リリカルハートR~群青色の紫苑~   作:不落閣下

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11 襲来、ヴォルケンリッター

 誰かと過ごす日常がこんなにも穏やかなものだと何時振りに感じただろうか。そうシロノは食後の珈琲を味わいながら、目の前でショートケーキを口にして幸せそうな表情を浮かべているすずかの可愛らしい姿を見ながら思う。ヴォルケンリッターを追跡する日々は霞の如く不確かな情報が錯誤するために、知らずうちにストレスが溜まっていたらしい。そう自己評価できる程までに何処か胸の内がすっきりしていた。けれど、年下の少女に癒されていると言う事実が、何処か不甲斐無さを感じてしまっていてやや戸惑いも覚えていた。公園のベンチですずかに出会わなかったら、この胸の内を曇らせるストレスに気付かずに何か大きな失敗をしていたかもしれない。そう思うとすずかには感謝の念を抱かざるを得なかった。

 

(……ん?)

 

 ふとシロノはデバイスに着信があったのに気付き、すずかに一言断ってから携帯に出る素振りでトイレを借りた。ブーストデバイスであるS4Uは戦闘に特化しているため、処理に特化したストレージデバイスであるS2Uを起動する。着信の相手を見やると即座にシロノは疑問の表情を浮かべた。発信者はアルフであり、映像通信である事から日常的な用件だろうと思い、残されたメッセージを再生する。

 

『あ、シロノ!? 今何処に……って留守電かこれ! ったく、何処で油売ってるのか分からないけどリンディ見なかった? さっき変な挙動をしてから姿を消したからちょっと気になってね……。もしかしたら見てたりするかい? これを見たら返答してくれると嬉し――再生終了』

「……んん? アルフ? アルフって狼じゃ……、ああ、フェイトさんの使い魔だったね。喋ってたし人間形態になれもするよね、そりゃまぁ……。……しっかし、リンディさんが、ねぇ。アルフが迷子になったんじゃないよな……?」

 

 今まで子犬の姿でしかアルフを見ていなかったが故に、人間形態のアルフを見て違和感を感じてしまった。だが、すぐに理解を示して内容を思い返して幾多の思案を浮かべる。その最中、膨大な術式による魔力余波によって撒き散らされた魔力の本流を感じたシロノは酷く驚いた様子でその方角を見やった。その方角の先は都心方面にあるショッピングモールがあり、先ほどのアルフの内容がすぐに思い浮かんだ。そして、回答と言わんばかりに中規模な封鎖結界が生じたのを感じて、数え役満と言った具合に事態が悪化している事を知れてしまった。

 

「……失態ってレベルじゃないな、これ」

 

 何処か疲れた様子で溜息を吐くシロノだが、その瞳に灯るそれは隠せようのない憎しみの炎だった。今までは付かず離れずの前進後退な進捗で出会う事は無かったが、此処にきて漸くのチャンスを授かった事に笑みが自然と浮かんでいた。胸元のネックレスにある真紅の宝石を服の上から握り締めるようにして瞑目する。思い浮かぶは最愛なる父の最期。このネックレスと共に託された思いと言葉を思い返す。そして、今一度開いた瞳はとても冷たい色が浮かんでいた。執務官としての責務を果たし、念願たる敵討ちを果たすべきだろうと心を凍らせる。無駄な感情の揺れは何にも齎さない。不必要な感情を凍らせて処理の特化を計るのは常成る作業だったが故にスムーズに行なわれた。トイレから戻って来たシロノを見たすずかはその変貌に目を瞬かせた。何処か深淵の底めいた暗さを感じさせる薄笑いの表情を見たくないと、思い人であるシロノにそうすずかは思ってしまった。

 

「シロノ、さん?」

「ごめんね。急な仕事が入っちゃったみたいで、今から行かなきゃいけないんだ。御代はこれぐらいあれば足りるかな」

 

 如何なる術を使ってもこの場を去るだろうと感じる程の手早さにすずかは引きとめなくちゃならないと思った。このまま行かせてしまっては何か悪い事が起きる、そう感じるのは果たして乙女の勘だろうか。それじゃ、と一言残して去ろうとするシロノの背中に手を伸ばすもするりと抜けて掴む事は出来なかった。

 

「待っ……」

 

