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《MHHP》の三号機であるクィネラの現在の話の後、カーディナルより色々な話を聞かされた。
カーディナルがシャーロットという小さな蜘蛛の《使い魔》を通じて自分達の事を見ていたという事。
整合騎士達が今のクィネラ――アドミニストレータを守る最強の兵隊である事、整合騎士達は連行されてきた罪人や特殊な経歴の持ち主の記憶の一部を抜き取り、《
この世界はラースによって、《最終負荷実験》という、ダークテリトリーの民達と人界の民達の終末戦争が勃発する運命にあるという事。
ダークテリトリーの民達は、進んで残虐行為を行う怪物のような存在であるが、人界の民達と同じ人工フラクトライトの生命であるという事、ラースの独善的な実験によってそうなってしまっているという事。
カーディナルの目的が最終的にアドミニストレータを打ち倒し、カーディナル・システムの全権を取り戻して、人界の民もダークテリトリーの民も、《最終負荷実験》の前に安楽死させようとしているという事。
その最終負荷実験開始前に、アンダーワールドの全フラクトライトを安楽死させるという計画に、キリトはひとまず乗る事にしたが、安楽死させるというのには反対した。
何か方法があるはずだ。アンダーワールドの全フラクトライトを死滅させるような事なく、和平の道を進ませる方法が必ずある。そのための悪あがきは最後まで続ける。そう告げると、カーディナルは呆れたと言ったが、満更でもない様子だった。
そうしてカーディナルからの話が終わったところで、キリトはふと思い出した。まだ聞きたい事があった。
「カーディナル。君はさっき、何か特殊な単語を口にしたな」
カーディナルは首を
「特殊な単語? 何か言ったか」
「ほら、イーなんとかって……」
カーディナルは「おぉ」と言った。何か話しそびれていた重要な事を思い出したような反応だった。
「よく聞き
そう言われても、「《EGO》の力を手にした」という特殊単語を含んだ言葉を向けられたならば、誰でも聞き逃したりはしないだろう。詳細はここから聞くわけだが、この《EGO》というものがただならないものであるというのは名前だけでわかる気がしてならない。
キリトはカーディナルに尋ねようとしたが、先にシノンが呟いた。
「《EGO》……イージーオー……
「そうじゃな。要するにそういう事じゃ」
カーディナルの答えにキリトは思わず首を傾げた。要するにそうだと言われても、全然何の事なのかわからない。
「いや、どういう事なんだよ」
「お主達、《心意》は知っておるな?」
カーディナルの質問にキリトは頷く。《心意》とは、このアンダーワールドに存在する力の中で最上位のものであり、心に強く思い描いた事が現実になったり、繰り出した攻撃の威力や規模を大幅に増幅させたりなどの現象を引き起こしたりするものだ。その事は修剣学院にいた時に学習したものの、使いこなせる者は早々いないそうで、自分達もまた使いこなせていないし、知識もそんなにない。
「その《心意》の他にもう一つ、この世界には心を力に変えるものが存在している。《
《進想力》。そんなもの聞いた事がない。いや、修剣学院での授業で出てきただろうか。しかしその時の記憶を漁っても出てくる気配がない。習ったが忘れてしまったのだろうか。キリトは少し不安になってシノンを見たが、そこで安心する事になった。シノンも聞き覚えの無いものを聞いた顔になっていたからだ。
「《進想力》? そんなもの聞いた事がないけれど……」
「無理もない。これは本当にシステムを理解するような事にならない限りは、基本的に知る事はできないものじゃからな。
《進想力》は、このアンダーワールドの大気中にある神聖力や暗黒力と同じように存在しているものじゃ。これは普段、人間や動植物に影響を及ぼしたり、神聖術によって使われたりする事もないが、とある条件を満たした時に動くようになっている」
「とある条件?」
キリトにカーディナルは頷いた。
「それは、ある者が心に強い《利己的な感情》や《自分勝手な欲望》を抱いた時と、心の奥底で眠らせていたそれらを強くした時じゃ。本人からすれば正しいと思えるものであるものの、
どういった力になるかはその者によって千差万別といったところじゃが、ほとんどの場合はとても強力な性能を持った鎧や武器、または両方になったりするな。その流れ込んできた《進想力》によって具現化した、その者だけが持てる武器や鎧の事をひっくるめて、《EGO》と呼ぶのじゃ」
カーディナルはキリトの瞳を見つめた。
「キリト、お主がエルドリエと戦った時に出していた、あの白い炎の剣があったろう。あれがお主の《EGO》じゃ」
キリトは目を見開いて、自身の胸を見た。エルドリエとの戦い――いや、その前に修剣学院で怪物と化したライオスと戦っている最中に、自分の胸から出てきた白き炎剣。あれこそが《EGO》だったって?
