キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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04:禍花の元凶

          □□□

 

 

「ここらを襲ってる落雷は、雷を(つかさど)る龍によるもの?」

 

 

 キリト達は一度央都に戻ってから、再度西帝国へと(おもむ)いていた。《真正公理教会》を名乗る《冒険者達》を捕縛し、央都の対策本部に輸送して――それほど酷いものではない――尋問にかけた。

 

 お前達の主人であるメディナはどこにいる。メディナが《真正公理教会》を作り、西帝国の人々を利用しているのか。そう尋ねた。

 

 結果は「教えるものか」、「お前らに教えられる話なんてねぇよ」の一点張りだった。どんなに深く追求しようとしても、その言葉しか《冒険者達》は発さなかったし、こちらと目を合わせようとすらしなかった。それどころか、こちらをずっと(あお)り続けているような有様だった。

 

 そんな彼らにエルドリエが腹を立ててしまい、「もう拷問するべきだ! 身体の一部を千切るくらいすれば話すはず」と言い出したが、クィネラとカーディナルが即座に止めた。その時にはクィネラが本気で怒って「処罰しますよ!」と言ったものだから、エルドリエは即座に黙り込んだ。クィネラが本気で怒るとは思っていなかったのだろう。

 

 現にキリトも同じ気持ちであり、エルドリエ同様に驚き、思わず言葉が出せなくなってしまった。

 

 その後、カーディナルが「《冒険者達》はメディナから居場所を話すなという命令を受けているのじゃ」と言った。彼らにとってメディナの命令は絶対。例え拷問されようが、メディナの居場所を話す事はない。命尽きるその瞬間まで命令を遵守するのだと。

 

 だから、これ以上《冒険者達》に尋問しても時間が無駄になるだけだ。メディナは西帝国のどこかにいるはずだから、空から探してみるしかない――それがカーディナルからの提案だった。

 

 把握したキリトは《冒険者達》の事はクィネラとカーディナル達に任せ、向かった時と同じメンバーで西帝国に戻る事にした。丁度《冒険者達》と、彼らに利用されていた人々を見つけた地点まで戻ったところで、パーティを三つに分解。リラン、冬追(フユオイ)、ユピテルに騎乗する者達に分かれ、メディナの居場所を探る事にした。

 

 このうちのリランの背に乗り、キリトは西帝国の空を駆けながら、下を見ていた。この西帝国のどこかにメディナ達がいるのは確かだ。空から見れば、きっと見つかるはず。そう思って目を凝らし、時にクィネラに作ってもらった双眼鏡を覗き込みながら、地上を探した。

 

 しかし、その作業を三時間ほど続けても、一向にメディナ達の姿を認める事はできなかった。というのも、一応の目的地である《西の峡谷》のある西帝国の内陸部上空には、雷を高頻度で落とし続けている巨大な黒雲が立ち込めており、入る事ができなかったからだ。

 

 一度「雷が落ちているのは地上だから、空からなら入れるんじゃないか」と思ってリランに近寄らせてみたが、少し近付いてみただけで暴風が吹いてきて押し返されてしまったうえ、黒雲から発せられたと思わしき雷がリランのすぐ上を通過していった。

 

 あの黒雲は地表のある下だけではなく、四方八方に雷を放つ事ができるらしい。確認できたキリトはリランに撤退を指示。黒雲には近付かないようにした。

 

 仕方がないので西帝国の外周部と、内陸部に少し近いところの上空を飛び回るしかなかったが、見つかったのは結構な数の《カラント》と、そこから発生する魔獣と呼び寄せられた《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》を狩る《冒険者達》だけだった。

 

 それらを見つけただけでも一応収穫はあったと言えたが、第一目的であるメディナとシェータではない。探しはしてるけどお前達じゃないんだよなぁ――キリトは溜息交じりに、《カラント》に(つど)う魔獣と《EGO化身態》を相手取って戦っている《冒険者達》に横槍を入れた。リランの火炎弾ブレスで魔獣と《EGO化身態》を焼き払い、降りて《カラント》を伐採。

 

 そうして当然のように文句を付けてきた《冒険者達》に、「メディナはどこだ」と聞いてみたが、返ってきた言葉は予想通り「お前達に教えられる事はない」の一点張り。やはり《冒険者達》はメディナの命令を絶対に順守するようになっている。どんなに尋問されようが吐かないし、拷問されても吐かないまま死ぬのだろう。

