キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 ファイズ。

 ※ヒント→話数



―アリシゼーション・リコリス 04―
01:失踪


          □□□

 

 

 

「キリト!」

 

 

 突然玄関のドアを蹴破るようにして、誰かが家の中に入ってきた。シノン、リラン、ルコと共に驚きながら向き直ったところ、それはアリスだった。随分と焦っているようで、肩で息をしている。

 

 

「アリス、どうしたんだ。そんなに慌てて」

 

「キリト達はメディナ殿とグラジオ殿を見ませんでしたか」

 

 

 メディナとグラジオ。双方共に対策本部の重要な戦力であり、自分にとっては大切な仲間達である。

 

 その彼女らと話をしたのは昨日の午前中だ。リズベットと一緒に、彼女の新たな自信作である剣を見せに行ったのだ。その時のメディナの「ほぅー」という何とも言えない反応が妙に脳裏に残っている。

 

 

「昨日の午前中に会ったけれど、それ以降は会ってないな。何かあったのか」

 

「メディナ殿とグラジオ殿が、どこを探してもいないのです。お前達、何か聞いていませんか」

 

「いや、何も聞いていないぞ。魔獣の討伐とか稽古に向かっているんじゃないか?」

 

「荷物も何もかもが消えています。それに、彼女が対策本部に集めてきた《冒険者達》もです」

 

「なんだって!?」

 

 

 思わず立ち上がったのと、周りの三人が「ええっ!?」「なんだと!?」と驚いたのは同時だった。ただメディナとグラジオの姿が見えないだけならば、何も驚く事はないが、荷物ごと消えているとなれば話は大いに変わってくる。

 

 

「夜逃げしたとでもいうのか。いや、だとして何故だ……?」

 

 

 リランが考えているような様子を見せながら言うが、答えは掴めないだろう。

 

 その時、ふとキリトは思い付いた。こういう極端な行動を起こした人物がいた場合、その人物を()()()()()()()()()()()()()()()()と、ここ最近の一連の出来事でわかってきた。

 

 その異変に気付ける力があるかもしれないという存在に、キリトは向き直る。それはルコだった。

 

 

「ルコ、何か感じないか。メディナが()()()()()()()()()()()()()()()とか。リーファやリズの時みたいになってるとか、そういうのは」

 

 

 ルコは申し訳なさそうな顔をして首を横に振った。

 

 

「わからない。メディナ、どこにいるかも、わからない」

 

「そうだよな……無理言ってごめん」

 

 

 ルコの頭を軽く撫でてやってから、キリトはアリスに向き直った。すぐさまアリスが言う。

 

 

「最高司祭様とカーディナル様から聞いた話によると、リーファとリズベットは秘めていた想いが《進想力》に当てられた事で暴走して、《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》となってしまったのですよね」

 

 

 キリトは(うなづ)く。

 

 

「あぁ。《進想力》に当てられた人は、《EGO化身態》になるより前には大胆……いや、無鉄砲な行動を急に取る事が多いらしい。と言っても、確認できたのは君の言う二人の例だけだけどな」

 

「やはりメディナ殿も、《進想力》に当てられてしまったというのでしょうか……」

 

 

 アリスの顔に悲しげな表情が浮かぶ。

 

 

「メディナ殿の一族は《あの悪霊》に《欠陥品》などと罵られ、周りの貴族達からも同じように(そし)られ、酷い仕打ちや迫害を受け続けてきました。それは彼女の代になっても続いていて……この央都でも、彼女への悪口や罵倒を堂々と言う貴族達が多く確認できています」

 

 

 どこに居ても絶えず飛んでくる罵倒や誹謗。そんな目に遭い続けている人間は、《進想力》にとっては格好の餌食であろう。やはりメディナは《EGO化身態》になる直前に陥っているのかもしれない。

 

 

「《進想力》に当てられても不思議じゃないな。とにかく、央都内をもっとよく探してみよう。意外とまだ居るかもしれない」

 

 

 キリトに続いてシノンが提案した。

 

 

「クィネラに言って、対策本部の人達全員に探させた方がいいわ。どこか遠くに行かれてしまってからでは遅いもの」

 

 

 アリスが少し目を丸くする。クィネラの名前が出てきたのが引っ掛かったらしい。

 

 

「最高司祭様にですか。しかし最高司祭様はお忙しく……」

 

「メディナとグラジオは対策本部にとって大切な戦力だし、私達の大切な仲間よ。それにあの()が冒険者達まで連れていなくなってるなら、ただならない出来事が起きてるとしか思えないわ」

