キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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02:魔獣を産む花

 

 

           □□□

 

 

「なんだ、こいつは……見た事もねえ植物だな」

 

 

 青髪で屈強な体躯(たいく)の男、整合騎士団長ベルクーリが(つぶや)いた。

 

 サザークロイス南帝国にある熱帯雨林地帯、ウォーミア緑地に向かっていたキリト達は、現地に蔓延(はびこ)っている魔獣と、《EGO化身態(イージーオーけしんたい)》の討伐に成功した。

 

 今よりもずっと昔に自身のエゴを暴走させて、それに呑み込まれ、化け物となったどこかの誰か。それは身体の一部が黒い装甲に包まれていて、腕が人間、そこ以外が虎になっているという、奇怪な姿をしていた。

 

 如何(いか)にも攻撃力が高そうな見た目であったが、リランの火炎弾による空中爆撃と、ユピテルが降らす雷撃の雨に手も足も出ずにやられていった。

 

 もしライオスのような特殊能力を獲得したものであったならばどうしたものかと思っていたが、そうならずに済んでキリトは安堵(あんど)した。

 

 だが、すぐに新たな問題が起きた。魔獣と《EGO化身態》が居た場所のすぐ(そば)に、奇妙なモノがあったのだ。その存在を認めたキリトは、リランとユピテルに、クィネラに連絡するように指示。

 

 同じアニマボックスという機構を持っている家族同士ができる通信手段を使い、リランとユピテルは妹であるクィネラへ声を飛ばした。

 

 通信終了後から三十分程度でクィネラとカーディナルがベルクーリの操る飛竜に乗ってやってきた。冬追(フユオイ)に乗ったユージオとアリスも一緒であり、五人で周囲を警戒しつつ、《見つけたモノ》の(そば)にいるキリト達のところへとやってきたのだった。

 

 

「植物……って言っていいものなんでしょうか。それにしては禍々しすぎるっていうか……食虫植物とかでも、ここまですごいのはなかったと思います」

 

 

 《見つけたモノ》をベルクーリ同様に眺めているリーファがコメントすると、キリトもそこを眺めた。

 

 それは無数の黒い(いばら)が根元に絡み付いた、巨大な一輪の花だった。見た目はどこか彼岸花(ひがんばな)に似ていない事もないが、色は黒紫色であり、花の中央部からは禍々しい紫色の結晶のようなものが飛び出している。

 

 根本にも同じような巨大な紫の球体結晶が存在しており、それを守るようにして茨が絡み付いているという、異様極まりない姿をしていた。人によっては人食い花に思えて、震えあがってしまう事だろう。

 

 

「キリト、こいつからアドミニストレータの心意を感じるってのは本当か。最高司祭殿になり替わってオレ達を騙していた悪霊のアレの心意が」

 

 

 ベルクーリの質問にキリトは(うなづ)く。この巨大花を最初に見つけた時、嫌な既視感を覚えた。試しに近付いて、その本質を確かめようとしたところで、背筋に悪寒を走らせる心意が感じられた。

 

 それは《カセドラル・シダー》から(にじ)み出るアドミニストレータの心意だった。

 

 

「あぁ。間違いないよ。その植物から、カセドラル・シダーから感じられるのと同じ心意が出てる。近付いてみてくれ」

 

 

 キリトの進言を受け、ベルクーリ、クィネラ、カーディナルは黒き巨大花に歩み寄った。間もなくしてベルクーリの眉間(みけん)(しわ)が寄り、カーディナルの表情が少しだけ険しくなる。そしてクィネラはぎょっとしたような顔になった。

 

 

「この凍て付いた鋭い心意……《あの人》で間違いありません……!」

 

「そうだな。この感じは確かにアレだ。感じてて本当に嫌な気分になる心意だ。本当の最高司祭殿の心意を知った今なら、そう思えるぜ」

 

「なるほどな……こんな花の形になってまで生き永らえようとしておるのか、あの悪霊めは……」

 

 

 クィネラ、ベルクーリ、カーディナルの順で言った。特にベルクーリは眉間に皺を寄せる程度の顔しかしていないが、全身から強い怒りを含んだ雰囲気を出している。

 

