そして本作の読者の皆様ならばお分かりいただけているかと思いますが、2023年12月24日~25日は本作においてキリトがリラン、シノンに出会った日です。
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「そこの人、武器見せてよー」
それが親友との出会いのやり取りだった。茅場晶彦なる主催者――その男は後にできる息子の父親だった――の狂気に満たされたデスゲームに運悪く参加してしまった結城明日奈/アスナは、まず最初に兄のナーヴギアを勝手に被った自分を呪った。
なんて事をしてしまったというのか。なんていう事になってしまったのだろうか。気持ちに駆られ、宿のベッドで毛布に包まったまま動けなかった。
何もかも終わりだ。これまで積み上げてきた何もかもが、終わってしまった。もうわたしには何も残されていない。これまで経験した事のない絶望と虚無感が、アスナの胸をただひたすらに満たしていた。
だが、いつまでもそうしているわけではなかった。アスナの胸を満たしていた絶望と虚無は、ある時変質を遂げ、全てを白に染め上げた後に貫いて引き裂く雷――
こうしている間にも、わたしの全てが崩れようとしているかもしれないが、きっとまだ崩れてはいない。積み上げたものが崩れて無に帰るより前にこのデスゲームを終わらせ、現実世界に戻り、これまでの積み上げを、わたし自身を取り戻すのだ。
アスナは決意を固めて宿を飛び出し、装備を整え、モンスターと戦って自分自身を強くしていく日々に身を置くようになった。一番手に馴染んだ武器である細剣を片手に、あちこちに蔓延っている有象無象のモンスターを片っ端から狩って、狩って、狩って、経験値に変えていった。
わたしはもっと強くならなきゃいけない。もっとわたしを強くしなさい――モンスター達に胸中で投げかけながら、ただひたすらに狩った。どんなモンスターを多く狩ったか、どれくらいの数を狩ったかは、もう憶えていなかった。意識さえしていなかった。
だが、そんなある時だった。戦闘中、ボキッという音を立てて、使用していた細剣が折れてしまった。第一層のモンスターを狩り尽くしていた時から使い続け、ボスをも屠った細剣が、見事に真ん中から折れた。
まさか武器が折れる仕様があるなどと思っていなかったアスナはひどく驚き、代わりの武器を用意しようとしたが、アイテムストレージの中にそれはなかった。武器はこれだけでいいと思って、今しがた折れた細剣以外の武器等は売り払ってしまっていたのだ。
モンスターへの抵抗手段を失ったアスナは悔しさを噛み締めながら撤退し、街に戻った。そこで頭を抱える事になる。武器がなくなった以上新しい武器を手に入れなければならないが、店売りの武器はどうにも性能が低く、折れた細剣のような攻撃力がない。
それでは攻略が進まない。現実に戻るその時が遅れてしまう。なんとかして折れた細剣を直せないか。そう思ったその時に、ふと頭の中で
なんでも、武器が壊れてしまっても、鍛冶屋に持っていけば直してもらえるというのだ。しかも、NPCではなくプレイヤーがやっている鍛冶屋だと、武器を修理するのと同時に強化してもらえたりもするという。
今使っている細剣が強くなるのであれば、利用しない手はない。アスナはプレイヤーの多くが未だに多く滞在している第一層の街、《はじまりの街》へと戻った。
《黒鉄宮》の姿が印象的な中央広場の西にある商店エリアに向かってみたところ、小耳に挟んだ話の通り、街を行き交うプレイヤー達の中に紛れて、鍛冶屋やら道具店やらを営んでいる者達の姿がそこにあった。
それらは全員が店を持っておらず、敷物の上に座って品物を見せたり、腕前を披露している露天商であった。異国のバザールもこんな感じなのだろうか――そんな事を思いながら、駆け出しの店主達が営む店の数々を見下ろして進んでいたその時。
「そこの人、武器見せてよー」
こちらにかけられてきた声があった。いや、本当は他の人にかけた声だったのかもしれない。それでもアスナは呼び止められた気がして、振り向いた。
一人の少女が簡素な敷物の上に座って、手招きしていた。余っている方の手には小さなハンマーが握られていて、よく見ればその手も分厚い手袋に覆われている。
「わたし?」
思わずそう尋ねたアスナに、少女が「うん」と頷いた。少女は焦げ茶に少し近い色の髪をしていて、瞳も似たような色だった。あまり目立たない印象の女の子。悪く言えば地味な
