キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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23:亡霊の仕掛け罠

 

 

           □□□

 

 

 キリト、シノン、リランの三名を、カーディナルはとある場所に案内した。アドミニストレータが寝室として使っていた部屋の中央部に、腰と同じくらいの高さの円柱状の台がある。その上に載っているモノの姿を見て、キリトは驚いた。

 

 ノートパソコンだ。このアンダーワールドという中世ヨーロッパ付近の文明では決して作り出す事のできないオーパーツが、確かにそこにあった。

 

 

「こ、これは一体……?」

 

 

 キリト達と共にやってきているアリスが、(いぶか)しむように(つぶや)く。純粋なアンダーワールド人では理解の及ばない物体なのだから、当然の反応だった。そのアンダーワールドの管理者として君臨させられていたクィネラが説明する。

 

 

「こちらは、外の世界と通信するための装置でございます」

 

「外の世界……」

 

 

 ユージオは未知なる道具を眼中に入れてから、キリト達に向き直った。

 

 

「アドミニストレータは君達の事を《向こう側の人間》って言っていたね。教えてくれ、キリト。君達は一体何者なんだい?」

 

 

 これまでユージオとルコ、及びアンダーワールドの人々には、自分達は記憶喪失になっていて来歴がわからないと説明してきた。

 

 だが、アドミニストレータという支配者と戦い、そして本来の世界の管理者であるというクィネラと接した今となっては、もう嘘を吐いたところで意味はない。彼らに真相を話すしかないだろう。

 

 キリトは純粋なる異世界人達へ顔を向ける。

 

 

「俺達はアドミニストレータの言う通り、この世界の人間じゃない。この世界の外側にある別の世界、リアルワールドと呼ばれるところからやってきた。記憶がないというのは嘘だ」

 

 

 キリトに続いてシノンが事情を話す。

 

 

「でも、どうしてこの世界に連れてこられてしまったのかは、私達でもわからないのよ。だからね、私達はこの世界とリアルワールドを繋いでいる、この装置……システムコンソールを目指して、ここまで来たの」

 

「騙すような事になってしまって、すまなかった」

 

 

 キリトは深くユージオに頭を下げた。今まで彼らに嘘を吐き続けてきたのは事実だ。悪罵(あくば)をぶつけられても仕方がない。そう思っていたが、果たして彼らはそうは言ってこなかった。

 

 

「いいよ、許す。君達がどこから来たかなんて関係ないんだ。キリト達がいなければ、今頃僕はルーリッドの村で切れないギガスシダーを切り続けて生涯を終えてしまっていた。アリスと再会する事もできないまま……」

 

「私も同意見です。お前達と出会ったからこそ、私はアドミニストレータという邪悪な存在の支配を断ち切り……ユージオに再会する事ができました」

 

 

 顔を上げてみると、ユージオとアリスは微笑んでいた。その脚元付近にいるルコも同じような顔をしていた。

 

 

「ルコも、ユージオとアリスと同じ。キリト達、いたから、《お役目》果たすため、色んなところ、行けるように、なった」

 

「僕達はずっと君達に助けられてきたんだ。ありがとうキリト、シノン、リラン」

 

 

 彼らの感謝に、キリトは驚かされていた。だが、感謝しなければならないのはこちらだって同じだ。

 

 

「……こちらこそ、ありがとうユージオ、アリス、ルコ。お前達がいなければ、俺達もここまで来る事はできなかった。こうして今、俺達がここに居られているのは、全部お前達のおかげだ」

 

 

 キリトの感謝を、ユージオ達は微笑みと頷きで受け取ってくれた。直後に口を開いたのは彼らではなく、カーディナルだった。

 

 

「問題はまだまだ山積みじゃぞ。来たるべき暗黒界との戦争……そして整合騎士達の奪われた記憶。やらねばならない事は多い。だが、その前に取り掛かるべきは、キリト、シノン、リランの問題じゃな」

 

 

 キリトはカーディナルに頷いた。こうしてシステムコンソールを目の前にしたからには、やるべき事がある。それはこの塔の最上階であるここまでやってきた理由でもあった。キリトはカーディナルの示したシステムコンソールへ近付く。

 

 

外部監視者呼出(エクスターナル・オブザーバー・コール)

 

 