 

「確かに……わかりました。最高司祭様と小父様にも頼んでみます」

 

「俺も仲間達全員に声かけて、メディナを探してみるよ」

 

 

 アリスの「お願いします」という言葉を聞いてから、キリトは三人へ向き直った。

 

 

「よし、行くぞ。できるだけ央都の隅々まで探すんだ」

 

 

 三人の了解を確認して、キリトは家の外に出た。見上げれば、いつものなんて事のない青空が広がっていた。

 

 その空の下、どこかにいると思われるメディナとグラジオ、冒険者達を探してキリト達は央都を巡りに巡った。

 

 しかし、どこを探しても彼女達の姿を見る事は叶わなかった。住宅街、商店街、修剣学院と駆け回ってみたが、やはりどこにもいない。途中でアスナ達や整合騎士達にも合流して聞いてみたが、彼女達もメディナ達を見つける事はできなかったという。

 

 結局キリト達は開始から二時間で捜索を打ち切り、対策本部の会議場へと戻ってきたのだった。結果を聞いたベルクーリが腕組をしながら苦い顔をする。

 

 

「対策本部にいるほぼ全員を駆り出したっつうのに見つからねえとはな。これじゃあ、央都にはもういないって考えた方がよさそうだな」

 

「……そうですか。一体どこへ向かってしまったというのでしょうか。早く見つけなければいけないというのに」

 

 

 声色はそうでもないが、アリスは焦っているようだった。最初に来た時もそうだった。彼女はずっと焦っている。メディナがいなくなった事は確かに焦るべき事ではあるが、それにしては焦りが強い気がする。

 

 

「アリス、大丈夫?」

 

 

 キリトと同じ事に気が付いていたのだろう、ユージオが問いかけると、アリスは俯いた。

 

 

「え、ええ……すみません、平常心を失ってしまって……」

 

「心配だよな。メディナ、どこに行ったっていうんだろう」

 

 

 キリトが答えると、ファナティオが軽く溜息を吐いた。彼女にしては珍しい反応な気がする。

 

 

「巡回の近衛兵にも声をかけて、広い範囲を捜索するよう頼んだけれど、どこまで聞いてくれるかしらね……彼らは猊下(げいか)(めい)すら投げ出す事があるって話だし」

 

 

 それを突き止めたのもメディナだった。だから彼女は、近衛兵達ではなくて冒険者達に周辺の防衛を頼むように進言していたのだ。その話に、最高司祭クィネラは二の足を踏んでいた。近衛兵と冒険者達。そのどちらを信頼するべきか、わからなかったからだ。

 

 もしかしたら命を投げ出す近衛兵はほんの一握り程度で、大多数の貴族達は命を投げ出さずにいてくれるかもしれないし、冒険者達は逆にメディナの言う事しか聞かないので、メディナの指示の匙加減(さじかげん)で役に立たなくなる可能性だってある。どちらも信頼するべきかするべきではないかの判断が難しい。だからこそクィネラは中々決断に踏み出せずにいた。

 

 そうしているうちに、メディナは自身が「近衛兵より役立つ」と言っていた冒険者達を連れて、どこかへ姿を消してしまった。まるで痺れを切らしたかのように。

 

 この――そもそも誰も予想できていなかった――時を迎えるまでに決断を下せなかったクィネラはというと、ベルクーリのすぐ隣で悲しそうな顔をしていた。

 

 

「メディナ様……やはりわたくしが冒険者の皆様に任を与えなかったから、失望されて……」

 

「クィネラ、そう何でもかんでも悪い方向に考えるな。こういう時こそ、お前が一番しっかりしていなければならんのだぞ。まぁ、気持ちはよくわかるが」

 

 

 右隣にいるカーディナルに言われても、クィネラの顔は晴れなかった。

 

 ここ最近わかってきたのだが、クィネラはどうにも自責傾向がある。恐らく本人がイリスの子供の例に漏れず、とても心優しい性格であるという事と、アドミニストレータに取り憑かれ、長い間人界を引っ掻き回させてしまった事が原因なのだろうが、そうだとしても、悪い事が起きた時は自身のせいと過剰に思ってしまいやすい。今回のメディナの失踪も、自身のせいだと思ってしまっているようだ。

 

 そんな最高司祭を横目に見つつ、整合騎士団長が腕組みしたまま言う。

 

 

「メディナが飛竜を持っていないのが不幸中の幸いみたいなもんだが、既にカラントを討伐しきっている北帝国、南帝国に行かれちまったなら、見つけるのは至難の業だ。というか、メディナはなんで夜逃げみたいな事を……」

