キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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06:迫り来た陽炎

 

 

「メディ……ナ……!?」

 

 

 確かに彼女だった。だが、その右半身はところどころ赤い光が漏れ出している鎧のような黒い装甲に包み込まれていて、両足も装甲で構成された獣の足先のようになっているという、異様な姿をしていた。

 

 

「割と早い再会になりましたね、大罪人キリト」

 

 

 そして半異形となっているメディナの右隣の背後に、元凶ハァシリアンの姿もあった。グラジオの話には何一つ嘘などなかった。あまりの光景に頭の中が(しび)れてきそうだったが、なんとか抑え込んで、キリトはメディナに尋ねる。

 

 

「メディナ……君、その姿は……!?」

 

 

 メディナは「んー……?」と言って自身の右手を見た。その後に、見せびらかすような仕草を取る。

 

 

「救世主の姿だ。お前達大罪人共を討ち滅ぼし、真なる最高司祭様を(よみがえ)らせて人界を救う、英雄の姿……だそうだぞ」

 

 

 救世主に英雄?

 

 俺達大罪人?

 

 わけのわからない言葉ばかりが(つら)ねられていて、メディナらしさが全く感じられない。見た目と一緒に中身もおかしくなっているのか。……もしかしたら、今目の前にいるメディナは、メディナの皮を被って擬態している何かで、メディナ本人はどこか別なところにいるのではないか――そんな気さえもしてくる。

 

 

「大罪人だと? いや、その前に教えてくれ。君はどうして俺達の前から何も言わずにいなくなったんだ。それに、この状態は……」

 

 

 メディナは「ふぅん……」と声を軽く出してから、答える。

 

 

「挨拶もなしに消えた事で迷惑をかけた事については謝罪しよう。だが、お前達にとって私なぞ、必要がない存在だ。居なくなったところで困らない。最初からそうだったろう」

 

「そんな事あるわけないじゃないか! 君は僕達にとって、とても大切な仲間だ! 君が居てくれないと駄目なんだよ!」

 

 

 ユージオが大声を出して言うと、皆も(うなづ)いた。ここにいる全員が、メディナを心配してあちこちを探し回り、この西帝国へと赴いてきた者達だ。当然、メディナを居ても居なくても変わらない存在だと思っている者など居はしないし、誰もがメディナを必要としている。だからこそ、ここまで来たのだ。

 

 その事を話そうとしたところで、メディナは(うつむ)いた。

 

 

「よくも、よくも……つを」

 

 

 ぼそぼそと何かを言っている。声が小さいせいで上手く聞き取れない。メディナ、君は何を――とキリトが思ったタイミングで、メディナはかっと顔を上げた。

 

 

「私に真実を隠していたくせに、今ここでよくそんな事を言えたよな!!」

 

 

 まるで心からの叫びだった。しかし、真実を隠していたというのが何の話なのか掴めてこない。キリトと同じ事を思ったらしいベルクーリが尋ねる。

 

 

「真実ってのは、何の話の事を言ってるんだ。それだけ教えてくれねえか、メディナの嬢ちゃん」

 

 

 メディナはぎりっとキリトを(にら)み付けてきた。これまでの彼女からは見た事がないくらいの鋭い眼光がそこにあった。

 

 

「……キリト。お前はセントラル・カセドラルの最上階まで登り、真なる最高司祭様を殺した大罪人だったのだな。そしてお前達対策本部は、最高司祭様が偽物と入れ替わっている事を隠し通し、私を含めた人界の全ての人々に知らない顔をしていた。そうだろう」

 

 

 キリトは思わず「なっ」と言ってしまった。メディナが今した話は、整合騎士達を中心とした対策本部の中でもごく一部の者達しか知らない情報であり、機密事項だ。何故それをメディナが知っている――そう思ったところで、アリスがメディナと同じくらいに鋭い眼光である場所を睨んだ。そこはハァシリアンの居る位置だった。

 

 

「ハァシリアン、お前がメディナ殿にそのような事を吹き込んだのですね」

 

 

 ハァシリアンは「ははっ」と笑った。明らかにこちらを嘲笑している。

 

 

「事実ではありませんか。お前達対策本部は真の最高司祭様を殺害し、偽物の極悪人にその座を乗っ取らせ、人界の支配者になっている。そうではないですか」

 