 呪文を唱えると、システムコンソールの白い大理石と何ら変わらない質感となっていた、ディスプレイに該当する部分が紫色に光り出した。間もなくしてディスプレイに《ステイシアの窓》に似ているようで違うデザインのウインドウが出現する。

 

 クィネラから「外部と繋がりました」と報告を受けたキリトは、コンソールに話しかけた。

 

 

菊岡(きくおか)さん、聞こえますか」

 

《その声は……キリト君? キリト君なのかい!?》

 

 

 酷く驚いている男性の声が聞こえてきた。腹の内部で何を抱えているか分からないような声色。間違いなく、菊岡(きくおか)誠二郎(せいじろう)のものだ。今、この世界と現実世界が繋がっている。

 

 

「あぁそうだよ。久しぶりだな、菊岡さん」

 

「キリトだけじゃないわ。私とリランもいるわよ」

 

「お前が意味を知っているかどうかはわからぬが、いつもの三人で揃い踏みだ」

 

 

 シノンとリランまでこの場にいるのは予想できていなかったのか、菊岡は驚いている声で応じてきた。

 

 

《その声はシノンさんとリラン君か。なんて事だ。三人ともそっちに居て、しかも記憶がロックされていないだなんて》

 

 

 菊岡を筆頭とするラースがそうしてきたように、この世界に居る時、自分達の記憶はロックされるものだと思っていたようだ。こいつは俺達を自分はアンダーワールド人だと勘違いする状態にしておこうとしていたのか――込み上げてくる怒りを何とか抑えつつ、キリトは続けた。

 

 

「俺はこの瞬間を待ち望んでいたよ。あんたとは話さなければいけない事が山ほどある」

 

《和人君! 和人君なんだよね!?》

 

 

 菊岡のものではない声が突然ウインドウの向こうから聞こえてきた。何度も聞いてきた二十代後半の女性の声。その声色にキリトとシノン、リランの三名はほぼ一斉に驚く。

 

 

「えっ、その声って……」

 

愛莉(あいり)先生!? 愛莉先生ですか!?」

 

 

 シノンがキリトの右隣に並んで喰い付くようにシステムコンソールに話しかける。間もなく返事が飛んできた。

 

 

《その声は詩乃……詩乃も近くにいるんだね》

 

 

 キリトの左隣にリランが並び、同じようにシステムコンソールに声を送り込む。

 

 

「和人と詩乃だけではない。我もいるぞ」

 

《リランも……三人とも無事なんだね》

 

「はい、皆様は無事でございます、かあさま」

 

 

 クィネラがキリトの後ろで声を出すと、愛莉の驚く声がした。

 

 

《えっ、その声はクィネラ!? クィネラ、君なのかい!?》

 

「はい、わたくしです、かあさま。長らく報告ができていなくて、申し訳ございませんでした」

 

《……そっか。無事だったのね……全然何も言ってこなくなってしまったから、どうしたのかと思ってたけれど……よかった……》

 

 

 愛莉の深い安堵(あんど)の声を聞いたところで、キリトは確信した。

 

 今、このウインドウの向こうにいるのは菊岡誠二郎と、キリトとシノンの恩師であり、リランとクィネラの母親であるイリス/芹澤(せりざわ)愛莉(あいり)だ。

 

 菊岡はラースの人間だから居て当然だが、まさか愛莉までいるとは思ってもみなかったから、驚くしかない。その気持ちを抑え込み、キリトは愛莉に尋ねる。

 

 

「そっちってラースですよね。愛莉先生はラースにいるんですか」

 

《あぁ、そうだね。和人君……いや、キリト君の言う通りラースにいるよ》

 

「なら、菊岡さんじゃなくて愛莉先生に聞きます。愛莉先生、ここで行われている事は――」

 

 

 最後まで言葉を出す事はできなかった。途中で上空から強い光が射し込んできたからだ。はっとして顔を上げると、純白の光球がそこに浮かんでいた。誰かが神聖術で作り出したかのように見えなくもないが、それを唱えたと思わしき者はここにはいない。

 

 

「なんだ、あれ……!?」

 

 

 思わず漏らしたその時、光球は一瞬にして何倍もの大きさに膨張し、内部から無数の白い光の柱を放った。それらは真っ直ぐキリトに向かって落ちてくる。

 

 

「あ……?」

 

 