 ベルクーリは整合騎士団長であったために、アドミニストレータと長く接触していたが、同時に記憶の操作を散々やられていたうえ、アドミニストレータの遠回しの悪事に手を貸すような事をさせられてもいた。

 

 当時はアドミニストレータが最高司祭だと思わされていたが、それが解かれた今、かつての忠誠心は強い怒りに変わっているようだった。彼を慕う整合騎士の一人であるアリスが提案するように言う。

 

 

「あの、これの名前はなんていうんでしょうか。花や植物というだけでは、周りのそれらと混ざってしまって、分かりにくいです……」

 

 

 アリスの隣にいるユージオが頷く。

 

 

「そうだね。皆の認識がぶれてしまいそうだから、何か名前を付けた方が良さそうだ。でも、どんな名前を付けるべきだろう」

 

 

 皆が「うーん……」と言って悩み出す。そこでキリトは名前について思考する事はやめていた。自分が名前を付けようとすると、変なものになりそうな気がしてならない。

 

 思い付いた名前を口にすれば、確実に笑われるか怒られるだろう。特にリランに何を言われるか分かったものじゃない。ここは皆に期待するとしよう――と思ったその時だった。

 

 

「ねぇ、《カラミティ・プラント》なんてどうかしら」

 

 

 アスナが提案するように言った。シノンが反応する。

 

 

「カラミティは厄災で、プラントは植物っていう意味の神聖語。なるほど、《厄災の植物》ね。流石はアスナだわ」

 

 

 皆もシノンの意見に同意しているように頷いていた。しかし、一人だけ呑み込めていない者がいた。ベルクーリだ。

 

 彼は(いぶか)しむような顔をして、アスナに問いかける。

 

 

「厄災の植物? なんでそんな大層な名前を付けるんだ。まぁ確かに、アレの心意が感じられるっていうところは厄災って感じはするけどよ」

 

「言われてみれば、私も小父様と同意見です。何故、厄災の植物なんて名前を?」

 

 

 アリスもベルクーリに加わってきた。キリトは「あぁそうか」と思った。彼らはこの《カラミティ・プラント》の本当の性質を知らないのだ。ここは確認してもらった方がいいだろう。

 

 

「ちょっと《カラミティ・プラント》の根元の結晶をよく見てみてくれ」

 

 

 そう言ってキリトは、二人を《カラミティ・プラント》に近付けさせた。アリスとベルクーリだけではなく、ユージオとクィネラ、カーディナルも一緒になって《カラミティ・プラント》へ近付き――その根元にある紫色の球体結晶を(のぞ)かせた。すぐさま、全員が驚きの声を上げたり、それ相応の反応をする。

 

 《カラミティ・プラント》という名を付けられた植物。その茨のような根が絡み付く球体結晶の中で、小さな動物らしきものが(うずくま)っている。それはただの動物ではなく、人にもその他の獣に害を成す魔獣だった。

 

 

「何だこりゃ。中に魔獣がいるぞ」

 

「まさか、この《カラミティ・プラント》が魔獣を生み出しているというのですか!?」

 

 

 ベルクーリの後のクィネラの言葉にキリトは頷いた。この《カラミティ・プラント》を見つけ、クィネラ達に来るように連絡してからの三十分の間に、戦闘があった。それは《カラミティ・プラント》から魔獣が出てきて、襲い掛かってきた事が理由だ。

 

 その際には目の錯覚などではないかと思いもしたが、その場に居た全員が《カラミティ・プラント》から魔獣が出てきたのを見たと言ったので、確信に変わった。

 

 《カラミティ・プラント》は魔獣を育てて生み出す孵卵器(インキュベーター)であり、突如として現れた魔獣は全て《カラミティ・プラント》から生み出た者達である。

 

 その事を話すと、クィネラは口を覆い、ベルクーリは少し歯を食い縛る顔になった。直後にカーディナルが《カラミティ・プラント》を確認しつつ、説明してくる。

 

 

「その話に嘘はなさそうじゃな。どういう術式を使っておるのかは定かではないが、この《カラミティ・プラント》は魔獣を発生させる事ができるようじゃ。そしてこの周囲の草木が全て枯れてしまっているのは、《カラミティ・プラント》が空間神聖力を吸い取っているからという事で間違いないようじゃな」