という事は、自分はいつの間にか《進想力》という正体不明の力を身体に流し込んでいたという事なのだろうか。
「あれが俺の《EGO》?」
「そうじゃ。……答えにくいじゃろうが、最初にあの剣を引き抜く直前、お主は何をしていたか覚えておるか」
「……ライオスと戦っていた。化け物になったライオスと戦ってたんだ」
「シャーロットの記録では、その戦いの最中にシノンが捕まり、重傷を負わされたとあったが、その通りじゃろう」
シノンが自身の右手を
「あぁ。あいつはシノンの腕をへし折るところを、これ見よがしに見せつけてきたんだ」
「その時お主はどう思っていた」
「許せなかった。化け物になったライオスを本気で殺そうと思った。あいつは俺を
「では、その化け物を殺した後にどうしたいと思った。どうしたいと思ったから、その化け物を殺したいと思ったのじゃ」
「シノンを守りたいって思った。ライオスを殺してシノンを守りたいって、俺の大切な人であるシノンを取り返したいって思った。いや、もしかしたら独り占めしたいって思ってたのかもしれない。あいつからシノンを取り戻して、独り占めしたいって思ったんだ。シノンは俺だけのものだって、俺の大切なシノンを奪おうとすればどうなるかって、あいつに思い知らせてやろうと思った。
そしたら、声が聞こえたんだ。誰かの声かと思ったけど、それは俺の声で……俺の声が俺に言ってたんだ。『お前の願いは何だ』とか、『あの
いつの間にか聞かれていない事まで喋っていた。こちらを横目で見ているシノンの、その目が見開かれていて、小さく「キリト……」と言ったのが確認できた。恐らくも何も、自分があの時こう思っていた事に驚いているのだろう。だが、キリトは真実を言わずにはいられなかった。
「それでお主は、その声に答えたのじゃな」
「あぁ。聞こえてきた声全部に答えたよ。そしたら、『お前の胸に、願いを叶えられるものがあるぞ』って言って……胸の中が燃えてるみたいに熱くなってきて……それで、手を伸ばしたら胸から剣の柄みたいなものが出てて、掴んで抜いたら、あの剣になったんだ」
これであの時の事は全部話した。その直後に気が付いたが、部屋の中に沈黙が降りてきていた。シノンもリランも完全に言葉を出す事を忘れたようになっていた。それだけあの時のキリトの心情が予想外であったという事なのだろう。だが、その沈黙は長くは続かなかった。
カーディナルが二度頷き、口を開いたのだ。
「なるほどな。お主の場合、《進想力》と利己に呑み込まれる事なく、自分だけの大いなる力という正しい形に導く事ができたという事なのじゃな。流石はわしの見込んだキリトじゃ」
「え?」
キリトはきょとんとしてしまった。シノンもリランも同じような顔になっている。三人の視線を浴びながら、
「キリト、お主が先の戦いで抱いていた感情だが、それはお主の自分勝手な感情であり、エゴと言えるものじゃ。シノンを独り占めしたいなど、自分勝手にも程がある。そうじゃろうて?」
そう言われて、キリトは身体の奥から熱が込み上げてくるのを感じた。心が恥ずかしい気持ちでいっぱいになりそうになる。確かにシノンの事は何よりも大切であり、だからこそ一生守っていくと誓ったわけだが、そこに「シノン/詩乃を独り占めしたい」という気持ちがないわけではない。
しかし、それがあの時――よりによってシノンが重傷を負わされた時に強く出てしまったのは、冷静に考えると恥ずかしい。なんていうタイミングでなんていう事を強く思ってしまっていたのだろうか、俺は。
恥で縮こまるキリトに、カーディナルは微笑みながら言って来る。
「じゃが、お主のその欲望の根底にあるのは、シノンに対する愛情、それも
「じゃあ、俺のあの白い剣は……」
「お主の心全体で抱く、シノンや他者への真っ直ぐな想い、守りたいという意志と欲望、シノンを愛するという感情が《進想力》によって増大し、《心意》をも超える力を宿す形になったモノじゃ。それを使えるようになった事には、誇りを持って良いぞ。そうなれたモノは、この三百五十年で一握り程度しかおらぬからな」