 (わず)かに声を出した次の瞬間に、キリトの身体、頭、意識を無数の光の柱が貫き、キリトは意識と感覚の全てを白色に塗り潰された。

 

 

 

           □□□

 

 

 夜が昼に変わってしまうほどの真っ白な光に耐えられず、シノンは咄嗟に目を腕で覆っていた。

 

 何が起きたのか全く分からなかった。分かっている事と言えば、システムコンソールで現実世界との通信をして、恩師である愛莉の声を聞いていた次の瞬間、急に強い光に辺りが包み込まれたという事だけだ。

 

 システムコンソールを操作しただけで、どうしてそんな事が起きるのか、何が原因だったのか。わかる事は何一つない。シノンは(しび)れかけの頭で辛うじて考えようとしながら、光が止むのを待つしかなかった。

 

 そもそも止む事自体があるのかとさえ思われた白い光の膨張。意外にもそれは発生から十秒程度で収まった。同時にどさりという何かが倒れるような音がして、床に軽い震動が走った。

 

 シノンは目から腕を離し、音の発生源に向き直ったところで――顔を蒼褪めさせた。自身の左隣にいたキリトが、仰向けになって床に倒れている。

 

 

「キリ……ト……?」

 

 

 自分でも驚いてしまうほどのか細い声しか出せなかった。キリトはその声に応じてくれなかった。目と口を閉じて、何の声も出してくれない。まるで死んでしまったかのように。

 

 全身に強い悪寒を走らせ、痺れそうな手と指を伸ばして、シノンはキリトに飛び付いた。

 

 

「キリト!」

 

 

 その身体に触れてみるが、暖かさがあった。しかしそれ以外の反応や変化は何もない。シノンの大声にキリトは何も答えなかった。

 

 

「キリト、キリトぉ!!」

 

 

 出せる限りの声を出して揺すってみても、やはりキリトは身動き一つ取らなかった。

 

 キリト、どうしてしまったのよ。

 

 ねえ、答えてよ。私はここにいるから。

 

 思いを載せて揺さぶりをしてみても、キリトは答えてくれない。いつもならすぐに答えてくれるというのに。

 

 

「カーディナル様、最高司祭様、キリトに何が起きたのです!?」

 

 

 すぐ傍でしゃがんでいるアリスがカーディナルとクィネラに声掛けした。カーディナルが首を横に振って答える。

 

 

「わ、分からん。肉体への損傷はおろか、天命の減少も一切起きておらん……」

 

「カーディナル様の言う通り、キリトにいさまはどこも悪くはありません。でも、どうして……」

 

 

 世界の管理者たるクィネラさえも困惑しているようだった。確かに倒れるキリトの身体に傷は何もないし、血が出ている様子もない。彼女の言う通り天命も減っていないのだろう。

 

 それが分かっただけでも安心するべきなのだろうが、シノンはそうは思えなかった。

 

 

《キリト君? おいキリト君、どうしたんだ!?》

 

 

 愛莉ではなく、菊岡の声がした。違う、あんたじゃない――シノンは立ち上がってシステムコンソールのディスプレイを掴む。

 

 

「愛莉先生、キリトが、キリトがぁ!!」

 

 

 シノンの隣でリランが怒鳴った。狼女のように歯茎が剥き出しになっており、唾が飛んでディスプレイにかかった。

 

 

「菊岡貴様、キリトに何をした!!」

 

 

 ディスプレイから菊岡の声がしてきた。その声色は、驚いているかと思いきや冷静だった。

 

 

《いや、こちらからは何もしていないよ。というか、何があったんだい》

 

「お前と話している最中に、突然辺りが光ったかと思えば、キリトが倒れた」

 

 

 リランの答えに今度こそ菊岡は驚いた。

 

 

《なんだって!? キリト君は無事なのか!?》

 

 

 何も知らないでいる菊岡に腹が立ってきて、シノンは思わず怒鳴った。

 

 

「無事じゃない! 呼びかけても起きないのよ!」

 

《って事はまさか、キリト君が死んでしまったのか……!?》

 

「勝手に殺すな! 生きておるが呼びかけても応じないのだ! お前達はこの世界の事も、我らの事もモニタリングくらいはできておるのだろう? 分かっている事があるならば喋れ!」

 

 

 いつにもなく早口でリランが言うと、少しの沈黙を挟んで答えが返ってきた。それは菊岡のものではなく、愛莉のものだった。

 

