キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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07:アルゲードの街

 50層ボスを打ち倒した俺達は、無事に51層の街へと辿り着いた。しかし、それでも犠牲者が5人も出てしまったためディアベル達は一旦本部へ戻り、巨像に殺された5人の葬儀を行う事になった。けれど、その前に俺はディアベル達にリランの事と、そして今回の戦いの事の真実を話す事にした。

 

 あくまで推測でしかないけれど、俺の《HPバー》の下部に現れていたゲージは俺が敵に攻撃をする度に増えて行き、右側まで来たところで、俺がリランの名を叫ぶ事によって、リランが元の姿に戻るという仕組みらしい。

 

 

 そもそもリランはボス部屋に入った時に小さな姿になっていたため、ボス部屋に入ると姿が制限されて、ゲージを溜める事で姿の制限を解き放ち、戦闘を開始できるという仕組みだろうと推測し、皆に話した。

 

 みんな素直に聞いてくれて、そう言う事情があったのかと、ひとまず納得してくれたのには驚いた。普通だったら俺の話を疑うところだろうけれど、やはり事前にディアベルが思いきり怒った事が大きかったようだ。またイザコザが起こらなくて、本当によかった。

 

 

 話が終わったところで、俺はディアベル達と別れたが、その時に聖竜連合の一人が、俺に話しかけてきた。何でも、俺を糾弾した事の詫びがしたくて、アイテムを一つ渡したかったらしい。そしてそれは、ボスが倒された後のボス部屋で見つけたアイテムなんだそうだ。

 

 そんなものはいらない、お前が持っていてくれと言ってやったが、プレイヤーはこれを渡さなきゃ謝った気になれないといい、ほぼ押し付ける形で俺にアイテムを渡してきた。もう引き下がる様子が無かったのでアイテムを受け取り、生き残ってよかったと言ってやったところで、そのプレイヤーは俺に軽く頭を下げて、ディアベル達と共に聖竜連合本部へ向かっていった。

 

 いきなり手渡されたよくわからないアイテムを手にした後に、俺はリランを連れて一旦50層の街に戻り、その中を歩き出したけれど、考える事をやめられなかった。

 

 

 俺はリランという大きな力を得る事が出来た。だけど、それでもなお5人もの死者を出すような戦いをしてしまった。それが心残りで、思い出すだけで胸が痛むような気がする。あの戦いは、本当に犠牲者を出さなければならない戦いだったのだろうか。

 

 俺の考えを察したのか、リランの《声》が頭に響いてくる。

 

 

《気に病むなキリト。お前に他の者達を守れとは言ったが、全てのプレイヤー達を守る事は出来ぬ。いちいち気に病んでいたら、お前が精神をすり減らしていくだけになってしまう》

 

「じゃあどうすればいいんだよ。俺はもう、誰も死なせたくない」

 

《お前と我が力を合わせたとしても、守れない者は出てくる。ならば、この者だけは守りたい、こいつの事だけは心の底から守ってやりたいと思える奴を探せばよいのだ。そうすれば、必然的にその周りにいる者達も守れるようになるだろう》

 

「心の底から守りたい者? なんだよそれ」

 

 

 リランが俺の肩から飛び立ち、目の前に躍り出る。

 

 

《心の底から守ってやりたい、こいつだけは絶対に守り切ってこの世界を脱したいと思えるような奴はおらぬか》

 

 

 言われて立ち止まり、俺は思考を巡らせた。

 

 守ってやりたい人と言えば……ギルド《風林火山》のリーダーであるクラインと、フリープレイヤーでありながら、ほぼ毎回フロアボスとの戦いに参加してくれて、他のプレイヤーを守るような戦い方で周りから厚い信頼を得ているエギルだ。

 

 クラインはどんなことになろうと俺の事を見捨てたり、見損なったりする事なく俺の事を信頼してくれている友人だ。49層のフィールドボス戦で見捨てたつもりだったが、50層クリア後にクラインは俺に向けてメールを寄越しており、その中身は俺の勝利を祝い、お前の事だけは決して見捨てないという内容だった。

 

そこの事から、俺はクラインにも見捨てられていない事がわかった。だから、俺はクラインの事を守りたいと思っているのだろう。

 