「偽物の極悪人はそちらの言う最高司祭です。《あの者》……アドミニストレータは、本来の最高司祭であるクィネラ様に取り憑き、その身体を乗っ取っていた悪霊です。《あの悪霊》は人界の人々を機械人間なる兵器に改造し、ダークテリトリーに攻め入るつもりだったのですよ。あそこで止めなければ人界の全ての人が機械人間にされ、人界もダークテリトリーも、誰も居ない焦土と化す未来が待っていたのです」

 

 

 メディナは目を少しだけ見開いた。聞いていない話に出くわしたかのようだ。いや、実際に初めて聞く話なのかもしれない。

 

 アドミニストレータこそが最善の最高司祭であるという話を信じ込ませるならば、あいつが作ろうとした機械人間の話ほど都合の悪いものはない。それをわかっているからこそ、ハァシリアンは話さなかったのだろう。

 

 

「機械人間は人界の歴史の中で最も凄惨な兵器です。改造された人は記憶も人格も、何もかもを奪い尽くされ、敵を破壊し尽くす事しかできなくなるのです。そして自身が破壊された時には、(みじ)めに砕け散ってなくなる。人を人でなくさせ、人らしく死ぬ事さえも奪うものを、ハァシリアンが話す最高司祭は増産するつもりでいたのですよ。貴女はそれを知ったうえで、ハァシリアンの言う最高司祭を蘇らせるつもりですか」

 

 

 アリスはその目で見た全てを語っていた。彼女はアドミニストレータの作った機械人間に出くわして襲撃を受け、そして末路も見る事になった。キリトの脳裏にも、未だに機械人間の姿と、そのあまりに惨めな死に様が焼き付いている。

 

 あれを見たからこそ、アドミニストレータを全力で討伐しようという気になったようなものだ。機械人間を実際に見る事は叶わなくても、この話を聞くだけで、あれの(おぞ)ましさと悲惨さは伝わるはずだ――というキリトの予想は外れていた。メディナは涼しい顔に戻っていた。

 

 

「……ハァシリアン、この話は本当か」

 

 

 振り向いたメディナの問いかけに、ハァシリアンは頷いた。

 

 

「えぇ。確かに最高司祭アドミニストレータ様は、機械と人間を混ぜ合わせる事で生み出される兵器、《ガーダー》を増産する計画を進めておりました。こいつらはそれを非道と言っていますが……このような計画に手を出さなければならないほどの深刻な理由(わけ)があったため、アドミニストレータ様は仕方なく進めていたのです」

 

「……理由とは」

 

 

 メディナの問いかけに答えず、ハァシリアンはメディナとキリト達の間に割って入るように歩いた。

 

 

「大罪人とその一味よ。一つ尋ねますが、お前達はこれから起こりうる暗黒界軍との戦争をどうするつもりでいるんです。アドミニストレータ様がガーダーを作っていたのは、暗黒界の者共を殲滅(せんめつ)して、戦争の勃発を未然に防ぐためですよ。そうでもしなければ、暗黒界軍との戦争で人界軍は容易に負け、全てを蹂躙(じゅうりん)されて終わるのです」

 

 

 確かにアドミニストレータはそのような事を言ってはいた。自分が機械人間を、ソードゴーレムを作るのは、来るべきダークテリトリーの軍勢との戦争に備えつつ、彼らを容易に殲滅するためであると。

 

 ダークテリトリーを完全に滅ぼす事、そのために人界の人々を一人残らず機械人間やソードゴーレムにする事は全て仕方のない事であるみたいな事を、あいつは得々と語っていた。

 

 そこでわかったのだ。アドミニストレータには、人の心を理解しようとする気持ちが本当にない事、ダークテリトリーに住まう亜人達は、人界人と姿形と能力が異なっているだけの、同じフラクトライトを持つ者同士達であるという事実をまるで把握していないという事、彼らと分かり合える可能性を最初からかなぐり捨てているという事を。

 

 

「そんな事にはなりません」

 

 

 アリスがきっぱりとハァシリアンの言葉を否定した。

 

 

「ほぅ、それは何故ですか」

 

「今、最高司祭クィネラ様と我ら整合騎士団を中心として、ダークテリトリーの者達との和平交渉の準備を進めています。ダークテリトリーに住まう者達は、魔獣のように言葉が通じないわけではありませんし、誰もが戦争をやりたがっているわけではありません。彼らだって、ダークテリトリーと人界の双方が争わずに済むのを望んでいるはずです」

