キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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08:アンダーワールドの適応者

 

 

 

           □□□

 

 

 

「おいおいおいおい! ユピテルお前、どこまで腕を上げたんだ!?」

 

「本当! 前から美味しいとは思っていたけれど、まさかここまで上がるだなんて……!」

 

 

 キリトは事実上の妻であるシノンと共に舌鼓を打っていた。

 

 北帝国での遠征から帰ってきた翌日である今日、二人はいつも通り朝食を摂ろうとしていたのだが、その前にアスナがユピテルを連れてやってきた。何でも、ユピテルの料理の実力がかなり上がったから、振舞ってくれるのだという。

 

 ユピテルは以前とある重大事件に巻き込まれた際、アスナのデータを利用して自己修復を行った。その際に《SAO》、《ALO》、《SA:O(オリジン)》でカンストするまで上げられていたアスナの料理スキルも受け継いでいたため、彼女と同じくらいの料理の腕前となった。

 

 なので、皆で料理を作ったりする時はユピテルも高確率で担当となり、実際に美味しい料理を作ってみせては、仲間達に振舞っていたものだった。

 

 当然その時キリトもユピテルの料理を口にしていたものだが、見た目の美しさと暖かさ、そして美味しさと言ったら。これがあのユピテルの作る料理なのかと目を疑い、感動したものだ。

 

 その時の感動が、今まさにキリトのところへ戻ってきていた。目の前にあるテーブルの上に並んでいるのは、豪華絢爛(ごうかけんらん)からは程遠い、庶民的な料理。簡単に味付けして焼いた肉や、街で買える食材で作れる野菜のシチューなどだ。

 

 どれもこの街では見慣れた料理であり、シノンとルコが作る事も多々あるものであるが、今しがたユピテルの作ったそれらは――彼女達には悪すぎるが――明らかに味が違っている。まるで高級ホテルの料理人が作ったものであるかのようだ。

 

 そんな料理を振舞った張本人はというと、笑顔でいながら謙虚さを見せていた。

 

 

「えへへ。お口に合ったみたいで、よかったです」

 

「いやいや、口に合うとか合わないとかじゃない。これは普通に商売ができるレベルだぞお前。クィネラに言って土地と建物を確保してもらって、店開いてみろ。一日中行列できるぞ」

 

「そ、そこまででしょうか?」

 

 

 若干動揺するユピテルにキリトは正直に(うなづ)いた。ユピテルが料理を提供する店を開いた時の事を想像してみているが、やはり行列が絶えない。それだけのイメージを起こさせるほどの味が、この料理にはあった。

 

 

「あぁ、間違いない。これは売れる」

 

「それにしてもあんた、よくここまで上達したものね。私達と一緒に遠征に出かけてる時が多いから、料理の修行してる暇なんてなさそうなのに」

 

 

 シノンの疑問に答えたのは、ユピテルの隣にいるアスナだった。

 

 

「そうなんだよね。ユピテルったら、この世界に来てから急に料理上手になって」

 

「え? 突然上手になったのか?」

 

 

 キリトの問いにアスナは苦笑いしている。嘘を言っている可能性はなさそうだった。だが、そのせいで余計に話が解せないものになっている。ある時を境に急に料理上手になったとなると、誰かに秘訣を教わったのだろうか。

 

 キリトは視線でユピテルに疑問を投げかけた。ユピテルは手を胸の前で組むような仕草をして答えた。

 

 

「説明するとなると難しいところがあるのですが、この世界に来てから、物事をはっきりと感じられる気がするんです」

 

「はっきりと感じられる?」

 

 

 シノンの言葉にユピテルは頷く。

 

 

「この世界は、これまでぼく達が体験してきたどの世界よりもはっきりと物が見えて、得られる感覚も物凄く新鮮かつ鮮明で……それで、食べ物の味もとても美味しく感じられるんです。それに合わせて、どの食材をどのように調理して、どういった調味料をどれだけ入れれば一番美味しくできるか、導き出せるようになった気がするんです」

 

 

 キリトは思わず首を(かし)げた。シノンも同じように首を傾げている。

 