「そうよ。あんた、武器に関して困ってる事あるでしょ」
図星を見事に突かれただったものだから、アスナは驚いた。
「なんでわかるの」
「だってあんた、結構いい防具を装備してるのに、武器を腰や背中に下げてないんだもの。戦ってる最中に武器が折れちゃって、代わりがなくて困ってる。そうなんじゃない?」
「……」
思っている事を次々と当ててくる少女に、アスナは目を見開いた。しかし、悪い気はしない。少女の年齢が自分と近いと感じられるのが要因なのかもしれない。その少女はというと、得意げな笑みを浮かべて、右手を差し伸べてきた。
「さぁ、折れた剣や壊れた武器があるなら見せて
「あなた、直せるの」
「えぇ。あたし、ここら辺にいる鍛冶屋の中で一番スキル高いから、心配いらないわよ」
明らかに自称しているだけにしか見えない。しかし、奇妙な事に彼女の事を信頼できる気がしていた。この人なら、武器を本当に直してくれるかもしれない。他の人達よりもずっと上手に。
何の確証もないのに、アスナは目の前の焦げ茶髪の少女を既に信じていた。
「それじゃあ、これをお願いできるかしら」
そう言ってアスナはウインドウを操作し、折れてしまった細剣をストレージから呼び出して手に持った。刀身が半分なくなっているためか、全体的に軽くなっているように感じられた。
「あれまぁ。これまた見事にぽっきりと……どんなレアものでも、こんなふうになっちゃうものなのね」
少女が目を丸くして細剣を見つめていた。アスナも同じような顔をする。教えていないのに、この細剣が所謂レアものだという事を把握されていたからだ。
「レアものって……見ただけでわかっちゃうの?」
少女はアスナから細剣を受け取り、日に
「えぇ。今ここにあんたが来るまでに、それはもう多くのプレイヤー達の細剣を直してきたものだけど、その中にこんな豪勢な見た目したのはなかったわ」
少女は細剣をぽんと指先で叩き、ウインドウを展開。中身を閲覧する。そこに書かれているのは細剣の武器性能だ。
「というかステータスも……うん、やっぱりレアものだわ。こんなに強いのは店売りにはないものね。今日一番……いいえ、今週一番? いや、今月一番かも」
その口ぶりからするに、少女は店売りのいまいちな性能の細剣ばかりを直してきたのだろう。そして頼んでくるのは、一人一人顔は違うのに同じようなモノばかりを持った客達。スキルのために、代わり映えしないそれらを直していく。
少女が体験したであろう出来事を軽く頭の中で想像したところ、げんなりしてきそうになった。少女はきっと自分よりも強い心を持っているだろう。そうでなければ鍛冶屋は勤まらないに違いない。やはり、かなり良い人に出会った気がする。
「よっし。あたしに任せておいて。新品の時以上の性能にして返してあげるわ」
少女の言葉に嘘は感じられなかった。鍛冶スキルを上げているプレイヤーに直してもらえれば、壊れた武器は強化されて復活を遂げる――今朝立ち寄った店で聞いた噂話は本当であるらしい。
「本当に強くできるのよね?」
「えぇ。店売りのものでも、あたしが直せば買った時以上の性能になるからね。大船に乗った気持ちで待ってて頂戴」
少女は口の端に軽く舌を出した表情で、金床に向き直った。レアものを相手にしているために気合が入っているのは確かだ。その
胸の内にある気持ちへ疑問を寄せるアスナを横に、少女は鍛冶を開始した。ハンマーを一度空高く振り上げ、折れた細剣目掛けて振り下ろす。かーんという小気味良い音が周囲に鳴り響いたのを皮切りに、少女は間髪入れずにもう一度ハンマーを振り上げては下ろすのを繰り返し、細剣をリズムよく叩いていく。
これが鍛冶というものなのだろうか。まるで何かしらの神に捧げる儀式のようにも感じられる。そういったものに一切興味のないアスナでも、そう思える光景が目の前に広がっていた。
そしてハンマーが振り下ろされた回数が十回を超えたその時、神の起こす奇跡のような出来事は訪れた。金床の上に置かれて叩かれていた細剣が、突如として白い光に包み込まれてシルエットと化した。
そこから数秒も経たないうちに、細剣の刀身に当たる部分が根元から再生してきた。まるで切り株から新たな枝が発生して伸びていくかのように、本来の長さまでにょきにょきと生えていった。
あれ、これって植物由来の武器だっけ? いや、金属だったはず。なのになんで植物みたいに?
