キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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06:紫蛇の騎士 ―化身態との戦い―

 

           □□□

 

 

 見渡してみると、そこに何もなかった。

 

 木々も、建物も、空さえもない。

 

 ただ、真っ黒に染まった空間だけがどこまでも果てしなく続いている。その中に一人だけ、エルドリエ・シンセシス・サーティワンは立ち尽くしていた。

 

 ここはどこだ。私はどうしてここにいるのだろうか。何がどうなったから、私はこんな場所に放り出されてしまったのだろう。考えても、何も思い出せてこない。

 

 そればかりか、何も思い付く事ができない。いつもならば、考えれば少しの事は思い付けるというのに、頭の中がこの空間のように空虚になってしまっているようだった。

 

 いや、もしかしたら、ここは私の頭の中なのかもしれない――エルドリエはそう思い始めた。ここが何もなくて虚しい空間なのは、私の頭の中がこうだから。

 

 しかし、同時に疑問を抱く――いや、疑問を抱く事ができた。どうしてこんなに空虚で何もないのだろうか。自分には何よりも大切で、果たすべき使命があったはずなのに、それがどうしてないのだろう。

 

 それにそもそも、どうしてその使命が大切だったのだろうか。それは何のためだ。何のために存在しているものだったのだろう。

 

 

「エルドリエ」

 

 

 呼ぶ声がした。意外にもここには自分以外の存在があるところであったらしい。しかし声の主は見えなかった。空耳だったのだろうか。こんなに空虚なところに居れば、何者でもない声を聞いた気になってしまう事もありそうだ。

 

 

「エルドリエ」

 

 

 また声がした。いや、空耳ではない。確かにいる。自分を呼ぶ存在が、確かにここにいる。

 

 でも、どこにいるんだ。探してみても見つからない。歩いても、歩いても、見渡す限り闇が広がっているだけ。やはり気のせいだったのか。

 

 そう思った時、足の先にぶつかるような感覚があった。見下ろしてみると、人が倒れていた。紫色の髪の毛をした女性だった。うつ伏せになっている、その女性の背中は微動だにしていない。息をしていないのだ。つまり、死んでいる。

 

 

「かあさん……?」

 

 

 その姿を見た途端、不意にそんな言葉が出てきた。この人は自分の母親なのだろうか。だとしたら、どうして死んでいるというのだろう。どうして死んだのかもわからない。それどころか、その人との思い出も出てこない。

 

 ――その人は、あなたのおかあさんよ、エルドリエ。

 

 今度は違う声がした。忘れる事のできない声色。最高司祭猊下(げいか)のものだ。ふと背後に気配が生じる。大いなる気配。それもまた最高司祭猊下のものだった。

 

 

「この人が、私の、かあさん……?」

 

 

 ――えぇ、そうよ。あなたが大切にしていたおかあさん

 

 

「どうして、この人は死んでいるのですか」

 

 

 ――憶えていないの? あなたが殺したのよ。

 

 言葉が喉に詰まって出なくなった。私がかあさんを殺した?

 

 

「どうして、私はそのような真似を。大切な家族を、どうして」

 

 

 ――使命のためには邪魔だと思ったのよ、あなたは。だから、あなたは自らの母親を手にかけたの。そのおかげで、あなたは空っぽになって……使命に集中できるようになった。

 

 空っぽ。その言葉が妙に頭の中に響いた。大切な家族を自分の手で殺し、何もなくなった自分自身。そこでようやく、この空間が自分の頭の中ではなく、自分のあり様なのだと、エルドリエは気が付いた。

 

 

「……使命……使命とは、何ですか。私が家族を殺めてまでしなければならない使命とは」

 

 

 肩に重みがかかると同時に、不思議な温もりが流れ込んできた。誰かが肩にその手を載せてきている。それが最高司祭猊下であるというのには、すぐに気が付けた。

 

 ――整合騎士であるあなたが成さねばならない使命は二つ。人界を守る事と……この私、アドミニストレータを守り、アドミニストレータのために戦う事よ。

 

 空虚だった身体の中に、課せられた使命の内容が蘇り、領域が広がってくる。そうだ。自分のやるべき事はそれだった。

 

 人界の民を守るために、そして何より、アドミニストレータ最高司祭猊下のために戦う事。その御命を狙う者を殲滅する事。

 

 もう、それしか残っていない。いや、それだけは残ってくれている。

 