 この世界に来た途端に感覚が入れ替わり、上手な料理の作り方がわかった。まるで天啓(てんけい)にでも導かれたかのようだが、そんな感覚が起きた事はキリトにはない。無論シノンもそうだし、リランもそのようだ。

 

 

「つまり……どういう事だ」

 

 

 頭を満たしそうなくらいの疑問の欠片を投げかけると、ユピテルは困ったような笑みを顔に浮かべ、答えた。

 

 

「この世界はとても居心地が良い、という事です。そのおかげで、料理が上手に作れるようになりました」

 

「そ、そうか……」

 

 

 やっぱりなんだかおかしい気がする。居心地が良い事と料理が上手になる事に何の関係があるというのか。居心地の良い世界に居る事で、思う存分本領を発揮する事ができるという事だろうか。もしそうだとすれば――何故なのだろう。

 

 ユピテルがこうなっているという事は、恐らくリランとクィネラも同じような感覚を抱くに至っているはずだ。

 

 ……いや待て。思い返してみればこの世界に来てからの二年間、リランが妙に生き生きしているように感じられる事が多々あった気がする。その時は単に機嫌が良い日の割合が多くなっただけだと思っていたが、そうではなかったのかもしれない。

 

 アドミニストレータの憑依から解放されたクィネラも、公理教会の最高司祭という立場と、人界そのものの管制者という役目を与えられているのを抜きにしても、まるで最初からこの世界に生まれて育っているかのような、自然な過ごし方をしている。まぁ尋常ではないくらいに忙しくはしているが。

 

 

(これじゃあ、アンダーワールドは……)

 

 

 リラン達を筆頭とする《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》のために創造された王国であるかのようだ。この世界はあくまで自衛隊と日本政府が、富国のための新型軍事兵器に搭載するAIを生み出すための実験場であるという話を、今まさにこの場に居るアスナから聞かされている。

 

 だが、その者が抱く利己心が昇華した武具《EGO》、人間が《EGO化身態》という制御不能の怪物となる現象を引き起こす《進想力》が存在しているなど、高次のボトムアップAIを作り出すための場所にしては、余計な仕組みがあり過ぎている。

 

 実は高次ボトムアップAIを作るという目的自体がフェイクで、隠された壮大な目的が真に存在していて、そのためにアンダーワールドは作り出されたのではないか――そんな荒唐無稽(こうとうむけい)な陰謀論めいた話が頭にちらついて仕方がなかった。しかも妙なくらいに説得力がある。

 

 

「キリト?」

 

 

 不思議そうにしているシノンの視線に気が付き、キリトははっと我に返った。間もなくして首を横に振る。

 

 もしそういった事があるのであれば、アンダーワールドの管制者たるクィネラの口から聞けているはずだが、そんな話が出てくる事はなかった。

 

 ユピテルの話を聞いて軽く頭が混乱して、妙な考えが起こってしまっただけだろう。いかん、いかん。

 

 

「どうしましたか、キリトにいちゃん」

 

 

 ユピテルもアスナもシノンと同じような顔をしていた。急に考え込み出したキリトが妙に思えたのだろう。キリトは答える。

 

 

「何でもないよ。ただ、ユピテルの料理が美味くなってよかったって思ったんだ。まぁ、理由についてはあまり解せないけどな」

 

「そうだよね! わたしも負けてられないな。もっともっと美味しい料理を作れるように頑張らないと」

 

 

 アスナは笑んでいたが、その後ろで気合が入っているのがわかった。元々ユピテルに料理を振舞って教える側だったのに、そのユピテルに先を越されたかもしれないのだ、やる気にだってなるだろう。

 

 この世界にはスキルなんてものはないので、本当に実力での勝負となる。今、アスナにとってユピテルは可愛い息子であると同時に、とても良いライバルなのかもしれない。

 

 今でも十分に美味しい料理を作れるのがアスナだが、彼女がもっと腕を上げた時、どのような料理が出来上がり、それがどんなに美味しいものになるか。何だか今から楽しみになってきていた。

