キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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13:穏やかな砂浜

 アインクラッド第80層 8月2日

 

 俺達は77層、78層、79層、80層、81層の攻略を終えて82層に辿り着く事となった。しかし、それにかけられた時間は僅か4日。たったの4日で俺達は5層も超えて82層にやってきてしまったのだった。

 

 その理由はただ一つ、ボス戦の省略だ。

 

 俺達は厳しいボス戦がある事を想定してレベルを上げ、作戦を練り、覚悟を決めてボス部屋に望んだ。しかし、覚悟を決めてボス部屋に辿り着いた俺達を待っていたのは、全てのプレイヤーを拍子抜けさせ、驚かせる展開だった。

 

 78層の時はリズベットが、79層の時はフィリアが、80層、81層の時はシノンが、82層の時はアスナが俺とレイドを組んだのだけれど、ボス部屋に入って待ち構えていたのは、ボスのいない、静寂に包まれた、だだっ広い部屋だったのだ。

 

 骸鎌百足の時のように、部屋の上部などに潜んでいるのではないかと思って辺りを探してみても、リランの力を使って索敵してみても、ボスを見つける事は出来なかった。

 

 しかもその時は、ボス部屋の中であるにもかかわらずリランが元の姿に戻っていた事から、初めからボスがいないという事がすぐにわかった。

 

 それが78層で終わればよかったのだが、その状況は続き、やがて俺達はボス戦をせずに82層に到着、レベル上げやレアアイテムの獲得は迷宮区のみでやる羽目になった。

 

 そんな状況を続けて、俺自身は異変を感じると同時に安堵を抱いていた。確かにボス戦はかなり危険な戦いであり、毎回何が起こるかわからないような状況になる。そんな戦いからプレイヤー達を避けさせて、解放の層へと進む事が出来ているのが、俺は嬉しく感じていた。

 

 だけど、こんなにボス戦のない攻略が続いているのは、明らかにおかしい。普通なら、78から82まで、ちゃんとボスがいたはずで、俺達はそのボス達と交えるはずだったし、このゲームの最大の特徴みたいなものだったはずだ。

 

 

 俺はこの事を受けて、元アーガスのスタッフであるイリスに尋ねた。イリスならば、大方このゲームの仕様を知っており、困った時には何かしらの助言をくれるからだ。――しかし、その期待は容易く破られる事になった。開発者のイリスでも、この状況はわからなかったのだ。

 

 こんな状況が続いて、最後には何が起きるのか、それとも今は何ともないが、どこかで負のエネルギーが蓄積されていて、最終的にはそれが爆発し、大きな災いとなって俺達に振りかかるのではないだろうか。

 

 最悪の事態がいくつも想定出来てしまったが、どれも確証はないし、そもそもそんなにマイナスに考えたって無意味に不安になるだけだ――心理学者の先生であるイリスにそう診断されてしまい、俺はひとまずそんな事を考えるのをやめて、先に進む事とみんなと過ごす事を考える事にした。

 

 ボス戦が無いという異変が起きてはいるけれど、俺達はちゃんと先に進めたし、82層の街をアクティベートする事が出来た。確かに俺達は先に進んで、100層にどんどん近付いて行っている。

 

 異変が起きているならば、それが大きくなる前に100層に辿り着けばいいだけだと、俺は思って攻略を進めようとした。

 

 ……のはいいのだが、やはり度重なる迷宮区の攻略が続いたためか、血盟騎士団及び聖竜連合の中に疲労を訴える者達が数多く現れ、団長である俺にも「あなたはちょっと戦い過ぎ」と、シノンとリラン、アスナからの訴えが来た。

 

 ボス戦をしていないとはいえ、俺達は4日の間で迷宮区を5つも乗り越えたから、疲れが来てもおかしくはないし、このまま攻略を続けても疲れを助長し、かえって危機を呼びかねない。

 

 それを痛いほど理解していた俺は3人の意見を呑み込んで、団長権限を使ってギルドの者達に、2日に渡るノー攻略デーを実施。2日ほど攻略を休む事にした。

 

「キリト兄ちゃん――!」

 

