キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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―アリシゼーション・リコリス 03―
01:帰郷


 

           □□□

 

 

「本当に、向かってしまっても大丈夫なのでしょうか……」

 

「大丈夫だよ。(むし)ろ顔を見せてあげて。セルカにも、ガストさんにも」

 

 

 アリス・シンセシス・サーティの問いかけに答えたのは、前方で身体を預けているユージオだった。

 

 アリスは今、事実上ユージオの飛竜である冬追(フユオイ)の背に乗り、北の大地を目指して飛んでいた。理由は「北帝国にて異変が起きているので、その調査をしてもらいたい」という依頼が、整合騎士長ベルクーリから下されてきたからだ。

 

 なんでも、ここ最近北帝国に向かっている下級整合騎士達から、「私領地民達が忽然(こつぜん)と姿を消す異変が相次いで起きている」という報告が上がってきているのだという。

 

 ベルクーリは、この異変の原因はカラントと魔獣、(およ)びそれによって集まってくるという《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》ではないかと推測。南帝国のカラントが全て刈られたので、今度は北帝国に生えてきて、異変を起こしているのではないかとの話だ。

 

 あくまでそれはベルクーリの考えであったが、間違っているとも言えなかった。カラントはいつどこで生えるものかわかっておらず、そもそもカラントの種を植えて育てている存在がいるともされている。

 

 その元凶の人物が南から北へ移動し、またしてもカラントの種を植えて繁殖させている可能性も大いにある。どれも推測に過ぎなかったが、だからこそ真偽を確かめねばならない。

 

 結果、対策本部に揃っている人員で複数の組を作って、捜索に向かう事となった。向かうのはキリト、シノン、リランの一組。そこに加わってアリス、ユージオ、ルコの一組。

 

 更にメディナ、グラジオ、冒険者達の一組。そしてアスナ、リズベット、リーファ、シリカ、ユピテルの一組。この比較的大所帯にて、北帝国を目指す事となったのだった。

 

 このうち、キリト達はリランに、アリス達は冬追に、アスナ達はユピテルに乗って移動する事になったのだが、残るメディナ達の移動手段に困る事になった。

 

 リランと冬追は翼が、ユピテルは驚異的な脚力と跳躍力があるので、北帝国まであっという間に辿(たど)り着く事ができるが、彼女らに乗っていない者達は置いて行かれてしまう。

 

 そこで助け船を出してくれたのが最高司祭クィネラ様だった。あらゆる物を作り出せるという神の如し力を持つ最高司祭様は、それを使ってとある物を作ってくれた。

 

 籠だ。物資は勿論の事、十数名の人を載せられるだけの余裕がある、とても大きな天井付きの籠。その上部先端には一対の比較的短い鎖が付いていて、リランと冬追の背中に装着されている鞍に繋げられる構造になっていた。

 

 この籠の鎖をリランと冬追の鞍に接続し、ぶら下げてもらう事で、多人数を空中輸送できる。

 

 「この輸送籠でメディナ様達と冒険者の皆様方を連れて行ってください」というのが、最高司祭様から言われた事だった。

 

 だが、例え最高司祭様が作ってくださったものであったとしても、あまりに単純すぎる使用方法だったものだから、皆懸念(けねん)を覚えてしまった。

 

 これで本当に大丈夫なのか。本当に安全に飛ぶ事ができるのか。失礼極まりないとわかっていても、中々使用に踏み出す事ができなかった。

 

 その中、「試さなければ真実はわからぬ」と言ったリランが冬追に指示を下し、お互いに鎖を装着して軽く飛び上がった。すると、両者が均一な高さを維持さえすれば、籠は安定して水平を保てるという事が判明した。

 

 その後すぐの「これは使えるぞ」というリランの進言もあり、アリスを含めたキリト達は籠の使用を承認。籠にメディナとグラジオの二名と冒険者達十数人を載せて、北帝国を目指して飛ぶ事になったのだった。

 

 そして今は既に国境を越え、北帝国一の街であるザッカリアの上空を飛び去り、いよいよ目的地であるルーリッドの村へと近付いている最中だった。

 

 もうすぐ、家族に会える。父であるガストに、妹であるセルカに会う事ができる。キリト達に真実を教えてもらった時から待ち焦がれていた事。それが目前に迫ってきてくれているというのに、何故だかアリスの心は晴れなかった。