 

 

「あれ。そう言えばキリト君、リランとルコちゃんがいないね」

 

 

 アスナはこちらをきょろきょろと見回していた。実は二人が来た時点で、家には自分とシノンしかいなかったのだが、意外にも気付いていなかったらしい。

 

 リランとルコだが、どちらもクィネラとカーディナルの元へ行っている。リランはクィネラが行っている解析作業の支援、ルコはカーディナルから神聖術を学ぶためだ。

 

 二人とも起床してすぐに向かっていったため、昨日の内から予定していたものだったのだろう。「朝食は向こうに着いたら食べる」と言って向かっていたので、アスナとユピテルが来なかったら、今日の朝食はキリトとシノンの二人で摂る予定になっていた。

 

 その事を話すと、アスナは少し残念そうな顔をした。

 

 

「そっかぁ。リランとルコちゃんにも食べてもらいたかったんだけどなぁ」

 

「それなら、今日の夕飯をお願いしていいかな。俺も今のユピテルの料理を二人に食べさせてやりたいと思ってるんだ」

 

 

 キリトの頼みにユピテルは快く頷いた。

 

 

「わかりました。それじゃあ、夕飯の時にもう一度来させてもらいますね」

 

「あぁ。お前のねえさん、きっと驚いて感動すると思うぜ」

 

 

 今のユピテルの料理を口にした時、リランはきっと飛び上がるほど驚いて笑うだろうし、ルコに至っては夢中でがっつき、皿を綺麗にする事だろう。今からでもその時の様子が想像できて、キリトは胸の内が暖かくなっていく気がした。

 

 そんな気持ちを抱きながら、キリトはシノンと共に朝食を食べ進めた。食器を綺麗に洗い、片付けると、もう一度ユピテルと、連れてきてくれたアスナに礼を言って、いつも通りの支度をして家を出た。

 

 しかし行き先は決まっていない。リランがいないので長距離を移動する事はできないから、魔獣退治にも行けないし、ベルクーリからもそういった頼みは受けていない。そもそも南帝国の魔獣討伐は既に完了しているし、北帝国はデュソルバートとリネルとフィゼルが担当しているので、加勢する必要は特になし。

 

 西帝国はデュソルバートが北帝国から帰還した昨日、シェータが向かったばかりであり、どのようになっているかは不明。シェータを追いかけようにもリランがいないので追い付けないだろうし、追い付いたら追い付いたで「私一人でいいの」とシェータに不満に思われる可能性も大いにある。

 

 更には、その不満を解消しようとして、シェータが斬りかかってくる可能性もゼロではないのだから恐ろしいものだ。

 

 クィネラは「シェータ様ならば大丈夫でございます」と言っているので、信じられるのだけれども……それでもシェータは何を考えているのか全くわからない女性であるので、危険性は消えてくれない。何かあるまで西帝国には向かわない方が吉だろう。

 

 いよいよする事が見つからなくなってきてしまった。いっその事この四人で央都めぐりでもしてみようか。ここ最近、クィネラの力による増築で、央都にも様々な建築物が新たに誕生しており、その中にはまだ見た事のない店、利用した事のない設備などもあるようだった。

 

 クィネラ特製の対魔獣戦防衛兵器にも、興味のそそられる物があった気がする。いずれは自分達も使う事になるかもしれないから、この機会に見ていくのもありか。

 

 それらをまとめて、三人に話そうとしたその時だった。

 

 

「あっ、リズねえちゃん」

 

 

 ユピテルがキリトの背後方向を見て呟いた。振り返ってみたところ、こちらに向かって歩いてくるリズベットの姿が確かにあった。

 

 

「リズ!」

 

 

 アスナとシノンが飛び出すようにして走っていき、リズベットに寄り添った。リズベットは昨日ひどく疲れていたらしく、央都に帰ってきて早々自身の天幕に戻っていったぐらいだった。

 

 それ以降、親友であるアスナとシノンはずっとリズベットの事を心配していたようで、シノンは家に帰ってからキリトに「リズは本当に大丈夫かしら」とよく言っていた。

 

