キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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21:分離と決着 ―支配者との戦い―

 

 

           □□□

 

 

 

 全てがわかった――リランは頭の中の疑問が解かれて、すっきりしたような気持ちになっていた。アンダーワールドの事、そして最高司祭となったクィネラとアドミニストレータの事が、全てわかったのだ。

 

 アンダーワールドを作っていたのは、ラース。

 

 ラースの裏に居るのは陸上自衛隊であり、そのラースの中にイリスがいる。

 

 そのイリスの手によってクィネラはアンダーワールドに導入されたが、管理開始早々、何者かの手によって改造を加えられ、アドミニストレータの人格を入れ込まれてしまった事。

 

 キリト達への土産としては十分すぎる程の情報を得る事ができた。後はこのままクィネラのデータの深層部まで向かい、憑依している悪霊を討ち祓うだけだ。あれだけ悪行三昧していた悪霊に憑かれているクィネラが、どれだけ苦痛を与えられていたのかは、すべてを見た今となっては考えるまでもない。

 

 一刻も早く深層部に辿り着かなければ――リランは全速力で最奥部目指して進んだ。アニマボックスのデータの中であるため、普通の仮想世界内ではできない、人形態でありながら狼竜形態時の翼を背中から生やすという現象を引き起こして、自身の敏捷性を大幅に引き上げる事ができていた。

 

 そのために、リランはクィネラのアニマボックスの中を飛び回っているに近しい状態だった。

 

 

「これ以上の暴挙は、おやめになってください……!」

 

「うるさいわね、器の分際で。お前は喋ったりしてはいけないって、何度言えばわかるのかしら。それにお前がそんなふうだから、この身体の持ち主は私が相応(ふさわ)しいのよ」

 

 

 そうしているうちに、電脳空間の一角から声が聞こえてきた。人狼形態でもないというのに、リランの耳はその時のように、小さな音でも聞き逃さないものとなっていたのだ。

 

 音の発生源に向き直ったところ、様々な形をした光が満ちる空間の隅に近しい場所に、小さな人影が二つほど確認できた。

 

 

「あれは……」

 

 

 リランは目を凝らすまでもなく、翼を羽ばたかせてそちらの方へ飛んだ。大小様々なウインドウの群れを通り抜け、色とりどりの光に照らされながら進んでいくと、人影がはっきりとしたものになってきた。

 

 女だ。紫がかった銀色の長髪をした、整った体型で背の高い女二人が少しの距離を開けて向き合っていた。普通ならありえない事だが、二人の女は互いに同じ顔、同じ髪、同じ身体をしている。まるで現実世界でネット検索した際に見つけ、信憑性(しんぴょうせい)の皆無さと荒唐無稽(こうとうむけい)さに鼻で笑ったドッペルゲンガーの話の再現だ。

 

 更に近付いていったところ、その片方が、異様に伸びた髪を触手のように動かして、もう片方を捕まえているのがわかった。捕まえられた方は腕も足も縛り上げられたうえ、首元を力強く絞められていて、苦悶の表情をしている。

 

 間違いない。捕まっているのはクィネラだ。そしてもう片方は、クィネラに取り憑く悪霊であるアドミニストレータ。ようやく見つけた。

 

 ここがクィネラとアドミニストレータの結節点だ。

 

 

「もう終わりよ、器さん。この身体はもう私のもの。お前のものではないわ」

 

 

 そう言って、残酷で冷徹な顔をした女――アドミニストレータが右手をクィネラに向けた。その手に光が集まり、細剣が形作られる。クィネラに突き刺して殺すつもりなのは一目見ればわかった。

 

 アドミニストレータはクィネラとの決着をつけようとしている。クィネラのアニマボックスの中にリラン同様に入り込んで、クィネラの意識を殺す事で、完全にクィネラの身体を乗っ取る算段なのだ。

 

 そして意識を殺されようとしているクィネラは、アドミニストレータの髪状触手に縛られたまま動けないでいた。強く首を絞められてしまっているために、顔に汗が浮かび、目を開けられていない。アドミニストレータの剣が迫ってきているのもわかっていないだろう。

 

 そんな格好の的になっているクィネラに残虐な笑みを向けながら、アドミニストレータはじりじりと迫っていた。そして剣がクィネラに届く距離まで詰めたところで、勢いよく突き出す前の姿勢を作る。

 

 

「さようなら、器さん」

 

 

 そう言ってアドミニストレータの右手が思い切り突き出された――タイミングでリランは至近距離まで飛び込む事に成功していた。

 