キリトはもう一度自身の胸を見た。いざとなった時に出てくる、あの白い炎剣。その正体は、自分が普段から抱いている、自分と共にいてくれる誰かを、そしてシノンを守り、愛し、共に生きていきたいという欲望が力になってくれたもの。
あれにどれだけの力が宿っているのかはまだ未確認だが、確実に言えるのは、あれを使えば、きっとより多くの人を、そして
そんなキリトの横に座っている一人であるリランが、カーディナルに問いかけた。
「待てカーディナル。キリトが強力な武器である《EGO》を入手できているというのはわかった。だが、先程からお前、「《進想力》に呑み込まれる」だとか、「正しい形に導く事ができた」だとかとも言っておるが、それはどういう意味だ? 《進想力》には、まだ何かあるという事なのか」
カーディナルは頷いた。その目付きが少し鋭いものになる。ここから本題だと言わんばかりだ。
「そうじゃ。《進想力》はキリトの時のように、素晴らしい力を
《進想力》は、人間がエゴと呼べるものを心に持つ事がある限りは、遅かれ早かれそこへ流れ込み、そのエゴと結び付いて増大させ、力に変えようとする。そのエゴが、キリトのような正の感情や気持ちや欲望を根底とするものではなく、支配欲、嗜虐心、独占欲、憤怒、憎悪、絶望、殺意、破壊欲などの邪悪なモノを根底にしたものであった場合、甚大な問題が起きる」
カーディナルの顔が険しくなる。
「流れ込んだ《進想力》が、その邪悪なエゴと同化し、増大化させてしまうのじゃ。そして《進想力》の同化によって増大化した邪悪なエゴはより邪悪になり、更に《進想力》を流れ込ませて膨らみ続け、最終的にエゴの持ち主を呑み込んでしまう。そうなった場合、そのエゴの持ち主は、己の邪悪なエゴの化身――《
《EGO化身態》はその者が持っていた邪悪なエゴや、記憶や意識などが
そこまで聞いたところでキリトははっとした。脳裏に瞬時にライオスの時の事が思い出される。キリトに腕を斬られて吹っ飛ばされた後、ライオスは尋常じゃない憤怒や憎悪に支配されたような顔になり、全身からどす黒い液体を流すようになって、そしてあの怪物へと
あれがもしキリトに斬られた事により、ライオスの持っていたであろう何らかの――邪悪な――エゴが表面化し、それに共鳴した《進想力》がライオスへと流れ込み、ライオスが自身のエゴに呑み込まれた結果であるというならば、あれこそが――。
「まさか、ライオス……!」
「……そうじゃ。お主達が昨日相手にした、ライオス・アンティノスが化け物になった姿。あれが《EGO化身態》じゃ。あのライオスという男は貴族出身の者じゃったようだが、まさに《EGO化身態》の典型的な例となったわけじゃな」
キリトは眉を寄せた。《EGO化身態》の典型的な例とはどういう事だ。人間が《EGO化身態》になるのにはパターンでもあるのか。そんなキリトの疑問を読み取ったかのように、カーディナルは近くの書架に手を伸ばした。
書架が一瞬揺れたかと思うと、そこにぎっしり詰まっている本の群れのうちの一冊がすぽんと引っ張り出され、結構な速度を出してカーディナルの手の中へ吸い込まれた。カーディナルがアドミニストレータ同様に様々な術を使えるというのは嘘ではなかったようだ。
思わず目を見開くキリトとシノン、リランの三人の視線を浴びながら、大図書館の司書は本を開いた。パラパラとページを捲り、やがてあるページに差し掛かったところで止め、本の上下をひっくり返し、中身をキリト達に見せてきた。
「ここを見てみよ」
言われるままキリトは開かれた本を見た。いくつもの名前が書かれている。どれにも姓名が付いているので、貴族かそれに近しい身分の者達の名前であるとわかった。その事についてカーディナルに言ってみると、カーディナルは「名前の横だ」と返事してきた。
彼女が指し示す部分を見てみたところ、奇妙な共通点がある事がわかった。名前の横に生年月日が書いてあるのだが、更にそのすぐ横に『三四〇年 行方不明』だとか『三一五年 行方不明』などと書いてあったのだ。この本は、この人界に存在する沢山の由緒正しき――今となってはその言葉はお笑いな――貴族の名簿みたいなものかと思いきや、行方不明者、失踪者の名前の一覧であったらしい。
