リリカルハートR~群青色の紫苑~   作:不落閣下

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1 始まりのプロローグ

 第一管理世界ミッドチルダ。

 それは次元世界の中でも最先端を行く魔法を主軸に文明を形成し、数多くの戦乱の時を築いて成り立った魔法世界の名として名高い。そのミッドチルダの平和を支える象徴として知られている時空管理局と呼ばれる平和維持組織はその名を知らぬ者は居らぬ程の規模と知名度を持つ。時空管理局はその名の通り多くの次元世界を管理する維持機関としての活動が有名であるが、その一部は地上本部、つまりはミッドチルダの首都たるクラナガンの平和維持活動も含まれている。

 クラナガンの空を見上げれば必ず視界に入るであろう地上本部を象徴する本部施設は、地上の塔と称される程の高さを誇る。それはクラナガン市民に安心を抱かせる力強い象徴として認知されているが、数多くの管理局員が勤める事のできる敷地を持つために勤務地を迷う新入り局員が絶えない立春へ至る前の寒空に映るその姿は何処か冷え切った印象を抱かせる。それは期待と願望を抱いて就職した若者たちが現実の苦しさを知るには十分過ぎる時が経ってしまっているからか、はたまた日々の圧迫されるような苦渋を絞るかのように過ごしてきた歴戦の局員たちの憂いが気配と化したか。それは一概に言えぬ巨大な組織が故の怨嗟の影と言って過言では無く、それを理解するには数多くの生々しいドラマと地上と海の対立と言う裏事情を加味しても到底噛み砕く事ができないに違いない。

 そんな地上本部の一室で静かに手元の電子資料を読み進める少年の姿があった。少年と青年の間とも呼べる年齢であるに関わらず、成熟した成人のような落ち着いた雰囲気を纏う彼は白い執務官服を身に付けた局員の一人である。そして、付け加えるならばその部屋は彼専用に与えられた個室であり、局長であるレジアス・ゲイズから直々に首都防衛隊に組み込まれた経緯のあるエリート中のエリート街道を行く者である。最年少執務官の名誉を得た二人の少年の内が一人、名をシロノ・ハーヴェイと言う十四歳の少年である。

 

「……少し休むかな。何時の間にか朝が夕方になってるし……」

 

 最年少執務官として一時、否、今でも名を轟かせ続ける二人の共通点は瓜二つな容姿と熱心過ぎる仕事意欲に対する姿勢、つまりはワーカーホリック気質な所が上がるだろう。片や提督の息子、片や英雄の息子。そんな有名なコンビの息子たちである。火の無い所に煙が立たないように、常に彼らの挙動に記者たちの視線は勿論の事、職場の同僚たちからの視線を集めてしまう。そんな生活も一年経てば慣れてしまい、有象無象と肩肘を張らなくなるには十分な時が経っていた。

 有名な珈琲メーカーのドリッパーから仄かにくゆる湯気が立つカップを取り出してシロノは少々悴む両手を暖め、ぼんやりと夕焼けから暗闇へと移り行く光景が見える窓の外を眺めて口を付ける。砂糖もミルクも入れないのは単純に飲み慣れてしまったが故の癖であり、空きっ腹の胃に黒珈琲を落とした事で自身の身体の磨耗具合を理解する儀式でもあった。

 友人たちとは道を違え、次元世界を渡る航行艦とは間逆の地に足を着けた日から既に一年が経っていた。こうして一人で執務を終えた合間にふと空虚さを感じてしまい、士官教導センターでの思い出に浸る姿は何処か寂しさを覚えてしまう。

 シロノの親友であるクロノ・ハラオウンには現役の提督である母リンディの存在がある。それ故に海を主軸とした航行勤務お抱えの執務官となるのは理解していた。そして、そんな彼にほんのりと色を見る年上の少女であるエイミィ・リミエッタもまた通信課と言う肩書きにより海へと渡ってしまった。道を違えた事に後悔は無い。シロノは海ではなく、地上で執務官になりたかった理由があったから。クロノとエイミィも事情を知っているために快くとはいかないが、渋い顔で理解してくれた。

 

「今頃は十二番航行路かな。元気でやってると良いけど……」

 

 とんでもない拾い物騒動だった、と管理外世界での騒動を疲れ顔で通信窓越しに語っていたクロノの表情が脳裏に浮かび、シロノの口元が苦笑の弧を描くように曲がった。苦労性だからなぁクロノは、と自身を棚上げして思い出に浸る表情は何処か寂しげだった。

