キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 2024年最初の更新。

 


11:ラディアント・ライト ―化身態との戦い―

 

 

 

「え……?」

 

 

 アスナは目を疑った。確かに目の前には隻眼龍人がいた。そしてその素肌に一撃をお見舞いしたはずだった。しかし、今のアスナの見つめる先には、壁があった。隻眼龍人が纏う装甲と同じ色と材質をした壁が、アスナの細剣を受け止めていた。

 

 何が起きたかわからず、アスナは動けなかった。間もなくして、あろう事か壁がゆっくりと横に動いていき――隻眼龍人の姿が現れ、その深紅の目と視線が交差した。

 

 隻眼龍人は、一瞬のうちに盾を構えていた。

 

 

 ――ほら、甘かった。あなたの親友はあなたよりも甘くないよ。そんな事も忘れてた?

 

 

 頭の中の《声》ははっきりと現状を告げた。まるで隻眼龍人が盾を構えてくるのを見抜いていたかのように。しかし、アスナはその声のような予測はできていなかった。

 

 何故? 今の一瞬で何が起きてこうなったというの。

 

 戸惑いと焦りで頭が満たされつつあるアスナの剣を受け止めた隻眼龍人は、隙を把握するなり、構えている盾を力強く突き出した。所謂シールドバッシュを受けたアスナは、後方へと弾かれた剣に引っ張られるように大きく仰け反らされる。

 

 しまった――そう思った時には既に遅かった。アスナが身体に力を込め直すより先に、隻眼龍人はその右手に持った巨鎚を水平に振るってきた。世界がスローモーションになり、何もかもを砕き潰す巨大な金槌が迫り来るのが見えた。

 

 お願い、間に合って――そう胸のうちで念じて、その胸元にレイピアを持ってきて防御体勢を作る。奇跡的に間に合った次の瞬間に、巨鎚がアスナに激突した。

 

 これまで体験した事のない衝撃が襲ってきたと感じた時、アスナは遺跡の天井に衝突していた。隻眼龍人が巨鎚を振るった勢いのまま、上空へ吹っ飛ばしたのだ。

 

 あちこちを引き千切られてようとしているかのような痛みが全身を覆い尽くし、それ以外の感覚を消し去っていた。肺が潰されたようになって息ができないうえ、視界がモノクロに変色して見えた。

 

 

「か……は……」

 

 

 間もなくして、アスナは天井から落ち、床に叩き付けられる。もう一度衝撃と痛みが身体を襲い、あらゆる感覚が再度奪われた。

 

 巨鎚の一撃と天井への衝突なんてものに襲われようものならば、普通の人間は潰れた挽肉(ひきにく)になっているだろう。だが、そうならずに済んでいるのは、このアンダーワールドにログインするためにラースに用意してもらった上位アカウント《聖騎士(パラディン)》が持つ膨大な天命のおかげだった。鈍くも大きな痛みが駆け回っているが、腕も足も動かそうとすると言う事を聞いた。折れていない。

 

 つまり、まだ戦えるという事であり――戦えと言われているという事だった。

 

 

「「アスナ!!」」

 

 

 耳鳴りに混ざって自分を呼ぶ声がする。キリトとシノンのものだろう。そこにユピテルの声が入っていないのが気になった。普段ならば自分に何かあった時、真っ先に駆けつけてくれるのがユピテルなのに、どうして――。

 

 

「ぐうっ……」

 

 

 鈍くて大きな痛みが走り続ける身体に鞭打ち、アスナは上半身を上げて目を開けた。そこに友人二人と息子の姿はなく、代わりに隻眼龍人が比較的離れた位置にいるのが認められた。

 

 その隻眼龍人はというと、その目の前辺りに巨大な鉄球のようなものを出現させていた。右手の巨鎚、左手の巨盾と同じで、隻眼龍人の身体を包む装甲と同じ材質のもので構成されている。

 

 いつの間にあんなものを――そう思ってすぐに、アスナは動きの鈍くなった頭の中で答えを導き出した。

 

 恐らくだが、隻眼龍人には物を作り出す力がある。クィネラのように万物を無から作り出せるのか、あるいは何らかの素材を使用して作り出すのかはわからないが、とにかく隻眼龍人は自身の思い描いた物を作り出せるのだ。先程の自分の細剣を防いだ盾も、その力を使って咄嗟に作り出した物だったのだろう。

 

 完全に予想外だった。隻眼龍人がそんな力を持っているだなんて。

 

 

 ――その力に今までずっと助けられてきたじゃないの。彼女はその力を使って、あなたがお気に入りにしていた細剣を作ってくれた。それも忘れてた?