 ――さぁ、お行きなさいエルドリエ。私に危害を加えようとする者を、滅しなさい。あなたの使命を果たすのよ。

 

 最高司祭猊下の命令が聞こえた直後に、空間を満たす黒が反転し、白となった。

 

 

            □□□

 

 

 整合騎士の一人であり、アリスの弟子であるとされるエルドリエ・シンセシス・サーティワンが《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》となった姿。それは剣ではなく、鞭を使う騎士のようだった。

 

 元々エルドリエ自身が鞭の神器を使う騎士であったという特徴が、そのまま影響して《EGO化身態》になっているかのようだ。

 

 修剣士をやっていた頃には、それなりに多種多様な武器を使う他修剣士を相手取って立ち合いをしたものだが、その中で鞭を使う修剣士はいなかったような気がする。

 

 だからこそなのか、《エルドリエ EGO化身態》――紫蛇人と呼ぶべき存在の動きを上手く読めず、キリトは苦戦を強いられていた。

 

 紫蛇人の天命――(すなわ)ち《HP》がどれくらいなのかは《ステイシアの窓》で把握する事ができる。試しに見てみるが、表示された値は六万七千。この場にいる全員の攻撃をぶつけ続ければ、確実に短時間でゼロにできるくらいにはなっている。

 

 だが、それを(おぎな)うかのように、紫蛇人の動きは縦横無尽だった。あちらこちらにジャンプを繰り返して攻撃を回避して、逆に素早い攻撃を繰り出してくる。それだけじゃなく、ジャイアント族に引けを取らないくらいの巨体まで持っていると来た。

 

 ボスモンスターにしては強力過ぎる気がする。普通のゲームならばとっくに下方修正が入っているところだろう。

 

 だが残念な事に、ここはザ・シードという主にゲーム制作に使われるプラットフォームの上で作られているものの、ゲームではない。(むし)ろ完全なる異世界と言ってもいい世界だ。

 

 だからどんなに理不尽に強い存在がいようとも、下方修正が入ってくれる事も、立ち向かう者の力が上方修正がされる事もない。

 

 出てきたモノは全て現実の存在であり、誰も手を加える事ができないし、誰かに手を加えられる心配もない。ある意味安定が約束された存在だ。そして紫蛇人は、その強さが安定しているという最高の環境にいる。

 

 なんて(うらや)ましいんだろう。そしてなんで、その安定した強さがこちらには与えられないというのだろう。

 

 ゲームの世界ならば歯応えがあっていいが、この世界ではそんな事は言ってられない。

 

 

「エルドリエ、目を覚ましなさい! エルドリエ!」

 

 

 師匠であるアリスの呼びかけに、紫蛇人となっているエルドリエは右手の蛇鞭で答えてきた。本体同様縦横無尽に動き回る蛇鞭は、容赦なくアリスに襲いかかる。

 

 アリスは防御姿勢を作って応戦するが、金木犀の剣に蛇鞭が衝突すると、鋭い金属音が鳴ると同時に後退させられた。防御しても貫通してダメージが入ってくるのだ。

 

 紫蛇人は素早いだけではなく、筋力を根底とする攻撃力も高い。それは先程からの攻撃を受ける事でわかっている事だった。

 

 だが、そこはわかっていても、どうやって紫蛇人となったエルドリエにダメージを与えて鎮圧するかはわかっていない。こういう厄介なボスが出てきた時の対処方法と言えば、同じ大物をぶつける事。

 

 該当するリラン、ユピテル、冬追(フユオイ)という三匹の竜の《使い魔》はいるけれども――。

 

 

《こいつら、一体どれほど湧いてくるのだ!?》

 

《倒しても倒してもきりがありません!》

 

 

 リランとユピテルの《声》が頭に届いてきた。二人は今、周りにいる複数のジャイアント族の兵士との戦いに集中している。

 

 紫蛇人との戦いが始まってから十分ほど経過した辺りからだろうか、周囲に咲き乱れているカラントから、ジャイアント族が何人も出現して一斉に襲ってきたのだ。

 

 紫蛇人となったエルドリエの鎮圧を急がなければならない状況なのに、ジャイアント族の増援まで。流石に今の人数で対応できる状態ではない。

 

 なので、リラン、ユピテル、冬追の二人と一体がジャイアント族を押しとどめ、キリト達で紫蛇人の鎮圧にあたるという事になった。そしてその状況は紫蛇人に味方した。大物キラーの二人と一体の攻撃がなくなった事により、紫蛇人を追い詰める手段が乏しくなった。