「行方不明……この人もそうで、この人もそうだな。っていうかこのページに載ってる人ほぼ行方不明じゃないか。存命の人全然いないぞ」
「何なのだ、これは? 見たところ貴族のようだが、貴族はこんなにも行方不明になっておるのか?」
キリトとリランの順で言ったその時、キリトの右横で考え事をしていたシノンが急に声を上げた。何かを思い付いたらしい。
「待って。まさか、この行方不明っていうのは!」
「え? 何を思い付いたんだ、シノン」
「この行方不明っていうのは、《EGO化身態》になったっていう意味なんじゃ……!?」
キリトはまたはっとする。ようやくカーディナルがライオスを「《EGO化身態》発生の典型的な例」と言った理由がわかった気がした。その事について尋ねるより先に、カーディナルは答えてくれた。
「そうじゃよ。原初の四人のうちの悪しき心を持っていた一人を根源とする、悪意や支配欲の持ち主でありがちな貴族達は、一般の平民と比べて容易に《進想力》に、それが増大させた自らのエゴに呑み込まれ、《EGO化身態》となるのじゃ。ここに載っている名前のうちの行方不明者はシノンの推測の通り、全員《EGO化身態》となった者じゃよ」
キリトはごくりと
キリトは恐る恐る聞いてみる。
「こんなに沢山……それで、この人達はどうなったんだ。《EGO化身態》になった後は、どうなるんだ……?」
人が《EGO化身態》という化け物になるという悪夢のような現象が起きてしまった際、その化け物になってしまった人は最終的にどうなるのか。もとに戻る手段は存在しているのか。最初に聞くべきなのに聞けていなかった事だった。カーディナルは視線をキリトからそらし、答えた。
「《EGO化身態》となってしまった場合、無事に元の姿に戻るには二つの過程を経る必要がある。まず、《EGO化身態》になった者には、そいつが元々持っていた天命の他に、《EGO化身態》としての天命が出現する。それが他の人間達などによる鎮圧によってゼロになれば、《EGO化身態》から元の姿に戻る事ができる。これが一つ目の過程じゃ。
ただし、この《EGO化身態》になってから鎮圧されるまでにあまりにも長い期間が
まぁ、《EGO化身態》の天命と本来の天命が同化するまでの時間は一週間程度と確認できておるから、《EGO化身態》となってすぐ戦闘を開始して倒すようにすれば防げる。あまり気にする必要はないかもしれぬな」
つまり、《EGO化身態》になってしまった者は、これまで遊んできたゲームによく出てきていたボスモンスターに近しい存在になるわけだ。そのボスとしてのHPを周りの人間達が協力して削ってゼロにする事で、元の姿に戻す事ができる。
しかし鎮圧してその人を助ける場合には、一週間以内に倒さなければならない。これがカーディナルの言っている鎮圧の流れなのだろう。だが、この鎮圧という名のボス戦だけでは終われないらしい。
キリトはカーディナルに続きを促した。
「そして二つ目の過程じゃが、鎮圧によって元の姿に戻った際、その者が自分自身を呑み込むほどになっていたエゴの存在と、それが原因で化け物となって鎮圧された事を受け入れる事。《EGO化身態》になる者が抱くエゴというものは、先程から言っているように身勝手で、時に
その自分の心身の奥深くの無意識の中で生じていた、身勝手で、邪悪ですらある感情や欲望の存在を認め、受け入れる事ができれば、その者の身体に入ってエゴと同化していた《進想力》が、エゴを昇華させ、《EGO》へと変えるのじゃ。この過程は、エゴが正の方を向いた感情や欲望が根底にあるものであった場合には必要ない」
自分自身の中にあるものの、意識する事が基本的にできない欲望や感情。それを受け入れられるかどうかによって、《EGO化身態》の後の結果が決まる。そこまで呑んだところで湧いてきた疑問をキリトは口にする。
「じゃあ、その人が自分のエゴを受け入れられなかったら?」
「……そうなってしまった場合、エゴと同一化していた《進想力》がエゴを消滅させる。その者自身を巻き込んでな。エゴはその者を確かに構成する要素であり、自分自身に他ならん。エゴの存在を、エゴが原因で化け物になった現実を受け入れられないというのは、自分自身を受け入れられないという事と同じ意味なのじゃ」