 当初キリトは心配いらないのではないかと思っていたが、シノンに立て続けに言われるうちに徐々に心配になってきて、リズベットが大怪我をしていなかったか、明らかに疲れるような事をさせていなかったかなど、気になる事が多くなってしまった。

 

 結果として、二人揃ってリズベットの事を心配していたという事を、キリトは今更思い出した。ユピテルが作ってくれた朝食のインパクトに掻き消されてしまっていたようだ。

 

 俺の中の出来事の優先順位はどうなっているのだろう――そんな言葉が胸中に浮かび、リズベットへの申し訳なさが湧き出てきた。

 

 その対象であるリズベットはというと、まずアスナに話しかけられていた。

 

 

「リズ、大丈夫? 昨日からずっと心配してたんだよ。まだどこか悪かったりしない?」

 

 

 リズベットはきょとんとしたような顔になった。

 

 

「え?」

 

「え? じゃないわよ。あんた、昨日は央都に戻ってきて早々私達より先に帰ったじゃない。もう大丈夫なの?」

 

 

 シノンに問われ、リズベットは「あぁ……」と言いつつ、顔に笑みを浮かべた。

 

 

「昨日は勝手な事をしちゃってごめんなさいね。あの時は本当に疲れちゃって、クィネラやカーディナルの話を聞けないくらい元気がなかったのよ」

 

 

 リズベットは両手を腰に当て、胸を張るような姿勢を取った。何か得意な事に出くわしたりするとやる姿勢だ。

 

 

「でも、もう大丈夫よ。一晩寝たらすっかり元気になっちゃった! だからもう、心配しなくたっていいわ」

 

 

 一瞬強がっているのではないかとも思った。だが、顔色は特に悪くないし、身体の方にも疲れが残っているような雰囲気は見受けられない。すこぶる快調そうだ。

 

 そもそも、そういった事があれば真っ先にユピテルが反応し、その事を告げてくるものだが、今の彼は深く安心したような顔をしてリズベットを見ているだけだ。女性を癒すために産み出されたユピテルが無反応。つまり何も異常はないという事だ。

 

 キリトはリズベットに歩み寄った。はっとしたような顔をしたリズベットが少し不思議に思えた。

 

 

「リズ、大丈夫だったんだな」

 

「キリト……そう言うって事は、あんたもあたしの事、心配してくれてたわけ?」

 

「あぁ。シノンと一緒に、一応な。だけど、君の顔見たら安心したよ。何もなかったみたいだな」

 

 

 リズベットは意外そうな表情を顔に浮かべていた。それが意外だったものだから、キリトまで同じ顔になりそうだったが、それより前にリズベットが口を開けた。

 

 

「……心配してくれてありがと、キリト。本当にあんたは優しいわね……」

 

「いやいや、俺達今まで一緒に戦ってきた仲だろ。心配にもなるよ」

 

「そっか……じゃあ……役立たないとね……あたし……」

 

 

 リズベットの言葉はなんとなく聞き取れる程度の音量しかなかった。キリトは首を傾げて詳細を尋ねようとしたが、またしてもリズベットが先手を打つように言ってきた。

 

 

「あたしさ、昨日休む前に考えてたのよ。やっぱりあんたにはもう一本剣が必要だって」

 

「なんだ、(やぶ)から棒に」

 

「あんた、デュソルバートと戦ってる時、《EGO》が効かなかったじゃない。それで慣れない一刀流で戦う羽目になった。そうだったでしょうに」

 

「いや、一刀流で戦う事は慣れてるんだが」

 

 

 リズベットは首を横に振った。

 

 

「ううん、あれはあんたの本調子じゃなかった。あんたはやっぱり両手に剣を持った二刀流で本領発揮ができるのよ。あんたには《EGO》以外の剣が必要なのよ!」

 

 

 なんだか話をずんずんと進められてしまっている。元から一度勢いが乗ると中々止める事ができないものの、最終的にはすごい事を成し遂げる()なのがリズベットであるというのは知っていたが、その勢いというものが今動き出してしまっているようだ。

 

