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彼と出会ったのは、自身が経営する武具店だった。
HPがゼロになれば、そのまま現実でも死んでしまうというデスゲームであったソードアート・オンラインの舞台となった浮遊城アインクラッド。その四十八層に店を構え、いつも通りの日々を送っていたある時に、彼はやってきた。
その際リズベットは、友人と茶会をしている最中だった。《SAO》の中で出会い、武器を作ってあげた親友アスナと、新しく友達になったシノンの三人で喫茶店に行き、なんて事のない話をしようとしていたそこで、リズベットは自分の店の鍵をかけてくるのを忘れていた事に気が付いた。
そして、店主不在の店に客が来てしまっていた。慌てたリズベットは飲み物も菓子も口にする事なく、喫茶店に親友達を置いたまま店に戻った。
その客こそが、キリトという名の彼であった。戻ってきたリズベットを見つけた彼は、「これに並ぶ剣がほしい」と言って一本の剣を差し出してきた。銘をエリュシデータと言うそれは、鍛冶屋として数えきれないくらいの武器を見てきたリズベットでも見た事がないくらいの性能を持つ魔剣だった。
いくら豊富な武器の数々を揃えているリズベット武具店でも、魔剣に匹敵する力を持つ剣など存在していなかったものだから、仕方なくリズベットは、店の中で一番高性能な剣――リズベットが鍛えた剣の中で一番の自信作――を差し出す事にした。
剣を受け取った彼は「軽いな」と一言漏らすと、《使い魔》に「角を振り下ろしてみろ」と指示した。彼は当時のアインクラッドでは珍しいどころではない《ビーストテイマー》だった。主の指示を受けた《使い魔》であるリランは、その小剣のような角をリズベットの自信作に振り下ろした。
結果は、リズベットの自信作の惨敗。真ん中から真っ二つに折れ、儚く消えていってしまった。あたしの自信作は《使い魔》に折られるほどの
そして、彼と少しばかりの口論をした後に、魔剣クラスの剣を本当に作ると約束し――五十一層の西の山岳地帯に彼と共に向かう事になった。
寒冷地であったそこに住まうドラゴンがドロップするインゴットが、魔剣クラスの剣を作り出せるものであるという情報があり、それがあればキリトとの約束を守れるとリズベットは推測した。
魔剣クラスの剣を本当に作り、この男の腰を抜かせてやる――そんな思いに駆られて、リズベットは吹雪の中をキリトとその《使い魔》と共に進んだ。
そして本当に結晶のドラゴンと交戦する事になったが、その途中でリズベットはドラゴンの巣穴である深穴に落ちてしまった。何故か、結晶ドラゴンを倒す事に夢中になっていたはずのキリトと共に。
それこそが、リズベットの中に存在していたこの世界の固定観念を破壊する出来事となった。脱出の手段が思いつかず、夜を迎えてしまい、リズベットはキリトと二人で一泊する事になった時、キリトは色々な事を話してくれた。
この世界は本物の現実と変わらない事。デスゲームではあるけれども、楽しい事も、美しいものもある事。この世界で生きている時間は決して無駄ではないという事。
そう話すキリトの顔は――とても綺麗で、眩しくて、輝いて見えた。そしてその顔を見ていると、とても心が暖かくなった。ずっと冷えて凍り付いてしまっていたリズベットの心を溶かし、本来の姿を取り戻させ、暖めてくれる。そんな温もりが、キリトにはあった。
この世界では未だに体験した事がなかった温もりに包まれて眠り、迎えた翌日、無茶苦茶な方法でキリトと共に深穴から脱出する事に成功した。キリトと共に空中に投げ出された際に見えた景色は、今もなお、リズベットの中に強く焼き付いている。
とても美しい世界。世界はこんなにも美しいという事実――それを教えてくれた、暖かくて愛しい人。リズベットの中には、キリトへの想いが、恋心が確かにあった。だからそれを伝えたものの、強風のせいで、キリトには伝わっていなかったようだったが、その時はどうでもよかった。
剣ができたら、改めて言おうと思ったからだ。
あんたの事が好き。
世界の美しさを教えてくれて、あたしの心を温かくしてくれるあんたの事が大好き。
そう伝えると決めて、リズベットはキリトとその《使い魔》と共に武具店に戻った。
