であった。少々ながらもその気持ちが分かるクロノはそっと珈琲を入れてやる事ぐらいしかできず、エイミィはシロノらしいと爆笑していた。

 

「だ、大丈夫ですかシロノさん……?」

「あー……、うん、だいじょうぶだよー……」

「いや、そんな魂が抜けたような様子で言われても……」

「仕事が……欲しい……な、って……」

「あ、それは駄目です」

「だよねー……」

 

 良い笑顔で断られたシロノは起き上がろうとしていた上半身から力が抜けてソファへと舞い戻る。そんな何処か平和な雰囲気なシロノに対しフェイトはくすくすと笑う。何処か和やかな雰囲気にリビングの雰囲気が明るくなる。フェイトはふと携帯が震えたのを感じて一言断ってから内容を見やれば、何処かにっこりとした表情でメールを打ち返した。その相手は勿論、すずかであった。数日前であるが慌てていたフェイトはシロノの怪我が峠を越したと言う内容をなのはに送る筈が手元を狂わせてすずかに送ってしまっていた。それにより、疾風怒濤と言った具合に質問攻めに合い、あぅあぅとフェイトは魔法関係の証言はせずとも「シロノが大怪我を負った」「数週間程度療養せねばならない」「彼は笑顔で居ます、元気です」と言う内容を暴露してしまった。眼を猫のようにして「へぇ?」と表情を変えた際、フェイトは「あ、これ駄目だ」と心が折れた音がしたと言う。その結果、シロノを前回と同様に外へ追い出しに掛かる羽目になったのである。恋する乙女は純粋無垢な親友の一人であっても妥協はしない、そう理解するには十分な出来事であった。

 

「……でも、シロノさんが禁じられてるのはお仕事と無茶だけですから、また以前のようにお散歩してみたらどうですか?」

 

 それは何処か露骨な意思を孕んでいるように思える口調であったが、ぐったりとソファの染みと化しているシロノは気付く事は無かった。むしろ、散歩と言う単語を耳にした事でそう言うのも有りだなぁと思考が誘導されていた。普通の人間ならば仕事から遠ざかりたいであろう心理とは相対して、仕事を渇望していたシロノだからこその結果だろう。因みにクロノもまた似たような事を考えていそうではあるが、その深度はシロノの方が深かったのは言うまでも無いだろう。

 顔を手で覆ったシロノはぐったりとした様子を見せ掛け(・・・・)ながらも思考に没していた。それは先日で遭遇したヴォルケンリッターが将、烈火の将たるシグナムの言動に違和感を感じていたのである。

 

(……十一年前と言うワードに対しあいつは初耳(・・)の様に動揺していた。それも、悪人の様に嘲笑うのではなく、常人めいた確かな困惑があった。守護騎士はプログラムであるが故に感情や自由意志は無い、と父さんの調べていた資料には載っていた。けれど、アレは、あの姿は……無機質(そんなふう)には見えなかった。父さんは最期の時、あの娘を恨んでやらないでくれ、と言っていた。……実際父さんは優しい人だった。だから、と言う線もあるけども……)

 

 資料に対する不信感、それがシロノがフェイトに隠した眉間に寄った皺の理由だった。シロノの父ドパルはその資料を無限図書や先輩たちから集め上げた事を記載していたし口にもしていた。が、故にその資料と食い違う現実(むじゅん)はシロノを混乱に陥れるには十分過ぎていた。多少なりとも美化している彼の思い出には父への深い信用があった。そして、ドパルはシロノに対しその資料を手渡していなかった、と言う点が一番の論点となるだろう。

 

(父さんはあの娘(シグナム)を恨むな、と言っていた。そして、父さんが持っていた資料は父さんの部屋に仕舞われていた物だった。……つまり、父さんはこの資料が無駄なものであると、息子である僕に託すべきものではないと考えていた可能性がある。と、なると……)

 

 端末にデータ化された父の資料をシロノは完璧に頭に入れていた。父が調べた資料、と言うだけで安易に信用してしまっていた自分の迂闊さをシロノは自嘲するように詰る。執務官として、それもその上位に立つ特務執務官を志しているシロノにとっては誤算の一言に尽きた。何せ、立っていたと思っている地面がハリボテであったかのようなグラつきを感じているのだ、目の前の現実は裏切らないと分かっているが故に苦悩が生じていた。

 