 エギルはディアベルと同じように、第1層での俺の振る舞いを汚れ役を買うための演技だった事を見抜いており、俺の事を信頼してくれている大人だ。それにエギルは周りのプレイヤー達の育成にも手を入れており、厚い信頼を重ねている人物でもあるから、このアインクラッドから外してはならない人物だと思っている。

 

 エギルも守り切って現実に返してやりたい。……男ばっかりだな、俺が守りたいって思える人は。

 

 

「男ばかりだけど、今のところは二人いるよ。クラインとエギルという奴だ」

 

《その二人は今どこにいるのだ》

 

 

 俺は連絡先ウインドウを開いてクラインとエギルを探す。

 二人の居場所を示す箇所に視線を送ると、二人ともこの層にいる事がわかった。まぁせっかくボスが倒されて街がアクティベートされたんだから、来るんだろうな。

 

 

「丁度二人ともこの街中に入るみたいだけど……会うのはエギルとだけがいいかな」

 

《む? それは何故だ》

 

「クラインは小規模ギルドのリーダーなんだよ。だから周りの連中との打ち合わせだとか、そういうのがあるはずだ。エギルは基本フリープレイヤーだから、会おうと思えば会える」

 

 

 リランが納得したような表情を顔に浮かべる。

 

 

《ならばエギルに会いに行くといい。お前の話が通じる相手なのだろう》

 

「そうするつもりさ。ほら、いくぞリラン」

 

 

 声をかけるとリランは俺の肩に戻り、俺は歩みを再開してエギルのいる場所を目指した。しばらく歩いていると、エギルの居場所を示す反応が強くなってきたが、周りを見たところで少し驚いた。ここは、商業区だ。エギルは基本的にバトルオンリーのプレイヤーのはずで、商業区なんかにはほとんど縁のなさそうな奴なのに。

 

 

「意外だな……エギルが商業区に来てるなんて」

 

 

 呟きながら更に歩くと、目的の人物の姿が見えた。180cmほど長身で背の筋骨逞しい体格で肌が褐色、更にスキンヘッドで髭面という強烈な要素を大量に含んだ容姿。間違いなく、俺が第1層から信頼を置いているプレイヤー、エギルだ。あの動きは、何かを組み立てる準備か?

 

 

「おい、エギルー!」

 

 

 声が届いたのか、エギルはこちらを振り向いた。

 そして、驚いたような表情を顔に浮かべて手を振ってきた。

 

 

「キリト!」

 

 

 周りのNPC達にも少し目をくれながら、エギルの目の前まで俺は走る。

 

 

「エギル、お前も50層に来てたんだな」

 

「あぁそうだとも。聞いたぜキリト、お前が50層のボスをぶっ倒したんだってな。とんでもなく強いボスでもぶっ倒しちまうんだから、本当にお前は恐ろしい奴だよ。でもまぁ、Congratulations、だな」

 

 

 第1層から気になっているが、エギルは英単語をかなり滑らかに口にする。エギルの見た目から察するに、きっとアメリカ辺りから移り住んできて長い人なのだろう。

 

 そして俺がボスを倒したという情報は、いつの間にかエギルの元にまで届いているらしい。十中八九ディアベルまたは聖竜連合の誰かが流したんだろうけれど、これならきっとクラインの元にも情報が行っているだろう。

 

 

「まぁ、とんでもないボスだったけどな。おかげで、5人も死者が出てしまった」

 

「5人? 5人で済んだのか!?」

 

 

 エギルが突然驚いたものだから、俺まで驚いた。

 

 

「いきなりどうしたんだよ」

 

「お前知らないのか? 血盟騎士団の集めた情報によれば、50層ボスは死者が20人以上出される可能性を孕んだ大ボスだって公表されてたんだぞ。それをお前、たったの5人の犠牲で終わらせたっていうのか? 4分の1だぞ?」

 

 

 あのボスが、死者20人以上出す危険性を孕んだボスだって? そんな情報は聞いていない。というよりも、ディアベルと一緒に進んで、そのまま勝ってしまったようなものだったから、情報は最低限のものだけしか持って行っていなかった。おかげであいつにビームを吐かれて5人も死者が出たんだ。

 

 だけど、俺達が勝利した最大の要素は、俺の肩に乗っているこいつのおかげだ。

 

 

「それはだな……」

 

「って、なんだそいつは?」

 

 