 

 その事を理解して余裕を得たかのように、紫蛇人は華麗な戦いを繰り広げている。なんだか一番最初にエルドリエに出会った際、「鞭でお相手しよう」だとか煽られた時の事が思い出されて腹が立ってきた。

 

 こいつはその時の再現をしているのだろうか。だとすれば、メディナの言う「むかつく」だ。早いところを鎮圧しないと、エルドリエの命は勿論の事、こちらの精神への悪影響も大きくなる。

 

 

「早いうえに一撃も重いなんて……これが《EGO化身態》の強さなのか!?」

 

 

 ユージオが(つぶや)くように言った後、紫蛇人目掛けて氷のナイフを投げつける。空を裂いて飛翔する氷の短剣達は、真っ直ぐに紫蛇人へ突進していった。しかしそれらが着弾する直前、紫蛇人は右手の蛇鞭をしならせて全てを弾き落とした。

 

 意表を突いたはずだったが、そうではなかった。紫蛇人は判断力も高い方に入るらしい。利己によって暴走しているはずなのに、頭は冷静なのかもしれない。これもエルドリエの頭の冴えが影響しているが故なのか。

 

 頭の中で巡らせていると、紫蛇人は蛇鞭を力強くしならせて薙ぎ払いを仕掛けてきた。咄嗟に皆に指示を下し、バックステップで回避する。紫蛇人の蛇鞭は比較的遠いところで止まった。

 

 見計らったキリトは紫蛇人に接敵し、《夜空の剣》で一閃を仕掛けた。それはアスナとリーファが一斉に攻撃を仕掛けたのと同時だった。三人の攻撃が紫蛇人に炸裂した時、紫蛇人の鱗が砕け、その皮膚の中に刃が食い込んだ。

 

 手応えがあった。間違いなく今のは効いた。だが、紫蛇人は(ひる)まず、蛇鞭と同化している右腕を振り上げて、先端を上空まで飛ばした。

 

 そのまま振り下ろされてきたのを、キリトは防御態勢を作って迎え撃つ。剣に鞭が衝突すると、鋭い金属音が鳴り響き、筋肉に衝撃が走り回って痺れが来た。

 

 防御が緩んだのを見抜かれたか、紫蛇人は連続して蛇鞭を振るってきた。四方八方から紫の巨大蛇が身体をぶつけてくる。ガードの回数が五回くらいに達したところで筋肉に限界が来て、防御姿勢が維持できなくなってしまった。

 

 後ろに仰け反ってしまったところに、再度巨蛇の一撃が飛んできて、腹部を直撃した。

 

 

「があッ」

 

 

 圧迫されるような痛みと強すぎる衝撃により息が詰まるのと同時に吹っ飛ばされ、地面に激突した。

 

 石畳の上をごろごろと数回転がった後に止まると、すぐ後ろはマグマの海だった。暑いのに冷や汗が出る。

 

 この戦場はさながら闘技場だった。円形の広場があり、その周りにはマグマの海が広がっている。南帝国には火山があるのだが、そのマグマがここにも流れてきているのだ。或いはマグマの流れるところにあえて回廊を作ったのか。

 

 理由を考察している暇はない。紫蛇人の相手をするだけでも大変なのだが、この周囲のマグマもそこに拍車をかけている。吹っ飛ばされてマグマに落ちないようにしないといけないのだ。

 

 いっその事、こちらも吹っ飛ばす攻撃を多用して、最終的に紫蛇人をマグマに落とす方法も一度考えた。そうすればきっと紫蛇人の天命をごく短時間で削り切る事もできるだろう。

 

 しかし、すぐに没になった。ライオスの時と同様に、《EGO化身態》は倒されると基となった人間へ戻る仕組みが変わらずにあるのであれば、紫蛇人から戻ったエルドリエがマグマの海に沈んでしまう事になる。そうなればエルドリエは終わりだ。

 

 この戦いは紫蛇人となってしまったエルドリエを救うための戦い。エルドリエに戻らせて即死させてしまっては本末転倒もいいところである。これからの事のために、エルドリエを死なせるような事はしてはいけないのだ。

 

 

「キリト、大丈夫!?」

 

 

 後方から弓矢で射撃してくれているシノンが駆け寄ってきた。吹っ飛ばされたこちらが心配になって来てくれたのだろう。

 