 

 

 その力を適切に使ったであろう隻眼龍人は、作り出した鉄球目掛けて巨鎚を水平に振るい、打ち出した。まるで野球のボールのように弾かれたそれは目にも止まらぬ速さで飛んでいき、アスナの比較的後方にある巨大石柱に激突。石柱は轟音を立てて床に崩れ、遺跡全体を揺らす。

 

 

「アスナッ!!」

 

「シノン、離れるぞ!!」

 

 

 崩壊音に紛れるようにして、シノンとキリトの悲鳴のような声がした。倒れた石柱の向こうから聞こえた気がする。

 

 アスナはようやくまともに動くようになった身体を立ち上がらせて、その方を見た。倒れた石柱、それに巻き込まれて一緒に崩れたであろう巨大な遺跡片しかない。二人の姿は確認できなかった。

 

 

「シノのん、キリト君!」

 

 

 咄嗟に呼びかけてみると、声が返ってきた。

 

 

「アスナ、どうなったの。そっちはどうなっているの!?」

 

「アスナ、無事か!?」

 

 

 やはりシノンとキリトの声だった。二人は無事だったようだ。しかし姿は見えない。石柱が倒れた事によって分断されてしまったらしい。

 

 

「そんな……!」

 

 

 そう漏らした直後、聞こえた轟音にはっとしてアスナは振り返った。隻眼龍人と青白い雷の狼竜が激しい戦闘を繰り広げていた。リズベットとユピテルである。

 

 このうちの前者であるリズベット/隻眼龍人の方が優勢であるようで、ユピテルは次々繰り出されてくる巨鎚の攻撃を避けるか防ぐかするしかできておらず、反撃に出られていなかった。

 

 そう思った矢先、ユピテルはリランがよくやるようなタックルを隻眼龍人に繰り出した。どぉんと大きな音を立ててユピテルの身体が隻眼龍人にぶつかったかと思えば、バチバチという鋭い電撃の音が追撃のように鳴り響く。《使い魔》形態のユピテルの身体を構築し、同時にその体表を覆っている電気が、今まさに隻眼龍人へと流れ込んでいるのだ。

 

 雷に匹敵する威力を持つそれを浴びようものならば、普通の魔獣やそこら辺の《EGO化身態》はすぐさま燃えて真っ黒になって絶命するか、数秒耐えた後に絶命して倒れる。

 

 つまりは浴びれば確実に絶命するものであり、死ななかったのは南帝国にてカラントに産み出されたジャイアント族や、《EGO化身態》となった整合騎士達くらいだ。しかし隻眼龍人は、ユピテルに密着されていても涼しい顔をしていた。《EGO化身態》となったデュソルバートさえ、ユピテルの電撃を受ければダメージを負って怯んだというのに、それすらない。

 

 先程もユピテルの雷撃を受けて平気そうな顔をしていた隻眼龍人だが、そのユピテルと取っ組み合いをして直接その超高圧電気を流されていても、やはり平気そうにしている。

 

 隻眼龍人は電撃や雷撃といった、所謂雷属性に対しての完全耐性を得ているというのだろうか。見た感じからするとデュソルバートと同じように、火属性に完全耐性を持っているように思えたが、それもまた甘い憶測で、火属性だけではなく雷属性にも耐性があったのか。あるいは全ての属性が効かないのか。

 

 ゲームならば時間をかけて一つ一つ検証して明らかにして攻略していく余裕が常に与えられている場合が多いが、この世界ではそんな悠長な事をやれるだけの時間はもらえない。いつものゲームのように時間をかけてしまえば、隻眼龍人からリズベットを取り戻せなくなるのだから。

 

 

《リズねえちゃん、お願いです……元に戻って……!》

 

 

 《声》が頭に響いた直後、ユピテルは両肩から生えるもう一対の巨腕で隻眼龍人を抑え付けた。そして全身を駆け巡る雷を直接流し込む。バリバリ、バチバチという全てを引き裂く雷音が連続して鳴り響き、隻眼龍人が全身から放つ赤い光に青白い光が混ざり合って紫色に変色する。普通の生命体ならばとっくに絶命している状況だ。

 

