リリカルハートR~群青色の紫苑~   作:不落閣下

10 / 23
10 貴方と一緒に

 公園のベンチで談笑していたシロノとすずかの会話は昼を少し過ぎた頃に途切れてしまった。可愛らしい音が丁度生まれた沈黙の際に聞こえてしまい、すずかは恥ずかしそうに俯いてシロノは思わずと言った様子で笑ってしまったためである。時間を忘れてしまう程に会話が弾み、お互いに昼飯の事をすっかり忘れていたのだ。

 

「むぅ……」

 

 赤らむ頬を小さく膨らませて静かなる抗議を視線で向けるすずかの姿はむくれてしまった子供のようで可愛らしく、歳相応の表情もできるのだなと大人っぽく背伸びしていた様子とは一味違った表情に対してシロノは思う。そして、同時にむくれてしまった少女の対応を如何すれば良いのか分からないが故に何とも言えない苦笑を漏らした。

 

「……もぅ、女の子相手に気遣いを忘れちゃ、めっ、ですよ?」

「……生憎女の子の扱いは慣れていなくてね。悪かったよ。お詫びと言っちゃ何だけど、お昼、ご馳走させて貰えないかな?」

(――ッ!? シロノさんとお昼!!)

「は、はい!」

(……お腹、そんなに空いてたのかな?)

 

 乙女心と言うものを理解できていないシロノは検討違いな事を考えていながらも先に立ち上がりすずかへ右手を差し出した。そんな騎士めいた遣り取りにどぎまぎしつつもすずかはその手を取って立ち上がった。そして、小さなお尻に違和感を感じたのを機に敷かれていたハンカチをこっそりと回収した。勿論ながら返しに行く(こうじつ)のための布石として持ち帰り、更にはファリンと一緒に勉強したアイロン捌きによって完璧な仕上がりでお返しする、そう一通りの計画を脳裏の片隅で思い浮かべた事で口元に小さくながら笑みが浮かんでいた。

 

(それにしても……、誰かと手を繋ぐのは何時振りだろうな)

 

 小さいながらも温もりのある柔らかな掌を壊れ物扱いするような恐る恐ると言った具合で握るシロノは、マルチタスクによって周辺地図を思い浮かべて飲食ができそうですずかが好みそうな場所を検索しながらも思考に没していた。誰かと一緒に何かをする、と言う事をあの日(なくしたひ)から漸くになって実感した気がしていた。それは、友人だから、と言う理由でシロノを外へ連れ出したクロノとエイミィから感じたそれとは少し違った感覚。小さいながらも何処か違うと断定できる違和感を感じていた。シロノ自身、子供は好きだ。勿論ながら性的な意味ではなく、子供を任されたなら一緒に遊んでやろうかなと思うぐらいには好意的に見れる対象だった。

 

(……ああ、そっか。打算が無い、んだ。純粋で透明な好意……、本当に僕とのお出掛けに喜んでくれているのかな……。ホームシック、いや、ファミリーシックを感じているだなんて……、クロノに笑われちゃうや)

 

 自身の手を確りと握り締めてくれるすずかの手を確りと無意識に握り返していたシロノは視線を感じて、何処か嬉しげに笑う表情に自然な笑顔を返していた。万人が気になる美形の卵とも呼べるシロノが何の打算も無く自然と出せた笑みは、すずかの顔を真っ赤に上気させるには悩殺レベルの威力と絶頂めいた高揚感を与えるには十分過ぎるものだった。ふっと視線を前へ移したシロノの顔を見れなくなったすずかはきゅっと握り締める手を強めて、それに返される大きくて無骨な男性特有の硬さと温かさを感じてときめきを覚えていた。

 

(わ、わたし死んじゃうのかな……。こんなに嬉しい事が連続するだなんて……ふぅ)

 

 何処か恍惚として妄想お姫様めいた幸せな表情を浮かべているすずかはいつのまにか視界に映る光景が公園から変わって、何処か既視感のある道路を歩いている事に気付いた。そして、左角を曲がった瞬間に疑問は氷解した。少し遠目に見えたのは天気の良い日によくお喋りの場として集まる翠屋のオープンテラスだった。心を落ち着かせる緑を配置してあるオープンテラスの先には、少なくない奥様方の談笑の場となっている食事スペースが見え、その先には忙しなくも何処か充実した表情の姉である忍の姿もあった。