 声に出そうとした言葉はシロノの横顔を見て止まってしまった。薄暗い部屋で一際煌めく白銀の刃の如くその凄惨なる笑みは、一人の少女を凍らせてしまうには十分なものだった。そこですずかはふと思う。自分はシロノの何を知っていて、何を知らないのだろう、と。きっと、あの恐ろしい笑みはその知らない何かによっての事だろう。同時にすずかは何処かデジャヴを感じていた。あの笑みを何処かで見た事がある、そう感じていた。すずかのそれは当たりであり、彼女はその笑みを見ていた。それも、真正面から。胸の内から滾るその熱量を感じてしまうような憎悪の炎に侵された表情を。月村家が成る過程によって葬られた者が復讐を果たすために当主である忍の妹であるすずかが誘拐された際に、はっきりと見ていた。けれど、人の記憶は自己を護るために恐ろしすぎるそれを臭い物に蓋をするかのように記憶の海の底へ没する事がある。すずかの違和感はそれが理由で思い出す事が出来なかったものだった。

 復讐者の笑みを思い出す事が出来たのは何もすずかだけではない。只ならぬ気配を纏って戻って来たシロノを驚愕の表情で恭也は見ていた。そして、その内に滾るそれが復讐による憎悪の炎であると、冷た過ぎる心によって凍て付いた感情から引き起こされる笑みであると、自身の経験も相まって理解してしまった。せざるを得なかった。きっと、止めるべきだったのだろう。けれど、止める事ができなかった。恭也もまた、護衛任務中に父である士郎を生死の境へと陥れた相手に対し、同じ様な憎悪を抱いていた頃があった。だからこそ、自身には止める資格は無いと感じてしまったのだろう。その一瞬の戸惑いはシロノの背中を遠ざかせるには十分な時間だった。

 シロノの珈琲の残りをすずかはそっと口にする。先ほどまで温かったそれは何処か冷たく、先ほどのシロノの心象を描いているようだった。

 

 

 

△▽

 

 

 

 

「ちぃ! 邪魔すんなぁ!!」

「お話聞かせてって言ってるでしょ!」

 

 赤色と桃色の魔力が封鎖結界によって曇った空に二つの軌跡を描く。対峙するはヴォルケンリッターの一人、鉄槌の騎士ヴィータと管理局嘱託魔導師である高町なのはだった。ショッピングモールの屋上でリンディがヴォルケンリッターと克ち合ったと言う情報を、新機能を搭載したデバイスを取りに行っていたなのはとフェイトがエイミィから受け取り、現場に直行した後の事であるが、対話による交渉の破談により戦闘を余儀なくされたのだった。

 身内が戦っている隣で烈火の将たるシグナムとフェイトは対峙していた。なのはの説得に応じなかったヴィータによる実力行使。故に、落ち着いた様子のシグナムにならば、とフェイトは説得を行なっていた。

 

「どうしてこんな事をするんですか」

「こんな事、か。確かに、貴様らにとってはこんな事なのだろうな。だが、我らにとっては死活の時なのだ。故に、如何なる戯言を並べ立てようとも我らは引かぬ媚びぬ止まらぬ……。世迷言を熱心に聞く時間は最早無い。さぁ、剣を構えろ小娘。新たな玩具を持ち出したようだが、我が魔剣、レヴァンティンには劣るだろうよ。精々踊るが良い」

「……言葉は要らない、と」

「そうだ。止めたいと言うならば、その力を示せ。……まぁ、剣の錆となるだろうがなぁ!」

 

 眠れる獣が咆哮したかの如く、以前感じた時よりも重苦しい威圧を受けたフェイトは相棒であるバルディッシュ、否、カートリッジシステムを搭載した事によって新生したバルディッシュ・アサルトを掴む力を強めた。剣型アームドデバイスたるレヴァンティンを構えたシグナムから発せられる幾多の戦を踏破した者による覇気は、小娘たるフェイトにとっては畏怖を感じるものだった。だが、小鹿の様に足を震わせていては何も出来ないと以前の事件で、プレシアに対して勇気を見せたフェイトはこれを乗り越える事ができた。前回の邂逅は場が場であり、なのはが蒐集されている最中であったが故に心を乱してしまったのもあって心構えができていなかった。しかし、此度はその屈辱を晴らすと言った具合にフェイトの心構えは確りとした芯のものだった。何より、友人であるなのはが既に戦闘状態なのだ。もう油断は命取りになると理解している。構えたシグナムに対しフェイトもバルディッシュを構える。