 言う前に、エギルは肩に乗る相棒に気付いた。まぁ、今まで俺の肩にいなかったんだから、驚いて当然だな。それにまだ、紹介すらもしてないから、自己紹介させないと。

 

 

「35層で出会った俺の《使い魔》だよ。名前はリランっていうんだ」

 

 

 エギルはさぞ興味深そうに肩のリランに着目する。その目はまるで、これまで見た事が無い珍しいものを見るような無邪気なものだった。

 

 

「これは……新種か? それに《使い魔》という事はお前、《ビーストテイマー》になったっていうのか?」

 

「そうだ。俺は攻略組が49層を攻略してる時にそいつと出会って、《ビーストテイマー》になったんだ」

 

《そういう事だ。我が名はリラン。よろしく頼むぞ、エギル》

 

 

 エギルはまた驚いたような顔をして周囲を見回した。この反応は、ディアベルと同じ反応だ。

 

 

「な、なんだこの声は。今、頭の中に声が……何を言っているかわからねえと思うが、本当だぜ?」

 

「あぁそれはリランの《声》だ。こいつはちゃんとした意思を持っていて、念話という頭の中に直接話しかける形で喋る事が出来るんだ」

 

 

 エギルがリランを注視する。

 

 

「しゃ、喋れんのかそいつは!?」

 

「あぁ……っていうか、えらく驚いているなエギル。《使い魔》なんてこんなものなんだろう。こいつがでかくなって、50層のボスと張り合ったんだよ」

 

 

 エギルが眉を寄せて混乱したような表情を浮かべ、俺に話しかけてきた。

 

 

「ちょ、ちょっと待てキリト。お前の言っている事、俺が聞いてきた《ビーストテイマー》の情報から滅茶苦茶離れてるぞ」

 

「え?」

 

《どういう事だ》

 

 

 エギルはひとまず中に入ってほしいと言って、近くにある店屋のような建物の中に入り込んだ。その後を追って入り込んでみると、そこは本当に店屋のような内観だった。いや、店屋。まだ商品とかは並んでいないけれど、NPCのいない店屋だ。だけど、ここの事を聞くのは後でもいい気がする。今は、《ビーストテイマー》について知りたい。

 

 

「それでエギル、《ビーストテイマー》の情報と俺が食い違っているっていうのはどういう事だ」

 

 

 エギルが気難しそうな表情を顔に浮かべる。

 

 

「そいつだよ、キリト。そのリランとかいう奴が、今まで聞いてきた話に出てくる《ビーストテイマー》から離れまくってやがるんだ。そもそもキリト、まずはリランについて教えてくれないか。今はそれを確認しなければどうともいえない」

 

 

 今まで俺は、あまりリランの事を深く他人に話そうとは思ってこなかった。そしてリランのような奴が、《使い魔》のデフォルトだと思っていたけれど、どうやらそれは違うらしい。それにエギルは信頼できる奴だと熟知しているつもりだから、話してやってもいい。

 

 

「わかった。リランは……」

 

 

 俺はリランと出会った時の事や、リランの特徴、そしてリランを連れたボス戦の事を全てエギルに話した。そしてそれを聞き終えたエギルは、さぞ目を丸くした。

 

 

「なるほどなぁ……やっぱり俺の情報からは離れてやがる。そして、名前の由来はIT用語の《Rerun》か。如何にもお前らしいな」

 

「そんな事はどうでもいいさ。それで、お前の知ってる《ビーストテイマー》の情報ってどんなのなんだよ。俺はその辺りの情報を詳しく知らないんだ」

 

 

 エギルは凛とした声で、俺に《ビーストテイマー》の情報を話し始めた。

 

 まず、《ビーストテイマー》になるための条件は存在しておらず、極稀に戦闘を仕掛けてくるはずのモンスターが友好的な態度をとって来て、その際に餌を与えるなどして飼いならす事に成功すると、そのモンスターがプレイヤーに懐いて《使い魔》となり、懐かれたプレイヤーは《ビーストテイマー》となるのが一般的らしい。

 

 そしてその《使い魔》は基本的に大した力を持たない小動物型のモンスターしかならず、また同族のモンスターを倒し過ぎると《ビーストテイマー》のイベントが発生しない、そして何より、《使い魔》は喋らない。

 

 これらが、《ビーストテイマー》やその周囲にいるプレイヤー達から聞いた情報だとエギルは言った。

 