現実世界であり得る事のないファンタジー感が極まっている光景に目を奪われていると、やがて光は弾け、中から一本の細剣が姿を現した。勿論それはアスナの預けた細剣だ。――刀身が完全に取り戻されている。
「……!」
完全に呆気に取られているアスナへ、少女は直したての細剣を差し出してきた。顔には得意気かつ満足そうな笑みが浮かべられている。
「ね? あたしの言ったとおりになったでしょ」
ぎこちなく頷いて、アスナは細剣を受け取った。両手にずしりとした重みが来ている。先程よりも明らかに重くなっている。いや、これはモンスターと戦っていた時に感じていた重さだ。つまりはこの細剣の生来の姿。完全に元通りになっている。
アスナは続けて細剣を軽くクリックしてウインドウを展開。ステータスを閲覧した。様々な能力値がそこに書かれていたが、驚くべき事に、そのどれもが先程確認した時よりも底上げされていた。
「本当に強くなってる!」
「でしょでしょ! 今のは本当に上手くいったの。どう、お気に召したかしら?」
アスナは少女を見つめ、うんうんと頷いた。
「お気に召したに決まってるじゃないの! 直してもらえるだけじゃなく、こんなに強くしてもらえるだなんて。本当にありがとう!」
「あはは、それは良かったわ! こっちこそ、頼んでくれてありがとう!」
アスナは嬉しい気持ちを隠さないでいたが、少女も同じように嬉しくてたまらないようだった。恐らく、これまで武器の修理を依頼してきたプレイヤー達に、ここまで感謝された事がなかったのだろう。
それはあんまりではないだろうか。彼女はたくさんのプレイヤーの武器を、こんな素晴らしい形に直してくれるというのに。いや、ここまで人当たりの良い娘だというのに。
きっと、彼女以上に人当たりが良くて武器の修理が得意な鍛冶屋は他に存在しないだろう。そうであるならば――。
「ねぇ、次も同じように武器が折れる事があったら、またあなたのところに持ってきていいかな」
少女はきょとんとした。こう言われる事を想定していなかったらしい。
「え? また来てくれるの」
「うん。何だかあなた以外の鍛冶屋さんに頼もうって気になれそうになくて。それにね、何だかあなたとは仲良くなれそうな気がするの」
そこまで言って、アスナはようやく尋ねた。
「あなた、名前はなんていうの」
少女はぱあと顔を明るくして答えた。
「リズベットよ。リズって呼んで頂戴」
リズベット。少女の名前を耳に入れたアスナは、同じく顔を明るくして返答した。
「わたしはアスナ。よろしくね、リズ!」
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《リズねえちゃんッ!!》
息子の叫びの《声》が頭に響いた直後に、眼前の怪物に青白い雷が降り注いだ。一発だけではなく、二発三発と続けて落ち、薄暗い周囲を真っ白に染め上げる。流石に効いたのではないか――アスナの希望的観測はすぐさま打ち破られた。
息子――今は自分の《使い魔》でもある――ユピテルの雷撃を受けた怪物は、平然と二本足で大地を踏み締めていた。煙こそ上がっているが、火傷を負っている様子も見受けられない。
あれだけの雷に貫かれれば、普通ならば全身を火傷して即死してしまうというのに、平気な顔をしている。
「リズ……!」
アスナは怪物を初めて攻撃した時の感触を思い出して、呟いた。
怪物――右目が装甲で覆われて見えていないであろう赤き龍の頭を持ち、三.五メートルほどある巨躯は白と赤の鎧と装甲に包まれている女性のそれだが、人間とは比べ物にならないほど屈強。右手に持っているのは、あらゆるものを砕いて潰す巨大な
それは、親友リズベット/
《EGO化身態》という存在の話自体は、この世界に来てから割とすぐに聞いた。《
そういう末路を
だが、現実は違った。気付かない間に、仲良しの友達の一人であるリーファが《EGO化身態》となっていた。
そして今、自分の目の前で親友リズベットが《EGO化身態》へと変じた。大好きな親友、篠崎里香が恐ろしい怪物となって、こちらに襲い掛かってきていた。
《EGO化身態》になってしまう現象は、思っていたよりもずっと身近な存在だった。誰もが《EGO化身態》になってしまう可能性を持っていた。
人間がある時突然怪物になり、全てを忘れて暴れ出してしまう――あの時何気なく聞いた現象は今、存在しているという事自体が信じがたく思えてきた。何のためにそんな現象が設定されているというのだろう。