やっぱりそういう事か――予想が当たって、キリトは溜息混じりに俯いた。あの時、《EGO化身態》となったライオスを止めた後、あいつは確かに元の姿に戻ったが、ほぼ即座に身体が黒い炎に包み込まれて焼き壊され、消えてしまった。
あいつがどんなエゴを抱いていたのかは定かではないが、十中八九化け物になって自分達に鎮圧されたという現実を受け入れられなかった事で、結果的に自分のエゴを受け入れられなかった事になり、《進想力》によって消されたのだ。
鎮圧されたという事実を受け入れないというのは、自分は化け物になっていない、つまり自分の中にエゴなどないと言って自分自身を拒絶するという事。それがカーディナルの言い分だった。そこに偽りはないというのが、ライオスの消滅が物語っていた。
「キリト、お主が《EGO》を手に入れる直前、自分自身の声がしたと言ったな? あれはつまるところ、お主の心身の奥深くにあった感情と欲望という名の《お主自身》が、《進想力》によって声を得て、お主に話しかけたという事なのじゃ。もし、その時お主がその声に背き、否定したり拒絶したりしていたのであれば、お主はライオスと同じように《EGO化身態》となり、そして消滅していた事じゃろう。先程も言ったが、そうならなかった事は誇りに思ってよいぞ」
カーディナルは微笑んでキリトにそう言っていたが、果たしてキリトの心を晴れさせはしなかった。
(けれど……)
カーディナルの話によれば、エゴを抱いたとしても、それが自分のように正の感情を根源とするものであれば、《EGO化身態》になる事も、自分のエゴを受け入れるか否かの選択をさせられる事もない。
逆に負の感情と言われるものを根源とするエゴを抱いたならば、《EGO化身態》という化け物になり、鎮圧されても、エゴを認められなかったりしたならば、消滅させられてしまう。もし自分のエゴを受け入れる事ができれば、生き残る事はできるものの、そうなれる者は多くない。それはこの行方不明者リストを見る事でわかる。
(これじゃあ……)
まるで、負の感情を根源とするエゴを抱く者はほぼ一方的に排除されるようになっている、
そもそも《進想力》は、どうしてそんな名前をしているというのだろう。最も大事な部分を思い出したキリトはカーディナルに尋ねた。
「とりあえず《進想力》についてはわかったよ。けれど、《進想力》ってどうしてそんな名前なんだ。何か意味があるんだよな?」
カーディナルは素直に頷いた。
「あるぞ。と言ってもわしがそう解釈しただけじゃが、《進想力》は進化を
「進化……《EGO化身態》になる事、その後《EGO》を手にする事が進化……」
シノンの呟きを聞いてキリトは横目で彼女を見る。その状態でもカーディナルは続けてきた。
「《EGO》というのも、この世界では神聖語、お主達の世界では英語と言われる言葉から取ったものじゃ。
「進化する天賦の才の子供って……《EGO》を手にするのは子供が多いからか?」
リランの問いかけにカーディナルは首を横に振った。
「いや。《EGO》を手にしてきたのは基本的に大人じゃ。まぁお主達くらいの青少年もいなかったわけではないがな。いずれにしても、自分自身のエゴを受け入れて、《EGO》を手にできた者は、この世界の歴史で勇者や英雄として扱われてきたが、同時にその数はとても少ない。誰もが《EGO》を手にできるわけではないのじゃ。
だからわしは、《EGO》を手にできるのはある種の天賦の才の持ち主なのではないかと思った。自分自身の心身の深層部に存在しているものの、認知する事ができない醜い感情や欲望の存在を受け入れるというのは、本当に難しい事じゃからな。それができた者は、大体がどこか子供のような側面のある心を持っている傾向にあった。
自分自身のエゴを受け入れて大いなる力を手にできたという
なるほど、ほとんど言葉遊びみたいなものか。キリトは納得したと同時に、自分の幸運さに感謝したくなった。