 

「先日私達の前に現れた、あの元老院統括代理と名乗ったハァシリアンという男……もしかしたら、彼の存在が何か関係しているのではないでしょうか」

 

 

 アリスが挙手するように言うと、ベルクーリは眉間に皺を寄せた。

 

 

「北帝国から帰ってきたお前さん達の報告にあった奴だな。だが、その話は何度聞いても奇妙だ。オレは《アレ》に天命を凍結されている関係で長く生きてるが、ハァシリアンとかいう名前は聞いた事がねえ。《アレ》による《リセット》で、何度も記憶を消されちまってるからなんだろうが……」

 

 

 同じくアドミニストレータによって天命を凍結され、記憶を何度もリセットされていると思わしきファナティオが尋ねる。

 

 

「という事は、彼もまたシェータやレンリのように《凍結》されていたという事でしょうか。しかしそれでも、誰も知らないというのは不思議ですね」

 

「それでそいつは、メディナの事を救世主様って呼んで――今いる最高司祭殿は偽者で極悪人で、《アレ》こそが本当の最高司祭殿とか言ってたんだろ」

 

 

 ベルクーリに言われ、キリトは頷いた。ハァシリアンは突然現れるなり、メディナを救世主と呼び、あろう事か今の最高司祭であるクィネラは偽者、アドミニストレータこそが本物の最高司祭と言い、アドミニストレータを復活させようなどと言っていた。

 

 こういった経緯があった事により、既に対策本部では要警戒人物として認定されている。

 

 

「まさか、ハァシリアンが街に現れて、メディナに何か吹き込んだとか?」

 

「もしかしてメディナさん、そのハァシリアンに(さら)われたんじゃ!?」

 

「あの人なら本当にそういう事やっちゃいそう……メディナさんが危ないかも!」

 

 

 リズベット、シリカ、リーファの順で言うと、周りにざわめきが起こる。どちらとも言えない。メディナがハァシリアンと接触したせいでおかしな言動を始めたとも思えるし、そうではないのではないかとも思える。

 

 だが、どんなに考えようとも、確かな答えに辿り着くのは不可能だとわかっている。ハァシリアンについてはデータがなく、詳細を調べようがないからだ。キリトは三人に向き直り、制止を呼び掛ける。

 

 

「落ち着けって。まだそうと決まったわけじゃないんだから――」

 

「最高司祭猊下――!!」

 

 

 キリトが言いかけたそこで、出入口の方から声が飛び込んできた。皆が何事かと思って向き直る。その中に混ざってキリトも視線を向けたが、そこで軽く驚く事になった。

 

 少し波打つペール・パープルの髪をしているのが一番の特徴の、整合騎士エルドリエが、見た事のない男を連れてやってきていた。

 

 

「何をするのですか整合騎士様ぁ! 私は何もしておりませんん!」

 

 

 金髪と若干豪華な服装をしているため、貴族であるとわかる男は、後ろ手をエルドリエに拘束されていた。何か悪事を働いているところを通報されたか、(ある)いはその瞬間をエルドリエに見られて、現行犯逮捕されたのだろうか。

 

 

「何事でございますか、エルドリエ様」

 

 

 クィネラが尋ねると男の目が輝き、「最高司祭様、何とお美しい……」と(こぼ)す。クィネラの姿を実際に目にするのは初めてだったのだろう。央都に暮らす民の中でクィネラを見た事がある者というのは存外少ないので、珍しくもなんともないのだが――男は何とも見ていて嫌な気持ちになる目つきだった。

 

 貴族の身分である事を盾に悪行を重ね、《EGO化身態》となって果てたライオスが思い出される。あいつと近しいところの出身か、或いは似たような人間性の持ち主か。いずれにしてもろくでもなさそうだ。

 

 それに気が付いたエルドリエが「(いや)しい奴め!」と言って男を強く縛り上げる。

 

 

「その者がどうしたのですか、エルドリエ」

 

 

 今度は師であるアリスが尋ねると、エルドリエはようやく答えた。

 

 

「この者は、メディナの行き先を知っているようです。聞き込みをしていたらそう喋っていたので、連れてきました。何故か逃げようとするので、やむを得ず拘束してきましたが」

 

 

 その言葉に全員が軽く驚く。直後、ベルクーリが男に声をかけた。

 

 

「おいお前さん。メディナがどこに向かったか知ってるって本当か」

 