 

 

「アリス、不安なの」

 

 

 ふと前方から声がした。ユージオとアリスの間に挟まる形で冬追に乗っているルコのものだった。そしてその問いかけは、正解だ。

 

 

「……はい、正直に言ってしまうと、とても不安です。私はアリス・ツーベルクと全く同じ顔つきと身体つきをしています。彼女達から見れば、私は確かにアリス・ツーベルクなのでしょう。

 しかし私は何一つ、セルカや父様の事を思い出す事ができません。二人が大切な家族であるというのがわかるだけで、彼女達との思い出の一切が思い浮かばないのです。そんな状態になっている私は、果たして彼女達に顔を向けて良いのでしょうか」

 

 

 それだけではない――アリスはルコのすぐ前に居るユージオを見つめる。彼はアリス・ツーベルクの身に何が起きたかを知っているからこそ、あの時セントラル・カセドラルを登ってきたのだ。

 

 

「そもそも私は罪を犯して村を離れた身なのでしょう。そんな人間を、村の人々が受け入れてくれるとは思えません。仮に受け入れてくれたとしても、それは本来のアリスが享受すべき事です。今の私は、整合騎士のアリスでしかないのですから」

 

「それなら心配ないよ。皆アリスの帰りを待っているから」

 

 

 ユージオからの随分簡単な返事にアリスは軽く驚かされる。

 

 

「え?」

 

「確かにあの時アリスは罪を犯したから連れていかれたわけだけど、それはクィネラ様に成り代わっていた《あいつ》が独断で決めて、僕達に強いていたものだ。だから、アリスは何も悪い事をしていないし、村の皆だってその事をわかってる。アリスの事を拒絶したりなんてしないよ。まぁ、アリスが整合騎士になってるって事には驚くかもしれないけれどさ」

 

「……」

 

 

 アリスは何も答えられなかった。

 

 自分が犯してしまい、村から連れ出される事に繋がった罪は、あの《悪霊》が身勝手に作り出した理不尽。それはよくわかっているし、実際そんなモノがまかり通ってしまっていたが故に、整合騎士達も含め、人界の人々は見えない檻に閉じ込められているようなものだった。

 

 あの《悪霊》が決めた、その目録の外に出てしまった者の成れの果ての姿が整合騎士。しかし、それはまだ良い方で、最悪の場合は忌まわしき機械人間の素材行きというのが真実だった。

 

 そんな《悪霊》の支配を断ち切り、人界の人々に自由をもたらしてくれた本物の最高司祭様からは「《あの人》が決めた禁忌目録の中には《あの人》にとってだけ都合の良いものが沢山ありました。アリス様の犯した罪はまさしくそれであり、罪ではありません。もう気になさらないでください」と何度も聞かされていた。

 

 自分の犯した罪は、やはり罪ではない。しかし、それが辺境の村であるルーリッドの村にまで広がってくれているだろうか。

 

 村の人々は自分を罪人だと思っているのではないか。村へ帰ったら、「罪人が何しに来た」と(ののし)るのではないだろうか。

 

 きっとこれも、村人達がそういう人達ではないとわかる記憶があれば、湧かない考えだろう。しかしルーリッドの村の人々の記憶がない、つまり何も知らないのが今の自分なので、村の人々の事を信じられないのだ。

 

 

(アリス・ツーベルクの記憶を思い出す事ができれば……)

 

 

 ルーリッドの村へ帰れるという事に歓喜し、続けてセルカや父様との思い出を胸にして――そしてユージオに再会できる事を何よりも嬉しいと思いながら、今この瞬間を迎えていた事だろう。

 

 しかし今の自分は、そんな気持ちに至る事のできない、空っぽの器みたいなものだ。どうすれば、こんな空虚な気持ちを無くせるだろう。

 

 いや、アリス・ツーベルクとしての自分を、どうやれば取り戻せるというのだろう。

 

 その鍵を握っているのは、きっと――。

 

 

「――ユージオ」

 

「え?」

 

 

 つい漏らすように言ってしまい、ユージオから疑問の声が当然のように返ってきた。はっとしてアリスは首を横に振った。

 