 疲れのあまり泥のように眠り、すっきりと目覚めたせいだろうか。いずれにしても今の彼女の勢いを止める術がキリトには見つけられなかった。濁流まではいかないものの、強い水の流れのような彼女の話に、キリトは乗る。

 

 

「確かに、あの時は結局一刀流で通すしかなかったけれど、二刀流を維持できてたなら、もっと被害を出させずに、余裕をもって戦えてたかもしれないな」

 

「でしょでしょ。《EGO》が使えない場面でも二刀流を維持できるのが、一番良い状態だって思うのよ」

 

 

 キリトは顎元に手を添えた。

 

 確かに二刀流をいつでも使える状態にしておくというのは悪くない話だ。できれば彼女の提案通り、もう一本剣を持っておきたいところだと思う。

 

 しかし、それに相応しい剣がない。

 

 自分の持っている剣は、《ギガスシダー》という遥か昔からルーリッドの村の近くに生えていた規格外の黒き巨樹を加工する事で誕生した《夜空の剣》という、魔剣の如し性能を持つ剣と、自分自身の利己が昇華して姿と力を持ったモノとされる《EGO》の白き炎剣の二本。

 

 どちらも結局ほぼ規格外の力を持つ剣であり、これらを両手に持っているからこそ、高威力の斬撃を絶え間なく放つ事ができていた。

 

 もし白き炎剣の代わりに《夜空の剣》と対に成らせる剣を用意するとなると、店売りの剣などでは到底勤まらない。《夜空の剣》よりも性能が劣るようならば、必然的にその剣を振った時だけ与えられるダメージが大幅に減少し、無駄な動きをしているのと同じになる。

 

 ソードスキルを使う時も、総合火力の大幅低下は(まぬが)れない。それならば《夜空の剣》の一刀流で戦った方がマシになってしまう。

 

 つまりは《夜空の剣》に並ぶ性能を持った剣――それこそ《SAO》と《SA:O》で活躍してくれた魔剣《エリュシデータ》の対となっていた《ダークリパルサー》のような存在が必要なわけだ。そんな強い剣が探して見つかるようなところにあるとは到底思えない。

 

 

「だけど、それならよっぽど強い剣じゃないと駄目そうだぞ。もう知ってるかもしれないが、《EGO》は滅茶苦茶強い武器なんだ。《EGO》の代わりにするっていうんなら、ものすごく強い剣じゃないと……」

 

 

 リズベットは「ふっふーん」と鼻で笑った。

 

 

「なら、あたしが作ってあげるわ」

 

 

 キリトは「おぉ」と言った。確かにリズベットは《SAO》、《ALO》、《SA:O》、《GGO》といったこれまで遊んできたVRMMOの全てで、《リズベット武具店》という店を構えられるくらいの鍛冶スキルを持っていた。

 

 《SAO》でアスナの使っていた細剣《ランベントライト》、キリトが使っていた《ダークリパルサー》もリズベットの作品だったし、《SA:O》ではリランの折れた角と斬られた尻尾から《エリュシデータ》と《ダークリパルサー》を作り出したりもした。

 

 おかげで、素材を持ち込んでリズベットに頼めば、強力な武器が作ってもらえるという共通認識が、キリトの仲間達の間に存在していたものだ。

 

 

「リズが作ってくれるのか」

 

「えぇ。この世界でもあたしの鍛冶スキルは健在よ。あんたが納得いくような剣を作ってみせようじゃないの」

 

「それはありがたいが……そうなると、素材が必要になるよな。何か当てはあるのか?」

 

 

 意外にもリズベットは素直に頷いた。

 

 

「えぇ。鍛冶屋のサードレから、神器にも匹敵する性能を持つ武器を作れる鉱石があるって伝説のある場所を聞いたわ。それを見つけて鍛える事ができれば、きっとあんたの役に立つ剣が出来上がると思うのよ」

 

「神器にも匹敵する性能を持つ武器を作れる鉱石……」

 

 

 キリトは「うーん……」と言ってしまった。話自体はよくあるVRMMOやその他のゲームにあるクエストみたいなものである。

 