 

 

 それはキリトが提案し、ベルクーリとクィネラを中心とした対策本部の上層部の手で進められている計画だった。

 

 アリスの言っているように、ダークテリトリーの者達全てが争いを望んでいるわけではない。そういった戦争反対主義者達に呼びかけを行い、周りの戦争主義者達を説得してもらい、そして《最終負荷実験》が開始された際に起こるであろう戦争を不発で終わらせる――アドミニストレータがやろうとしたそれとは真逆のやり方であり、アンダーワールドに本当の平穏をもたらす事ができるかもしれない計画。

 

 今現在の混乱の渦中でも、着々と前に進んでいるその話を聞いたハァシリアンは、果たして笑い出した。

 

 

「ふははははははははははッ! 和平交渉? 暗黒界の者共が戦争を望んでない? 争わずに済む方法があるかもしれないですって? これは傑作(けっさく)だ! 甘い、甘すぎる! 央都の有名菓子店に並ぶ菓子ですか、お前達は!?」

 

 

 ハァシリアンは余程こちらの話が可笑しいと思えたらしく、腹を抱えてまで笑っている。……これにメディナがよく言っていた「むかつく」と思わないでいられる人物など人界、いや、アンダーワールドにいるのだろうか。

 

 

「笑わせないでくださいよもう。お前達は暗黒界の者共がどれほど凶暴で話の通じない相手なのか、まるで理解していない。そんな甘い考えが通ると思っているのであれば、もう救いようがないったらありはしない」

 

「ハァシリアンに同意見だ。お前達の言っている事は、甘ったるい。《クラリッサ》の作るプリンみたいだ」

 

 

 驚くべき事に、メディナはハァシリアンの意見の方を肯定していた。やはりメディナはハァシリアンの戯言(たわごと)を信じてしまっている。誰よりも人の話にまず疑ってかかるのが彼女だったというのに。この数日間で、彼女は変わってしまったのだろうか。

 

 思慮するより先に、彼女の言葉の中に混ざっている名前が引っかかった。クラリッサとは誰の事だ。

 

 

「クラリッサさん……!」

 

 

 その時反応したのはグラジオだった。彼の目は、メディナの右の背後にいる一人の少女に向けられていた。灰色の長い髪を三つ編みにしているのと、弱弱しい顔つきが特徴的であるその少女は、南帝国の遠征でメディナに付き従うようになった《冒険者達》の一人であり、遠征終了後も、グラジオと共にいつもメディナの傍にいる傾向にあった。

 

 名前らしき単語が一向にメディナの口から出てこなかったため、他の《冒険者達》同様に名前がないのかと思っていたが、彼女には《クラリッサ》という名前がちゃんとあったらしい。どうして今までその名が出てくる事がなかったのか気になるが、今はそれを気にしている場合ではない。

 

 グラジオがクラリッサに伝え続ける。

 

 

「貴女までメディナ先輩に、ハァシリアンに付くって言うんですか……おれがメディナ先輩を止めるから、冒険者の人達を止めてくださいってお願いした時、聞いてくれたじゃないですか……冒険者の人達を止めるのは任せてくださいって、そう言ってくれたじゃないですか……!」

 

 

 悲しみに満ちた声で尋ねるグラジオに、クラリッサは同じく悲しげな顔をして答えた。

 

 

「ごめんなさい、グラジオさん。やっぱりわたしは救世主様を困らせるような事はしたくないです……」

 

 

 グラジオが「そんな……!」と肩を落とす。グラジオはメディナを止めるため、側近であるクラリッサに最初に声をかけたのだろう。しかしクラリッサは最初こそグラジオの話を聞き入れられたものの、結局はメディナの下す命令に逆らう事ができず、今の状態に至っている。そういう事なのだろう。

 

 落ち込むグラジオとクラリッサの間に、《冒険者達》の救世主メディナが割って入ってくる。

 

 

「まさかお前が謀反(むほん)(くわだ)てるとはな、グラジオ。だが、クラリッサを含む《冒険者達》を(たぶら)かす事など最初から不可能だ。《冒険者達》は()()()()()()私の命令に忠実であるからな」

 

 