 

「クロノに教えてもらってね。シュークリームと言う洋菓子が有名なお店らしくて、デザートも充実しているそうだから気に入るかな、って」

「此処のシュークリームは絶品ですよ。わたしのお友達のなのはちゃんのご家族の方が経営しているお店なんです。ほら、お姉ちゃんも一緒に働いてるんです。恭也さんが居るので」

「……ああ、確かにボーイフレンドと言っていたね。仲睦まじい様で良かったじゃないか」

「ふふ、お姉ちゃんたちはお家でもらぶらぶで困っちゃいます」

「あはは、そうなんだ。それはまた……。大変だね」

「そうなんです……、この前だってわたしが居るのにキスとか……してたりしてて……」

 

 そう普通の流れで口にしたキスと言う単語にすずかは隣に居る思い人を思い出して顔を赤らめた。そう言うのはまだ早いんじゃないかなとシロノは思い当たったようで、店内でいちゃついている二人を見て呆れ気味に肩を竦めた。ちらりちらりとシロノを見やるすずかの視線に数秒経って気付いたシロノは小首を傾げた。

 

「もしかして入りづらいかな? そしたら別の場所を選択し直すけども」

「えっ、いや、そう言う事じゃなくて……、その……」

(お、お姉ちゃんに今の姿を見られたら面倒な事になりそうな予感がして……)

 

 流石に口に出すのは憚れるすずかの気遣いであったが、既に店内からも視認できる位置まで近付いてしまっていたからかばっちりと満面な笑みな忍と視線が合ってしまった。お姉ちゃんからは逃げられない、そんな一文が脳裏に浮かんでしまったすずかは大人しく思案顔のシロノの手を引っ張って店内へと勇み足と言った様子で踏み込んだ。だが、位置関係的にシロノたちを接客したのは給仕服を着こなした恭也だった。

 

「いらっしゃいませ、翠屋へようこそ。おや、君は……」

「お久し振りです高町さん、シロノ・ハーヴェイです。本日は昼食(ランチ)を此処で、と思いまして」

「そうか、それは光栄だ。うちは母さんが有名ホテルでパティシエをしていたのもあって洋菓子に力を入れているが、軽食も唸る物を出す自信があるぞ」

「へぇ……、楽しみにしておきます。何気に此方に来て初めての外食だったりするので」

「む……、それは下手なもんは出せないな……。取り合えず美由希をキッチンから排除せねば……。おっと、立ち話が過ぎたな。此方へどうぞ、お席にご案内致します」

「よろしくお願いします」

 

 初対面時の牽制の空気が嘘のように穏やかな会話を交わしたシロノは未だに握り続けるすずかに目配せするようにして歩き出す事を伝える際に、何やら頬を両手で包まれて忍と内緒話をしているのに気付いた。溜息を吐いた恭也が手刀を作り、すとんと軽めに忍の頭部へと振り下ろす。わざとらしく頭を押さえた忍はむすっとした様子で恭也を見やるが、其処にはお客様であるシロノを待たせるなと言う目力が篭った視線によってその意思は挫かれてしまった。前回の邂逅と今回の出来事で何となく二人の間柄、力関係が分かったような気がしたシロノは内心で恭也にエールを送る。大変そうですね、と。それを受信したのか、はたまた同情めいた何かを込めた視線に気付いたからか恭也は肩を竦めてから忍を置いて行く形で二人を空いている席、それもほんのりと日当たりの良いオープンテラス側の席へと誘導した。そして、何時の間にかレジの横から引き抜いていたメニューを二つ二人の前に置いて、ごゆっくりどうぞと一言残してから忍をバックヤードへと一瞬にして引きずり込んでいた。その早業に苦笑しながらも二人はメニューを手に取り、片や楽しそうに、片や難解な古文書を見やるように中を閲覧し始めた。

 