 

 確かに、俺のリランとはかなり離れている情報だ。リランは本来の姿は、俺が背に乗れるくらいのドラゴンだし、ボスと張り合えるくらいの大きな力と高い知能を持っているみたいだし、こいつ以外の《The_SwordDragon》を見た事が無いし、何よりリランはプレイヤーと同じように自分で考えているかのごとく喋る。

 

 

「それ、本当なのか? そうなると、リランはかなり一般的な《使い魔》から離れてるじゃないか」

 

「だから言ってるんだよ。それに、こいつはどういうAIを積んでやがるんだ? こんなに俺達の事を理解したような話をしたりするのは、NPCのAIですらあり得ないっていうのに」

 

「俺にもよくわからない。というかわからない事だらけだよ、こいつに関しては。イベントで出てきているようには見えないし、AIのルーチンからは外れたような行動取ってるしで」

 

 

 リランの顔に顰め面が浮かぶ。

 

 

《……それは我を悪く言っているのか、キリト》

 

「いやそうじゃないよ。お前は俺達が見てきたモノの中で一番個性的だって言ってるんだ。それにお前には助けられてるから、悪く言うつもりはないさ」

 

 

 その時、俺は思い出した。イベントによるものなのか、そうじゃないのかわからないけれど、リランは記憶喪失になっていて、この旅を記憶を取り戻す旅にすると言っていた。今50層に辿り着いたわけだけれど何か思い出しただろうか。

 

 

「そういえばリラン、何か思い出したか。お前記憶喪失なんだろう。ここまでに何か思い出した事はないのか」

 

 

 リランは首を横に振った。

 

 

《ないな。わかった事と言えば、お前がボスとの戦いを続けていると我に力が戻り、元の姿を取り戻して戦闘が出来る事くらいだ。その他は、思い出せておらぬ》

 

 

「そうか。一体どうすればお前の記憶を取り戻せるやら……」

 

「やれやれ。お前は運がいいのか悪いのかわからない奴だなキリト。運よく《ビーストテイマー》になれたかと思えば、よくわからない奴が《使い魔》になっちまったなんて。だけど、お前の話が本当なのだとすれば、お前はとんでもない力を得たって事だな」

 

「あぁ。リランの力は大きくて強い。今後フル活用出来れば、ボス達をバッタバッタ倒して先に進み、この世界を早く終わらせる事が出来るかもしれない。この、デスゲームを。そして、今後は死者数を大幅に減らす事も出来るはずだ」

 

 

 エギルが頷き、リランを見つめる。

 

 

「そうだな。リランの力があれば、俺達の戦力は必然的に上昇し、ボス戦でも死者が出なくなるな。リランの力を使って、他のプレイヤー達を守りつつ戦う事が出来るんだから。だがそれにはお前の技術も必要だろう」

 

 

 エギルと同じ考えだった。50層のボスとの戦いは、リランの力に振り回されていた方だった。リランの大きすぎる力を操る事が出来ず、リランに勝手に攻撃させてソードスキルを放たせて、ボスを追い詰めた。あの時はよかったけれど、俺自身がリランの力を制御できなければ、今後はリランをボスの攻撃に晒す事になるかもしれない。

 

 ボスは時々あんなふうに強い奴が出てくる事もある……リランだってちゃんと《HPバー》があるのだから、攻撃によってダメージを受けるし、ゼロにされれば死ぬ。リランの力で皆を守るつもりだけど、俺がリランを制御できなければ、意味がない。

 

 リランの背に乗って指示を出し、ちゃんとした動きをさせてボスに着実に攻撃し、尚且つ皆を守る。それが出来なければ、きっといつか(つまず)く。躓く事は、死を意味する。

 

 

「そうだ。さっきの戦いは、リランを暴れさせていただけだった。あんなんじゃいつか、リランの方がやられる時が来る。どんなにリランが強くても、いずれやられる」

 

 

 リランが驚いたような顔をする。

 

 

《何を言っておるのだキリト。我はあれだけの力があるのだ、この先のどんな敵だって蹴散らせるぞ》

 

「それはお前がそう考えているだけだよ。この鉄の城のボス達は、層を進む毎に強くなっていくんだ。お前の力は確かに強いけど、あんなほぼ戦法無しの戦い方じゃ駄目だ。いつか、お前が負ける時が来る。負けたら、死ぬんだぞ。