 

「空間神聖力を吸い取って魔獣を作り出す花……では、この花を斬れば、魔獣の発生を食い止める事ができるという事ではないでしょうか」

 

 

 アリスの質問にカーディナルが「うむ」と言う。だが、そこでユージオが不安そうな顔で質問してきた。

 

 

「だけど、アドミニストレータの心意を纏ってるって事は、《カセドラル・シダー》みたいに、剣を弾いてしまうんじゃないでしょうか。そんな簡単に斬れるものなんですか」

 

 

 カーディナルは答える。

 

 

「その心配はない。確かにこの《カラミティ・プラント》はアドミニストレータの心意を纏っておるが、《カセドラル・シダー》ほど強くはない。アドミニストレータを討ちたいという強い心意があれば、この《カラミティ・プラント》を斬り倒せるはずじゃ」

 

 

 直後、ベルクーリが悔しそうな表情を顔に浮かべた。

 

 

「となると、オレ達整合騎士にはできないって事になるな。本当の最高司祭殿がいても、オレ達に埋め込まれたアレの《敬神(パイエティ)モジュール》の命令は健在だ。アレに反逆するような事をすると、無意識に動作を止められちまう」

 

 

 アドミニストレータによって作り出された整合騎士達は、頭部内に《敬神モジュール》という、アドミニストレータへの一切の反逆行為をできなくするモジュールが埋め込まれてしまっている。

 

 だから、整合騎士達は未だにアドミニストレータに関連するものに対しては、攻撃したりできないようになっている。《カラミティ・プラント》やカセドラル・シダーもその対象であった。

 

 これについても本来の最高司祭であるクィネラに相談済みだが、彼女曰く、整合騎士達本来の記憶の結晶はソードゴーレムの素材にされてしまっており、取り戻す事はできなくなってしまっているのだという。

 

 その状態で《敬神モジュール》を引き抜いてしまったら、穴埋めをする記憶がないので、整合騎士達は事実上の抜け殻になってしまい、死んだも同然になる。

 

 ならば新しい《敬神モジュール》を作って代わりに埋め込めばいいのではとも思ったが、そうなればアドミニストレータが整合騎士達に行った、強引で一方的な支配をクィネラが行う事になる。

 

 そのような事を心清らかなクィネラが望むわけがない。例え整合騎士達に頼まれたとしても、クィネラは断固として拒否するであろう。なので、結局整合騎士達については現状を維持するしかなかったというわけだ。

 

 その整合騎士達ではできないが、誰かがやらねばならないのが、《カラミティ・プラント》の破壊。白羽の矢が立つのは――。

 

 

「俺達の出番というわけか」

 

「あぁ。キリト、やってみてくれるか」

 

 

 ベルクーリの頼みを頷きで引き受けたキリトは、周りの皆に《カラミティ・プラント》から離れるよう指示。皆が距離を取ってくれたのを確認してから、胸から《EGO(イージーオー)》を引き抜き払った。

 

 植物は燃えるため、猛烈な白き炎と熱を放つ剣は天敵だ。カセドラル・シダーは無理でも、こいつならいけるはず。

 

 

「はあああッ!!」

 

 

 咆吼しながら、キリトは白き炎剣による水平方向の一閃を放った。

 

 植物特有の樹や根が切り裂かれるような音と同時に水分が蒸発するような音が鳴り響き、手応えが来た。横一文字に上下真っ二つになった黒紫の魔花は次の瞬間に白い炎に包み込まれ、あっという間に燃え尽きた。

 

 中で生み出されようとしていた魔獣も煤になって消え、歪になっていた空間リソースの流れが正常化し、辺りに命が再分配されたのが分かった。呼び出していた《EGO》を消し、キリトは皆の方に向き直る。

 

 

「これで大丈夫か」

 

「ありがとうございました、キリトにいさま。やはりキリトにいさま達ならば、《カラミティ・プラント》の駆除を行えると考えてよさそうですね」

 

 

 納得したクィネラが言うと、カーディナルが再び「うむ」と言った。

 

 

「役割分担をするぞ。キリト達現実世界(リアルワールド)から来た者達と、アリスとユージオの二人で《カラミティ・プラント》の討伐。残った整合騎士達で、現れた魔獣の討伐を行うとしよう」