 

「あぁ、大丈夫だ。だけど、このままじゃ(らち)が明かないな」

 

「えぇ。皆も消耗してきてるわ。早く決着を付けないと」

 

 

 シノンの言う事は(もっと)もだ。戦闘を続けている皆の方にも、疲労の色が出始めている。回復薬などはありはするが、それも無限にあるわけではないし、効果も限定的だ。

 

 だから、この世界では基本的に長期戦に持ち込まれるとジリ貧に陥りやすい。今もそこに入りかかっている。何とかして打開しないといけない。

 

 だが、その糸口が見えてこない。せめてリラン、ユピテル、冬追のいずれかを紫蛇人へ向ける事ができれば、突破口が開けるかもしれないが、彼女らは今、カラントから生産されてくるジャイアント族を抑え込むので精一杯。

 

 せめて彼女らをジャイアント族から切り離す事ができれば――。

 

 

「キリト」

 

 

 不意に聞こえる声があって思わずびっくりした。声の主はメディナだった。近くには冒険者達三人も集まっている。この者達も紫蛇人と戦闘をしていたはずだが、いつの間にか後退してきていたらしい。

 

 

「あの怪物を倒すには、リランかユピテル、冬追の力が必要なんじゃないか」

 

 

 キリトは目を見開いた。メディナの言った事は今まさに考えていた事である。まさか読心術みたいなものを使えるのか、彼女は? いや、それより前に自分の顔に出てしまっていたか。

 

 

「あぁ。三人のいずれかの力がないと、あいつを追い詰めるのは難しいかもしれない。だけど、周りのジャイアント族が邪魔で、三人とも動けないんだよ」

 

「なるほど。ジャイアント族さえどうにかできればいいんだな?」

 

「そうだけど……何か作戦が?」

 

 

 キリトの問いかけに答えず、メディナは自身の愛刀と思わしき剣を人差し指の如く、ある方向へ向けた。その刃先の先端に、リランと戦っているジャイアント族がいた。

 

 

「冒険者達よ、あいつを狙え! リランの邪魔をするジャイアント族を退けるんだ!」

 

 まるで軍勢を率いる将のように号令すると、三人の冒険者達は「わかりました、救世主様!」と答えて走り出した。まさか、あの三人でジャイアント族をリランから引き離すつもりなのか。

 

 

「お、おい!? たった三人で何とかなる相手じゃないぞ」

 

「三人ではない、四人だ。私も加わるからな!」

 

 

 メディナはそう言って一目散に走り出し、リランに敵視(ヘイト)を向けるジャイアント族に斬りかかった。突然の攻撃を受けたジャイアント族は混乱したようになり、狙いをリランから逸らした。すぐさま、メディナと冒険者達三人を狙った攻撃を繰り出すようになる。

 

 急に敵視を外されたリランは、茫然としかかっているような顔になっていた。

 

 

《おいおい、何なのだ。急にどうしたというのだ!?》

 

「リラン、これで手が空いただろ。キリトと共にあの怪物を叩け!」

 

 

 ジャイアント族の攻撃を避けてカウンターを仕掛けたメディナが叫んだ。冒険者達も「うおー!」とか「おりゃあー!」と大声を上げて攻撃を繰り出している。明らかに狙われるやり方だ。

 

 それをわざとやっているのは間違いない。リランをジャイアント族に狙わせないようにしているのだ。

 

 

《メディナ、ジャイアント族の強さは並大抵ではないぞ》

 

「えぇい、お前達は同じ事を言うんだな! そんな長時間引き受けるつもりはない。私達が押さえてる間に全部終わらせろ!」

 

 

 メディナはそう告げてジャイアント族に剣技を放った。鋭い切れ味を誇る技がジャイアント族を襲うが、相手は中々怯まない。火力が不足しているのは間違いないし、あの状態で長時間耐えるのは無理だろう。短期決戦をするしかなさそうだ。

 

 

(いや、待て?)