 

《……ごめんなさい。話を聞いた限りでは何が起きてそうなったのかの特定は難しいわ。だから、至急こちらで原因を調べてみる。……詩乃》

 

 

 愛莉の呼びかけを聞いた途端、涙が溢れてきた。今すぐにでも愛莉に助けてもらいたい気持ちで、胸がいっぱいになりそうになっている。

 

 

「愛莉……先生……私……」

 

《今の和人君はとても危ない状態よ。あなたが誰よりも和人君の傍に居て、和人君を守る必要がある。わかるわね?》

 

 

 シノンは倒れる恋人に向き直った。

 

 これまでずっと、キリト/和人に守られ、支えられてきた。だからこそ、シノン/詩乃は、これからは和人の事を支え、守るんだと心に誓ってきていた。今こそ、それを実行するべき時だ。泣いている場合ではない。

 

 シノンは(そで)で目元の涙を(ぬぐ)い、システムコンソールに身体を向けた。音声しか聞こえてこないが、その画面の向こうに恩師である愛莉がいて、見守ってくれているような気がした。

 

 

「……はい」

 

《何もしてあげられなくてごめんなさい。どうか気をしっかり持って。和人君がそうなってしまった原因と解決策は必ず見つけるから》

 

 

 どうして菊岡の近くに愛莉がいるのかは分からない。だが、愛莉がいるのであれば、きっと和人/キリトの事を任せて大丈夫だろう。この世界を管理する場所に愛莉がいるという事が、大きな救いに感じられた。

 

 

《リラン、クィネラ、それとその仲間の皆。キリト君の身体を安全なところで保護してくれ。できるね?》

 

 

 素の口調からいつもの口調に戻った愛莉の指示に、リランとクィネラが頷いた。

 

 

「……無論だ。これまでキリトに守られてきた事への恩返しをするとしよう」

 

「かあさま、どうかお願いいたします。キリトにいさまをお助けください」

 

《頼んだし、頼まれた。それじゃあ一旦切らせてもらうよ》

 

 

 愛莉はそう言って、通信を終了させた。

 

 元の白い大理石となったディスプレイから目を離し、シノンはしゃがみ込んでキリトの上半身を抱き上げた。

 

 胸が上下しているので、呼吸自体はできている。だから生きているのだが――意識だけが完全に消失してしまっているらしい。まるで抜け殻になってしまったかのようだ。

 

 そんなキリトを悲しそうな顔で見てから、ルコが声を発してきた。

 

 

「キリト、どうしたの。どうして、起きないの。天命、たっぷりある。命、危なくないのに」

 

「分からないわ……でも、だからこそ私達で守ってあげなきゃいけないの。キリトが目を覚ますまで、ね」

 

 

 シノンに言われたルコは「うん」と頷いた。直後、リランがユージオとアリスに呼びかける。

 

 

「話は聞いておったな。ひとまず、キリトの身体を安全なところへ運ぶぞ」

 

 

 二人は頷いたが、そのうちのユージオがリランに問う。倒れたキリトに視線が向けられており、表情が不安そうなものになっていた。

 

 

「それから、どうするんだよ」

 

 

 その問いかけにリランではなく、カーディナルが答えた。

 

 

「キリトが倒れる直前に、何らかの神聖術が発動したのを感じ取った。もしかしたらクィネラに憑いていた悪霊――アドミニストレータが、システムコンソールに罠を仕掛けていたのかもしれん。まずは、その罠がどういうもので、かかってしまったであろうキリトの身に何が起きたのかを調べるところからじゃ」

 

 

 カーディナルはユージオとルコに目を向けた。困難に立ち向かおうとする者の光が、その目で(またた)いていた。

 

 

「ユージオとルコ、手伝ってもらうぞ」

 

 

 呼びかけられた二人はそれぞれ「はい」と「うん」と言って頷いた。それに続いてアリスが挙手するように言う。

 

 

「私も付き添います」

 

「いや、アリスとクィネラにはやってもらいたい事がある」

 

「なんでしょうか」

 

 

 クィネラの問いを受け、カーディナルはクィネラとアリスを交互に見つめた。

 

 

「公理教会は前代未聞の混乱状態にある。アドミニストレータとチュデルキンの死、本来の最高司祭ともいえるクィネラの復活……特にアドミニストレータが進めていた狂気の計画。それらを整合騎士達に伝えたうえで、組織を再建せねばならん」