 なのに、隻眼龍人は止まらなかった。彼の者はうるさそうに巨鎚と巨盾を近くに放り投げ、自由になった両手でユピテルの巨腕を掴んだ。そのまま力を込めて、ユピテルの手先にある金属部位を握り潰す。メキメキという嫌な音が鳴ると同時に、雷撃の獣となっているユピテルの悲鳴が遺跡の中に木霊した。

 

 

「ユピテル……ッ!」

 

 

 助けなくちゃ――アスナは手元に落ちている細剣を拾った。その際に違和感を覚える。先程と比べて、明らかに軽い。もっと重かったはずなのに、どうして。

 

 

「……え」

 

 

 アスナは手元を見て絶句した。このアンダーワールドに来る際に自動で渡された《聖騎士》の細剣の刀身が、根元から無くなっていた。近くの地面にその破片と思わしきものが散らばっている。

 

 隻眼龍人の巨鎚の攻撃を防御した際に粉々に粉砕されてしまったのだと、考えなくてもわかった。あの攻撃を防いでしまった時点で、自分は攻撃手段の全てを失っていたと気付かされて、アスナは愕然とした。

 

 そう言えば、リズベットと出会う前に陥った状況もこうだったかもしれない。細剣の刀身が根元から折れてしまって、戦う事ができなくなり、街まで撤退するしかなかった。《はじまりの街》まで戻ったその時に、リズベットに剣を直してもらって、戦線復帰できたのだ。

 

 孤独だった自分に戦う力を取り戻させてくれて、尚且つ友となってくれたリズベット――怪物と化しているものの、彼女に剣を折られて戦闘不能にさせられるなんて、何と言う皮肉なのだろうか。

 

 

《あ゛あ゛あ゛ッ、あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ》

 

 

 頭の中に悲鳴が轟き、アスナは折れた細剣を手にしたまま向き直った。隻眼龍人がユピテルを地面に叩き付け、その顔を殴打していた。隻眼龍人の装甲で覆われた拳がユピテルの顔面を覆う金属骨に叩き付けられる度に金属が潰れるような嫌な音が鳴り響き、その部位が陥没骨折のように凹む。

 

 《使い魔》形態となったユピテルの身体があんなふうになるのは初めて見た。これまで起きえなかった事象がこの場を襲っているというのを、アスナはまざまざと感じていた。

 

 背筋に冷や汗が走って止まらない。きっと今、ユピテルの天命は刻一刻と減らされていっている。他でもない、リズベットの手によって。

 

 天命がゼロになればどうなるか。それは死を意味する。ユピテルの天命が尽きるという事は、ユピテルが死ぬという事。そうなれば何が起きるか。もしかしたら自分達同様にアカウントを失って強制ログアウトになるだけで済むかもしれないが、果たしてアスナはそうは思わなかった。

 

 この世界では、ユピテルはこれまで見た事がないくらいに生き生きとしていて、まるで本当の生命を授かったかのように思える事が多々あった。そしてユピテル自身もまた、このアンダーワールドをとても居心地の良い世界だと言っていた。

 

 そんなこの世界で天命が尽きてしまったその時、ユピテルにとって本物の死が訪れるのではないか。このアンダーワールドに接続されているアスナのアミュスフィアに強制的に戻されるのではなく、この世界の理に従って消滅する。そうなってしまう気がしてならない。

 

 ユピテルの死。この世の至る所からユピテルがいなくなってしまうという事。アスナが何よりも恐れている事が、大きな足音を立てて、すぐそこに迫ってきている。《SA:O》にて起きた、ユピテルの命が永遠に失われてしまうかもしれなかった事件の恐怖が蘇り、アスナの胸と心を満たそうとしていた。

 

 そんなアスナを嘲笑うかのように、隻眼龍人はユピテルに馬乗りになって、連続でユピテルの顔面を殴り付ける。その都度金属に重い衝撃が走るような音が鳴り響き、火花が散った。

 

 《使い魔》形態となったユピテルにとって、雷を纏う自身に触れられる事そのものが攻撃の一つなのだが、隻眼龍人は継続してユピテルに触れているというのに、何の苦痛も感じていない。だからこそ、容赦なくユピテルに攻撃を続ける事ができていた。

 

 ユピテルは悲鳴を上げながらも身体から青白い光と電撃を迸らせ、隻眼龍人に直接流し込むが、無駄な足掻きにしかなっていなかった。

 

 ユピテルの顔を覆う金属外骨格は、辛うじて原型をとどめているものの、大きく変形してしまっていた。もし《使い魔》形態のユピテルがリラン同様に血を流す事があろうものならば、その顔は血に染め上げられて真っ赤になっていた事だろう。