 

 

 ジャイアント族は周囲にあるカラントから生まれてきている。先程からリランとユピテルと冬追が手一杯になっているのは、倒しても倒してもカラントから出てくるからだ。つまり、生産元を絶てば、ジャイアント族は出てこなくなる。狙うべきところはそこだ。

 

 カラントを潰してもまた生えてくるみたいな事が起きない限りは、形勢逆転はそれしかない。

 

 

「リラン、カラントを狙うぞ! 皆はエルドリエの足止めをしてくれ! すぐに終わらせる!」

 

 

 キリトは手の空いたリランの許へ駆けた。リランは咄嗟にしゃがみ込んで姿勢を低くする。その背中にジャンプして跨り、その剛毛を左手でしっかりと掴む。

 

 この世界に来てからは頻度の減っていた人竜一体を成すと、リランは翼を羽ばたかせて上空へ舞い上がった。しかし、すぐさま頭が天井に付きそうになって驚いた。

 

 この回廊内広場は横にかなり広いが、縦方向にはかなり狭い。高度は地上から二十メートル程度で限界だ。ジャイアント族の攻撃は届きそうにないが、紫蛇人の鞭ならば届いてきそうだから、結構怖い。

 

 だが、その紫蛇人は今、仲間達ほぼ全員が攻撃を仕掛けてくれているおかげで足止めされていた。そして同じように下を見てみれば、いくつかのカラントの姿が確認できた。

 

 

「リラン、焼いてやれ!」

 

 

 再度になる号令を下すと、リランは一旦上を向いて息を深く吸った。周囲の熱気が渦を巻きながらリランの口内へ集まっていき、ごうごうという音が聞こえ始める。

 

 そこから二秒程度経過したところで、リランはかっと咢を開いて下を向いた。圧縮されて光線状になった火炎が真っ直ぐカラントへと照射される。

 

 激しい熱風が吹き付けてきて、髪の毛が燃えそうになるが、キリトはじっと耐えて、カラントを見続けていた。火炎光線を受けたカラントは貫かれ、やがて内側から炎上する。一つ目はこれで終わりだ。

 

 メディナ達の手が空いて、紫蛇人に向かったのが見えた。

 

 

「あと二つ……!」

 

 

 キリトが指示するまでもなく、リランは火炎を照射し続けたまま、二つの目のカラントを狙った。二つ目の近くにはジャイアント族の姿はなかった。ユピテルが倒したのだろう。なのでと言うべきか、次のジャイアント族を生産する態勢に入っていたが、それごとリランの火炎光線はカラントを焼き尽くした。

 

 二つ目も終わりだ。強力な存在のうちの一つであるユピテルもフリーになる。彼はすぐさま、母親であるアスナの援護へ向かった。敵は当然紫蛇人。

 

 そうして残った最後のカラントにも、リランは火炎光線を浴びせてやった。根源が絶たれた事により、冬追が相手にしていたジャイアント族も、それが最後の一体となった。

 

 冬追は怒り狂っているかのように鼻の近くに皺を寄せると、思いきり冷気をジャイアント族に吐きつけた。最後の一人のジャイアント族は氷像へ変わり、動かなくなる。

 

 何とも不気味な見た目の氷像だ。動き出さない保障があるならば、街に持って帰ればさぞかし恐れられる事だろう。

 

 その氷像を、冬追は尻尾を叩き付けて弾き飛ばした。氷の塊と化した巨人は真っ直ぐマグマの中へとダイブし、激しい蒸発音を出しながら消えていった。

 

 何故かカラントから出現していたジャイアント族はこれで全滅。後は紫蛇人を残すだけだ。ようやく対等な立場を確保できたような気がする。

 

 リランに地上へ降ろさせ、キリトは紫蛇人と対峙した。彼の蛇人の爛々(らんらん)と光る赤い目と合う。彼の者の身体には傷が増えていた。事実上の支援員だったジャイアント族がいなくなった事により、こちらの攻撃が集中し、天命を確実に削られていたのだろう。

 

 

「エルドリエ、聞こえているのでしょう。答えなさい、エルドリエ!」

 

 

 アリスが再び呼びかけると、紫蛇人は「きしゃあああッ」という咆吼で答えた。かと思いきや、目を疑うような出来事が起きてしまった。紫蛇人の足が縦方向に回転したのだ。

 

 いや、それはおかしいだろう。どうなっているんだお前の身体は――キリトはそう思うしかなかった。普通の生物であったならば確実に筋肉を切断し、関節がどうにかなりそうな動きをして、紫蛇人は足を畳み、下半身そのもので地面に立つようになる。

 

 まるでラミアやナーガ、もしくは古代中国神話の伏羲(フッキ)女媧(ジョカ)だ。あれが紫蛇人の真の姿なのだろうか。

 