 聞き慣れた男の子の声が耳に届いて、ハッと我に返った瞬間、頭に少し硬いものが当たったような感覚が走った。 

 

何事かと驚きながら周囲を見回すと、そこにあったのは俺の腰ぐらいまで届いている水辺、そこにぷかぷかと浮かんでいるゴムで出来ているような質感のボールだった。しかも、俺の身体は水着である海パン一つだけが纏われている状態だ。

 

 そんな恰好でボールを手に取って、顔を声の聞こえてきた方向へ向けてみれば、そこにいるのは耳が隠れるくらいの長さの、銀色の髪の毛に青い瞳が特徴的な、俺と同じ海パン姿の男の子ユピテル。

 

 その奥には俺の妻であるシノン、娘であるユイ、妹であるリーファ、血盟騎士団の副団長であると同時にユピテルの母親であるアスナ。

 

 そして俺の仲間であるストレア、フィリア、リズベット、シリカ、ユウキ、俺達の頼もしいサポーターであるイリスがいて、最後に俺の相棒であるリランの姿が確認できた。

 

 しかし、普段はばらばらである皆には今、とある共通点があった。――リランを除く全員が、水着を着用しているという点だ。

 

「キリト君、どうしたの――?」

 

「あぁ、なんでもないよ――」

 

 これまで見た事のない、水着姿のアスナの呼びかけに答える。

 

 この80層は22層以来の、モンスターのいない完全安全層で、プライベートアイランドのような美しい砂浜と海、緑が萌える山といった、レジャーに最適なものがいくつもある、完全にプレイヤーを癒すためだけに存在しているような層だったのだ。

 

 最初に到着した時には、その楽園のような光景に目を見開いて驚き、歓喜した。

 

 俺はこの層こそが、休暇に相応しいところであると確信して、ノー攻略デーの間はここで過ごす事にしたのだ。

 

 勿論、俺1人で休むわけにもいかないので、アスナや他の団員達にも声をかけたのだが、アスナは砂浜でバカンスしようと言い出し、予定に含んでいなかったリズベットやシリカやユウキ、いつの間にか連絡を取るようになっていたフィリア、更に第1層にいるイリスとストレアにも声掛けしてOKをもらっていて、結局、かなりの大人数でバカンスをする事になってしまったのだ。無論、その中には俺とユピテル、シノンとユイも含まれていた。

 

 俺とユピテルを除いて全員女性のメンバー。このメンバーが組まれた時には、俺の中にはかなり大きな不安があった。

 

 これだけの女の子達が集まる、完全な女の園――男からすれば楽園や天国を思わせるような状況だ。

 

 女好きのクラインがさぞかし嬉しそうに下心全開で食いついてきて、大きな混乱が起こるだろう――そう思って気を張っていたのだが、クラインは砂浜から離れた地帯に連なる美しい山々を見た途端、「キャンプしに行く」と言って、風林火山の者達、ディアベル達聖竜連合、ゴドフリー達血盟騎士団のむさい者達を連れて、キャンプ用道具を背負ってそそくさと山登りに行ってしまった。

 

 多分だが、SAOに閉じ込められる前には冒険バラエティ番組をよく見ていて、高い山に登ったり、そこにいる珍獣と出会って撮影してみたいという気持ちを抱いていたのだろう。だから浜辺の女体よりも連なる巨大な山を選んで、進んで行ったのだ。

 

 意外だったのは、ディアベルやゴドフリー達もクラインと同じように、山を目指して進んで行ったところだった。ひょっとしたら、キャンプしながらS級食材でも探すつもりなのかもしれない。

 

 実際、彼らは俺達みたいにやたらS級食材を食べているわけではないし、それにあれだけ大きな山だ、S級食材を落とす無害モンスターも沢山いるだろうから、結構見つけられるだろうし、あり付く事も出来そうだ。

 

 ――そう考えていると、普段彼らに良い食事を摂らせていない事が申し訳なく思えてきた。今度、団長命令を使っていいものを食べさせてやろう。

 

「ユピテル、良かったな。みんな一緒に遊べるところに来れて」

 