 《冒険者達》は本当に役立つ道具――メディナが本気でそう思っているのが垣間見えて、背筋に悪寒が走った。最早(もはや)メディナのやっている事、言っている事はアドミニストレータと何も変わらなくなってしまっている。実はアドミニストレータは既に霊体として復活していて、クィネラからメディナへと憑依先を変えているのではないか――そんな錯覚さえも感じてしまいそうだった。

 

 

「キリト、やはりお前は大罪人だ。そして対策本部は極悪人の集団だ。お前達が好き勝手やったせいで、人界は無防備にされてしまった。……暗黒界の者共を説得して戦争を回避するから大丈夫だと? ならば何故、南帝国に現れたジャイアント族を説得しようとしなかったのだ? お前達の話の通りならば、あいつにだって話は通じたはずだぞ」

 

「……」

 

「だが、結局あいつを倒し、魂を崩壊させるしか鎮圧する術はなかった。暗黒界人は皆あんな感じなのだろう。お前達のやろうとしている事は夢物語でしかない。このまま行けば、暗黒界の者共に蹂躙されて何もかもが終わる。そうなる未来を私が救世主として変えよう」

 

 

 そう言ってメディナは剣を抜いた。確かに彼女が愛用している剣であるが、果たしてその形はかなり変わってしまっていた。一部が燃える炎のような赤い結晶に包み込まれ、刀身と柄が長大化している。まるでメディナが半分《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》になりかけているのに呼応してしまっているかのようだ。

 

 いや、メディナと共に《EGO化身態》になっていると言った方が正しいかもしれない。それを持って、メディナは戦う気だった。

 

 

「キリト、ここでお前を斬り捨てて……最高司祭アドミニストレータ様を復活へ導く」

 

 

 その姿を目にしたアリスが、悲鳴を上げるように叫んだ。

 

 

「待ってくださいメディナ殿! 貴女は本当に、本当にクィネラ様を偽物の最高司祭だと思っているのですか。貴女は何度もクィネラ様と顔を合わせ、お話をされていたではありませんか! 思い出せばわかるはずですよ、クィネラ様こそが真なる最高司祭様であると!」

 

 

 アリスの声を耳に入れるなり、メディナはぎりっと歯を食い縛った。激しい怒りが見て取れる。

 

 

「なら、何故クィネラ様はオルティナノス家の汚名を取り消してくださらない!? 何故オルティナノス家を配下に迎え入れると、言ってくださらない!? 何故オルティナノス家が汚名を着せられた経緯さえも話してくださらないというのだ!? 私がいくら願っても、クィネラ様が聞き入れてくださらないのは何故なのだ!?」

 

 

 キリトは一際強く言葉を出す事ができなくなった。

 

 クィネラがオルティナノス家の汚名を取り消せないのは、そもそもオルティナノス家がどうして汚名を着せられたのかがわからないためだ。クィネラはその事を知ろうと必死になっていたが、今の段階になっても突き止められずにいる。

 

 だからこそ、オルティナノス家の汚名を雪ぐ話はずっと先送りにするしかなかったのだが、ついにそれが祟ってしまった。メディナは声量を静めて更に続ける。

 

 

「……アドミニストレータ様は、ご自身を復活させた時には、再びオルティナノス家を配下へ迎えると言ってくださった。クィネラ様が何よりもしてほしいのにしてくれない事を、アドミニストレータ様はしてくださる。どちらが本当の最高司祭様かなど、わかりきっている事だ」

 

「アドミニストレータと話したっていうのか!? 一体どうやって……」

 

 

 キリトの問いかけに、メディナは答えなかった。代わりに地面を蹴り上げて突進してくる。

 

 迫りくるその瞳に宿る殺気を認めたキリトは瞬時に反応して抜刀し、メディナから見た前方へと躍り出た。

 

 

「だあああああああッ!!」

 

 

 メディナは咆吼と共に剣――今は大薙刀(なぎなた)というべきだ――を振り下ろしてきた。普段の彼女よりもずっと遠い間合いから振られてきた刀身を、キリトは二本の剣で受け止める。片方は修剣学院に入学した時から使っている《夜空の剣》。もう片方は、この世界で初めてリズベットに作ってもらった片手剣《リメインズ・ハート》だ。

 