 

「あ、いいえ、ええと……」

 

「ユージオ、ルーリッドの村が見えてきたぞ」

 

 

 咄嗟(とっさ)に聞こえたキリトの声にびっくりしてしまった。

 

 ユージオの事、ルーリッドの村の人々の事、そして家族の事について色々考えて話しているうちに、目的地に近付いてしまっていたらしい。

 

 飛竜という地形を無視して進む事のできる生き物に乗っているのだから当然なのだが、アリスはそんな事さえも忘れて思考に(ふけ)ってしまっていた。

 

 これも整合騎士として《悪霊》に従わされていた時にはなかった事だ。自由になった事で、こういう抜けた事もするようになってしまったのか。そんな事を思っているうちにリランと冬追は着陸姿勢に入り、高度を落としていった。

 

 籠の底面を地面に優しく付けたところで、一羽ばたきして冬追は地面に足を付ける。どしんという重い音と同時に軽い衝撃が足元から腹の辺りまで昇ってきた。

 

 これは飛竜に乗った際に必ず遭遇する感覚なのだが、しかし今しがたのそれは、自分の持つ飛竜である雨緑(アマヨリ)が起こすものよりもずっと軽かった。

 

 それだけ冬追の姿勢や体幹等が優れているという事なのだろうが、これも最高司祭様がお作りになられた人造龍だからこそなのだろうか。ふとそんな事を思いながら、ルコの両脇を抱えつつ、ユージオと共にその背から降りる。

 

 目の前に広がっていたのは、生まれ故郷であると聞かされている村だった。央都セントリアにある民家と同じく煉瓦(れんが)造りの家々が連なっていて、遠くの方には麦を中心とした様々な農作物を育てている畑がある。全体的に長閑(のどか)な雰囲気が漂っているのが既にわかっていた。

 

 もし、アリス・ツーベルクの記憶がちゃんとあったのであれば、きっとこの光景を目にした次の瞬間には涙していた事だろう。ようやく帰ってくる事ができた、ようやく家族にまた会えると、歓喜に震えていたに違いない。

 

 だが、今の自分の心には、そんな気持ちはほとんどないに等しい。いや、正確には焦燥感に似た、気持ちよくない感情があった。

 

 ここはルーリッドの村。この私が生まれ育ち、今も大切な家族が暮らしている――その事だけは確かにわかるが、それ以外の事は何もわからない。大切である家族との思い出は勿論、その顔さえも思い出す事ができない。

 

 もしかしたらルーリッドの村を少しでも実際に目にすれば、一気に記憶が解放されて来るのではないかとも期待していたのだが、そんな事は起こらなかった。

 

 

「キリトー! シノンー! ユージオー!」

 

 

 すぐさま村の方から大きな声が聞こえてきた。声色からして少女が来ているというのがわかった。同時に足音も届いてくる。誰かがこちらに向かっているのは間違いない。

 

 やってきているであろう少女の正体にいち早く気が付いたらしいキリトが、村に向かって手を振った。

 

 

「セルカ!」

 

 

 アリスは思わず目を見開いた。

 

 セルカ・ツーベルク。自分の妹であり、失われているはずの記憶の中にぼんやりとだけ存在している()。ルーリッドの村に帰ったら、まず会おうと思っていた妹が、ここにやってきている。

 

 まさか、こんなに早く来るだなんて。思わずアリスはユージオの背に隠れてしまった。びっくりするユージオの肩からキリトの方を見ると、その娘はいた。

 

 自分と同じ青い瞳と、やや(だいだい)がかった金髪をしていて、修道女の服に身を包んだ少女。瞳と髪だけではなく、顔の形も自分に似通っている部分があり、妹と言われれば確かに納得できる姿だった。

 

 

「まさか、こんなに早く会えるだなんて……!」

 

「久しぶりだな、セルカ。元気そうで何よりだよ」

 

「そっちこそ。でも、どうしてここにいるのよ。てっきり修剣学院に通っていると思っていたのだけれど……」

 

 

 キリトはやや答えに困った様子になってから、応じた。

 

 

「あぁ、そうなんだよ。央都の方で北帝国に魔獣と怪物が出没してるって話が出てな。そういった魔獣の討伐は主に整合騎士や近衛兵達がやっているんだけれど、人手不足でさ。俺達修剣士達も手伝ってるんだ」