この世界はラースの手によって作り出された、《A.L.I.C.E》というAIを生み出すための世界だと何度も聞かされているが、絶対にあんな現象は存在すべきではない。なのに、今こうして存在している。
どうして、人が怪物になるなんていう
始まりの世界である《SAO》に居た時に、数えきれないほどの理不尽を見てきたものだが、この世界の理不尽はそれらを遥かに
その理不尽な現象に見舞われたリズベット/隻眼龍人は、力強く
これまで様々なゲームを遊び、ボス戦を体験してきたおかげなのか、吼えた際の声色で対象がどのような感情を抱いているのか、アスナはわかるようになっていた。それはアンダーワールドに来てからも変わっていないのだが、今の隻眼龍人からは何も感じられなかった。どんなに感覚を鋭くしても、何も掴めない。
声を聞いたりすれば、もしかしたら、今のリズベットが何を想っているのかがわかるかもしれない。悲しんでいるのか、怒っているのかがわかれば、きっと武器を振るうことなくリズベットを元に戻せるかもしれない。そう思った。
それもまた裏切られた希望的観測だった。進想力はリズベットの全てを覆い隠し、何もかもをわからなくしていた。当然、呼びかけなど通じはしない。通じているのであれば、隻眼龍人がその巨鎚を
その隻眼龍人はぎりっとアスナを睨み付け、床を蹴り上げて走り出した。震動を起こして石畳を
「しっ……!」
アスナは隻眼龍人を直前まで引き付け、巨鎚が振り下ろされる寸前で側面にステップして回避した。それまでアスナがいた空間を巨鎚が砕く。どぉーんという爆発にも等しい轟音が鳴り響き、石畳の床に小規模なクレーターが出来上がり、飛び散った岩石が
アスナはごくりと唾を呑み込んだ。戦闘開始時からわかっていた事ではあるが、あの巨鎚は何もかもを砕いてしまう威力を持っている。喰らえば一溜りもない。一瞬にして
よくあるゲームのような、喰らっても大ダメージを負うだけで済む場合は恐らく、ない。喰らえば基本的に即死するような攻撃力が、隻眼龍人には備わっている。即死せずに済むのはきっと、《使い魔》形態となっているユピテルかリランくらいだろう。
ゲームバランスが崩壊しているにもほどがあるが、この世界はゲームではないので、そんな事を思ったところで修正される事はない。
リズベットはなんて恐ろしい存在に変わってしまったというのだろうか。一体何が彼女をそんな姿に変えてしまったのだろう。《進想力》が悪い方向に働いてしまって
「リズ、お願い……元に戻って! いつものリズに戻ってよ!」
シノンの悲鳴のような呼び声と共に矢が放たれる。矢は真っ直ぐに隻眼龍人の元へ向かい、その胴体に突き刺さった。そこは隻眼龍人の身体を覆う装甲の隙間だ。矢は確実に隻眼龍人の身体そのものに突き立てられた。
しかし、隻眼龍人はほとんど動じない。効いていないわけではないようだが、大したダメージは入っていないのだろう。防御力もかなり高い方に入っているらしい。それはこの前の相手にしたデュソルバートの《EGO化身態》と変わらない点だった。
だが、今のこの状況はデュソルバートの時とは決定的に違っている。この場に居る戦力が圧倒的に少ないのだ。
ここに居るのは
いや、そもそもこのままどんなに時間をかけて戦い続けたところで、本当に隻眼龍人をリズベットへ戻す事ができるのだろうか。明らかに全滅の危険性の方が勝っているとしか思えない。一度撤退して央都まで戻り、対策本部の仲間を集めてからここに戻ってきて再度鎮圧すべきか。
……駄目だ。《EGO化身態》は時間経過で元の人物と同化していき、完全に同化してしまったが最後、元に戻れなくなるという話だ。その同化の
ここで隻眼龍人になったリズベットを放置して央都に戻ってしまったら、再戦時にはもうリズベットが元に戻れなくなっているかもしれない。それに隻眼龍人がここに留まり続ける保証もない。自分達が撤退した後、新たな標的を見つけるためにここを出て、近隣の村や町を襲ったとしても不思議な事ではないだろう。
そうなれば、その理不尽な攻撃力と破壊力を持った鎚で、人も家も等しくぺしゃんこにしていくだろう。彼女の歩みは止まらず、何もかもが真っ平に潰された大地が広がっていく。
彼女をそんな破壊の厄災にしてはならない。やはり何としてでもここで鎮圧し、彼女を元の姿に戻させるしかないのだ。自分達がやるしかない。
――あなたには親友に剣を突き刺せるほどの勇気があるの?