 しかし、この世界はゲームと言うよりも、《ザ・シード》を根幹に置いて作り出した異世界シミュレータそのものと言ってよいものとなっていて、現実世界にかなり近い造りになっている。

 

 そんな上手くいかない事の方が絶対的に多いこの世界で、都合よくレアものが見つかるのだろうか。少なくとも今まではそういう事はなかった気がする。

 

 

「そんなすごい物があるだなんて……だけど、それ本当に見つかりそうなの?」

 

 

 今まさにキリトが思った事をシノンが問いかけると、リズベットは「うんうん」と頷いた。

 

 

「どれだけあたしがレア鉱石を見つけ出してきたと思ってんのよ。《SA:O》のリズベット武具店に置いてた商品だって、他のプレイヤー達から見つからないって言われてたレア鉱石から作った物だったのよ? だから、今回も同じように見つけ出して、剣にして贈ってあげるわ、キリト」

 

 

 リズベットは余程自信があるようだ。今回もその時のようにやれると思っているようなのだが、果たして本当に信頼して大丈夫なのだろうか。

 

 これまで信じてこられたリズベットが、何故か信じるのが難しくなっている。彼女はこの世界をこれまでやってきたゲームの一つのように考えてしまっているのではないか。そんな気がしていた。

 

 

「……というわけで、その鉱石探しを手伝ってもらえないかしら。これから予定もない、でしょ?」

 

 

 そう来ると思った。ふと頭の中で今日のやる事を探し出そうとして見るが、特に見つかっては来ない。久しぶりに暇しているところだった。空いてしまっている隙間に、リズベットが丁度良く入ってきたようなものだった。

 

 

「あぁ、やる事がなくて困ってたところだった。付き合ってやるよ」

 

「じゃあ決まりね。早速向かいましょ」

 

 

 そう言ってリズベットは向かう気満々な様子を見せてきたが、キリトはある事を思い出した。そうだ、今はリランがいないから、遠出は難しいのだった。行くのであれば、彼女を呼び戻さないといけないが――そうするとクィネラの解析に支障が出る可能性もある。少々困った事になってきた。

 

 その事を話したそこで、立候補するように言ってきたのはユピテルだった。

 

 

「なら、ぼくに乗ってください。ねえさんのように飛ぶ事はできませんが、大ジャンプを繰り返しながら走りますから、飛ぶのと同じ時間で目的地に行けますよ」

 

「そうだったな。それじゃあユピテル、頼んでいいか」

 

 

 ユピテルは快い顔で頷き、「任せてください!」と言った。クィネラの作ってくれた高強度ゴム製鐙を装備したユピテルに乗るのは初めてだ。これも良い機会となるだろう。

 

 

「よし。そのレア鉱石とやらがあるところに向かうとするか。場所はどこなんだ?」

 

 

 リズベットは北帝国の方へ向き直り、彼方を指差した。

 

 

「北帝国のルーリッドの村を東に進んだ後に、北へ向かった先にある山の中の洞窟。そこにあるらしいの。地図を描いてきたから、案内するわ」

 

 

 地図がなければ確実に行けなさそうなくらいに抽象的だった。よく言う穴場スポット的なものなのだろう。それならば、レアものが眠っていても不思議ではないだろう。少し信頼できる気がしてきた。

 

 キリト、シノン、アスナ、ユピテル、リズベット。(いささ)か戦力が不足しているパーティ構成であるが、北帝国ではカラントもカラント・コアも斬ったし、ルーリッドの村の近くに蔓延(はびこ)っていた魔獣や《EGO化身態》も倒し尽くし、安全を確保した。

 

 その洞窟にそれらがまだ棲んでいる可能性もあるだろうが、倒せそうなら倒し、そうでなければ逃げれば良い。そしてその後、討伐パーティをしっかり組んで向かい、それを倒して安全確保。目的のレア鉱石を探せば良いだけだ。

 

 

「さぁ、行きましょう!」

 

 

 振り向いてきたリズベットの笑みに、キリトは答えるように頷いた。

 


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