 

 現実でそうなっていなくても、アスナの目に映る我が子の顔はそうなっていた。骨が潰されて、至る所から血が溢れ出て、見るも無残な姿だった。

 

 合わせるようにして、ユピテルの身体の発光が弱くなっていっていた。電気が弱まってきている。それはユピテルの天命が削られ、残り僅かになっているという事だった。隻眼龍人は逃さないと言わんばかりにユピテルの顔面を拳で(えぐ)る。

 

 

「やめて――ッ!!」

 

 

 顔を真っ青にしたまま悲鳴を上げ、アスナは地面を蹴って走り出した。真っ直ぐに隻眼龍人の元へ向かい、ソードスキルを繰り出そうとする。頭の中で思い描いたそれは《リニアー》でもあり、《カドラプル・ペイン》でもあり、《シューティングスター》の姿でもあった。焦って考えたせいで、様々な細剣のソードスキルが混ざり合って混沌のようになっている、正体不明のナニカになっていた。

 

 

 ――そんなに焦ったところで、何もならないよ。そんなのあなたが一番わかっている事じゃない。

 

 

 ユピテルを助けられれば、いや、隻眼龍人の注意を逸らす事ができればなんでもいい。何でもいいから発動して――アスナは折れた細剣を突き出す姿勢を作り、隻眼龍人へ放った。

 

 発動したのは、《リニアー》だった。単発攻撃細剣ソードスキルであり、細剣のソードスキルの中で最も初歩的なモノ。その一撃を、刃の大半が折れてしまっている細剣で隻眼龍人の背中にお見舞いした。

 

 当然のように、効かなかった。僅かに残っていた刃は隻眼龍人の背中を守る装甲に突き立てられた衝撃によって折れ、刃が確かに当たった装甲には傷一つ付かなかった。

 

 

「……!!」

 

 

 直後、衝撃が逆流してきて、アスナの腕を襲った。腕全体に鈍い痛みが走ったかと思えば、指先が痺れて力が抜け、残された細剣の柄が滑落する。その時ようやくアスナの存在に気が付いたかのように、隻眼龍人が尻尾を動かした。

 

 その巨躯に相応しい太さと長さを持つそれをぶんっと鞭のように振り回し、アスナを薙ぎ払う。横腹に激痛が走り、肺を潰されたように空気を全て吐き出した時には、アスナは近くの壁に激突していた。

 

 

「あ゛う゛ッッ」

 

 

 先程天井に吹っ飛ばされた時の痛みと衝撃と苦しさが再来して、全身を支配した。指先から足先まで全部痺れて動けない。天井の時同様に地面に落ちてぶつかっても、感覚に変化は起きなかった。

 

 しかしその時と違ったのは、割れた(ひたい)から血が流れてきて目に入り、瞼を開けられないほどの激痛が及んできた事だった。何とかして目を開けようとすると大粒の涙が溢れてきて、血を洗い流そうとしてくれたが、痛みは引かなかった。

 

 

《た……すけ……て…………》

 

 

 痺れかかった頭の中に《声》が響いて、アスナははっとする。顔を上げて、涙をぼろぼろと零しながら重い瞼を開ける。ぼやけた視界の中で、光を失いつつあるユピテルを殴り付ける隻眼龍人の姿が確認できた。

 

 隻眼龍人は右手に巨鎚を持って、空いた左手でユピテルを殴り続けている。ユピテルが弱り切るのを待ち、巨鎚でとどめを刺すつもりでいるのだろう。

 

 殴られ続けているユピテルは、肩から生える巨腕をなくしていた。巨腕の先端にある金属部位が地面に落ちている。天命が残り僅かになっているせいで、雷エネルギーを身体中に上手く流せなくなって、身体を維持する事そのものが難しくなっているのだ。

 

 

《たすけ、て……かあ……さ……ん…………》

 

 

 今にも消えてしまいそうなか細い《声》が頭の中に薄らと響く。ユピテルの《声》だった。ここまで弱ったあの子の声を聴いたのは、あの事件の時以来だ。ユピテルは今、本当に死んでしまいそうになっている。

 

 いや、このまま放置すれば、確実にあの子は死ぬのだろう。悪寒が背筋を撫で上げ、服の中で玉のような汗が浮かび上がっては流れ、涙が止まらない。今すぐにでも助けに行かなきゃいけないのに、身体が動いてくれない。

 

 

 ――助けたいよね?