 

「確かに、整合騎士達は《あの人》の本質や計画を何一つ把握できておりませんでした。しかし、その事を告げても大丈夫なのでしょうか。それに……わたくしの事も……信じてもらえるかどうか……」

 

 

 クィネラがとても心配そうな顔をする。

 

 そうだ。公理教会の本来の最高司祭がクィネラであり、それまで最高司祭を名乗っていたアドミニストレータはクィネラに憑いて良いようにしていた悪霊だったという事、そのアドミニストレータが機械人間という悍ましい兵器を量産して人界を埋め尽くそうとしていた事、人界の民を守る気も救う気も微塵もなかった事などの話を、整合騎士達は一つも知らない。

 

 アドミニストレータが死んだ今こそ、これらの事実を伝えるべきなのだろうが、それを聞いて混乱しないわけもないだろう。

 

 

「だからこそ、整合騎士の仲間であるアリスの協力がいるのじゃ。本来の最高司祭であるクィネラと共に他の整合騎士達の(もと)(おもむ)き、伝えるべき事実を伝える手伝いをして欲しい。アリスの力があれば、きっと他の整合騎士達も、少しはクィネラの話を信じるはずじゃ」

 

 

 確かに、アリスが事実の証人となってくれれば、整合騎士達もクィネラの事、その話に信憑性(しんぴょうせい)を見出してくれるかもしれない。いや、見出してくれるよう祈るしかないだろう。カーディナルの提案を受け、アリスは頷いた。

 

 

「分かりました。最高司祭様、小父様……騎士長ベルクーリ閣下のところへ向かいましょう。あの人ならば、あなたの事も、ここで明かされた事実も理解し、正しい判断を下してくれるはずです」

 

「ベルクーリ様……確かにあの方ならば……話を聞いてくれるかもしれません」

 

「ならば、早く向かうとしましょう」

 

 

 そう言って下の階に続く昇降機に二人が向かおうとしたその時、カーディナルが呼び止めた。

 

 

「待てクィネラ。ベルクーリのところに行く前に、わしの図書館に寄った方が良いぞ。ルコに案内させるから、行ってこい」

 

 

 振り向いたクィネラが首を傾げる。

 

 

「え? それは何故でしょうか」

 

 

 カーディナルは溜息を吐いた。何か間抜けなものを見ているかのような反応だ。

 

 

「お主、そのマントとローブの下に何も着ていない事を忘れておるじゃろ。その恰好(かっこう)のまま整合騎士達の前に出て、自分が本当の最高司祭だなんて言ったところで、信じてもらえないどころか剣を向けられるのが関の山じゃぞ。わしの図書館にならば服があるから、着て来るのじゃ」

 

 

 クィネラははっとして、顔を真っ赤にした。そう言えばつい先程まで彼女は裸で、今アリスのマントとカーディナルから借りたローブで何とか素肌を隠しているような状態であった。

 

 確かに今の恰好のまま整合騎士達のところに行ったならば、カーディナルの言う通り、敵意を向けられてしまう可能性が高い。話を通さなければいけないのに、それさえもできなくなってしまう恐れがある。

 

 その事を理解したからこそ、顔を赤らめたであろうクィネラがカーディナルに応じた。

 

 

「そ、その通りですね! では、お言葉に甘えて……衣服を、お借りいたします……」

 

 

 クィネラの返事を聞き、カーディナルは神聖術を唱えた。クィネラとアリスのすぐ近くに光の柱が差したかと思うと、一気に形が変わり、扉になった。カーディナルとルコがこの最上階へ来てくれた時に見たものと同じ、あの大図書館への入り口だった。

 

 それを確認するなり、とてちてという擬音が合いそうな走り方でルコが走り出し、クィネラとアリスの許へ向かっていった。

 

 

「服があるとこ、案内する」

 

 

 近寄ってきたルコにアリスは快く頷いた。しかし、すぐさま困ったような顔をする。

 

 

「お願いします。ええっと……」

 

「ルコ」

 

「あぁ、そういうのですね。では、案内をお願いします、ルコ」

 

 

 ルコはもう一度「うん」と言い、扉を開け、誰よりも早くその中へと入っていった。アリスとクィネラもその後を追って、図書館に入っていった。

 


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