 

「……以前よりかはマシだな。だが、その剣この身に届かぬものと知れッ!! ハァッ!!」

 

 咆哮一閃。古来より声を強く発する事はその身体の力を高める事と同義であった。魔導師であるが故にその声に僅かな魔力が乗り敵である相手に放たれる。それは一瞬の停滞を生み出すには恐ろしく効率的なものだった。此処が戦場であるならば、相手を殺す場であったならば、その一撃には研ぎ澄まされた殺気が乗っただろう。そんな戦場を経験した事の無いフェイトはその場で硬直しその首を刎ねられた事筈だ。だが、シグナムは本来女子供には優しい一面を持つ。が、故に姿形が子供であるフェイトに自身の主の姿を無意識ながら投影してしまい、その刃は非殺傷の一撃として放たれている。そのため、その一撃を浅く受けたフェイトはその魔力ダメージによって痛む身体に歯噛みしつつも、己の得意戦法である一挙瞬動の動きへと流れを作るためにフラッシュムーヴの魔法を行使する。本来、自身を護る鎧であるバリアジャケットを薄く作っているフェイトはその魔力的才能も相まって速度が段違いに速い。

 

「てやぁっ!!」

 

 速度を殺さぬよう曲線を描いて接近して放たれた大鎌状の魔力刃の一撃を、シグナムはその類稀なる武人の勘と戦闘経験から紙一重よりも余裕ある挙動で避け切る。当たらぬ擦らぬ自身の攻撃に焦りを覚えそうになるのをマルチタスクで押し留めたフェイトは、ヒット&アウェイの利点とも言える波状の攻撃の波を繰り返す。速度を一瞬殺して解き放たれるフェイントは緩急の隙を突くものであり、微かではあるがフェイトの斬撃はシグナムの頑強な騎士甲冑に傷を付け始める。だが、決定打には至らない。それはシグナムもだがフェイトも理解していた。そもそもフェイトの戦法は自身よりも遅い相手に対するのに一番の効果を発揮する手数による蓄積の攻め手だ。対して、その高められた剣技によって放たれる一撃断頭の威力重視であるシグナムの攻め手は何も威力だけではない。その放たれる一撃の初速度はフェイトの速さに慣れている眼ですらも一瞬置き去りにする程のものだ。更にはベルカ騎士にとっては当然とも言える城壁めいた防御力を誇る騎士甲冑は並大抵の一撃を通さないものだ。攻防一体にして剣鬼とも呼べるシグナムはフェイトが一番苦手とする分類に入るだろう。けれど、未だにフェイトが落とされぬのはその素晴らしい速度によるものだ。

 シロノによって小さな魔法講習を受けたフェイトは緩急による速度の変化、直線速度の向上、魔法効率の配分による消費低下、などと言った以前持ち得なかった技術を習得している。それは手数の多さと幅広い戦術対応が可能なシロノに習ったが故の賜物である。そして、何よりも非凡なるデバイスを使い続けたフェイトが平凡なる教導用のデバイスを用いて訓練を受けているのだ、上達しない訳が無かった。

 よって、緩まぬ斬撃の嵐に見舞われたシグナムは徐々にではあるが、アドバンテージを押し返されつつあった。幾多のパターンをその場で変えて行くそのマルチタスクの優秀さを発揮するかのように、逆にシグナムの戦闘パターンを構築しつつあるフェイトの攻め手は止まらない。むしろ、砥石によって研がれて行くような心象で戦闘に挑んでいた。吸い込まれるようにシグナムの鎧へと届いた際に微かであるが笑みが浮かぶ程に、フェイトはこの戦いを何処か楽しんでいた。それはできなかった何かをできるようになった時のような高揚感がそれを後押ししてしまっていた。

 

「貰ったッ!」

 

 が、故に。

 

「戯け、くれてやったんだッ!」

 