 

 

 ベルクーリが「おう」と答える。

 

 

「それしかなさそうだな。オレ達対策本部と魔獣討伐隊で魔獣を狩るから、キリト達で《カラミティ・プラント》の駆除に当たってくれ。根を絶たない限りは、魔獣はいくらでも生産されてきちまうみたいだからな」

 

「あぁ、分かったよ」

 

「それとだ。お前さん達にはこの南帝国での探索を続けてもらいたい」

 

 

 キリトは首を傾げた。

 

 

「なんでだ。魔獣と《EGO化身態》が発見されたのはここだけだろ」

 

 

 ベルクーリが腕組をする。

 

 

「そのはずだったんだが、お前さん達をここに送り出した後、南帝国のあちこちで魔獣が発見されたっていう報告が次から次へと飛んできやがったんだ。魔獣は《カラミティ・プラント》から生まれてくる。つまり《カラミティ・プラント》が南帝国のあちこちに出現してるって事だろ。それに南帝国は、カセドラル・シダーが出現する直前に飛竜を盗み出して飛んだ奴が向かったところだ」

 

「……そいつが《カラミティ・プラント》の種を植えてるっていう可能性も高そうだな。分かった。そいつを探しながら《カラミティ・プラント》を壊していこう」

 

「頼むぞ」

 

 

 ベルクーリに引き続き、クィネラとカーディナルが口を開く。

 

 

「キリトにいさま達が《カラミティ・プラント》の破壊をしてくださっている間、わたくし達はセントラル・カセドラルの最上階を調べます」

 

「セントラル・カセドラルの最上階はアドミニストレータの張った結界で守られていて入れぬが……特定の場所で過去に起きた出来事を見るための術である《過去視術》を使う」

 

 

 キリトは目を細めた。過去を見るだって? そんな便利な事ができるのだろうか――そう思ったところではっとした。そうだ、クィネラとカーディナルは、この世界における全ての神聖術を使う事ができるのだった。

 

 

「《過去視術》を使えば、その場所の数時間から数日前に起きた出来事を視覚的に捉える事が可能です。最上階のあった座標に飛行術で向かい、《あの人》が何を仕組んだのかを確認いたします」

 

「よし、カセドラル・シダーの調査と魔獣の対策は頼んだぞ。俺達はこのまま南帝国を進んで、《カラント》を斬っていく」

 

 

 そうキリトが言ったその時だった。皆の視線が一斉にキリトに向き直る。誰もが少し驚いているようだった。その中の一人であるリーファが声をかけてくる。

 

 

「えっと、おにいちゃん。その《カラント》っていうのは……」

 

「《カラミティ・プラント》の略だよ。《カラミティ・プラント》だと長いなって思って」

 

 

 やはりというべきか、皆が「えぇー……」と呆れたような顔になった。アリスからツッコミが飛んでくる。

 

 

「大した長さじゃないでしょう。それぐらい略さずに呼んだらどうですか」

 

「いや、実際何回か口にしてみると結構長いし、噛みそうになるんだ」

 

「それはお前の滑舌が悪いだけです!」

 

「むっ。なら君も《カラミティ・プラント》って早口で十回くらい言ってみろ」

 

 

 アリスもむっとして答える。

 

 

「いいでしょう。いきますよ。カラミティ・プラント、カラミティ・プラント、カラミティ・ぷりゃんと、からみゅっ――」

 

「あ、噛んだ……」

 

 

 アリスの顔が赤くなると同時にユージオがきょとんとする。やはり《カラミティ・プラント》は長くて言いづらいのだ。その様子を見ていたベルクーリが笑う。

 

 

「いいじゃねえか、カラントで。オレは気に入ってる方だぜ。短い方が呼びやすいしな」

 

「わたしもカラントでいいと思うよ。なんだかキリト君らしいし」

 

 

 名付け親のアスナまで肯定してきたものだから、キリトは目を丸くした。彼女の息子であるユピテルも見てみたが、母親が付けた名前が略される事に不満があるような顔はしていなかった。……意外である。

 

 やがてキリトの横にいるシノンが溜息交じりで言う。

 

 

「まぁ、カラントでも意味が伝わりそうだし、いいんじゃないの」

 