 

 それは西帝国外周部で発見された全ての《カラント》に集まる《冒険者達》に共通していた。一回目の遭遇は「こいつらもそうなのか」と思う程度だったが、二回目、三回目と繰り返すうちに「こいつらもどうせそうだ」と思うようになり、四回目くらいには《冒険者達》に何も期待しなくなった。

 

 それくらいにまで、《冒険者達》は立派にメディナの命令を遂行していた。央都で《冒険者達》の応答を見た時にエルドリエが「拷問しよう」とキレた理由がわかってきたような気がした。どいつもこいつも口を割らないという展開が何度も何度も繰り返されるのだ、これは腹も立つだろう。

 

 そんな主の居場所を喋らない《冒険者達》は、《カラント》を狩られ、魔獣生産と《EGO化身態》呼びがされなくなった時、キリト達を襲うか、別なところに向かうかの二択を取った。このうちの襲ってきた《冒険者達》は、リランの軽いパンチで気絶させて安全なところに置いておくようにし、別なところへ向かった者達は放っておいた。

 

 そうしているうちに、西帝国に戻ってきてから三時間が経過したのだった。あまりにも(らち)が明かなかったためか、皆との合流地点である、内陸部に程近いところにある街に向かうのが億劫に感じられた。

 

 その街の近隣に降り、リランに少女形態に戻ってもらってから街に入る。街はそれなりの大きさがあり、活気付いていてもおかしくない雰囲気だったのだが、人影はあまり確認できなかった。建物の方からは人の気配が感じられたため、街の人々は屋内に入っているというのがわかった。恐らくも何も、落雷を恐れているためであろう。

 

 そんな様子の街の一角に向かったところで、別行動していたユージオ達とアスナ達を見つけた。《カラント》に集う《冒険者達》以外の何かを見つけたりはできなかったかと尋ねてみたところで、意外な答えが返ってきたのだった。

 

 

「あの黒雲と雷は、《果ての山脈》を守る龍の仕業だったの?」

 

 

 パーティメンバーの一人であるファナティオの問いかけに、アリスが頷く。

 

 

「はい。どうやらこの西帝国には、雷を司る龍の伝説があるのだそうです。街のご老人達から話を聞きました」

 

 

 そう言ってアリスとアスナが詳細を話してくれた。遥か昔、この西帝国の《西の峡谷》には雷雲や雷を自由に操る力を持つ巨大な龍が住んでいて、人々から畏怖の念を抱かれていたという。龍はこの土地を愛していて、一度(ひとたび)この土地を穢す者が現れようものならば、怒りと共に雷を落とし続け、撃滅していた。

 

 やがて人々はその龍を敬うようになり、龍もそれに応えた。そうして守護者となった龍は、峡谷で人々を見守り続けたのだ――というのが、街の老人達が教えてくれた龍の伝説であるらしい。

 

 

「龍があの黒雲を発生させて雷を落としてるっていうのか」

 

 

 キリトの質問に、アスナが頷く。

 

 

「うん。街の人達は口を揃えてそう言ってたの。この雷は龍の仕業に違いないって」

 

「確か、《西の峡谷》のすぐ奥にあるのが《果ての山脈》だという話であったな。という事は、西帝国の《果ての山脈》を守っていたのは、その雷を司る龍だったのか」

 

 

 リランの言葉を聞いて、ユージオが上を見る。

 

 

「《果ての山脈》を守る龍かぁ。なんだか《ベルクーリと北の白い龍》を思い出すなぁ」

 

 

 それはルーリッドの村に古くから伝わる英雄譚だ。勇者ベルクーリ――恐らくこの話ができた直後に《あの悪霊》に整合騎士として利用されるようになったのだろう――が北の《果ての山脈》に住まう冷気を司る龍を倒したとされるもの。

 

 その話に出てくる冷気を司る龍は、北の果ての山脈を守っていた守護龍であるという話を、カーディナルとクィネラから聞かされていた。その話を思い出しつつ、キリトは答える。

 

 

「そうだ、それだよ。この雷を司る龍っていうのは、ベルクーリさんが倒したっていう北の《果ての山脈》にいた龍と同じ守護龍だ。四帝国それぞれの《果ての山脈》を常に守っていて、やがて暗黒界との戦争になった時、人界人の味方となる存在だったっていう龍」