 幾多の戦場で命を救われた己の盾である騎士甲冑を信頼しているシグナムは、敢えて前に一歩踏み込む事によって甘い一撃を受け、振るった姿で驚愕の表情を浮かべているフェイトの柔肌に渾身の一撃を叩き込んだ。右肩から左脇腹へと苛烈な一撃をもろに食らったフェイトの意識が点滅するかのように白く染まる。だが、バルディッシュが意識の混濁を防ぐために微弱な魔力ショックによる回復を試みていたために、即座に視界が戻り思考が鮮明に戻る。これもまたシロノによって受け取っていた魔法の一つ、メンタルショックだ。これは相手魔導師を昏倒させる接近用の魔法であり、心配停止状態から回復する医療魔法の亜流派生したものである。故に、魔導師の意識が薄くなった瞬間に使用する事によって意識を取り戻させる使い方もできる。シロノ曰く、魔法は手段であり目的地ではない。バインドによって首を絞めて攻撃に用い、バインドによって動きを止めて防御に用い、バインドによって荷物を纏めて移動に用いる。そのような柔軟な思考を持て、と言う内容の講義を叩き込まれているためフェイトとなのは思考的にも進歩があったと言える。

 確実に昏倒しただろうと油断したシグナムの首を刈り取るかのような一撃を放ったフェイトは、咄嗟に回避行動へ移ったが右肩を斬られたシグナムに対し意趣返しに成功する。その場で蹈鞴を踏んだシグナムは魔力神経を斬られた事によって発生した一時的な痛みによって握力をやられ寸前にだが落としかける程のものだ。互いに致命傷とはならないまでもそれなりの一撃を貰った事により回復のため距離を取った。

 

「た、ただではやられません……っ」

「ぐっ、油断した、か。訂正しよう、以前の動揺は無きもの、相当な鍛錬を受けたようだな。……私の名はシグナム。烈火の将、シグナムだ」

「……嘱託魔導師フェイト・T・ハラオウン……。シグナムさん、どうしても止まりませんか?」

「……そうだな。悪いが主のためだ。例えその清き心に傷を負わせてしまうとも言えども、尊き命には代えられん……」

「えっ?」

「…………喋り過ぎたか。気付かぬ内に私も日和っていたらしい。ああ、どうにもならぬなまったく……」

 

 そう自嘲し屈託の無い笑みを浮かべるシグナムにフェイトは戸惑った。フェイトは事前資料として提出されている闇の書に従うヴォルケンリッターの資料によってその情報を得ていた。闇の書が管理する守護騎士プログラム、己とは肉があるか無しかの違いであろう魔法生物であるヴォルケンリッターには感情や自由意思は無いと記載されていた。だが、どうだろう。目の前のシグナムは笑みで持ってしてフェイトを見やり、以前と比べ成長したなと言わんばかりの賞賛の表情を浮かべている。

 

「こんな状況出なければ良き友になっただろう。これを魅せる事も無かっただろう……。ハラオウン、我が魔剣レヴァンティンの更なる変貌を今此処に――」

 

 戦闘に興じている、その姿に感情も自由意志もあるように見えた。何故だろうか。つまり、資料は間違っていたのだろうか。そんな事をマルチタスクの一つを用いて思考していたフェイトは不意にぞくりと背筋を凍るような何かに見られたのを自覚した。それは目の前のシグナムも同様だったのだろう。何せ、言葉を言い切らぬ内に中断し、表情を強張らせてその視線の主が居るであろう方向に視線を向けていたのだがから。

 其処に居たのは空中に躍り出る素質の乏しい陸戦魔導師。しかし、己が作り出した三角形の模様と円状の模様が一体と化した複合ミッドベルカ式魔法陣に立っていた。その名は管理局地上本部所属執務官シロノ・ハーヴェイ。そして、この場から既に撤退したリンディと同じく十一年前の被害者。身近に居たフェイトですら今にも泣き出しそうな恐ろしい雰囲気を纏ってシグナムを憎悪によって彩られた瞳から放つ視線によって穿っている。いつもの優しそうな雰囲気は凍て付いたそれに変わり、氷の槍によって心臓を穿たれたかのような怖気を感じていた。それは視線の切っ先から外れているフェイトよりも、その凍て付いた視線を向けられているシグナムは痛い程に感じていた。

 

「貴様、何者だ……?」

「十一年前の被害者、と言えば分かるか」

「……そうか、お前も……」

「ああ、もう良い。黙れ、喋るな。貴様がどうであれ、何であれ、どうだって良い。貴様は……、唯一刺傷を作れる貴様は……ッ、僕の父さんの仇だッ!!」

「「――っ!?」」

 