 

「そうだったのね。魔獣と怪物の話は村に来た北帝国近衛兵の人達から聞いてるわ。幸いこの村にまで魔獣や怪物が攻めてくるなんてことは、まだないけれど、怖いわね」

 

 

 セルカが不安そうな顔になる。

 

 確かにこの辺りには、村や街の防衛を担当する近衛兵が結構な人数駐在しているので、魔獣や《EGO化身態》が現れても対処してくれるという話になっている。

 

 しかし、相手側の数が多かったり、強大な力や体躯を持つ《EGO化身態》が出てきてしまったならば、その限りではなくなり、村や町に被害が及ぶような事にもなるだろう。

 

 この村も、カラントと魔獣、《EGO化身態》の脅威に晒されているようなものだ。整合騎士として、守らなければならないのは確かだが――今のアリスにとっては、そうでしかなかった。

 

 

「ところで、周りにいる人達は?」

 

 

 セルカがアスナ達とメディナ達に目を向ける。聞いた話によれば、セルカはキリトとシノン、リランとルコとは知り合っているものの、アスナ達とメディナ達の事は知らないとの事だ。

 

 そもそも彼女達はあの《悪霊》が討たれ、セントラル・カセドラルがカセドラルシダーに呑み込まれた直後にやってきて、その後もほとんど央都に居たままだったから、この辺で知られていなくて当然だろう。

 

 そのうちの一人であるアスナがセルカに歩み寄り、挨拶する。

 

 

「わたし達もキリト君達と同じ修剣士なの。彼らと一緒に旅をしながら、魔獣や怪物の退治を行っているわ」

 

「そうなのね。キリトとユージオと一緒に過ごすのは大変でしょう? 特にキリトは」

 

 

 セルカの言葉にアスナが笑う。周りの少女達も同じように笑っていた。

 

 

「ふふっ、そうだね。でも二人はとても強いし、頼りにしてるわ」

 

「大変な事も沢山あったけれど、キリトが居れば割と何とでもなるもんよ。この前だって、南帝国に強い怪物が出たりしたものだけど、キリトが倒して皆を守ったわけだし」

 

「そうそう。キリト君は、砂漠を緑化させるくらいの力を持った、すごく強い怪物にも挑んで、本当に倒してくれちゃったんだよ。おかげで皆の命が救われたの」

 

 

 リズベットとリーファが言うなり、セルカが「そうだったの!?」とかなり驚く。セルカにとってキリトは、手間のかかるだけの男といった印象だったらしい。

 

 ――実際間違っていない。ただ、《EGO化身態》なる常軌を逸した怪物を倒すだけの力があるほど強いというのも間違っていない。

 

 

「それなら良かったけれど……って、あれ?」

 

 

 セルカが何かに気が付いたような声を出したのと、アリスが視線を感じ取ったのはほぼ同時だった。

 

 どうやらこちらに気付かれてしまったようだ。足音がすぐそこまで近付いてくる。もう隠れていても意味はないだろう。アリスは観念してユージオの背中から移動し、前に出る。

 

 そして――妹である少女と目を合わせた。ほぼ同じ色の瞳が交差し、互いの姿を映し合う。

 

 

「ねえさま……なの?」

 

「……」

 

 

 妹の問いかけにアリスは答えられなかった。

 

 「えぇ、そうよ。ただいまセルカ」と言ってやりたい。

 

 しかし、今のアリスにはそう言えるほどの自信はなかった。こうしてすぐ目の前にいるというのに、セルカの事を何も思い出せないからだ。

 

 ただ、自分の妹であるという事だけしかわからないというのが続いていた。

 

 

「やっぱり、ねえさまだ……でも、どうして……?」

 

 

 セルカは戸惑っていた。それも当然だろう。

 

 六年前に――あの《悪霊》による身勝手で理不尽な――罪を着せられて村を連れ出された姉が、整合騎士の鎧と神器を携えて戻ってきたのだから。しかも、整合騎士という駒へ最適化するために記憶を抜き取られて。

 

 そんな有様だからこそ、アリスは何も言い出す事ができなかった。「私はあなたの姉よ。でもあなたの事は何も憶えていないの」。それが真実であるが、伝えられるはずがない。

 