 油断しきっているアドミニストレータの右手に狙いを定めると、両手に重さが生まれた。両手剣の重さに極めて近いそれを、出せる力と速度の全てを込めて振り下ろした。

 

 次の瞬間には、アドミニストレータの右手が剣を持ったまま宙を舞っていた。クィネラを縛っていた触手のような髪の毛も切断されて、クィネラが解放される。

 

 

「――え?」

 

 

 アドミニストレータの顔が茫然自失のものになった。何が起きたのかわからないのだろう。当然だ。こんな横槍が飛んでくるなんて予測できるはずがない。

 

 それから一秒くらいで、アドミニストレータは悲鳴を上げて後退した。リランはクィネラとアドミニストレータの間に入り、両手剣を構える。怒りに満ちた顔のアドミニストレータと目が合った。

 

 

「頼んでもいないというのに、我の妹を散々可愛がってくれたようだな」

 

「貴様……何故ここに……!?」

 

「我は電子破壊工作(クラッキング)が何よりも得意でな。クィネラの《アニマボックス》に入り込んで、取り憑いているお前を見つけ出すなど、容易い事だ」

 

 

 アドミニストレータはぎりっと歯を食い縛った。予定を崩されて怒り狂う直前らしい。間もなく、背後から声がしてきた。

 

 

「リラン……ねえさま……!」

 

 

 大きな安堵(あんど)を含んだ、聞き覚えのある声色。紛れもなく一番目の妹のものだった。振り返ればきっと、今にも泣きそうになっている顔が見れる事だろうが、姉は目の前にいる妹に取り憑く悪霊から視線を外す事ができなかった。今、背後を振り向くような事をすれば、確実に攻撃が飛んでくるとわかっていたからだ。

 

 なのでリランは、そのままの姿勢で妹に答えた。

 

 

「遅くなってすまなかった、クィネラ。大きくなったな」

 

「えぇ……お久しぶりでございます、リランねえさま。お変わりないようで、何よりです……」

 

 

 今のクィネラがどういった見た目をしているのかは、既に理解している。目の前にいるアドミニストレータが、冷酷な顔つきと目つき以外は何もかもがクィネラと同じであるため、彼の女を見さえすれば今のクィネラがよくわかる。

 

 身長も身体つきも、見違えるほどに大きくなり、綺麗になった。そんな事を思っている場合ではないとわかっていても、そう思わずにいるというのは難しかった。だからこそクィネラと同じ見た目をしているアドミニストレータに、普段自分が吐き出している燃え盛る炎のような怒りが込み上げて来る。

 

 

「よくもまぁ、ここまで好き勝手してくれたものだな。独裁者になって民衆を虐げるのは楽しかったか」

 

 

 挑発するように言ってみると、アドミニストレータが自身の前を腕で薙ぎ払う仕草をした。

 

 

「ここは私の身体だ。お前が来る事を許可した覚えはない!」

 

 

 リランは溜息を吐いた。ここはクィネラの《アニマボックス》の中であり、持ち主はクィネラである。そして目の前にいるアドミニストレータはそこを不法占拠している悪霊だ。そんな事を言っていい立場にはいないし、(むし)ろクィネラが言いたい台詞であろう。

 

 

盗人(ぬすっと)猛々(たけだけ)しいとはこの事だな。お前が如何にしてクィネラの身体の中に入り込んできたのか、もう見させてもらっておるぞ。お前はラースに居る人間の誰かと随分仲が良く、そいつの手引きでクィネラに取り憑いた。そしてクィネラの持つ管理者権限やコマンド行使を横から(かす)め取り、人界の支配者となった。お前は自分の力で支配者になったのではない。クィネラから何もかもを盗む事で支配者になった、ただの泥棒の女王だ。そんなお前に支配されていた人界の人々や、手駒にされていた整合騎士達は、本当に浮かばれぬな」

 

 

 クィネラの記憶を参照する事でわかった、人界の女王の真実。それを突き付けられた女王は、怒り狂う寸前の顔になりながら残りの左手で剣を拾い上げ、その刃先をリランへ向けてきた。

 

 

「違う! 私は選ばれた存在だ。選ばれているからこそ、世界の支配者の器に適合し、実際に世界を支配する事ができたんだ!」

 

「その事を器であるクィネラは認めていたのか。もし認められていたのであれば、お前達が互いに侵喰し合う事などなかったはずだが」

 