「あの《欠陥品》の向かう先だと? そんな事を知って何に――」

 

「教えてくれたら褒美を差し上げます。ただし、彼女は私達の協力者です。次に《欠陥品》呼ばわりしたら処罰対象とします。余計な事を言わずに真実を述べた方が身のためですよ」

 

 

 アリスが淡々と述べると、男は震えあがって喋り出した。男によると、昨日から今日になるまでの間の深夜、冒険者達全員を連れたメディナが央都の西門から西帝国へ向かっていくのを見たのだという。冒険者達の数は既に百五〇人以上となっていたので、それがぞろぞろと西門へ向かっていく様は目の離せないものであったという。

 

 そこまで聞いたところで、ベルクーリが目を少し細める。

 

 

「西帝国だと? そこはまだ魔獣と《EGO化身態》駆除もカラント討伐も終わってねえ、いわば危険地帯だぞ。それにまだ、最西端にある《西の峡谷》に調査に向かったシェータだって帰ってきてねえ」

 

「メディナさん、どうして西帝国に向かったっていうの……まさか、魔獣と《EGO化身態》の討伐を自分達だけでやろうって?」

 

 

 アスナが不安そうに言うと、キリトは顎元に指を添えた。メディナの意図は全くと言っていいほどわからない。何故急に荷物も冒険者達もまとめて西帝国へ旅立ったのか。

 

 彼女はずっとオルティナノス家の汚名を(そそ)ぎ、武功を立てるためと言って戦っていたのだが、それと何か関係しているというのだろうか。まさか武功を立てたいがために焦ってしまい、こんな極端な行動に出てしまったのだろうか。

 

 だとすれば、やはり《進想力》に当てられてしまった可能性が高いだろう。いずれにしてもメディナは良くない状態だ。

 

 

「メディナが西帝国に向かったのは確かなんだな。なら、早速西帝国に出よう」

 

 

 キリトが進言するなり、ベルクーリが答える。

 

 

「西帝国でもカラントの目撃例が相次いで出てる。恐らくカラント・コアもあるだろうし、シェータも戻ってきてねえ。多分だが、エルドリエとデュソルバートの時と同じような事になってるかもしれん。急かしてすまないが、メディナの嬢ちゃんを早いところ見つけて、シェータを探してくれ」

 

 

 やるべき事を確認したキリトは、西の空を見た。元からあったものの、今はクィネラによって補強されているうえ、上部に兵器が沢山配置されている大きな城壁の向こうに、黒い雲が見えた。

 

 いつもはそんなふうには思わないのに、今はまるで、その黒雲がメディナ達を吸い込んでいったかのように感じられた。

 

 間もなくして、ベルクーリとクィネラが散開を指示。会議場に集まっていた仲間達はそれぞれキリトと共に西帝国に向かう者と、引き続き央都を守る者、既に安全が確保された北帝国及び南帝国の《果ての山脈》の警護に向かう者に別れていった。

 

 

「坊や」

 

 

 ふと声がして、キリトはそちらに向き直った。そこにいたのは、クィネラとはまた異なる深い紫色の美しい髪をしていて、明るい金色の瞳が目を引く女性整合騎士。先程の会議でも度々発言をしていたファナティオだった。

 

 

「ファナティオ、どうしたんだ」

 

「西の空を見ていたみたいだけれど、坊やは気が付いたかしら」

 

 

 坊や。ファナティオは何故かキリトの事をそう呼ぶ。最初はユピテルの事かと思ったが、自分がそう呼ばれる対象だったから驚いたものだ。特に尋ねる理由もないし、呼ばれて悪い気は特にしないので、何故そう呼ぶのかは聞いていない。

 

 

「気が付いたって、何が?」

 

 

 ファナティオはキリトの隣に並び、西の空を指差した。

 

 

「あの黒雲よ。しばらく見ていてごらんなさい」

 

 

 言われるまま、キリトは西の空に広がる黒雲を再度見つめた。その時に気が付いた――恐らくファナティオの言っている事とは違うのだろう――のだが、黒雲は横だけではなく、縦にも広がっていた。

 

 この世界に存在しているのかまでは未確認だが、あるのであれば成層圏の辺りにまで達しているのだろう。中々見られないくらいに大きいうえに黒色の見た目もあってか、空に浮かぶ魔王の城を連想させてくる。縦にも横にも大きいからこそ、この央都の壁の内側からも見る事ができるのだ。

 