 現にお前は、俺が避けろとか言ったのに、聞いてくれなかったじゃないか。もしあれがお前でどうにもできない攻撃だったらどうするつもりだったんだよ」

 

 

 リランの言葉が詰まる。

 

 

「俺は確かにお前の力を信じてる。だけどあんなに無鉄砲に戦ってたら駄目だ。

 お前の主として命ずるぞ、リラン。次からは出来るだけ俺のいう事を聞いて戦ってくれ。俺も索敵や敵の動きの解析の技術の底上げを行うから」

 

 

 リランはどこか腑に落ちないような様子を見せたが、やがて俺と目を合わせた。

 

 

《……あれで我はお前を守っているつもりだったのだが、お前が言うならば仕方あるまい。

 次からはお前の指示を受けるようにしよう。信用できる指示を頼む》

 

 

 意外と素直に聞いてくれて、俺は少し驚いた。頑固そうな口調をしているけれど、中身は意外と素直な奴だ、こいつは。

 

 

「お前の力はボス戦を除く圏外で発動できるみたいだし、そこでモンスター達と戦って、訓練しよう。技の発動タイミングや特徴、お前の機動性だとか攻撃力を掴む事は出来るから。今後ボス戦での、お前のドラゴンの姿発現は、俺とリランが一体になるような感じが重要なのかもしれない」

 

《そうかもしれぬな》

 

 

 それまで話を黙って聞いていたエギルが笑む。

 

 

「なるほど、『人竜一体』といったところか。確かにそれが一番いいだろうな。リランが大きな力を振るい、その力をキリトが制御する」

 

 

 『人竜一体』か。なかなかいい響きだ。

 そう思った時に、俺はあのゲージの事を思い出した。そういえばあのゲージには名前がないし、正式名称もわからない。それでも名前は必要なはずだから、エギルの発現からとって……。

 

 

「それじゃあ、俺の《HPバー》の下に出たゲージの名前は、仮にだけど、『人竜一体ゲージ』にでもしよう。そして、ボス戦でお前が元の姿に戻って俺が背に乗っている状態は」

 

《『人竜一体』か。うむ、悪くない》

 

「気に入ってくれたか。それじゃあ、これからは名前負けしないようにやっていくぞリラン。とりあえず、この層のモンスター達で訓練を積もう」

 

《承知した》

 

 

 リランが頷くと、俺も思わず頷いた。直後、エギルが言ってきた。

 

 

「分けのわからない奴をテイムしたみたいで心配だったが、どうやら余計だったらしいな。お前の相棒はいいやつだ。話を聞いてくれるし物わかりもいい……下手な人間よりも良く出来てるかもな」

 

 

 思わず全くだと言ってしまった。リランは厳格な喋り方をするけれど、根はいい奴だ。今の話だって何か反論してくると思ったら、自分の行いに反省点があった事に気付いて呑み込んでくれた。今ならば、《使い魔》がリランでよかったと思える。

 

 それでも、リランが何者なのかは突き詰めて行かないと。この学習能力が何なのか、自分で考える事が出来ているような感じは何なのか、全て解き明かしていかないと。

 

 

「さてとエギル。そういえばなんでここにいるんだ?」

 

「どういう事だ?」

 

「なんで50層に来たんだって聞いてるんだよ」

 

 

 エギルは事情を話した。何でも、エギルは一旦攻略から離れて商人プレイヤーとなり、この層で故買屋を開く事にしたらしい。そしてこの建物が、これからエギルの商いを行う店になるそうだ。

 

 

「お前、商売を始めるのか」

 

「あぁ。そのための準備もとっくに終了してる。あとは開店するだけだ。

 もしよかったら今後、お前も利用するといい。不要な武器やアイテムを手に入れたりしたら、買い取ってやるよ。少なくとも周りのNPCどもの店よりかはな」

 

「そっか。考えておくよ」

 

 

 事情を把握した後に、俺はリランを連れて、フィールドでの訓練をするために街の出口を目指して歩き出した。――はずだったのだが、いつまで経っても裏路地から抜け出せない。というか、入り組みすぎててどれが裏路地で、どこが表通りなのかわからない。

 まるで、迷路の中に入り込んでしまったみたいだ。

 

 