 ボールを持ってユピテルに近付き、手渡したところでユピテルは笑う。

 

「うん。みんな一緒だから、すごく楽しい」

 

「あぁ。俺もこんないいところに来れるなんて思ってもみなかったよ。ほら、お前のかあさん達のところへ行こうぜ」

 

 ユピテルが頷いたのを確認すると、俺は女性達の集まるところへ戻った。直後に、桃色の競泳水着のようなものを着たユイが少し不機嫌そうな顔をして、俺に声をかけてきた。

 

「パパ、あんな棒立してたって事は、また考え事してましたね?」

 

 やはり俺は考え事に耽ると、頭以外の活動のほとんどを停止させてしまうらしい。ユイの言う通り、俺は岩場の近くまで行ったところで、考え事の世界に入り込んで、そのまま行動を止めてしまった。

 

 そのせいか、何をしに岩場に言ったのかまで忘れてしまっている有様だ。

 

「ごめんごめん。まさかこんな事が続くなんて思ってなかったからさ、つい」

 

 赤と白の目立つ水着のリズベットが腕組みをする。

 

「あんたねぇ……考え事の世界に入ると棒立になるじゃ、戦闘の時大変な事になるわよ」

 

 続いて、黒を基調とした水着を着用しているシノンが少し呆れたような顔をした。

 

「私も何度も言ってるんだけれど、やっぱり癖か何かかしら。ねぇリーファ、キリトは現実にいた時もこんなふうだったの」

 

 意外にも雪のような白色の水着を身に纏うリーファが、少し眉を寄せて言う。

 

「いいえ、現実にいた時のおにいちゃんは、考え事でボーっとする事なんてなかったはずです。この世界に来て変な癖付けたでしょ、おにいちゃん」

 

「た、多分」

 

 俺自身も思うけれど、この世界に来るまでこんなふうにするのはなかったような気がする。この世界に閉じ込められて、非日常的な経験を続けたためか、変な癖までついてしまったようだ。

 

 まぁ頭の回転はものすごく速くなったんじゃないかとは思うのだけれど。

 

「駄目だよキリト。せっかくの休暇なんだから、攻略の事とか全部忘れちゃおうよ」

 

 普段の服の色と同じような紫色の水着を着用しているストレアの言葉に思わず頷く。確かにさっき考えていた事は攻略に関しての事だった気がする。

 

 自分で団員達にノー攻略デーを実施したというのに、俺自身が攻略から離れる事が出来ていないという事実を再確認して、苦笑いしてしまった。

 

「そうだな。今はそういう事を忘れなきゃだな」

 

「そうそう。あ、でも今キリトが行ったところとかには、冒険小説だと思わぬお宝があったりするんだよね。いや待てよ、こういう綺麗な砂浜の近くにある洞窟とかには、宝箱がぎっしり……」

 

「あ、そういうところって、海賊のモンスターとか、もっと行けばクラーケンとかいるんだよね! そういう奴らって適度に強くて、しかも倒すといいものをドロップして……」

 

 水中用ホットパンツと青と白のチェック模様が特徴的な水着を着たフィリア、競泳用のそれのような青色の水着を纏ったユウキが突然目を輝かせ始める。

 

 恐らくだが、水着を着てノー攻略デーを満喫しているにもかかわらず、2人の頭の中の内フィリアのは相変わらず宝の事で、ユウキのはモンスターとの戦いの事でいっぱいのままのようだ。

 

 それを察したのか、フリル付きの白色の水着を着たシリカが苦笑いする。

 

「フィリアさんもユウキさんも、今日はお宝とモンスターの事は忘れてください。せっかくの休日を楽しめませんよ」

 

 最後に、競泳用のそれのような赤と黒を基調とした水着を着たイリスが笑った。

 

「あっはは。みんななんやかんや言って、いつも考えてる事は忘れられないって事か」

 

「そういやイリスさん、子供達はどうしたんですか。これだけのいいところなら、子供達も連れてくればよかったんじゃ」

 

「子供達ならとっくに来てるよ。ただ、ここからは離れた砂浜にいるから、姿を見る事は出来ないけれど。保母達全員を駆り出してみているから、私が居なくたって大丈夫だ」

 