《もっと良い略し方があれば良かったのだが、キリトにそれを思い付けるほどの頭が無かったのが残念だな》

 

 

 キリトは《使い魔》を睨み付けた。明らかに主人に言っていい台詞ではない。

 

 

「おい、その言い方はないだろ。俺を能無しみたいに言いやがって」

 

《事実だから仕方あるまい。お前はこういう事に関してはてんで能無しではないか》

 

「ぐぬぬ……」

 

 

 アドミニストレータを倒してクィネラと再会した後の会話の繰り返しのようになってきて、キリトは口を開けなくなった。やはり自分には命名の才能というものがないようだ。

 

 そんな会話を(さえぎ)って来たのはカーディナルだった。

 

 

「おい、いつまで命名の事で口論しているつもりじゃ。さっさと央都に帰るぞ」

 

「え? いや、大丈夫だよ。俺達はこのまま捜索を続けられる」

 

「お主ら、多数の魔獣と《EGO化身態》とやり合った後じゃろう。一旦物資の補給などに戻った方が良い。次にカラントのところに向かえば、その時は今回と同じように魔獣と《EGO化身態》と戦う事になるはずじゃ、準備無しでそいつらと戦う気か?」

 

 

 確かに、この場のカラントには比較的弱い魔獣と《EGO化身態》しかいなかったが、他のカラントではより強いモノ達がいても不思議ではない。カーディナルの提案は受け入れておくべきだろう。

 

 

「それもそうか。じゃあ、一旦皆で央都に戻るとしよう」

 

 

 皆に号令し、キリトは来た時同様にリランの背中に飛び乗った。

 

 

           □□□

 

 

 

 央都に戻ると、対策本部の近くが騒がしくなっていた。

 

 現場を取り仕切っている整合騎士副団長ファナティオに話を伺ってみたところ、カラントによって増えつつある魔獣の討伐隊の規模を広げるべく、修剣学院の生徒、衛兵達、その他の志願者を集めているのだという。

 

 しかし、その者達がいきなり魔獣と戦えるくらいの実力者であるとは限らないので、その実力を確かめるべく、中級整合騎士、下級整合騎士達と手合わせをさせ、魔獣との戦いに臨めるかどうかを確かめているのだそうだ。先程から聞こえる木剣を叩くような音の正体はそれだった。

 

 既に魔獣討伐隊に加わっているティーゼ、ロニエ、ソルティリーナの三人は既にその試験に合格しており、彼女達もまた、これから討伐隊に加わるかもしれない者達の見定めをしているのだそうだ。

 

 しかし彼女達や下級整合騎士達だけでは足りない。

 

「だから坊や達も手伝ってくれないかしら?」

 

 と、ファナティオから頼まれたので、仕方なくキリト、ユージオ、アリスの三人で、これから魔獣討伐を手伝ってくれる者達の選定を行う事にした。日が暮れてきた頃には、既に三十人近くの相手をしたが、ほぼ全員が合格だった。

 

 中でも強いと感じられたのは修剣学院の生徒達だった。自分達にとって後輩である彼らは、明らかにこれまでとは違う勇猛果敢な気迫を持ち、見事な剣の扱い方をしていた。

 

 この理由について、立ち合いの合間にティーゼとロニエに確認してみたところ、自分達がアリスに捕まってカセドラルに連れていかれてからの一ヶ月間で、剣の鍛錬はより厳しいものとなり、修剣学院の生徒達ほぼ全員が強くなったのだという。

 

 原因は他でもない、《EGO化身態》となったライオスが修剣学院を襲撃した事件だ。あの事件以降、あんな事が起きても対処できるようにと、修剣学院は全体的に剣の鍛錬の見直しを行い、学院の生徒達全員の戦闘力向上を図ったのだという。

 

 そのおかげで、今や生徒達は魔獣ともやり合えるくらいに強くなった。ライオスが《EGO化身態》となって学院を襲ったのが役立っているというのが、どこか複雑な気持ちになる話だった。

 

 そんな流れで魔獣討伐隊の志願者の立ち合いを行い続け、いよいよ最後の二人が回ってきた。その確認をユージオとアリスの二人と一緒に行う。

 

 

「よし、これで今日の分は最後だな」

 