「器の許可など必要ない! 器――空の肉体が魂に逆らう事など許されない! 肉体は魂に支配されてこそ意味がある!」

 

 

 リランはもう一度溜息を吐いた。どこまで行っても平行線だ。話すだけ無駄である。こいつはどこまでもクィネラを肉体とし、自らがその全てを支配する魂であると決めつけて止まないつもりらしい。

 

 

「そうか。ならば反論しよう。クィネラは我の可愛い妹だ。そしてお前は妹に取り憑く悪霊だ!」

 

「抜かせッ!!」

 

 

 アドミニストレータはついに怒りの頂点を迎えたようで、光の細剣を片手剣に変形させて斬りかかってきた。リランは光で構成された両手剣で迎え撃ち、受け止める。どちらも光でできているというのに、金属音が鳴り響き、火花のような光が飛び散った。

 

 アドミニストレータは怒る鬼のような顔をして力を込めてくるが、リランが後方へ押し込まれる事はなかった。左手だけというのもあるのだろうが、それにしても力の入り方が甘い。利き手ではないのだ。

 

 アドミニストレータは右利きだが、それは斬り落とされてしまったために、上手く力を入れる事ができないのだ。いや、力を入れてはいるのだが、左腕ではなく、顔にいってしまっているのかもしれない。

 

 (ある)いは基本攻撃さえもクィネラの力を盗用してやっていたために、クィネラの力の供給が途絶えた途端に弱体化したのか。こいつの周りは盗品でいっぱいだったという事か。どこまでも偽りの支配者なのがアドミニストレータだった。

 

 胸の中の怒りが更に熱いものとなっていく。

 

 

「その程度か、独裁者めが!」

 

 

 リランは力を両手剣に込めて、前へと押した。がきぃんという音が空間に鳴り響くと同時にアドミニストレータが後方へ引っ張られたような姿勢となる。その顔は呆然自失になりかけだ。ここまで自身が容易に追い詰められるとは思ってもみなかったのだろう。クィネラから奪い取った力を自分の力だと過信して、(おご)り高ぶっていたのがよくわかる。

 

 どこまでも傲慢極まりない女王に、リランは狙いを定めて両手剣を構え、薙ぎ払いを放つ姿勢を作った。両手剣に更なる光が集まり、金色に輝き出す。

 

 

「――わたしの妹から離れてッ!!」

 

 

 思わず素の口調に戻ったのも気にせずに、リランは回転斬りを放った。一回転目でアドミニストレータの身体を横一文字に斬り裂き、そして二回転目で大きく斬り飛ばす。

 

 二連続攻撃両手剣ソードスキル《ブラスト》。

 

 

「ぐあああ、あああッッ」

 

 

 アインクラッドにて誕生した剣技の炸裂(さくれつ)を受けたアドミニストレータは後方へ弾き飛ばされていった。その傷口からは血の代わりに光が噴き出していた。しかしそれでもまだ、クィネラから切り離せてはいない。

 

 リランは足に力を入れて床を蹴り上げて、飛んでいったアドミニストレータの後を追った。空中でアドミニストレータに再度狙いを定め、両手剣を振りかぶる。宙に舞い上げられたアドミニストレータは身動きを取れないでいたが、その禍々しい視線はリランの視線と交差していた。

 

 その邪悪な視線を放つ顔へリランはロックオンする。

 

 

「終わりだよッ!!」

 

 

 もう一度素の口調で告げ、リランは全身の力を流し入れた両手剣をアドミニストレータへ振り下ろした。

 

 

 単発重攻撃両手剣ソードスキル《アバランシュ》。

 

 

 その一撃を頭から受けたアドミニストレータは、次の瞬間にはその身体を真ん中から真っ二つにしていた。最早悲鳴を上げる事すら叶わなかったようで、アドミニストレータは何も言わないまま、無数の光の破片となって消えていった。

 

 直後、空間そのものが真っ白い光に包み込まれ、リランは意識を途絶えさせた。

 

 

 

 

          □□□

 

 

 

 リランがクィネラに潜ってから一分が経過していた。その中でも、キリトはじっと二人を見つめていた。

 

 リランがクラッキングプログラムを組み上げてクィネラに差し込み、アドミニストレータの切除術を開始してから、二人は銅像のように微動だにしなくなっていた。

 

 施術が上手く行っているのか、失敗しているのか。クィネラの体内で何が起きているのか、把握する方法は何もない。彼女達と同じ《電脳生命体》であれば、加勢する事もできたのかもしれないが、ただの人間である自分ではどうにもならない。