「なんだよこの街、どこがどこなのか全然わからないぞ」

 

猥雑(わいざつ)なところだな。これでは街を抜けた時には夕暮れ時になっていそうだ。とにかく今は裏路地にいるようだから、広場を目指した方がいいだろう。広場に行けば、地図くらいはあるはずだ》

 

 

 リランの言葉を聞いて、俺は頷いた。街の地図は基本的に広場の方にある。フィールドに通じる門を探すよりも、まずは広場に向かう方がいいかもしれない。

 

 

「わかった。ひとまず広場を目指すとしよう」

 

 

 リランを肩に乗せて、俺はしばらく歩きまわった。エギルの店から出て40分程経っただろうか、歩き回り続けて、ようやく俺とリランは広場に辿り着いた。もう、フィールドに出る前に疲れ切ってきってしまって、とても訓練どころではない。周りを見てみれば、プレイヤー達の姿がない。どうやらみんなこの街の迷路の中に入り込んで、抜け出せなくなっているらしい。

 

 

「何なんだよこの街……広すぎるだろ……」

 

《妙な店も沢山あったな。とりあえずこの街で宿をとる時にはその店の雰囲気に気を付けた方がいいだろう。明らかに入ったら出て来れなさそうな宿屋があった》

 

「同意する。寧ろ、ここは本当に攻略のために寄る時だけで、寝泊りする時は他の層へ飛んだ方がいいかもしれない。ていうか、如何せん広すぎるんだって。いや、広いのはいいけど入り組みすぎなんだって」

 

 

 でも、広場の転移門近くを見てみれば、ちゃんと地図がある。あそこを見れば現在地がどこなのか、そしてここからどこへ向かえばいいかわかるはずだ。地図の通りに進めば、迷路を答え合わせするかのごとく進む事が出来るはずだ。

 

 

「とりあえず地図を見に……」

 

 歩き出したその時、リランがいきなり俺を呼び止めた。

 

 

《キリト》

 

「なんだ」

 

《空を見ろ。なんだかおかしいぞ》

 

 

 言われて、俺は空を眺めた。

 50層の空は真っ青で、雲一つない。今日の気象条件は快晴らしい。のだが、妙だ。その空の一部に妙な光がある。あれは……転移のテレポートの光か? かなりそれに似てる気がするんだけど……。

 

 

「あれは転移結晶でのテレポートの光じゃないか?」

 

《あんな高いところに転移する者がいるものか。そもそも転移の光とは色が違うではないか》

 

 

 確かに、転移をする時には青と白の光が出るけれど、あの光は、黒と赤の光だ。まるで色調が逆になってしまったかのような色の光、勿論あんな光が出る現象は知らない。

 

 

「何なんだ、あの光……」

 

 

 その時だった。赤と黒の光が一気に強くなり、まるで空に穴が開いたような形を作った。そしてその穴から、何かがゆっくりと降下する。その形は人に良く似ている――いや、人間だ。空の穴から、人間が出てきた。

 

 

「お、おいあれは!」

 

 

 俺が言った直後に、穴は閉じ、穴から出てきた人は重力に引っ張られて落ち始めた。ここは圏内だから落下ダメージはないだろうけれど、精神的なショックを受けるのに間違いはない。思わず落ち来る人の真下へと走り出して、「間に合え!」と口の中で呟く。

 

 そして、本当に間一髪のところで俺はスライディングし、落ちてきた人を受け止めた。ぐっと腕にかかった重みに耐えて、受け止めた人を地面にぶつけないようにする。走行とスライディングのスピードがなくなって止まったところで、俺は一息吐いた。

 なんとか受け止める事に成功したらしい。

 

 

「よかった……」

 

 

 後ろからリランの《声》が聞こえてきた瞬間に、リランは俺の隣まで高速で飛んできた。

 

《キリト、無事か!?》

 

「あぁ、何とかな。それよりもこの人だ」

 

 

 俺は受け止めている人に目を向けた。

 黒と緑と赤の三色で構成された少しだけ露出度の高い衣服を身に纏い、白い片胸当てを付けている、耳が出るくらいの長さで、耳の前で髪の毛を白いリボンで纏めた黒いショートヘアの、俺と同い年くらいに見える女の子だった。

 

 




キリト&リラン、人竜一体を目的に。
そしてついにメインヒロイン登場。

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