 

 

 またしても《声》が頭の中に響いた。ユピテルのものではない。さっきから聞こえてくる、誰のものかわからない《声》だった。しかし、その正体はたった今割れた。自分自身の《声》だった。

 

――助けたいでしょ。あの子を。誰よりも大事なあの子を。

 

 助けたい。あの子はかけがえのない子なの。だから、助けなきゃいけないの。

 

――でも、あの子を狙ってるのは誰だったっけ?

 

 リズベット。篠崎(しのざき)里香(りか)。わたしの親友だよ。

 

――その親友を殺す事になるかもしれないよ。それでもやるつもりなの?

 

 うん。やる。

 

――やれるの? あなたは親友を殺せるの?

 

 いつもの里香だったら、できない。だけど、今の里香なら殺せる。

 

――いつもの里香なら殺せないけど、今の里香なら殺せるって、都合が良すぎるんじゃないの?

 

 えぇ、よく言われたわ。あなたはどれだけ都合が良いのって。それでも、わたしはあの子を失うのだけはごめんなの。

 

――里香、傷付くでしょうね。あなたに殺されるんだから。

 

 どうでもいいわ。わたしはもう、あの子を失いたくないの。あの子を守れるんなら、どんな事だってするわ。母親が我が子を守ろうとして、何がいけないというの。

 

――本当に都合が良いのね。なら、やりたいようにやったらいいんじゃないの?

 

 えぇ、やらせてもらうわ。

 

――後悔しても知らないけれどね。

 

 後悔なんてしない。寧ろここで何もしない方が、ずっと後悔する。

 

――手に取るといいわ。都合の良い人。

 

 

 《声》が止んだその時に、アスナははっとした。右手に光が集まっている。正確には周囲に無数に浮かぶ細かい白い光の粒子が、アスナの右手に流れ込んでいた。

 

 

「これは……」

 

 

 思わず目を見開いていると、光は変形していき――一本の剣の形を作っていった。白い光のシルエットになっているので、詳細はわからないものの、確かにそれは剣だった。先程隻眼龍人の攻撃で折られた細剣よりもずっと長い細剣。

 

 これは一体何なのだろう――そんな疑問はアスナの中からすぐに消え去った。剣が現れてくれたのであれば、戦える。ユピテルを助けに行く事ができる。アスナは右手の位置を剣の柄に当たるところまで動かし、力強く掴んだ。

 

 直後、剣を覆っていた光は弾けた。現れてきたのは、(ガード)部分の中央に紫色の宝玉が嵌められているのが特徴的な長細剣だった。その姿は人界に一般的に普及している長剣などとは比べ物にならないほどの存在感があり、全体的に神々しさを感じさせてくる。まるで神の得物だった。

 

 正体不明の長細剣の柄を握り締めると、全身の痛みが消え去り、消えていた感覚が取り戻されてきた。力と覇気が(みなぎ)る。この剣が与えてくれているのかは定かではないが、そんな事はどうでもいい。

 

 アスナはきりっと狙うべき敵を眼中に捉えた。隻眼龍人。変じてしまった親友の姿。相変わらず背中を向けて、アスナのたった一人の可愛い息子を潰そうとしている。その背中の中央に、アスナは狙いを定めた。

 

 

「はあああッ!」

 

 

 隻眼龍人との戦闘で既にボロボロになっている床を蹴った次の瞬間に、アスナは隻眼龍人に接敵していた。まるで撃ち出された弾丸のような瞬発力が発揮できていたが、その理由をアスナは深く考えず、手を動かしていた。

 

 長細剣に力を流し込んで同一の存在となり、渾身の突きを隻眼龍人の背中へお見舞いする。

 

 単発重攻撃細剣ソードスキル《シューティングスター》。

 

 本物の彗星のような光を纏った細剣の一撃を受けた隻眼龍人は、背中の装甲を撒き散らしながら前方へ吹っ飛んだ。そのまま地面に轟音を立てて衝突し、ごろごろと数回転がった後に止まる。すぐさま立ち上がろうとするが、何が起きたのかわからないだろう、動きがかなり緩慢だった。

 

 

「かあ……さ…………」

 

 

 聞こえた声にはっとし、アスナは顔を下げた。自分と同じ髪、瞳の色をした小さな男の子の姿がそこにあった。着ている法衣のような白い服もあちこちが破れており、見えている素肌も傷だらけで、息も絶え絶えになっている。

 