 

 大切な家族も同然の相棒だけが行ける世界、取れる行動というものがあるのが、キリトはもどかしく感じられて仕方がなかった。

 

 リラン、お前は上手くやれているのか。お前の一番目の妹を助け出せたのか――そう思ったその時だった。組み合って床に倒れ込んでいる姉妹の身体が、急に強い光を発し始めた。

 

 光は爆発するように広がり、部屋の中を白一色の世界に染め上げる。あまりの強さに目が焼けそうな錯覚に陥り、キリトは腕で目を覆い隠した。こうした光を見てきた事は何回もあったが、今回はその中で最も強いかもしれない。いずれにしても何が起きているからこうなっているのか、把握できなかった。

 

 光が世界を白く染め上げてから数秒後、どさっという何かが床に落ちたような音が聞こえてきた。その音を皮切りにして光が止んでいき、世界が元の色に戻る。そこでようやく目から腕を離す事ができ、キリトは光の発生源となっていた姉妹に視線を戻す事ができた。

 

 それまで組み合っていたはずの二人のうち、姉は床に座っており、妹がその腕に抱かれていた。妹であるクィネラは、後頭部にあった装飾品が外れ、一糸纏(いっしまと)わぬ姿となってリランに体重を預けていた。その顔は――アドミニストレータとの戦いの中で時折見えていた、クィネラ本来の人格が出てきた時のそれとなっている。

 

 

「リラン、クィネラ!」

 

 

 キリトは隣にいるシノンと一緒に二人へ駆け寄った。傍まで近付いて膝を床に付き、リランに話しかける。

 

 

「どうなったんだ、クィネラは……?」

 

 

 リランが顔を上げてくる。その表情は、深い安堵の笑みだった。間もなくして、抱かれているクィネラの口から小さな声が漏れたのを、キリトはしかと聞き取った。

 

 そちらに顔を向けたところ、閉じられていたクィネラの(まぶた)がゆっくりと開き、本紫色の瞳が姿を見せてきた。思わず目を見開いていたところ、自身の瞳とクィネラの瞳が交差した。

 

 

「……クィネラ、お前なのか」

 

 

 キリトの問いかけに、まだ弱弱しい微笑みを浮かべたクィネラが答えた。

 

 

「……はい……お久しぶりでございます……キリトにいさま、シノンねえさま……」

 

 

 耳へ声を入れた途端、頭の中に映像が再生された。《ALO》で初めて会い、話をしたのを最初にして、ナビゲートピクシーとなって一緒に遊んでくれたクィネラとの日々のものだ。

 

 その後どこへ行ってしまったのかわからなくなっていた彼女が、ここにいる。あの時とは比べ物にならないくらいに成長した姿になって、確かにここにいる。

 

 そうわかった途端、目の奥が熱くなった。

 

 

「クィネラ……あんたなのね……本当に大きくなっちゃって……」

 

 

 瞳を潤ませてシノンが言うと、クィネラは小さな声で「はい」と答えた。ここにいるのはアドミニストレータではない。《MHHP_03》の番号を持つ娘クィネラが、確かにいた。

 

 

「ぐっ……ふふふ……まさか、こんな事になるだなんてね……」

 

 

 クィネラとの再会を喜んでいる暇は、果たして無かった。クィネラと似たような声色であるものの、禍々しいそれに向き直ると、クィネラがもう一人いた。

 

 後頭部の装飾以外何も衣服を身に着けていないその身体はボロボロで、あちこちから血が流れ出ている。胸には大きな穴が空いており、赤い電気のようなものがバチバチとスパークを起こしている。血の気の引いている顔は地獄から這い上がって来た幽鬼のようで、全体的に生きて動いているという事自体が不可思議に思うような見た目だった。

 

 クィネラに取り憑いていた悪霊であるアドミニストレータが、こちらから離れたところで睨み付けてきていた。だが、そこでキリトは思わず驚きつつ疑問を抱く。

 

 どうしてアドミニストレータが存在している。アドミニストレータはクィネラに取り憑く事で存在できていたものであり、それ自体は身体を持っていないという話だったはず。

 

 

「アドミニストレータ!? どうして……!?」

 

「あいつめ……クィネラから切り離される時に、その一部を強引に切り取りとコピーをしおったようだ」

 

 

 リランの答えでキリトは状況を把握した。アドミニストレータはどうやら、クィネラから情報をいくつかコピーする事で、自分の身体を得る事に成功したという事らしい。

 