 

「確か義理の妹さんが出来たんだっけ」

 

 次に浮かんだのは困惑気味のはにかみを浮かべた九歳の金髪少女のスクリーンショット。将来が有望そうな整った顔と痩せ気味ではあるが凹凸のある様子から数年後には立派に育つであろうと頷いてしまいそうな印象を受けたのを思い出す。専用のデバイスと優れた魔法素質から将来性があり、クロノと模擬戦を行なって敗北するも良い結果を出したと嘱託魔導師試験の結果を送って貰って感じた。

 クロノとその少女、フェイト・テスタロッサとの出会いはジュエルシードと呼ばれるスクライア一族が発掘したロストロギアを巡る騒動であり、民間協力者である九歳の少女とスクライア一族の少年が協力を申し出た事で事態の収束に繋がったらしい。らしい、と言うのは実際にシロノがその場に居なかったためであり、報告書として送られたものをレジアス局長から見させて貰ったのとクロノとの通信窓による会話でしか事件の内容を聞き及んでいないからだ。P.T.事件と名付けられた事件内容はシロノからしても目を疑うような経過と結果を齎した事で真新しい。

 

「AAAクラスの魔導師が民間協力者、か。管理外世界出身と言うだけで珍しいのに、素質もあるとすれば正しく突然変異固体なんだろうね。……まぁ、たった二人入っただけで変わるような職場じゃないけれどもさ」

 

 少し温くなってしまった珈琲を一気飲みするとカップを専用の洗浄機へ入れ、両手を組んで上に上げて伸びをしてから職務机へと戻る。執務官試験をクリアしたとは言えまだシロノは駆け出しの時期にある。歳相応な遊びではなく仕事へ没頭してしまうのは彼の気質もあるが、仕事効率を上げるために早く慣れる事を是としているためであり、手にした事件の内容がCランク魔導師による事件の事から難易度が易しいと言う理由もあった。要するに目の前の仕事を終わらせ続ければ骨が立つ仕事が舞い込んでくるだろうという一種の期待だった。

 

「この事件もそろそろ終わるけど……、仕事、来ないかな」

 

 彼へと回される事件の多くはレジアス経由で送られるものが主で、他の仕事があるとすれば首都防衛隊の訓練に従事する事ぐらいだ。手元で操作したレポートを作成し終えてしまった事で暇を持て余したシロノは、師父と仰ぐゼストからの教導メールを閲覧しながら執務官室の隣に設けられた個人部屋へと場所を変える。その個室は閑散とした雰囲気を持つ家具の少ない部屋だった。あるとすれば壁に設置された長机に簡易キッチンと冷蔵庫、そして唯寝るだけためにあるベッドと飾り気の無いクローゼットくらいで、セピア色で統一された部屋には生きていると言う印象を感じない。寝泊りできれば良いという考えで埋められた殺風景な部屋、それがシロノの住む部屋の印象だった。

 時刻を見やれば既に午後八時を回っていて夕食の時間帯に差し掛かっていた。シロノは手馴れた様子で冷蔵庫の中から買い置きの昆布海苔弁当を取り出してレンジへと押し込み、程良く出来上がる時間をセットしてからミネラルウォーターのペットボトルからコップへ移し変える。一杯分を飲んで再び入れなおしたところでレンジの電子音が鳴り、温かい弁当を取り出して長机へと歩んだ。

 

「いただきます」

 

 そう割り箸を割って食事の挨拶をした時だった。

 電子音が寡黙な部屋の空気を震わせてシロノにメール着信を知らせた。ご飯に当たる部位を一口サイズに分ける作業をしつつも、反対の手で端末を操作してメールを見やる。宛先はゼストであり、内容は明日の訓練に参加しろという催促のものだった。是の意を文面に込めて送り返したシロノは、端末を置いて昆布海苔弁当に箸を滑らせ、掴み取ったお新香を口に含む。程良い塩加減に漬けられた温い大根をおかずにご飯を一口摘んだ。

 

「……美味しい、筈なんだけどなぁ」

 

 食べ慣れた味から彷彿するのは数年前の家庭での食事。父と母と机を囲んで食べる暖かなご飯の美味しさを思い出してしまい、ホームシックに似た寂しさを胸に抱いたシロノは気だるげに溜息を吐いて気持ちを霧散させる。

 