「ナポリ、タン? ……カルボナーラ、サンド……?」

「えっと、もしかしてシロノさんメニュー読めて無かったりします?」

「……ごめんね、出不精が祟ってしまって、読めはするんだけどどんな料理なのかが分からないんだ……。何かお勧めはあるかな? それにしようと思うんだ」

「そう、ですね……。ビーフシチューセットはどうでしょうか? コクのあるシチューが絶品ですよ」

「ふむん、なら、それにしようかな。えっと……コーヒーはあるかな?」

「あ、珈琲はこれです。翠屋の珈琲は店主の士郎さんが力を入れているみたいで色んな種類があるみたいですよ?」

「……まぁ、お勧めブレンドにしておけば良いかな。すずかは何にしたんだい?」

「えと、パンケーキセット、です。甘いものが食べたくって……、えへへ……」

「そっか、それじゃ注文しようか」

 

 そして、机を見やったシロノは注文するための端末が無い事に首を傾げた。ミッドでは基本的に情報化社会の最先端を行くため備わっているのが普通だったために、まさか直接声を掛けて注文を取るシステムであるとは思いもしなかったのであった。そんな様子に何か察したすずかは姉である忍に視線を向けてひょこっと小さく手を上げる。そんな可愛らしい妹の愛くるしい姿に笑みを浮かべた忍が伝票を手に机へと向かった。

 

「ご注文は如何致しますか?」

「えっと、わたしはパンケーキセットのオレンジジューちゅ、……ジュースで、シロノさんがビーフシチューセットのお勧めブレンド珈琲だよ」

「……噛んだわね」

「か、噛んでないもん……」

 

 思い人であるシロノの前であるからか頑なに可愛く噛んだ事を否定するすずかはむぅとした表情で忍を睨む。そんな何処まで行っても可愛らしい妹の姿に内心悶えている忍は微笑ましいと言った様子で笑みを浮かべる。

 

「…………ふふっ、そうね。噛んでないわね」

「もう!」

「ごめんごめん、ちょっとからかいすぎたわ。お詫びにケーキを奢るわ。ああ、シロノ君も良いわよ?」

「それは申し訳無いような……」

「良いのよ、得したとでも思いなさいな」

「それじゃ、食後にショートケーキとシュークリームと……」

「す、すずか?」

「なに? 奢って、くれるんだよね?」

「…………程々に、ね?」

 

 言質は取ったと言わんばかりにシロノに対してお土産セットまで追加注文したすずかの小さな怒りに忍は肩を落とし、呆れ顔で近くで注文を取っていた恭也が溜息を吐き、何処か居た堪れない気分なシロノは苦笑せざるを得なかった。けれど、今はそんなありきたりな雰囲気が心地良いと感じていた。執務室で独り書類整理やC級とは言え犯罪者の検挙などに徹していた頃よりかは日常的で、何よりも人の温かさがあった。そんな事を思える今がとても愛おしい、そうシロノは思えるようになっていた。

 

(……あの時、クロノたちに負けて良かった。いや、クロノとエイミィに出会えた事に、感謝をするべきなんだろうね。……父さん、母さん、僕は……やっぱり……)

 

 それは幼い時の記憶。家族三人でお出掛けをして、何気も無い話で笑い合って、見知らぬ未知に対して無垢に驚けた頃の話だ。そう、過去(・・)の話だ。もう取り戻せない、戻れない輝かしい過去の話だ。目の前で仲睦まじい月村姉妹の遣り取りを見ていたからだろうか、シロノは意識を一歩後ろに置いて第三者めいた、その場に居ないかのような気分でそれを見ていた。その瞳に浮かぶは懐郷の色、懐かしさと羨ましさを孕んだ悲しい瞳だった。

 今はもう手に入らないそれを羨ましがるその表情は、血筋によって苦渋を感じて生きてきた姉妹にとっては常に感じてきたそれであり、誰かから見られると言う意味では見慣れたものではなかった。それ故に、こう思う。彼は何を羨ましがっているのだろう、と。夜の一族と言う化物である事から逃れる事ができなかったが故に、月村家と言う形を経て漸く安定した経緯を持つ二人からすれば羨ましがられると言うのは初めての経験だった。姉の忍はその美貌が故の切望めいた視線を受けた事はあるが、妹と話しているだけで羨ましがられると言う事は無かった。