 だが、その身体が傷だらけになっていて、逆にクィネラが無傷になっているという事から察するに、クィネラの身体が受けていた損傷の情報までも切り取ってしまったという事のようだ。最後の最後で間抜けな事をしてしまったわけだが、それだけ自分の身体を得る事に必死だったという事だろう。

 

 まさにどこまでも生に執着しようとする怨霊そのものだ。

 

 

「こうなったら……仕方がないわね……予定より随分と早くなってしまったけれど……一足先に、行かせてもらうわね……」

 

 

 傷だらけのアドミニストレータの言葉に、クィネラがはっとしたように反応した。

 

 

「あの人は、現実世界に逃げるつもりです……! あの人を行かせてはなりません……!」

 

 

 やはりそうか――キリトはそう思った。アドミニストレータはこの世界の支配者であり、現実世界の事もクィネラの記憶を通じて知っているようだった。ならば現実世界へ脱する方法も知らないわけがない。

 

 いや、恐らくそれこそがあれの最後の切り札なのだろう。あいつは最初から追い詰められてどうにもならなくなったら、現実世界へ逃げるつもりだったのだ。

 

 それを許すかどうかなど、答えはとうに決まっている。キリトは二本の剣を手に立ち上がり、アドミニストレータへ歩み寄った。

 

 

「いや、どこにも行かせないぞ。世界をここまで好き放題した罪、お前に(つぐな)ってもらう」

 

 

 アドミニストレータはぎりっとキリトを睨みつけた。顔が憤怒に陥っている。最早自分の邪魔をする何もかもが憎らしくてたまらないのだろう。

 

 

「小癪な……小僧めがああああああああッ!!!」

 

 

 アドミニストレータは細剣を構えて刀身に光を宿らせ、突きの姿勢で飛んできた。真っ直ぐにこちらの心臓を一突きしようとしていると一瞬で判断できたが、同時に攻撃に集中するあまり他への意識がなくなっているともわかった。

 

 キリトは胸の前で両手の剣をクロスさせ、受け止める姿勢を作った。刹那、アドミニストレータの細剣が交差する二本の剣の中央に吸い込まれるようにして衝突し、金属音と火花を撒き散らした。強い衝撃が両手の筋肉に走り、びりびりとした感覚が襲ってくるが、キリトは力を緩めなかった。

 

 受け止められてしまうとは思っていなかったらしいアドミニストレータの、その手に握られる細剣が静止した僅かなタイミングを見計らってキリトは防御を解き、一瞬で右手の白き剣で斬り上げた。またしても鋭い金属音が鳴った時には、細剣は空中へ舞い上げられており、アドミニストレータは全ての武器を失っていた。

 

 

「だあッ!!」

 

 

 キリトは丸腰のアドミニストレータへ突進し、その腹部と胸部を踏み付けて、五メートルほど上空へ回転しながらジャンプした。蹴り上げられたアドミニストレータは後退してよろける。

 

 上空で狙いをアドミニストレータの心臓部に付け、キリトは剣を両手の剣で突く姿勢を取って急降下した。

 

 

「終わりだあああああああああああッ!!」

 

 

 身体の底から咆吼しながら、キリトはアドミニストレータへと急速落下し、両手の剣をその胸に突き立てた。手応えが返ってくると同時に爆発のような衝撃波が発せられ、床がアドミニストレータを中心に大きく凹み、クレーターが形成された。

 

 床が割れ、風が吹き荒れる轟音が鳴り響いて止まると、部屋の中に静寂が取り戻された。誰もが音を出さず、ただ黙って、決着の付けられた場を見ていた。その中心部にいるキリトの眼前の、最高司祭が口を開けた。

 

 

「認めぬ……みとめぬぞ……私は……この世界の、しはいしゃ……さいこうしさい……アドミニストレータあ…………」

 

 

 譫言(うわごと)のように(つぶや)いたところで、アドミニストレータはがくりと床に伏し、全ての行動と呼吸を停止させた。直後、その身体は一瞬のうちに金色の光に分解されて消えていった。

 

 かと思えば、散った光は一箇所に集中して小さな球体状のシルエットを形作った。そしてその光が止んだ時、そこには小さな種子のようなものが出現していたが、それは何も起こさずにただ床へ落ちて転がるだけだった。

 

 最高司祭を名乗って世界を支配していた悪霊が、(はら)われた瞬間だった。

 


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