「……慣れなきゃいけないのになぁ」

 

 続いて思い出すのは士官教導センター時代のクロノとエイミィとの喧騒の中での食事だった。たった一人で食べる食事に慣れ切れなくて、寂しさを積もらせて行く心中に再び溜息を吐く事しかできなかった。賑やかさが欲しい、そんな一念で端末を操作して空中投影させたディスプレイでテレビを起動した。映ったのはバラエティ番組。お笑いを主軸にした番組内容が有名な人気番組だった。賑やかな画面からの音に少し気持ちを浮かばせたシロノは時折笑みを浮かべて弁当を食べ終えた。

 

 

△▽

 

 

 蒼い軌跡と紅き軌跡が宙を舞う。膂力と身体の発条を万全に発揮し、引き絞られた鋼の肉体から解き放たれる刺突をバトンを回すように杖を振って横合いを打って弾くも、その受けの技術は目の前の修羅に届かぬ域で合ったが故に身体のブレを引き起こしてしまう。不利な体勢に陥ったシロノは距離を取るために、相手の得物を巻き取るような武技を用いるが、あっさりと看破されて腹を打たれた。だが、数多くの模擬戦の記憶を頼りにそれを予測し、後ろへ飛ぶ事で衝撃を殺し一撃を軽減させた。S2Uと言う父の形見である杖型デバイスにプロテクションをコーティングする魔法を用いて強化したシロノは、ただのアームドデバイスである槍型のそれを振るうゼストの猛攻を辛うじて防いでいた。勿論ながらゼストは手加減をしているが本気で向かっている。そんな彼に必死に追いついていられるのは単にシロノの努力の結果である。

 S2Uはストレージデバイスと呼ばれる処理機能に特化したミッド式デバイス、対してゼストが操るそれはアームドデバイスと呼ばれる武装戦闘に特化したベルカ式デバイス。近接戦闘を行なう上で圧倒的にゼストのデバイスが有利であるが、訓練であるため何も問題は無い。むしろ、苦手な部類と模擬戦を行なう事で将来的にベルカ式魔導師と勝ち合う際に未知への隙を無くす事ができる有意義な訓練内容だろう。尤も、相手が首都防衛隊を率いる歴戦の隊長であるが故にシロノに勝ち目は無いのだが。

 

「ぜぇいッ!」

「……力み過ぎだ、ハァッ!!」

 

 十四の握力が成人男性の握力に勝る筈も無く、打ち据えられたS2Uがシロノの手から離れる。一年前のシロノはそこで唖然として終わりだった、いや、そもそも腹を打たれて蹲っていただろう。だが、今のシロノはそこで終わらない。首に添えられる槍の平たい面を魔力で強化した拳で打ち払い、訓練場の地面に爪先を立てて振り上げ砂埃を舞い上げる。その奇策にゼストは少々ばかり驚いた様子で向けていた槍を引き戻し、跳ね飛ばされたS2Uを召喚魔法により手元へ呼び戻したシロノに深い笑みを浮かべて構え直す。幾度の剣戟ならぬ槍戟により体力を削られて肩で息をするシロノもまたS2Uを構えて気丈な眼差しでゼストを見据えていた。

 

「……シロ坊も成長したなぁ。感慨深いもんがあるな……」

「だな。隊長にあそこまでガッツ見せれるとか驚愕もんだぜまったく」

「てか、お前隊長のあの突き受け流せるか?」

「無理だ」

「ですよねー」

「むしろ、何でできるんだ……?」

「ほら、シロ坊ってゼスト隊長が珍しく請け負った弟子じゃん?」

「あー……、そうか。そういう……」

「しかも、副隊長ズの訓練まで受けてるんだぜ?」

「あの子も男の子だったと言うわけだ。……修羅というの名のな……」

 

 防衛隊員たちの会話は常人が聞けば戦慄と言う名の引きを生み出すに違いなかった。ゼストの愛弟子として認知されているシロノの才能は高い。それは古参の防衛隊員から見ても同じ意見である。むしろ、あの修羅の人と名高いゼストに弟子入りを申し出てしまう危うさである。普通ならばあの技量の高さを見て首を振ってしまう所を、手に入れるために猪突の如く駆け抜ける清々しい程の努力家である。数年後が楽しみであるのと同時に、シロノが次世代の陸の英雄となるだろうと言う考えが浮かんでしまう辺り、歳を経たんだなぁと感慨を感じてしまう。