 こうして子供達から離れる事の多いイリスだが、実際子供達の人気者でもある。こんなにいいところに来たのに、イリスと一緒にいる事も、遊ぶ事も出来ない事を残念に思う子供達もいる事だろう。

 

 子供達の大好きな先生を独占してしまっているという事に少しだけ罪悪感を抱くと、イリスが妙な笑みを顔に浮かべて、顎に手を添えた。

 

「しかし意外だな。これだけの乙女が集まっているのだから、クライン君辺りが食いついてきそうだと思っていたのに、まさかの不在とは」

 

「クラインならディアベル達やゴドフリー達を連れて登山に行きました。何でも、キャンプと釣りと、珍獣ハントがしたいらしくて」

 

「なるほど、乙女よりも自然を選んだって事か。その気持ちはわからんでもないな。というか、男達に声をかけていたという事は、君もその1人だったんじゃないかい」

 

 実のところ、俺もクラインの登山に誘われたのだが、それを丁重に断っている。というよりも、断ったのは俺ではなくシノンだった。

 

 シノン曰く、「あなたがいないとユイが寂しがるし、第一あなたが山に出向いたらそこでも何かしらの戦闘行動を行いそう」という事だった。

 

 確かに最近は攻略に出向いてばかりでユイと一緒に居る事が無く、ユイに寂しい思いをさせていただろうし、シノンとも家族の時間を過ごしてやれていなかった。

 

 それに俺が山に行ったら、動物達と戦闘を開始しそうというのも、何だかわかるような気がしていた。

 

 それを自覚した俺は、家族と過ごしたいという思いを優先して、クラインの誘いを出来るだけ不快な思いをさせないように断ったのだった。

 

 まぁその結果、こうして女の子達と一緒に遊びに駆り出される事になったのだが、ユイとシノンが楽しそうにしているから、嫌とは思わなかった。ちなみに俺が誘えなかったから、クラインは代わりにディアベルやゴドフリーを誘ったらしい。

 

「そうでしたけど、ユイやシノンと過ごしたかったから断りました。最近は攻略ばかりで一緒に居てやれなかったので」

 

「いい心がけじゃないか。なら、私達は邪魔者かな?」

 

 俺の隣に、話に出てきていたユイが並んだ。

 

「そんな事ないですよ。皆さんが一緒ですから、もっと楽しいです」

 

 イリスはユイと見てきょとんとした後に、ふふっと笑んだ。

 

「そうか。余計な事を聞いてしまったね。ならばこの休日、一緒に楽しもうじゃないか」

 

 ユイが「はい」と言って頷いた。

 

 そうだ、みんなと一緒に過ごせば楽しいのだ。これこそ、この世界に来てわかるようになった事だし、みんなが教えてくれた事だ。

 

 今日は完全に攻略を忘れて、みんなとの時間を過ごそう。――そう思った矢先、イリスが俺に再度声をかけてきた。

 

「時にキリト君」

 

「はい?」

 

「ここには大勢の水着の美女が集まってるわけだけど、キリト君から見て誰の水着姿が一番絶品かな?」

 

 その質問に俺達は一斉にぎょっとし、頬を赤く染めた。多分だけど、俺の頬も今赤いだろう。

 

 この場にはシノン、ユイ、アスナ、リーファ、ユウキ、フィリア、ストレア、リズベット、シリカ、イリスといった9人の女性がいるが、誰もが水着姿で、美しいボディラインを見せつけてくれている。

 

 男ならば間違いなく興奮を禁じ得ない状況だという事に、何故か俺はイリスに聞かれるまで気が付かなかった。

 

「ちょ、ちょっとイリス先生、何を言い出すんですか!」

 

 慌てるアスナに、イリスはどこか意地悪そうに言い返す。

 

「だってこの場には10人も女性がいるんだ。誰がキリト君にとって一番いい人なのか、知りたくなるだろう。現に私は知りたいのだがね、人間は知識欲旺盛な生き物なわけだし」

 

「だからって……」

 