 フェイトは闇の書に対する前のめりの如く姿勢で向かうシロノの奥底にあった理由の一端を知ったが故に驚いていたが、何故かシグナムもまた驚愕の表情を浮かべていた。そして、十一年前、仇、刺傷、と言う単語に何処か違和感を感じているようだった。そして、その違和感の正体に至った瞬間の事だった。その詠唱の一端を耳に届かせたのは。

 

「――破撃の豪腕」

《Demolition break》

 

 戦士の勘か、意識外での不意打ちを咄嗟に左手で掴んでいた鞘によってその一撃を受け止めた。その一撃は正に巨人の拳。皹が入り悲鳴を上げた鞘から伝わる衝撃は並大抵のものではなく、鞘にも付与されていた防御障壁が一瞬で吹き飛ばされた事を理解したシグナムは驚愕と共に戦士としての賞賛を内心で呟いた。そして、同時にこの相手は自分がせねばなるまい、とも理解していた。シロノの装備は徒手格闘を主とする籠手、ならば同じ土俵に立つ盾の守護獣たるザフィーラが適任だろう、と今の一撃を受ける前のシグナムならば考えた事だろう。デモリッション・ブレイクと名付けられたその魔法はバリアブレイクの派生した改良魔法である。その効果は四重のバリアブレイクを付与するものであり、これもまた多重魔法障壁を打ち破るための試行錯誤の成果である。四重にも重ねられたバリアブレイクは無慈悲にもその魔法障壁を打ち破り、更には魔道師の最後の砦とも言えるバリアジャケットまでをも砕く一撃を与えるものだ。故に、打たれ強く頑強な盾であるザフィーラは受け止めてそのまま致命傷に成り得る可能性がある。故に、既に鞘にその一撃を受け止めてその脅威を理解している自分がこのまま請け負うべきだろう、とシグナムは一瞬の合間に覚悟を決めた。

 

「……時空管理局地上本部所属執務官シロノ・ハーヴェイ。連続原生生物襲撃事件の被疑者として貴様を逮捕する」

「くっ、この威力……、二対一は分が悪いな……」

「犯罪者相手に卑怯も外道も無いだろう。その存在が害悪だと言うのに……」

 

 父親の仇であろうと思われるシグナムに対するシロノの視線は冷め切っていた。蔑みすらも感じられるその凍て付いた視線はシグナムは勿論ではあるが、静かなる激怒に至っているその姿を初めて見たフェイトも驚きを隠せなかった。普段穏やかな様子であったシロノの変貌は恐ろしいの一言に尽き、自身もまた理由はあれども確かにP.T.事件の犯罪者の一人であったためにその言葉は胸を貫いた。酷く戸惑う表情をしているフェイトを普段のシロノならばフォローの一つを添えただろうが、仇を目の前にして冷静を欠いている状態では其処まで思考が回らなかった。今も尚、水面下で機械音声を発さずに身体強化のベルカ式魔法を発動手前にストックしている。今正にこの場で叩き潰すと言った気概が垣間見れた。

 

「……耳が痛いな。ああ、確かに我らは今や騎士精神をも賭け(ベット)して外道のそれを歩んでいる。だが、そうまでしてでも叶えねばならぬ願いがあるのだ。此処で貴殿に捕まる訳にはいかない……ッ!!」

「存外に口が回るな、本当にプログラム体であるとは思えん人間っぷりだね……。その願い、幾多の者の屍を横たわらせてでも叶えたい願いとはなんだ……?」

「否、我らは我が主に血に濡れた道を歩ませるつもりは毛頭無い」

「……人を殺める気は無い、と?」

「ああ、そうだ。其処のハラオウンの友人にも言える事だが、殺傷沙汰を起こすつもりは我らには無かった」

「だから、見逃せと? くだらない戯言を口にするのも好い加減にしろ。此度の主に罪は無くとも、十一年前に、いや、その以前からも多くの人々の幸せを奪った貴様らに怨嗟とも言える罪は多い……ッ! その十字架は今や断頭台のそれと変わらない事を理解していないようだな! 貴様らは、闇の書は、その存在が既に罪だろうに!」

「ぐっ……ッ、そ、それは……」

 