 このうちの《リメインズ・ハート》はリズベットの《EGO(イージーオー)》である《アーデント・ハート》によって作り出されたものであるためなのか、《神器》に匹敵するオブジェクトクラスを持っている。何にぶつかろうとも折れたりしないどころか、衝撃が伝わってくる事さえ少ない、不動の片手剣だった。

 

 だというのに、メディナの一撃を受けた瞬間、凄まじい衝撃が剣を伝って腕に流れ込んできた。びりびりとした不快感が走り、力が抜けそうになる。まるで高高度から落ちてきた巨大な岩を受け止めたかのようだ。

 

 思い出す限りでは、メディナはここまでの腕力を持ってはいなかった。恐らく《EGO化身態》に半分なりかけているのが原因だろう。

 

 この忌々しい怪物の力があらぬ方向へメディナを突き動かしているのか。それともそれ以前からたった一つの目的のために突き進むメディナに、怪物の力が付いて行くようになったのか。何もかもが定かではない。少なくとも今のメディナはキリトの知るメディナのようで、そうではないようだった。

 

 

「もうカラントは斬らせないぞ。あれはアドミニストレータ様を復活させるために必要だからな……!」

 

 鍔迫(つばぜ)()いの最中で聞こえてきたメディナの言葉に、キリトは問いを返す。彼女と会った時から聞いている、彼女を一途に突き動かす宿命を。

 

 

「メディナ、これから君がやろうとしている事もそうなのか。全部、オルティナノス家の名誉のためなのか!?」

 

 

 メディナの顔に激しい怒りが宿る。

 

 

「それ以外に一体何がある!? お前も結局はグラジオと同じだ! 生まれた時から周りに虐げられて、迫害されてきた者の苦痛などわかるわけがない!!」

 

 

 メディナは心から思っている事を吐き出しているかのようだった。

 

 いや、実際そうなのだろう。これまで彼女の胸中で包み隠されてきたそれが、《EGO化身態》になりかけている事によって表に出てきている。ついさっきの再会以降で彼女が大きな声で飛ばしていた言葉は、これまでずっと誰にも話せず、抱え込むしかなかった感情なのだ。

 

 だが、それでも言わなければならない事がある。

 

 

「本当にそれでいいのか!? アドミニストレータが復活すれば、あいつは人界の人々を機械人間に改造する。一部じゃなく、人界の人々が全部機械人間にされて、敵を破壊するだけの兵器になってしまうんだぞ。人界からアドミニストレータ以外の誰もいなくなってしまうんだ。それでいいのか!?」

 

 

 メディナは怒りの表情を変えなかった。歯を限界付近まで食い縛っているのだろう、ぎりぎりという音がこちらにまで聞こえてくる。

 

 

「……あぁ、別に構わないよ。どうせそいつらは私を《欠陥品》呼ばわりする本物の《欠陥品》共だ。常に(おご)り高ぶっていて、私のように英雄にも勇者にもなれず、最終的に怪物になってしまうような連中など、いっそ機械人間とやらへ改造されてアドミニストレータ様に良いように使われた方がいい」

 

「なっ……!?」

 

 

 キリトは目を見開いた。メディナはアドミニストレータが機械人間を増やす事に賛成している。やはり機械人間の話はするだけで無意味で、実際に見せないと、どれだけ悲劇的なものなのか伝わらないのだろうか。

 

 メディナは力を入れて大薙刀を押し込んできた。キリトは足に力を入れて踏みとどまろうとするが、じりじりと後ろに押されていく。

 

 

「忘れたのか、キリト。人界に蔓延(はびこ)る貴族共は、最高司祭様から(めい)を下されようとも、それを当然のように投げ出し、高確率で怪物と化して周りに破壊をまき散らすようになる。アドミニストレータ様が連中を素材にして機械人間を作ろうとしているのは、連中が全く言う事を聞かないうえ、怪物になる危険性を持っているからだ」

 

 

 それはあくまで貴族達の話であって、人界に住まう平民達の話ではないはずである。貴族達の一部は確かにクィネラの命令でさえ投げ出すが、平民達はクィネラの命令をしかと受け取り、こなしてくれていたし、《EGO化身態》になるような事もなかった。メディナの中では平民も貴族も一緒くたになってしまっている。

 

 

「皆が皆そうじゃないだろ!? 君を《欠陥品》扱いする奴らだって、貴族の一部だろ!?」

 