「それでキリト君。君から見て誰が一番いいのかなぁ? ここにいる10人はほぼ全てが現実のそれと同じ身体つきをしているんだよ」

 

 その言葉に俺は更にぎょっとする。

 

 そうだ、この世界に描写されている人物の3Dモデルは、ほぼ完全に現実の身体を再現したものになっている。即ちこの俺も、ここにいる皆も、現実のそれと同じ身体をしており……水着によってはっきりと相手に見せつけているのだ。

 

 それがわかると、俺は皆から顔を逸らしたくなったが、すぐさまリズベットが声を上げた。

 

「いやいや何言ってんのよ。キリトの一番はシノンに決まってるでしょ」

 

 俺はリズベットの方に顔を向けた。その時横の方で、シノンが同じように顔をリズベットに向けているのが見えた。

 

「な、何を言うのよリズ!」

 

 直後、アスナが頷く。

 

「そうだよね。わたしだったらシノのんを選ぶよ。だってシノのん、すごく綺麗な身体してるもん。ちょっと悔しい部分もあるけど」

 

 シノンが顔を紅潮させて下を向く。うん、俺と恋人らしい行動をしたわけじゃないのに、悶絶しそうになってる。

 

「でもアスナさんだって綺麗ですよ。戦闘服の中は、こんなに綺麗だったんですね」

 

 シリカが少しアスナを見上げながら言うと、アスナが驚いたような顔をする。

 

 確かにアスナの身体は男性が間違いなく美しいと思える見事なプロポーションを誇っている。それこそまるで、丹念に磨き込まれた宝石のようだ。

 

 こりゃあ、ファッションモデルとかもいけるかもしれない。

 

「わ、わたしなの。シリカちゃんだってこの中で2番目に小さいけれど、すごく可愛いじゃない」

 

 まさか褒められると思っていなかったのか、シリカが顔を赤くする。

 

「えぇ、あたしがですか!?」

 

 確かにシリカは身体が小さいけれど、それがまるで小動物のようでとても可愛らしいし、身体つきも中々いい方だとは思う。

 

 ひょっとしたら、直葉が小さかった頃よりも可愛いかもしれない。

 

「あぁ確かに、シリカはユイちゃんと並んで可愛いわね。意外とキリトのストライクゾーン貫いてるかも」

 

「そ、そういうリズさんだってどうなんですか!」

 

シリカに言い返されて、リズベットもまた驚いたような顔をする。

 

 リズベットの身体つきも、実に健康的で綺麗だと思える。本人はそんな事を言われるとは思っていなかったようだが、これはアスナといい勝負だろう。

 

 ――あの時一緒に過ごした人がこんなに綺麗な容姿をしていたとわかった途端、なんだか身体の中が熱くなってきた。

 

「あ、あたし、あたしは……あたしなんかよりもユウキ! ユウキこそキリトのストライクゾーンそのものでしょ!」

 

 明らかにさっきと言ってる事が変わってるリズベットに名指しされて、ユウキが顔を赤くする。ユウキ曰く、自分は完全なアバターであり、現実の身体とは全く違うと言っていたが、ユウキの身体も実にいい形をしている。

 

 というか、ユウキは普段から身体の形がわかる服装をしているから、あまり意外性を感じない。本人に言ったら周りの人達から「イヤーッ」ってされて「アバーッ」って言う羽目になりそうだけど。

 

「ぼぼぼぼぼ、ボク!? いやいやいやいや、ここは一つフィリアでしょ!!」

 

 俺はフィリアの方に目を向けたが……そこにあったのは人が座ればすっぽり入れるくらいの大きさで、中からフィリアの気配のする木箱。

 

 ――どうやらフィリアはあの時の事を思い出して、どこぞの伝説の傭兵の如く隠れたらしいが、同時に俺も顔が赤くなったような気がした。

 

 フィリアは以前、モンスターに食われて防具を溶かされ、その身体を俺に見せつける事になってしまった。だから、俺はもう既にフィリアの健康的で愛らしさと美しさの混ざった身体つきを知っているし――フィリアも俺がそういう事を理解している事を知っている。

 