そして、インゴットをこれまでないくらいに真剣に叩き、一本の剣を作り出した。《ダークリパルサー》という銘を得ているそれは、キリトを満足させるだけの性能を持っている魔剣だった。
その剣の誕生を見届けたリズベットは、キリトに思いを伝えようとした。キリトに恋をしているという、自分の中にある大きくて暖かな思いを、届けようとした。
――でも、邪魔されたわよね。
キリトには既に好きな人がいた。それはよりによって、昨日知り合って友達になったばかりの少女、シノンだった。シノンはアスナと共にリズベットとキリトのいる武具店の工房にやってきたと思えば、「ようやく見つけた」みたいな事を言って、キリトに泣いて
茶会を開いた昨日もそうだった。自分達は友達だと伝えた時、シノンはぼろぼろと涙を零して嬉しそうにして、自分達に縋ってきているようだった。そしてキリトにも縋り付くようにして、泣いていた。
そんな様子を一目見ただけで、シノンはこれまで多くの身勝手な人間達に傷付けられ続けてきた少女で、他の誰も信じられないような状態であったとわかった。詳しい話を聞く必要もなかった。
そしてそんな彼女にとって、キリトはこれ以上ないくらいの心の支えの人であるという事も。
だから、リズベットは何も言い出せなくなった。キリトは既にシノンの恋人であり、シノンが愛している人。そしてキリトも既にシノンの事を愛しているようだった。その時の様子を見て、リズベットは確信していた。
そうしてリズベットの愛情は、キリトへの確かな想いは行き場を失った。キリトに伝えたところで、それが本当に受け入れてもらえる事などあり得ないとわかった。
仮に通じるような事があったなら、自分は友人であるシノンから、大切な人であるキリトを奪い取る事になる。そんな真似ができるほど、リズベットは身勝手ではなかった。
散々痛めつけられてきたシノンの心を傷付けるような事は絶対にしたくない。だけど、キリトへの想いは変えられない。好きで、好きで、仕方がない。でも、伝えたくても伝えられない。伝えるような事があってはいけない。
どこにも行かせる事のできない想いを抱えたまま、リズベットはキリトが指揮する攻略組に加わり、彼と共に戦い、時に友人達と楽しく過ごす日々を送っていった。案外上手くいった。キリトへの想いを抱えたままでも、友人達と、仲間達と普通に過ごしていく事はできた。
その中でリズベットは武具店の店主として、マスタースミスとして、キリトの剣を優先的にメンテナンスする事にしていた。攻略組の中には、意外と鍛冶スキル持ちのプレイヤーがいたが、リズベットはその中でも飛びぬけたスキルの持ち主だった。
リズベットに武器をメンテナンスしてもらう事で、性能にバフがかかり、強いモンスター相手でも有利に戦えたりする。つまり生き残れる確率が上がる。そんな情報が攻略組の中で共有されていた。
だから、多くの攻略組の戦士達が武器を見てくれと頼んできたものだが、その中でリズベットはただひたすらに仲間達と、キリトの使う剣のメンテナンスを優先するようにしていた。
キリトの剣をメンテナンスし、キリトの役に立ち続ければ、いつかきっと――
――あたしの気持ちに、愛情に気付いてくれて、シノンよりあたしを選んでくれるんじゃないか。あたしの事を好きになってくれるんじゃないか。
そんな期待を寄せて、リズベットはキリトの剣を万全の状態に磨き続けた。その期待はいつか叶うものだと、リズベットは無意識のうちに信じていた。
――だって、あたしの方がシノンよりもキリトの事を愛しているんだもの。キリトは気付いてくれるわ。報われる日がちゃんと来る。そう信じてたのよ。
だが、キリトがリズベットの愛に気付く事は一向になかった。《SAO》がクリアされて、《SAO》生還者学校に一緒に通う事になっても、ナーヴギアの後続であるアミュスフィアを使ってプレイする《ALO》に行っても、《SAO》を基にした《SA:O》に行っても、《GGO》に行っても、そこでどんなに武器のメンテナンスをしても、キリトの意識はずっとずっと、シノンに向けられたままだった。
寧ろ、時間と世界を重ねるごとに、キリトのシノンへの愛情は強くなり、シノンのキリトへの愛情も同じように強くなっていったようだった。最早眼中から存在自体が消えていったかのように、キリトはリズベットへ意識を向けてくれる事はなくなっていった。