 

(……もしかして、シロノ君は……)

 

 ふと忍は合点がいったと言う様子でシロノを見やる。取り合えず、と言った様子で聞きたい点を隠して尋ねて見る事にした。流石に年上であるからと言って土足で他人の心内を踏み荒らして良いものではないと、経験が物を言っていたからだ。

 

「そう言えば、シロノ君は一人っ子かしら?」

「……え、ええ、そうなりますね。両親はもう一人欲しかったようですが、時期が悪かったみたいで僕一人だけになります」

「あら、そうなの……。なら、私をお姉ちゃんと呼んでも良いわよ?」

「……はは、遠慮しておきます」

 

 もう失いたくありませんし、と声にならぬ様な小声で呟いたのを吸血鬼の耳は聞き逃しやしなかった。身体能力が上がっているが故にそのような小声を聞こえてしまう事に苦労した事もあったが、このように利点のなる時もあった。だが、聞いてはならない事もまた拾ってしまうのである。忍は矢張りと言った様子を表情に出す事は無く、何処か親近感を感じていた。彼女らもまた両親を亡くしている。交通事故での死去、夜の一族でさえも死は容易く訪れると言う事を理解するのには十分過ぎた一件だった。忍はシロノが愛に飢えていると感じた。それは、何時ぞやの自分を想起するには十分なもので、するりと視線がすずかへと移るのは不自然なものではなかった。

 両親を失うと同時に血筋の濃さによって人形を奪い合うような扱いを受けていた妹の事を今も忘れる事はしなかった。両親の残した愛のある遺産、すずかを親類とは言え他人に、それも夜の一族としての誇りだけにしか縋り付く事をしない輩共から護り抜くのは苦労が絶えない日々であったが、今の恋人である恭也と出合えた偶然なる出会いを考えれば意味のある日々であったとも思う。然し、今更に思うが防衛に徹するにあたりすずかとの交流は薄いものであった気もしていた。こうして日常を過ごせるのは恭也の頑張りによる抑止力の関係もあったからだ。

 愛に飢えている二人を引き合わせたのなら、そこから愛は生まれるのだろうか。そう、忍は不謹慎にも思ってしまった。それがどんなに苦しいものであるのかを知らない忍ではない。だが、姉として、一人の愛を知る人間として、苦労を掛けたすずかには幸せになって貰いたい。そして、目に入れても痛くも無い程に愛おしい妹が恋をした。それも、自分のように人間に、だ。なら、それを応援してやるのは当然であり、恋は戦争だと声高々に言い張る性格であるが故にバックアップは小さな国家の国家予算程度ぐらい出してやると言った気概である。そう、若干悪乗り気味であったのだ。だからだろう、シロノの先程の言動によって自身が少し浮かれている事を自覚できたのだった。

 

「あ、そうだったお姉ちゃん。シロノさんをお家に招待しても良いかな? 一緒にお勉強をしたいんだけど」

「……ん?」

「別に良いわよ。むしろ泊り込みも許可するわ」

「お、お泊りって……」

「申し訳無いんですが、少し宜しいですかね?」

「……ああ、うちは両親はもう居ないのよ。だから、家長として私の許可させあれば無問題って事。だから、昼夜関係無く来て貰っても構わないわ」

「…………そう、でしたか。不躾な事を。失礼しました」

「ああ、良いのよ。申し訳無く思ってるならすずかと仲良くして頂戴な。私にはそれで十分だから」

「お、お姉ちゃん!?」

「……くくっ、そうですね。そうさせて貰います」

 

 シロノは手元を口に置いてくすりと笑い、妹思いの姉なんだなと忍の印象を改めた。そして、同時に月村忍と言う人物に対する温かさを感じた。交流を深めるに値する人柄であると、執務官としての観察眼が物を言っていた。そんな風に忍を見ていたからか、すずかは何処か置いてけぼりを感じて少々頬を膨らませてむすりとした。構ってもらいたいと言った様子でシロノを見る様子に忍は笑みを隠せなかった。

 