「央都にいた貴族達は全員そうだった! 唯一そう言わないでくれたソルティリーナ先輩とグラジオも、たった今私を裏切った! これで皆だ。皆、オルティナノス家を《欠陥品》呼ばわりするようになった!」

 

 

 メディナの怒気が強まったのと同時に見えた光景に、キリトは驚いた。めきめきという嫌な音を立てて、メディナの右頬の辺りにまで《EGO化身態》の装甲らしき体組織が侵喰してきたのだ。じわじわとメディナが《EGO化身態》に近付いていってしまっている。

 

 

「それに……皆が機械人間になれば、平等になるじゃないか。貴族も平民もなく、アドミニストレータ様に使役される兵器という身分に固定される。誰もが平等だから、(いさか)いも争いも起こらなくなり、人界は平穏になる。そうじゃないか」

 

 

 それは誰もいない欠陥世界だ――キリトは即座にそう思った。

 

 確かに人界人が全部機械人間になれば、地位も格差も消え去り、全てが平等になった時代が来るだろう。だが、そこで人間らしく生きる人間はいない。いるのは機械と人間のキメラのみであり、それら全てがアドミニストレータという元悪霊に徹底管理されている。

 

 誰もが何も思わず、何も考えず、それ以上の発展も進化も決して起こらない。そんな機械人間の群れの中心でアドミニストレータが高笑いして、遮蔽物がないためにその声がどこまでも響き渡っていく――そのような虚無の世界の光景が、頭の中で容易に想像されて止まなかった。

 

 メディナに見せてやりたいところだが、脳内イメージを他人に見せる神聖術はないからもどかしい。

 

 

「そんなわけ、ないだろうがッ!!」

 

 

 全身の力を込めて、キリトは二本の剣でメディナの大薙刀を押し返した。鍔迫り合いに負けたメディナは一回転を交えたステップを繰り出し、後退した。恐ろしいくらいに軽い身のこなしだ。あれも《EGO化身態》の力を得ているからこそできるものであろう。

 

 

「……決着をつけるぞ、大罪人キリト」

 

「メディナ、本気でやる気なんだな」

 

 

 キリトの問いかけを受けたメディナは、咆吼に近しい声で答えるように言った。

 

 

「《冒険者達》よ! 決して私とこの者の戦いに手を出すな! だが、他の反逆者達が先に進む事を何があろうと許すな! いいな!!」

 

 

 メディナの命令を、《冒険者達》は「はい、メディナ様!!」という声で応じた。あぁ言ったという事は、《冒険者達》は本当に自分達の戦いに干渉しないだろう。そして、他の皆がこれ以上先に進む事も許さない。

 

 ユピテルと冬追(フユオイ)、そしてリランという三匹の強力な《使い魔》がいるというのに、彼女らの力を持ってしても《冒険者達》を打ち破る事は難しい――何故かそんな気がして仕方がないくらいにまで、《冒険者達》から感じられる覇気と戦意は凄まじいものとなっていた。

 

 

「キリト……!」

 

 

 キリトの背後にいるシノンが声をかけてきた。何を言おうとしているのかはわかっている。

 

 

「ごめんシノン。皆、下がってくれ。メディナは俺が止める」

 

 

 メディナはなりかけであるものの、《EGO化身態》である。(すなわ)ち皆で力を合わせて鎮圧するべきであるが、ここで皆で戦おうものならば、メディナの背後に待機している百人以上の《冒険者達》、そしてハァシリアンも相手にしなければならなくなるだろう。

 

 対策本部の全戦力でかかればなんとかなりそうではあるが、この場にいるのはそのごく一部の戦力でしかない。この場の全員でメディナ達の勢力に戦いを仕掛けたところで、押し負ける可能性の方が高いだろう。

 

 だから先導者であるメディナだけをやって、全部を止める――その事を伝えると、皆は素直に聞き入れてくれて、後退してくれた。

 

 ――ただ一人を除いて。

 

 

《そうだな。メディナの事は止めねばなるまい》

 

 

 そう頭の中に《声》を飛ばしつつ、どすどすと歩み寄ってきたのはリランだった。しっかりとメディナを視界に捉えて、ぐるぐると喉を鳴らす彼女に、キリトは驚きながら答えた。

 

 

「リランお前、なんで……メディナは俺が止めるって言ったよな?」

 