 だとすればようやく本気を出してきたという事か、或いは天命を削られた事により危機を感じ、本気を出さざるを得なくなったか。

 

 

「もう少しだよ、アリス。姿が変わったって事は、追い詰められているって事だ。ここで一気に攻撃を仕掛ければ、エルドリエを元に戻せるはず」

 

 

 これまでの経験から考えた事をキリトが言うと、アリスは剣を構え直した。

 

 

「ようやくですか。あと少しで、エルドリエを救えるのですね」

 

「あぁ。そのつもりで戦え」

 

 

 キリトが改めてリランの剛毛を握ったところで、紫蛇人は突進を繰り出してきた。先程とは比べ物にならないくらいの速度を出してきている。それを皆の前に躍り出たリランがタックルを繰り出す事で受け止めた。

 

 重い轟音が響くと同時に強い衝撃がリランを通ってキリトにまで伝わる。その一撃によって紫蛇人の動きは止まった。紫蛇人はその蛇の口と、蛇鞭の口でリランに噛み付いていたのだ。咄嗟に繰り出したものであろうが、それはリランが紫蛇人を拘束したのと同じだった。

 

 

「今だ! 叩き込め!」

 

 

 キリトは号令しながらリランから飛び降り、紫蛇人の背後に着地。空中で引き抜いた《夜空の剣》を紫蛇人の背中に突き刺した。鎧と甲殻の間を縫うようにして突き刺したおかげで、弾かれずに済み、手応えが来た。

 

 

「やああああああああッ!!」

 

「せえいッ!!」

 

 

 続けてリーファとアスナの二名もリランの後ろから紫蛇人へと回り込み、その側面目掛けて剣技(ソードスキル)を繰り出した。リーファは《ホリゾンタル・スクエア》、アスナは《カドラプル・ペイン》という名前で呼ばれていた、いずれにしても重い連続攻撃技。

 

 それらを一斉に受けた紫蛇人が、リランに噛み付く力を緩めたのがわかった。天命は残り僅かであろう。

 

 

「そこだッ!!」

 

「せやあああッ!!」

 

 

 更に続けてユージオとアリスの二名も紫蛇人に辿り着き、同じように剣技を放った。ユージオに至っては《フロストコア》の力を使い、青薔薇の剣を両手剣に作り変えて、両手剣の剣技である《ブラスト》をぶちかまし、アリスは《ヴォーパル・ストライク》に該当する強力な突きを放っていた。

 

 しかしまだ紫蛇人は倒れない。中々にしぶとい。あと少しだけ追撃が必要だろう。

 

 

「付いてこい!」

 

「はい、救世主様ぁ!!」

 

 

 その最後の一撃を、メディナと冒険者達が引き受けてくれた。メディナがキリトの近くに並んで、その片刃の剣で紫蛇人に渾身の突きを放った。肉に刃が食い込む音がしたかと思うと、それは連続する。冒険者達がメディナに続いて同じように突きを放ったのだった。

 

 無数とは言わないけれども、実に十本に迫る数の刃に刺された紫蛇人は体勢を崩した。しかしまだ倒れない。あとほんの少しだけ。ならば一番効果的な攻撃を叩き込むのみ。

 

 

「皆、離れろ!」

 

「ユピテル!」

 

「冬追!」

 

 

 キリト、アスナ、ユージオの順で号令が響くと、その場に集まっていた全員が紫蛇人から距離を取った。

 

 

《やああッ!!》

 

 

 そしてユピテルの《声》が頭に、冬追の咆吼が周囲に轟くと、まずは猛烈な冷気が紫蛇人を包み込んだ。先程のジャイアント族の時と同様に全身が霜に覆われ、やがて氷漬けになる。

 

 そのすぐ後に、ユピテルが放った青白い雷撃が何発も降り注ぎ、紫蛇人を包んでいた氷が爆発した。氷と雷という二属性の嵐により、その場は熱と冷気と轟音と光で満たされるカオス空間となる。その中でキリトは《ステイシアの窓》を開いたが、すぐさま結果が見えた。

 

 紫蛇人の天命はゼロになっており、エルドリエの天命が取り戻されていた。

 

 嵐が止んだ頃に、紫蛇人が居た空間を確認したところ、紫蛇人は地面に倒れていた。間もなくして、紫蛇人の身体は紫と黒の粒子に分解されて消えていき――代わりに地面にうつ伏せになっているエルドリエが現れた。

 


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