「お待たせ致しました、ビーフシチューセットとパンケーキセットです。……って、忍、お前は何をやっているんだ……」

 

 言外に仕事をしろと言っている恭也の冷たい視線にサボっていた立場である忍は空笑いをしながらキッチンへと戻っていった。一つ溜息を吐いてからすまないなと一言告げて恭也は配膳を終えた。

 

「デザートは食後にお持ち致します。それでは、ごゆっくりとどうぞ」

 

 そう言って笑みを浮かべた恭也は他の配膳へと赴くためかキッチンの方へと戻って言った。その後、忍の「あ痛ぁっ!?」と言う楽しそうな悲鳴がキッチンから聞こえてきて、店内に居た常連客の奥様方は「またやってるみたいね」と行った様子でくすくすと笑っていた。その表情は微笑ましいものを見るものであり、侮蔑と言った色は見えなかった。恭也と忍のいちゃつきめいた遣り取りはこの店を楽しむための一つのスパイスになっているのだろう、そうシロノは思いつつ、手に取った綺麗に磨かれたスプーンで掬ったシチューの味に美味さに驚きながらも夢中になると言った様子で食事を始めた。楽しんでいると言った様子のシロノを見てすずかもナイフとフォークでパンケーキを切り分けつつも意を決したように言った。

 

「し、シロノさん」

「ん? どうしたんだい?」

「その、えと、一口貰ってもいいですか?」

「ああ、構わないよ……」

 

 そうシロノは手元に掬ったばかりのスプーンを受け取り易いように持ち手を向けてすずかに差し出した。流石に「あーん」は難しかったか、とすずかは内心少々歯噛みしながらもスプーンを受け取って口に含み――あれ、これ間接キスじゃ、と思い当たり、頬を赤らめた。あーんをして貰う事に視線が行っていたために、その先にある間接キスの事をすっかりと忘れていたのである。

 

「ビーフシチュー、と言ったか。コクがあって美味しいね」

「そ、そうですね……。そ、それじゃ、シロノさん。パンケーキは如何ですか?」

「ん、貰えるのかい? なら、頂こうかな」

「は、はい……。あ、あーん……」

「あーん? ああ、口を開けと言う事だね、あーん」

 

 そうすんなりと口を開いたシロノに対し、すずかは若干驚きながらも一口サイズに切り取ったパンケーキを食べさせた。その際、視力の良かった三人は見やる。その唇の一端がフォークに触れていたのを。咀嚼するシロノから目線を外してすずかは即座にパンケーキを切り取って口に含む。そう、唇の当たった部分をその小さくも潤んだ唇に触れるように頬張ったのである。「や、やった」と言わん表情で忍と恭也は何気に度胸のあるすずかに対して自分たちには足りない部分であった積極性を感じた。

 

「ふわりとしていて素材の甘みを感じる……。確かに力を入れているみたいだ、美味しいね」

「そうですね。とっても、美味しいです……」

 

 そう頬を赤らめながらも何処か満足げなすずかはシロノに対して恍惚めいた笑みを浮かべて同意した。何処か嬉しげなすずかに対し理由を悟れなかったシロノは再び食事に意識を戻す。そんな二人の様子を見て恭也は額に手を置いて何かを悟ったように唸る。

 

「……以前の俺は傍目から見たらあんな感じだったんだな」

「……ええ、そうよ。私のアプローチをあんな感じに朴念仁だったわ。お陰で苦労したわ……」

「何と言うか……、すまない」

「まぁ、良いわよ。……こうして手に入れられたしね」

「そう、か。なら、良いの、か?」

 

 忍は頬を掻きながら苦笑する恭也の腕を取って胸に取るようにして抱き締める。それを恭也の妹である美由希が見て、父である士郎に慰労の苦く入れた珈琲を求めていたのは言うまでも無い。馬鹿ップルめいた恋人店員による遣り取りは翠屋を楽しむための一つでもあるため、若いって良いわねぇと奥様方は笑い、似たようなカップルの様子は少し密接となる、そんないつも通りの光景がそこにあった。美男美女の店員が売りでもある翠屋は今日も良い意味で騒がしいようだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。