「沢山いたけれど、どの人も強そうだったし、魔獣との戦いもやれそうだったね。これはとても心強いよ」

 

「確かに、彼らならばカラントが生み出す魔獣達を相手にしても、上手くやっていけそうですね。さてと、最後の志願者の名前ですが……」

 

 

 アリスは志願者の名前が書いてある紙を手に取って読み上げた。

 

 

「メディナ・オルティナノス、グラジオ・ロレンディア」

 

 

 その名前を聞いた途端、周囲の音が一瞬聞こえなくなったような気がした。メディナ・オルティナノスとグラジオ・ロレンディア。アリスは間違いなくそう言った。その名前には覚えがあるどころではない。

 

 修剣学院で共に《EGO化身態》となったライオスを討った二人。その二人が来ているというのだろうか。そんな事を考えていると、実際に二人分の足音が近付いてきて――。

 

 

「キリト?」

 

「あれっ、ユージオ先輩?」

 

 

 聞き覚えのある二人の声が耳に届いてきた。驚いて向き直ると、そこにはルビーレッドの髪をセミロングボブにして、胸当てが少し目立つ、ワインレッドの戦闘服を着こなした少女。その傍に修剣学院の制服を纏う、赤茶色の短髪の少年の姿もあった。

 

 間違いなく、メディナとグラジオのコンビだった。あちらからしても自分達が居る事は予想外だったのだろう、両陣営で驚いていた。

 

 

「メディナ……!」

 

「それにグラジオも……君達も志願してきたんだね」

 

 

 キリトとユージオが言うなり、メディナが目を細める。

 

 

「どういう事だ。お前達はライオスを殺した罪人として整合騎士に連行されたんじゃなかったのか。なんでここにいる」

 

「えぇっとだな……これには複雑な理由があってだな」

 

 

 メディナが増々目を半開きにしてくる。明らかに不審に思われている。どう説明するべきだろうか。素直に全てを伝えたところで信じてもらえるのだろうか。

 

 思考を巡らせていたその時、アリスが話しかけてきた。

 

 

「キリト。この二人はお前の知り合いで?」

 

「え? あぁ、修剣学院で一緒だったし、それよりも前に一緒に行動した事があるんだ」

 

 

 アリスは「なるほど」と言うと、メディナとグラジオに近付いた。

 

 

「ならば、私が事情をお話いたします」

 

 

 二人は揃って「整合騎士様!?」と驚いたが、流石というべきか、アリスは二人を迅速に落ち着かせた後に、キリトが話したかった事情を全て二人に話した。アリスの話が終わったところで、メディナが溜息交じりに答えた。

 

 

「なるほど、お前達は公理教会の協力をする代わりに、罪を減刑されたのか。やはり最高司祭様は寛大なお心をお持ちだな。最高司祭様に感謝するんだぞ」

 

「あぁ、今でも感謝してる。それでメディナの方はどうしてたんだ」

 

「変わらない。私の目指すものはただ一つ、オルティナノス家の汚名返上だ」

 

 

 メディナの目つきが鋭くなる。どこか遠い何かに怒りを向けているかのようだった。

 

 

「《欠陥品》などという汚名を返上するために、公理教会の下で武功を立てる。そのために魔獣討伐隊に志願したんだ」

 

「おれも同じです。おれを《傍付き練士》に選んでくれたメディナ先輩の手伝いをしたくて、志願しました」

 

 

 どちらも同じような目をしていた。自分自身の成したいと思っている事を成し遂げようとしている者の目だ。この二人の気持ちは本物であろうし、その気持ちと力を以って魔獣討伐をするつもりなのだろう。

 

 メディナの実力は既に知っている。グラジオについてはまだ把握していないが、ティーゼとロニエの話を聞く限りでは、グラジオも相当に強くなっているに違いない。そのうちのメディナが再び声掛けしてくる。

 

 

「さぁ、本来のやるべき事やるとしよう」

 

「やるべき事?」

 

「立ち合いだ。私達は魔獣討伐の志願者としてここに来たのだ。お前達は試験官なのだろう」

 

「あぁ、そうだったな。よし、合格だ」

 

 

 メディナは「は?」と言い、グラジオは「え?」と言って目を丸くした。

 

 

 


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