 フィリアが隠れた事がわかるなり、リズベットが獲物に襲い掛かる獅子の如く木箱に掴みかかる。

 

「こらフィリア――ッ! 出て来なさい――ッ! 出てきて身体晒しなさい――ッ!」

 

「いや――ッ! いやぁぁ――ッ! 揺らさないで――ッ!」

 

 中から声のする木箱を揺らすリズベット。その光景をシュールに思っていると、ストレアがいきなり俺に言った。

 

「みんな綺麗だけど、キリトはやっぱり胸の大きな人が好きでしょ! という事で一番はアタシ!」

 

「えええええええ!?」

 

 思わず声を張り上げて驚くと、全員の注目がストレアに集まった。誰もが驚いたような顔をしている最中、イリスがふふんと笑った。

 

「なるほど、キリト君は巨乳主義か。ならば軍配は私とリーファとストレアに上がるね」

 

 俺は決して巨乳主義ではないし、巨乳の女の人が絶対に好きなんて事だってない。

 

 だけど、よくよく確認してみれば巨乳の1人であるリーファはとてももちもちしていそうな肌をしているし、何よりこの前抱き締めた時はとても大きな暖かさを感じた。

 

 更にあの時は言えなかったけれど、リーファの胸の感触はリランの身体を超えるくらいに柔らかくて気持ちいい。恐らく触り心地で言ったらリーファが一番だろう。

 

 そしてとんでもない事を言い出したストレア。ストレアの身体もまたかなり触り心地よく出来ており、胸の感触も恐ろしく良い。

 

 まぁあの時は押し付けられて窒息しかけたけれど、胸の感触は――滅茶苦茶よかった。きっと全身あんなふうに柔らかいクッションのような人だろう、ストレアは。

 

 そして、他の女の子達は持っていない大人の色気を持っている最後の巨乳の人ことイリス。この前見た時から思っていたけれど、イリスのプロポーションはファッションモデルやヌードモデルと比べてもほとんど違いないくらいに美しいうえに、ストレアのボディのモデルとなっているだけあって胸も大きいのだ。

 

 触った事はないけれど、多分これ以上ないくらいに触り心地の良い身体なのだろう、あれは。

 

「違いますよ。俺は巨乳主義じゃないです。ストレアもとんでもない事言いだすなって!」

 

「じゃあ、誰が一番いいんだい? 一通り見て回ったから、もうわかるだろう」

 

 俺はぐるりと視界を回したが、ここに集まるすべての女性が、かなり真剣な表情を浮かべて俺の事を睨んでいた。それこそ私を選びなさいと命令しているかのように。

 

 けれどその中で一人だけ、そんな顔をしていない人がいた。

 

 まるで降り積もった雪のような白さと、陽の光のような温かさの混ざった綺麗な肌色をしていて、胸の大きさは本当に標準。

 

 しかし、時折可愛らしさと美しさを見せつける身体つきで、そんな事を一切気にさせないという、この人を除いて誰も持っていない特徴を独占している人。

 

 ――それは、シノンだった。

 

 最初にリズベットの言っていた事が正解だ。俺の中では、やはりシノンが一番の女性なのだ。

 

「……ノン」

 

「はい?」

 

 俺はか細い声で、言った。

 

「……シノンが、一番、だよ」

 

 まるで風に吹き消されてしまいそうなくらいに小さな宣言。しかし、その声はこの場に集まる13人全員の耳に行き届き、その顔を唖然としたような表情へと変えた。そしてその顔のまま、ゆっくりと全ての視線がシノンに集まった。

 

 こんな大勢の前で、夫から水着姿が一番美しいと告白されたという、普段から絶対に避けていたかった事柄が、起こされてしまった現実。

 

 それを全身で受けたシノンは顔をゆっくりと紅潮させ、やがて頭から湯気のようなエフェクトが出始めた直後に、

 

「……………………きゅぅ」

 

 という小さな声を漏らして、シノンは後ろの砂浜に倒れた。

 

 シノンの悶絶が極限まで高まるとどうなるのかという答えが弾き出された瞬間だったが、すぐさまその場はかなりの混乱に包み込まれた。


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