 男性隊員たちの一団とは少し離れた位置に彼女たちは居た。豊満なバストと妖艶な笑みを浮かべる紫髪の女性と目の前の激戦に拳を構えたくなるのを我慢するナイスバディの青髪の女性。名をメガーヌ・アルビーノとクイント・ナカジマ。二人は首都防衛隊の看板娘として名高い経歴を持つ防衛隊のアイドルとも呼べる人物たちである。尤もメガーヌは三歳の娘が、クイントも娘はまだ居ないが既婚済みである。副隊長組として部隊を担う二人によるシロノの評価は高いものだった。シロノに体術を教えたのはクイントであり、魔法技術を与えたのがメガーヌであるからだ。シロノはゼストにより戦闘技法を学んでいるためトップクラスの教導を受けているに等しい。そんなシロノの力試しの場である。楽しみにしていない筈がなかった。

 シールド系魔法であるプロテクションを武装に向かないストレージデバイスにコーティング付与するだなんて魔法は度肝を抜かれる内容であるが、むしろメガーヌはそれを浪漫だと豪語して完成させシロノに与えている。これはシロノがどうしてもゼストに立ち向かいたいと言う相談から、男の子の頑張りを助長するための投資であった。ゼストの一撃をいなすために用いられている足捌きはクイントが与えたシューティングアーツの技法を参考にしている。相手に打ち込まれて尚反撃の拳を振り上げるための受け流し方や発条の練り方などの武道技術まで文字通り叩き込んでいる。

 そのため、シロノは隊長ズによる訓練を受けた正しく修羅の弟子であった。

 

「ふふん、そうそう吹き飛ばされても簡易召喚魔法を遅延させて発動しておけば直ぐに立て直せる。魔法理論は先を見るための技術。ちゃんと身に着けてるわね」

「そうね、あ、見てよあの体重移動。ゼスト隊長の一撃をきちんと受け流せてる証拠よ。基礎を叩き込んだ甲斐があったわね」

「……貴女の場合文字通り叩き込んでるじゃない。いつか壊れちゃうわよ?」

「大丈夫! そんな柔な筋肉トレーニングさせてないから!」

「土台を固めれば大丈夫って話じゃないんだけどね……。あ、そろそろ決まるわね」

「良い頃合いだしね。ゼスト隊長との模擬戦で十分を超えたの今日が初めてじゃないかしら」

「さぁて、良い物が見れるわよクイント」

「……何を仕込んだのよメガーヌ」

 

 マッドな科学者めいた笑みを深めたメガーヌに呆れるように苦笑しつつクイントも膠着しつつ模擬戦の方へ視線を戻す。五メートル程の最高の間合いで対峙する二人の決着を見つめるために。

 先に動いたのはシロノ。しかし、先の先を取ると言う意味ではなく、後の先を取るためのカウンターの構え。自身の最高速の刺突をするために右腕を軽く引き絞った半身の体勢、そして体重は前へ駆け出すための左足ではなく、待ち受けるための右足へ。その視線は同じく刺突の構えで居るゼストの視線を貫く。息は切れて体中は乳酸が蓄積して疲労困憊の状況下でありながらも気丈に敵を見据える姿は、ゼストが教えた武術の心構えのそれ、自分が教えた事を忠実に守っているのを見て笑みを浮かべ、次の瞬間には獲物を狩る猛獣の如く瞳へと移り変わる。

 二歩。それはゼストが生み出した最高速度の刺突を撃つ為に必要な足の動きだ。

 一歩目、全体重を左足へ移し発条を跳ね上げるように用いて地面に足跡を付ける程に踏み込んで前へ跳躍する。その一瞬の刹那で三メートル縮まり、一歩踏み出せば槍の当たる位置へと移動を果たす。

 二歩目、左半身を前面とする半身から右半身を前面へと移り変わる最中に、洗練された肉体により引き絞られた弩弓から解き放たれた右腕に握られた槍が最高速度へと達し、着地の震脚により発した余剰の力が込められて最速に最高の威力が乗る。

 二歩瞬撃突き、ゼストが生み出した我流の突きが今放たれた。

 

「なっ!?」

 