あたしはこんなにあんたが好きなのに、あんたを愛してるのに、どうして。
どうして、気付いてくれないの。
――だって、邪魔者だらけだったのだもの。
そうだ。いつだってそうだった。キリトの周りには不必要なくらいに女の子達が集まっていた。
それは全てリズベットの友人達であり、かけがえのない存在だった。だが、冷静になって考えてみれば、それらは全て邪魔者だった。
ゲームを重ねるごとに増えていく女子――自分の友人達は、リズベットの中に残り続けているキリトへの愛情を、霧の中に隠してしまっていた。
キリトの周りに友人達があまりにも多く居過ぎているせいで、キリトはリズベットの恋心に、愛情に気付けなくなっていた。キリト自身も霧に覆われているようなものだから。
――そうよ。みーんな邪魔だったのよ。皆が揃って邪魔をするから、キリトはいつまで経っても気付いてくれないの。これだけ尽くしてあげても、邪魔者がいっぱいいるせいで、気が付かないの。
きっと、今この遺跡で目的の鉱石を見つけて、剣を作ってやったとしても、キリトは自分の愛情に気付かないのだろう。これまで通りに礼を言って、戦いに赴いていく。それだけで終わりだろう。
――あたしがどんなに役に立つって教えたとしても、意識さえしてくれしない。ずっと、あたしの中の好きの気持ちに気付いてくれない。ずっとずっと、変わらないわ。
どうしたら、彼は自分の想いに気付いてくれる?
――もうわかっているでしょ? キリトの周りには邪魔者が沢山いるの。あたしが想いを届けるのを邪魔するのが、沢山いる。そういう時、どうすればいいかなんて、言わなくてもわかるでしょ?
あぁそうか。
簡単な事だった。
キリトの周りに沢山邪魔者がいて退かないなら――。
「リズ、大丈夫!?」
戦闘を終えた親友のアスナが駆け寄ってきた。
自分が指し示した場所――ルーリッドの村から北東にある山の中の洞窟は、古代の遺跡のようなところだった。そこには一匹の魔獣の生き残りが潜んでおり、キリトとリズベット達を見つけるなり襲い掛かってきた。
当然キリト達は迎撃した。リズベットも自前のハンマー片手に戦っていたが、途中で右腕に激しい痛みが走って動けなくなった。昨日剣を作ろうとして数えきれないくらいにハンマーを振ったせいなのは間違いなかった。
その隙を魔獣は逃さなかった。リズベットに向けてしなやかな尻尾を叩き付けて、壁に吹っ飛ばした。リズベットは真っ直ぐ壁に衝突し、崩れ落ちるしかなかった。経験した事がないくらいの衝撃と痛みがリズベットの身体を縛り上げた。
同時に大切なものが遠ざかっていく気がしてならなかった。
もう、何もかもがそうだ。
何もかもが、あたしの大切なものを奪おうとして、取り戻そうと足掻くあたしを邪魔する。
そのうちの一体である魔獣は既に倒されていた。リランの弟であるユピテルを相棒代わりにして見事な連携をこなしていたキリトと、その恋人であるシノンと、親友のアスナの手によって、この遺跡の支配者となっていた魔獣は撃破されたようだった。
その過程がどうなっていたのかは知らない。全てはリズベットが床に突っ伏している間に進んでいき、起き上がった頃には終わっていた。
――魔獣だけじゃなく、キリト以外の全てがいなくなればよかったのに。なのに、なのに。
「リズ、さっきの攻撃を諸に受けてたでしょ。大丈夫だった?」
一番の邪魔者と言っても間違いではないシノンの声がした。足音も聞こえてくるうえ、気配も強くなっている。駆け寄ってきているのだろう。
あちらはきっと、こちらの気持ちなんて何も理解していない。だから、こんな無神経な事ができるのだ。リズベットの周りには、既に嫌悪しか感じないモノしかなくなっていた。
「リズ、怪我してるよね。今、神聖術で治すね――」
そう言いながら、アスナはその手を差し伸べてきた。何にも知らない、何の自覚もない邪魔者が、汚れた手を伸ばしてくる。
その手をリズベットは無言で弾いた。その時は痛んで動かなかった右手を使ったが、痛みはなかった。寧ろその手に触られた方が、激しく痛んだだろう。
「――リ、ズ?」
アスナがか細い声を発した。何をされたのかわからないのだろう。何をしているかも、わからないのだ。
――ねえ、もうはっきり言ってあげたら?