(この資料、偽装(・・)虚偽(・・)誇張(・・)か、要らない情報が潜んでいるみたいだ。どちらにせよ、役に立たないものを抱えているだけ無駄だ。取捨選択をしないと。目の前の現実は裏切らない……ッ。守護騎士には感情も自由意志もあった、と言う事を認めなくちゃならない。そうなるとこの資料も何処までが信用して良いかが分からなくなってきたな……)

 

 そんな思考に没したシロノは抜け出せない迷路に片足を嵌ったかのような気分になり、大きな溜息を吐いて珈琲に口を付けた。少々時間が経っていたがインスタントコーヒーの味であるが故に特に気にする事もなくシロノの思考を加速させる。思考と言う足踏みを止め、冷静に一度なった事でふと考えが思いつく。

 前例(・・)が無ければどうなる、と。

 資料を集めたのはドパルであって、今のシロノではない。更に、資料と言う事は前例、つまりは前の闇の書の事件を元にして組み立てられたものである事は間違いが無い。だからこそ、その資料(ぜんれい)と食い違った事が起これば不具合を出すのは当然の事だ。ならば、十一年前(ぜんかい)それより前(ぜんれい)の事件が食い違っていたからこそ、父ドパルはシロノに資料を託さなかったのではないか、と言う憶測を思いつく。

 突然瞑目していた瞳を開き、まっしぐらと言わんばかりに端末を操作し始めたシロノの奇行に対し、「前みたいに出かけないのかな」とじっと見ていたフェイトは少々ながら驚きの視線を向ける。そんな視線を向けられながらも資料へと目を通すシロノは矢張り、と何かを掴んだ感触を得た。

 

(……そうか、前例が無い、と言う線は当たりに近いグレー。僕が考えるべきは闇の書に対する考察ではなく――、闇の書の主の方だったんだ! 資料には以前の闇の書の主の情報も記載されていた。そして、その経過、闇の書に至る前の情報も、だ。以前の、十一年前の主はテロリスト……、それよりも前の主たちもまた何かしらの犯罪に手を染めている者ばかり……。そして、守護騎士たちの行動は人に対し好戦的な動きばかりしているが、今回の主はそれ(・・)が無い……っ!)

 

 それは痛みによって口に咥えていた物を離してしまったような感覚であった。シロノの奇行に驚いていたのは何もフェイトだけではない、その場に居たクロノとエイミィもまた一緒であった。そんな面々に見られながらもシロノはそれを口にした。

 

「……まさか、此度の主は好戦的な思考の持ち主じゃない、のか?」

「――は?」

「いや、その……。前回の戦いで思う事があってね。此度の主が好戦的な思考を持たない持ち主、つまり……人に危害を与える事を良しとしない主だったなら、無機質的な存在であると明記されていた守護騎士はどう映るか……。きっと、同情するんじゃないかな、ってさ。そしたら、今回のシグナム……、ああ、烈火の将が感情的に見えたのはもしかして、此度の主はテロリストや犯罪者と言った存在とは違う、いや、正反対の人物だったなら……。無機質な彼らを感情的な存在とするのは必然だったんじゃないかな。魔力の量も質も高い魔導師からではなく、魔法生物を襲わせるのは当然の事だったのか……?」

「……あっ。そう言えばシグナムは、清き心に傷を負わせてしまうとも言えども尊き命には代えられない、そう言ってました……ッ!」

「まさか、本当に……?」

「俄かに信じられないが……」

 

 シロノの憶測は的を得ているものと判断するには筋が通ったものだった。けれど、あくまで憶測であって正解であると確信できるものではない。善良な者であったとしても魔法生物だからと言って蒐集行為をして良い存在である筈も無い。更に今回の件は確実に魔道師であるリンディを狙った犯行であり、それ以前にはなのはとフェイトにも手を出している。あくまでリンカーコアの負傷程度に収まっているが、もしかしたら管理局員の介入によって追撃に移れなかった、そういう可能性も存在している。故に、仮説は仮説であり、真実であるとはこの場の誰も分かりやしない。けれど、こうした仮説は新たな展開を産み出す事ができる。此れまで行き詰っていたような感覚を覚えていた面々に対し、もしかしたら、と言う逃げ道は塞き止めていた思考のダムを崩壊するには十分なものだった。

 幾度もヴォルケンリッターに逃げられている事で知らず内に溜まっていた鬱憤が彼らの思考を塞き止めてしまっていたのだろう。新たな道が開かれたからかクロノたちの凝り固まった考えが崩れ、表情が少し明るくなるがシロノとクロノは指し示したように顔色を変えた。そう、一番最悪な展開を思い浮かべてしまったからだ。