 

「だった、っていうのは?」

 

 

 ユージオが行く末を尋ねてきた時、その背後にいる冬追が「ぐるる……」と小さく鳴いた。人の目から見ても、悲しいとわかる表情を顔に浮かべていた。どうやら冬追もこの話の結末を知っているらしい。

 

 当然だ。何故なら――。

 

 

「アドミニストレータが整合騎士を使って、皆殺しにしたそうだ。ほら、アドミニストレータを倒した直後にクィネラが言ってただろ。古代から人界を守っていた龍達を殺し尽くして、抽出したその力を他の様々な動物の情報と一緒に入れ込んだ人造龍を作ろうとしていたって。多分だけど、北の《果ての山脈》に住んでいた守護龍を基にして作られたのが、冬追なんだ」

 

 

 皆が少し驚いたような顔になり、ユージオははっとしたような顔になってすぐに悲しげな表情となり、「そう、だったね……」と言った。間もなく冬追に向き直って、その頭を撫でた。

 

 

「冬追、君は元々、北の《果ての山脈》を守ってくれていた龍だったんだね……」

 

 

 冬追は「ぐる……」ともう一度小さく鳴いた。幸いというべきか、守護龍達を素材にして人造龍を作る計画は冬追の誕生を最後にして廃止されたそうだが――結局のところ、人界を守ってくれるはずの守護龍達が全滅したという事実だけが虚しく残ってしまった。

 

 

「……あれ?」

 

 

 その時、不意に声を出してきた者がいた。散開行動時にはアスナ達と一緒だったシリカだ。何やら目を丸くしていたので、キリトも同じような顔と反応をしてしまった。そんなキリトに、シリカは問うてきた。

 

 

「キリトさん。雷を司る守護龍は、もういないんですよね?」

 

「え? あぁ、そうだな」

 

「そうですよね。でも、龍はもういないのに、龍が生きていた頃の雷が起きてるなんて……変じゃないですか?」

 

 

 その疑問についての答えは既に出せていた。西帝国に《カラント》が点在しているという事は、つまり大本となる《カラント・コア》がどこかに存在しているという事だ。

 

 そして《カラント・コア》の能力といえば、その地で果てたとされる存在の情報を参照し、それを再度具現化させるというもの。恐らく《西の峡谷》の奥部辺りに発生しているであろう《カラント・コア》が、守護龍を具現化という形で蘇らせたのだろう。

 

 だから、守護龍はいないはずなのに、黒雲が立ち込めて落雷が起こり続けているという不可思議現象が起きているというわけだ。その事を話したところ、質問してきたシリカも、他の皆も納得したような顔をしてくれた。

 

 

「という事は、《カラント・コア》から具現化してきた雷の守護龍こそが、あの黒雲と落雷の元凶というわけなのね」

 

 

 ファナティオにキリトは(うなづ)く。最初は特殊な異能力を得た《EGO化身態》が発生させているのではないかと思ったが、アスナ達が仕入れてきた伝承の内容からして、今は後者の方が真実に近いと思えている。

 

 

「なら、その守護龍をどうにかして止める事ができれば、あの落雷を発生させている黒雲を消したりできそうね」

 

 

 シノンの言葉にもう一度キリトは「そうだ」と頷いた。しかしすぐに腕組をして、頭の中で状況を整理する。

 

 メディナ達とシェータがいるのは恐らく《西の峡谷》。そこまで向かうには、雷落としの黒雲を払う必要がある。

 

 黒雲は雷の守護龍によるものであるため、守護龍を倒すかして鎮める必要があるものの、守護龍の姿は外周部からは確認できなかった。つまり守護龍の縄張りは黒雲の下にあり、守護龍と接触するには雷が降り注ぐ黒雲の下に行かなければならない。

 

 落雷の威力は尋常ではなく、当たろうものならば一溜りもない。メディナとシェータにもう一度会うどころか、守護龍のところに向かう前に終わってしまうだろう。

 

 落雷を止めるためには落雷をどうにかして、発生源に向かうしかない――面白いくらいの膠着(こうちゃく)状態であるが、全然面白いとは思えなかった。これはどうするべきだろう。

 