 ずっと隻眼龍人となったリズベットを抑え、何とか止めようとしてくれていた、我が子のユピテルだった。天命と体力の限界が来てしまって、《使い魔》形態から戻ってしまったのだろう。怖かっただろうし、痛かっただろう。本当に辛い思いをさせてしまった。

 

 零れてきそうな涙を堪え、アスナは精一杯の微笑みを浮かべた。

 

 

「ごめんね、ユピテル。後はかあさんに任せて」

 

 

 ユピテルは静かに頷いた。

 

 認めたアスナはかっと顔を上げて、もう一度親友を眼中に捉える。隻眼の龍人と言うべき姿となっている親友は、既に立ち上がって咆吼していた。右手に巨鎚、左手に巨盾。《SAO》の時からよく見てきた親友の戦闘態勢だった。

 

 やはりあれは――リズベットだ。今の自分のように《声》に従った結果、変わり果ててしまったのだろう。そうなってしまった彼女が、苦しんでいないわけがない。あの中できっと、彼女は今も苦しんでいる。

 

 

「里香……元に戻してあげるね」

 

 

 アスナが呟いて身構えたのと同時に隻眼龍人はもう一度吼え、アスナの元へ走ってきた。途中で巨鎚を振り上げ、アスナに接敵すると同時に振り下ろす。万物を砕くであろう巨鎚の一撃が下される直前で、アスナは側面に回り込む事で回避した。

 

 

「せぇいッ!!」

 

 

 どぉんと地面が縦に揺れたところで、アスナは隻眼龍人の胸の横に突きを放った。ソードスキルではない、単純な突きの攻撃。だというのに、隻眼龍人の身体を覆う装甲が音を立てて砕かれ、桃色の粒子のような光の(うごめ)く黒い肌が(あらわ)になった。

 

 アスナはぐるんと身体を一回転させて遠心力を纏い、その部位へ長細剣を突き刺した。肉を切り裂く手応えが腕を通って肘まで流れてきたのを感じた。隻眼龍人が悲鳴を上げる。

 

 確かなダメージを与える事に成功したようだ。だが、まだまだ足りない。

 

 ついに攻撃を当ててきたアスナに激昂したのか、隻眼龍人は力強く吼えて巨鎚で横薙ぎを仕掛けてくる。その右手が迫ってくる一瞬で、アスナは長細剣を突き出す。刃先が隻眼龍人の巨鎚を持つ右腕に吸い込まれるように突き刺さった。その時初めて、隻眼龍人の右腕にはほとんど装甲がなかった事に気が付かされた。

 

 不意を突かれるとは思っていなかったのだろう、隻眼龍人はもう一度悲鳴を上げて攻撃を中断。そればかりか、最強の武器である巨鎚を地面に落としてしまった。完全に無防備になったのを確認して、アスナは長細剣に力を込めた。

 

 今なら叩き込める。

 

 

「やあああああああッ!!」

 

 

 隻眼龍人のそれのように咆吼し、アスナは長細剣でエックスを描く斬撃を放った。隻眼龍人の胸部を守る装甲を二連撃によって破壊し、剥き出しになった黒い肌にもう一度突きをお見舞いする。

 

 三連続攻撃細剣ソードスキル《スピカ・キャリバー》の炸裂を受けた隻眼龍人は血を吐き、大きくよろめいた。だが、まだ隻眼龍人はリズベット/里香を離さない。

 

 

「里香ッ!!!」

 

 

 アスナは姿勢を低く身構えて、長細剣に力を込めた。アスナの力の全てを受け取った長細剣は眩い白い光を放ち、薄暗い遺跡を真昼の明るさで照らす。

 

 

「はああああああああああああッ!!!」

 

 

 全身から声を絞り出し、アスナは全ての力を載せた突きを、隻眼龍人の剥き出しの胸部へ放った。

 

 

 細剣奥義ソードスキル《フラッシング・ペネトレイター》。

 

 

 アスナの利己と願いの全てを載せた長細剣が、隻眼龍人の胸に突き立てられたのと同時に光が大爆発を引き起こし、隻眼龍人を呑み込んだ。周囲が眩い光に包み込まれ、何もかもが白一色に染め上げられた。

 

 光が止んで、周囲の色が本来のそれに戻った時、アスナは自分の重さと同じくらいのものを抱きとめていた。

 

 すっかり見慣れている、里香/リズベットが帰ってきていた。

 







 ――くだらないネタ――

 後半推奨BGM『Zoltraak』or『カイネ/逃避』。YouTubeで聞けますので、どうぞ。

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