 シロノの憎悪の込められた言葉にシグナムは唸らざるを得ない。何故なら、それは例え記憶として残っていなくても過去と言う記録が残った確かな罪の墓標を背負っていると理解しているからだ。目の前のシロノから発せられる怒気は罵詈雑言と言った幼稚なそれではない事をシグナムは察している。察しているからこそ、シロノの一言一言が胸に突き刺さる。プログラムであるからと過去の主に機械的に心を殺して仕えていた頃ならば、笑止と耳に残すまで無く斬り捨てているだろう。然し、今代の主である少女によって人間として生きる日常の温かさを、人の心の温もりを、生きている実感を得てしまっている彼女、否、彼女らだからこそ胸を痛めてしまう。誰かを、愛する誰かを失うその痛みを今まさに致命傷に成りえぬように動いている今だからこそ痛く理解してしまうのだ。

 

《おい! シグナムそっちは何やってんだ!》

《……ヴィータか。…………因縁があるらしい執務官と相対している最中だ》

《あん? それはどういう……。まぁ、んな事は今はいい! こいつ、にゃよは、にゃの……、ええい、この白い奴厄介過ぎる! それに、囲まれちまったら逃げるのが面倒だ! そろそろ引き上げるぞ!》

《ええ、ヴィータちゃんの言う通りよ。……シグナム、彼らを囲うように結界を一つ張るから撤退の準備を》

《いや、それは悪手だろう。執務官のシロノと言う少年、私のパンツァーガイストを纏った鞘に直接打を与えている。恐らく結界破りに長けているのだろう。足止めにもならない可能性が高い……》

《なんだと!?》

《そんな……っ》

 

 そして、未だにシロノは交戦の意思を見せているのがシグナムにとって辛い点である。一対一の場であるならばぎりぎりの合間を縫って隙を作り出す事はできるだろう、然し、良き戦士になると予見したフェイトもそれに参戦するとなると一気に成功確率が下がる。チェックメイト、と言う言葉が脳裏に掠めたシグナムであるが、次の出来事に一瞬眼を見張る。

 

「え? きゃっ!」

 

 おろおろしていたフェイトに向けて放たれた一発の凶弾によってシロノは動かざるを得なかった。完全に埒外の隙から放たれたそれをフェイトが避けられるとは思えなかったためだ。それにより状況は動く。裏拳で打ち払うようにして庇う姿勢を取ったシロノの後ろから突如と現れた殺意が襲い掛かった。庇う体勢であったがために防御を取る余裕が無く、身体強化の魔法ストックを発動する時間も無く、致命傷を避けるために身を捻らせる以外の動きを取れなかったシロノのバリアジャケットを容易く打ち抜いた。そして、二人は、凶弾を放った人物も含めた三人の視界には魔法弾によって脇腹が抉られたシロノの姿が映った。自身を庇ったために動けなかった、そう理解してしまったフェイトは目の前の惨状に小さく悲鳴を上げざるを得なかった。シグナムは騎士の誇りを踏み躙るような埒外の援護射撃に歯噛みした。

 

「がっ、ぐぅ……ッ」

「……退け、守護騎士よ。今捕まっては大義を為す事はできないだろう?」

「貴様は……、いや、今は問うまい。礼は言わん。……すまない」

「え?」

 

 突然現れた赤い涙の如く装飾がされた白い仮面を被った男に向けてシグナムは侮蔑めいた視線を送った後、フェイトにむかって、否、その先に居るシロノに向けてだろう申し訳無さげな表情で一言を残し、突如視界の端に移った翠色のクリスタルのような魔法物体によって発せられた視界の全てを焼き尽くす程の光量が爆発したその瞬間、足元に現れた転移魔法陣の光に包まれてその姿を消した。

 

「ろ、ロスト……。ヴォルケンリッターの反応、新たに現れた魔導師の反応も完全にロストしました……」

 

 アースラスタッフの一人が呟いたその一言は全員の耳に入り、戦闘が終わった事を誰もが悟った瞬間だった。現場から既にブリッジへと戻っていたリンディの表情は芳しくないものであった。それもその筈、ヴォルケンリッターの捕縛に失敗し、戦力の一人であるシロノが画面の中で崩れ落ちた瞬間を見ていたためだ。片手で顔を覆い悲痛な面持ちでリンディは現場に居たフェイトらに帰還命令を発するのと衛生スタッフにシロノを収容するための指示を出すしかできない。

 全員の表情はとても苦いものだった。







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