 考えるキリトを不思議に思ったのだろう、シノンがもう一度声をかけてきたが、そこでキリトは今考えている事を皆に話した。すると案の定、皆までキリトと同じような様子になってしまった。

 

 

「確かに難しいねぇー。雷を収めるために、雷が降ってくるところに行かないといけないなんて」

 

「こういう時は最高司祭様に何かしらの道具を作ってもらえばよさそうですけど、雷を防ぐとなると、大規模な設備とかになりますよ」

 

 

 フィゼルとリネルが交互に言った。このうちのリネルの言った通り、クィネラならば雷をも防ぐ道具などを作ってくれるかもしれないが、そう何でもかんでも頼るわけにはいかないし、あまり頼りすぎると結果的に良くない事が起きるというのを、この前のリズベットが《EGO化身態》になってしまった事件で痛感する事になった。

 

 なので、ここはクィネラに頼る以外の方法を考えるべきだが、如何せん相手は雷である。考えてみれば現実世界(リアルワールド)の文明レベルでさえ、雷の持つ膨大すぎるエネルギーを利用したりする事はできていないのだ、現実世界よりもずっと文明が未発達段階であるアンダーワールドの技術では、本当にどうにもならないだろう。

 

 

「キリト」

 

 

 何かいい方法はと思ったその時に、かけられてきた声があったが――その声色は、持ち主が二人いるものだった。これはどっちだろうと思って顔を向けてみると、そこにいたのはルコの方だった。が、隣には同じような声をしている張本人であるユピテルの姿もあった。

 

 

「なんだ、ルコ」

 

「あの雷、普通の雷、違う」

 

「あぁ、雷を司る守護龍の力によるものだからな。自然に起きているものじゃあないよ」

 

「違う。あの雷、神聖術。神聖術の、雷」

 

「え?」

 

 

 そこからの詳しい話は、隣のユピテルがしてくれた。あの黒雲に近付いた時、ルコは雷及び黒雲自体が神聖術によって発生しているものであると感じ取ったらしい。あの黒雲を止めるには、術者と思われる守護龍を討つ他に、同程度の出力の、同じ属性エネルギー()をぶつけて相殺する方法があるのだという。

 

 

「同じ属性をぶつけて相殺させる……?」

 

「はい。相殺と言いますか……あの黒雲は雷の貯まった袋みたいなもので、一定間隔で雷を放つ事で大きさを均一に保っています」

 

 

 ユピテルに続き、ルコが話す。

 

 

「袋、物入れすぎると、破れる。膨らませる、続けたら、ばん、する」

 

 

 そこまで言われたところで、キリトは「はっ」と言った。頭の中に一筋の光が走り、点と点が繋がり合ったのがわかった。一気に考えが広がってきて、キリトは思わず、

 

 

「なるほど!」

 

 

 と言い放ってしまった。当然皆は驚き、そのうちの一人であるシノンが問いかけてきた。

 

 

「何がなるほどなの、キリト」

 

 

 キリトは興奮を隠せないまま、わかった事を話した。

 

 あの黒雲は雷属性エネルギーを生産する場であると同時に、雷属性エネルギーを貯められる貯蔵庫でもあるのだ。そこにあの雷と同じ威力の雷属性エネルギーを流し込み続け、最終的に許容量を超えさせる事で爆発を引き起こし、貯蔵庫である黒雲自体を消し去る――というのがユピテルとルコが立てた至極(しごく)単純ながらも理に適っているかもしれない作戦であると。

 

 その話を最後まで聞いたところで、反応したのはリーファだった。

 

 

「それならいけるかもしれないね! あの雲に雷を入れ続けて破裂させるっていうの、良いと思うよ!」

 

「だ、だけどそんなに上手く行くものかしらね? 第一、雷が起きる仕組みってそんなだっけ?」

 

 

 懐疑的な返答をしているリズベットに、作戦提案者の姉であるリランが首を横に振る。

 

 

「そうではないな。だが、あの黒雲が自然に発生して発達した雲ではなく、神聖術によって作り出された、黒雲模倣電気貯蔵機能付雷撃発生装置であるならば、話は違ってくる」

 

「ちょっと、いくら発音と歌うのが得意だからって、舌噛みそうな長い名前平然と出さないでって!」

 

 

 リズベットが思わずツッコミを入れて、リランが「ふっ」と笑った直後。キリトのところにファナティオが歩み寄ってきた。険しいようでいつも通りのような表情が浮かんでいる。