リズベット/
「邪魔なのよ、みんな」
それは里香の全てを解き放つ号令となった。
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やはりこうなったか。これで何度目だろう――そう思う前に抱いたキリトの悪い予想は当たってしまった。
リズベットの案内で足を運んだ山中の遺跡。そこに住まう魔獣の討伐が完了した辺りから、リズベットの様子がおかしくなった。いや、正確には魔獣の攻撃をリズベットが受けてしまった辺りからだ。
リズベットの動きが大幅に鈍り、何も言葉を出さなくなってしまった。それは攻撃を受けた痛みによるものではないと、直感でわかった。
こういった出来事があった時、続いて起きるのは何だったか。これまでどうだったか。思い出そうとした時点で、嫌な予感が頭の中を満たしつつあった。
そしてそれは例によって当たった。リズベットの周囲に赤と黒の禍々しい大小様々な光の粒子が漂い出し、次第に彼女の身体を覆い尽くして大爆発を起こした。爆炎を伴わない、猛烈な衝撃と風を巻き起こすだけの爆発。
突然そんなものが起こるなんて予想していなかったキリト、シノン、アスナ、ユピテルの四人は吹き飛ばされ、リズベットから強制的に距離を作らされた。体勢を立て直したキリトはすぐさまリズベットの居た空間を確認し――息を呑んだ。
そこにリズベットの姿は確かにあったと言えただろう。しかし、それはキリト/
身長は三.五メートルほどだが、筋骨隆々という言葉がそのまま当てはまるような女性の体型になっていて、ほぼ全身が白と赤の装甲に覆われている。一部露出してはいるものの、その肌は赤と桃色の粒子のような光が
思わず視線を向けてしまう頭部は、人工部位と生体部位で形成された赤き龍のようであり、右目が装甲に覆い隠されて、顕在している左目は何もかもを壊し尽くさんとする破壊欲で満たされた赤い光を放っていた。
そして右手には、様々な鉱物、赤と白の装甲で作られた巨大なハンマーが握られている。巨岩も、それで構成された洞窟の壁も
それらはまさしく、《EGO化身態》の特徴そのものだった。リズベットの中にあった
《リズベット EGO化身態》。
それが今目の前に広がっている現実の姿だった。
「リズ……なん、で……」
《EGO化身態》となったリズベットから吹っ飛ばされたアスナが、地面に腰を落としたまま
だが、そんな事をしている場合ではない。キリトは《ステイシアの窓》を開き、リズベット――今は
リーファ/直葉の時と同じだ。リズベットは今、鎮圧すべき《EGO化身態》なのだ。その姿を認めて、アスナの《使い魔》形態となっているユピテルが《声》を出す。
《リズねえちゃんが《EGO化身態》に……どうして……何もわからなかった……》
ユピテルは女性の心身を癒すために産み出された《電脳生命体》だ。だから、対象となる女性の心身に何らかの異常があれば、すぐさま検知して対応に当たることができる。
自分達も助けられてきたその力だが、それを持ってして尚、《EGO化身態》になるまでリズベットの異変に気付けなかった。彼はその事が信じられないらしい。
実に厄介なことがわかってしまった。人間を《EGO化身態》に変える進想力の流入やそれによる利己の膨張は、ユピテルの力でも検知する事ができない。同じ力を持つリランやクィネラでもそうだろう。
つまり、誰がいつ《EGO化身態》になってしまうのか、そしてその兆候もほとんどわからないという事だ。現に今の今まで、リズベットはこれまで通りのリズベットと同じに感じられるように振舞っていて――。