 槍先はシロノの胸から少し外れた致命傷にならぬ臓器から外れた腹部へと吸い込まれるように向かった。だが、着弾の数瞬の刹那にシロノの身体がブレた。それは残像をその場に置き去りにしたカウンター。紙一重で避けた筈の体位からでは考えられない位置から見事な突きがゼストへと迫る。然し、ゼストもまた陸の英雄と名高い武人である。その突きに服の一部を切り裂かれるも肌に当たる事はなく受け流された。ゼストの槍によって残っていたシロノの残像――フェイクシルエットが粉々に吹き飛ばされる。つまり、クリーンヒットしていれば車に跳ね飛ばされるが如き衝撃を受けていたのと相違ないのである。師父の手加減の甘さに戦慄しつつもシロノは限界であったが故にギブアップの声を上げた。お互いの得物が下に下ろされ、シロノは張り詰めていた緊張感から来る精神的な疲れで立つのもやっとだった。然しながら流石歴戦の修羅と呼ばれる男、ゼストは一息を吐いただけで疲れている様子は全く感じさせない。あれほどの突きを放っていながらまだ全力の半分にすら満たないのである。正しく修羅であった。防衛隊員たちは自分たちの頼り甲斐の有り過ぎる隊長の背中に多くの憧れと少しばかりの畏怖、そして信頼を寄せるのであった。

 

「チッ、流石隊長ね。まさかフェイクシルエットの虚像から生まれてしまうブレを見ただけで見破るだなんて、まぁ実戦に使えるレベルにはあるかしらね……」

「貴女ねぇ……、あれは反則じゃないかしら?」

「良いのよ。隊長との模擬戦で禁止されてるのは攻撃魔法と飛翔魔法に分類されるものよ。だから、幻術魔法は有効なのよ。それに、あの緊張状態であそこまでタイミング良くシルエットを出せたシロノ君を褒めるべきね。素晴らしかったわ! これぞ浪漫よ!」

「はぁ、事の妙案はお前かメガーヌ。小手先の技術は身に付かん所か慢心に繋がるんだ、危険率を上げるようなものを仕込むんじゃない。そして、お前もだシロノ」

「……はい」

「使うなら使うで見破られる程度の仕上げで持ち出すんじゃない。どうせなら完璧に仕上げてから使うべきだったな。また一つ手札が割れたぞ」

「えぇー……? 其処なのかよ隊長。其処は小細工なんざ使ってるんじゃねぇって怒鳴る所なんじゃねぇの」

「馬鹿言うな。そもそもあんな土壇場で魔法使う度胸が俺にはねぇよ。あの隊長の突きだぞ?」

「ああ、確か工務課から送られた試作品の武装隊用の耐久レベルS級の模擬ポールが貫通する突きだよな。アレ、性能的には質量兵器の弾丸すら弾く耐久性だって言うのにな」

「非殺傷設定って偉大だなー。悪魔めいた砲撃の方が温いってどういう事なんだよ……ッ」

 

 隊員たちの現実逃避めいた阿鼻叫喚な会話もさて置き、今の模擬戦での反省点を指導されているシロノの表情は酸欠めいた状態から苦しげながらも確かな笑みを浮かべていた。両親を亡くした今、シロノにとってこの場が一番の居場所だった。陸という枠組みで尚突出する首都防衛隊こそが彼の魂の置き所。シロノは彼らこそが自身の家族であると誇り高く言う事ができた。指導を受けるシロノは歳相応な明るさの笑顔を浮かべている。そして、そんな親子のような二人を見て隊員たちは口元を緩ませる。これもまた、首都防衛隊の日常の一つであった。

 同時刻、とある管理世界への襲撃事件が起きていた。保護観察地域に正体不明の魔力反応を確認し急行した所、管理下にあった気性の荒いグリズリーゴンドと言う魔法生物と戦闘を行なう人物があり、本のようなものでグリズリーゴンドの魔力を奪っていた、と言う事件が現地局員からの通報で発覚。「アレはでかい。とてもでかかった」と内容から始まる負傷していながらも何処か満足げな男性職員の証言から、刀剣型のアームドデバイスを持つ女性であった事が判明する。その後、管理世界にて管理されるリンカーコアを持つ魔法生物から魔力を奪う案件が多発する事となる。

 下手人は一人ではなく、三人の姿があったが最新の報告により四人である事が判明。管理局のデータベースより算出された下手人たちの容姿や言動からヴォルケンリッターと呼ばれる過去災害級の被害を出した闇の書の僕であると断定された。その報告をリンディ提督がレティ提督から受け取るのは今から数週間後の事、夏が終わり冬へと至る時期であった。


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