 そんな黒い雲の城を見ていた時だった。突然、黒雲が内側から白く光った。しかし光はすぐに収まって、雲は本来の黒色へ戻る。その光景を認めたキリトに、ファナティオは再度声をかけてきた。

 

 

「今のははっきり見えたでしょう」

 

「あの雲は雷雲だったんだな」

 

「えぇ、そうよ。けれど、どうにもただの雷雲っていうわけじゃないみたいなの」

 

「ただの雷雲じゃないって……それはどういう」

 

 

 そこからのファナティオの話によると、あの雷雲の下の地域では、落雷が継続的に発生しているらしく、往来が不可能になってしまっているくらいであるという。

 

 雷が同じ地域に落ち続けている――いや、それ以前に落雷をもたらす雷雲がずっと立ち込め続けているというのは、極めておかしな話だ。

 

 

「なんだそれ。あの雷雲はずっといるっていうのか」

 

「えぇ。いつ頃現れたのかまでは定かではないのだけれども、現れてからはずっとあそこに居座り続けて、雷を落としているのよ」

 

 

 ファナティオも怪訝(けげん)な顔をしている。きっと自分も同じ表情をしているのだろう。巨大な黒雲が一箇所に留まって雷を落としている――まるであの黒雲が意思を持っているかのようではないか。

 

 この世界では雲さえも意思を持って動くというのだろうか。流石にあり得ないと思いたいところだが、あり得そうな気もするから恐ろしいものだ。

 

 

「その雷が落ちている地域っていうのが、さっきあの人の話に出てきた《西の峡谷》なのよ」

 

 

 ファナティオはそこまで話したところで、キリトの目を見てきた。凛とした光の中に混ざって、余裕や不思議な雰囲気が見て取れる。この人はこんな目をしていたのかと思ってしまったが、すぐさま意識をそちらから逸らす。

 

 

「坊や、何か思い付いてこないかしら」

 

「《西の峡谷》に《カラント・コア》が出現して、そこで産み出された魔獣もしくは呼び寄せられた《EGO化身態》の中に、雨雲や雷を操る能力を持ったのがいる? ん。いや、待てよ……」

 

 

 キリトはもう一度考えの姿勢を取った。

 

 西帝国の《西の峡谷》には、シェータが向かっているという話だった。そしてベルクーリは、エルドリエとデュソルバートと同様にシェータが《EGO化身態》になっているのではないかとも危惧していた。

 

 それで、《西の峡谷》には雷を降らす黒雲が居座り続けている。まるで何かに召喚されているかのように。

 

 そこまで考えたところで、キリトは最も起きていてほしくない出来事を思い付いた。

 

 

「まさか、《EGO化身態》になったシェータが雷を操っている!?」

 

「その可能性も捨てきれないでしょう。彼女が雷を使えるだとか、雷系神聖術が得意みたいな話はなかったけれども、《EGO化身態》になればどうなるかはわからないというのがカーディナル様の話よ。シェータが《EGO化身態》になってしまったから雷雲が立ち込めるようになったのか、そうじゃないのかはわからないけれども、メディナ達が行ってしまったのは、一歩間違えば降り注ぐ雷の餌食になる危険な場所なの」

 

 

 キリトは思わず下を向いた。西帝国は魔獣と《EGO化身態》が多数確認できる、つまりカラントがあるから危険程度にしか思っていなかったが、まさか雷が降ってくる災害まで起きているとは。メディナはなんてところに行ってしまったというのだろう。

 

 彼女だけじゃなく、今まさに落雷頻発地帯となっている西の峡谷に向かったというシェータも心配だ。エルドリエとデュソルバートのように《EGO化身態》になっているのか、それとも無事でいるのか。

 

 《EGO化身態》にならずに済んでいたとしても、雷雲のせいで動けないでいるだろうし――あまり考えたくないが、既に落雷を浴びてしまって死亡している可能性も捨てきれない。いずれにしても、早急に向かわなければならない状況だ。

 

 

「ヤバいな……急いで西帝国に向かわないと!」

 

「えぇ、そうしてもらいたいところだけど……今回、坊やはちょっと肩の力を抜いてもいいかもしれないわよ」

 

 

 ファナティオに言われた事にキリトはきょとんとしてしまった。同時に目を丸くして、ファナティオに尋ねる。

 

 

「肩の力を抜いていいって、なんで?」

 

 

 ファナティオは「ふふん」と笑った。初めて見る顔だ。

 

 

「私が坊や達に同行するから、ね?」

 

 

 公理教会整合騎士団ナンバーツーである副騎士長からの言葉に、キリトは「マジか」と零した。

 


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