……いや、ここに来る前の彼女は、こちらの了解を得ずにどんどん話を進めたりしていて、普段の彼女よりも強引な感じがあった。もしかしたら、あれこそが進想力の流入を受けている兆候だったのかもしれない。あの時既に、この前のリーファのようなことが彼女の身に起きていたのかもしれない。
リーファ曰く、自分自身の《声》が頭の中に響いて、最終的に逆らえなくなり、感情を抑えられなくなるという現象が。
だが、そうだとすればあまりにもわかりにく過ぎる。自己申告がなければ周囲は理解しようがないし、そもそもそうなった時点で対象となっている人物は自らの異変を言い出す事もできなくなっているだろう。
《EGO化身態》になる兆候を知る
キリトは《夜空の剣》を左手に移し、胸に手を当てた。燃える炎のような熱さを感じた次の瞬間、純白の柄が飛び出してきた。それを掴んで一気に引き抜くと、白き炎剣が具現化した。薄暗い遺跡の中が白い熱の光で照らされ、隻眼の鎚龍の姿も照らされた。
自分自身の《EGO》であり、長時間使用すると後で酷く疲労するものだが、その威力は他の剣とは比べ物にならない代物。これを使わなければ、隻眼の鎚龍の鎮圧が困難なものとなるのは容易に予想できていた。
その剣の姿を認めた隻眼の鎚龍は
やはり今回も、自分が原因なのだろうか。リーファの時と同じように、リズベットの何か大切なことに気が付かないでいてしまって、長い間苦しめ続けてしまっていたのか。何の自覚もないまま、リズベットをずっと追い詰めてしまっていたのだろうか。
(……そんな場合じゃない)
キリトは首を横に振った。今うだうだ考えるだけで動かないでいたら、リズベットを進想力が呑み込み、元に戻れるまでの猶予が減る。今やるべきことは、やはりリーファの時と同じだ。どんなに怒られようが、リズベットを元の姿に導いてやる事。
「皆、リズを助けるぞ! 今はそれを最優先だ!」
「助けるって、どうやって……?」
相変わらず何が起きてるかわからない顔をしているアスナに、シノンが弓を引きながら答える。
「鎮圧よ。北帝国や南帝国で《EGO化身態》を相手にした時みたいに、天命をゼロにするまで戦うの。そうすればリズを助けられるわ。リーファもそうして助けたの」
「リーファちゃんも《EGO化身態》になってたの?」
「えぇ、詳しい事情はあまり言えないけれどね。だけど、あの娘はあんたも話してるあの娘に戻す事ができた。今回も絶対にそうしなきゃいけない」
シノンは弓の弦を引く指に力を込めた。矢が真っ直ぐに隻眼の鎚龍に向けられる。
「リズは……里香はこんな私の事を理解してくれて、友達になってくれた。こんな事で失いたくない。あんただってそうでしょ、アスナ」
アスナははっとしたようになって、隻眼の鎚龍を見た。リズベット/里香が変じた姿であるそれは、もう一度咆吼したかと思うと、地面を蹴って走り出した。洞窟全体に伝わっているのかと錯覚するような揺れを起こしながら、アスナへと突進していく。
よく見れば隻眼の鎚龍から比較的近いところにいたのはアスナだった。一番近いところにいるという単純な理由で、最初に攻撃しようとしたのかもしれない。
《かあさん!!》
ユピテルの悲鳴の《声》が響いた次の瞬間、隻眼の鎚龍はアスナの居た場所に辿り着いていた。だが、そこに既にアスナの姿はなかった。彼女は今、隻眼の鎚龍の背後を取っていた。あのごく短時間で回り込んだのだ。
「リズ!!」
その掛け声と共に、アスナはその手の細剣で、刺突攻撃を放った。目にも留まらぬ速度で繰り出される四回連続攻撃が、確かに隻眼の鎚龍の背中を襲った。
四連続攻撃細剣ソードスキル《カドラプル・ペイン》。