あの時少しでも言動を間違えていれば、自分はライオスのように《EGO化身態》となり、シノンとリランとユージオ、メディナとグラジオを確実に殺害し、修剣学院を破壊して、より多くの犠牲者を出していた事だろう。もしそうなっていたらと考えると震えが来る。本当にそんな事にならなくてよかった。
そう考えるキリトの左隣のリランがカーディナルに声掛けをする。
「《進想力》は常に大気中に存在していて、人間が心の奥底にエゴと呼べる感情や欲望を抱いた時に流れ込んでくるという話だったな。だが、そういう感情や欲望は人間ならば大なり小なり誰しもが持っているもののはずだ。それら全てに《進想力》が共鳴して流れ込んでくるのであれば、今頃人界どころかアンダーワールド中が《EGO化身態》で
「その心配はないぞ。《進想力》は確かにエゴに共鳴して流れ込む性質を持っておるが、そのエゴが一定の強さに到達するまでは共鳴しないようになっておるようじゃ。現にわしが《使い魔》を通じて観測してきた中では、ユージオ達のような平民が《EGO化身態》になる事は本当に稀で、十年から二十年に一人出るか出ないかくらいじゃった。
逆に貴族達は《EGO化身態》になる者が多く、同じ十年から二十年でも十人ほど出る傾向にあった。そして貴族たちは
なるほど、だからアンダーワールドの人界で二年生きてきても《進想力》、《EGO》、《EGO化身態》という言葉に遭遇する事はなかったのか。キリトはまたしても深く納得できていた。だが、すぐに疑問が脳内で生まれた。
強いエゴを抱いた者が、増大化したそれに呑み込まれる事で《EGO化身態》になるのであれば、真っ先にクィネラ――アドミニストレータという最大級の
その事をキリトは尋ねる。
「それなら、クィネラ……いや、アドミニストレータが《EGO化身態》にならずに済んでいるのは何故だ? アドミニストレータが《EGO化身態》になったりはしていないんだろ?」
カーディナルは頷き、再び鋭さのある瞳で伝えてきた。
「それの調査も兼ねて、お主達に頼みたいのじゃ。キリト、シノン、リラン。どうかあの冷徹な支配者――アドミニストレータを討ってほしい」
――補足説明――
・《進想力》
原作には登場しないモノ。神聖力や暗黒力同様に大気中に存在しているが、神聖術によって使われたりする事はない。人間が自分勝手な感情や欲望――即ちエゴと呼べるものを強く抱いた時に共鳴し、その人間の身体へ流れ込み、そのエゴと同化し、増大化させる作用を持つ。
このエゴが正の感情を根源とするものであった場合には、進想力がエゴを昇華させ、《EGO》という強力な武器や防具へと生まれ変わらせる。
・《EGO》
進想力から錬成された、その人固有の装備であり、武器や防具。神器よりも高い性能を持つ事が多い。読み方はイージーオーであり、意味はEvolve Gifted Offspring(進化する天賦の才の子供)。この《EGO》を得られた者は、人界の歴史の中では数人しかいないが、どの者も勇者や英雄と呼ばれた。
・《EGO化身態》
負の感情を根源とする邪悪なエゴを抱いた人間が、進想力によって増大したそのエゴに呑み込まれた結果誕生する怪物。その姿は《EGO》と同様に千差万別だが、大体はその人間が持っていた邪悪なエゴや記憶や意識などが歪に発現しているか、皮肉るような形で発現したかのような、異様なものとなっている。身体の一部が黒い装甲に覆われていたり、無機物で構成されているかのようになっているのも特徴の一つ。
この《EGO化身態》になった場合、心の奥底に渦巻いている感情や欲望のまま暴走してしまうが、《EGO化身態》としての天命ができるため、それがゼロになれば、元の姿に戻る事ができる。しかし、一週間ほど時間が経過した場合は《EGO化身態》の天命が本来の天命と同化してしまい、元に戻る事は不可能となる。
そして、元の姿に戻る事ができても、自分のエゴを受け入れられなかったり、倒された現実を認めなかったりした場合には、進想力の働きによって死滅してしまう。半面、《EGO化身態》になったという現実と事実、自分自身が自覚できていなかったエゴを受け入れられたならば、《EGO》という素晴らしい力を手にする事ができる。