《我はお前の《使い魔》だ。我の使命は主人であるお前を守る事。そして我はお前の牙と爪であり、翼であり、炎だ。主人の命が確実に危険に晒されるような場面を目の前にして、黙っていられるわけがなかろう》

 

 

 リランは完全にやる気だった。これまで通りに、キリトを守り、キリトの力になるという使命を行使しようとしている。例え仲間であるメディナが相手だとしても、その姿勢を変えるつもりはないようだ。

 

 

《メディナ、卑怯とは言うまいな。《EGO化身態》の力を手にしているお前と、生身のキリトではあまりに差があって、公平性に欠けるのでな》

 

 

 リランという、見た目も質量も力も圧倒的な敵性存在が来た。普通ならば、その状況に戦々恐々として、怯みや焦りを顔に出してしまいそうなものだが、果たしてメディナはそういった素振(そぶ)りは一切見せずに大薙刀を構えているだけだった。ただ、目の前に起きている現実を冷静に受け止めているだけのようにも見える。

 

 だが、そうではなかったのが、背後にいるハァシリアンだった。彼は呆れたような溜息を吐き、口を開ける。

 

 

「やれやれ、如何にも大罪人らしい事をしてくるものですね。確かに我が救世主の力は、そこら辺の魔獣を百匹以上集めたとしても一瞬でその首を()ねれるくらいですが、大罪人キリトだって、あの最高司祭アドミニストレータ様を殺すくらいの力を持っている。そこにあんな龍が加わってしまっては、流石に分が悪いでしょう」

 

 

 そう言ってハァシリアンは得意気に笑い、メディナに声をかけた。

 

 

「我が救世主、《あれ》を使ってみては?」

 

 

 メディナはすんと鼻を鳴らし、答える。

 

 

「私一人の力でも良いと思ったのだが、使えるものがあるならば使うべきか……」

 

 

 メディナはこちらを睨みつつ、右腕を掲げるように上げた。赤白く光る筋肉とそれを包む黒い装甲の姿がはっきりと見える。彼女が異形の怪物に近付いていってしまっているのが、まざまざと感じられた。

 

 

「来い!」

 

 

 メディナは号令をするように言い放った。言葉からして何かを呼んだのは間違いない。ふと、つい先程のグラジオの話が頭の中に思い出される。確か、西帝国の空を覆っていた雷雲の元凶が、メディナの指示に従っているのではなかったか――。

 

 具体的に思い出そうとしたその時に、辺りが急に暗くなった。何かが上空にいて、太陽(ソルス)を隠している。なんだ――そう思って顔を上げた時に、それは地面へと降り立ってきた。どぉんという音を轟音を立て、地面が縦に揺らされる。風圧が襲ってきたが、それはリランや冬追が勢いよく地面に降りた時に出されるものとよく似ていた。

 

 風が収まったところで腕を目から離し、キリトは視線をそこに向けた。未だ見た事のないものが、姿を見せていた。

 

 龍だ。冬追やリランによく似た体型で、丁度同じくらいの大きさをしている。黄緑色の金属質の鎧のような甲殻に全身を包み込み、虎に似た輪郭をしている、異形の龍。

 

 姿を現して早々、それはその身体から紫色の電気を軽く(ほとばし)らせた。《使い魔》形態のユピテルのように帯電しているらしい。

 

 何なんだ、あれは――キリトは思わずそう言おうとした時に、先に答えを言ったのはメディナだった。

 

 

「良いだろう? アドミニストレータ様がお作りになられた人造龍との事だ」

 

「人造龍……やっぱり冬追の他にも同じようなのが作られてたんだ!」

 

 

 氷雪の人造龍である冬追を使っているユージオが叫ぶように言う。まさか彼も冬追以外の人造龍が本当に存在しているとは思ってもみなかったのだろう。そしてあの人造龍から出ている電気を見る限り、あいつこそが西帝国の雷雲の元凶であったに違いないだろう。

 

 そんな心強いであろう存在を味方に付けたメディナは、二回大薙刀を振り回した後に、もう一度振ると同時に空へ向かって咆吼した。一連の動作で気合を入れているのか、それとも他の意味があるのかわからない。

 

 

「行くぞッ!!」

 

 

 メディナがそう叫ぶのと、キリトとメディナが地面を蹴ったのは同時だった。

 

 

 


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