 

「「……まさか、一般人が闇の書を得た、のか?」」

 

 そう、明らかに此度の闇の書の動きは緩やかなものだった。以前の闇の書事件の内容は主が好戦的且つ邪な思考をしていたからか管理局員は愚か一般人にまで被害が齎される邪悪の所業であった。が、此度はどうだろう。会話できる知能は持たない原生の魔法生物にのみターゲットを絞り、何処か焦りを見せる守護騎士たちは渋々と言った様子でフェイトたちに手を出した。それは襲われた本人たちがよく知っている。そこから結びついた答えは、一般人が闇の書を手に入れてしまい、何故か守護騎士が時間に追われるように焦って蒐集している、と言う新たな見解であった。

 これまでクロノたちは以前の闇の書事件の主が悉く悪人であると言う事から、重犯罪を侵した犯人について行動基準が悪辣な者を選別し、その後の行方を全て洗い出す作業をしていた。それ故に此度の新たな見解はその悉くが無駄と化した可能性がある事に頭を抱えていた。あながち間違っていないかも知れないからこそ、この見解は二人を脱力させるには十分な力を持っていた。そんなワーカーホリック組みを見てフェイトたちは苦笑していた。

 

(……最初の、なのはを襲った時のシグナムは……、確かにしょんぼりな顔をしていた気がするけど……。そして、シロノさんが来る前の言葉からして……、ほ、本当に一般人の人が主になっちゃったのかな? うーん……、もしかして、海鳴の人、だったり……? あはは、まさか、ね? ……違うよね?)

 

 そんな訳が無い、と断言できない自分を騙すように、苦い顔をしたフェイトはその言葉を飲み込んだ。フェイトをスターライトブレイカーと言う最近では結界破壊機能も付いたらしい恐ろしい砲撃魔法で撃墜した少女が生まれた地である海鳴市。ジュエルシードと呼ばれる軌跡とは裏腹な悪夢の宝石が降り注いだり、それが暴走した際にはその地ごと崩壊する可能性もあった第九十七管理外世界の海鳴市は呪われているんじゃないかと思ってしまうのも無理も無いだろう。

 

「……クロノ、取り敢えず考えるのを止めよう。これ以上は徒労感が辛い……」

「……そうだな。……はぁ、もしかしたらと言う内容なのにとんでもない正解感がするんだが」

「……言うな」

「……ああ」

「あらら、一番頑張ってたからか落ち込み具合が酷いねぇ」

「あはは……、仕方が無いですよ。お二人とも頑張りやさん……、とっても頑張りやさんですから……」

((どうすれば良いかなぁ……))

 

 ソファに隣並んで頭を抱えている同じ格好の二人をフェイトとエイミィはどうしたものかと、やれやれとかっくりと小首を傾けて脱力していた。大量の資料を片っ端から片付けている日々の姿を見ているからこそ、大きな衝撃を受けているのだと理解できてしまうからこそだろう。大きく項垂れた彼らに彼ら好みの珈琲を入れてやる優しさを見せたエイミィは何処か慈愛めいた表情を浮かべていた。エイミィは士官センター時代からの友人であるため、良くも悪くも彼らの性格を知っている。一つ溜息を吐いて同じタイミングで同じ量を口に含み、安息を吐いた似たもの同志の二人を見続けているからこそだろう。

 そんな何処か一体感のある雰囲気を醸し出していた三人を見てフェイトは良いなぁと羨ましげな表情を浮かべた。自分となのはのような、近くに居るだけで安堵の息が漏れるそんな関係。何となくホームシックめいたなのはシックを患ったフェイトはその場からこっそりと離れてなのはに通信を繋げようとバルディッシュに話しかける。そして、そんなフェイトを見てエイミィとクロノは喜ばしい事だ、と言わんばかりに笑みを浮かべた。P.T.事件の影響で塞ぎ込んでいた頃を知っているからだろう、こうして誰かに頼るフェイトの成長した姿を見てほろりと来ている程の入れ込み様だった。

 

「……平和だなぁ」

 

 と、そんな光景を見てシロノは独り言ちる。その表情は何処か羨ましげであり、彼の脳裏にはミッドに居るであろう師匠ズの愉快で騒がしい日々が思い浮かんでいた。それから数分後に買い物から帰って来たリンディは入って直ぐにその雰囲気に当てられ、くすくすと笑ってしまう程何処と無くほんわかとした雰囲気が流れていた。


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