「リズ、止まれッ!!」
それはキリトもわかってくれていたようだった。彼は隻眼龍人が攻撃を繰り出し終えた際にできる僅かな隙を狙って突撃し、懐に飛び込んだ。そのまま白と黒の剣で連続斬撃を繰り出す。
斬り上げと回転斬りを織り交ぜた剣舞に等しい六連撃――恐らくソードスキルの類なのだろうが、二刀流を使った事のないアスナにはそれがどんな名前なのかはわからなかった。
その際、白き炎剣による斬り付けで小規模な爆発が数回起き、隻眼龍人の胴体を覆う装甲の一部が弾けた。中から桃色の光の粒子が
「だあッ!!」
すかさず、キリトは両手の剣をそこへと捻じ込んだ。肉が裂けるような嫌な音が鳴ったかと思えば、続けて肉が激しく焼かれるような音が耳に飛び込んでくる。白き炎剣が隻眼龍人の肉を焼いているのだ。それまで吼える一方だった隻眼龍人がついに悲鳴を上げる。
《HPバー》があったならば、きっとその残量は目に見えて減っている事だろう。弱点さえわかれば、こっちのものだ。これまでそうやって、難敵を叩き伏せてきたのだから、いける。
――随分甘く考えているような気がするけれど?
どこからか《声》が聞こえた気がするが、アスナは構わずに隻眼龍人の元へ突撃した。隻眼龍人は既に体勢を立て直し、巨鎚を振り回してキリトに反撃しようとしていたが、キリトは軽やかなステップとダイブを繰り返して全て回避、アスナとの《スイッチ》を果たした。
流石アンダーワールドで二年間過ごし、《EGO》を獲得するにも至っている彼。この場に彼が居てくれている事が、いつも以上に頼もしく思えた。そんな彼と交代したアスナは、隻眼龍人に肉薄しソードスキルを放つ構えを取る。
「やあああああッ!!」
腹の底から掛け声を出して、キリトの作り出した隻眼龍人の弱点に細剣のソードスキルをお見舞いした。四連続攻撃《カドラプル・ペイン》。最初に隻眼龍人に当てたモノと同じだ。
別な技を使おうとも思ったが、それらを使えるほどの余裕を隻眼龍人は与えてくれるとは考えられず、同じ手を打った。
手応えはさっきよりもずっと強くあった。やはり装甲の下が隻眼龍人の弱点であるらしい。巨鎚に気を付けつつ、強攻撃を当て続けて装甲を引き剥がして、突いて行けば勝機はある。
――リズベットは自分達の手で元に戻せる。いや、取り戻してみせる。
「はあッ!」
アスナはその場でぐるんと一回転し、再度隻眼龍人に狙いを定めた。もう一撃叩き込める。この世界にはソードスキルはあるものの、使用後の硬直時間がこれまでのゲームよりも少ないようになっている。だから、あまり時間を置かずに次の技を撃ち込めるのだ。その仕様に則り、アスナは細剣に力を載せ、渾身の突きを放った。
細剣重攻撃ソードスキル《リニアー》。その流星のような光を纏う一撃が、隻眼龍人の剥き出しの肌に炸裂しようとした。
その一瞬の出来事だった。かぁぁんという、金属が同じような硬質の物体にぶつかったような鋭い音が鳴り、目の前で火花が散った。衝撃が剣を伝って腕に走り、指先がびりびりと痺れる。
「え……?」
アスナは目を疑った。確かに目の前には隻眼龍人がいた。そしてその素肌に一撃をお見舞いしたはずだった。しかし、今のアスナの見つめる先には、壁があった。隻眼龍人が纏う装甲と同じ色と材質をした壁が、アスナの細剣を受け止めていた。
何が起きたかわからず、アスナは動けなかった。間もなくして、あろうことか壁がゆっくりと横に動いていき――隻眼龍人の姿が現れ、その深紅の目と視線が交差した。
隻眼龍人は、一瞬のうちに盾を構えていた。
――ほら、甘かった。あなたの親友はあなたよりも甘くないよ。そんな事も忘れてた?