 しかし、何も言わないではいられなかった。アリスは痺れかかっている口を動かし、言葉を紡ぐ。

 

 

「ごめんなさい……説明するのは……すごく、難しくて……今は……まだ……」

 

 

 次の言葉はどうするべきだろう――と思ったその時だった。胸元に小さな衝撃が来て、全身が僅かに後ろに下がった。

 

 眼下にあるのは橙がかった金色の髪。セルカが抱き付いてきていた。熱も痛みも遮断してくれるはずの鎧だが、不思議な事に、セルカの温もりがじんわりと身体に流れてくるのがわかった。

 

 

「ねえさま、いいの。あたしはねえさまにもう一度会えただけで十分嬉しいから……説明なんて、今はしなくていいから……」

 

 

 セルカの言葉が耳を通じて胸と心に流れてきたところ、目の奥が熱くなってきた。涙が出てしまいそうだ。

 

 本来ならば嬉しさによるものであるべきそれは、悲しさと寂しさが大部分を占め、僅かにどこにぶつけるべきかわからない怒りで構成されていた。

 

 どうして、この娘の事を思い出せないのだろう。どうして私には、この娘の姉としての記憶がないのだろう。そんな言葉ばかりが頭の中に(よぎ)る。

 

 しかし、そのような事しか考えられない状態にある姉に、妹は「嬉しい」と言ってくれた。

 

 その事実を受け止めたアリスは、痺れそうな両手を動かし――セルカの背中に添えて、抱き締め返した。

 

 

「……ありがとう、セルカ……」

 

 

 言える言葉はそれ以外になかった。もう少しだけ言葉を足そうとすると、ついさっきのように「ごめんなさい」くらいしか出てきそうになかった。なので、アリスはひとまず口を閉ざしておくことにしたのだった。

 

 しばらくすると、セルカはアリスの胸から離れた。次にかける言葉に困っていると、村の方からセルカを呼ぶ声がした。セルカはその声に応じるようにして、「また後でね」と言い残し、アリスのところから村へと戻っていった。

 

 彼女の後姿が見えなくなった辺りで、アリスは深い溜息を吐いた。気を抜けば膝から崩れてしまいそうだったが、そうならずに済ます事ができた。

 

 

「アリス、大丈夫?」

 

「……はい。ですが、心残りはかなりあります。私はあまりにも大きな秘密を抱えてしまって、この村で暮らしていた頃と変わってしまっています。記憶を失っているという事と、その理由……整合騎士という身分にいる事……セルカの知る姉と何もかもが違っていると話さなければならないですが、話した時の事を想像するだけで、怖くなります。拒絶されてしまうのではないかと、不安でたまらなくなるのです」

 

 

 記憶を失う前の自分を知る彼は、頷いてくれた。

 

 

「……うん。それは僕も一緒だよ。罪を犯してセントラル・カセドラルに連行された事……最高司祭様に取り憑く悪霊を倒せはしたものの、結局人界に大きな異変を起こす切っ掛けを作ってしまった事……すぐには伝えられないけど、いずれは必ず、セルカに伝えないといけないね」

 

 

 そうだ。いつまでも真実を黙っているわけにはいかない。セルカには、本当のことを話さなければならないのだ。遠くないうちに、真実を伝えねばならない。その結果、拒絶されるかもしれないが、その事に怯え続けているわけにはいかない。

 

 

「ええ。勇気のいる事です。その時に向けて、心の準備をしておかなければいけませんね。そして、私は一刻も早く記憶を――」

 

「キリトー!」

 

 

 言いかけたそこで、セルカの呼び声と足音が再び聞こえてきた。すぐさまセルカが村からこちらに戻ってくると、再度キリトが応じた。

 

 

「今度はどうした、セルカ」

 

「キリト達って、央都の対策本部から派遣されてきたのよね?」

 

「あぁ、そうだが……」

 

「なら、やってほしい事があるの。近頃北帝国にある村や町で、子供達が行方不明になってる事件の捜索と、そこの近くで発見されてる魔獣と怪物の退治なんだけど」

 

 

 後者はともかく、前者にアリスは反応した。

 

 子供達が行方不明になっているだって?

 

 


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