 

 

「坊や。確認するけれど、その方法は上手く行きそうなの? 爆発を起こすとして、どれくらいの影響が出そう?」

 

「それは、やってみない事には」

 

「それに、あの黒雲に向けて雷と同じ威力の雷の神聖術を撃ち込むつもりでいるみたいだけれど、そんな事ができる人がいるの。私は最高司祭猊下(げいか)とカーディナル様くらいしか知らないわよ」

 

「それなら、ぼくがやります」

 

 

 飛んできた声にファナティオは驚いて向き直った。ユピテルがこう言い出すとは思っていなかったのだろう。

 

 少年の姿ではそうではないが、《使い魔》形態となると、雷と同等の威力の電撃を自在に操るのは勿論、体力が続く限り体内で無尽蔵の電気を作り出す事ができる。初めから、この力を使えば行けそうだと思えていたから作戦を提案したのだ――と、本人がその場にいる全員に説明をした。

 

 その直後に食いついてきたのは、母親であるアスナだった。

 

 

「待ってユピテル、そんな事して大丈夫なの。あなたが危険な目に遭うとか、下手すると死んじゃうとか、そういう事にはならないんだよね?」

 

 

 言いながら寄ってきた母に、息子はきっぱり頷いた。

 

 

「はい、かあさん。ぼくは雷とか電気なら、いくら受けても大丈夫です。それに、黒雲に雷を流し込むにしても、黒雲の大きさ的にそんなに負担もかからないと思うので、心配には及びません」

 

 

 そう言われてもアスナの顔から心配の色は消えなかった。

 

 本人はあまり気にしていない――から結構困る――のだが、ユピテルは《SAO》で一度死亡してバックアップから復活し、《SA:O》で本気で死にかけ、そしてここアンダーワールドでもこの前一度死にかけるという目に遭っている。

 

 そんな事が繰り返されているものだから、日に日にアスナはユピテルに対しての不安や心配を募らせてしまっていた。この作戦を実行した時、また何かそういう事が起こるんじゃないかと思ってしまって当然だし、その気持ちもよくわかる。

 

 だが、この作戦を試してみない限りは、邪魔な黒雲を払って《西の峡谷》に入り、メディナ達を探す事も、シェータの安否を確認する事もできない。いずれにしてもやらなければならない事だ。

 

 だから、ユピテルは揺るがなかった。そんな彼を数秒見つめた後に、

 

 

「……わかったわ。ただし、絶対に無理したら駄目だからね」

 

 

 アスナはそう言ってユピテルに歩み寄り、その小さくて華奢(きゃしゃ)な身体を抱き締めた。ユピテルは「はい」と返答して、アスナの背中に手を廻す。ぼくは大丈夫ですよ――直接口に出さないで、アスナにしかと伝えているのが見て取れた。

 

 それから十数秒後、二人が離れたのを確認したところで、キリトは号令を出そうとした。

 

 

「よし皆、あの黒雲の下に行くぞ――」

 

「キリト、嬢ちゃん、ファナティオ――!」

 

 

 その時、急に街の出入り口の方から呼び声が飛んできた。ここにいるはずがないとわかる人の声色だったから驚き、キリトはそちらに振り返った。

 

 またそこで驚いた。こちらに向かってきている人影が一つ。青髪で、顎に無精髭を生やし、青い服を着た屈強な体型の男性。整合騎士長ベルクーリだった。まさかすぎる来客の登場に皆がキリト同様に驚き、ファナティオとアリスが駆け寄った。

 

 

「閣下、どうされたのですか」

 

「お前さん達、ここにいたんだな。あの雷を落としてくる黒雲を何とかする方法は見つかったか」

 

 

 アリスが頷いて答える。

 

 

「はい。今からそれを試しに行こうとしていたところでした」

 

 

 ベルクーリは少し険しい表情を顔に浮かべた。彼が《余程の事態》に出くわした時にする表情だった。

 

 

「なら、できるだけ急いだ方がいい。お前さん達が《カラント》を切った場所に、《カラント》が再出現しているって報告があったんだ。そんで試しに飛竜で見に行ってみたら、頭巾を被った奴が種を植えてやがった。そいつは今、《西の峡谷》に逃げ込んでる」

 

 

 


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